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2003年02月09日(日) ■ |
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「学園祭」編(高二) その8 <絶体絶命> |
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「そこの娘、リンゴは欲しくないか」
場面は変わって再び森の中。 劇が上演されている体育館は、息も詰まるほどの緊張感に満ちていた。 舞台を見守る観客全員が、固唾を飲んで成り行きを見守っている。 白雪姫ではおなじみの『物売りの老婆に変装した継母が、白雪姫に毒リンゴを食べさせる』シーンである。 無邪気な(?)白雪姫に影響を受けてか、一見したところあくまでもほのぼのとした空気が漂っているが、継母の秘めた陰謀のために実のところ水面下では緊迫した場面(筆者解釈)・・・なのだが。 現場に漂う緊迫感は、本来のソレとは趣を異にしていた。 緊張の源は ―― 無論、言うまでもない。
「えーと、さっき小人に気をつけるようにとよーく『言って聞かせられ』ていた白雪姫は、おきさきサマの化けた物売りのおばーさんに警戒していましたー。 まーそりゃー、森の奥の一軒家にわざわざ物を売りに来るようなモノズキもそうはいないだろーしねー、探せばいるかもだけどー」
ちなみに、今し方小人と白雪姫二人によってある場面が展開されていたが、小人小林が白雪姫の手を握って顔を見上げたまま、ひたすらコクコクと必死で頷いているのを、 「・・・ええ、よくわかっています。城からの刺客には十分に気をつけます。ですから、心配しないでお仕事がんばって来て下さいね」 白雪姫がそう答えて仕事へと送り出すというものだった。 ・・・・・・。 ナレーションによると、あれが『言い聞かせ』だったらしい。 小人は一言も口を開いていなかったが。 なるほど、この劇におけるナレーションの存在理由がなんとなく見えてきた。 どうも継母に突っ込むだけの役割ではないようだ。
その当人 ―― 頻繁にナレーションから突っ込まれる継母鈴木は、暢気に「ふむ」と呟いてセリフを重ねた。
「反応がないな。聞こえなかったか。 リンゴはどうだ。そこの娘」
老婆にしてはやけに力強く尊大である。この段階で、既に怪しいことこのうえない。 鈴木らしいといえば鈴木らしいが、現実こんな老婆がやってきたら、自分の命が狙われていることを自覚している娘に変装が通用するか、はなはだ疑問であろう。 しかし、現時点でその程度はまさしく『大事の前の小事』である。 「・・・・・・」 心なしか青ざめて見える ―― 気のせいではないはずである ―― 白雪姫は、首を傾げて健気に口を開いた。 「・・・リンゴ、ですか?」 「そうだ。 ほら、おいしそうだろう」
どこが。
その時、おそらく全員の心は(ほぼ)ひとつだったに違いない(若干名を除いて)。 鈴木が差し出しているのは、さきほどスポットライトと観客の視線を浴びながら謎の物体へと変貌した「元」リンゴである。 しかも、継母の手の中で更なる進化を遂げ、謎の物体から『謎の生物』へと華麗なる変身を遂げている模様。 黙りこんでいる白雪姫は、こわばった顔でソレに視線を注いでいた。
(なんで見るからに毒々しい色なんだ。形もとっくにリンゴじゃねぇし。 ていうか、足に見えるそれはなんなんだよ。しかも動いてねぇかそれ。 で・・・これを手に取れっていうのか?!! 俺に(フリでも)食えってのか!!!!!)
佐藤少年、これまでの人生で最大のピンチであった。 鈴木の周辺で起きる様々な現象に巻き込まれた過去は数あれど、ここまで切実に身の危険を感じたことも、リアルに切羽詰った状況も初めて・・・のはずである。 多分。
(ここで俺が嫌だって言ったら劇が進まねぇよな。劇が崩壊したら委員長とかクラスの他の人間が怖いし、せっかくココまで色々作ったんだしその苦労がなぁ。あ、原作(ディズニーやら色々)からすると一回はパスできた(=断れた)っけ?・・・って、駄目だ!その流れになったら、たしか継母が無事な半分を食べて、残りを白雪姫に食べさせるって・・・てことは、鈴木が半分食うのかコレを?!いや、こいつなら平気で食いそうだ。となるとますます逃げられねぇ・・・どうすりゃいいんだ!!!)
これだけ考えるのに、2秒もかかっていない。 読みづらいが、彼の思考ペースに準じたということでご勘弁願おう。 そして、一部に不穏な思考もあるように見受けられるが、真実このうえなく切羽詰っている佐藤にそのあたりは突っ込まないでやっていただきたい。 というか、この異常な状況の下、秒単位でそれだけの考えを巡らせることができる佐藤少年の思考回路とは・・・慣れとは実に恐ろ(?)しい。
しかし、天は(今までと同様)佐藤少年を見捨てなかったようだ。
決死の覚悟で「元リンゴ」に手を伸ばしかけた瞬間、佐藤はスルスルと自分に近付く黒い影に気付いた。 (え?) 顔まで隠したその黒ずくめは、黒い布をかぶせたなにやら丸いものを、擬似リンゴ生物と同じ高さ、観客の視線からの影へと持ち上げたのである。 (・・・あ!そうか!) 黒子の意図をすぐに飲み込んだ佐藤は、黒い布の下に手を差し入れて隠されていた丸いもの ―― 本物の普通のリンゴを取り出し、それを手にとって演技を続けた。
「まぁ、おいしそう」
これ以上なく、心からのセリフだった。 安堵のこもった本当に嬉しそうな笑顔で、白雪姫は小さく一口リンゴをかじり・・・劇は「当たり前の」白雪姫の展開へと発展する。 「あっ」 と小さく声を上げてその場に倒れた白雪姫の姿に、観客席からも「おおーっ」とさざ波のようにどよめきが生じた。 ほおっ、という安堵の溜め息と共に。
全ては、佐藤や他のスタッフと打ち合わせの上、あらゆる可能性を考慮していた高橋女史の素早い手配の功績であろう。
さて。 諸悪の根源、鈴木はというと・・・ 「ふむ」 足下に倒れ伏した白雪姫を見下ろしていた。 切羽詰った状況を作ったという自覚はない ―― もしくは限りなく薄い ―― だろう。かえっていささか残念そうな響きのこもった呟きは、「元リンゴ」が使用されなかったためのようである。
「・・・とりあえず死んだかも。 無事にミッションは終了。実験も成功したということだろうな。 心置きなく城に戻るとするか。 では諸君、アデュー」
よくわからないセリフを残して退場する継母。 だが。
「はっはっはっ」 声に含まれる感情が乏しいため、発声練習的なシロモノと化している高笑いと共に立ち去る鈴木は、あろうことか手にしていた「元リンゴ」を ――、
ポーン
観客席へと遠投した。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」 「うわあぁぁぁぁ!!!」
突然のことに混乱のるつぼへと叩き込まれた観客席。 その中で、 「待て!逃がすな追えー!」 歓声を上げ嬉々として、各自持込済みの捕獲網を手に客席を疾走している生物部員たち。 ほどなくして、 「外へ逃げたぞ!」 「北へ回れ!」 などという指示が飛び交うと同時に、部員たちの声が遠ざかって行くと、観客席は少しずつ落ち着きを取り戻していく。 ただ、一部の席で止むことのない大爆笑が名残のように体育館に響いていた。
それでも、まだ劇は終らない。 頑張れ、負けるな白雪姫。 劇の幕引きまで、山場があと二つ。 (・・・やっぱ、劇が始まる前に逃げりゃ良かったかな・・・)
<山場はあと二つ。多分>
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