あたろーの日記
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2006年10月31日(火) 吉村昭

 旧暦9月10日。
 昨夜残業中にオフィスを抜けてちょっと外の駐輪場へ行き、同僚から借りた携帯式の空気入れで、自分のチャリンコのタイヤに空気を入れた・・・つもりが、一生懸命やったのに、どんどん空気が抜けて、ぺしゃんこになってしまった。。。。。
 貸してくれた同僚も助っ人に出てきてくれて、しばらくあちゃこちゃやってくれてたのだけれど、どうやら空気入れとタイヤの型式が合わないらしくて、んー、断念。
「・・・空気入れ、貸さない方が良かったみたいですね・・・」
 い、いや、そんなことないって。感謝感謝。ありがたふ。
 22時を過ぎていたので自転車屋さんはとうに閉まっているし、どこか空気を入れることが出来るとこ、ないかなー、と思いつつ、「今夜は自転車置いて電車で帰った方がいいですよー」と言ってくれる職場の声も聞かず、ぴょこたんぴょこたんと、潰れた後輪と空気の少なくなっている前輪をなんとかあやしながら、ここから巣鴨まで10�辧�徒歩で来たこともあるから帰れないことはないべ、と、徒歩より疲れそうな帰宅の途についた。
 と、会社から10分ちょっとのところで、おーっ、そういう手があったべ、と、交番に立ち寄り、無事、空気入れを貸して貰うことが出来ました。お巡りさんにタイヤの堅さ見て貰いながらへこへこと空気を入れて、軽くなったチャリンコですいすい帰ってきました。ところで私はいつも、おまわりさんのチャリンコを、レトロでなんだか可愛いと思う。

 職場の昼休みに、読みかけの『秋の街』(吉村昭・文春文庫)を読んでいる。昨日今日と。短編集。が、今日読んだ短編は、涙が止まらなくなって困った。昼休み、続きが読みたくてうずうずして、急いでご飯食べて歯を磨いて席に戻り、急いでページを開く。と、読み進めるうちに胸が苦しく詰まって、涙腺から涙が溢れてくる。昼休みが終わりそうなのに目が真っ赤になって、参った。同僚が旅行土産のお菓子を机に置いてくれたのにも気づかなかった。午後もパソコンのキーボード打ちながら必死に涙をこらえていた。
 長い刑期を終えて出所しようとする受刑者の目から見た異世界のような街の風景と付き添いの刑務官の想い(『秋の街』)。病のため限られた命を、かつて己が捨てた故郷で終えようと、寝台自動車で運ばれる患者。彼を運ぶ運転手の視点からその旅と旅の結末を追う(『帰郷』)。家庭を捨て、他の男の元へ走るも自死を選んだ母親。残された父親と息子。幼い息子は、父親の表面には出さない想いを傍らで見守りつつ、共に静かに立ち上がろうとしていく(『さそり座』)。
 吉村昭という作家を、高校生の頃、間近で見たことがある。私のいた高校に、講演に見えたのだ。けれど、体育館は講演の間中、ざわざわと私語が途切れることがなく、作家の話を聴いていたのは数えるほどの生徒と、教師くらいだったかと思う。こんな田舎まで来てくれたのに、こんなに聞く耳を持たない生徒ばかりで恥ずかしいし申し訳ないなあ、というのが私の感想で、実は講演の中身はあんまり覚えていない。ただ、夢を持って、目標を持って、それに向かって努力することの大切さを強調されていたのは、頭に残っている。
 あの時、ざわついた体育館の生徒達の何人か、少なくとも、今ここにこうしている私、が、作家の書いた小説を読み、しばらく言葉を失うほどに、小説の世界に打ち負かされてしまうことになるとは、吉村氏も想像していただろうか、と、なんかちょっと、不思議な気持ちになる。講演で学校に行くなんて、きっと何十回もあっただろうから、いちいちどこの高校へ行ったか、なんて覚えてないだろうけど。
 ともかく、もうこの世にはいない作家の小説を読んでいても、ふっと、作家と自分がどこかで繋がっている、接点のようなものを感じることがある。そもそも読むという行為自体が、自分との対話であると同人に、作家との対話でもあるのかな、という気もする。
 
 


2006年10月29日(日) 不思議な名古屋人。

 旧暦9月8日。
 早めの夕食(とネットで落語聴きながら晩酌)を済ませて、今19時前。日記を書いたら久世光彦の続きを読もう。
 午前中に、とうとう、部屋の一角(というか、中央の炬燵テーブル)に積んであった本の山が、崩れた。ちょうどいいや、崩れたついでに整理しよう、と、部屋に持ち込んだ順に積み重ねていたのを、単行本では、いますぐ読みたい本、その次に読みたい本、取りかかるまで時間が掛かるであろう本、という形に、文庫本では出版社別、岩波文庫は背表紙の色別に積み替えた。とっても綺麗になった。古女房が家の中でも化粧して小綺麗にしてると、こちらまで心持ちがよくってなんだかしゃきっとするねぇ、と、落語でご隠居が言いそうな台詞を真似しますと、そんな感じです。
 夕方近所のコインランドリーで洗濯物を乾かしていたら、入り口をふさぐ影法師。
「銭湯ってどうやって入るんですかァ〜」
いきなり大きな声が、コインランドリーに響く。
 見ると、入り口の影法師の主は、カンカン帽子(だったと思ふ)に黒いヒラヒラのミニスカート姿の、20代前半くらいのお姉ちゃん。手には大きな荷物を持って。
「あのォ、あたし名古屋人なんでぇ分からないんですけどォ〜」
 その時洗濯&ドライしてたのは、おばちゃん2人と私含めた若いお姉ちゃん2人。4人、呆気にとられて、ただ入り口に立ってこちらを見ている突然の訪問者を同じく見返す。
 私の隣にいたおばさんが、
「銭湯の入り口は、あっち」
と、指さして、彼女は納得して礼を言い、去っていった。
 おばさん、溜息(ヘンな娘が、いたもんだよぅ、という感じで)。
 私はなんだか、ドラマのワンシーンに出くわしたみたいな気がして、しばらくその出来事を、頭の中で繰り返し描いていた。
 それにしても彼女は何故、お洒落して東京に出てきて、巣鴨で銭湯なんだろう?知り合いを頼ってきたなら、或いはホテルに泊まっているなら、銭湯には来ないだろう。一体、何故に、巣鴨で銭湯なんだろう。まさか、家出じゃないだろうな。でも、家出してきたらたいてい渋谷とか池袋とかに行くだろうな。巣鴨じゃないよな。
 そういえば、名古屋にだって、銭湯はあるよな。


