あたろーの日記
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旧暦8月27日。 仕事の時間配分を間違えてしまい、予定していた分量が終わらない。あーあ。
尾瀬の続きです。 えっと、2日目の朝まで書いたのでした・・・。 早朝散歩から戻って、龍宮小屋で6時から朝食。 ごはんいっぱい盛っちゃった。歩いてきたので朝から食欲旺盛。夢中になって食べ始めてしばらくして、写真撮ってないことに気づき、食べかけですが撮りました。許してね。納豆の粒が異様に大きくて感動した。 食後、今日の予定を立てるべくロビーで地図を広げてコーヒー(500円、美味しかった!) を飲んでいたら、昨夜お風呂で一緒だった同じ新潟の女性が隣に来て、しばらくお話。面白い話を沢山聞かせてもらう。もっと話していたかったけどそういうわけにもいかず、住所交換をしていつかの再会を約して別れる。8時ちょっと前に宿を出発。 龍宮小屋から山の鼻まで歩くことにして(これがいけなかった・・・)、あちこち立ち止まっては写真を撮ったりぼけーっと見とれたりしながらとぼとぼ進む。  ちょっとどんよりしているけど、今にも雨が降り出しそう・・・という天気ではない。天気予報で判断して尾瀬行きを取りやめた人も多いのだろうか、でも、さすが草紅葉の季節の連休だけあって、木道の上ではすれ違う人も多い。団体さんの先頭を歩いていた添乗員のおじさんが、「1人かね、寂しくないかね?」と聞いてきて、後ろのおばさん達が、「えっ」と、どういう意味か分からないけど声をあげる。「いえぜんぜん」と、笑って答えたけど、実のところ、ちょびっと寂しいかな、という気がしていた。山でも湿原でも、女性単独で来ている人は1人しか見かけなかったのが予想外だった。すれ違う人みんなカップルとか夫婦とか、友達同士やグループで来ているので、ちと羨ましかった。やっぱり、誰か誘った方が良かったかな・・・という気がした。まあ、1人は1人ならではの楽しさもあるし、そのうち、自分と行動パターンが似ている人がいたら一緒に山歩きしたいな。それまでは1人でウロウロしていよう。 地塘に浮かぶひつじ草を写真に撮ろうとカメラを構えていると、「その位置じゃフレアが入っちゃうよ。偏光フィルターはないの?」「持ってきませんでした(面倒なので置いて来ちゃった・・・)」「もっとこちら側にこなきゃ」と、カメラマンのおじさんに立ち位置まで指導してもらう。私は結構抜け作なので、基本がなってなかったりする。尾瀬でにわか写真教室になる(^^;) さらにてくてく行くと、ボッカさんとすれ違った。 尾瀬には当然車は入れないので、山小屋まで、食糧や日用品をもの凄い高さに積み上げて、それを担いで歩いてくる剛力さん。ボッカさんが通るとき、みんな木道を開けて立ち止まり、尊敬の眼差しで見送る。ボッカさんを見ると、尾瀬だなあ、という感じがする。 ・・・と、いろんなものに見とれたり写真教室してもらったりしているうちに、山の鼻についたのが10時半。疲れて甘いものが食べたくなったので(ここで我慢できないのがなんとも・・・)、山の鼻小屋でソフトクリームを食べて、トイレ休憩をして、11時になってしまい、慌てて出発する。尾瀬ヶ原の端っこの入り口である山の鼻から再び尾瀬ヶ原を横断して、燧ヶ岳の山稜に沿ったゆるやかな峠を越えて尾瀬沼に出て、尾瀬沼を半周して沼山峠まで登って、沼山峠を夕方4時20分に出る最終の路線バスに乗らないと、尾瀬夜行の復路切符では東京に帰れない。山の鼻から沼山峠まで、手元の地図では最短ルートでも6時間とある。あらためて時間を計算して「げっ」とショックを受けた。どこでどう時間配分を間違えたのか。はたまた地図上の距離を見くびっていたか。ガイドマップのコースに記載してある所要時間って、一体どういう人を基準にしてあるんだろう?成人男性?女性?ということは、山道が人より遅い私は、どう考えてもこの地図の所要時間をオーバーしてしまう。11時に6時間プラスすると・・・完全に夕方5時超えてしまう。もうひとつ、尾瀬夜行でセットになっている路線バスと電車の組み合わせを使えるルートは、尾瀬ヶ原から燧ヶ岳の西側の稜線に沿って御池まで行くのがあるけれど、時間的にはこれもほぼ5時間半。しかも、どうやらこちらのほうが私の苦手な登りが続きそうだし、おまけにこちらには三条ノ滝があって、滝好きな自分としては素通りできずにここで時間を食ってしまう。さらに運悪いことに、山の鼻でポツポツと雨が降り始めた。この分だと山道はぬかるみが酷くなるし、燧ヶ岳の西側はぐんと人が減りそう。その辺りはツキノワグマの目撃も多いと聞くので、人気ない時は1人で歩くのは避けたい。。。などと、山の鼻を出発して木道を戻りながら悩む悩む悩む。一瞬、山の鼻まで戻り、そこから鳩待峠まで行き、群馬県側から帰ろうかとも思った。昔来たときは群馬側から帰ったので。でも、今回は群馬側の交通機関はほとんど調べていない。もう、一か八か、ともかく歩いてしまえ、と、はるか彼方の沼山峠目指してひたすら歩く。小雨が時折ぱらつくようになったので、尾瀬で宿泊予定のない人達が木道を山の鼻方向にどんどん戻ってくる。雨が酷くならないうちに鳩待峠まで下山しようというのだろう。 平坦な木道を歩く分には楽しい。内心焦って急いでいたけど、それなりに景色を楽しみながらすたすた進む。太ももの筋肉がこわばるくらいに一生懸命歩く。どんどん追い越す。じんわり汗ばむ。ふと、木道の脇にすらっと揺れているリンドウが目に入る。バックの草の緑にハッするほど映える青紫の蕾。・・・見なかったことにしよう・・・と、通り過ぎるも、ぐっとなって、急いで戻り、リュックからカメラを出してしまう。 いちどカメラを出してしまうとあとが大変で、小雨が降ったりやんだりの中を、ぬらさないようにカメラを抱えて歩きながら、被写体を探してしまう。こうなってしまうとやばい。とにかくなるべく立ち止まらないように節制しながら進む。それなのに、やはり尾瀬。何度も立ち止まってしまい、地塘を覗き込んだり、白樺を撮したりして時間を費やしてしまう。尾瀬ヶ原の端の下田代十字路にようやく着いたのが12時半。ほんとは食べてる暇なんてないけど、腹が減ってはなんとかで、前日と同じ原の小屋で味噌汁300円を戴き、龍宮小屋で作ってもらったおにぎりを食べる。 味噌汁とおにぎりの美味しかったこと! 降ったりやんだりの小雨だったのが、食事に入った頃から強く降り出し、とうとう雨具なしでは歩けないほどになってしまった。ゴアテックスの雨具を着て、リュックにもカバーを掛け、もう一度靴ひもをしばり直して原の小屋を出たのが午後1時。ここから沼山峠まで230分かかるのに、残された時間はあと210分。しかも雨脚が強くなり始めている。ちょっと絶望的になるも、ここで駄目だと思ったらほんとに時間まで辿り着けなくなると分かっているので、ともかく諦めるのは沼山峠に着いてから、と自分に言い聞かせて再び出発。うっそうとした樹林の中を、雨が降りぬかるんでいる足元に気をつけながら急ぐ。途中、尾瀬沼まで6.○(詳細忘れた)キロという表示があり、呆然と。毎日自転車で通勤している距離が片道約10キロなので、自宅から6キロというとどのあたりかと考えて、自宅からその地点まで歩く自分を想像する。え?あそこまで歩くのと同じ距離!?しかもアップダウンあり、ぬかるみありで?がーん・・・。再び諦めたくなるも、進むしかないので、どうせ進むならと全力を尽くす。山に慣れた人の足なら楽々目的地にたどり着きそうだけど、私の場合もたもたしてるので大変。尾瀬ヶ原から尾瀬沼へ抜けるルートだというのに、雨のおかげですれ違う人は10人いるかいないか。私を追い越していった人達も2組ほどで、山の天気を見誤り、余計なところで時間をロスした自分を酷く反省する。途中河原や白砂田代など、見所もあったのに、ほとんど立ち止まることなくひたすら歩き続けて、ようやく尾瀬沼に抜けたのが2時半。地図の所要時間よりなんとか20分早く着くことが出来、自分では上出来、とほっとした。が、ここで油断したののは失敗。静かな尾瀬沼のたたずまいに心奪われて、どうしても立ち止まらざるを得なくなり、カメラを出してしまった。こうなると5分10分の遅れはあっという間に生まれてしまう。いかんいかんと思っても、気がつくと3時というのに、尾瀬沼途中で時間を食ってしまっていた。 尾瀬沼を半周する間に、休憩中の団体さんやローファー(!)にスカート(!)というカップルと出会うも、あとは3組ほど。一時より雨は小降りに戻ったとはいえ、出歩く人は少ない。それでも、沼山峠の入り口である大江湿原に着いた時は、沼山峠に向かって歩く4組くらいと出合う。おそらくみんな沼山発の最終バスを目指しているのだと思うと、おおいにほっとする。この時点で3時。地図上の所要時間を確認すると、沼山峠の駐車場までは70分。だらけない限り、時間までにはバスまで辿り着けそう。 雨の大江湿原、尾瀬ヶ原より草紅葉が進んでいるような気がした。ゆっくりしたかったけど、携帯電話のカメラで撮影して我慢。ひたすら進む。途中から峠道なのでちょっと勾配がある。急ぐ身にはしんどいけど、ここまで来たんだ、やればできるじゃん、と自分に自信が出て、足取りもちょっと軽い。しかし、すべって転んで膝をついたりもした。反省。途中、後どれくらいで目的地に着くのか不安になり、すれ違ったお兄さんに聞く。「・・・あと25分位かな」(よしっ!なんとか順調!) それで、夕方4時。ようやく、沼山のバス駐車場に到着。うわー、駐車場に出た!というのと、尾瀬にさよならだな、という気持ちが交錯して、思わず涙がちょちょ切れた。20分発のバスはまだ到着してなくて、売店でジュースを買い、ベンチで休憩。雨が降り続くのをぼんやり見ていた。汗だくになってバスに飛び込むことにならなくて良かった。 この後会津交通のバスで野岩鉄道会津高原駅まで行き、尾瀬夜行の復路のチケットに1000円プラスで特急の指定席券が買えるというのでそれを買い、6時31分発の電車に乗る。来るときは暗くて分からなかったけど、野岩鉄道は思いっきりローカルな感じがして楽しい。沼山から駅までのバスでもそうだったけど、携帯電話の電波もほとんど届かない。2両編成の車内は地元の女子高校生達のサロンになっていて、雄叫びが響き渡る。うるさいけど音楽を聴いていたのでまあ気にせず。途中、東武線の鬼怒川温泉駅で特急の「きぬ140号」に乗り換える。「きぬ140号」の座席はリクライニングで快適。どうしてこれを尾瀬夜行に使ってくれないだーと恨み言。さらに、あると思っていた車内販売がなくて、仕方なく前日浅草のコンビニで買ったカロリーメイトを食べて、夕食にする。 あとはもう、寒くて寒くて。雨に濡れてしまったので、いくら着込んでも寒い。沼山を出るバスの中からもう震えだし、特急の座席でも寒くてずっと固まっていた。やばいな、風邪引いちゃうかな、と焦った。とにかくもう、銭湯の熱いお湯に飛び込む自分を想像して励ます励ます。浅草に9時半着だったけど、乗り継ぎの良い手前の北千住で降り、途中銭湯に浸かって(極楽だった・・・)ようやく帰宅したのが夜11時近く。
