あたろーの日記
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| 2005年01月31日(月) |
花粉症・・いやだ。。。 |
旧暦12月22日。 残魚でちかれた。ばったんこ。 自分でぼけまくって仕事を増やしているような気が・・・。2月は大人になりましょう。 今朝のテレビニュースで、多摩地方の山林の杉花粉が今年は異様に沢山ついているという映像を流していて、それを見ていたら気持ち悪くなった。オレンジ色の花粉が房状に、スズナリになって枝を覆い尽くしている。杉の木がたわんでいるよう。うへ〜。毎年杉花粉を観察している人曰く、この15年間見てきて、こんなに花粉がついているのは初めて、とのこと。アナウンサーが、今年は今まで花粉症になっていなかった人は特に注意が必要です、とかなんとか言っている。そんなこと言われてもどうすりゃいいのだ。私は体力もないし、すぐ風邪引くし、すぐお腹壊すし頭痛持ちだし、すぐ怪我するんですが、花粉症になっていないのが自慢なのです。花粉症の人には悪いけど、こんにちまで、まるで人ごとのように思うてまいりました。田舎もんのプライドっていうんですか、そんなヤワな現代病には罹らんぜよ、という気持ち(高校時代、同級生に花粉症がすでにいたけど)。 だがにゃ。 今日、いや、実は一昨日あたりから、どうも頭痛(おでこ)と喉の痛みと、全身の倦怠感があるのですにゃ。あれ、また風邪引いたんかい、と思って、栄養せっせと摂ったりしてるんですが、風邪の時のように症状がぐっと一気に悪くなるということもなく、ずーっと、なんか、だるいです。 しかも、今朝、あんなニュース見てしまったので、自己暗示にかかってしまったようで、「私は花粉症になったんでないか」と、何度も疑ってしまう。 いやだ。 絶対いやだ。 私はまだ花粉症になりたくない。 現代人と呼ばれなくてもいい。 未開人でもいい。 どうせなら鼻の穴も未開にして、花粉を防ぎたいです。 話は替わって。 イラクの選挙、思ったよりはうまく進んで良かったなあと思った。 あくまで予想していたよりは良かったという度合いだけど。。。 でも、それでアメリカの今までのやり方が正当化されるわけじゃない。ここに来るまでの犠牲があまりにも大きすぎたと思う。何万人もの人の命が失われたし、沢山の人達の人生が狂ってしまったわけだし、イラクの国土も汚れてしまった。宗教間民族間の亀裂は深まってしまったようだし、これからそれを修復していくのは容易じゃないと思う。今回の選挙の結果、さらに事態が悪化するような気がしないでもないし。 結果オーライで手段を正当化してしまったら、犠牲になった人達の命は一体何だったんだろうって、むなしい気持ちになってしまう。
旧暦12月21日。  根性と体力がないのか、土日のどちらかは完全自宅休養でないと、身が持たない。元気に出歩いた土曜の次の日は、朝からボーッと珈琲飲みながら、ネット見たり、本読んだりしてちょっとずつ脳味噌を起こして行き、昼前後にちょっと気合い入れていろいろ(自宅で)やって、すぐ疲れて、夕方早めに銭湯とコインランドリーに行き、銭湯の熱い湯に浸かりながら晩酌の肴考えて、湯上がりで身体がぽかぽかしているうちに台所に立つ。で、夕方と夜の中間くらいの時間にはもう酒と肴並べて机に座り、ネットかテープで落語聴きながら呑む。これが最高です。落語じゃない時は、お酒や料理に関するエッセイを読みながら呑んだりするのも心地よいです。 今夜は鶏肉と大根、油揚げを醤油味で煮込んだもの。葱のぬた。ほうれん草のオムレツ。水菜のサラダ。塩辛。水菜はホントは鍋にしようと思って買ったのに、昨夜も今夜もサラダにしてしまった。水菜のシャキッとした感じが意外にサラダ向きで気に入ってます。 写真のレシピは超簡単。えーっと、水菜・カイワレ・スライスした玉葱を冷たい水に5分ほどつけ、シャキッとさせたら、サッと茹でてザルにあげておいたしめじと合わせ、ドレッシングにはごま油、ニンニクのみじん切り、塩こしょう醤油を混ぜ合わせたものをかけるだけ。居酒屋に行くと、大根やワカメ、じゃこや鰹節なんかも入ってくるので、冷蔵庫覗いてあるものと合わせて美味しさ発見するのも楽しいですきっと。水菜は意外に万能選手みたいですね。ちなみに写真の器は、焼きものやってる友達が何年か前に作ってくれたもの。ご飯茶碗にもなるし、こういうサラダをボテッと盛るのもサマになるので重宝してます。 お酒は缶ビールに、黒糖焼酎「奄美の杜」と、しそ焼酎「鍛高譚」。ただし、明日は仕事でしかも月末業務が待っているので、ほどほどの量をちびちび呑む。翌日まで残る呑み方はほんとは好きでないし。 と、えらそうに蘊蓄ってますが。 最近、おばあちゃんになってもちびりちびり美味しいお酒を呑みたい、と思います。そのためには、今のうちからほどほどの量をわきまえておかないと。しかし呑むときは楽しみたい。というわけで、呑むときは呑むけど、呑まないときは呑まない、と決めてます。呑むのは1週間に1〜3日程度と決めて、他は呑まない。その代わり、呑む時は肴もお酒に合わせて準備。料理する時間も含めて、わくわくする自分1人の宴会を次第次第に気分盛り上げていく。そういう呑み方を大切にしたいから、お酒も肴も準備不足の時は、いっそ呑まないことにした。以前だと、ご飯のついでにお酒もちょっと、ということがあったけど、それはもうやめた。肝臓君になるべく長く働いてもらうべく。そう思うと、ついで呑み、というのは勿体ない。 え?そんなこと、十分分かってる??すいません。まだ修行中の身なものんで。。
旧暦12月20日。 友人の家に十数名が集まりパーティ。午前中から何名かが集まり、ベトナムから留学に来ている女性が中心になり、料理を作る。生春巻やビーフン、タイ風グリーンカレー、それから、ホストのお宅は旦那さんがメキシコ人なので、メキシコのサラダも登場。私は野菜を切ったり、ビーフン炒めたり、カレーの手伝いしたり。生春巻を巻く組はテーブルを囲んで真剣になっている。・・・が、海老の尻尾の殻を着けたまま巻いた人がいたり、具を欲張りすぎてライスペーパーを破いたりする人がいたり(^^;)ベトナム人留学生に叱られながら、みんなで大騒ぎしててんやわんやの料理教室になる。大勢で料理するのって楽しいですね。いつもアパートで自分1人の食事しか作ってないので、たまにはこういう経験も嬉しい。 出来上がった料理を広告敷いた床に並べて、後から合流した人達も加わって、賑やかな宴と相成りました。 ヘルシーで美味しい多国籍料理の後は、カードゲームで盛り上がり、はしゃいだおかげでドッと暑くなり、心地よい疲労感を感じながら帰って参りました。
昨日、あんな風に書いたけど、わたしゃNHK受信料払ってないのでした。なので悪口を言う資格なんてないんざますほんとは・・・でも、1人暮らし始めたから何回かは、いや何年かは払っていたので、言っても良いでしょーか。とはいえ、受信料払うのをやめた理由は、集金のおじさんのあまりに威圧的な態度に嫌気がさしたから、それから当時いた職場に、何故か毎年NHKエンタープライズという会社が理不尽な依頼をしてきて、それが業務妨害だよねとみんなで話してある年から断ったといういきさつがあったから。「NHK」と言えば誰もがひれ伏すと思っているようなNHK関係者の態度があまり好きでなかった。それと、テレビが壊れたのと、もともとテレビほとんど見ない人間だったので。1人暮らし用の受信料を設定してくれたら払ってもいいかもしれないけど、5人家族で誰かしらいつもテレビの前にいる家庭でも、社会人1人暮らしで、強いて言えば朝と夜のニュースしか見ない家でも、同じ受信料金というのがちょっとなあ、なんですなあ。 今、ウチのテレビは、ボーダフォンの携帯電話についている小さなテレビ画面だけなんです。テレビがなくても十分生きていける人間なので、それで十分。1日平均にすると、30分もテレビ見てないのです。それよりネットのほうが断然多い。携帯電話のテレビだけだったら、受信料いらないですよね?? それにしても、もっと信用のおけるテレビ局が欲しい、と最近つくづく思うのでした。
旧暦12月19日。 お世話になっているおじさんおばさんと渋谷で呑む。もうかれこれ8年以上のつきあいで、娘みたいに可愛がってもらっています。2人とももう70近いのに、お酒の量が凄い。3月には閉店してしまう焼鳥屋さんでたんと食べさせてもらった。お肉がジューシーで美味しかったです。 私が最近落語にはまって寄席にも行っていると言ったら、おばさんに「あんた、しばらく会わないうちに中身ババアになったんじゃないの!?」と言われた。どうやら落語は相当年配の人の趣味だと思っているらしい。でもおじさんが「バカヤロ、俺も若い頃は新宿の末広通ったもんだ」と助けてくれた。「じゃあ今度寄席行ってみようよ」とおばさんを誘うと、「やだよお、あたしゃさんまみたいに客をつるし上げて笑いものにするようなバラエティ番組好きじゃないんだよ」と言う。うーん。なんかえらく勘違いしてるんですが、どう説明してよいものか。 はまる人はどっぷりはまる、はまらない人はすっかり素通りしてしまう、落語ってそんなもんなのかな?
