帰ってきた。
姉の部屋で物音。
紐を持って向かう。
姉が、居た。
「死んで。」
穏やかに、言った。
「死んで。」
穏やかに、言った。
姉は、泣き出した。
興奮して泣きながら叫んだ。
「もう分かったから! 殺してくれたらいいから! 深海がやりたいようにやってくれたらいいから!」
そっか。
…姉の首に紐を巻いて、力一杯引いてみた。
いちびょう。 にびょう。 …さんびょう?
分からない。
姉は泣き顔のまま私を見てて。
私はその姉の首に紐を巻き付けて、引いていて。
…待ってよ。
違うよ。
違う。
なんで、なんで、なんで。
私が殺人者になる?
私が姉を殺す?
私が?
私が?
違う、そうじゃない、怖い、嫌だ、違う違う違う…
何秒だろう。 きっと五秒も経たなかったと思う。 ほんの、数秒。
姉の首を絞めていた紐を緩めた。
「自分で死んで。」
さらりと、言った。
「自分で死なれへん! どうやって首絞めたらいいん!? 自分で首絞められへんもん!!」
「首、吊ればいいやん。」
「そんなんできひん! 深海が殺してや!」
「嫌や、自分で死んで。」
なんなのこれ。
なんなのこれ。
私と姉の、会話。
変。おかしい。
家族。
人間。
殺人。
誰か、助けて。
泣きながら叫ぶ姉と。
表面上は冷静に、姉に死を促す私。
苦しい。 苦しい。 苦しい。
苦しい?
…私が姉を殺すのを躊躇ったのは。
「姉が死んでしまう」ことが怖かったんじゃなくて。
「私が姉を殺してしまう」ことが怖かったから。
保身。
それ以外の何物でもない感情で、私は姉を殺すのを止めた。
醜い。
誰よりも、何よりも。
母が、泣く姉を落ち着かせて、祖父母の家へ連れていった。
私は何も。
何も。
ただ、見送った。
自分の部屋へ帰って、少し、考えた。
一つだけ、分かったこと。 (今となっては大いに外れた予想。)
私は姉を殺そうとしたこと、後悔しないだろう。
何故か、そんなことを考えていた。
姉は、その日はもう見ていない。 たぶん、病院に戻った。たぶん。知らない。
暫く。
暫くはそれでも平穏だった。
姉がいない家。
私はその状態が好き。
ずっと帰って来なければいいのに。
ずっとこの平穏が続けばいいのに。
でも、続かない。
私と姉は家族だから。
この家は私の家でもあるし、姉の家でもある。
姉が帰ってくるのはこの家。
家族が一緒に住むこの家。
……嫌。 もう、嫌。
あんな人もう嫌。 この家に入れたくない。 この家には絶対に入れないから。
…感情は勝手にどんどんと膨れ上がっていった。 一人歩きを始めると、もう、止まらなかった。
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