2006年10月28日(土) 古本まつり。

 旧暦9月7日。
 さんざん歩き回って疲れてしまい、もう眠りたいので、急いで書きます。
 今日は昨日の分の日記を書き終えてから、トロトロと支度をして、神保町へ。10時を過ぎて11時近くになっていたし、天気も良かったので、私がついた時にはすでに人出は多く。地下鉄を出てまずはすずらん通りへ。ここにはさまざまな出版社がブースを設けて、自社の稀少本やバーゲン本などを並べている。私のお楽しみは筑摩書房。ちくま文庫、それも在庫僅少のタイトルが半額(去年はBのスタンプ押された本が8割引だったような)。やっぱり人気のちくま文庫だけあって、ワゴンの前は黒山の人だかり。人と人の間にできた隙間に、自分の身体の一部を滑り込ませ、少しずつ前ににじり出る。で、ようやく本の背表紙が読める位置に着ける。ただ、今年は買いたい本がなかった。というか、最初にチェックしてしまったので、節制気分が購買意欲に勝ったかも。次に岩波書店のブースへ。こちらは在庫僅少の岩波文庫が定価で。定価であっても、岩波文庫の在庫僅少本は、あっと思った出逢いの時に買っておかねば。と、『元禄世間咄風聞集』を買う。・・・あとで帰宅して、書棚をチェックしてがーんとなった。すでに持っていた本でした。とほほ。
 今年は(から?)三省堂1階は使用しなくなったんだ。だよねえ、雑誌売り場に変更してしまったから、イベントに一時利用するなんてことできないですよね、でも残念。ということで、すずらん通りをざっと見て、靖国通りへ移動。ここからはホントの古書。古書店が建ち並ぶ通りにずらりと出現した古書のワゴンを、ちとりちとりと眺め回しながら少しずつ進む。凄い人だなあ。やはり、明日の日曜の天気がかんばしくないとの予報のためか、今日に賭けて来た人が多いのかな。どの古書店の前もぎっしり人がいて、人を見に来たのか本を見に来たのか分からない状態。本をゆっくり探そうっていう状況じゃないや。会社の、古書好きでしょっちゅう神保町に入り浸っている人は、この人ごみが苦手で古本祭りの期間中は神保町には行かない、と言っていた。他にもインタビューやエッセイで、神保町がテリトリーになっている著名人が同じようなことを述べていた。そうなんだよなあ、確かに。私はそうちょくちょく来てるわけじゃないけど、予定をやりくりすれば土曜に神保町を散策する時間は持てるし、平日残業がない日なら帰宅のついでに立ち寄ることも出来る。わざわざ揉まれて跳ね飛ばされて疲れる必要もないわけで。だから、途中から、人がひしめいているところは避けて、ふらふらー、ふらふらー、という感じで、余裕で本を探せそうなワゴンとか書棚にのんびり立ち寄っていた。首都圏以外から泊まりがけで来る人も多いと聞く。会場のあちこちで、買った本を宅配便で送りますと案内していた。そういう人達は、この数日間にある程度の収穫を見込んで、意気込んで来ていると思う。私ももし新潟の実家や他の地方に住んでいたら、張り切って泊まりがけで来ちゃうもんねきっと。なので、主役でない(勝手に主役を降りた)私はのんびり廻っていました。ヘンな奴。とあれ、古本のお祭りだしわくわく感はあるので、来年もまた来年も行くぞぅ。
 と、ぐちぐち蘊蓄は脇へ置いといて、お腹がすいたので時計を見ると14時近く。古本まつりの時は例によってまたさくら通りで屋台を開いているメナムのほとりとムアン・タイ・なべの両店のカレーを食べる。まずはメナムのほとりのキーマカレー。これ、毎年食べてるなあ(笑)400円。ほんと美味しい。これ目当ての人も多いらしく、周囲の道端でみんな食べている。ココナツミルクと挽肉のコクがほっとさせる。でも食べるのはここでやめて、今年はキーマカレーだけで我慢して、また本探しに行こう。と、立ち上がってまた靖国通りへ。今度は九段下駅のほうまで靖国通り沿いを進む。が、1時間もたたないうちに、グリーンカレーを食べたくなる。意思に反して胃袋と足が勝手に身体をさくら通りに引き戻す。で、気がついたら、ムアン・タイ・なべの、グリーンカレー400円を、手にしていた。こっちはカラーい。ココナツミルクと今度は茄子、こぶみかんのクセがある香りに、ヒリヒリする辛さが加わって、こっちもやめられない美味しさ。あー、結局今年も食べるほうに行っちゃってる自分。まあ、いいかぁ。
 で、靖国通りで買った本。
 『日曜日の万年筆』(池波正太郎・新潮文庫)
 『鬼火の町』(松本清張・文春文庫)
 『自註鹿鳴集』(会津八一・岩波文庫)
 『兵役を拒否した日本人』(稲垣真美・岩波新書)
 『ある映画監督』(新藤兼人・岩波新書)
 『博物誌』(串田孫一・創文社)
『ある映画監督』は、読みたかったのだけど絶版品切れになっていたので新刊書店では売っていない。矢口書店の店舗内で新入荷棚にあった。500円。ラッキー。この本以外はどれも靖国通りの路上ワゴンから。100円〜200円。
 途中、岩波ブックセンターに寄り、『東京かわら版』11月号を購入。東京の寄席情報がぎっしり詰まっているので毎月欠かせない。が、発売日が28日なので、古本まつりに気を取られてすっかり忘れていた。
 人ごみに酔って来たので、夕方は古書会館へ行く。案の定、すいていた。靖国通りからちょっとだけ離れていて目立たないせいか、人が流れてこない。こちらではどちらかというと稀覯本が多いのかな。だけど、会場入ってすぐ、10秒後にはこんなものを見つけた!
 『佐渡方言辞典』(広田貞吉著・発行)
 1000円。思わず抱きしめてしまう。30秒後にはこれを小脇に抱えて、意気揚々として会場を回り始める。

 『江戸編年事典』(稲垣史生・青蛙房)
 昭和48年の版なのにとても綺麗。1500円とは買い得。ちびりちびりと読み進めたい。それと、青蛙房は好きな出版社。特に昔の装幀、函にぴちっと入って、大切そうにされた本。と、奥付にある著者検印。これが、青蛙房のは鳥獣戯画の蛙の上に印が押されている。なんだか可愛くて、青蛙房の本を古書店で見つけると、たとえ手持ちの資金がなくて買えない時でも、棚から引き抜いて奥付を確認せずにはいられない・・・病気です。でも今日の『江戸編年事典』は購入。
 と、古書会館を出たら17時半で、外は暗くなっていた。最後は三省堂書店へ。急に井伏鱒二を読みたくなったので。
 『山椒魚』(井伏鱒二・新潮文庫)
 『夢十夜』(夏目漱石・岩波文庫)
 『叙情歌・禽獣』(川端康成・岩波文庫)
 『秋の街』(吉村昭・中公文庫)
を購入。
 今、『美の死』(久世光彦・ちくま文庫)を読んでいるのですが、まさに、この人のように、小説を批評や、解体・分析、評価するのではなく、また他人が行ったそういう客観的な判断を参考にするのでもなく、自分の感覚が受け入れるがままにじっくりと、小説を読みたい、という気にさせられます。それと、自分が昔読んだ小説でも、今読み返すと、当時とは全く異なる感覚が生まれることもあると思う、否、小説というものは、本来、小説を通して読み手の精神が読み手に跳ね返ってくるものであるような気がするので、だとしたら、同じ小説を10年、20年隔てた自分が再読したら、前回読んだときとは全く異なる自分が跳ね返ってくるんだろうきっと。だから、あの小説は昔読んだから、と、済んだ顔でいるのはなんとも勿体ないことのような気がしています。例えば『山椒魚』は、高校か中学の時に読んだ(教科書で??)けれど、37歳の今の私が読んだら、37歳の痛みがそこに加わるだろうし、70歳の私が読んだら、きっと70歳の想いが投影されるような気がする。・・・小説を読む愉しみはまさにそこにあるのかもしれないです。
写真は、三省堂が閉店して、神保町の活気がすうっと消えた後の靖国通りです。昼間、カレーの写真しか撮ってないので、思い出して携帯のカメラ取り出しました。古書店前の本のワゴンにシートが掛けられている様子。
 帰宅後、またちょっと増えた積ん読の山を整理。しかし、積ん読にも限度が。せっせと買っている割には読んでいない。部屋の本の山が崩れそうなのは、買うと読むのバランスが完全に崩れている証拠だ。書棚を1つ増やして、読んだ本からそこに入れていく、というようにしたいな。しばらくは本を買わない。ひたすら読むことに没頭しようと思います。反省。でも、休日ならともかく、平日は頑張っても2日で1冊読めるかどうか、だ。頑張っても、月に10〜15冊。もっと早く読めるようになりたい。速読法には興味がない。だって、文章をじっくり味わいながら読みたいから。そうなると、集中できる時間を確保することが課題になりますか。現代人って、ほんっとに哀しいな。