NHKの海老のおじさんが顧問になると聞いたときは耳を疑った。へええ〜、顧問って一体何さ?みたいな。さすがNHK。長年のお役所体質で、世論に対してかなり鈍感になっていらっしゃるのですね。顧問就任に違和感を感じていた人が多くて抗議殺到、当然だろうなあ。顧問辞退、当たり前だぁ。でも、海老のおじさんの退職金が1億2千万円ってほんと?ひゃあ〜。皆様のNHKを退職する時に皆様の受信料から1億円以上もらえるのですか。やっぱり感覚相当おかしい。
旧暦12月18日。 月末ともなるとちょっと残業しないと終わらない。ゆえに久しぶりに遅くなった。今夜は寒いですね。日曜あたりこの冬一番の寒波が来るらしいです。耐えられるか心配。 寒い冬には焼酎。仕事しながら、呑みたくて仕方なかった。今日残業しなかったら絶対大塚駅前の立ち飲み屋で一杯やってました。できればうちの近所にも立ち飲み屋欲しいです。座って落ち着いて呑む店と、立って呑んでさっと出てくる店と両方揃えて、気分で使い分けしたいなあ。 最近、女性の友達の間でもちょっとした話題のお酒が、鍛高譚 (たんたかたん)というしそ焼酎。私は昨年末の忘年会シーズンに何度か呑んで、ほのかな紫蘇の味と香りがすっかり気に入ってしまいました。和食を中心に、わりとどんな料理にも合う味。でもできればちょっと繊細な和風料理に合わせたいかな。 こういうお酒は焼酎専門店に行かないとないだろうなあと思ったら、よく行くスーパーに置いてあったので嬉しくなって買いました。で、近所の酒屋さんにも置いてあったらもっといいのに、と思っていたら、今夜ミネラルウォーター買いに寄ったら、レジ前の目立つ棚にどーんと置いてあった。お店の人にいろいろ教えて貰った。3年くらい前から静かなブームだったみたいです。で、最近特に人気になったそう。もともとは北海道の白糠町の町おこしに、農家のおじいさんが自家製の紫蘇ジュースを焼酎とブレンドして飲んでいた、それを商品化したものらしいです。そういえば、私の田舎でも紫蘇ジュースは多くの農家が作っていたような。子供の頃よく飲みました。 なるほどねえ。日本にはまだまだ美味しいお酒が隠れていそうだなあ。 というわけで、来る大寒波は、鍛高譚で乗り切ります。
旧暦12月17日。 ちょっと残業して、19時の閉店ぎりぎりに神保町の東京堂書店に駆け込む。今日は古井由吉『聖なるものを訪ねて』(集英社)の発売日。先日予約した際に貰った引換券と交換で、2月6日の講演会&サイン会の入場券も貰う。裏を見ると鉛筆で「26」と書いてある。26番目ってこと??さあ、講演会までこれを読もう。で、この本に古井氏のサインを貰うのです。 『暮しの手帖』早春号が発売になっていたので、これも買った。今号の表紙は白地に赤い字、黒い鉛筆となんだかお洒落。写真の鉛筆が、手で削られたものというのもいいな。巻頭の商品テストは食用油。最近ちょっと気にしているので、ちょうどよかった。ちなみに『暮しの手帖』にも噺家さんの書いている落語に関する読み物が掲載されていて、ちょっと嬉しい。 最寄り駅のコンビニが改装をして、24日から新装オープンした。今夜改装後初めて寄った。駅から出るとコンビニが3軒固まっていて、最も小さいコンビニなので、普段は入る人あんまりいないんだけど、今日はどんどんみんなは行っていく。やはり興味ある人が多いみたい。が、入ってみたけど、どこが変わったのか分からない。どこを改装したの??店内の壁とかかなあ。よく分からない。少なくとも商品の配置は以前と同じ。なんなのだなんなのだ。なんなのだつまんない。と言いつつも、私はいつもこの一番小さいコンビニに寄ります。 自分の価値について、うじうじと考えている。人間の存在価値なんてそんなものあってないようなものなのに。誰にでもどんな人にでも存在価値なんて当たり前以前に当たり前なのに。・・・人と比べたらキリがない。世の中自分より優秀な人なんて星の数ほどいる。それに、一体何をもって優秀かそうでないかを決めるのか。そんな基準もあってないようなものなのに。存在することの価値も、能力の有無も、そんなもの、人間という狭い範疇の中で、自分が満足するための基準でしかない。そんなものに左右されて、自分が存在し続けることに疑問を持つのはおかしい・・・とは思うけど。 でも社会にいるとやっぱり自分を集団の中での基準に当てはめて考えてしまうし、人と比べて取るに足らない自分が情けなくなる。答えの出ないごった煮のスープ鍋の中にぷかぷか浮いているような気分だ。
旧暦12月16日。 なんでだろう、夜中から嘔吐が続き、だるいので会社を休んだ。あたりそうな食べ物は食べてない。心当たりあるとすれば、このところ胃痛が続いていたことか。仕方ないので今日はほとんど食べず。夕ご飯におじやだけ。 休んでいたので読みかけの『びんぼう自慢』(古今亭志ん生・ちくま文庫)を読み終えた。ご存じ五代目志ん生の波瀾万丈の人生。親元を飛び出し芸の世界に飛び込んだものの、飲む打つ買うが半端じゃなくて、いっつも極貧ドタバタ続き。それでも頼れる女房がいつもそばで支えてくれて、やがて4人の子供(うち男の子2人はのちの十代目金原亭馬生と二代目古今亭志ん朝)にも恵まれる。高座に上がることのなくなった晩年の志ん生師匠が昔を思い出しながら語ったものを、昨年6月に亡くなった小島貞二が、何度も志ん生宅へ足を運び、話を聞き、編んだ。『びんぼう自慢』は昭和39年に毎日新聞社から出た版がまず評判を呼び、それから5年後の昭和44年に、内容を大幅に改訂して今度は立風書房から出た。この、立風書房版がちくま文庫によって再び日の目を見たといういきさつ。 とにかく面白い。志ん生師匠の破天荒な生き方が凄い。今時こんな人はいないだろうなあ。いや、今時こんな生き方は出来ない。どん底の貧乏なのに、少しでもお金が入るととにかく全部お酒に使っちゃう。婚礼の翌日にはもう女郎買いに行ってしまう。挙げ句家賃を払えず一家で夜逃げ。関東大震災で激震が収まるやいなや、家の心配よりもまず酒が手に入らなくなることを怖れ、女房の財布をふんだくって近所の酒屋に走り、店主の逃げた店で酒をあおり、割れずに残った酒を抱えて持ち帰るといった類の数々の奇行。 ただ、どうしようも手に負えない困った御仁ではあるけれど、憎みきれない可愛さがある。貧乏長屋暮らしや酒博奕色ごとのあれこれが、結果的に志ん生の芸を深くした。長い苦労が芸を味わい深くした。・・・けど、一番苦労したのは女房殿だったろうなあ(^^;)女房あっての志ん生だったんだと、『びんぼう長屋』を読んで思ったし、当の志ん生もそれを分かってらっしゃった。昔の女の人は辛抱強すぎる。。。 戦時中、満州に慰問に行く話が出てくる。志ん生と一緒に波乱に富んだ旅に出かけたのが六代目三遊亭圓生。偶然、先日神保町の古書モールで圓生師匠の『寄席育ち』(青蛙房)を見つけて購入したばかり。気になって圓生師匠の本をめくってみると、やはり、志ん生師匠との満州行きの話も書いてある。2人の噺家が別々の本で同じエピソードを語っているのは面白い。ざっと見たところ、志ん生が生きて日本に帰れないと絶望し、ウォッカ6本(!)をあおって自殺しようとして未遂に終わった事件は、圓生の著作には書かれていないようです。こういうところ、読み比べしてみると、それぞれの人柄が伝わってくるようで、興味深いです。 志ん生も圓生も当然この世にはもういない。ただありがたいことに、ラジオやCDなどで貴重な音源を聴くことが出来る。志ん生ものからまず少しずつ揃えていければいいなあ。でも、ナマ志ん生はとうに昔の人だから諦めがつくけれど、志ん生の次男でこれまた人気のあった志ん朝はほんの数年前までご存命だった。私がもっと早く落語に目覚めていれば、志ん朝師匠の高座も見ることが出来たのに、と、今更ながらに悔やんでいます。 だからこそ、今現役の噺家さんの高座を出来る限り堪能したいなあ。
旧暦12月15日。 月曜からお疲れ気味。土日の疲れが取れず・・・って、逆じゃんか。 定時退社して這這の体で地下鉄に乗り込み、乗り換えの神保町駅で、つい、地上に出てしまう。だめだ。残業しないで会社を出るとどうしても寄り道してしまう。まっすぐ帰ることが出来ないのはすでに病気であります。だいたい、18時頃だと、まだ開いている古書店も結構ある。19時までの間ならぼんやりした古書店の灯りに吸い寄せられてしまう。仕方がないので、数軒見て回る。欲しい本が見つかりませんように、ただし100円や200円や500円位で掘り出し物ならありますように、と、ちょっと矛盾した想いを抱えながら、店前の均一台を集中して見る。幸い、今日は買いたいと思う本がなかった。というか、何も買わずに帰ってくることができた。お金があればいくらでも買ってしまいそうですが、今月来月再来月と、何かと入り用なのでちょっと節約しないと。で、無事に19時前には再び電車に乗り、今度はまっすぐ帰宅。 先に銭湯に入り、体がポカポカしているうちに台所に立ち、今夜も鍋。昨夜はダシ、味噌、醤油などをベースにした豆乳鍋。今夜は練り胡麻、豆板醤、ダシ、醤油などを使って担々麺のスープみたいに味付けしたゴマだれ鍋。肉は昨日が鶏肉今夜は豚肉と変えましたが、他の野菜はまったく同じ。1人暮らしの困った点は、同じ食材を毎日せっせと使わなければならないということです。白菜早くなくならないかなあ。。。 土鍋をコンロにかけて、そのすぐ脇にお椀とお箸を置いたまま野菜を切っていたら、土鍋の横から火が出た。と思ったら、箸の先が燃えていた。慌てて水に浸けるも、箸の先2センチ位が真っ黒焦げになり、ポキッと折れてしまった。あーあ。菜箸じゃなくて、食べるときの箸です。仕方ないのでストックの割り箸で食べた。明日、帰宅前に箸買って帰らないと。 鍋つついている時に、緑色のふわふわした小さな楕円形の物体が出てきたので、つまんで、あまり深く考えないようにして別のお皿に移した。で、落語聴き悦に入りながらスープの一滴も残さず、鍋を平らげた。ふと思い出して、さっきの緑の物体をつまみ上げて、まじまじと見つめる、と、虫君であった。げっ。深く考えないで良かった。でも、虫君のエキスが出た鍋をすっかり食べてしまった。・・・気の毒な気もする。こんな寒い冬に生まれて一生懸命生きてきたのに、石川五右衛門よろしく釜ゆでにされてしまった虫君に、合掌。。。