というわけで、どたばたの尾瀬の旅、2日目は途中から雨に降られてしまったけれど、それもまたよし、とても楽しかったです。 あとで測ってみたら、2日間で歩いた距離、34キロでした。びっくり。確かに、足の裏のマメの数は半端じゃなかったです。。。 でも、来年もまた行きたいです。。。 今年あともう1回位、紅葉を見にどこかに登りたいです。。。
旧暦8月26日。 帰宅が遅くなってしまいました。 決算業務が間に合うかどうか微妙なので、明日は早めに出勤せねば。 尾瀬の記録忘れないうちに書きたいんだけどなあ。 というわけで、すみません、明日書くことにします。 おやすみなさいm(_ _)m
旧暦8月25日。 続きます尾瀬に行った話。  龍宮小屋に戻って、夕方5時半から夕食。福島のご夫婦とテーブルご一緒させてもらい、歓談しながら食べる。みんな席に着く前にフロントで缶ビールを買ってきているので、私も真似をする。350mlのラガーが400円だけど、ボッカさんが苦労して運んできてくれているのだから、高くて当たり前、山で冷えたビールなんて贅沢の極み。料理はごく普通の和食。焼き魚やひじきの煮物など。とりたててご馳走というわけでもないけど、ほんとうに美味しかった。山で食べるものはなんでも美味しいと思った。 食事を終えて部屋に戻る。4畳半には大勢で来ている写真サークルの中の、私と同世代の女性2人と私の3人。他の部屋はもっと大きくて、もっと人数も多い。同室の女性に、明日は皆さんと同じに起きたいのですが何時に起きるんですか、と軽い気持ちで聞いたのだけど、私たちは何度もここに来ていていつも4時には起きるから無理よ、と、何故かギスギスした口調で言われる。写真の話をちょっとしたかったのだけど、つっけんどんな答えしか返ってこなかったので、なんかかちんと来て、こんなところまで来て気を遣うこたないや、と、部屋を出て、山小屋のサンダルを借り、外の空気を吸いに行く。 小屋の前のベンチで2人ばかり座って話し込んでいる他は、誰も外にはいない。木道をちょっと進んで、立ち止まり、思わず息を呑んだ。 辺りは真っ暗闇。 ほんとうに、真っ暗闇の闇。 こういうの、言葉でなんて表現したらいいんだろう、と考えたのだけど思いつかない。真っ黒な絵の具で全てをべったり塗りつぶしたような・・・真っ黒な暗幕を空から四方八方に吊り下げたような・・・この湿原にある人工の建物も木道も人間も勿論、山も木も草も、生あるもの全てが飲み込まれてしまったような漆黒の闇の世界に、自分も立ちつくしているんだという不思議な感覚。おそらく電気のない昔は、人が眠りについたらどこもこんな風に真っ暗になったんだろうけど、現代では、特に都会に住んでいたら、人の視覚を完全に奪うような真っ暗闇は経験できない。小屋のはるか前方にそびえる至仏山もどこにあるのかさえ分からない。シルエットさえ浮かんでいない。パレットの上に黒い絵の具をぐにゃっと置いて、その中に米粒大になった自分が潜り込んでしまったような、恐ろしくて不思議で幻想的で何故か離れがたい気がした。それで、1時間以上、小屋の前の木道の端っこに立ちつくしたり、ベンチに座ってみたり寝ころんでみたりして、昼間とは全く違う湿原の夜の顔を楽しんでいた。ちょっと油断すると、目の前の草むらから何か得体の知れないものが自分を闇の中に引き摺り込んでしまいそうで、少し怖かった。 もし、尾瀬に行くことがあったら、ぜひ、湿原の闇夜も味わってみてください。勿論危ないから、うろうろ出歩かない程度に、ちょっとだけ、湿原の入り口に立つか、山小屋の窓から覗いて、全くなんにも見えない真っ暗闇をぜひ経験してみてください。月のない夜なら、闇が自分のほうへどんどん迫ってくる、これがほんとうの夜なんだ、と、私の場合少し世界観が変わったかも。。。 夜8時、部屋に戻り、同室の人達が明日の準備をしている間に、お先に、と、眠りにつく。夜行電車でほとんど寝てない上に登山の疲れですぐに爆睡。普段ならまだ会社で仕事している時間だよなあと思うと、嬉しくてどきどきしてしまった。 翌朝は4時に携帯電話の目覚ましを掛けていたのだけど、それより前、3時40分位に目が覚める。寝ている2人を起こさないように、暗闇の中手探りで布団をたたみ、カメラを持ってそっと玄関に下りていく。階下ではリュックを担いでヘッドランプを付けた単独の男性が1人2人と、靴紐をしばり終えて小屋を出て行くところだった。カラカラと熊除けの鈴音をさせて、まだ真っ暗な湿原の中にヘッドランプの明かりが吸い込まれて行く。それぞれ思い思いのポイントに暗いうちから辿り着いて、きっと三脚を立てて夜明けを待つんだと思う。まだ4時。日の出までにはまだまだ間があるけど、もう一眠りする気にもなれないし、前夜の真っ暗闇の感動がまだ消えていないので、私も靴ひもをぎゅっと締めて、そろりそろりと木道を歩き出す。 まだ空気はさほど冷たくない。夜明け直前になるとぐんと一気に冷えるだろうから、一応フリースなどを着込んで。木道から足を踏み外さないように、ゆっくり歩を進める。前方には先に発って行った人達のライトが、霧を照らしながら揺れている。みんな足が速くて、どんどん遠ざかっていく。しばらく歩いて、途中のベンチでぼけーっと座る。少しずつ暗闇が柔らかく変化し始めて、後方の小屋の戸がガラガラ開く音とか、人の話し声とかも聞こえ始める。   しばらくベンチに座って夜明け前の空気を楽しんでいたけど、写真サークルの人達が近くまで来て賑やかになってしまったので、もっと静けさを求めて場所を替えた。木道の上に座り込んで、うっすらと姿を現し始めた目の前の小さな地塘から、カラカラ・・・という鳴き声が時々聞こえるので耳をすます。なんだろう?カジカのような、もしかしたら、サンショウウオの鳴き声なのかな?ポッチャンと何かが跳ねる音。目の前50mほど先の草むらに、どうやら鳥の巣があるらしく、ギャーッとけたたましく鳴きながらバサバサ羽音を立てる。時には辺りをザアッと飛び回っては戻っていくようで、まだ明るくなるには間があるので、それがどういう鳥なのか見えない私はちょっと怖かった。湿原の夜も夜明け前も、どうやら人間の領域ではないらしく、むしろ人間は完全によそ者で、そこをねぐらとする野生の生き物たちの世界で、そこに迷い込んでしまった私は心細い立場にあるんじゃないか、という気がした。今は人間である自分と、薄暗がりの中で鳴き声を上げながら飛び回る姿の見えない鳥との立場が昼間と逆転している。人間なんて、自然の中にぽんと放り投げられたら、それこそまったく頼りない存在なんだとあらためて感じたし、目に見えるものだけがそこにある、と認識したがる人間の傲慢さも、自分の中に感じて反省した。
 次第に周囲が明るくなり、湿原が人間の眼に見える形で姿を現すと、空にはどんよりとした雲が覆い被さっているのが分かった。さすがに、台風が近づいているらしいし、今日は天気良くないな、と、覚悟。むしろ昨日の快晴が儲けものだったのだから、上々かな、と納得した。 写真3点はどれもデジカメで撮影したもの、夜明けの風景です。夜が明けていく時の木道は、この道の先に何があるんだろう、と不思議な想像に誘うような、素敵な光景でした。 また書きすぎてしまいました。。。どうも書き始めるとつらつらと。 明日で最後にしますね(^^;)
旧暦8月24日。 会社で寒いなあと思っていたら風邪を引いたみたいで。自転車で出勤して汗をかいたままにしてしまったのがいけなかったかな。 尾瀬日記続きです。 見晴新道のブナ林をようやく抜け出ると、山小屋の集まる下田代十字路に出た。眼前に広がる尾瀬ヶ原。1時半を過ぎていて、昼食をとっている人はほとんどいないけど、原の小屋でカレーライス800円を食べる。ごく普通のカレーライスなんだけど、美味しかった。ほっとした。水が美味しかった。氷が浮いていて、コップの下にコースターが敷いてある。ちょっとした心遣いが嬉しかった。   お腹を満たして気持ちも落ち着いたらいよいよ湿原へ足を踏み入れる。 木道を一歩一歩進み、でも一気に進みすぎるのが勿体なくて、時々立ち止まってはぐるりと見回して感慨にふける。あーやっと着いたー、と、じんわり涙が出る。木道に三脚を立てて撮影しているカメラマンが所々に。でも、思ったほど人はいない。静か。草紅葉が始まっている湿原の、のどかな午後の空気、どこかひんやりとして、だけど柔らかくて、やっとこの場所に抱かれに来た、という感じがしてくる。 時々立ち止まったり、深呼吸したりしながら、木道をゆっくり進む。湿原のあちこちにすっくと伸びる白樺。尾瀬に来たんだなあという実感が湧く。吾亦紅(われもこう)のちょっと疲れたような赤が可愛い。蝦夷りんどうの青紫が、はっとするほど美しい。まだほとんどが蕾だけれど。黄色い可憐な水菊。白いレースのようなゴマナ。真っ赤に色づいたナナカマド。写真を撮りながら、この景色を目にもしっかり焼き付けたくて、ゆっくり眺める。 来た道を振り返ると、下田代十字路の山小屋群のバックに、燧ヶ岳がでんとそびえている。あの山の向こうを今朝出発して、頂上まで行って来たのかと思うと、ちょっと信じられない。結構歩いたんだな、と、自分を少し褒めてあげた。富士山は挫折しちゃったからなあ。その時ふと気づいた。8月に、富士山の9合目前にしてダウンして登頂できなかったことで、この夏なんとなく消化不良のままの何かが自分の中にあったみたいで、それが、たとえ富士山より標高は低いけど、燧ヶ岳を自分の力で最後まで登り切れたことによって、うまく整理できたようだと。富士山は富士山で来年また挑戦したいけど、標高にかかわらず、頂上まで行ったという達成感は、自分に確実に自信をもたらしてくれる。これは山登りに限らず、日常の些細なことでもきっと同じで、大きなことでも中途半端に終わっているものばかり抱え込んでいるのと、たとえ小さなことでも自分の力でやり遂げたことを積み重ねていくのとでは、自分自身に対する自分の評価が全然違う。私が自分のことをあまり好きになれないのは、たぶん、これまでの人生で(大袈裟かもしれないけど)、なんだって中途半端なままで来ているからだ。だから、たとえ標高2400mに満たない山でも、この時機に登り切ったことは、私にとって大きな意味があるような気がする。少なくとも、自分で自分を認めてあげられたことで。子供の頃、両親に連れられて登った山、20代の頃仲間と登った山、低いの高いのいろいろあったけど、今思うと、頂上の景色を求めながら、自分の中に生まれる何かも求めていたのかも知れないなあ。。。 と、へ理屈はここまでにして・・・m(_ _)m  尾瀬ヶ原の中央寄りに位置する龍宮十字路まで辿り着き、龍宮小屋に入る。15時半。電話予約して先に振り込んでおいた予約金2000円を差し引いて、1泊2食+明日のお昼のお弁当代9300円のうちの7300円を払う。当然シャンプーや石けんは使えないけど、ここはお風呂がある。4時からで、小さいので一度に2〜3人ずつしか入れないというので、部屋に荷物を置いて、4時になったらすぐにお風呂場へ行った。一番乗りかな、と思ったら、脱衣所に40代とおぼしき女性がいて、一緒に入る。