2006年10月27日(金) さてさて。

 旧暦9月5日。
 金曜の日記を土曜の朝書いておる、のであります。
 今週は残業したり風邪ぶり返してダウンしたり飲み会あったり、で、なんかごちゃごちゃしてた。一昨日は会社行きかけて、やっぱりダメダーと帰宅してずっと寝ていました。会社で風邪が流行っていて、お休みしている人が結構いる、と思ったら自分もそうなっちゃった。で、ずーっと寝てました。寝ながら『本屋通いのビタミン剤』(井狩春男著・ちくま文庫)を読んだ。頂き物の本です。これ、ちくま文庫の品切れ本リストに入ってるから、今本屋さんでは売ってない。神保町の取次鈴木書店さんの仕入部に所属する著者の、本の流通にまつわるエッセイ集。『サラダ記念日』とか『ノルウェイの森』が話題になっていた頃の話だったりするから、懐かしい。消費税を導入した時のてんやわんや。どこもそうだけど書店でも1円が不足して大変だったそうだ。そんなのもう忘れてたなー。そうだ、私も当時は、学生時代で、京樽でバイトしてて、1円がないない、って、大騒ぎしてたなあ。それから品物の、消費税込みの値段を覚えようと張り切ってた。お客さんが注文する巻物を頭の中で足していって、レジ打つ前に頭の中で金額はじき出すのが楽しかったり。・・・しかし、その消費税も、数年後にはまたぽーんと税率上がっちゃうのかな。恐ろしいことです。
 ・・・夜もおとなしく寝ていたら、北海道から来ている隣人の部屋でコー奮の叫びが。ああなるほど、野球かあ。新庄って、すごいな、あの人きっと、頭の中でものすごく上手に、イメージトレーニングが出来てるんだろうなあ。新庄選手のような、自分を常に最高の状態に持って行けるようにイメージして、そのイメージ通りに、怖れずにクヨクヨ振り向かずに進んで行くっていう行動力って、野球選手じゃなくても十分参考になるなと思いました。イチロー選手も松井選手もそうだし、野球選手じゃなくとも、一流の(そういう言い方ってあんまり好きじゃないけど)スポーツ選手って、自分を盛り上げるイメージ力が凄く上手いんだと思う。スポーツはその効果が発揮できる瞬間が劇的だからみんなにも分かりやすい、観ているこちらまで感動してしまう。だけど、スポーツ選手じゃないフツーの人も、自分の日常の中で、そのイメージ力を真似することは十分可能なんだ、と、ふと思いました。
 昨日(金曜)はずっとだるくて、頭ガンガン、でもそんなに休んで居られないので出勤。夜は予定していた会社仲間との飲み会。体調悪いし明日は古本まつりだから、控えめにしようと思っていたのですが盛り上がってしまい、二次会のカラオケまで付き合ってしまった。。。しかし、その時点ですでに、自分が風邪を引いていることは忘却の彼方(汗)。約2名酔いつぶれて歌えないのをよいことに、他のメンバーと次々と曲予約して歌いまくる。私あんまりカラオケ行かないんですが(半年に1回位)、歌、下手っぴいじゃないですよ。ただし、最近の曲はまったくといってよいほど知りません。だいたい歌うのは、佐渡おけさ、会津磐梯山、石川さゆり、森昌子、八代亜紀、とここに矢沢永吉とか徳永英明とか、たまに平井堅とか。あと、懐メロ。。。
 歌いまくって気分よくなった・・・というか、完全に酔いつぶれて日本語が通じなくなった2名を引っ張って、他の仲間と共に店を出る。そしてタクシーにその2人を押し込んで、運転手さんに「○○の辺りまで行ったらたたき起こしてください」と告げる。後ろのシートに完全に潰れて爆睡している2人を振り返り、不安そう(不満そう)に頷く運転手さん。その後どうなったかは・・・月曜に訊いてみようっと。
 その後途中駅で他のメンバーとも別れて、地元に着いたは24時半。急いで銭湯に行き、25時、銭湯近くのラーメン屋に、足が勝手に向いてしまう。ああ・・・飲んだ後のラーメンって、どうしてこんなにも美味しいんでしょう。豚骨の味、罪の味。しかも、酔ってるくせに、自分が風邪引いてるってことしっかり思い出してしまい、カウンターにあるすりおろしニンニクをたっぷり、スプーン山盛り3杯も入れてしまう。
 帰宅後、すぐ布団に潜る。最近寝しなに聴くのは桂文楽か三遊亭圓生。圓生の「四宿の屁」を聴きながら寝る。昔の人(と言っても、昭和の、落語がブームだった頃の)は素直だったんだなーと妙なところに感心する。今の人には絶対ウケないようなところでも、大いに笑う。おならの話で次から次へと会場大笑い。逆に私は、聴いていてみんながあまりにも笑うのにびっくりする。こんなに笑いまくることができるなんて、昔の人が羨ましい。同じ噺を(録音とはいえ)聴いていながら、いや楽しく聴いてはいるのだけれど、さほど大笑いする噺でもないよなあと思っている私って、というか、多分現代人って、もしかしたらちょっと不幸なのかな。それと、そういう聴き手に囲まれている今の噺家さん達も。でも、それでもやっぱり寄席に行く。寄席が繁盛している時代。昔と笑いのツボがちょっとずれているような気もするけど、落語っていいな、と思える今日この頃。

 さて、自分でも偉いな、と思うのは、さんざん飲んで遊んで帰ってきても、今朝はしっかり7時前に起きたことです。二日酔いになってないか、風邪は悪化してないか、不安に思いながら恐る恐る布団を出る。と、大丈夫大丈夫、風邪は残っているけど昨日ほどじゃない。二日酔い無し。・・しかしお腹の具合がちょいとね。やはり、深夜のニンニクラーメンが効きすぎたかな。へへ。今日は人ごみで、ずっと口閉じてましょう。
 お天気も良いし、雨だった昨年と大違い。今日行って、十分満足したら、明日は自宅で本読み&風邪完治療養といきませう。
 さてさて、では、これから支度して、10時には神保町に着きたいですな。さてさて♪


2006年10月24日(火) 偵察。

 旧暦9月2日。
 今日も雨。朝からざあざあ降り。
 家の中で、外出予定もなく、1日本読んでいようか、という日なら、土砂降りの雨の音がむしろ心地よいのだけど、いつも通り出勤しなければならない朝なんかに降られると、ちょっとシャク。
 おまけに風邪がぶり返して、少し熱っぽい。
 『シナリオ人生』(新藤兼人著・岩波新書)読む。この人の、岩波新書はあと2タイトルあったと思う。それらも読みたくなった。
 と、平行して読んでいるのは『あ・うん』(向田邦子著・新潮文庫)。ドラマ、観てないんだよなあ、むかーし、子供の頃、母が観ていたのは記憶にあるのですが。・・・向田邦子本を再読しまくる予定です。
 今週金曜から神田古本まつり。そわそわして落ち着かない。今日は熱と頭痛のため、残業早めに切り上げて退社、乗り換えの神保町駅で、ほんのちょっとだけ、と、20時までやっている古書モールに立ち寄る。古本まつりには古本を買い求める人でごった返してしまう。その直前に、お気に入りの棚を見に行ってきたわけです。もし欲しい本が私のお気に入りの書店の棚にあっても、古本まつりの日にはきっともう巡り会えないような気がしたので。しかし、今日は買いたい本が無くて、逆にほっとしてすぐ帰ってきた。これで、古本まつりのための資金をセーブすることができた(?)
 その後、急いで帰宅、熱い銭湯に浸かって、暖かくして、早く風邪を治したいです。


2006年10月23日(月) ぐるっとパス買いました。

 旧暦9月1日。
 月曜から雨だなんて。冷たいですねぇ。でも、一雨ごとに秋が深まっていくのを楽しもうと思います。
 そういえば、先日携帯電話の機種変更しましたが、新しいNokia製の804NK、写真が凄く綺麗に撮れるのでびっくり。でも、前に使っていた携帯電話よりも、写真のサイズが大きくて、日記にアップロードするとででーんと画面いっぱいになってしまうので、あらかじめサイズを小さく修正しなければならないみたい。ちょいと面倒。
 猛烈にインプットしたい病。片っ端から本を読んで、片っ端から落語を聴いて、片っ端から映画を観て、片っ端から博物館美術館を廻りたい。で、これから年末まで、特に土日の予定をほとんど決めてしまった。あんまり根拠はないのですが、なんとなく、今自分がスポンジのように、ものすごぉく吸収力があるような気がしている。夏はそうでもなかった。毎日汗だくで、吸収どころか、干からびていた。それが今、急にむくむくと元気である。特に頭の中が。
 そういうわけで、こんなもの買いました→ぐるっとパス。東京都内の博物館・美術館・動物園などの施設(計49施設)の常設展入場券や割引券がまとめられた冊子です。前から存在は気になっていたのですが、えいやっと購入したのは今回初めて。使い始めから2ヶ月が有効期限、というのがちょっとネックかなあと思っていたのですが、考えてみれば、この中の幾つかの館の常設展などを3〜4軒回れば、2000円のモトは取れそうです。これから年に2〜3回位は、このパスを買ってみようかな。
 


