【シュークリーム作成日誌】

2002年10月01日(火) SSS#26「瀬戸口×速水 ダーク」

台風…凄かったですね。なんでも戦後最大だそうで。
幸い部長が「これから台風酷くなるみたいだから、女の人たちは早く帰ったほうがいい」と発言して下さったので、終業の30分前に女の子はみんな帰りました。
残った人たちはどうなったんでしょう。
みんな泊まったのかなあ…。あんな半端じゃなくごちゃごちゃした所に。
人間が寝られるような所じゃないと思うが。
でも、会社に住んでるんじゃないかと思うほどいつも遅くまで残業してる人も何人か居ます。
皆タフですねえ…。



水曜、木曜と頑張ってみようかと思っています。
それでも間に合わない可能性大。ごめん、あっちゃん。







【crystal cage】






話をしていただけだった。
それなのに、来須と速水との間に身体を割り込ませた瀬戸口は、氷のような目をしていた。
「帰るぞ」と、一言。
速水の手を掴み、引き摺るように連れ出した。

「痛いよ、瀬戸口さん…」

速水の言葉も無視して、瀬戸口はどんどん歩いていく。
いつもは歩幅を合わせてくれるのに、今は速水は小走りになっていた。
通行人がみんな振り返って見ている。
息を切らし顔を歪める小柄な少年と、平気そうな顔をして肩で風を切って歩く青年と。
でもそのポーカーフェイスが辛い顔を隠すためのものだと知っているから、速水は泣きそうになっていた。
折角大好きな瀬戸口と一緒の帰り道なのに、少しも楽しくない。

「瀬戸口さん!」

何度目かの呼びかけに、瀬戸口はようやっとちらりと速水を振り返った。
その事に少しだけ安堵した表情に向かって投げつけられる、冷ややかな声。

「どうせお前には俺ひとりって訳じゃないだろうからな」

酷い言葉に立ち竦む。
けれど、ぐんと引かれて肩が外れそうになった。
瀬戸口は再び口を噤んでしまった、
そのまま、どれくらい歩いただろうか。

「加藤がさ…羨ましい」

瀬戸口がぽつりと口を開いた。
いつの間にか、人通りは無くなっていた。
瀬戸口が立ち止まるのに連れ、速水も足を止める。
見上げる青年の横顔は、沈痛な面持ちだった。

「狩谷と加藤見てると、羨ましくなってくる」
「……」
「狩谷みたいに、お前が半身不随になったらどうだろうって考えるんだ」
「…」
「そしたら、俺がずっと面倒みてやるのに。一生側に居てやるのに。
 それでお前が、俺なしじゃ一日も生きられないようになったら幸せなのにって…。
 そんなこと、時々考えたりする」
「……………」
「気持ち悪いか?それとも怖い?俺の事………嫌いになった?」

血を吐くようにそう言うと、瀬戸口は壊れ物を扱うようにそっと速水の手を離し、向き直った。
そして、悲しい顔のままで速水を抱き締める。
逃げ出そうとはしない温もりに、心底安堵した。
速水の顔は制服の胸に埋もれて瀬戸口からは見えない。
柔らかく響く高めの声が、胸元で響く。
くぐもった声。

「じゃあ僕、歩けなくなる」
「……?」
「歩けなくなったら…瀬戸口さん、ずっと側に居てくれるんでしょう?
 なら僕、歩けなくなっていい」
「速水…」
「手も足も、僕、なんにもいらないよ?
 側に居てくれる?好きでいてくれる?」
「速水、ごめん」
「脊髄のところ壊したら、動かなくなるよ。
 そうしていいからね」
「ごめん、俺が悪かった」
「瀬戸口さんになら、僕何されても平気だよ。
 …僕の事、どんな風にしてもいいからね。
 好きでいてね」
「やめろ!……変な事言ってすまなかった。何も酷い事しないから」
「お願いだから…飽きた顔をしないでね…」

震える手で瀬戸口の上着の胸を掴んで、握り締める。
細い肩を震わせ、速水は今にも泣いてしまいそうだった。
華奢な身体を折れそうなほど強く抱き締めて、瀬戸口は唇を噛む。
速水は強い。誰よりも強くてどんなに傷ついても何度でも立ち上がるだけの力がある。
でもその強さの中に、薄刃の通る隙間ほどの小さな柔らかい部分がある事を瀬戸口は知っていた。
自分の言葉が、狙い違わずそこを傷つけたことも。
速水はいつだって万難を排して立ち上がれる。飛び発てる。
誰かひとりでもいいから、ほんの僅かの本物の愛情を注いでくれる人が居たらならば。
それさえ失ったなら、速水は生きながら壊れてしまうだろう。

―――『速水が歩けなくなったら側に居られるのに』?

(なら、僕が歩けるなら?
 いつか、僕の側から居なくなっちゃうの?)

その可能性に気付いて青褪めた速水は、瀬戸口にただ必死にしがみ付くしかすべがない。
どうしたら捨てずにいて貰えるのか判らない。
いっそ本当に歩けなくなってしまおうかと、調理室にあるアイスピックを思う。
無意識に何かを掴むように空を掻いたその手を、大きな手が包み込んだ。

「飽きたりなんかしないよ…そうじゃない…」

必死に自分を求めるような仕草をする速水に、暗い喜びが湧き上がる。
それを見ない振りをして、瀬戸口は痛みを堪える顔をした。

「お前が、いつか俺の腕の中から飛んで行ってしまうような気がして…」

過去にも未来にも、一歩も進む事の出来ない瀬戸口を置いて。
もっと明るい未来へ。例えば…輝ける彼女の手を取って。
…そんな事は、決してさせないけれど。

こうして少しずつ少しずつ、速水に不安を与える。
瀬戸口が居ないと寂しくて、苦しくて、生きていけないと思い込むように。
本当は、速水は瀬戸口なしでも幸せになる事が出来るのだ。彼を心から愛してくれる人なんて、幾らでもいるのだから。
速水無しには正気を保てないのは、瀬戸口のほうだった。

けれど、『本当』なんてどうでもいい。
速水が、瀬戸口を愛していると思い込んでいる間は、瀬戸口は満たされるのだから。

「僕がどこかに行くわけないじゃない。
 瀬戸口さんが…好きなのに。
 瀬戸口さんの腕の中以外、幸せになれる所なんてないのに」

想いを込めて見上げてくる速水の言葉が、胸を甘く切なく締め付ける。
男はこの上なく優しく慈愛に満ちた微笑みで、少年を抱いて口付けを贈る。
その裏の闇の深さを識らず、ただ優しく暖かい腕に心から安堵して、速水は目を閉じた。





Fin
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ダークのご依頼。裏で一本考えている過程で出てきた、おまけみたいなものです。
本編には入れられなさそうだったので、これはこれで一本にしてみました。
酷い瀬戸口さんて、意外と書きやすいかもしれません。
基本的に弱い人なので。…弱いからこそ、至上に優しくもなれるし、酷い人にもなれる。その分かれ道は…小さな違いなんでしょうね。






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