あたろーの日記
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旧暦11月10日。 昨日は仕事納めの日で、夕方から会社で納会があった。乾杯のあと、仕事机でビール呑みながら、終わらない伝票をしょぼしょぼと作る。が、誰かしらビールを片手にやってきて、こちらも仕事する気分じゃないので、おしゃべりしまくる。そのうち、帰る人、居酒屋へ移動する人がどんどん出て、事務所内人が減っていった。はよ店に来いー、とのお声かかるも、帰宅して荷造り&長旅に備えて早く寝る&二日酔いは避けたい、ために、ぐっとこらえて、21時まで残業。気がついたら缶ビール5、6本呑んでいた。
で、まだほとんどやってない、荷造り。 昨日の朝、実家にお土産や休暇中にやることの道具なんかを先に送っておこう、と、段ボールにえっちらおっちら詰め込んで、いざ出がけにコンビニで発送すべ、と持ち上げて玄関まで行ったのですが、なんだか予想以上に軽かったので、わざわざ送る必要もないべ、自分で持っていこう、と、床に下ろした。だから、段ボールにつめた荷物含め、これから改めて荷造りです。あと1時間半で身支度も全部調えて、午前10時までに池袋に行くのでありまするが、実家のほう(新潟)は昨夜からどかどか雪が降っているらしい。今回は費用節約のために高速バスで帰るのですが、何時間かかるんだろー。バスは新幹線と違って、酔うので読書が出来ない。iPodの充電をしっかりして抱きしめて行こうと思います。 あっちでは、裏の田んぼで朝夕ジョギングして、正月太りを予防しようと思っていたのですが、このぶんだと走るのも無理。せいぜい長靴履いて犬の散歩程度かと(落ち着きのない犬だからなァ)。 実家で丸々5日間(正確には4日)、朝昼晩ご飯作ってもらって(手伝いますってば)、夜はお酒も呑んで、読書と編み物三昧の予定です。あと、年賀状もまだ書き終わってないので(会社の昼休みにちょこっと書けただけ)それもやらないと。昔と違って、友人も家庭を持ち、会う予定も別にないので、ほんとうにごろごろぬくぬく、姪っ子達にかまわれて、猫にまとわりつかれながら過ごしてきます。 それにしても、年末に風邪引いてない年ってほんと久しぶり。去年は熱出したまま帰省して、実家ではずっとパジャマ生活だったし。風邪、また引くことがないよう気をつけたいです。 帰省中は、携帯電話から更新できるようならしたいと思います。
| 2006年12月27日(水) |
ぜんぜんやってない。 |
旧暦11月8日。 明日1日で今年の出勤も終わり。 明後日は高速バスで帰省します。が、荷造りぜんぜんしてない。 明日は早めに帰宅して準備します。 今夜もちょっとやってから寝ます。
旧暦11月7日。 クリスマスは終わったけど・・・。残業食食べに行く社員食堂で、盛りつけをしてくれるカウンターのおじさんが、よく人参彫刻をしている。社員パーティなどの飾り付けに使うらしいです。人魚とか、鯉とか。で、今日久しぶりに食べに行ったら、サンタさんが出来上がっていた。「クリスマスもう終わりましたけど・・・」と言いつつ眺め入る。上手だなあ。野菜くずはどうしてるのかしら。

凄い雨だ。今こうして日記を書いている間にも雨は激しくなって、サッシに勢いよくぶつかってくる。雪、降ってくれないかなあ。雪の降る音ってとても好きだ。音があるようでない、ないようである。しんしんしんしん。って感じの。時々ドサッと木や屋根から雪が滑り落ちる音とか。雪はノスタルジーのかたまりだ。白くて冷たくて温かいノスタルジー。
最近、本を読んでいることは読んでいるのですが、ちょっと人に言うのをためらうような、ひじょうにメンタル的な本なので、日記には書いていません。抽象的に書かれている部分が多いので、何度もフィードバックしてじっくり読んでいます。なのでなかなか進まないです。だけど、自分のものの考え方や内面の生活について、とても考えさせられています。。。
| 2006年12月25日(月) |
ノキアの携帯は。。。。。 |
旧暦11月6日。 ほへー。2006年の最終週のお仕事が始まったィ。先週金曜に、社長が合併後初めて私のいる拠点に視察に来るというので、大慌てで机上の整理しましたので、広くてすっきりして、仕事がしやすい(実は大量の書類をキャビネの中に退避させただけ)。・・・なのに、今日、久しぶりに私の机を見た人から、「もっと机綺麗にしなよ」と言われる。 これ以上、いったいどうすればよいのだ!?