2006年10月22日(日) 金曜は四谷で中華。土曜はさん喬師匠の落語会。

 旧暦9月1日。
 あっという間の週末。
 駆け足でざざっと書いちゃいます。
 
 金曜の夜は、友人と2人で、四谷にある「こうや」というラーメン屋さんに行った。この界隈は時々チャリンコで通ったり、数えるほどしかないが飲み食いしたこともあるのですが、この店にはまったく気がつかなかったです。しかし、昔この辺りで働いていた友人が足繁く通った店だそうで、職場が変わって久しく行ってないので久しぶりに懐かしい味を食したくなったとのこと。ラーメン屋さんなんだけど、中華居酒屋という趣で(金曜の夜だから特に?)、どうやらこの辺りで働く常連さん達で、すでに店内満席。しばらく待ってカウンター席にようやく座れた。2人で瓶ビール1本頼み(ほとんど私が飲んだ)、友人お勧め中心に、皿ワンタン、青菜の炒め、トンポーロー、支那そばなどを戴き、満腹になって2人合わせて5000円ちょっとでした。支那そば美味しかったです。豚骨と鶏ガラのダシなのかな?塩味で、あんまりこてこてしてないのですがコクがあってスープに飽きが来ない。この味に近いラーメンをもう1軒知っているのですが、そこは完全居酒屋のため、ラーメンのみのお客はお断りらしい(最近職場の人がそう言っていた)ので、こんど職場のラーメン好きに教えてあげようと思います。ラーメン以外も、どれも美味しくって、何度も通いたくなる店でした。また行こう!

 翌日の土曜は、実は前夜一緒に食事した友人と、下の名前が同じ友達と。珍しい名前ではないのですが、そうそうある名前でもない、2人とも長い付き合いの友人なのですが、彼女たち同士は面識ないのですが、私は2日続けて同じ名前の友人と出歩く。なんだか不思議。

 さて、それで、お昼に上野で待ち合わせて、韻松亭というお店へ行った。金曜も土曜も、それぞれ友人が案内してくれた店。美味しいものについてアンテナが鋭い友人というのは有難い。私は、焼き鳥とか、気に入った店情報のストックがとっても限られている&女友達を気軽に案内できない店を知らない(汗)。こちらのお店も混んでいた。さすが、女性グループ多し。上野公園自体人出が多いのですが、博物館美術館の帰りに寄りましょう、という感じで。
 座敷に上がり、畳でゆったり食事。友人は花籠膳雪1,890円、私は茶つぼ三段弁当1,680円を。食べてしまうのが勿体ないほどの綺麗な盛りつけ。勿論美味しくて、湯葉などが好きな私は満足でした。ご飯お代わりできるというのでしてしまった(笑)。

 上野、御徒町を少しぶらぶらした後で、恒例の、「さん喬を聴く会」(江戸深川資料館)へ。今回もまた満員で、早めに会場に整理券を貰いにいったのですが、すでに100番と101番。。。前売り券を前回の会の時に購入してあったので確実に入れることは入れるので問題はないですが、整理券番号があんまり後ろになると、自由席のため、席の確保がちょっと大変かなー。でも、落語会が盛況なのは嬉しいなあ。
 18時開演、前座に小きちさんの「堀の内」、それから来年真打ちになることが決まった喬之助さん「堪忍袋」、いよいよ、さん喬師匠「木乃伊取り」、仲入り後に伊藤夢葉さんの奇術、トリはさん喬師匠の「たちきり」。
 喬之助さんの「堪忍袋」は、勢いがあって、所々に自分をネタにしたアレンジが効いていて、場内大爆笑だった。夢葉さんの奇術は、すごーい、というものではない(失礼)のですが、わざとそう見せておいて、話術で観客を引き込んでいく。うん、手品より話術のほうが凄い。面白かったです。
 さん喬師匠の「木乃伊取り」。店の若旦那が吉原へ上がったっきり帰らない。父親である店の主に連れ戻してくるよう言われた番頭も、知り合いの強面の頭も、木乃伊取りが木乃伊になってしまい、3人とも戻ってくる気配はなし。仕方なく、ものは試しにとあまり期待していなかった店の飯炊きを行かせると、頑固実直が功を奏して一時は3人を連れ戻せそうかという状況にまで持っていくが、実はこの男、無類の酒好きでしかも大酒飲み。若旦那がうまくけしかけてちょっとだけだと言って酒を無理矢理呑ませたのが運の尽き。次第に酒も進み、酔いも回って・・・。
 実は私、「試し酒」とか「親子酒」といった、酒を飲み始めるとどんどん進んで、地が出てきちゃう酔っぱらいの噺が結構好きです(笑)さん喬師匠の、クシュン、っていうくしゃみ演技も面白かった。
 「たちきり」。こちらも道楽者の若旦那が絡んでいますが、ぐっと趣が変わって、最後は泣かせてくれてしまう噺。茶屋の小糸という娘と恋仲になって頻繁に茶屋通いする若旦那を、親戚番頭一同が考えた末、100日間の蔵住まいをさせることに。しかしそうとは知らない小糸は、姿を見せなくなった若旦那宛の手紙を毎日毎日店に届けさせるも、番頭はそれを若旦那に見せず、隠しておく。100日が明けて若旦那が蔵から出て、ようやく小糸の手紙は若旦那の元へ。それを読んで慌てた若旦那は、小糸に会うために茶屋へ急ぐが、恋いこがれた若旦那に見捨てられたと思い込んだ彼女は、もうこの世の人間ではなかった。位牌を前にお線香をあげた若旦那の耳に、今では形見となってしまった小糸の三味線(生前若旦那が作らせたもの)の音色が響いてくる。その音に耳を傾けて小糸を偲んでいると、ふっつりと音が消える。もっと聴かせてくれ、と言うと、茶屋のおかみが、線香が終わってしまったのでそれはもう無理だ、と言い返す(線香は男女の語らいの時間を計るための商売道具でもあった)。
 この「たちきり」、シリアスな人情噺のようでいて、クライマックスに泣かせておいて、最後はブラックジョークに近い落としがちょっときつくて、いつ聴いても、どうも納得いかない気がしているのですが(^^;)でも、なんだかんだ言っても恵まれて苦労知らずの若旦那に対する、小糸や茶屋のおかみの、精一杯の気持ち、なのかなあ。好きで好きでしかたがない気持ちには変わりないけれど、死んでしまった側の小糸にしてみれば、若旦那に不満や皮肉のひとつは言いたいだろうっていう。。。
 それにしても、あまりにも可哀相な茶屋の娘の運命だ。
 ・・・長いようであっという間に終わった感のある3時間。いつもと同じ、21時に会はお開きになって、さん喬師匠の味わい深い語り口の余韻を抱えながら、好きな噺家さんの噺を直接聴くことができる幸せに浸りながら、家路につきました。
 あっと、私は今回で、この会に行くのが8回目になったので、毎回もらえるスタンプがまたたまって、さん喬師匠の似顔絵イラスト入りのTシャツを戴きました。わーい♪