旧暦12月14日。 昨夜は帰宅せず、日記もさぼってしまいました。しゅみません。 昨日の話。真っ昼間っから銭湯に行き、あまりの気持ちよさに湯船を出たり入ったりして1時間半も長風呂してしまい、慌てて小唄のお稽古に。しばらく自宅での練習をさぼっていた相変わらずの下手っぴいでお師匠さんに申し訳ない。しかも、三味線を抱えると、金曜に居酒屋で痛めた太ももの上にちょうど乗せる形になる。思わずうめき声を。。。時間が経つにつれて紫色が濃く、範囲も広くなってきます。まったく嫌だねえ呑んでて怪我するなんて、おっさんみたいだ(とは限らないけど)。他のお弟子さんが買ってきてくれたロールケーキを戴く。すんごく美味しい。いつも山崎パンのロールケーキしか食べてない私は感動しながらパクつく。 で、お稽古終えて慌てて巣鴨に飛んで帰り、大学の女子学生の皆さんとの飲み会。同じ学科の10代から40代まで幅広い年齢層の9名で、まずは和民→カラオケ→魚民→白木屋・・・と、なんと4次会まで続いた。今年度の講義もすべて終了、試験期間も終了なので、みんなホッとした様子で、盛り上がる盛り上がる。それにしてもみんなお酒が強くて、ピッチが早く、どんどんどんどん呑むのだけど、とんでもなく酔っぱらってぐでんぐでんになる人が出ないのは恐ろしい。。それにしてもしかし、居酒屋チェーンのサワーって、相当薄めてありませんか?私もたんと呑んだのに、あんまり酔わなかったのは何故? しかし、私はお子ちゃまなので、3次会の魚民を出た時点(午前1時を回ってました)でもう限界。白木屋に入り、座ったとたんに座布団の上にごろんとなった。なんでみんなあんなに元気で、しかもどんどん飲み食いできるのだ??途中誰かがコートを掛けてくれたのとか、「ジョナサン行く?」と言う声とか「朝まで寺に帰り着けばいい」(自宅がお寺の人が多いので朝のおつとめがあるのです)という声は夢のむこうで聞こえていたのだけど、私はもうとにかく眠くて眠くて、完全に爆睡しました。 で、朝の4時ちょっと前に、どやどやとみんなが立ち上がり、帰ろうとしている。つんつん、と起こされて「どうする?他にも寝てる人いるから一緒に寝てる?」と聞かれ「うん」と答えたのは記憶してます。それっきり・・・。 次に目が覚めたのは午前5時ちょっと前。店員さんが「すみませんが当店は5時閉店ですので・・」と申し訳なさそうに言いに来た。慌てて起きあがり、もう1人と一緒に、掘りごたつみたいになっているテーブルの下に落っこちてそのまま大の字になっている1人を起こしにかかるも、ちょっとやそっとじゃ目覚めない。起こしている我々2人も頭が回らず、二日酔い気味の不機嫌な状態で、テーブルの下に頭を突っ込んで、つんつんつついたり、叩いたりして彼女を起こそうと頑張る。凄い深い眠りだと感心するも、早く起こして閉店までに出てしまわないと。 と、ようやっと起こして、最後まで残って寝ていた3人は、他のメンバーがすでにお会計済ませてくれていたので、そのまま店をぼーっとしながら出てきた。しっかし、お店にとっては迷惑な客ですね。3人がテーブルに残って寝ているばっかりに、お皿を片づけることもできない。それでも出て行ってくれと言わないのだから、やさしいですな。おなご3人があまりにも爆睡してたから、起こせなかったのかもm(_ _)m同じ朝5時まで営業している居酒屋でも「仮眠がわりのご利用はお断りします」と貼り紙してあるところもある。それはもっともなことなのですが。。終電逃してそういう店に入った場合、グループのうち1人ずつ代わり番こに寝ては起きしたことがあります。もうずいぶん昔の話で、今は明け方まで飲み明かすなんてとても出来ませんが。。 駅で3人、JRと地下鉄と徒歩と3方向に分かれ、徒歩の私はとぼとぼと自宅まで歩いて帰ってきました。JRに乗る彼女はまだぼーっとしていたけど大丈夫だったろうか。。。(^^;) そんなわけで、今日は半ばぼんやりした頭で過ごしました。今夜これから、知人に教えて貰った豆乳鍋ちゅうのを作って、「義経」見ながらイソフラボン補給します。
旧暦12月12日。 仕事帰りに友達と呑む。と言っても友達が下戸なのでわたくしがもっぱら。。。以前呑みに行き気に入った店に案内するも、店名は同じなのだけど経営者が替わりメニューも全面的に変更したそうで、美味しかったけど、前回行った時のほうが美味しさにインパクトがあった。店員さん達も変わっていたので、店の雰囲気も当然違っていた。ちょっと残念かなあ。 カウンター席に座っていたのだけど、最初のグラスビールを呑み終えて、トイレに行こうと席を立ち、椅子の後ろに足を置いたとき、段差があるのをすっかり忘れていて、足を踏み外し、ドデーン!!と、床にぶっ倒れる。右太ももをえらく打撲する。自分の席の後ろにあった業務用のお酒冷蔵庫にもガタンと酷い音を立ててぶつかった。店内シーンとして、注目を浴びる。そばのグループの誰かに「大丈夫ですか」と声を掛けられたような気もするけど、気が動転して、(私はまだ酔ってない酔ってない酔ってないぞ)と思いながら痛さをこらえて必死に起きあがり、「すいませんでした、すいませんほんとに」と周りにぺこぺこ頭を下げてトイレに逃げ込んだ(だけとそんなに謝る必要なかったと後で思う。私1人で勝手に転んだのだ)。痛いのなんのってあんた、ほんとに痛いんだから。 痛みをこらえて平静を装い、自席に戻る。心配する友達に「平気平気」と答え、あくまで平静を保とうとする。しかし、痛い。ももが腫れている。ぼわぼわじんじん。でもでもでも。まだビールをグラスで1杯しか呑んでないのに、この失態です。私が酔っぱらって均衡をなくし、転んだとは周囲に思われたくない。至ってくそ真面目な顔で、「次は焼酎いこうかな」とメニューを見る強がり。 年明け早々左足を捻挫して(実は今週その足首をまたひねってしまい、再び悪化)、今日は右太ももを打撲。今日は足を引きずりながら帰ってきました。今年は要注意の年だってこと、胆に銘じときます。
旧暦12月11日。 仕事帰りに神保町に寄る。東京堂書店、三省堂、三省堂横の古書モール。 東京堂書店にて雑誌『BOOKISHI』8号、三省堂で雑誌『ku;nel』12号購入。東京堂書店の店内に古井由吉講演会とサイン会のお知らせが貼ってあった。時々東京堂書店のサイトはチェックしていて、古井由吉サイン会が2月に予定されており、詳細決まり次第告知、みたいに書いてあったので注意はしていたのですが、今日お店に行って良かった。早速、レジで今月末に発売の新刊『聖なるものを訪ねて』の予約をし、講演会の整理券ももらう。これで来月初めの講演会&サイン会に行けます。どきどきするなあ。好きな作家の講演を聞けるなんて。講演まで、古井由吉再読と、先月買ってまだ読んでない著作を読もう。どっぷり古井ワールドに浸かりたい。ところで、古井由吉は物故作家と思われることが多いらしく(ご本人も最近の著作でそう書いている)、先日も知人に好きな作家はと問われ、古井由吉と答えたら、じゃあ現代作家では誰が好きですか?と重ねて問われた。いえ、ご存命なのです、古井氏は。しかも昨年は3冊も本を出したのです。うち1冊は新装版ではありますが。で、今年は1月にもう1冊。と言うわけで、昨年と今年はどうやら古井ファンにとっては、嬉しい年です。古井由吉の文章を読んでいるだけで幸せな気分になります。不思議な味わいです。 『ku:nel』は去年からぼちぼち買ってる雑誌です。マガジンハウスから出ています。毎日の暮らしを楽しく、大切に、っていう感じの記事が好きです。自分なりの生活の楽しみ方、人生の楽しみ方を知っている人へのインタビューとか、料理や手作りの記事とか。あと本とか音楽とか。最近、気のせいか、ごく自然体な暮らしの雑誌が多く出ているような気がするのですが、ひねくれた目で言わせて貰うと、まずスタイルありき、のようなところがあんまり好きでない・・・かも。いやいや、なんでもやっぱりスタイルから気に入って入っていくのが間違いがないのかもしれないですが、どうも、どこか商業主義の匂いのするナチュラル志向って、なんだか文句のひとつも言いたくなる位、気になってしまう。だから、『暮しの手帖』みたいな一本筋の入った編集者達が作る雑誌が好きです。『ku:nel』もどっちかというとそんんな感じがしていいなあと思う。今月号の巻頭特集は「雪」。雪の結晶の写真に惹かれて、今月号は買い、です。『BOOKISH』は副題が「本の遊覧」となっています。季刊。本を廻るあれこれ、本が好きで本にさまざまな形で携わる人達の書いた記事が面白い。今回の特集は「画家のポルトレ」。最近やっぱり好きな『彷書月刊』同様、お気に入りの雑誌であります。
旧暦12月10日。 今夜はもの凄く眠いです。もう瞼が閉じかけてます。。 朝アパートの前の道を歩いていたら、耳の横で「クシュン」というかわいいくしゃみが聞こえた。振り返ると、前の家の塀のすぐ後ろにある木に、子猫が登ろうとしているところでした。でも、寒いのか、必死にしがみついてくしゃみしてた。 猫っていいよなあ。たまには私と交替してほしい。私の代わりに会社に行ってもらい、私が毛皮かぶって1日遊んでいる。人間に化けられる猫と友達になって、代わり番こに猫と人間になって楽しむ。 木登り人間と酒飲み猫。 今夜は早く寝ます。おやすみなさい。
| 2005年01月18日(火) |
アンダーグラウンドブックカフェと神保町古書モール |
旧暦12月9日。 仕事帰りに神保町の古書会館に。「アンダーグラウンドブックカフェ」の最終日。18時半までだけど取りあえず覗いてみた。ふだんの古書展より本はぐんと少ない。すっきりしすぎてましたが、欲しい本があったので購入。『岡本綺堂 江戸に就ての話』(岸井良衛編・青蛙房)。本を買ったらレジで珈琲紅茶無料券を戴いた。会場で美味しいレギュラー珈琲をご馳走になり、身体が温まってほっとしました。 次に、今月新しくできた「神保町古書モール」に行く。ここは古書店かんたんむがプロデュースし、何軒かの古書店が共同で本を出しているそうです。三省堂の横にある、三省堂書店アネックスビル5F。三省堂の裏側、ちょうど文房堂の前にコンビニがあるのですが、そのビルです。 ここ、凄いです。思わず「ブラボー!!」と、心の中で叫んでしまった。店内結構広いし、面白そうな本がぎっしり!!!勿論、アダルトや漫画はない。古めの本も多い。全部の棚を見るとなると1時間はかかります。19時前に入って、20時の閉店までいてしまった。ここで、『私のあとがき帖』(岡本経一・青蛙房)『新版 寄席育ち』(六代目三遊亭圓生・青蛙房)『三田村鳶魚全集第11巻/江戸の女・江戸の花街』(中央公論社)を買った。買ってしまった。。。 昨日今日と買い過ぎちゃったので、今月はもうなるべく買わないようにいたします。ひたすら読むほうに励みます。 でも「神保町古書モール」は、すごい誘惑ですよ。絶対週1回以上通いそうです。古本好きな方、ぜひぜひ行ってみてください。掘り出し物の本がありそうです!!
