| 2005年06月11日(土) |
梅雨入り宣言の出た日。 |
梅雨入り宣言の出た日。 朝からジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマンを聴いている。胸にしみいるような低音の声と、表情豊かなテナーサックスによるバラード集。若い頃は夜にぴったりだと思っていた。ジャズをかける酒場なんかではよくリクエストされていたっけ。
それからいろいろと小説を読んだ。たまたまなのだろうけれど、そのどれもがジャズやソウルについて語る部分がでてくる。カーティス・フラー、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーなど。 聞いていない人にしてみれば、単なる記号だろう。聞いた経験のある人は音が必ず遠くで響くはず。あるいは棚から引っ張り出して聞くかも知れない。それだけで読み手にとっての小説がずいぶん違うものになる。 …それが絵だったら。書名だったら。花の名前だったら。 当然、それを知る知らないで「読書体験」は変わるだろう。だけど小説はそれだけじゃない。 じゃあ小説とは。
保坂さんの「新潮」での連載「小説をめぐって」を読む。「身体が小説に向かいたくなる」論なのだ。ぼくにとって。そういう文章なんだ。そういえば今回の稿にはギル・エヴァンスがでてくる。
さて、と。猫にご飯をやらなくちゃ。 ではでは。
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