湯船に浸かって話していたら、ご夫婦で尾瀬に来ているのだけど、なんと、新潟の、私の実家の隣の市のお住まいと分かり、お互い一気に親近感が湧く。続いて福島にお住まいの、やはりご夫婦で来ている女性も加わり、3人でお風呂で盛り上がる。もっと話していたかったけど、次に入る人のために、早めに引き上げ、ぽかぽかの身体で再びカメラをぶら下げて、夕食まで小屋の周辺を散策。龍宮小屋は場所が場所なので、カメラマンが多く泊まる山小屋として有名。宿泊客はほとんどが三脚、カメラを手にしている。同好会の団体さんも。夕暮れが近づいて来ると、みんな目の色が変わる。三脚を地塘のそばに立てて、ずらりと並んで、太陽が小屋の正面遠方にそびえる至仏山(尾瀬を代表する山のひとつで、燧ヶ岳とともに深田久弥の日本百名山にも挙げられている)に沈むのを待ちかまえている。「今日は雲があるから灼けるよ」「空が赤く染まってきっと綺麗だよ」と教えてくれる。こういう時に三脚があるとないのとではだいぶ違う。望遠レンズも置いてきた。この2つがあったら体力のない私は山にも登れないので仕方ないけど、やっぱり、尾瀬で写真を撮るなら三脚と望遠は必要だよなあ、とちょっと残念に思う。いつか、体力と力のある人と来ることになったら、持ってもらおう(おいおい!)。 カメラマンのおじさん達がずらりと三脚を並べている端っこに、ちょこんと座ってカメラを抱えて真似をして夕焼けを待つ。太陽が山の向こうに沈んでいこうとする時間、こんなに長く感じたのは初めて(笑)。しーんと漂う緊張感。どんな光景が待っているんだろ。・・・が、あれ、山に太陽が掛かったと思ったら、一気に沈んで、思ったような赤灼けは生まれない。少し拍子抜けする。その時、「ちょっと後ろ走るよっ!」と、慣れた感じのおじさんがカメラ取り付けた三脚を持ってみんなの後ろをダッシュして50mほど先に行き、今まで見ていた方向とは別に位置する白樺に向けて三脚を立て直す。なるほど、夕陽が当たってちょっと輝いている白樺を狙っているんだ。刻一刻と変化する木肌の色。沈みゆこうとする太陽の光線は、湿原のあちこちに色んな変化をもたらしてくれる。カメラマンの眼はそこを逃すまいと一瞬一瞬を緊張する。ちょっと勉強になった。私は割とのほほんと座っていた。でも、地塘に浮くひつじ草の、夕暮れの変化は楽しかった。美しいなあと見とれた。 さて、陽が沈んでしまうといよいよ夕食。時間は5時半から。この時点でもうお腹空いちゃって(カレー食べたの遅かったんだけど)、わくわくしながら山小屋へ戻った。 ・・・今日は2日目まで書くつもりだったのに、気がついたらどんどん書いてしまって、こりゃ書きすぎですね。ごめんなさい。 まだ続く尾瀬日記、明日またm(_ _)m
旧暦8月23日。 昨日の続きです。 熊沢田代を去りがたく、何度も振り向きながら再び木道を歩き始める、と、しばらく行くとまた樹林や熊笹が続く。所々木々が途切れて展望がひらけ、辿ってきたコースを振り返ると遠く湿原地帯が見えたりする。ちょっと懐かしい思い。戻りたいけどもう戻れない。足元は相変わらず大きな岩がゴロゴロ、その間はぬかるみ。岩や周りの幹に手を掛けて、滑らないように登っていく。間違って沢に入り込まないように、登山道に沿った木に目印のリボンがぶら下がっているので、それを確認しながらルートを外れないように進む。燧ヶ岳でも登山ルートを外れて遭難する人がいるらしく、注意書きの看板もある。リンドウが沢山咲いていて、ちょっと心がなごむ。やがて大大大嫌いなガレ場に出る。小さいのから人間の頭大のもの、もっと大きいものと、岩礫がえんえん続く。足元をしっかり踏みしめながら、泣き泣き登る。来るんじゃなかった、こんなところ嫌だー、と心の中で叫びながら、それでもガレ場を見下ろすように咲いているアザミの紫色に見とれたりする。この辺りで登山口付近で私を追い越していったツアーの団体からぽろぽろこぼれてマイペースで登っている人達と一緒になる。みんなも相当へばり始めているので、私だけじゃないんだと思うとちょっとだけ元気が出た。途中、ゼーハーゼーハー言いながら必死に登っていると、前にいたおっさんが振り向いて「お姉ちゃん、自分のペース掴むんだよ。自分のペースだよ」とアドバイスくれた。が、自分のペースが私の場合ゼーハーゼーハーなんであるからして、はっきり言って自分でもよく分からない。と、おっさん、「それにしても今日の天気は儲けもんだよなあ!」と空を見上げている。ほんとだ。こんなに晴れるとは予想せなんだ。日頃の行いだなこりゃ。 燧ヶ岳のツアー登山に参加した人達は、なんと、早朝御池から登山を開始して、登頂後再びもとの登山道を御池に降り、そこから帰るとのこと。ひゃー、なんともタフです。ついていけーん。と思ったのもいっとき。後で思い返すと、自分もその後相当タフ、というか、無謀バカな行程になってしまったのだけど。。。 再び大きな岩がゴロゴロ現れる。今度は今までより大きい岩。よじのぼる。とにかくよじのぼる。これでもかの岩攻撃。頂上はまだなのか、木々に遮られてよく分からない。と、休憩中に会話したツアー参加のご夫婦が、前方でこちらに叫んでいる。「ついたぞー!頂上だぞーっ!」「頂上だそうですよ〜っ!!!」・・・ひゃ〜っと、全身に力がみなぎり、最後の岩場を這い上がると、にゃんと、岩だらけの頂上が登場、祠があって、みんなその周囲にごろごろしたり座ったりして、東北一の眺望を満喫中だった。ちなみに、燧ヶ岳は東北地方の最高峰(標高2356m)。これまでの疲れがいっぺんに吹き飛んで、私も祠近くの岩に座って、360度大パノラマを見渡して、大泣きした・・・かったけど、恥ずかしいので汗を拭く振りをしてそっと涙をぬぐった。この時点で10時。6時に登山開始して4時間でようやく。    燧ヶ岳の山頂部は5つのピークから成る。御池から登って辿り着くのは俎�堯覆泙覆い燭阿蕁法c�が写った写真はここ。標高2346mで実は燧ヶ岳の最高地点ではない。でも、ここからは眼下に尾瀬沼、遠くに日光連山、そして他方には尾瀬ヶ原を見渡すことができ、眺めは最高。しばし何もかも忘れて山頂の穏やかな風に身を任せ、尾瀬沼の美しさに見とれる。 実は以前燧ヶ岳に登ったときは、この俎�瑤泙罵茲董△修里泙淅�瀬沼に降りたので、最高地点である柴安嵒(しばやすぐら)へは、行っていない。が、今回は、沼ではなくまず尾瀬ヶ原のほうへ降りたいので、柴安嵒まで登り、そこから尾瀬ヶ原への下山道を行かなければならない。もとい、せっかく来たのだから最高地点にも立ちたいので、最後の(この時点ではそのつもりだった・・・・)力を振り絞って、俎�瑤隆箴譴�らそろりそろりと降りて、2つのピークの間に広がる鞍部を下り、再び登りに向かう。柴安嵒もガレ場が結構怖い。大きな岩が眼前に立ちはだかって、「いったいどうやって登ればいいんだ〜っ!」と思わず叫ぶ。だってほんとに叫びたくなるほど岩が怖かったので。それでもなんとかしがみついて登っていると、さっきのおっさんが前から降りてきて、すれ違う時に「お、お姉ちゃん、自分のペースが掴めたかい?」と笑う。「はあ、なんとか、でももう限界です」ほんとに限界だった。元気な女子学生達も降りてきた。思わず、「え、もう登ってきたの?」と聞くと、「はい!」とやっぱり元気。「若いねえ・・・」と言うと大笑いされる。その若さ、体力、ちと分けてください。。。 ともかく、ここまで来てやっぱり引き下がるわけにはいかないので、なんとかなんとか柴安嵒を登り切る。これでほんとの最高地点。俎�瑤曚俵垢�なく、みんな散らばってごはんを食べていた。 こっちは祠じゃなくて石碑。 柴安嵒に来れば尾瀬ヶ原はさらに近く眼下に見えるはずだったのに、いつの間にかガスが出始めて、視界を遮るようになった。時間も11時。遅くとも11時前には下山を開始して、昼食は尾瀬ヶ原でカレーライスかお蕎麦を食べるつもりだったので、見晴新道から下山開始する。ところがこれが・・・ やっぱり泣きたくなるほどの岩だらけ。写真は下山ルートの岩ゴロ。登りも嫌いだけど、下りも嫌いな私。しかも岩だらけは一番嫌い。嫌いなくせに懲りないのだけど、今回ばかりは懲りた。うっそうと続く樹林帯の中を、所々沢の水が染み込んで滑りやすくなっている岩をひたすら、転ばないように、滑らないように注意しながらひたすら下る。2時間半、ずっとゴロゴロの岩が続いて、また涙がちょちょ切れる。眺望なし。この道を使って下山する人は少なく、また登る人もほとんどいない。双方合わせて10人ちょっとしか出合わなかった。こういう時は、1人だとさすがに心細い。特に燧のこちら側を下った麓ではツキノワグマの目撃もあるそうなので、周囲の物音にも敏感になる。リュックにぶら下げた熊よけのチタンカップをわざと強く揺らしてカラカラ音をさせながら進む。後ろからおじさん2人組が追いついた。「こんにちは」と追い越しざまに互いに挨拶をすると、「お、また会ったね」と言われる。たしか、広沢田代で撮影していたおじさん達。東京から深夜車で走って来たそうだ。「へえ、尾瀬夜行なんてあるの、それいいねえ」と、しばし立ち止まって休憩がてら会話。「ゆっくりでいいから、慌てないで自分のペースで降りるんだよ。怪我しないようにね。それから熊には気をつけてね」とアドバイスをもらう。そして2人、あっという間に前方の視界から消えて行った。・・・なんであんなにすたすた下れるわけ!?まるで天狗のよう。っつうか、私が遅いのか・・・。 と思っていたら、後ろで荒い息が聞こえる。この人にも追い抜かれるかな、じゃあ先に行ってもらおう、と立ち止まるも、どうも相手も私と同じペース。追い抜いてもらってはすぐ追い越し、結局私が彼女の20メートルくらい前を歩き、2人会話はせねど(そんな余裕ないから)、呼吸が一致しているような感じでしばらく間隔を保って歩く。途中、巨木の根元に美しい苔がみっしり貼り付いて、なんだか森の神様の住み処のようなところがあったので、素通りすることが出来ずにとうとうカメラをリュックから出していた時、前後が逆転。2人で顔を見合わせてほとんど泣き笑いの笑顔で、この歩きづらい岩場がえんえん続く悪路の感想を言い合い、「あとどれくらいなんでしょうねえ」と半ば絶望と諦めの会話。それでも、私より少し上くらいのこの女性が、自分と同じペースで同じように参ってしまっていることに勇気づけられる。 写真を撮り終えて再び歩き始める。まだまだ続く岩道。脇の細い幹や枝につかまって、時々ターザンのまねごとをしながら(そうしないと足が届かなかったり)、心の中で泣き続ける。いつまで続くんだろこの道。2回ほど足を滑らせてこけた。尻餅ついた。前につんのめって膝を打った。歩くの下手だなー、自分でも呆れる。と、後ろから韋駄天のように私を追い越していったお兄ちゃんが、前方でさっきの女性に何か聞かれている。しばらくすると彼女が私を振り向いて、「あと4分の1だそうですよ!」と。あ、あと4分の1ですかっ。そんなにあるんですかっ!また泣く。大声でお礼を言うが、ほんとは辛くて泣いた。ふえ〜ん。。。お腹空いたよー。カレーライスが食べたいよー。つか、この道、「○○まであと○キロ」とかそういう標識が全然ない。2本くらい途中に立てて欲しい。なにか目安があれば心強いのだけど。。。 ようやく岩場が終わり(嬉しくて叫んだ)、今度は林の中を急ぎ足で歩く。傾斜もなくなって、とにかく急ぐ。お腹空いたし、前も後ろも誰もいない。熊が怖い熊が。相手も私が怖いかもしれないけど、熊と人間が出合ってしまうような不幸は避けたいので、カラカラ音をさせながらひたすら尾瀬ヶ原を目指す。そしてようやく、木道が始まって、嬉しくて涙をまき散らしながらカレーライスの幻影を追い求める。湿原はまだ現れない。 木道の途中、やっと尾瀬ヶ原の入り口を示す立て札のところに、さきほどの女性が座って休憩していた。この人も単独なのかなあと聞いてみたら、下山途中で他の友達がゆっくりになったので、先に降りてきたから、友達を待っているのだそう。そうだったんだ。ということは、まだ後ろに人がいたんだ。そう思ったら、またほっとした。ただなんとなく、自分の後ろに熊じゃなくて人がいたんだと。 そして私は再び歩き出した。頭の中に充満しているのは今や尾瀬ヶ原ではなくて、黄色いカレールーであった。とにかくカレーライスが食べたくて、ぶっ倒れそうだった。 (再び明日へ続く)