2006年10月19日(木) 自分の時間。

 旧暦8月28日。
 ちょっと日記をサボってしまったらあっという間に木曜日に。。。
 今朝起きたら治りきらずにぐずぐず続いていた風邪がぶり返していて、だるいので会社を休んでしまった。今日はやるべき仕事が結構あったはずなのに、自宅で横になっている、という誘惑に勝てなかった。
 その代わり、ここしばらくの自分の生活を見直したり、改めるべき部分とか工夫すべき部分とか、いろいろ考えていました。
 今年ももう残すところあと2ヶ月ちょっと。自分にとって実りある1年だったかというと、これがまったく、まったく(そこまで強調する必要はないか)実りなし。いやいや、そこそこ本は読んでるし、芸術的なものには接しているし、多くの人との時間を持っているし、いろんなところ出掛けて行ってるし、日々考えてるしさまざまなこと自分の周りで起こっている、そういう意味では生きている、生活している、働いている、という意味では、実りある1年ではあるし、そもそも人は実りなんぞというものを求めずとも、生きているだけで価値あるのだけれど。
 だけど、自分がどれだけ日々甘えてだらけた生活をしているか、ということは、自分自身がよっく分かっている。たとえ仕事が忙しくて、残業ばかりだとしても、それが自分の目標や「こうありたい」という理想に近づくことを妨げているなどと思っていたら、それも甘えだと思う。やりたいことが出来ない、そのための時間が取れない、と考えるのは、きっと、心の奥底で行動したくてもできない自分を、他の原因に責任転嫁することで、甘やかしているってことなんだと思う。
 そういう意味で言うと、この1年は、いや、去年もその前もずーっと、自分で「今年は実りある年だったな!」とは言えないできた私です。
 なんでこんなこと布団の中で今日考えてたかというと、最近、来年用の「ほぼ日手帳」が届いて、来年の手帳の使い方計画をぼちぼち考えてたのと、今年の手帳の使い方反省してたのと、それから、このところ、仕事を終えてからの夜の時間があまりにも短くて、本を読むのもパソコン見るのもできなかったりして不満が高まっていたのと、それからそれから今週携帯電話の機種変更をして、新しい機種がかなり使えるものなので、自分の毎日をかなりサポートしてくれそうだという期待があり、今の生活サイクルをもっと変えなきゃ、という気分が盛り上がってきたからです。
 ここで話がいきなり変わります、その、携帯電話機種変更の話。
 シャープのV402SHという機種を、3年と3ヶ月使い続けてきて、別に壊れてしまったわけではないのですが、携帯電話でウェブにアクセスする機会が増えて、パケット代がバカに出来なくなってきたのと、そろそろ新しいのが欲しいなーと思っていたので、ソフトバンクの秋冬の新しい機種の中からいくつか目星を付けていたのですが、よくよく調べてみると、私が一番欲しいタイプのものが、すでに8月に発売になっていて、それがノキアの804NKっつうものでした。が、ですね、まだ売りに出て2ヶ月足らずだというのに、どうやらもう製造していない??らしく、10月のソフトバンクカタログからも無くなっている。市場ではもうほとんど出回ってないのじゃないか、という噂を聞いて、職場近くのソフトバンクショップに問い合わせたら、そこはもう在庫切れ、というわけで、他のソフトバンクショップを教えて貰い、そこで買いました。買いました、と言っても、嬉しいことに、2年以上継続+累積ポイント7000円分+ハッピーボーナス加入特典で1万円引きというわけで、本体価格0円で入手できました(^o^)わあわあ!いきなり3G携帯で、機種変しなかった3年分の携帯電話の進化を一気に享受。こんなこともできるんだー、と、あれこれやってみては喜んでいます。パケット定額にも入った&家族割引(離れていてもOKなのが嬉しいです)にも入ったので、ウェブもし放題だー。
 と言うわけで、これまで帰宅して机のパソコンにへばりついていた時間を見直して、自宅にいなくても細切れの時間にネットで情報収集&日記の書き込みをしようと思います。そうそう、エンピツ日記も、携帯電話から書き込みできるなんて、知らなかったです。あと、PDAみたいにパソコンとシンクロさせられる&パケット定額&ワードやエクセルも開ける機種なので、テキストファイルを携帯電話の中にコピーしたり、長文メールにして送ったり、エクセルやワード文書を携帯に入れて持ち出したりして、自宅でやりかけの作業を外出先で細切れ時間にちょこちょこいじったり出来るのが嬉しいです。クリエやザウルスを使わなくなって久しいのですが、携帯電話が進化したので、私としては、この携帯電話とほぼ日手帳とiPod(ここでいきなり出てくる・・・)が、外出中の三種の神器、になるかなーと思います。
 だから、だからなんだっつうんだ、という感じですが、要するにです、時間の使い方を自分でちゃんと工夫して、毎日同じことの繰り返しで挙げ句疲れただの風邪引いただの、時間がないだの夢がないだのと愚痴るんではなくて、ちっちゃな部分から大きな何かを作り出していくような毎日にしたいなあ、そのために、もっと意識改革しなきゃ、と反省&計画した1日になりました。
 明日は忙しいけど楽しんでいこうと思います(^^)

 あ、ちなみに、古い方の携帯電話は、勿体ないので、テレビ視聴用(ほとんど見ないので、緊急時用)と、目覚まし時計用(これは毎朝)にまだまだ現役で使い続けます。


2006年10月16日(月) 免許証と保険証はいつも財布に入れましょう。

 旧暦8月25日。
 やっぱこれいいな、という機種があったので、よくよく考えた末、ソフトバンクショップに機種変更に行った。
 ところが、番号札持って30分位待ってようやく自分の番がきたと思ったら、身分証明書の類を持ってこなかったので、今日は機種変更できませんでした。とほほ。先日、財布の中から保険証と免許証を出して、何を思ったかお金管理手帳(というのを自分で勝手に決めてあります)に挟んでおいて、それを自宅に置いてきた。
 ショップのお姉さんは外国人で、でも日本語上手なんですけど、私が免許証も保険証も持ってない、だけどクレジットカードとか社員証とか、果ては公共料金の請求書(払うつもりで今日持ち歩いていた)なんかを出して、「これじゃだめ?じゃあこれは?」と懸命に食い下がって、困らせてしまった。でも、決まりは決まりなので、仕方ないです、お姉さんには料金プランなぞを質問して、「また明日来ます」と出てきました。今まであんまり料金プランについて考えなかったのですが、私の父がソフトバンクの携帯なので、離れててもOKっていう家族割引に入れそうだ。
 在庫が余り無い機種なので、最初他のショップに電話して、在庫沢山ある店を教えて貰って、道を間違えて遠回りしつつもなんとか辿り着いたのに、あーあ、月曜からぼけてるなあ。


2006年10月15日(日) ふと、思う。

 旧暦8月24日。
 「核武装「大いに議論を」=船舶検査法、見直し必要−中川自民政調会長」時事通信。
 やっぱり出た。日本核武装論。アホか。でも、これが今の日本の政治家の成熟度である(一部かもしれないけど、・・・そう願うばかりですが)。
 北朝鮮の核実験、国連でも非難決議。当然であるけれど、核実験をしているのは北朝鮮ばかりでない、アメリカもあまり表には出ないけれどちゃっかり核実験を行っている、そこにどうして視点移動できないのか、分からない。毎日テレビ新聞で大騒ぎしている割には、核に対する根本的な見方を間違っているような気がしてならない。日本に放射性物質が落ちてくるから?日本を有事の危機へ巻き込むから?東アジアの力の均衡とそれによってもたらされている現在の平和を乱すから?それ、全部当たっているし、大切なことだけれど、そもそも、核なんつう恐ろしいエネルギーを、軍事力として持っていることを、それがどの国であれ、根本的に人間や地球への暴虐として、脅威として考えるべきである。北朝鮮が核実験を行った、やっぱりとんでもないならず者国家だ、というのではなく、北朝鮮も含めて、核を、他国へ脅威を与える手段として所有する国全てが、同じように非難と制裁を受けるべきではないか、と思います。
 最近の報道を見ていて、強く思うのは、北朝鮮の核実験にこうもヒステリックになれる日本の政府と報道機関が、どうしてアメリカなどの大国の核実験や大量虐殺や他国への侵攻に対して反応が薄いのかなあ、という疑問です。距離的に北朝鮮が近いし、拉致問題など関係の深い問題も山積みということもありますが、どの報道機関も、画一的で、自分の視点というものがない、という感じがしました。
 核実験も、拉致問題も、ミサイル問題も、日本に住んでいる人間として、とうてい傍観しているわけにはいかない問題と思うのですが、こんなことしたって、北朝鮮の反応はこうとしか返ってこないだろう、っていう対抗措置しか、相変わらず取れない政府と、それを煽り立てる報道って、なんつうか、発展してないなあ、と思うのですが、それは、たぶん、国際的に、自分の立ち位置を定位置にしか置いて考えることが出来ない長年の習慣によるものなのかなあ、という気がします。


2006年10月14日(土) 時代劇見たい。

 旧暦8月23日。
 この前テレビの悪口をさんざん書いといてなんですが、20日から始まる逃亡者おりんって、面白そうだな。時代劇だし、綺麗な女優さんだし。役者も揃っているし。
 昨日は待ちに待った「ほぼ日手帳」が届いた。わーい。嬉しくって布団の上にごろんとなって、ぱらぱらめくっていた。
 で、今日はまた風邪だ。このところ、休日になると思いっきり体調を崩す。明日の日曜で治してしまわねば。
 そういうわけで、早く寝ようと思います。


2006年10月12日(木)

 旧暦8月21日。
 今朝の空は気持ち悪いくらいどばーっと放射状に広がった雲とかコルネパンみたいな雲とかが沢山あって、チャリンコ漕ぎながら「ひょえー気持ち悪ー」と空ばっかり見上げてました。
 もうすぐ恒例の神田古本まつりだなあ。あと半月先だけど、本購入用の費用をちゃんと確保しておかないといけない。今月は節約モードで生活。
 とかなんとか言っちゃって、一番楽しみなのはカレーの屋台だったりして(笑)あと、一昨年は呑んだのですが昨年は聞き酒コーナー行けなかったので、今年こそ、と思います。確か去年ってお天気悪かったんだよね。今年はどうかなあ。晴れますよーに。
 9月7日にネットで予約したほぼ日手帳、今日発送したとメールで連絡がありました。ということは、明日の夜着かな?じゃあ、明日は残業しないで早めに帰ろう!!