とんでもない携帯電話の話。 10月に機種変更して、シャープ製からノキア製に切り替えた。Nokia N71(Vodafone804NK)ってやつです。デザイン結構気に入ってます。が、使い始めてすぐに、ウェブに接続したりメールの送受信の際にしょっちゅうフリーズしたり、画面が真っ黒になったり、はたまた、メールを受信している時に、バイブが30秒近くずーっと続いていたりと、かなり挙動不審な携帯電話であることが分かった。なおかつ、メールの送受信にすんごくすんごく時間が掛かる。日本のメーカーではないので、インターフェースに戸惑うのは当然だからよいとして、毎日何回もフリーズされるのには参った。ネットでいろいろ調べてみて、どうやら、この機種は本体メモリが少なく、且つメールの送受信速度が酷く遅いのと、ウェブのキャッシュをしょっちゅうクリアしないと本体メモリを圧迫するほど溜まって仕舞う怖れがある、というのが分かった。なので、メールデータは本体ではなくてメモリカードに自動保存するよう設定して、ウェブを見たらその度にキャッシュもクリアするようにした。それでもこの2ヶ月間、毎日のようにフリーズするこの携帯電話に、私も慣れ始めておりました。 が、が、が。 一昨日の午後、突如として画面に「本体メモリが不足しています。データの一部を削除してください」というようなメッセージが出るようになった。あまりにも頻繁に出るので、これはいよいよ、ノキアのサイトで無償ダウンロード出来る修正用ソフトウェアを入れるかあ、と(そういうのが出てるというのは知ってたのだけど、面倒だからまだ入れてなかった)、電話をPCに繋げてダウンロードしたソフトを携帯に入れようとすると、「本体メモリが不足しているのでアプリケーションを入れることが出来ない」旨のエラーメッセージが。じゃあと、メモリカードに入れようとしても、本体メモリがないからダメ、と、埒があかない。なんじゃこれは!この電話機、本体メモリがすぐ減る仕様になっていて、それが様々な不具合を引き起こしているらしいので、メーカーが、「メールの送受信を速めるソフト」なる修正ソフトを目立たないように発表してる(ノキアっていやらしいなあ)のを、電話機に入れようとしているのに、それすらも入れられない。ということはお手上げかよぅ。。。と、夜中過ぎてもう頭疲れて、翌日の日曜は八重洲口のノキアのショップに直接怒鳴り込んでやる!(かなり本気で怒ってました)、とネットで地図確かめて眠りについた・・・が、眠ろうとしたところで、携帯電話を見ると、なんと、メモリ不足でメールの受信が出来なくなっている!もう、どうしようもないじゃんこの電話!今から修理に出しても、年末年始の帰省には間に合わないし。と、怒り心頭で寝ました、とりあえず。 翌朝、ふと思いついて、PC用のウェブブラウザもついているのですが、そっちのほうのキャッシュをクリアしてみた。そうしたら、本体メモリが一気に減って、めでたく、修正ソフトをインストールできました。うっかりしていた。PCサイトを見ることが出来るブラウザは、パケット定額に入らないので、最近使ってなかったのですが、以前使った際のキャッシュが残っていたわけです。さらに、ノートPCのほうに、携帯のデータ(アドレス帳など)をバックアップしておいてから、携帯電話を初期化して、買ったばかりの状態にして、バックアップしたデータを元に戻した。これで本体メモリがかなり増えた&修正ソフトのお陰で、サクサクと動く電話機にへんしーん、しました。し、しかし、初期化すると、壁紙や様々な設定がもとに戻っちゃうので、いちいち設定し直すのが大変。もーまったく! はっきり言って、ノキアはお勧めできません。今まで所有した携帯電話の中で、最も不具合が多くてイライラさせられる。いや、それどころか、今まで使った携帯電話の少なくとも10倍は世話が焼ける。こんな電話機よく売るよ!と、かなりキレましたん。カタログからすぐに消えたのも(発売が7月だったか8月で、10月のカタログにはすでに載ってなかった)当然かなあ、と。 それでも、デザインが好きなのと写真が綺麗なので、まあ、手の掛かる子だと思って使い続けます。もう、頭に来たから可愛がるしかないでしょう。