旧暦8月22日。 燧ヶ岳と尾瀬ヶ原行記録です。 自分の為の記録でもあるのでちょっと細かくなりますが、1日で書ききれないので明後日分の日記までたぶん続きます。写真は携帯電話のカメラとデジカメで撮影したものを載せてあります。 22日(木)の夜、リュック背負って会社を出て、地下鉄駅ひとつ隣の銭湯で一風呂浴びてから浅草駅に向かう。23時少し前。埼玉方面へ帰路を急ぐビジネスマン達も解放感に満ちた雰囲気の東武線浅草駅周辺に、リュックを担いだ人達もちらほら。行き先はたぶんみんな同じ。駅近くのコンビニでカロリーメイトとおにぎり2個を買った。23時55分浅草駅発の尾瀬夜行(休前日のみ運転)。最後尾が女性専用車両になっていて、ここを予約した。実は10数年前に尾瀬に行ったときもこの尾瀬夜行を利用したのだけど、当時は女性専用車両はなかったと思う。でも、シートがリクライニングじゃなくて、ボックスだけど眠れないほど狭いのは変わっていない・・・(^^;)。 初めガラガラだった車両も、北千住、新越谷、春日部と停車するうちにグループが増えて女性専用車両は半分位席が埋まった。春日部を出てしばらくしたら車内の明かりが消えてお休みモードに。私の隣はあいているので狭いシートの上でなんとか眠ろうと横になって身体を無理に折り曲げたり、座り直して窓にもたれたりいろいろ形を工夫するも、なかなか寝つけない。 おまけに、車両中央部から大いびきが。。。女性専用だからといっていびきがないとは限らないのである。。。どうやら車両のあちこちで寝つけずに無理な寝返りを打ったり溜息ついたりする音がする。このまま眠れないと明日きついなー、と少し焦る。途中東武線から野岩鉄道に替わって(車両はそのまま)、終点の会津高原駅に着いたのは3:18。それからバスが駅に到着するまで電車は静かに停車したまま。4時少し前に車内放送でバスが到着した旨を伝えられ、電灯がつく。ぐったり起きあがって、電車を降り、駅舎前のバスに乗り込む。尾瀬夜行のチケットは会津高原駅までの電車とそこから尾瀬入山口までのバス代がセットになっている。 バスに乗り、今度は尾瀬の入山口まで約1時間半。電車では1時間位しか寝ていなかったので、ここで少しでも寝ないと、と再び焦るけど焦れば焦るほど眠れない。だからiPodで音楽を聴いて諦めの境地。そうしたら、いつの間にか寝てしまった。40分位。少しホッとした。 尾瀬の入山口のひとつである御池で私は下車。同じく御池を下車したのは5組ほど。ほとんどの人達はその先の沼山峠まで行って降りるみたい。次回尾瀬に来るときは私もたぶん沼山峠にするかな。 御池でバスを降りたのが5時半。トイレに行ったりウィダーインゼリーを食べたり準備運動したりして、6時に燧ヶ岳登山を始めた。期待と不安が入り混じって、不思議と眠気はすっとんだ。FM2にモノクロフィルムがまだ20コマ位残っているので、登りながら木を撮ることにする。初めはそういう余裕もちょっとはあった。立ち枯れた木を撮ったり、林の向こうの空を見上げたり。・・・傍らの低木でガサガサッと音がして、どきりとした。尾瀬もツキノワグマが出没、特に朝方はえさを求めて活動するので遭遇率が高いそうなので、まさか、と思ったら、目の前の登山道に飛び出してきたのはリスだった。わっと思ってカメラを構えたけど時すでに遅し。リス君は再び低木の中に潜り込んでしまった。 後ろからどんどん登山者が来る。私はとにかく登るのが遅い。どうも心肺機能が弱いのか呼吸法がなってないのか、はたまた老化が始まっているのか、すぐゼーゼーと立ち止まってしまう。おまけに、フォトジェニックな風景を見つけてはカメラを構え、絞りやらシャッタースピードやらをメモ帳に書き込むので、のろいったらありゃしない。なので、後から来る皆さんにはどんどん追い越してもらう。ツアー登山の団体が早いピッチで追い抜いていった。大変だなー。私にはツアー登山無理だ。ついていくのも精一杯で迷惑掛けてしまう。 カメラを構える余裕も次第になくなる。首や肩からぶら下げて登るのも限界になり、リュックにしまい、両手を自由にする。大きな岩や大木の根が張り巡らす登山道を、えっこらえっこらよじ登る。夜雨が降ったのか、ぬかるんだり滑りやすかったり。だんだん泣きたくなってくる。なんで私こんなところに来ちまったんだー(T_T)自分で自分に悪態をつく。・・・前回、あれは確かまだ20代前半か半ばだった、あの時も御池から燧ヶ岳に登ったのだけど、結構ラクに登れる山だという記憶しかなかった。この先にまるで天上世界かと思わせるような小湿原地帯があるのだけど、そのイメージのほうが頭に焼き付いてしまっていたらしい。しかし、あれから10年以上経ち、都会暮らしで贅肉もついて体力不足の30代半ばには、燧ヶ岳はきつい山なのであった。。。  と、かなりくじけそうになった頃、登山道が木道になり、目の前を覆っていた樹木が低くなり、視界が急に開け、小湿原の広沢田代が現れた。胸がジーンとなり、ちょっと涙がちょちょ切れた。モノクロフィルムが終わったので嬉々としてカラーリバーサルをカメラに充填する。前を行くおじさん達は木道に三脚を立てて、地塘を撮影している。しばしここでボーッとしていたいけれど、10時位には登頂したいので、もたつくわけにも行かず、惜しみながら広沢田代を後にする。まだ先が長いので。・・・再び樹林。所々木の階段があるが、相変わらず大岩や木の根も多い。山を登っているのか、岩をよじ登っているのか分からなくなる。ここまで来るとさすがにペースダウンする人も多く、何人かの人達を追い越した。と思ったら、後ろから学生とおぼしき女性グループがきゃっきゃっとはしゃぎながら登ってきたのでびびる。驚異的な元気だ。羨ましい。。。若者には先を行ってもらおう。でも何故か結局この先のペースが一緒になって、頂上まで追いつ抜かれつだった。こちらはへとへと、あちらは最後まで笑い合っていた。。。恐るべし。 再び樹林が切れて、今度は熊沢田代。燧ヶ岳の途中、燧の山頂を臨むように山腹が鞍のようになだらかになっており、真ん中に2つの大きな池が、木道を挟む形で配されている。これまでの疲れを忘れて、思わず感嘆の声を上げる。汗と一緒に再び涙が吹き出す。前日の天気予報では雨だったはずなのに、来てみれば尾瀬は朝から快晴。青い空と広がる緑。池の水に空の青が映っている。遠く見渡せば越後や日光などの山々が連なっている大パノラマ。ここにたどり着いただけでも来た甲斐があった。木道の何ヶ所かにベンチがあり、みんなここでしばし休憩している。私もベンチに腰掛け、昨夜浅草で買ったおにぎりを食べて朝食とする。燧ヶ岳に登るなら、やはり御池からだと思う。他のルートにはないこの景観。しんどい思いをして登ってきて、突然現れる別世界。自然が用意してくれたご褒美のような気がする。ここに住みたいなー(笑)と思いながらおにぎりをパクつく。コンビニのおにぎりがやけに美味しく感じた。すみません、熊沢田代の写真、携帯電話で撮るのを忘れましたm(_ _)m (明日に続きます・・・)
旧暦8月21日。 燧ヶ岳と尾瀬ヶ原に行って参りました。今帰ってきました。21時半少し前に東武線を北千住駅で降りて、JR乗り継いでえっちらおっちらと。途中銭湯に寄り、雨に降られてブルブルだったのでじっくり温まりました。 歩き過ぎて筋肉痛&足の裏豆だらけで、歩くのがやっとです(ばか)。 そう言いながらお風呂上がり&お疲れ様缶ビールを飲んでいます(ばか)。 今夜は疲れたので続きは明日・・・。 おやすみなさいm(_ _)m
旧暦8月18日。 ふゥ、疲れた〜。 あずさ2号はもうないですけど。あれ?復活したんでしたっけ? 今日は残魚しないでさっさと退社してきて、リュックに荷物を詰め込んでいました。明日仕事を終えたら会社から駅に直行して、久しぶりに、夜行で気ままなひとり旅してきます。仲間とわいわい行く旅も楽しいけど、ひとり旅も好き。どちらか選べと言われたら実はひとりのほうが好きです。満員電車は嫌いだけど、音楽聴きながら、車窓の景色が流れていくのをぼんやり眺めているのってもの凄く好きです。 そんなに高くはないけど、山にも登ってこようかなと思います。景色のいいところなので、さっきカメラとレンズをリュックに入れて、三脚をどうにかして持っていきたいとリュックにくくりつけてみたりしてたのですが、諦めました。だんだん重くなってきてしまって。。。望遠レンズと三脚は諦めました。レンズも、50mmと広角の2本だけに絞りました。結局富士山に持っていったのと同じ。いつもの町歩きお散歩装備と同じです。気に入った画角のレンズをとことん使ってもっと勉強せねば。それから、むしろ撮影よりも、自然の中を、綺麗な空気を吸いながら、てくてく歩くことを楽しみたいと思います。 土曜の夜に帰ってくるので、また日記に書きます。でも、くたくただったら寝てしまうかも。。。 ふと思ったんだけど、この前の3連休に行ったほうが良かったんだよなあ。綺麗な満月だったのに。 というわけです。皆さんもよい連休をお過ごしください。 え?仕事?ご、ごめんなさい。。。m(_ _)m