旧暦12月8日。 今年度の授業が終わった。他の学生さん達はまだ残っている授業も試験もあるようだけど、私が受けている授業は本日で終了。レポートが試験の代わりだから、もうなにもない。 会社終えてから大学に飛んでいくのはちとハードではあったけど、やっぱり充実していたなあ。どうにも眠くてコックリコックリしてしまったこともあったけど、授業はとても面白かった。何より先生の熱意が伝わる授業だった。難しかったけど、それでも有意義な時間だった。だから、授業がこれで終わりってのは、ちとつまんないものだ。 可能なら春からまた受講したいです。それまでもっと勉強して、みんなについて行けるようにしないと。 学校終わって前のバス停でバスに飛び乗り、池袋へ。ジュンク堂閉店1時間前。時間は十分ある。欲しかったのは、『吉田健一集成6』(新潮社)。これ、図書館で借りてちびちび読んでいたのですが、やっぱり自分のものにしたい、でも本屋さんにはもう売ってないだろうなあ、古本で探そうかなあ、と思っていたら、ジュンク堂にあることが判明したのであります。吉田健一は最近特に好きな作家。とりわけ食べ物とお酒に関する随筆は、他の人の追随を許さぬ独特の世界を持つ。吉田健一の著作はちくま文庫や講談社学芸文庫にもあるけれど、どれも現代仮名遣い。この作家の文章は旧仮名遣いのままのほうが味わい深いという気がするので、『集成』のほうが断然欲しかったのです。しかし、1冊5000円はちょっと高い。でもでも、それでも欲しい。というわけで、ちょびちょびと買い足して行く予定です。今日買った第6巻は、『集成』の中でも一番人気らしく(なんてったってお酒と食べ物についての随筆だから)新潮社のサイトを見ても、この間だけは在庫がないみたい。なので今日急いで買いに行きました(そんなに急ぐ必要ないんだけど、一応)。 嬉しくて嬉しくて、手に入ったのでホッとしてしまった。 あと買ったのは『猫と写真の時間』(藤田一咲・えい文庫)。池袋のジュンク堂の文庫本コーナーで、えい文庫のフェアをやっていた。最近この文庫シリーズ好き。マウンテンバイクやカメラに関するタイトルが揃っている。『猫と写真の・・・』は、外を出歩いているあんまり綺麗じゃない猫、ふてぶてしいノラ、好奇心旺盛な子猫の写真が沢山で、嬉しくなって買った。暖かくなったら、猫の写真を撮りに出かけよう。 それから『ファントム上・下』(スーザン・ケイ・扶桑社ミステリー文庫)も購入。これ、何年か前に読んで、すごく好きになって、でも実家に送ってしまった。また読みたくなったのだけど、実家に頼むより買ってしまった方が手っ取り早そうなので、買ってしもうた。。。もうすぐ公開の映画『オペラ座の怪人』の原作はガストン・ルルーだけど、これはそれをスーザン・ケイならではの視線で、怪人である1人の孤独な男性の人生を描いたもの。私って、読んだ内容をすぐ忘れるので、再読して十分楽しめる。これってトクなのかな? あと、同じくジュンク堂の2階で、タロットカードフェアをやっていた。。都内でタロットカードがあれだけ揃っていたのは初めて見た。実はタロットカード、10種類以上持ってます(^^;)数年前せっせと集めていた。占いのためよりも、なんていうか、タロットカードの図象にすごく惹かれて。タロットに描かれたシンボル、絵柄はデッキの種類によって異なれども、どれも共通のシンボルを見いだすことが出来ます。ユングも興味を持って研究したタロットのシンボル、これは結構はまります。私は今では占いをぜんぜんしない(特に自分のこととなると、良い結果が出るまでしつこく繰り返して占うから、結局意味がないのだ)のですが、このタロットの絵が好きで、どうも惹かれてしまうのです。今日、久しぶりにデッキを購入。『POKET GODDESS TAROT』というもの。これは2000円でしたが、他のは高い気がした。アマゾンならもっと安く買えます。でも、実物を見る分にはジュンク堂、2月末までやってるようです。
| 2005年01月16日(日) |
結局1日自宅にこもる。 |
旧暦12月7日。 結局レポート思うように進まなくて、今日は予定を変更して自宅を一歩も出なかった。あと、朝から風雨が強くて、怖じ気づいたのもあります。今日から神保町は古書会館で始まったアンダーグラウンドブックカフェ、行きたかったけど、とても外を歩く気にはなれず。それよか、今読みかけの本読み終えたら、気に入った本屋をゆっくり回りたい。 今夜はチゲ鍋にした。冬は鍋が便利だなあ。鍋料理だと家族が多い家は特にそうなのかもしれないけど、独りもんにも有り難い料理なのだ。土鍋ひとつに、肉も野菜も豆腐もぽんぽん放り込んで、楽ちんったらありゃしない。それでいて美味しいし栄養もある、身体も温まる。調理と食べるのが同じ入れ物だから洗い物も楽。冬は鍋料理の出番が多い。 自慢じゃないけど(ほんとに自慢にゃなりません)、ここ1週間アルコールは一切呑まなかった。偉いなあ私。やっぱりなんだかんだ言っても、お酒呑んじゃうと頭働かなくなるもんね。そういうわけで、今夜は久しぶりに缶ビール1本呑んだ。呑むときは呑むけど、呑まないときは呑まない。当たり前だけど。 アメリカによるイラクの大量破壊兵器捜索が昨年12月にそっと打ち切りされていたとのこと。大々的に大騒ぎして、絶対ある、見つけてみせる、と大量破壊兵器のあることを口実に戦争を仕掛けたのに、最後はそうっとそうっとやめた。 イラクから帰還したアメリカ兵の多くに、なんらかの精神疾患が発生しているという。つい先日も19歳の帰還兵が、殺人を犯した。再びイラクへ派遣されるのが嫌だと言っていたもという。 また、スマトラ島沖地震による津波被害の被災地へ派遣されたアメリカ兵は、イラクへ派遣されるよりも人を助けているという実感がある、やりがいがある、とインタビューに答えていた。 政治ってのは、一体何なのだろうなあ、と思う。イラクの人達も被害者だけど、多くのアメリカ兵もまた被害者だ。でもイラクはまだ終わっていない。かつてベトナムが泥沼化したように、イラクもまたぬかるみにはまって出口が見えない状況になってしまったんじゃないかと、危惧してしまう。
旧暦12月6日。 今日は寒かった。朝起きたときはまだ暖かかった。土曜は隔週でペットボトルの収集日なので、8時前には出さなきゃ、と、ミネラルウォーターの空ペットボトルのラベルを剥がして、外に出て1本ずつ足で潰していく。がしゃがしゃと、つっかけ履いた足で、冬の曇り空の下、ひたすら潰していると、妙にストレス解消になって気持ちいい。・・・ご近所のまだ寝ている人達には迷惑かも。 レポートはまだ書けない。今夜これから、書きます。一応、書きたいことの核心みたいなものは、メモ書きしながら今日は過ごした。だけど、こういうのって、ウェブの日記みたいにフラリと書き始めることが出来ない。構えてしまうと駄目だ。とにかく1行でも書き始めれば、あとはなんとか進んでいく・・・とは分かっているものの。だったら書きなさい。はい。 結局そのほかの誘惑に勝てず、1日自宅に居たは居たのだけど、先日購入した『古本生活読本』を読んだりしてしまった。 半分くらいまで読んで、こりゃ結構面白い、と思った。林芙美子の「めし」という作品を通しての、大阪についての考察。おもろい。「めし」はまだ読んだことないので読みたくなった。 あと、驚いて面白かったのが、明治から昭和20年代まで、日本の各新聞社が多くの伝書鳩を飼っていたという話。遠くの地で記者が取材して書いた記事やフィルムを伝書鳩に託して、本社まで飛ばしていたのだそうだ。まだFAXもeメールもなかった時代、最長1000キロもの距離を1日で飛ぶことだって出来る鳩、どんなに離れても自分の巣にちゃんと帰ってくる鳩は、取材のお供として大変重宝がられたらしい。そんなこと、知らなかったなあ。目からウロコ。 鳩の苦手な友達がいて、一緒に神社の境内をぶらついていたりすると、ホッホッホ・・・と鳩たちが集まっている場所でいきなり遠回りに歩く。自分でもはっきりした理由は分からないけど、とにかく鳩が苦手なのだそうだ。となると、上野公園とか、長野の善光寺とかは行けないね。それも気の毒だ。 かと思えば、昔の職場で、1つ上の女性が、エジプト旅行で鳩料理を食べて、帰国後思いっきりお腹を壊して何日も会社を休んでいた。鳩を食べるなど、日本にいてはとうてい想像もつかないけど、彼女曰く、美味しかったそうで、だけど、体調を崩したのは鳩が原因としか考えられないから、もう一生鳩は食べない、とも言っていた。日本人の胃にはキャラメルコーンは合っても鳩は合わないのかもしれない。 今、くだらない駄洒落を言ってしまい、反省しております。 そういえば、以前、高田馬場の駅前だったかに、鳩が沢山、ほんとに沢山住んでいる建物があった。確かフン公害とかで結構な騒ぎになって、あれは撤去されちゃったんだっけ?今は至って普通の駅前である。
| 2005年01月14日(金) |
朝から癇癪玉を踏んだ運の悪い人は。 |
旧暦12月5日。 レポートなんとか書き上げて夜の授業で提出。実は間に合いそうになかったので午前中会社をサボって完成させた。社会人としても学生としても失格のあたろーである。あと1件、今夜と明日1日で書き上げよう。自宅では各種の誘惑に勝てそうにないので、明日は大学の図書館に籠もろうと思ったら、なんとセンター試験で休館。そんなものがあることをすっかり忘れていた。もう受験シーズンなんだよね。あれ、そういえばこの土日は関東地方でも雪が降るとか。受験生も試験会場側も気の毒ですね。 明日1日家で頑張って、レポート書き上げたら、日曜は午前中神保町に行き、午後は文学仲間の集まり。 先日購入した『古本生活読本』(岡崎武士・ちくま文庫)の解説を、今回の直木賞を受賞した角田光代さんが書いている。というのを知ったのは、さっき、当の岡崎さんの日記を読んでいて。「均一小僧の古本購入日誌」 角田光代さんの作品も阿部和重さんのもまだ読んだことがない。読んでみたいと思う。自分に近い年齢の人が書いた作品だと、やっぱり読んでみたくなる。 でも先に志ん生読みたい。
この前、朝、通勤途中に、地下鉄が、もともと少し遅れがちだったのだけど、さらに、途中の駅でドアが開いたまましばらく停車してしまった。私はドアのすぐ横に立っていたのだけど、ホームで突然「バアンッ」という大きな音がした。すわ拳銃の音か、抗争か、と身を固くする。ホームを歩く人達も、電車の中からも、みんなが音のしたほうへ顔を向ける。でも遠くのほうなのでよく分からない。 その時、駅構内に放送が。 「ただ今、お足元に癇癪玉が落ちておりますので、お気をつけてお歩きください」 なに?え?かんしゃく玉??? 何故に朝の地下鉄ホームに?しかも渋谷とか新宿ならまだしも、完全に官庁街の真下で、不機嫌な顔したビジネスピープルしかいない出勤タイムである。なんでそんなのが落ちてるの。 いやだよゥ。朝からそんなの踏んだら、こっちが癇癪起こしちゃうよ。 と、思った。