旧暦11月5日。 メリークリスマス!という気持ちはとってもあるのだけど、不思議だ、ほんとに不思議だと思うのは、キリスト教徒でない人が、クリスマスをカップルでいちゃいちゃするイベントだと思い込んでいることだ。別にひがんで言っているわけぢゃないよ。・・・毎年思う、クリスマスは、日本では宗教から遠くかけ離れたお祭り騒ぎなのであると。だけど、子供の頃のクリスマスの思い出は、今の私の中にしっかり染みついている。なので、日本の、まったく中身のないクリスマスもまた、幼心には大切な出来事なんだと、必要性を認める。子供の想像力を逞しくするという意味においては、クリスマスはとっても重要な役割を果たしているのだきっと。私はかなり大きくなるまで、サンタクロースは絶対存在すると思っていたもん。クリスマスは子供に夢を与えてくれる。だけど、大人のカップルがクリスマスにベタベタするのはどうも解せない。あんたらイエス様についてどれくらい知っているわけ?と、背中からがぶり寄って問いつめたくなる。。。。。こんな風に考える私も、相当オバサン的発想に近くなってきたというわけでしょう。。。しょぼん。 マクラが長くなりました。昨日は美容院の後、池袋へ買い物。帰省のお土産を買いに。姪甥合わせて5人いるので、おばさんは大変なのだ。こっちも忙しいので別に何も買わなくてもいいんだろうけど、自分が彼らの立場だったら、きっと、東京から年に1、2度帰ってくるおばちゃんが、一体何をぶら下げて来るかっていうのは、かなり重大な関心事ではないだろうか、と思う。となると、その期待に応えてあげたい、と思ってしまう。大人が考えている以上に、子供は子供なりに、想像力働かせてわくわくしているものらしい。・・・が、おばちゃん、いかんせん、世の流行に疎い。テレビを見ないので、今どんなアニメやキャラクターが子供の世界で流行しているのか、まったく分からない。クリスマス直前の祝日、池袋サンシャインシティやハンズは、おそらく今年1,2位を争う混雑の中、呆然としながら、ディズニーやジブリやサンリオグッズの店を行ったり来たり。しかも子供向けの商品を扱うどの店も、レジは長蛇の列で、会計待ちは30分なんてところも。。。iPodのイヤホンを外して、周囲の、姪甥と同じ年頃と思われる子供達の反応を観察する。「これが欲しいの?」「うん」という親子の会話で、○歳位の女の子はリトルマーメイドのようなお姫様の絵がついた小箱が好きなんだな、とか、○歳位の女の子はあるキャラクターのビデオの前から離れないゾ、とか。・・・それにしても、おもちゃって、結構高価ですねえ。女の子の小さな鏡台セットなんか、ひとつで文庫本何冊も買えてしまう。あるいは1回丸々呑みに行ける。・・・何を買ったらよいか分からず、困り果てて実家の母に電話。子供はすぐ厭きるんだからそんなたいそうな物買わなくていいのよー、と言われ、ああそうか、とちょっとほっとする。やっぱ、一緒に暮らしていないと、こういう場合疎くってほんとダメですねえ。子供の成長は意外に早いし、子供の世界の流行もあるらしいしで。だけど、私が子供の頃好きだったムーミンやぐりとぐらなんかもちゃんと今の子供にも愛されてると知ると、嬉しい。 今日は自宅の大掃除。本当は映画を観に行く予定だったのだけど、今月風邪を引いて土日は思い通りに動けなかったので、この土日にやるべきことが溜まっていた。仕方なく映画を諦めた。夕方、隣の区の図書館まで。