旧暦8月17日。 今日は曇りだっていう天気予報だったのになあ。。。 自転車通勤なので、毎朝天気予報は2箇所以上チェックします。特に微妙な空模様の日は。で、夜雨が降りそうな日はいさぎよく諦めて電車で行きます。満員電車で立っているより自転車で座っていったほうがラク(!?)なのですが。。。 今朝はどこも「曇り」って書いてあったから、自転車で出勤したのに、夜思いっきり降られました。さすがに3連休が連続すると、その間の3日間はどうしても残魚だ。で、仕事終えて外に出たらポツポツ来てしまった。それでもまだ大丈夫かなと河童ちゃんで走っていたら、ざあざあの本降りになってしまった。道路に川が。。。天気予報を信用した私が馬鹿でした。つうか、いつも一番信じていない天気予報のサイトが、今日は一番当たっていたのですが。。。(T_T) それで、頭痛いです。帰りに銭湯に寄って思いっきり熱い漢方湯にじっくり浸かったのですが、だるだる。早く寝よう。 でも、夜の雨はきれいです。 アスファルトの上に雨水が勢いよく打ち付けて、行き交う車のライトに反射して赤や黄色にキラキラ光っていました。むかーし、大昔、私が小学生の頃売られていた森永だったかロッテだったか、はたまたカバヤだったか桃太郎アイスだったかの、「宝石箱」(でしたっけ?)という名前のアイスクリームの蓋の絵みたいでした。 そういえば、今朝、車道の隅っこを走っていたら、前方が混んでいて車が詰まっていた。そしたら前の自転車のお兄さんが、ひょいっと、自転車ごと飛び跳ねて軽々と車道から歩道に乗り上げて、すいすいと走っていった。 ・・・真似したくてもできなかった。 先週の金曜は事故で出社が遅れてしまったので、今朝は怪我できないと自重しました。 金曜の事故の運転手さんからは事故(というほどのものではないですが)の翌日に電話を戴きました。こちらも怪我してないし自転車の破損もないから言えるのかもしれないけど、ほんとうに丁寧で誠実に対処してくださって、いい方でした。「これを教訓に今後は安全運転で仕事に励みます」と言ってくださった。それはこちらも同じです。私も安全運転で行こう。思うに、私も運転手さんも、あそこで小さな事故に出合ったから、今後はお互い安全運転でもっと気をつけて走ろうと意識するようになったのでありまして、金曜の朝の出来事は、あれがなければ、お互いそれぞれ、今後もっと大きな事故に合う可能性があったという、一種の警告だったのではないでしょうか。あれから、自転車に乗ってても歩いていても、横断歩道を渡るときなど、たとえ青信号でも周囲の車に一層注意しています。 そういや、小学生の頃、友達とふざけていて道路に飛び出して、走ってきた車が急ブレーキを掛けた。「すみません」と謝って運転手さんの顔を見た、その時の運転手さんのことをよく覚えています。殿様キングスの人みたいなお顔ですごく睨んでいました。あのおじさんが急ブレーキを掛けてくれたお陰で今でもぴんぴんしているのですが、相手のほうは心臓が固まるような気持ちだったろうなあと思うと、ほんと申し訳ないです(^^;) なんでこんなことつらつら書くのかというと、明日から秋の全国交通安全運動なんですな。今夜あちこちで歩道にテントを見かけました。 そういうわけで、話がうまく繋がりました。ちゃんちゃん。
| 2005年09月19日(月) |
池袋駅前の交番の建物はフクロウなんだね。 |
 旧暦8月16日。 池袋さ行ってきました。久しぶり。FM2にモノクロフィルム入れて(というか、この前入れたのがまだ残っていて)、昭和レトロな商店とか、下の歩道から眺めた高速道路とか、サンシャインシティの高層ビルを見上げて、とか、ふらふら歩いては立ち止まり、カメラ構えて、で、また歩き出して、自宅からテクで(徒歩で)池袋駅までたどり着きました。 天気が良くて三連休の最後で、池袋は当然ものすごい人出。それだけで疲れてしまって、カメラはバッグにしまって、あとは目的のお店に寄った。 HMVでこれまた久しぶりにCDを買ったら、なんど『SinCity』のキャラクターが印刷してある袋に入れてくれた。昨日日記にあんなこと書いたから?これももしかして、シンクロニシティ(笑)買ったCDはMaroon5。Journeyを買おうと思ってたのに、若い方を買ってしまった(爆)いえ、決してそういうわけではなくて。Maroon5、何度もじっくり聴きたい曲ばかり。 で、これまたお久のジュンク堂。先月号は買いもらした『東京かわら版9月号』。最近、落語ブームのせいか、ぼけーっとしてると『かわら版』がすぐ売り切れてしまうような。ジュンク堂の落語本コーナーも、前は棚1つ分だったのが、今日見たら3つ分、3倍のスペースになっていてびっくり。なんかすごく嬉しいなあ!この調子で、東京に寄席をあと3つくらい増やして頂けませんかねY(^O^)Yかく言う私はしばらく寄席に行ってないので、そろそろ行きたくてむずむずし始めています。 あと買ったのは『尾瀬と鬼怒沼』(武田久吉著/平凡社ライブラリー)と、『癒されて生きる 女性生命科学者の心の旅路』(柳沢桂子著/岩波現代文庫)。 『癒されて生きる』は、題名があまりにもストレート過ぎて、存在は知っていたけれど、読むのが苦痛になりそうな気がして書店で手にとっても買わないで来たのですが。。。今日、棚の前に立ったら、「読め、読め」と、本のほうから呼びかけてきた、というような感じ。そういうことってたまにありませんか?何故かわけもなく、この本読まなきゃ、って衝動に駆り立てられるような。書棚にある数多の本の中で、特定の本の背表紙だけがばーんと目立って見えるような。
  夏が終って初秋だというのに、我が家のベランダには朝顔さん達が頑張ってます。夏の間私が水遣りで精一杯で、蔓を誘導し忘れていたので、好き勝手なところに絡まってます。左のはラズベリーの幹に堂々と仲間入りしてます。薄桃色のほうは、バジルとか他の緑に遮られて、しっかり伸びることが出来なかったので、こじんまりと咲いてます。ごめんね。
旧暦8月15日。 中秋の名月。雲ひとつ無い空にぽっかり浮かんだ満月。2〜3日前に友達からのメールで教えられるまで、満月が近づいていることをすっかり忘れていた。せっかくの満月なんだし、なにか風流なことをしたい、と思いはすれど、別段普段と変わりない生活。ただ連休だというのが救い。缶ビール買って、さんまでも焼いて、ネットの落語聴きながら顔も円満の初秋の夜。 『SinCity』が来月公開される。早く観たいなあ。久々に格好いいミッキー・ロークが観られそう。それからなんと言ってもルトガー・ハウアー(ちょとしか出てこないっぽいけど)。画面がモノクロだというのもいい。 『シンクロニシティ』(フランク・ジョセフ著/宇佐和通訳/KKベストセラーズ発行)を読んだ。 シンクロニシティ。ユングによって、重要な意味を持つ偶然の一致、と定義づけられた現象。例えばしばらく会っていない友人のことが頭に浮かんだ直後に、まさにその友人から電話がかかってくる、興味を持ち始めた事柄についての情報を持つ人からコンタクトがある、考えても考えても答えが思い浮かばない事柄について逡巡しながら歩いていると、そのヒントになるような台詞を雑踏ですれ違った人達が話していた、とか。 シンクロニシティは、心霊現象でもないし、超能力でもない、怪しげで心地よい言葉で人を魅了する新興宗教でもない、誰にでも、どんな人にでも、気づく気づかないはあるにせよ、毎日起こっている現象だと思う。自然は、私たち人間のまだまだ考え及びもしないほど、偉大で緻密であると思う。よく考えてみれば、1人1人の人間が、今ここに生まれて生きていて、あの人やこの人に出会うことだって、みんなシンクロニシティの一部なんだと思う。 と、書きたいことだけ書いておいて、かなり眠くなってしまいました。何を書いているのか自分でも訳判らなくなって、とことん眠いです。明日は早く起きて出掛けたいなあと思うので、ほんとに早く寝てしまいます。すいません、おやすみなさい。
| 2005年09月17日(土) |
自衛隊が商店街を武器携行で行進? |
旧暦8月14日。 陸自が商店街を武装行進 長崎・佐世保で240人・・・この感覚に驚いた。自衛隊を否定する者ではないですが、できれば自衛隊もどの国の軍隊もない世の中であって欲しい。今はどの国もある程度防衛力を持たないと、力の均衡を保つことができないという哀しい世界であるからして。。。だけど、武器を持って商店街をパレードする必要があるのか?と思う。激しく驚き、疑問。商店街という、庶民の超日常的な空間に、武器を持って行進する必要性が本当にあるのか、はなはだ疑問だ。日本は戦後60年間の間に、迷彩服と武器が庶民の暮らしの中に入り込むことを異常だと感じるようになるほど、平和国家として変化してきたのではなかったのか?商店街のアーケードを武装した軍隊が行進するのを、当たり前の目で見ることができないのは、戦後日本が平和国家として成長してきたまさに賜物ではないのだろうか?でも、今はその「当たり前」の感覚も否定される世の中になってしまったんだろうか。 自衛隊の音楽隊が楽器を持ってパレードするならまったく違和感はない。富士山に登ったときも、自衛隊の山行訓練と一緒になったけれど、反発は勿論感じなかったし訓練の厳しさに頭が下がる思いがした。けれど、商店街にしかも武器を携行して、となると、話は全く別だと思う。商店街に当たり前にいる子供達の目には、その光景はどう映るのだろう?人を殺す戦争の道具を持って行進する軍隊が自分の身近に存在を主張する、それが当たり前の日常の光景であると子供達が自然に認識してしまうのは、戦後60年で培ってきた日本人の平和感覚を真っ向から否定し覆すことにならないだろうか?それともそういう感覚は「平和ボケ」で片づけられてしまうような世の中になってしまったのだろうか? 自衛隊のイラク派遣やインド洋での活動に反対ではあるけれど、日本が自衛隊を持つことの必要性はある程度理解しているし、災害時はやはり頼りになる存在であると思う。だから、わざわざ佐世保でのような形で存在をアピールする必要性は全くない。これが佐世保だけでなく、今後各地で行われるパレードの形となるなら、非常に危惧すべきではないかと感じた。大袈裟ではなく。 イラクや戦争・紛争・テロ行為の絶えない多くの国々で、子供も大人も、市民達は当たり前のごとく暴力と死の隣り合わせに生きている。軍隊や武器とは生活圏が一緒でもある。しかし、そうではない、軍隊や死が生活の隣にないと主張する国も、世界には必要ではないかと思うのだけれど・・・。それが第二次大戦後の日本の役割だと思っていたし、学校でもそう学んできたのだけれど。しかし、アメリカに追従してテロを呼び込むような国になってしまった今、それは単なる平和ボケ人間のたわごとに過ぎないのだろうか。