あーうー。 それにしても、寄席に行きたい。また行きたい。
| 2005年01月13日(木) |
おじさんはちゃんとおうちに帰れましたろうか。 |
旧暦12月4日。 大学のレポート1件提出しなければならないのをすっかり忘れてた。今日先生が念を押してくれなければ、明日が締め切りだということも頭の中からすっかり抜けてました。ひょえ〜。月曜締め切りのもう1件のほうばかり考えてた。焦る焦るY(@@;)Y でも、昨日購入した志ん生の『びんぼう自慢』を早く読みたくて我慢できない。でも我慢してます。すべてのレポート書き終わるまで封印。しかし、そばにあるのに読めないというのはちと辛い。こうなることを分かっていて、何故買ったのだ。でも買わなければ買わないでそれも落ち着かないのだぁ。。 昨日はそういえば、帰宅途中にもう1軒本屋さんに寄り、『本の雑誌』2月号と『ライカ百景』(佐々木悟郎・えい文庫)も購入した。ので、誘惑が多い。あと『ダ・カーポ』も本屋の特集だから読みたいけど、もう少しあとで。 さっきから、下の大家さんか隣のおじさんの部屋から頻繁にモーツアルトが聞こえてくる。一体どうしたんだろう。この部屋に越してきて、クラシックが聞こえたことなんて今までなかったのに。隣のおじさんがハマったんだろうか?北海道の人なので、日本ハムの試合に興奮している声はよく聞こえるが、シーズンオフは至って静か。今はモーツアルトなんだね♪ 思い出した。そういや、昨日、新宿から山手線に乗って帰宅する途中、ドア際に立っていたら、同じくドア際に私と向かい合う形で立っていた(というかドアにべったりもたれていた)おじさんが、次の停車駅を知らせる車内放送の後にいきなり、「あ・・っれま・・あ」と言いながら私の顔を見て、うひょっというようなひょっとこ顔をして見せた。やばい、すごい酔っぱらってる顔だ。どうやら、酔っぱらって降りる駅を乗り過ごしてしまったことに気がついたらしい。そんな、おじさん、自分が乗り過ごしたからって、見ず知らずの私に助けを求めるような顔されても困る。私は見て見ぬふりをして文庫本のページに目を落とした。 が、次の駅が私の降りる駅だった。当然乗り過ごしたおじさんも降りようとする。電車がホームに滑り込むと、おじさんがフラフラと歩いて、自分が立っていたドアと反対のドアのほうに近寄った。そのドアの前にはやはり次に降りようとする他の乗客達がもう集まっていて、電車が止まるのを待っている。と、酔っぱらいおじさん、私の目の前で、自分の前に立っている女性の背中にアゴからぼよよ〜んと倒れ込むように突っ込んでいく。あーあ。すごい迷惑。みんながギョッとして振り向き、ドアの前から一瞬引く。まだ電車止まってないって。おじさんの後ろに立っていて正解。 電車がようやく止まって、ドアが開く。みんなが降りて、おじさんも降りて、私も続いて降りて、みんなは階段のほうに向かって歩く。おじさんもフラフラフラフラしながらみんなの後をついて歩く。なーんであんたまで階段に行くのおっさん、と心の中で思うも、行動には出さず、あくまで見て見ぬふりの私。乗り過ごしたなら降りたホームで反対回りの電車待たなきゃ。大丈夫なんだろうか。と、おじさん、階段の手前まで来て、ふと立ち止まり、「あれえ?」という顔でキョロキョロして、自分の置かれた立場をアルコール漬けの頭で必死に思い出そうとしている様子。どうやら階段を降りちゃいかんということだけは気がついたようで。 あの後おじさんがどうなったかは私には知るよしもありませんが、自分も呑みすぎてああなってはいかんと思いましたです。言っとくけど、私はあそこまで泥酔しません(のはず)。
旧暦12月3日。 今日は会社が終わってから新宿まで行き、世界堂→ジュンク堂→新宿郵便局(21時まで開いてる)→ヨドバシカメラ西口マルチメディア館とカメラ館という、非常に疲れるコースを辿った。疲れた。。。そういえば、新宿は久しぶりです。 世界堂にてちょっと画材を眺めて、結局封筒や梱包材だけ購入して、ジュンク堂では8日に発売になったちくま文庫の『古本生活読本』(岡崎武士)『びんぼう自慢』(古今亭志ん生)を買う。ヨドバシカメラではプリンターとオーディオの下見。プリンター、もう2年位家にないです。インキなどの消耗品結構費用かかるわりには使用頻度が低かったので、エプソンのが駄目になってからは購入してないのですが、そろそろまた欲しくなってきた。今度はCANONかHPにしよう。それにしても、しばらく見ないうちに、家庭用のプリンターもだいぶ進歩したんですね。私浦島太郎の気分でした。どういうのがいいのかあんまりよう分からんかった。分かったようで、分からなかったので、会社で詳しい人(詳しい人だらけだ)に聞いてみよう。 オーディオのフロアで、ラジオとかCDラジカセとか、コンポとか見る。ウチのCDラジカセ、もういかれてます。CDのスイッチ入れても、演奏ボタン押しても始まらない。止まるボタンを何度も押して、ようやっと、演奏が始まる。なんだかヘン。音量も言うこと聞かない。プログラムモードも駄目。同時に、SONYのオヤジラジオ(通勤ラジオとも言う)まで壊れてきた。時々電源入れても反応しない。突然音が小さくなって、勝手に消える。なんてことだ。我が家の家電製品は、壊れるときは足並み揃えて一斉に壊れ始めるのです。次は何だ。何なのだ。と思ったら、このノートパソコンのハードディスク、スイッチ入れると起動の際に時々異音がするようになった。これは怖い。バックアップちゃんととってないから怖い。万が一を考えて、対策とっておかないと。 ところで、ヨドバシのオーディオフロアの話でした。そういうわけで一度にラジオもCDも聴けなくなりそうなので、どんなのがあるか見に行った。これでも昔はオーディオ製品に凝って、ちょっといいステレオなんて買ったりしたのです。CD50枚入るデッキとか。でも、今じゃもう、聴ければいいや聴ければ、みたいな気分になってるので、あんまりそっちにお金かける気がない。音楽は家で聴くより携帯機器で聴く方が多いし、今家ではだいたいラジオか落語だ。が。行ってびっくり。コンポって安いのですね。私にとって十分な機能でも1万円台からある。ラジカセより安いしこじんまりしてる。欲しくなってしまった。。。 しかし。悩む。 プリンターもミニコンポも、コンパクトになったとは言え、もともと狭い我が家、一度に二つも物体を増やすスペースの余裕がない。 しばらく思案して、どちらが優先かよっく考えよう。
旧暦12月2日。 また風邪でダウン。連休明けなのにいきなり会社を休む。少し内向的な気分になってるかも。これはよい傾向ではない。 神谷美恵子の本を少しずつ読んでいる。読みながら、そうなのだ、そうなのだ、と、書かれていること1行1行噛みしめて、線を引っ張りながら、大切に。エリック・ホッファーの著作と同じくらい大切な本になりそう。 神谷美恵子の著作を読み終えたら、次はメイ・サートンを読みたい。ヴァージニア・ウルフも読んでみたい。みすず書房は好きな出版社だ。コツコツと良い本を出し続けてくれる。吉田健一まである。 本の話をする友達が増えた。 以前は文学の同人誌仲間以外には本の話のできる相手が少なかったのだけど、最近、本や書店の話を持ち出してくる友達が多くなった。すごく嬉しい。私の日記を読んでくれて、それに関連して話題を振ってくれる友達もいるし、私のサイトのことは知らなくても、自然に本の話で共通項が多いと気づく相手もいるし。書店についての情報交換をする機会も増えた。 で、思うのは、この先もずっと、紙の本はなくならないだろうということだ。 電子本が流行り、出版事情が様変わりしても、やっぱり紙のページをめくる時の抑えきれないドキドキ感を求める人達は沢山いると思う。書店の棚から1冊を手にして、買うか買うまいか迷った挙げ句、レジへ向かう時の幸福感も、読み終えたときの充足感も、自分の書棚に気に入った本が並んでいるのを眺める時の満足感も、紙の媒体ならではだ。 書物を愛する人と話すのは楽しい。自分の知らないことも教わるよい機会だと思う。 世の中には、本を読むこともできないような状況に置かれている人達も多いのに、静かに机で誌面を追うことができるなんて、贅沢で申し訳ないような気がする。本を読めるということは、有り難いことなのだとしみじみ思う。
旧暦12月1日。 旧暦ではようやっと12月だ。 朝から良いお天気。外に出たくてうずうずするも、連休3日めともなると、家でやるべきことをやらないと、それも困る。行きたい、外を出歩きたい、行くな、家で大人しくしていろ、と、自分の中で押し問答。 結局よい子の自分が勝って、本日は家猫状態でした。 だけど自宅にいたわりには予定していたことをこなしてない。 大学のレポートの締め切りが来週月曜なのですが、そっちのほうは手つかずで、いざ書き始めようとすると、頭が回らないがために別の分野へ逃避してしまう。昔から課題や試験勉強をしなきゃならない状況が切羽詰まってくると、他にやりたいこと、読みたい本がどどーんと頭の中を占有し始める。ぜんぜん治ってないなあこの癖。今週末はそこそこ忙しいので、早め早めに仕上げないといけないのに。 結局今日は三田村鳶魚をどっぷり読んでしまった。 鳶魚は江戸っ子のことを結構ボロクソに述べているのが面白い。でも憎まれ口叩いても、やっぱり江戸っ子のことが好きなんだよね、鳶魚って。 金曜の夜と土曜の朝に急いで編んだつもりなんだけど完成しなかったマフラー、土曜に深川へ行った際、まだ編みかけのまま巻いていった。マフラーなしではとても耐えられないような寒さだったので。編みかけと言っても、首に巻いて縛る位は出来る長さです。でも、あと10段位編み足して、できればフリンジもつけたいし。フリンジ、いらないかな。でもあと10段は。 だけど、一旦首に巻いて出かけることが出来ちゃうと、端っこほどいて毛糸繋げてまた編み始めるのが面倒になってしまう。たぶん明日も中途半端な長さのマフラーして行きます(笑)
| 2005年01月09日(日) |
深川散歩2 ナマさん喬師匠 |
