| 2005年10月15日(土) |
野ブタ。をプロデュース |
一日中雨だった。 籠もりっぱなし。 「脳と仮想」はどんどん読める。 こんなにすらすらと読めてしまうのは逆におかしい、と思ってしまう。 ひねくれてるな。
読み進むほどに茂木さんはシンプルな方なんだなと思う。 石川忠司さんが「甘い」といわれたのもわかる気がする。 だけど「仮想」を生きているという自覚は若い人にはより自明なんだろうな、と感じる。
ぼくのような年寄りには現実と仮想をきちんと区別している人が多い。 若い人たちには現実もまた仮想のひとつだ、と感じている人が多いんじゃないのか。 茂木さんの言葉を借りれば、その意味においてまさに「切実」に。
「野ブタ。をプロデュース」のテレビドラマが始まった。 たぶん視聴率は高くなるんだろうな。 「野ブタ」役の女の子も、プロデュースする男の子もいい感じだった。相方も。オーバーアクションでもいいじゃん。
茂木さんはこの小説を読まれたかな、と想像してみる。著者の白岩君は綿谷りささんと同じ歳の京都の男性。 綿谷さんの作品も「切実」だった。「野ブタ」も「切実」だった。
茂木さんが追求するように、小説はみな「切実」なのだろう。 ただその感じた全体を茂木さんは「クオリア」といい、石川さんは「精神」だという。
小説「野ブタ」に柔らかさ、しなやかさを感じて、「あらかじめわかってしまっている悲しさ」を抱きしめている作家たち。 そんなことを想像してしまう。 まさに「仮想」として。
ぼくの初恋の人は「信子」さんといった。あだ名は「のぶた」。 のぶこ=のぶた、というのはむしろ古典だよね。 もう遠い昔の話。 何の照れもなくこんなことまで書く歳になった。
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