旧暦8月13日。 昨日一昨日と飲み会だったので、今日はさすがに残魚。終電がなくなる時間でも、自転車だと気にせず仕事に励んで(?)いられる。明日から3連休なのでなおさら張り切って(?)働く。 駅前の24時間営業の本屋さん。午前1時近くというのに、大盛況。どこからこんなにわらわら人が湧いてくるのか。『生きる』(乙川優三郎・文春文庫)を買った。乙川優三郎の文章は、ほかの時代小説家のそれとはひと味もふた味も違っていて、藤沢周平や池波正太郎も好きだけど、この人もまた同じくらい好きです。しっとりとした中に優しさの眼差しを緻密に張り巡らせたような文体。人生の哀しさを静かにすくい上げて包み込むように作品の中に表現している。多作でもないし華やかさもない感じの作家ですが、希有な書き手だと思います。 今朝、出勤途中に、タクシーとぶつかってしまった。と言っても、青信号を渡っていたら、横断歩道の数十センチ手前で止まっていたはずのタクシーがひょいと動き出して、私の自転車の後輪に、ぼて、という感じで当たっちゃったのです。ありゃ。 なんで動くんだよー、と、運転手に文句のひとつでも言って、自転車の修理が必要かも知れないので連絡先も聞かなきゃ、と思って自転車止めて運転手が降りてくるのを待った。すると、乗客を降ろして運転手が・・じゃない、運転手さんがおろおろと降りて来た。40代半ばとおぼしきその運転手さんは、かなり恐縮していて、気が動転しているよう。そしてひたすら頭を下げて謝って、何度も大丈夫ですかと聞いてくる。私のほうは身体にはまったく衝撃を感じなかったし、転んだわけでもない、ただ自転車がカタカタいっているので、チェーン外れちゃったかなーそれくらいなら修理不要かなー程度に思っていたので、運転手さんの慌てぶりにちょっと気の毒になってしまった。しかし、運転手さんは「逃げも隠れもいたしません、誠意を持って修理代や医療費をお支払いさせて頂きますので」と言ってくれる。で、お客さんに渡すはずだったレシートの裏に、自分の免許証を私に見せながら、住所と名前と電話番号を書いてくれた。もし自転車屋さんで修理してもらうようなことになったら、連絡をください、お支払いいたしますから、と言ってくれる。私もいちおう、自分の携帯と会社の電話番号を渡す。たいした事故でもないし、どころか、事故というほどのものでもないしなー、運転手さんもこんなに反省しておろおろしてしまっているし、けろっとしている私より何倍も気の毒に思えた。私の身体と自転車になにか不具合が発生してないかどうか、必ず連絡をくれないと不安で夜も眠れない、と何度も繰り返す。 幾度も頭を下げる運転手さんと別れて、会社に向かう。自転車がやはりカタカタいっている。でも、チェーンがちょいとずれてしまっていただけで、自分ですぐに直せたので、10分足らずで会社に到着。 ところがさきほどの運転手さんから会社に電話がかかってきた。無事についたか心配してかけてくれたんだ、そこまでされると申し訳ない、と思っていたら、「あの後、やはり警察に届けなければならないと思い直しまして、駅前の交番に来ております。ほんとうは被害者の方も一緒に来て頂かなければならないそうなのですが・・・」と申し訳なさそうに話す、と、受話器の向こうの声が突然変わって、警察官に。「あーあんたが○○さんですかね、わたすは○○交番の○○という者ですがね」と、思いっきり東北訛りのお巡りさんなのであります。「それで本来ですと当事者両方とも来て頂かなきゃならんのですがね、まあ会社行っちゃったってことだからね・・・で、この電話で申し訳ないんだが、状況をお聞かせ願いたいんですがね」「あ、はい」(参ったなあ、あんまりコトを大きくしたくないんだけどなあ。運転手さんいい人だしかなり反省してるし落ち込んでるしなあ・・・ああでも真面目にちゃんと交番行っちゃったかあ・・・) 「で、あんた身体のほうはどうかね、具合悪いところありますかね」「いえ、ぴんぴんしてます、ぶつかった衝撃はまったくありませんでした」「そうかね・・・うんうん、で、自転車のほうはどうかね、どこか壊れているような所はないかね」「はい、あれから問題なく漕いできました。最初ちょっとだけチェーンが外れてたくらいで」「あ、チェーン外れちゃったかね・・・そりゃ、事故だな。うん、事故になるな、ふむふむ」「えっ、あ、でも自分ですぐに元に戻せて問題なく・・・」「チェーンが外れたっつうことになると、こりゃ事故なんですわな」「・・・・はぁ・・・」(あちゃぁ) 「で、自転車のメーカーはどこですか?ブリジストン・・?」「あ、いえ、ルイ・ガノです」「あ?ル?」「ルイ・・・ガノといいます」「そりゃあ外国製かね?」「はい、フランス製です」「フラ・・・んまたえらい高級なのに乗ってるねえ!」「いやそれほど高いわけでも・・・(アパートの家賃よりは確かに高いけど、忌野さんには遠くおよびません)」「いや高いわさ」「そうですかねあははははっ」「はっはっはっはっ!!!」(笑いながら運転手さんが椅子の上に縮んでいる様子が目に浮かんで胸がちくりとする。。。) お巡りさんの事情聴取を受け(オール見事な東北イントネーション)、最後に、そんなにたいした事故じゃなかったので穏便に計らってください、と言いかけたんだけど、必要なことを聞き終えるとさっさと運転手さんに電話が替わった。 あれからすぐにご自分の所属するタクシー会社に連絡をとったこと、被害者が怪我をした場合であればタクシー会社からきちんと費用を払ってくれること等々話してくれて、明日の夕方念のためその後の状況を聞くために電話をします、と何度も何度も謝りながら言ってくれた。 運転手さんがすごくいい人で、こちらが気の毒に思うほど反省していて、なおかつその後の対応もしっかりしてくれたので、こちらとしてはまったく問題ないのですが、私がぴんぴんして仕事してる間も、彼は凹んで会社に報告したり警察行ったり、精神的にも仕事にならないんじゃないかなあと思うと、やはり気の毒だ。青信号で横断歩道を渡る自転車にぶつけてしまったとはいえ、たいした事故ではなかったのに、タクシー運転手という彼のキャリアに「事故」っていう傷がついてしまったのは、可哀相です。職業が職業だけに。 それにしても、自動車も自転車も、人間が運転するものだけに、自分の身を守るためには常に慎重に走らなければ、と思ったのでした。
| 2005年09月15日(木) |
水上バス→浅草黄金コース。 |
旧暦8月12日。 だんだん涼しくなってきた。 仕事を終えて、呑み仲間3人で会社を飛び出し日の出桟橋へ急ぐ。18:30発の浅草行き水上バスに乗る。おつまみをテーブルに出して缶ビールを買って、2ヶ月ぶりの水上宴会。相変わらず日の出桟橋から出る水上バスは空いている。  浅草では前回と同じ牛すじ煮込みの美味しい飲み屋さんで。道路を挟んで店の軒先に並べたテーブルで、常連客がまったり過ごす空間。贅沢な気分。まだ木曜なのであんまり遅くまで呑んではいけないと思っていたのに、ついつい話が進んで時間が押してしまった。 あと1日で連休だー。
旧暦8月11日・・ですよね? 職場の私が入る前に退職した女性を囲んで呑む会という企画があり、参加。先月会社近くのギャラリーで、写真のグループ展を開いた方で、私も見に行き、もし彼女と一緒に呑む機会が会ったら誘ってけろ!と、仲間にお願いしておったのであります。写真に限らず、絵でも音楽でも詩でも小説でもなんでも、自分の表現方法を楽しんで追求する術を知っている女性に惹かれます。そういう、自分の好きなことをとことん追求するという姿勢が格好いいから。 人気者の彼女なので沢山の人が集まって、少ししか会話できなかったけど、カメラの話をちょっとでも出来たので嬉しかったです。 楽しい呑み会でした。 企画世話役のYさん、どもありがとう。そのうちまたよろしく。
| 2005年09月13日(火) |
人の体重覗くな!!! |
旧暦8月10日。 銭湯にて。浴場に入る前に、体重計に乗るのが私の習わし。 小学3年か4年位の女の子とお母さんが体重計に乗っている。「おかあさん何キロ?」「よんじゅう・・・はちてん・・」(や、やせすぎやんけ!)2人で大きな声で体重を言い合っている。で、2人が終わったので私も体重計のそばへ。が、女の子が動かない。私が乗るのを待っているのであーる。こら、どけって。あっち行け、しっしっ。と、心の中で叫ぶ。人の体重なんて見るもんじゃない、覗くなこのガキャア。普通、ある程度分別のある人なら、人が体重計に乗るときは顔を逸らすか離れる。それがお互い暗黙の了解なのである。理由は簡単。自分がそうされたくないから。体重計の数値は、自分だけの秘密なんである。時々おばちゃんおばあちゃん達は仲間とあけっぴろげに体重の話をしてはいるが、自分の体重に恥じらいを感じる世代、または体重レベルによっては、絶対人に知られたくない真実、体重計をも口止めしておきたい(履歴とか出てきたら怖い)重大な秘密、それが体重。 私が体重計の前に立ち、今にも足を乗っけようとしているのを、すぐ斜め後ろから凝視する女の子、いや、クソガキ。視線はすっかり同性の体重に興味を示す大人の女のものである。あんた、そうやって覗いて、あとで自分のお母さんに言うんでしょ、「あの人、お母さんより○キロ多かった、○○キロだって!!」子供って、ヘンなところで大人びているかと思えばゾッとするようなところで残酷なほど無邪気なんである。うーやめてけろー。。。あんたのお母さんと私、同世代やんけ。これがあんたのおばあちゃんとかならいいけど、あんたのおかんと比べんといて(懇願)。 しかし、まさか口に出して「あっち行ってくんない?」とは言えず、あからさまに興味の眼で私が体重計に乗るのを待っている彼女の前で、私は表示部分を彼女から手で隠して乗った!だって、乗らないわけにはいかないんである。ここんとこ少しずつ体重が減っており、運動の成果が出ているのであるからして、1日の締めくくりの最大最重要イベントは、体重計に乗ることなんだから!風呂上がりでは遅いのだ。たとえショートヘアでも、髪が濡れた状態では、真実の体重は見えてこないのであるからして。 が・・・。 こ、こら覗くなこのガキャーッ!!! と、私は脇から背伸びして堂々と覗いてくる女の子の頭をはり倒したくなった(表現かなり悪いけど)。 一体あの母親はどういう教育をしているんだ!!! 人の体重覗いて喜ぶような子供はロクな人間にならないって!!!! しかも悔し紛れに笑って手を振る私を完全に無視して、ただぽかーんと突っ立ってこちらを見てるだけやんけ、あの子、絶対許せん!!!!
・・・ガキ相手に腹立ててはいかん・・・・はよ、忘れることにします。 あー、くやし。 でも、ここだけの話、3月から6キロ痩せ増して・・・じゃない、痩せましてよ。
| 2005年09月12日(月) |
追悼と平和への願いと。 |
旧暦8月9日。 昨日の選挙結果には驚いた。日本はおかしな方向に走り始めているのではないかと危惧するのは、考え過ぎか?過去の歴史を直視しようとせず、大国の言いなりになり、アジア近隣諸国との関係を悪化させ、増税と経済破綻への道を国民は選んだことになる。国会では議論がないがしろにされ、言いたいことを言える国会議員は確実に減るだろう。詭弁だらけの小泉政権が国民の大多数の支持を得たのだから、日本の民主主義も墜ちたものだと思う。 とは言え、昨日の選挙、私もどこへ投票しようかギリギリまで迷った。自民党には最初から入れる気はなかったけれど、他に入れたいところもない。どこも頼りない。最大野党の民主党だって、何が言いたいのかちっとも分からない、ただ自民党のやることに反対するばかりで、自らのビジョンが全く見えてこない。イラク派兵や憲法第9条問題にしても、条件によってはコロコロ変化しそうなほど軸足が危うい。これでは昨日自民党に惨敗したのも当然とは思う。 結局私は自民党の対抗馬として少しは役に立ちそうな民主党に入れたけど、民主党よりは自民党のほうがまし、と、自民に入れた無党派層の人達の気持ちも分かるような気がする。。だけど、思想的にも政治手法も強引な小泉政権が国民の信任を得てしまったのは、とても恐ろしいことのように思えると言ったら大袈裟でしょうか?