旧暦11月29日。 寒い。また寒い。あまりの寒さに外出を取りやめる。支度している間にも外では風がびゅうびゅう。。。ついに怖じ気づいて、もとの部屋着に着替えて終わり。 昨日の続きを。。 書き忘れておったは、深川めしを食べに行く前に、霊巖寺へ参りました。昨秋に訪れた私は知ったかぶりッ子で友達に説明。松平定信公のお墓にもお参り。ふと気づいたのは、松平公の墓所の隅に、石の棺のようなものが横たわっていて、その上に十字架がついているように見えることです。あれは一体何だべ?説明もない。ちょっと興味が沸いたので調べてみよう。 本堂のお賽銭箱の隅に、ちょこんと、小さな白いお餅が置かれてあった。カビが生えている。。。気になる。これも気になる。 その後、深川めしを食べ、土産物屋さんで駄菓子を買い、資料館前の土産物屋さんにも行き、店先で江戸時代人の格好をしたおじさんとお話。私たちがさっきから界隈をうろつき、深川めしを食べたり、駄菓子を買ったりしているのをお見通し。「さっき本店で菓子買うてくれたやろ」と、おじさんに言われる。なんでそんなことまで知ってるンや。しかもさっきの店が本店だったとは。どうりで売ってるもんが似てるはずや。でも、このおじさん憎めない雰囲気。この前来たときも着物来てカツラかぶって江戸時代の人になっていた。ある種名物おじさんだな。 深川江戸資料館に入る。今日は新内流しの日だった!展示室のほうから三味線の音色が流れてくる。急ぎ音のほうへ向かう。江戸の町の一角を再現した展示室の、茶店のセットの前で、男性2人が新内流しを披露している。ああ、風流だわ。よかった。三味線巧かった。当たり前だけど。今私がお稽古している曲に新内もあるのですが、私は下手っぴいだから、とても勉強になった。ちゃんと練習せにゃあかんと気持ちが引き締まりましたです。 展示室をうろうろ。靴を脱いで船宿に上がり、長屋の縁側に座り、茶店でくつろぐ。2人とも、すでに歩き疲れて眠くなっている。これから本日のメインエベントが待っているのに、大丈夫か。 本日のめいんえべんと、それは、柳家さん喬師匠の高座であります。 落語にはまってまだ日の浅い私なのですが、それでも、今最も巧い噺家は誰かと問われれば、このさん喬師匠を置いて他にいないのではないかと、自信を持ってお答えします。ネットやラジオ、CDなどの様々な音源で、このさん喬師匠の落語を聴いて、ああ、これはもうナマさん喬を見に行くしかない、といつしか夢を見ていたのでありますが、偶然にも、昨年末に鈴本に行った際、「さん喬を聴く会」のチラシを見つけて、こりゃなんとしてでも行くぞ、と思った次第。鈴本に一緒に行った友達と再び高座です。よくよく考えてみると、寄席通い2回目にしては、2人とも、凄い人聴きに行ったなあ、という気がします(^^) 資料館の2階にある小劇場、どれくらいの収容力があるのか分からないのですが、200名位?そこが満席で、補助席出すほどの盛況ぶり。この「さん喬を聴く会」は何十回も続いているそうで、常連さん達も多いようです。私も常連さんの仲間入りをさせてもらいますっ。 入り口で小さなパンフレットを貰い、席につく。真ん中の前から7列?8列めくらい。ちょうどいいかな。高座が始まるまでパンフを見たり。と、パンフを開いてしばらくして、真ん中にちょこんと、白い小さなシールが貼ってあることに気づく。「寿 三等」え?これは何?と、隣の友達に聞くも、彼女のには貼ってない。周りを見回すも、シール貼ってある人、ちらほら、でもほとんど貼ってないみたい。こ、これはもしや。。こ、こんなにもくじ運の悪い私が、新年早々当たりを引いたのか!と、嬉しさがこみ上げた。何が当たるんだろ、ワクワク。→あとで場内アナウンスがありました。1等はさん喬師匠の高座のペアチケット、2等はカレンダー、3等はさん喬師匠の名前入り手ぬぐい〜。手ぬぐいでも当たれば嬉しいです。キャッキャと内心はしゃぎながら貰いに行ってきました。 さて、高座のほう、この日が初高座というお弟子さんの小きち、ばりばりに緊張してました。でも、初高座を見ることの出来たこちらもよい機会でした。次は柳家小太郎、で、いよいよさん喬師匠の登場。 「待ってました!」の声が会場のあちこちからかかる。と同時に、前方からキャーッ!という黄色い歓声が上がり、場内もさん喬師匠も、ガクッと失笑。中学生だか高校生だか、若い女の子達も来ていて、驚いた。凄いな。中高校生で落語にはまっているとは。耳目が肥えているな。 初ナマさん喬。目の前にあのさん喬師匠がいる。寄席に通い慣れた人にはんとも当たり前の光景なのだと思いますが、なにせ、2回目の寄席なので、異様に興奮する私。お目目きらきらさせながら聴き入る。「按摩の炬燵」「御慶」そして倉田眞理さんのピアノ演奏をはさんで、「文七元結」。 とくに「文七元結」はさん喬師匠の語りにどんどん引き込まれていって、どっぷり世界に浸かって、ハラハライライラ泣いて笑って最後はすっきり。さん喬師匠はほんとに巧い。聴く側をぐいっと掴んで噺の中に引き摺り込んで、最後まで心地よい緊張感を持続させて、噺が終わって解放されるのが悲しい位に魅了する。噺の中の様々な登場人物への切り替わりがもの凄く早い。どんな人物にも瞬く間に変身する。そして全身で話す。エネルギッシュな高座になる。 昨日の朝のNHKニュースで、林家こぶ平のインタビューが出ていた。そこで、こぶ平が、男は歳を取るにつれて自分の顔に責任を持てと言われるけれど、噺家は言葉にも責任を持たねばならない、というようなことを言っていた。また、他のタレントと一緒にわいわいやる番組と違い、高座は噺家の中身が露わになってしまう、そういう恐ろしさがある、というようなことも言っていた。納得しながら聞いた。そんなインタビューの後に聴きに行った高座だったので、しみじみ、さん喬師匠の人となりを、高座から感じ取ったような気がした。 さて、今日、9日はNHK大河ドラマの「義経」初回。今年は最初から最後まで続けて見たいなあ。これから台所に立って、酒の肴作って、久しぶりにちびちび呑みながら見るとします。さきほどから醤油で煮ている玉蒟蒻がいい感じになってきました。
旧暦11月28日。 疲れた。でも寝る前に日記を書いてしまおう。 今日は友人と深川へ。門前仲町駅で落ち合って、まずは深川不動尊と富岡八幡宮へ。深川不動は凄い人出。途中、深川不動の門前の宮月堂揚げまんじゅうを食べる。1コ200円。美味しい。中の餡がちょどいい甘さ。ごま油の香ばしさもいい。 ・・・と、ここまで書いてやはり眠気に耐えきれず、寝てしまったのです、昨夜。で、起きたら日曜の昼12時!なんと!こんなに遅くまで寝てしまうとは。。。やはり歩き疲れたのか? そんなわけで、再び書き続けます。 昨日は揚げまんじゅう食べながら深川不動尊にまず向かった。賽銭箱にお賽銭入れてナムナムお願い事。見ると、参拝客が次々と靴を脱いで本堂に入り込んで座っていく。なにか面白いこと起きるんかいな、と、我々も上がる。あれよあれよという間に、本堂はぎっしりの人。奥の方へどんどん詰めろと指示が飛び、皆ぎゅうぎゅう正座。10分、20分。。。ひたすら座って、何が始まるのか待つ。足がしびれてくる。しかも、3日に捻挫した左足がまだ痛いので、そっちは崩し加減に座っているのだけど、もう限界じゃ。でも、イベントはまだ始まらない。どうやら本堂で護摩を焚くらしい。なるほど。でも、開始時間までまだ間がある。始まったら出られないかも。というわけで、一旦座ったものの、やめて立ち上がる2人組。謝りながら人々の間をそそくさとすり抜けて出てくる。なんちゅう迷惑な御仁や。 気を取り直して内仏殿へ。ここは真新しい建物。きらきらの新しい仏像が沢山沢山並んでいる。この内仏殿全体に、どれくらいのお金が・・・などと、罰当たりなことを考えてしまう。けれども、妙に居心地のよい場所。特に、2階の、四国八十八ヶ所巡拝所は素敵だ。各霊場の砂とご本尊の写しを備えてあるのですが、部屋の中は紫やピンクの明かりが何とも言えず魅惑的で、独特の雰囲気。各ご本尊の下に設置されているプラスチックの筒、ここに霊場の名称が書かれていて、これをクルッと手で回すとお経を唱えたことになるらしい。というわけで、友達と2人、クルックルッと回しながら歩く。彼女が簡単な回し方を開発(というほどのものでは・・)したので、それに倣って歩く。便利なものです。こういう、霊場を廻ったことにしてくれるコーナーって、たまに見かけるけど、深川不動のはなんとも魅惑的、幻惑的な小部屋です。なんつったって、紫紫。興味のある方は是非足をお運びください。私の言葉ではどうもうまく説明できない。 深川不動で書き過ぎました。先を急ぎます。次は富岡八幡宮。不動尊のすぐ隣。私は富岡八幡のほうが混んでいるだろうと思ったら、逆でした。思ったよりは少なかった。それでも賑やかなことには変わりなく、餅つきも行われていた。「力持ち碑」というのがあり、これが有名なお相撲さんの祈念碑っすか、と、しばし眺める。それで少し満足する。が、今、富岡八幡宮のホームページを見て気がついた。我々の見た「力持ち碑」は、富岡八幡にあるお相撲さん関連の碑のほんの1部で、力士の碑は他にもあちこちにあったのです。なんだそうっだのか。今度行ったときはもっと隅々まで廻らなきゃ。 先を急ぎ、法乗院へ。私がいつも(会社へ行くときも)持ち歩いている昭文社の「東京山手下町散歩』という地図帳には、「コンピュータで作動する閻魔あり」とある。友達の持ってきた本には「10円玉で動く云々」とある。ということは、10円玉をお賽銭箱に入れると、閻魔様の像が動くのである、きっと。そう思い、ワクワクしながら法乗院を探す。あった。閻魔様もあった。閻魔様大きい。これが動くのか。と、焔魔堂の前面にある賽銭箱に目が行く。これは。。。賽銭箱には違いないのだけれど、透明の筒状の賽銭投入口が沢山並んでいて、そのひとつひとつに、「ボケ封じ」「浮気封じ」「合格祈願」「厄除け」「病気快癒」等々、願い事が書かれている。要するに、お願いする内容によって、賽銭を入れる場所が違うのです。・・・そんな。普段、お参りに行って、手を合わせてお願い事ナムナムする時って、何をお願いしたかなんて人に言わないじゃないですか。自分と神様仏様との間の秘密ってことで。それが、ここでは、賽銭を投入する際にもうバレてしまう。「浮気封じ」にお賽銭を入れれば、「ああこの人の今の一大事は旦那の浮気なのね」と周りに分かってしまうし、「商売繁盛」と入れれば「他のことはどうだっていいのか」と思われてしまう。いつも一番に頭の中に考えていることを、いざ人に披露しなければならないという時に、人は相当うろたえるものです、きっと。 ともかくも、今のところは人様に知られても構わないお願い事しか持っていない(と思われる)我々は、無難なお願い事の入り口に賽銭を入れた。そういえば、2人とも「縁結び」に入れなかったのは、すっかり忘れていたからか、それともあえて避けたのか、それともホントに興味がなかったからか。 で、10円玉で動くという閻魔様の巨大な像を見上げて、期待に胸を膨らませる。動かない。「確かに10円玉入れたよね」と言いながら、閻魔様の動くのを待つ。焔魔堂に男性の声でお説教が響き渡る。・・・「あ、あれ」。焔魔堂の壁に一筋のスポットライトがスーッスーッと動く。閻魔様は動かない。お説教は続く。ライトが動き続ける。閻魔様はそのまま。顔色ひとつ変えない。つうか、すでにもう変えようがない顔色だ。 お説教が終わった。20〜30秒位の長さか。同時にスポットライトも消えた。閻魔様はとうとう、動かずじまいだった。 「10円で動くって、こういうこと?」 呆然とする2人。もう2回、お賽銭を入れる。さっきは彼女が入れたので今度は私が。それぞれ願い事は違う。で、願い事によって説教の中身も変わる。でも、よくよく聞いてみても、その説教が願い事そのものに繋がるような内容ではないような。。。私の聞き方が悪いのか。。。要するに、どんな願い事であろうとも、毎日清く正しく生きよ、とお示しになりたいのか。さすがは閻魔様だ。と、妙に納得して法乗院を後にした。 ここには「ハイテクえんま」と書いてある。 先を急ぎます。 途中、小津安二郎生誕の地、松尾芭蕉の採荼庵跡を見て、清澄庭園へ。ここは、かつて江戸の豪商紀伊国屋文左衛門の屋敷跡だったのを明治に岩崎弥太郎が買取り、やがて現在のような公園に整備されたそうで、広い庭のあちこちに全国の名石が置かれ、中には佐渡の赤玉石もある。真ん中にどどんと大きな池もあり、水鳥が沢山いる。春の桜の時季と、秋の紅葉はとりわけ綺麗だろうなあ。我々はとにかくひたすら歩き、庭をぐるりと一周して、とにかく疲れた。寒くて疲れた。疲れてお腹も空いていた。 そんなわけで、深川江戸資料館前の深川宿に行き、念願の深川めしを食べる。美味しかった。これが深川めしか。味噌仕立てで身体がほくほく温まる。味を噛みしめる。家でも作ってみたくなる。アサリをむき身にするのが面倒なら、缶詰のアサリでもいいかな。 深川めしに満足して、土産物屋さんに入り、本日の最終目的地、深川江戸資料館に。 とここまで書いて、書き疲れてしまいました。 続きは本日の日記で。
