| 2003年08月19日(火) |
過去の作品から学ぶこと |
僭越ながら自分の過去の作品です。 詩ではそれほど思わないんですが、小説では感じることが多いです。 なんのことかというと 引き摺り方。
詩はそんなに引きずらないんです。なんどか集中して最終稿を書いたら、へたすると忘れてしまうほどぼくから「飛び立って」いきます。 小説はそうはならない。それだけ不完全に終わっているということでしょうね。
今、BLOGのシステムを使い、「連載小説」のかたちで古い小説を引っ張り出してきてリライトしながら書いています。 2作目ぐらいのものです。何故引っ張り出してきたのかは、ほんとのとこ、よくわかりません。
とりあえず読んでいて思ったのは、とにかく枠を意識しすぎ。途中から無理やり終わらせようとしているのに気がつきました。あるいは、想像力の持久力も切れ味も完全に「力不足」。
あのころはこれが精一杯だったんだなと。
ただ、今これを書くことに意味があるのかと思いながら、書きなおす作業を始めていたんですが、話が動き出しそうな気配が出てきました。うーん、変な言い方かもしれないけれどディテールに動かされているようです。登場人物もずっと待っていたようです。
おなじ「闇」と書いても今は全然違う意味で捉えてしまうから、そっくりそのままで書くのが苦痛なんです。だから、全体の大きな流れはそのままに、大方を書きなおすことになっています。
書いていて思ったのは、この作品は「終わっていなかった」ということ。 最後に「終わり」と書いたけれど、それはカタチだけのことで、本当の話はまったく書かれていなかったんじゃないかとさえ思います。
詩はずっと書いていて、小説は15年くらい前から三つ書いて止めていました。 自分の書く「足場」の設定が間違っていたのかもしれません。
自分を投げ込んで、「ものがたり」を書ければと思っています。
ところで、ゴザンスのトップページに 「猫のオミヤゲ」と「Carco」をピックアップしていただきました。 そちらの方も是非読んでみてください。
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