話はかわりますが、昨日は、WORLD PEACE NOW他主催の、9.11 BE-IN+WORLD PEACE NOWパレード に行ってきました。2003年にイラク戦争が始まった頃にピースパレードで知り合った友人と久しぶりに合流、明治公園に行くとカレー(最初に目、じゃなくて鼻に訴えてくるのはやっぱりカレーだなあ)やケバブの食べ物屋台や、民族楽器、ピースTシャツ、ヘンプ雑貨、キャンドルなどの雑貨ブース、フリーマーケット、環境保護団体などNGOの情報ブースなどが着々と準備を進めていて、お祭りの前のわくわくする静かな高揚感が広場に漂っていた。 平和のお祭りって、大好きです。愛とか、いのちとか、環境保護とか、芸術とか、音楽とか、詩とか、美しいものとか楽しいこととか面白いこととか、世の中の多様性をみんなで持ち寄って大切にし合って、お互いの存在とそこにいない人達の存在と、失われた命へのオマージュを込めて、少しでも多くの人に気持ちが伝わるようにアクションを起こす、というのは、とても良い方法だと思う。戦争やテロや争いや、人が人を殺すことがこの世の中から消えてなくなりますようにと、それと正反対のプラスのエネルギーを世界に発散させる、というのが平和のお祭りの意義のひとつかと思います。イラクでは今も多くの命が失われているし、世界中で沢山の人達が死に直面している。(統制の敷かれた)メディアが決して伝えることのない隠された悲劇や惨劇の数々。この地球上で最も攻撃的、好戦的、残虐な生き物は人間だと思います。しかし、この地球上で最も愛や思いやりや感受性に溢れた生き物も人間であると思いたいです。 ほんとはパレードが終わって少ししたら自宅に戻って投票に行こうと思っていたのですが、夜遅くまでイベントが続くのでそれまでいたくなって、途中会場を抜けて電車に乗って投票所へ。そうこうしているうちに空が暗くなって雨が。慌てて自宅まで行き、傘と雨具を持って再び会場へ。パレードは雷雨の為30分遅れの15:30開始。が、止んだと思った雨が再び降り出し、土砂降りに(T_T)。明治公園→原宿→青山通り→明治公園という約1時間コースだったのですが、すっかりびしょぬれ(ヤッケも傘もあんまり役に立たず)。スニーカーはぶちゃぶちゃ。靴下はぶにゅぶにゅ。歩くたびにじゅ、と水が。。。ジーンズは冷たく水を含み足に張り付く。腰が冷える(T_T;)、おまけにプラカードはたっぷり水に濡れて、崩壊寸前。だけどそういう経験もまた楽し。気の毒なのは沿道整理の警察官の人達である。親切に声を掛けてくれる人もいたけど、明らかに憮然としている人もいました(^^;) こういうパレードを毛嫌いする人も多いし、やってなんの意味があるの?と思っている人も多いということは承知してます。平和なんて幻想にすぎないじゃん、と言われることも。どのように感じようと、それは人ぞれぞれ、異論のあるのも仕方のないことだと思います。けれども、そうしたい、と思う人が行動すれば、そこに必ず何かが生まれるものだと思います。目に見えないものでも、最初は成果がはっきりしないものでも、1センチか10センチ位は、行動するに従って前に進むものだと思います。世界中で、平和を願う多くの色んなイベントが今までなにも生み出してこなかったとしたら、世の中は今よりもっともっと暗く殺伐としたものになっていた・・・のではないか、という気もします。。
   パレードを終えて明治公園に再び戻ると、夕方から夜にかけてアフリカンなライブや郵政民営化、イラク派兵などについての硬派なトークライブ。その後はペットボトルを半分に切って中に砂を敷き、大きめのろうそくをセットして火を灯したものを平和のシンボルマークの形に並べて行き、911テロの犠牲となった人々、戦争の犠牲となった人々への追悼。そして暴力の連鎖がなくなり、平和な世界が実現しますように、と、キャンドルの炎に祈りを込めました。 911テロからもう4年も経ったのですね。あまりにも多くの惨劇があれから沢山起こって、暴力が当たり前の世界になってしまった。でも、人間の心はもっと違う方向に世界を変えていく力があると信じたいです。キャンドルの炎をしばらく眺めていた。そんな風に考えていました。
| 2005年09月10日(土) |
なんとかチケットとれた・・・ |
旧暦8月7日。 昨夜、日記を書いた後で、ネットを見ていて偶然、イングヴェイ・マルムスティーンが12月に来日することを知った。しかも、東京公演のチケット一般予約受付開始が今日の午前10時!眠くなりはじめていたのに一気に目が覚めた。来日するなんて知らなかったです!あまりにものほほんとしていたので、そういう情報には疎かった・・・。 で、本日午前10時から電話をかけまくる。インターネット受付もあったのですが、こちらは開始時間の10時にならないうちからアクセス集中で表示されない。電話もなかなか繋がらない。やっぱり駄目かなあ、末廣亭でのこぶ平ちゃんの襲名披露公演チケットも取り逃がしてしまった私、今年はチケットには恵まれない運命なんだろうか・・・と思っていたら、20分位たってようやく繋がった。なんとか1枚予約できました。でも、S席はすでに売り切れでA席に。まあ、S席だからって良い席だとは限らないもんね。予約できただけでも嬉しいです。自分の予約が完了してからすぐにネットのチケット情報見たら、S、A席ともにすでに予定枚数完売していた。受付開始から30分も経ってなかった。 朝から疲れた。
 午後は小唄のお稽古に出掛けた。カメラリュックに入れて、ちゃりん歩(ちゃりんこでお散歩)しながら・・・。駒込あたりの住宅地で、とーっても人懐こい猫ちゃんに出逢って、しばし遊ぶ。私の足に突進してまとわりつく。にゃあにゃあ言う。カメラのモデルになって欲しいのに、私の足にべったりなので、これじゃ撮れない。と思ったら、にゃあにゃあ言いながら突然アスファルトの上にごろんとなった。で、あっという間に寝て(!)しまった。おーい、道路の上だぞォ!こんなところで寝るなァ! 小唄のお稽古は久しぶり。しばらく暑かったので、お師匠さんの体調を考慮して涼しくなってから再開したため。三味線に触ったのはちょい久々(こら〜っ)なので、たどたどしい私。でも新しい曲をなんとか弾けるようになったので、ちょっと満足。 今日はおみやげに、湯島のみつばちで買ったアイスクリームを。小倉と黒ごま。美味しかったなあ(自分が食べたいから買っていったのだ〜)。みんなにも好評でした。みつばち、店名もかわいいですよね。 行きの自転車ではイングウェイを聴きながら、帰りは吉田兄弟を聴きながら。わてのiPodはいろいろ入っておりますだす。 そういえば、行きたいコンサートなどのチケットを入手すると、他にも行きたいアーティストの来日が続いたりするもんですよね。ここにTOTOが来たら・・・恐ろしい出費です。嬉しいけど。
旧暦8月6日。 なんか久々に無性に小説を読みたくなっているここ2〜3日。 私の場合、読みたいものにさほどの統一性がない。読みたいものを手当たり次第に読む、という感じです。しかも、読みたい分野のものが出来ると、しばらくはそればっかり読んでいる。この夏は小説をぜんぜん読まずに、写真関係の実用書とか、老子関係の思想書ばかりを読んでいた。実用書ばかり読む時期もあるかと思うと、ある日突然特定の思想家が気になりだし、そればかり読む時もある。落語に関する本ばかり読み漁ったかと思うと、絵画関係の雑誌ばかり、という時も。なんだか浮気性だ。でも、それぞれ夢中になった分野もそれっきり、というわけでなく、一度マイブームになったものはその後常に自分の側に生きていて、何ヶ月かのインターバルを経て再びマイブームに返り咲くので、浮気性なんじゃなくて、気が多いんだと思う、たぶん。子供の頃からそうです。 で、しばらくは小説読んで精神的にどっぷり浸かるというのを避けていたのですが、再び小説熱カムバック。 今読んでいるのは『人間の土地』(サン・テグジュペリ/堀口大學訳・新潮文庫)です。ナニゲに宮崎駿が描いている表紙絵が好き。堀口大學の訳が大好きで、何度も読み返している。テグジュペリの書いた小説でありながら、堀口大學が見え隠れする。生きることの哀しさ。人間の孤独。 夏の間、暑さのあまりぐったりしていた脳味噌が、ちょっと、ようやく、働きだしたみたいです(^O^;)
| 2005年09月08日(木) |
一歩前に踏み出してみるつもりの秋。 |
旧暦8月5日。 地震は忘れた頃にやってくる。気をつけませう。 ・・・というような話を今日友達としていました。
今日は暑かったけど、だんだんに秋の気配ですね。涼しくなっていくのが嬉しい。1年で一番好きな時季はいつだろう?春が近づいてくると春が一番好きだと思うし、でも、秋の気配が感じられる今頃かもう少し後の過ごしやすいけど時々ぶるっと肌寒い秋深まった頃もいいかも。住宅地を歩いていると、どこからか炭をおこす匂いがしてきたり。 今年の秋は自分の頭で考えてきたことを少しずつ実行に移す秋にしたい。躊躇していないで、ぽん、と一歩前に飛び出してみなきゃ。結果は後からついてくる、たぶん。 そうですよね?きっと(^^)
| 2005年09月07日(水) |
ライブ良かったです。 |
旧暦8月4日。 アメリカのハリケーン被害、酷いですね。寄付とか、私たちにもできることはしたいけど、それにしても、他の国の多くの市民を殺戮して街を破壊することは出来ても、被災した自国民を救うことは出来ないんだから、ブッシュ政権がいかに愚かに力を誇示してきただけであったか、アメリカ国民もようやく気がついたのでは。 台風14号による九州の被害も酷いですね。亡くなった方々も。気の毒です。さんざん暴れ回ったんだから、今年はもう台風来ないで欲しいですね。。。
今日の夕焼けはちょっと不気味でした。夕方ライブに行って来たのですが、地下鉄の駅を出て会場に向かっているとき、空を見上げてぎょっとしました。なんか、空全体が紫がかって、そこに赤とオレンジと紫とピンクが混じり合って、そのど真ん中にボーンと、青紫の太くて長い棒のような雲が2本。なんじゃこりゃ、ってしばし呆然と突っ立ってしまいました。会場で、誰かが、「今日の夕焼け空不気味でしたね」と話し合っているのを耳にしたので、私だけがそう感じたわけではなかったようです。 台風が影響しているのかな??それとも??