2006年10月11日(水) こちょーらん

 旧暦8月20日。
 職場の上司と関係会社の方々との呑み会にくっついていく。急に行けなくなった人がいたので代わりに。「花を添えるのもいいだろう」ということで(笑)花っていうか、雑草ですけどね。会社のそばの居酒屋にて、端っこにちょこんと座って、がしがし食べて呑んで、一次会お開きになったらまた会社に戻ってきた。年配の方ばかりだったので、枝豆と手羽先が沢山余ってしまった。そこで、お店の人に無理を言って袋を貰い、両方とも入れて帰社。残業している人達に無理矢理配る。そうしたら、それを食べてビールを呑みたくなった人達がいたようで、また近くの居酒屋へ流れていったグループあり。・・・呑むのが好きな人が多い会社だよなあ。

 職場が合併したので、今月の初めに、取引先から立派な胡蝶蘭の鉢植えをお祝いに戴いた。大きな胡蝶蘭が3株も植えてある。鉢も女性1人では持ち上げるのが怖いほど大きくて重い。で、これをフロアの入り口に飾ってあるのですが、胡蝶蘭なんて育てたことがない、誰も。私も園芸趣味だけど、ベランダ菜園だから、さすがに洋蘭はないんです。なので、ネットで胡蝶蘭の育て方を検索。水は1週間から10日にいちどの割合で、たっぷり与えるのがよい、とのことなので、でも、あんまり与えすぎて根腐れさせてしまうのも怖いので、水遣り表を作って、ついでにネットから印刷した育て方の詳細も表にくっつけて、鉢植えのそばに貼っておいた。こうして、水を遣った人は、遣った日付と量を表に書いておく。と、長い間水を忘れることも、逆に遣りすぎることもないべ。
 ふーむ、ともかく、大切に可愛がって、末永く美しい花を楽しめるようにしてあげたいです。
 


2006年10月10日(火) なんとか記念日。

 旧暦8月19日。
 風邪が完治してなかったのか、頭痛とめまいがするので残業早めに切り上げて帰宅。途中、チャリンコに乗ってたら、チャリンコの師匠と道中で偶然出会う。相変わらずスマートにロードバイクを飛ばしてかっちょええです。私は最近運動不足で、ぼてぼてと走ってます。
 会社で、ソフトバンクの携帯使っている人から、機種変更どうするか訊かれる。最近、同じくソフトバンク携帯の人とそういう話題になることが多い。みんな同じよーなこと考えてるんだなー。そんで、誰かが機種変更したらそれを見せて貰って、自分もどうするか考えるつもり。と、みんながそんなこと思ってるので、誰が最初に機種変するか、腹の探り合い(笑)
 それにしても、ソフトバンクじゃなくて、もっと別の名称にしてくれないかなー。
 
 そういえば、あと数日で両親の結婚記念日だ。ということは、私がこの世にこの身体を持って生まれ出るきっかけ、というか、卵が完成した記念日でもある。回りくどい言い方だなあ。つまり、高校生の頃だったか、保健体育の時間に人間の妊娠期間について習って帰ってきて、母に訊いたら、「そうよ、あなたはハネムーンベイビーなのよ♪」と、るんるん、とした顔で言われたので。しばらく無言になり、その後「げーっ」と思った。
 両親の誕生日には電話で「おめでとう」と伝えるけれど、結婚記念日は忘れがちだ。もっとも、私は、結婚記念日は父と母が互いに祝い合えばいいので別に子供は関係ないじゃん、と思っているのですが、母からすれば、結婚記念日を子供が忘れるのはあんまり気分がよろしくないことらしくて、時々「あんたオトーサンとオカーサンの結婚記念日忘れてたでしょ」と言われる。ああそうか、忘れちゃいけないんだ、とは思うけど、自分にとってどういう記念日なのかを深く考えないようにしています。


2006年10月09日(月) ジャネットとエニグマ。

 旧暦8月18日。 
 iTunesStoreで、JanetJacksonとEnigmaの新譜を買ってしまった。いけないようなあ、ダウンロード販売。ぽちっと買ってしまう。でもなんだかHappyだ。Janetの今回のアルバムは、幸せな気分にさせてくれる感じ。Enigmaもまた期待通り。空間的な広がりそれも異空間を感じさせてくれる曲ばかり。
 最近CDをあまり買ってない。昔買ったものは段ボールに詰めて押し入れにしまってあるのですが、ハードディスクに入れてiTunesやiPodで聴いている分にはまったく不自由しない。でも、CDを買わないっていうのはなんだか罪悪感。タワーレコードとか山野楽器にたまには買いに行ってあげないと、なんだか裏切り者になったような気がします(^^;)
 そういえば、今日、自分のiPodがいつのまにか動画も見られるようになっていたのに驚いた。ぜんぜん気がつかなかった。ポッドキャストの「こむぞう」を聴いていて、土曜のビデオつきの回を再生しようとしたら画像が動いていた。といっても、スムーズな動きじゃなくて、カクカクなんですけど。再生するのにとっても負担に思っているらしい私のiPod。先日、iTunesと一緒にiPodもバージョンアップしてあげたのですが、その時から?なんて疎い私。
 あと、これもバージョンアップした時からなのですが、AnnaMariaJopekのアルバムのアートワークが、iTunesとiPodで全く異なっている。iTunesのほうはちゃんと本物のMariaが草むらで転がっている素敵なジャケットそのままなのに、iPodのほうには何故か、どうみても日本人のお姉ちゃんが黄昏れている、なんつうか、カラオケセットの画面みたいないただけない一昔前の画像なんである。なんでじゃろう。不思議でならない。iMSで購入したときは両方とも同じアートワークだったのに、今はiPodのほうがおかしい。訳が分かりません。
 
 さてと、明日は3日ぶりの会社。じゅうぶん休んだので、今週は元気に行こうと思います。


2006年10月08日(日) テレビは有害どころか・・・。

 旧暦8月17日。
 今日も風が強かった。びびって自宅に閉じこもる。と、これが結構心地よかった。窓を開けているので、時々びゅんびゅん吹き込んできて、畳にごろーんとなりながら本を読んでいたのだけど、すぐにうとうととして、また起きて、また読んで、また眠くなって、の繰り返し。その間にいろんな夢を見て、いろんなことを考えていた1日。
 