| 2005年01月07日(金) |
この夏、日本一高い女になる。 |
旧暦11月27日。 ちょっと残業して会社を出て、青山のリブロに寄る。ここはそこそこ好きな本屋。会社の近くだし、美術系の出版物が充実しているので。かと思えば文学関係でも良い本がちゃんと置いてあったり、雑誌も品揃えがいい。おまけに夜遅くまでやっている。で、今日購入したのは『山と渓谷』の1月号。昔よく買っていた雑誌、久しぶりに。毎年1月号に別冊付録『山の便利帳』がつく。登山に必要な山小屋や列車の情報の最新版が掲載されていて便利。なので、それを思い出して買いに行った次第。 ん?どうしてヤマケイかって? 実は、この夏に富士山に登ることにしました。 今日、会社で仕事中に、窓の外側を、ゴンドラに乗って業者の人が拭いていた。それを見て、「ああいう仕事をする人にはロッククライミングや登山が趣味の人が多いらしいよ」と、隣の女性に話したら、登山の話になって、お互い富士山に登ってみたいと思っていることが判明。ならば、この夏に登ろう、いざ!ということになったのです。 ただ、2人とも初心者。私は20代前半にちょっとだけ山登りにはまったことがあったけど、今はぜんぜん。よって初心者です。なので、会社の部のメーリングリストで、富士山登山参加者募集を呼びかけた。・・・が、帰ってきた返事は、「山を崩さないように」「噴火させないように」「低くさせないように」という内容ばかり。ようやっと、まともなレスが1名の方からありましたが、どうやら皆、我々が真剣に富士山に登ろうとしているなどとは思っていないらしい。 登ると決めたらほんとうに登るのである。
さて、明日は江戸散歩に行ってきます。 夜になって風が冷たくなってきた。明日は外を歩く時間が多いので、暖かい格好をしていかないと。さっき貼るカイロも買った。これから、11月だったか10月だったかに編み始めて、たった15段まで編んで放りっぱなし、すっかり忘れていたマフラーを慌てて編み上げます。って、できるのかね。でもこれ編み上げないと、明日寒そうなので、頑張ってみます。 だけど明日は晴れるそうなので、嬉しいです。
旧暦11月26日。 あと1日で連休だ。 今週は火曜から会社が始まったのに、まだたったの3日しか働いてないのに、もう息切れがする。明日帰宅後ドアを閉めたら、ぱったん、とヘッドスライディングしたい気分。 会社で戴きのものカレンダーが沢山余った。余ったカレンダーはちゃんと寄付する先があるそうで、フロアでまとめて処理してもらった。余ったと言ってもどれも綺麗、素敵なカレンダーばかりなので、受け取る団体の方々にも喜んでもらえそう。 カレンダー見て思った。 人間はカレンダーがないと暮らしていけない。いつからそうなったんだろう。カレンダーもない大昔の人達の時の感覚ってどんな感じだったんだろう。大昔、人間がまだ石とか木とか、わずかに限られた道具しか使っていなかった頃、当然何月何日何時何分なんてのも存在しなかった頃。 その頃はきっと、人に年齢の概念なんてなかったんだろうなあ。厳密に、あの人は何歳、自分は何歳、なんてのはなかった。あの人は自分より長く生きている、自分のほうが冬を経験した回数が少ない、みたいに思ってたんだろうか。なんか不思議。干支なんて当然なく、厄年なんてのもなく、たぶん誕生日なんてのもない。ただひたすらに、生きて、狩りをして獲物を追い、食べて、きっと今よりもっともっと死と隣り合わせの日々で、でもとにかく生きて、で、何回目かの季節を生きた時、寿命が尽きる。 自分が何歳か、いつ生まれたのか、そういうのを知らないのは現代人として生まれた自分にはちょっと耐えられないことのような気がする。でも、一方で、少し羨ましい気も。 はるか昔に確かにそういう暮らしをしていた人達がいるんだよなあ。。。
旧暦11月25日。 小寒。また寒い。朝から寒かった。あまりにも寒くて昨夜自転車が辛かったのに懲りて、今年もやっぱり冬の間は電車通勤にします。。。なんだけど、私って短気なんでしょうか、電車の中でムッとすること多し。今一番気になって仕方がないのは、電車の中での携帯電話のメールを打つ音。電車に乗ると、降りるまでただひたすらキーを打ち続けるあの音。ペタペタペタペタペタペタタタタペタペタ・・・・あれを満員電車の耳元でやられるとすんごくイライラしてしまうのは私だけ?音楽でもないし人の声でもないんだけど、携帯電話のキーを打つ音って、異様に車内に響きませんか?朝電車に乗るとたいてい同じ位置に立つ若い女性が、何駅も何駅も通り過ぎる間中、ずーっと半ばヒステリックにひたすら携帯を打っている。シーンとした朝の車内に、彼女の携帯の音だけが響くのです。あーあ。なんで私こんなに苛つくんだろ。心が狭いのかしらん。
帰宅途中に神保町に寄って、岩浪ブックセンターと東京堂書店と三省堂書店をハシゴ。これでようやっと、年末年始自宅に閉じこもりっぱなしだったために溜まったフラストレーションを解消。最近毎月購入している『東京かわら版』の1月号を買う。小さな冊子なのですが、東京で行われる寄席情報が満載、落語に関するコラムも面白いので、落語にはまりつつある私の1ヶ月は、これがないと始まらないのです。まだ寄席には1回しか行ったことないのですが、ぱらぱらめくりながら、どこ行きたいあそこがいいなどと計画だけでも立てるのが楽しかったりして。今年は寄席通いもマイテーマです。 もう1冊、みすず書房から刊行中の「神谷美恵子コレクション」の1冊目、『生きがいについて』を購入。書名がいかにも、というのが好きではなかったのですが、医師として教師として作家として妻、母として、またハンセン病の人達との交流や、自らの病を通して、深い思索や苦悩を重ね書き綴られた神谷美恵子という1人の人間の精神の結晶体であるかと思うと、やはり読みたくて読みたくて仕方がない。神谷美恵子という人は一体どんな人だったのか、どんなことを考えながら日々生きた人だったのか、無性に知りたい。こんなにも読みたいということは、私の中に、この人の書いたものによって満たされることができるようなある種の渇望があるんだと思う。 みすず書房から出ているこの神谷美恵子コレクションは、昨年の10月からの開始。今月3冊目が出るようです。みすず書房の出す本はかなり好き。
| 2005年01月04日(火) |
『暮しの手帖』って好きだな。 |
旧暦11月24日。 寒い寒い。 今朝起きたらやっぱり足は痛かった。ぼわんぼわん、という感じだったのですが、天気も良いことだし、歩くよりペダル漕ぐほうが楽、と判断して、自転車通勤を選ぶ。が、病み上がり&正月太り&運動不足&捻挫&根性なし等々の理由から、途中で息切れ、体力の限界を感じ・・・初っぱなから遅刻してしまった。嗚呼、新年早々、これはいかん。今年は早め出社を心がけるつもりだったのに。と、口で言うのは簡単なんですが。ほんとにいかん。反省。 帰り。寒かった。風が強いのなんのって。「さむーさむー」と風に向かって漕ぎました。途中我慢が出来なくなって(なんの我慢だか)、通り道にある本屋3軒をハシゴ。雑誌『暮しの手帖』を買うか買うまいか迷う。掃除の特集なんだけど、これ、年末に買おうと思ったんだけど、すっかり忘れてた。うーん、悩む。『暮しの手帖』は母のずっと昔からの愛読雑誌で、幼児の頃には藤代清治の独特の美しい影絵のついたお話を、母が夜寝る前にしょっちゅう枕元で朗読してくれた。 ついでに言うと、学生時代の同級生に、祖母が住井すゑで叔母が増田れい子という人がいて、住井すゑと言えば『橋のない川』の作家だし、『暮しの手帳』と言えば増田れい子を抜きには語れない雑誌だったので、凄い羨ましい環境だなあ、と素直に恐れ入った。 『暮しの手帖』は、東京でひとり暮らしをするようになってから2〜3度くらいしか購入していない。帰省すれば実家にあるので、こちらでは買うまでもないかな、と思って。でも、時々無性に読みたくなる。年に2回の帰省まで待てなくなる。特に、どころかぜんぜん流行の話題は載っていないし、商品テストとか、生活者から見た社会問題とか、料理とか、手作りとか、音楽、本、エッセイ・・・そういうテーマを、『暮しの手帖』ならではの視点、切り口、ムードで取り上げているのですが、そこが好き。あと、写真が。ちょっと暗めのレトロな感じの写真がいいなと思う。料理でもなんでも。わざとらしくない写真。作りすぎない写真がとても心地よい感じ。 最近、以前よりぐっとお洒落になった気もする誌面。ちょっと若い世代も意識しているのかなあ。それとも、読む側の私が『暮しの手帖』世代(?)になったんだろうか。ともかく、今、再注目の『暮しの手帖』なのであります。 本屋の女性誌コーナーではとても地味〜な存在の雑誌なのですが、中身はお番茶飲みながら楽しんでページをめくりたくなるような、ウキウキするような、暖かくなるような、そんな記事が詰まってると思います。 なんか宣伝みたいになっちゃったなあ(笑) でもでも、長く続く雑誌には長く続くワケがあるのですねきっと。 で。今日しっかり買って帰ってきましたよ。
| 2005年01月03日(月) |
アンダーグラウンド・ブックカフェ |