予約しておいたCDが入ったと先週連絡を貰っていたので、それを借りに。柳家喬太郎の新作落語CD3枚。他に古今亭志ん生、桂枝雀、あと、「名作を聴く」と題した近代日本文学の朗読CDも。国木田独歩「武蔵野」志賀直哉「城の崎にて」。プラス、美空ひばり。ああこれで、大好きな「悲しい酒」が私のiPodちゃんに入るわけです。古賀政男メロディー、結構好きなんですよね。子供の頃から両親に聴かされて育ったせいです。情操教育の恐ろしさを感じます。ちなみに朗読CDは、寝つきの悪い時に布団で聴くため。結構幸せに眠ることが出来ます。 夜は、自宅で晩酌。落語を聴きながら、至福のビール。年末年始、実家で5日半過ごすので、何をしようかなー、と、計画も立てつつ。
| 2006年12月23日(土) |
酒はほどほどにしようと決めた日。 |
旧暦11月4日。 土曜の朝です。これを書いたら予約してある美容院に行かねば。 今月に入ってずーっと風邪引いたまま、土日はほとんど寝込んでしまったので(あー勿体ない!)、久しぶりに動ける休日になりそうです。 と言いたいのですが、二日酔い。 ・・・・・。 今週はなかなかに大変な週でありました。 頭痛がなくなってやっと風邪が治ったかなー、と思った水曜日、隣の部署の部長さんが部の女性と私を忘年会に誘ってくださって、銀座ライオンでワイン飲みながら料理を戴き、その後、部長さん行きつけの原宿のとあるスナックへ。そのお店に来るのは2回目なのですが、前回は部長さんと部内女性と私で午前1時半まで。。。だったので、今回もぎくっとした。が、結局タクシーで原宿まで。。。水割りカラオケ、それと同じ会社のよその部署の人達も合流して(みんなの行きつけの店なので)、気がついたら午前2時半。ママの、「もう皆さん明日もお仕事なんじゃ・・・」のひと言でハッとなり解散。慌ててタクシー拾い、私は自宅近くで部長さんのタクシーから降ろして貰い、急いで帰宅し布団に飛び込んで、もう絶対飲んで午前様にはならないようにするぞと呪文のように思いながら3時間ほど寝て、翌朝ぼうっとした頭で出社。と行きたいところなのですが、途中の満員電車であえなく貧血。「すみません」とドア脇でしゃがみ込み、乗換駅で急いでトイレ。下痢と嘔吐がそこから始まり、会社に電話を入れて遅刻の旨を伝え、休み休みやっとの思いで辿り着く。が、椅子に座るのも、人と話すのも苦痛。話すそばから「うっ」とこみ上げてくる。ので、午前中は仕事にならず、療養室で寝ていた。どうもこれは、ふだんの二日酔いとは違う、下痢と嘔吐が続き、胸が苦しい。どうやら私も今流行りの呪いに罹ったらしい。。。と、昼過ぎに早退。あとは自宅でひたすら寝てました。なんか頬がちょっとこけて、最近運動不足だったのだけどちょうどよいダイエットには、なった。 で、昨日は部の歓送迎会&忘年会。前日の亡霊のような私の姿をみんなが目撃しているので、みんなが心配してくれる。なのだけど、前日あれだけ吐きまくって下からも出したのに、みんながみんな、私はノロウィルスじゃなくて、二日酔いだと思っているらしいのが、かちんと来る。かちんと来るのだけど、「ノロウィルスから完全快復しないうちはお酒はダメ」と友達に注意されていたので、ノロウィルスじゃなくてほんとは二日酔いだったんだ私、と都合よく考えることにして、夜はしっかり飲みまくった(すいません)。宴会始まるまでは体調は8割くらいまでしか回復していなかったのですが、次々出てくる中華が美味しくて、ピータン豆腐、エビチリ、青菜炒め、餃子・・・・おまけに年代物の紹興酒(店主のサービスで出たのですが、私のいたテーブルのメンバーだけでさっさと戴いてしまった)が濃厚でもう美味!そういや私も幹事なのに、幹事らしいことなにもしてないやーと思いつつ、一緒に幹事した男性社員2人が2人とも下戸なので、しっかりしきってくれてるのでもう完全おまかせ、で、私はひたすらテーブルで食べて飲んで喋っていた(サイテーの幹事だ)。 