 携帯電話の会社を変えても番号が変わらないっていうサービスが、もうすぐ始まりますね。私はどうしよっかな。。。Jフォン→ヴォーダフォン→ソフトバンク、と、なんか社名はコロコロ変わりますが、浮気せずに同じキャリアで来たのですが、ここに来てちょっと悩んでいる。うーん。私の場合、電話会社のサービスに疎いので、どの会社にしても同じかな、という気がするのですが。そもそもJフォンを使い始めたのも、田舎の妹がJフォンユーザだったから、ただ真似しただけでして、その後妹はドコモに変えちゃったんですが、気がついたら周りはドコモかauが多くなっていたけど、私はめんどくさいのと同じキャリアを使い続けると長期割引というのがあるのと、せっかく覚えた電話番号を変えたくないのとで、このままきたわけです。あ、そうだった、我が家にはテレビがないので、せめて携帯電話にテレビがくっついていたほうが何かと便利かと思い、今使用しているのはテレビ付きのV402shという端末です。これももう3年以上使用してます。この携帯電話、これまで使用してきた端末は2年位で壊れるのが常だったのですが、まだ故障せずに頑張ってる。というか、不思議なことに、使い始めてからは何度も「故障か!?」というようなことがあった(フリーズしたり、カメラがぼやけたり)けど、使っているうちに治ってきた(笑)のです。よう分からんです。
 しかし、しかし、そろそろ、新しい端末を使ってみたくなってきました。いけないなあ。。。えっと、もっと薄いやつで、PCと同じサイトを見ることが出来るブラウザが搭載されてて、エクセルとかワードもひらけて、あといっぱい新しいことができるやつ!だけどゴテゴテの作り込んだデザインはイヤだし、ゲームは全くしないのでそういうエンタメ機能はいらない。ソフトバンクが最近発表した秋冬モデルの中では、HTCとノキアのスマートフォンのどちらかがいいなあと思っていたのですが、HTCのはちょっと期待外れのデザインだし。ノキアのじゃカールツァイスレンズがついてていろいろ使えそうな機能もあるし、デザインもいいし、12月発売予定でまだ先だけど、これ、いいなあ、と思っているところです。
 ソフトバンクの新機種見ててふっと、ドコモかauに切り替えてもいいんだよなあ、と思った。というのも、ソフトバンクで今機種変更したら、長期割引等お得な料金プランも継続できるか分からないし。長く使い続けるユーザを大切にしてくれる会社があればそちらに移行してもいいな、という気がする。auから出ている新しい日立のワンセグ携帯もいいなあ。そうそう、ソフトバンクの新しい機種群には、何故かテレビを視聴できる携帯がない。となると、自宅にテレビがない私が機種変更するなら、auに食指が動く、というのもごもっともでして。auのリズモっていうサービス、いいなあ。でも今ある番組リストには見たいと思う物がない。ただ、今後落語とか出てくるようならauに迷うことなく乗り換えてしまいそうです。
 と、あれこれ考えてるのですが、たぶん、ソフトバンクのままかいな。テレビつき携帯、いらないかも。持っててもせいぜい日に5分位しか見ないし。携帯電話でもっと多くの情報源にアクセスできるようになるなら、緊急時にテレビを必要とすることもないだろうし。
 これは余談ですが、テレビって、恐ろしいと思います。常にテレビがついていて、ヒマさえあればテレビを見ることが当たり前になってしまうと、番組の作り手とその背後にある意図というものまで想像を回すことが出来なくなってしまう。なんで数多ある出来事の中からこれがニュースとして選ばれたのか、どういう切り口でこのニュースは報じられているのか、報道の送り手はどういう視点と思想と意図を持っているのか。どのチャンネルを回しても出てくるタレント、綺麗なおねえちゃんやコスチューム着てお下品なポーズ取って同じことしか言わないマッチョ(もう下火?)、脳天気にゲラゲラ笑い、キンキン声が飛び交い、視聴者から思考能力を奪う脱力番組。暴力を前面に出すことによって成功している映画産業とそれを支えるテレビ業界。社会派的美談番組の装いをしておりながら、意図的に著しく視点を偏らせた番組。もちろん良い番組を作ろうとする作り手も多いので良い番組も沢山あると思うのですが。
 テレビというのは、支配する側にとって非常に都合のよい媒体なんだと思います。支配、という言葉に、私も含めて現代の日本人はぴんと来ないし、違和感も感じるかも知れないけど、実際に、テレビによって私たちは支配されている、というのは、私はテレビから離れてようやく気がつきました。実家にいるころは、居間のテレビが当たり前に常についていたのでそういう風には思わなかったけれど。
 テレビ番組の直接の作り手が、視聴者を「支配」しようとしているわけではなくて、テレビ局などの人達はむしろ視聴者と同等の立場でしかないのだけれど(私はテレビ至上主義者ではないので)、番組の作り手も無意識のうちに、テレビを利用して人間の意識をコントロールしようとする側に加担しているわけです。人間の意識をコントロール、と書くと、また突飛で訳の分からないことを言い出すなあ、なんて思われるかも知れないですが、そう思う人はすでにテレビの害にどっぷり浸かって、頭の中を支配されている、或いは洗脳されていることに気がつかないんだと思います。
 この世の中には「あり得ない話」が沢山あるけれど、決して「あり得ない」わけではなくて、それらを「あり得ない」と思うように出来上がっちゃっている脳のほうが、もともと「あり得ない」んじゃないかということに気づくべきだと思います(反感買いそうな言い方ですが)。
 テレビという媒体を使って「支配」しようとしているのは、じゃあ一体何か、ということになると、これは、政府、じゃなくて(政府のやろうとしているマインドコントロールは見え見えだから分かりやすい)、もっと視点をずらしてみると、地球規模で、人間の意識がずっとコントロールされてきた、特にここ数十年では所謂先進国において、テレビという媒体がその役割を担ってきた、と言えると考えると、思い当たる人には思い当たるし、まったく根拠のない突飛な話としか思えない人にはそうとしか思えない。けれど、たとえ突飛な話としか思えなくても、自分が上空何万メートルの地点から、地上を見下ろして、全世界の何億という家庭で一斉にテレビがついていて、何億という人々が四角い箱にそれぞれ見入っている姿を眺めることが出来たとしたら、なんと異様な光景がこの星で展開されていることだろう、と、ぞっとするんじゃないかと思う。しかも、中には、見ているテレビを消されただの、チャンネルを替えられただの、そんなことでカッとなって我を失い、殺人を犯す人間までいるほどなのだから、まさに異様だ。
 テレビ番組を通じて、私たちの頭に、新しい知識や免疫を与えてくれ、想像力のトリガーとなる有益な情報も飛び込んでくることはある。けれども、自分の意思でそういう番組を選び、受動的でなく能動的に見ることが出来ないならば、テレビを通じたマインドコントロールにはまりやすいことを自覚すべきでは・・と思います。
 インターネットもまたしかり、かと思います。私も人のことは言えないけれど、活字になって、ネットの海を泳ぎだした自分の言葉は、良いにせよ悪いにせよ、強くであれ弱くであれ、読んでくれた人に何らかの影響を与える。この言葉を紡ぎ出している自分は一体どういう意図を持っているんだろう、どこまで何を理解して書いているのだろう、根拠があって書いていることなのだろうか、それとも思いつきの出鱈目なのか、それとも、書かずにはいられない衝動があるということを自覚しながら、言葉を選んで並べているのだろうか。
 ネットはテレビとはまた違った種類の危なさを持っていると思います。それから、携帯電話も。携帯電話の新しい機種が出るたびに、1人1人を管理する新しい方法がまた追加されたのかな、という感触があります。電話会社が、政府が、じゃなくて、私たちみんなが携帯電話を持つことによって、「繋がり」やすくなる分、テレビと似たような形で「支配」されやすくもなる、という感じです。
 
 なんだか携帯電話の機種変更の話から、ずいぶんずれちゃいました。そんでもって最後は携帯電話にも気をつけろ、なんて自己矛盾な話(^^;)
 久々に時間ができて、うだうだと偉そうなこと書いちゃってすいません。


2006年10月07日(土) 自宅でボケーっとする。

 旧暦8月16日。
 昨夜は窓にぶつかる雨と風、地上を洗っているような音を聞きながら眠りについた。でも、その間、荒れ狂う海の上で必死に生きようとしている人達がいたんだとニュースで知る。なぜあんな低気圧の中を漁に出たのかとか、責めるのはともかくとして、とにかく1人でも多く、無事に発見されることを願わずにはいられない。今も祈り続けている家族がいると思うといたたまれない。私も、漁師だった祖父を海で亡くしている。生きていたら海の話を沢山聞きたかった、と今でも悲しくなる。海で働く人達が無事に帰って来れますように、と、切に思う。
 
 夜が明けても強風。青空なのに、もの凄い風だ。外を出歩いていたら飛んできた物にぶつかりそうな感じ。もっとも、風邪気味でこの連休はおとなしくしていようと決めたので、午前中は遅くまで寝て、10時頃ようやく起き出して、でも、食べてからまたごろんと横になって本を読む。あれこれ引っ張っては読み、すぐ眠くなり、また起きては他のを読み。とにかく眠い。眠くて眠くて、寝てもぜんぜん眠気が消えない。お陰で風邪は良くなったけど、こんなに眠いのはどうして?もっと集中して読書できるくらい、眠気が消えるといいのに。

