2002年08月30日(金) |
SSS#21「瀬戸口×速水」 |
【願い】
肌触りも滑らかな、アイボリーのシープスキン。 クッションは適度に効いて、柔らかく身体を受け止める。 少し深めの座面も、長身で脚の長い瀬戸口には丁度いい。 家具はすべて備え付けだそうだが、それにしても随分立派な物が置いてあったものだ。
速水の家のこのソファが、瀬戸口はお気に入りだった。
ふわふわと大あくびをする。 目の端に溜まった涙を拭いつつ、金茶色の頭をソファの背凭れにトンと凭せ掛け、目を細める。
(ああ…いい天気だ…)
逆さまになって映る視界に、青い空とちぎれた綿菓子のような白い雲。 雲は素晴らしい速さで流されていく。 上空は風が強いらしい。 しかし地上は無風らしく、窓のすぐ近くにある若葉色の楓はそよとも動かない。 カタリと小さな音がして、瀬戸口は勢いをつけて頭を持ち上げる。 速水がテーブルの上に置いたマグカップからは、コーヒーの香ばしい香りがしていた。
「ありがとさん。どうぞ」
瀬戸口は人好きのする笑顔で恋人を見上げ、ソファの自分の隣をポンと叩く。 だが、速水はなんだかもじもじと立ち尽くしたままだった。 両手でエプロンの裾を弄っている。 処女雪のなかに灯を点したように、白い頬がうっすらと上気している。 常とは違う彼の様子に、察しのよい瀬戸口は何となく合点してこっそり笑いを漏らした。
「おいで…」
両手を広げる。 溶けるように優しい笑顔を向けながら。 速水もほっとしたように、小さく笑顔を見せる。 トコトコと近寄ってきて、瀬戸口の膝の上にちょこんと座った。 見かけより逞しい胸にペタリと懐く。 自分の首に細い腕が回されるの感触に瀬戸口は淡い菫色の瞳を細め、端正な口許に微笑を閃かせた。
速水は甘えるのが苦手らしい。 だからこんな風にくっつきたがるのは極めて稀であり、瀬戸口にとっては逃したくない貴重な機会だった。 膝の上の暖かい生き物を柔らかく抱きしめ、再びソファの背凭れに体重を預ける。
「珍しいな。…何かあった?」 「ううん。何も。………厭?」 「厭なわけないだろう?嬉しいよ」 「ほんとに?じゃあ……じゃあ、しばらくこうしてていい?」 「厚志が好きなだけ、こうしてたらいい」
瀬戸口の返答に、速水は心底幸せそうにえへへと笑って、目を瞑る。 背中を優しく上下する大きな手のひらの感触が心地よい。 まるで猫を撫でるような瀬戸口の仕草は、速水をとても安らいだ気持ちにさせた。
―――今夜が最期になるとしたら、僕はその瞬間までこの感触を思い出そう。
きっとどんな苦痛の中でも、安らかな眠りが僕を包んでくれるでしょう。 でも、それよりも。
「瀬戸口さん、次の休みの日も天気が良かったら、こうして一緒に日向ぼっこしてくれる? 抱っこしてくれる?」 「喜んで。お前さんがそうしたいのなら」 「約束」 「ああ、約束する」
よかった。と言いながら、速水は嬉しそうに瀬戸口の首すじに甘えて擦り寄る。
(…よかった)
君と約束したから、僕はどんな手を使っても帰ってこよう。
(瀬戸口さんにもう一度抱っこしてもらうためにこの戦闘に勝って生き残る なんて言ったら、舞に蹴飛ばされそうだな…)
こっそり笑う。 笑い声を堪えていたら、涙が滲んだ。 淡く香るいつものコロンの香りが、胸を切なく締め付ける。
瀬戸口の肩越しに見る窓の外。 雲は流れ、藍天は煌めく青い欠片を撒き散らしたかのように艶やかに冴え渡っていた。 降下作戦決行の、10時間前のことである。
Fin ――――――――――――――――――――――――――――――――― 降下作戦ネタってシリアスなの多いので、ほのぼのだとどうなるのかな…と。 でもこれも結構切ないかもですね。
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