旧暦11月23日。 あー今日でお休みも終わっちゃうよぅ。朝むっくり起き出して、山本周五郎『人情裏長屋』(新潮文庫)を少し読み、次に『三田村鳶魚全集第7巻』をこれまたちょっと読んだ。途中、箱根駅伝やってるのを思い出してテレビつける。駄目だー興奮しちまう。最後まで見てしまう。。。途中、友達から携帯にメール。今度落語&深川散策に一緒に行く予定。それについて。友達が書いてきた「江戸情緒ドップリコース」という言葉にまた興奮する。気合いが入る。で、駅伝見終えて、また鳶魚読む。気分はすっかり江戸情緒。鳶魚の第7巻はずばり江戸ッ子について。なかでも刺青の話が面白い・・・というか、怖い。神田のある男、刺青自慢で素っ裸になったが身体のどこにも刺青はない。ところが彼が褌をほどくと、(欠字)の頭に蛇が一匹彫ってあった。鳶翁曰く、「これは痛み場所ですから、とても容易には彫れません。」・・・気持ち悪くなりながら読んだ。でも、そのうち集中力が無くなってきたので、気分転換にパソコンつけて、ネットであちこちの古書店サイトを見て回る。そう、もう1週間以上も古書店覗いてない。新刊書店も覗いてないような。1冊読み終えるのにえらく時間かかるくせに、店頭にある本が気になって仕方がない。今年は本屋にいるより読む時間のほうを充実させようと思います。でも。 アンダーグラウンド・ブックカフェ。1月16日(日)〜18日(火)。これ、楽しみです。この前古書会館に行ったとき、チラシ貰ってきた。うっひょ♪古書探しも楽しみだけど、なんだか他のイベントもワクワクする。美篶堂のコーナーもあるらしい。ここ、紙のお店だそうです。お茶の水のショップ&ギャラリーにはまだ行ったことないのですが、去年買った「デザインステーショナリー」(�判佝如砲箸いΕ爛奪�に記事が載っていて、とても興味があります。 他にも、新春恒例の古書市がデパートなどで開催されるので、うずうずしてはいるのですが、取りあえず、アンダーグラウンド・・にだけは絶対行くぞ、と決めています。 さっき、トイレに行きたくなって椅子から立ち上がったのですが、ヘンな風に組んでいたせいで、左足がしびれていました。そこでしばらく動かず我慢していればよかったものを、感覚のなくなった足でフラフラと歩き出したもんだから、いきなり、「バッキン!!」と、まるで草加煎餅に無理して噛み付いたような激しい音とともに、足首がくねりと折れ曲がり、全身ぶっ倒れてしまいました。同時に傍のテーブルに積み重ねてあった本がドサドサドサッと足の上に崩れ落ちてきて・・・。 しばらく横になったまま、激痛にうめいておりました。それでも、もともと立ち上がった目的はトイレに行くためだったので、それは我慢できない。なんとか這うようにしてトイレまで行ったのですが、その時、両耳を塞がれたように(耳掻きは毎日してます)、聴力が消えてしまった。周囲の音が微かに頭蓋骨の頂点から聴き取れるのだけど、どこか遠くから聞こえる音のようで、ただワーワーグルグル小さく響くだけ。部屋に戻っても、かけている音楽の音も聞こえない。あれ、どうしたんだろう、と、再び横になって休んでいたら、10分位後に元に戻りました。で、今はもう平気になって、パソコンピコピコいじってます。こういうこともあるんだなあ。 しっかし、年明け早々、おっちょこちょいですね。自分でも呆れます。足はまだ痛いです。激痛はなくなったけど、じんじんと腫れてきたようで。 ・・・箱根駅伝見て、走りたくなったので、明日の仕事始めから早速ジョギングか自転車通勤するぞ、と張り切ってはいたんですが。ほんとほんと。
| 2005年01月02日(日) |
羽ばたくのだ鳥女・・じゃない年女。 |
旧暦11月22日。 たけしの番組見ながら書いてます。アメリカの陰謀がどうたらこうたらという内容。面白い。戦後の日本がアメリカの思うがままに操作されてきたというのは周知のこと(と思う)だけど、ロッキード事件もそうだったのかなあ。テレビ見てると、なるほど、と思えてくる。こういう番組もっとやってほしい。 猫にとってはお正月もへったくれもない。昨日も今日も、日課のように、喧嘩してる。ギャウギャウギャウッ。ウギャアアアッウッ。雪が降ろうと風が吹こうと、大晦日だろうと元旦だろうと、猫には関係なーい。今日も激しくやってます。 昨夜は今年の目標を立てて、手帳に書いた。3つ。欲張らずに3つ。毎年元旦にその年の目標を立てるのが習慣になっているのですが、哀しいかな(いや、気合い不足だ)、年末までその目標を覚えていることはない。なので、ちと恥ずかしいけど、今年は手帳に筆ペンで書いた。手帳ってのは、人に見せるもんでない、自分をマネジメントするためのものであるからして、恥ずかしいだのといちいち思っていてはいかんのですね。私は自分をやりくりするのが凄く下手。自己管理ができない人間なのですが、今年こそは自分で立てた目標を達成したいです。 今年こそ、自分で決めた目標を達成できないと、自分で自分に納得がいかないような気がします。なんてったって、今年は年女。十二支の中で最も割合が少ない酉。その酉年生まれの中では最も多い昭和44年生まれです(威張ってどうする)。なので、まあ、あんまり意味はないのかも知れませんが、年女である今年こそ、自分にとって充実した年になれば、と思っています。 それから、目標以外にも、自分にとってのキーワード。これは、今年は特に、「継続」ということを大切にしたいです。とにかく継続です。継続。。根性ないのですぐへたりそうですが、頑張ろうと思います。
・・・と、年明けだけは威勢がよろしくて。。
今日は1日かけて戦国時代の加賀藩に関する史料を読んでいた。なんせ、時代背景に対する知識が曖昧なので書かれていることを理解するに苦労。昼過ぎから司馬遼原作の『国盗り物語』が10時間ドラマであるというのでテレビをつけるも、脚本の拙さと役者の演技のわざとらしさに見る気を失い、30分で消した。だいたい織田信長が伊藤英明っていうのはなんだかな。 いかん、文句たらたらになってる。
旧暦11月21日。 あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m 昨夜は日記を書き終えると、布団に入って携帯のテレビ抱えたまま、気がついたら眠っていました。除夜の鐘や「ゆく年くる年」どころか、紅白の最後、小林幸子を見ようとしていたのだけど、それも忘れて。そういや、マツケンサンバも見そびれた。私はテレビをあまり見ないせいか、流行物に超疎い。実はマツケンサンバを先月半ばまで知らなかったのです。会社でも呆れられ、「紅白に出るから」と教えられていたのに、見逃してしまった。嗚呼。でも、松平健が踊り歌うなんて、イメージが崩れるから見たくないような気もする。んなこと言ってるの、私だけ? でも、紅白こそ見なかったけれど、昨夜は格闘技とたけしの番組見てました。ほら、あの、ボビー・オロゴン、凄かったっすね。さんまの番組を何回か見て、へんてこりんな外人さんのことは知ってたので、あの人かあ、とびっくりしたんですが、まさかあんなにやるとは思わなんだ。風邪引いてるのも忘れて、テレビ見ながら大はしゃぎしてしまいました。ちょっとファンになった。 ・・・にしても、大晦日に細木数子ってのは嫌だなあ。見なきゃいいんだけど、で、見なかったけど。ああいう、他人の人生に深入りしてけなしてばかりのオバサンは嫌いだ。なんでテレビの世界で棲息しているのか分からないけど、年末年始のテレビ番組が面白くないのは、どのチャンネル回しても同じ顔ぶればかりだからかも(元旦から文句すいません)。 とは言いながら、今日はこれから、筋肉バトルとたけしのエジプトミステリーを見ようと思います。でもNHKでシルクロードもやるし。迷うなあ。 今年は遅読女王返上すべく、もっと沢山の本を読もうと目標を立てました。世の中にはまだまだ読んでない本がいっぱいある。本なんて読まなくても、という人もいるけれど、私としてはわけもなく、深い理由もなく、ただただ、ひたすら読むことに没頭したい。それで人生が巧く行くとか、良いことがあるとか、などは期待していない。ただただ、この世に人として生まれたならば、この世に存在する書物の膨大な山の、その深い懐に潜っていき、埋もれてみたい、それだけなのです。 今日は『嗤う伊右衛門』(京極夏彦・中公文庫)を読んだ。京極夏彦の文章は、独特の質感があって、それが自分にとってあまり心地よく思えない。最初に他の作品を読んだときは違和を感じなかったのだけど。でも、お岩と伊右衛門の話が、京極氏の手にかかるとこんなにも美しく哀しい物語になるのだ、と、心底酔った。映画、見てみたい気もする。お岩の役が小雪なら、いいかな、と思う。小雪以外に合う女優さんはいないような気がするので。
実家の母から荷物が届いた。午前に来る予定が、雪で遅れに遅れ、午後3時を過ぎていた。宅配便のお兄さん、ドアを開ける前から平謝りに謝り続けている。いやいや、元旦に荷物届けてくれるだけでも有り難いです。こんな日も働いている人達が多いのだと思うと、頭が下がります。宅配便さん、このお姉さんは実家からのおせち料理を待ってたんだろうなあ、って思っただろうな(笑)。・・・あたり。でも、夕ご飯に間に合ったから嬉しいです。 予想していたより大きい段ボール箱にビビル。一体何が???と思いながら箱を開ける。と、沢山のタッパーやビニール袋。なんと、土鍋も!土鍋の蓋を開けると、中にはぎっしり白菜ネギえのきにしいたけ、しらたき、ほたて。別の包みにさっと茹でた鱈の切り身に牡蠣、エビ。それからペットボトルには鍋のつゆ。これ、まるでコンビニの鍋セットみたい。でも、中身は完全に我が家の味だ(嬉し)。それにしても普段あんまり機転の利かない(すまぬ)母にしては、この、土鍋ごと鍋を送るという発想は上出来で、大笑いしてしまった。 他には20センチ四方の1人にはでかいと思われる重箱に、煮染めやスケトウダラの空焼き、卵焼き、田作りなどのおせち料理がぎっしり。それだけではなく、牡蠣フライの入ったタッパー、新潟の郷土料理であるのっぺい(これを食べると涙が出ます。。)、なます、豚の角煮、青菜の胡麻和え、白菜の漬け物、昆布巻き、餅にあんこ(実家では雑煮よりじっくり煮た小豆に餅を入れるのが主流)、大好物の筋子、焚いたご飯に、米まで。他にも小さなタッパーがいくつか。そのどれにも田舎の母の味が詰まっています。それをひとつひとつ、蓋を開けて確認して、冷蔵庫に移し、庫内がぎっしり埋まっていくのを見ながら、じーんときてしまいました。今年のお正月はうっかり風邪を引いてしまい、親不孝しちゃったな。でも、東京にいては本来食べることの出来ない、郷土の味、母の味、そのありがたみをひしと感じました。・・何故かウスターソースの壜が丸ごと入っていた。これだけはいくらなんでも東京で買えるんだけど、なんで入れたかは謎だ。もしかしたら母は、私が牡蠣フライには醤油派だというのを忘れたか(50人に1人くらいだろうしなあ)。あとは姪っ子達からの手紙。泣かせる内容。 今夕方6時前。この日記書き終えたら、鍋を火に掛けて、料理を並べて、ビールと熱燗(熱も下がったし♪)。 ちょっとホームシックですが(笑)。
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