二人で歩きました。 相方は57歳です。 京都の碁盤の目を細長い長方形に切り取って歩きました。
露地から大路、大路から露地と。 ぼくの散歩コースと少しだけ重なっています。 夕顔がたくさん咲いていました。
彼が癌の手術をして3年が経ちます。 団塊の世代のまんなかを突っ走ってきた人です。 ゆっくりと長く歩いた方が汗が出るんや、なんていいながら。
夏とは思えない気温の夜。 「なにが…」 「どうして…」という会話。
だいじょうぶ だいじょうぶ
夜を歩くのはほんとに久しぶりで 帰宅途中の若い人たちを見てました。 いつもは早朝と夕方ですからね。
たぶん時代の真中にいる若者たちが歩いていました。 なにがあっても この風景があるうちはいいんだ、と。
ここに爆弾が落ちたり 歯抜けのようにひとり ひとりと戦場に消えて行ったり
それだけは許してはいけない。 そんなことも思いました。
相方の年齢の人たちが戦後の繁栄と墜落とを体現してきました。 がんばってきたんだな…。 あと数年でこの世代の人たちがいっせいにリタイアします。
腰を懸命に動かして前に進む彼の斜め後ろから だいじょうぶ だいじょうぶと やはり裏声で、聞こえないような裏声で 呟いていました。
今日は8月15日です。
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