今日は雨の日曜日でした。 猫のごはんをやリ、部屋の掃除をして、犬とゆっくりしながらBSで鎌倉の瑞泉寺の映像をずっと見ていました。
ここは夢窓国師の作になる庭園がある古い寺です。この感覚がどこかに似ていると思っていたんですが、それが夢窓国師という名を聞いて納得しました。
ぼくの好きな庭園のある寺も夢窓国師の作った庭のある寺です。夢窓国師、法名は夢窓疎石。疎石のほうの名でぼくは親しんでいますが、彼のかかわった寺、嵐山の天竜寺、衣笠の等持院、そして西芳寺。
ぼくがいま、いちばんその在りかたを知りたいと思っている人です。禅宗の中興の祖でもありますね。
彼の庭を持つ寺が鎌倉にあって、そして京都と同じ花が咲いていました。 先代のご住職が植えられたといいますから、たぶん京都の寺に倣ったのかな、と思いました。 瑞泉寺はいわゆる「花の寺」として有名です。ほかにもさまざまな花がありました。そんなかでひときわ多く植えられ、ぼくが京都と同じだと思ったのは芙蓉の花です。
白い花。花開くと1日で花は萎れてしまいます。ところが萎れても萎れても、次から次から屍の朽ちる横で白い花が咲いていくのです。 京都では等持院が有名です。
夕顔と違う白。これは作品としてまとめたいです。
この瑞泉寺の近くに長い放浪の果てに住み着いた歌人がいます。山崎方代(ほうだい)といって長らく一部に熱心なファンがいるだけの、知られていない歌人でした。最近、ブームに近いかたちで彼に脚光があたりだしました。破綻した生活と精神的な弱さを見せつけた底に、それを突き抜けてしまっている目線というか境涯を感じます。 もちろん、もう故人です。
戦争で片目の視力をうしない、見えているもうひとつの目の視力も極端に悪く、そういう生活の中での作品はしかし、自由で放埓で、急所を突いてくるかんじですね。 あ、いいなという作品がいくつかあります。
山崎方代、瑞泉寺、等持院、夢窓疎石、そして芙蓉の花…。 パズルを組み合わせるように作品が動き出しました。
ちなみに等持院の近所も文士が住んだ形跡があって、水上勉、金子光晴が有名です。
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