さすがにまだ少しだるさが残っているので、二次会はパスして早く帰るつもりだったのに、幹事の「二次会の店は○○をとってありますからねー」の一声に「あーい」とついついノってしまい、二次会に。再び飲みまくり、喋りまくりで楽しいなあと思っていたら、0時近く。おぎゃっと帰り支度。真夜中なのに三次会に流れる話も出ているけど、もうそんなのって信じられない。こんな遅くになってまだ飲もうなんて、同じ人間とは思えない。背後で名前を呼ぶ人がいたのだけど、爆酔の頭で必死に終電の時間を計算しながら急いで店を出てなんとか山手線で帰ってきた。途中巣鴨駅近くの遅くまでやっている銭湯でほーっと一息ついて、なんだか回転寿司食べたくなったので駅前にふらりと行ったのだけど午前1時をとうに過ぎている時間帯、シャッターは下りている。でも、びっくりしたのは、あんな時間帯だからこそ気がつくのだけど、巣鴨駅前、いつの間にかファミレスが増えてた。24時間或いは遅くまで営業しているので、チェーンのファミレスや居酒屋だけ煌々と明るい。意外に巣鴨も眠らない街だったのだ。。。 でもファミレスに入ったら寝てしまう、と、銭湯上がりのぽかぽかした身体で歌いながら帰宅。今日はよい子だったな、と自分を褒めながら眠りについた。もう、決めたんだけど、もう絶対、朝まで飲むなんてバカなことはしない。翌日は翌日の予定をこなせるように、前日飲んだ酒に翌日まで身体を支配させたくない。そういう、人間生活の大切な基本に辿り着いた私は、偉いと思う。今年の収穫はそれです。それしかない。 こうやって日記を書いている午前10時前。書きながらも時々「うっ」とこみ上げてくるものがある。だけど二日酔いもきっと昼まで。髪を切るときに酔いも切って貰おう。・・・シャンプー台でおえっとなりそうで怖いですが。
旧暦10月29日。 なんだかまだちょっと残ってる風邪菌。もう少しで出て行きそう。 残業したりして帰宅が遅くなり、風邪がぶり返さないようにとすぐに布団に潜ってしまいます。師走に体調崩すと、予定ががたがたと崩れますねえ。 今夜も日付替わらないうちに布団に入ります。 ではおやすみなさい。
旧暦10月26日。 相変わらずワンパターンな休日。夕方早めに銭湯に行き、その足でスーパーへ。今週は宅配野菜の残りが結構あったので、注文してなかったのだけど、葱やニラといった、鍋用野菜は足りないので。ところがニラは1把90円。びっくりした。いや、普通のスーパーなら普段もその値段なのだけど、いつも安いはずの八百屋スーパーでその値段だったので驚く。2把で100円をイメージして出掛けていったので。ニラはやめて、代わりに長ネギ5本ほどで78円、こっちに飛びつく。と、春菊2袋100円を買う。野菜に限らず、いちど底値で買ってしまうと、それ以上の値段では買いたくない、という意地が生まれてしまう。野菜を作っている農家の人には申し訳ないなとは思いながらも、こちらも生活者であるからして。 そう言いながら、100円以上する発泡酒の缶と200円近くするワンカップも買ってしまう私って、矛盾してる。 夜は鍋つつきながらインターネットで落語楽しむ休日。 まだ風邪が治らないので、今夜も早く寝ます。いや、今夜こそ早く寝なければ。