 昼寝に入るかは入らないかのウトウト状態の時、ふっと思い出す。昔、小学生の頃、お気に入りの文具で、「Lonley Little Fox」という、確かコクヨの、色鉛筆タッチで書かれたキツネのキャラクターがあった。小学低学年の時は確かキキララが好きで、ノートとか持ってたなあ。で、その後はその、キツネ君だった。私って、子供の頃から流行嫌いで天の邪鬼で、当然キャラクターなんぞにも見向きもしなかった、と、今の自分からすると思いたいのですが、さもありなん。鈍感で、ぜんぜん流行についていけなかったのでひねくれてたのですが、意外や意外、よくよく思い出してみると、しっかりキャラクター文具使ってたんだ。それも、孤独で寂しそうなキツネ君の。結構お気に入りだったんですよね。ペンケースや下敷き、ノートもそれで揃えていたっけなあ。ネットで検索すると、ヤフーオークションで出品されているのしか出てこない。そうかあ、あれからもう四半世紀も経つんだ(笑)記憶を辿っていくと、新しいペンケースを買って、わくわくしている自分と出会う。キツネの絵の缶ペンケース。あれから四半世紀後の自分がどうしてるかなんて、想像するべくもなく、他愛ない文具にウキウキしていた可愛い自分。
 たまに文房具店とか、ロフトとかハンズとか行ってキャラクター文具見ても、今の自分はなんとも感じないけど、数十年後にこれを思い出す人もいるんだなあって考えると、面白いな。


2006年10月06日(金) また風邪かあ。反省。

 旧暦8月15日。
 朝から激しい雨。ずーっと降り続いている。風邪を引いて頭痛が酷く、熱っぽいので、残業中もほとんど机に突っ伏して、動けなかった。あ、それって、仕事してないから残業にはならないですね。ともかく、帰宅するのもちょっとしんどーい、と思いながらも帰ってくる。駅から自宅までそんなにないのにやっぱり濡れる。傘も役に立たない。
 明日から3連休なのに、また風邪だ。確か、先月の3連休も風邪で自宅謹慎だった。連休になるのを待ちかまえていたように風邪を引く。まあ、平日に引いて仕事に支障をきたすよりはマシかなあ。
 そういうわけで、明日から3日間、たぶんほとんど自宅で、じっくり読書といきます。それはそれで、幸せなことだ。何を読もうか、借りている本、積ん読の山、読みたい物がありすぎてどれから手を付けていいか分からない。そう思っているウチに終わってしまいそうな連休。大切にすごそう。

 新しい首相の「美しい国」っつうキャッチフレーズを目にする度に、吐き気がする。耳に心地よくて、抽象的で、どうとでも転ぶことができるような言葉を使って、どうとでも誤魔化すことが出来るフレーズに仕立て上げるその魂胆が、イヤラシイ。

 北朝鮮が核実験を行うとか。アメリカだってしょっちゅうやってるんだから、他国が核実験をやるのに口出しする権利はないだろう、と思う。思うけど、そもそもどこの国であろうと、核実験などして欲しくない。1回の核実験で、地球環境にどれだけの影響が出るか、たとえ地下であろうとも、現代の科学でとうてい推測しきれないほどの悪影響が、地球環境と生命に何年何十年にもわたって及ぶという。人間は自分たちの視野がどれだけ狭いかをもっと自覚するべきだと思う。
 ところで、北朝鮮が、核実験を行うとかミサイル発射するとか言って騒ぎ出すのは、国際的になんらかのアピールをしたいのもあるのだろうけれど、国内で、現体制の威力をあえて誇示しなければならない局面にある、ということも考えられるのでは、と思う。このところ、ミサイルだの核実験だのと賑やかだけれど、それだけ国内では現政権を揺さぶる何かが起こっているんじゃないか。。。

 と、うだうだ書きしましたが、もう寝ます。
 風邪、流行ってますのでお気をつけくださいー。


2006年10月05日(木) 東京マラソン参加通知。

 旧暦8月14日。
 帰りは土砂降り。傘をさしてても濡れた。
 ・・・来年2月18日に行われる東京マラソン、参加申し込みをしたのが6月。で、今日メールで参加可否のお知らせが届いた。というのも、マラソンの部定員2万5000人に対して、応募が7万7521人、定員を超えた応募があった場合は抽選になる、とあらかじめ言われていたので覚悟はしていたのですが・・・。
 結果は当選。ほっ。として、やったーっ、やったーっ、と、仕事しながら嬉しくて何度も万歳してしまった(^^;)でも、同じく応募した知り合い3人は外れてしまった。みんな私よりベテランで何時間も速い人達なのに、初心者でトロい私だけ当選しちゃって、すっごく申し訳ないなぁ。こうなったら、風邪など引かずに、体調万全にして、ちょっとでも走り込んで、落ちちゃった人達の分もガンバロウ、と思います。
 あと130日ちょいしかないんだよなあ。今頃になって慌ててます。だって最近サボりっぱなしなんだもん。結局、去年の今頃と同じこと言ってるような気がする私。そういえばこのところ、通勤ランしてる人多くないですか?私も時々やろうかなあ。


2006年10月04日(水) どん欲に前向きに行こう。と思った。

 旧暦8月13日。
 世の中ってやっぱり狭いなあと思うのは、私が働いている会社の合併挨拶状が、友達の働いている会社に届いて、それで、友達が「あれ?」と気づいて連絡してきたとき。いつも遊んでいるのに、互いの会社が関係し合っているなんてなかなか気づかないものですよねえ。
 今日は雨だというのでチャリンコじゃなくて電車通勤。なのに、朝も晩も降ってない。なんだか損した気分。朝の満員電車って憂うつだよぅ。なんでみんな同じ方向向いてむっつりしてるんだよぅ。ほんとに怖いんだよぅ。
 さいきん日記さぼり気味なのですが、帰宅が遅くてPCつけずに布団にことんと寝てしまうからです。すいません。あと、頭の中に余裕が無くて、日記に書くことを考えるスペースが、日常生活の中で、ないんです。これってまずいですよね。インプットとアウトプットのバランスが取れていない。それどころか、インプットもアウトプットもやってない生活。なんだろ、目の前の仕事を「処理してる」っていう感覚。これはほんとうにいけないと思う。せめて、仕事を軸にしながら、仕事関連でインプットをどん欲に行って、空いたスペースで仕事以外のインプットもできて、頭の中でこねこねしてアウトプットする、ということをうまくやらないと、ただの受け身人間になってしまうような気がする。人は忙しいときほどいろんなことが出来たりするもんだ、と思うので、今は自分にとってとてもいい機会だと捉えるようにします。
 そーだそーだ、そういう風にどん欲に前向きに行こう。
 


2006年10月02日(月) 池袋で頭痛が激しくなるも。

 旧暦8月11日。
 職場が昨日付で合併。私の所属する会社(といっても私は派遣社員ですが)は事実上は吸収合併される形になる。で、業界第3位の規模になるそうな。社名は両社の旧社名を合体させたような名前だけれど、吸収される側には大きな社名変更になる。今日は電話で何度も社名を言い間違えた。。。
 これからなおいっそう仕事が忙しくなること覚悟。9月の残業はとうとう70時間を超えてしまった。隣の部署の、私の後ろの席の女性もたぶん同じ。月曜なのにさすがにだるい。でも、これじゃあ身体が持たないから、10月は適当に力を抜いていきたい。それ、許されますかね?
 今日は池袋に用事があったので、残業そこそこでやめて退社。ところが池袋についた途端、夕方から頭痛気味だった頭がガンガン酷くなる。後頭部が締め付けられるような、で、吐き気を伴う痛み。あーこれやばいかも、横になりたい、と、さっさと用事を済ませて山手線に乗って帰る。・・・が、電車が池袋を離れて隣の大塚駅に近づくにつれ、頭痛が治ってしまった。あれ??一体何だったんだろう?・・・とりあえず、蛋白質喰いてぇ〜、と、豚肉買って帰宅。今夜はニンニクたっぷりスタミナ焼き肉にした。熱いお風呂にも入った。早く寝ます。
 『ユリイカ』が吉田健一の特集やってる。買いたいなあ。でも、読みたい本読みかけの本が自宅に溜まっているので、新しく買うのもどうかと思う。『ユリイカ』はバックナンバーも書店に置いてあるし。吉田健一の呑み喰いの話が好きだ。居酒屋の片隅で、吉田健一をトロトロと読みながらチビチビと呑む、なんて最高なんだけどなあ。私みたいな小娘にはとうてい及ばないダンディなのんべいの域。せめて独りよがりな気分で吉田健一になったつもりで。


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