行ってきたのは、ルーテル市ヶ谷センターで行われた、OCMレコードの10周年・ドイツCD発売記念コンサート。五弦ウッドベースの水野俊介をはじめ、稲葉美和(17,22絃箏)、木村俊介(笛、津軽三味線)、渡辺亮(パーカッション)、宮野弘紀(アコーステックギター) 、花柳鶴寿賀(舞)(以上敬称略)の演奏と舞を堪能しました。ウッドベースにアコギに津軽三味線に笛に17絃箏に、あとブラジルの楽器まで使って、オリエンタルで美しい音楽に、ひとときどっぷり浸かっていました。200人席のこじんまりとしたホールでしたが、ステージと客席の高さにさほど差がなく、とてもアットホームな雰囲気。メンバーそれぞれ、みなさん演奏レベルが高くて、圧倒されてしまった。ソロでライブがあったら、行ってみたいです。
ルーテル市ヶ谷センターを出て、ライブの余韻に浸りながら、市ヶ谷駅からひたすら歩き歩き、運動不足だ歩き歩きして東京ドームのそばまで来たら、道路に止めたトラックに若者が群がって、携帯電話のカメラで一生懸命撮影している。なになに?と近寄ったら、なるほど、そういえば友達が今夜ドームでのB'zのライブに行く、って言ってたなあ。ということは、なるほど、ツアーバスなのであった。。。 ということで、私も真似してカシャ。 この後すぐにトラックは行ってしまいました。 が、今度は10分位後別の場所に、またでかいツアーバスが止まっていて、ここにも若者が群れていた。みんなライブでいい汗かいた後の充実した顔でした。 椅子に座って音色に浸るライブも好きだし、ステージと一体になって発散するライブも好きです。 イングウェイ来ないかなあ。
旧暦8月2日。 父親の農作業を手伝っていて落雷に遭って亡くなる少年がいる一方で、勉強しろと言われて反感を持ち、父親を刺す少年もいる。第三者である私がとやかく言う権利などないし、命の重さは誰もが同じなのだけど、なんだかやりきれないなあ、と思った今日。
昨夜の雷雨には驚きました。日記を書き終えて間もなく雨が激しくなってきて雷も鳴り始めたので、パソコンの電源を落として本を読んでいた。私の部屋は大きな窓が2面あるので、雨戸を閉める間もなく紫の稲光と激しい音にビビって、落ち着かなかったです。窓全体がパアッと紫に輝いて、ガリガリガリッという雷の落ちる音。しばらくトイレにも立てず、椅子に張り付いていた。あんなに激しい雷雨は、たぶん、上京して十数年で、初めてではなかったかな。特に雷が凄かったし、時間も長かった。 朝、ニュースで杉並で住宅が浸水被害、と聞いたので、杉並の知人に電話したら、私が以前住んでいた西荻窪のほうが酷い、とのこと。ニュースをよく確認したら、ほんとだ、上荻3丁目の善福寺川周辺って、私が3年前まで住んでいた場所でした。ニュース映像で出てきた店内が水であふれたコンビニは当時のアパートから一番近いコンビニで、被害に遭った一帯は当時の川沿いお散歩コースでもありました。あの辺り、善福寺川は少し激しい雨が降るとコンクリートで固められた川の水位がすぐに上がって、私が住んでいた時もなんだか怖いなあ、ということが何度かありました。それに被害のあったマンションの辺りは確か川沿いの遊歩道より建物の敷地が低くて、お散歩しながらマンションの1階部分の部屋を見下ろしてしまう、という感じだったので、水が流れ込んできたらあっという間だったんだと思います。 それにしても、昨夜みたいに急激に雨が降って水かさが増してしまうと、避難しようにもできないですよね、とっさのことで。。。コンクリートで固められた都会の川とか、集中豪雨で水が流れ込む地下道とか、地震で止まるエレベーターとか、雑居ビルでの火災とか・・・都会に潜む思わぬ死角って、多いなあ。ここ数年で、そういう危険の数々が露呈されているような。あんまりびくびくするのも考えものだけど、常に何かしらの危険はありえると認識しといたほうがよいのですかね。。 だけど、テレビもラジオも通信手段もなく当然人工衛星もなかった昔の人達は、台風が迫っていることすら知らなかったわけで、「夜半から突然風雨が強まって・・・」というような記載が江戸時代に書かれた書物に出てきたりするんだから、今とは大違いだ。気象予報がなかった時代のことを思うと、ゾッとしますな。。。 台風14号の本体はこの先どんな進路になるんでしょうか。大きな被害をもたらさないで欲しいですね。これから稲刈りをむかえる田んぼも心配です。
旧暦8月1日。 夜すぐ眠くなってしまって、日記を書けるほど脳が働かず、さぼりました。すいません。  金曜は富士登山の打ち上げで渋谷で焼き肉。お腹いっぱい食べた後はカラオケ。カラオケすごい久しぶりだった。焼き肉も久しぶりだった。例えば富士山頂で焼き肉とビール、なんて憧れだけど、当然無理。
今日は昼前にはカメラをバッグに入れて散歩&新宿へ買い物。まずは巣鴨から大塚まで、住宅地をひたすら徘徊する。今日は4のつく日だから地蔵通り商店街は縁日でもの凄い数のおばあちゃん達で賑わう。前にすすめないので、住宅地に逃げ込む。お米屋さんの前に年季の入った味のある自転車が。FM2で撮影していると、中からおじさんが出てきて、「なんか記録してるの」と、いぶかしげに聞いてきた。あ、まずかったかな・・・と思いつつ、「古い自転車がよく使い込んであって素敵だなあって写真に撮りたかったんです」と応えると、とたんに相好をくずし照れ笑いする。そうだよなあ、自分ち勝手に撮って気分いい人はいないだろうなあ。 今日は暑かったので、猫はあんまり外にいない。ちょっと寂しい。
新宿のヨドバシカメラに行く。先日現像に出したのが仕上がっていた。それからRollei35用のフィルターとレンズフードを購入。レンズ径24mmなので探すのに苦労する。でも、両方ともあった。良かった。ヨドバシカメラの、特にフィルムカメラを扱うフロアの店員さん達は皆親切だと思う。当たり前なのかもしれないけど、客の探しているもの、分からないことについて、とことん教えてくれて、探し物にも付き合ってくれる。デジタルカメラの勢いに押されてフィルムカメラの売り場はどの店もどんどん縮小されていくけど、銀塩に携わっているという誇りがあるんだな、と思う。
ヨドバシカメラを出て、近くのマップカメラにも寄り、中古のライカやニコンなどが並んでいる陳列棚を眺める。ライカかあ。。。。M3って、いつかは使ってみたい気もする。。。でも、ボディだけで20〜40万(当然中古で)だから、私にはとうてい手が届かない。手が届かない場所にあると、欲しいという気にもならないから逆に安心だ。だいいち、私にはライカは似合わない。貫禄も年季もないので。でもいつか、古くなっても最高のカメラと言われるライカのファインダーを覗いてみたいなあ、と(^^) ヨドバシ界隈で、お菓子のアンケートをしているというおばちゃんに声を掛けられる。道行く人みんな無視して可哀相だし、図書券くれるというので立ち止まってあげる。が、対象年齢が20〜30歳の女性だそうな。「え、私当てはまりません」と正直に言う。おばちゃん口をぱくぱくして軽いショック状態。だろうなあ、誰も立ち止まってくれないのに、やっと捕まえた相手が対象外年齢なんだもんねえ。「あ、あの、こ、これ自己申告ですからね、先日まで20代だったっていうこともありえますでしょ、ね、この前まで20代だったでしょ?」・・・と、早口でまくし立てられる。どうやら近くにアンケート会場があって、年齢が合う回答者を連れて行かなければならないらしい。・・・自己申告・・・図書券・・・。「あ、そんなんでいいんですか。はい、この前まで20代でした」「そうでしょう、ね、それで今おいくつ?」「31です」・・・って、おい、5歳もサバ読んでどうすんだよゥあたろー。ま、いっか、自己申告だし。で、おばちゃん安心して、ついで早口でプリントを見せながら、「この中に、ここ一週間以内にご自分で購入したお菓子はありますか?」と、次々と指さしていく。ガムとか、キャンディーとか。うーん、キャンディーってあんまり買わないんだけどなあ、でもテキトーに。おばちゃん喜ぶ。良い回答者にぶつかったもんである。この人なら会場に連れて行って本アンケートに答えてもらってOKだわ、と思ったらしく、「じゃあもう一度確認させてください。今の年齢は?」「32です」「・・・は!?」「あ、いや、31です(やっべー)」「あ、あの、じ、自己申告ですから、30代じゃ駄目なんですけど、これは自己申告でも大丈夫ですから」「はあ、でも、この前30代になったばかりですし」「だから、あ、あ、あの、自己申告ということで・・・・に、にじゅう・・・にじゅう・・・自己申告なんですあくまで・・・」 今ならおばちゃんがあの時何を言いたかったのかが解るような気がする。私は正直すぎたのである。いや、最初にサバ読んだ時点ですでに大嘘つきではあったのだが、それ以上の、おばちゃんが求めるレベルには到達できなかたのである。しかし、気の毒なるは私よりはるかに正直者に見えるおばちゃんのほうである。老若男女皆オタクのような通行人(私もね)の中をさまよい、声をかけまくり、やっとゲットした相手に逃げられようとしているのである。私が「やっぱり私やめときますわ、ちょっと無理です」と立ち去ろうとすると、狼狽しつつも、「申し訳ありませんでしたせっかく立ち止まってくださったのに申し訳ないほんとにありがとうございました・・・」とひたすら謝ってくださった。 こちらこそほんとにごめんなさいです。 どなたか、ヨドバシ界隈でアンケートしているおばちゃんがいたら、素直に立ち止まってあげてください。悪徳商法っぽくはなかったです。たぶん。
新宿駅近く交差点。自分の肩ほどの高さの地下鉄入り口の屋根のへりに、なにか小さな小動物がいた。そういうものにすぐに反応してしまう私は、ほほえみながらその可愛い視線の主に目を向けた・・・・。 大きなネズミだった。 ネズミなんだけど、最初は「可愛い〜」とお互い目が合って、しばらく見つめ合ってしまった。つぶらな瞳がこちらを向いて、小さな両手を胸の前に合わせて、道行く人々と、立ち止まった私を交互に見ている。大人の男の人の拳くらいの大きさ・・だから、結構大きいネズミなのですが、最初はネズミという感覚が無くて、猫とかリスとか、そういう可愛い系の小動物のような気がしていた。思わず手をのばそうとして、ハッと我にかえった。こんな所に猫がいるわけないじゃないか・・・。 ネズミじゃんか! まだ夕方4時の、明るい時間帯に、新宿のど真ん中の交差点で、人ごみの中で、ネズ公ったら堂々と道行く人を観察してる!! ウッと呆然と立ちつくす私の傍らに、年配の男性が来て、「ほほゥ」と覗き込んだ。と、ネズ公植え込みにちょっと引っ込んだ。そこに、何かいるの?という感じで女性が立ちどまり、植え込みにネズ公の尻尾をみつけると、面白がってもっともっとというように覗き込んだ。 ネズミだって、生き物だからね。。。。 でも、手出さないで良かった。。。
旧暦7月28日。 アメリカで過去最大級のハリケーン被害。 スペースシャトルで宇宙へ行く技術があっても、やはり人間は自然の力の前では為す術なく。最近巨大地震や津波、台風に豪雨、洪水、ハリケーン、山火事・・・自然災害が多いですね。今日は防災の日、おそらく生きている間に誰もが一度は被災者になるような気がする、今日このごろ。よその土地での災害は、決して人ごとではないと思っています。。。 被災地の早い復興を願っています。が、略奪や銃撃など、救援活動をも阻むほどの治安悪化というのは・・・アメリカという国の、見たくない部分を見せつけられているような気がします。
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