旧暦10月25日。 書いているのは翌土曜の昼です。 風邪が抜け出て行かなくて、今週はずっとだるい。夕方になると特に頭痛とだるさに悩まされつつ。。。 昨日は残業切り上げて帰ろうと支度しながら、そばの席の上司と雑談しているうちに、テレビドラマの話になり、私がドラマを見ていないと知るや、上司が最近気に入って毎週欠かさず見ている(そのために月曜だけは残業せずに早く帰っている)月曜9時の「のだめカンタービレ」というドラマの登場人物と粗筋を、身振り手振りの演技と共に延々説明してくれた。なにやら面白そうなドラマなのですが、決まった曜日の決まった時間にテレビをつけるという習慣を今の生活に取り込むのは、結構難しい。 教育基本法改正案成立。無能な野党(今の民主党に存在意義なし)。ニッポンの暗い1日。 教育基本法じゃなくて、脅育基本法。具体的には、愛国心というスローガンの元に、統率され、管理され、個性のない子供達を量産する仕組み。愛国心を通知表で評価するようなことはしない、と言われて安心していたら大変なことになる。そのうち、子供達を国家への忠誠心溢れる臣民に育て上げるべく様々なカリキュラムが組まれ、そこにうまく適応できない子供は否応なく仲間外れにされ、非国民のレッテルを貼られる時代が来る。 ノロウィルスも怖いけど、ノロウィルスだの(そもそもなんで今年この時期にこんなに流行ってるのか?)談合事件だのと気を取られているうちに、教育基本法改悪案はあれよあれよと成立してしまった。重要な政策決定や政府に都合の悪い事柄が取りざたされる時は、同時に国民の目を逸らすような出来事が並行して起こり、マスコミの取り上げ方もバランスを欠くのが常套。 自分のことで言えば、私は自分の住んでいる国が好きだし、歴史を知ること、古い時代からの文化も好きだし、それから勿論、嫌いなことも沢山あるし、嫌いなことを沢山知っているということは、裏を返せばそれだけ自分の国(国、国、っていうのは実はあんまり好きでないから、土地?場所?地域?)を愛してるってことなんだと思っている。ここに生まれて生きていてよかったと思う。海外で日本文化の一部が浸透したり認められたりしているのを知ると嬉しいし、誇りに思う。納豆ご飯や味噌汁や日本酒の無い土地では絶対生きていけない。だけど、君が代や日の丸には何の感情も湧かない。実家では今でも祝日には門柱に日の丸を掲げるけど、私はこの先家を持っても日の丸は持たないだろうし、歌詞に共感できないから君が代を歌う気にはとうていなれない。天皇制も、存続してきたから今もあるわけで、まあそれはしゃあないかなとは思うけど、あっちもこっちも人間なのに、ヘンなの、という気がする。皇太子夫妻には人間的に親しみを感じるし好きなんだけど、次男夫妻の顔を見るとなぜだかゾッとする。それと、天皇が女系だろうと男系だろうと、どっちでもいいじゃん、と思う。天皇家だろうが一般人だろうが、人間はセックスで子孫を増やす。誰だってやってることは同じなんだし。・・・と、こんな風に思う私は、きっと、非国民扱いされるんだと思う。政府の考えている「愛国心」の範疇には、上述のような曖昧で中途半端(?)な人間は含まれない。含まれ無いどころか、日の丸君が代天皇家に反応しない点で、完全に非国民とされる。そこが恐ろしい。
『単独密偵』(ロバート・ラドラム/山本光伸訳/新潮文庫)上下巻を読み終える。面白かった。昨夜は帰宅後、早く寝て風邪を早く治さねば、と思ったのに、布団の中で下巻を一気に読んでしまう。もうちょっと読んだら・・と思いつつ、本を閉じることが出来なかった。 『暗殺者』から20年経った作品なので、同じくスパイものではあるけれど、登場する兵器はハイテク最新鋭のもので、ネット社会、管理社会が舞台なので、結構入り込みやすい。けれど、登場人物達の立場が一転二転三転四転する粗筋の複雑さ、登場人物の多さと相関図の見えにくさは、『暗殺者』どころではない。それでも話はスピーディでスケールが大きく(舞台が世界各国に飛ぶ)、主人公の人間的な魅力をしっかり描いてあり、読み手はどんどん引き込まれていく。 物語を貫くテーマの大きなものは、テロや犯罪の脅威とそれに対する社会の防御壁としての、「管理・監視」といった問題。人民を恐ろしい暴力から護るために、人民の生活の全てを監視する社会、それもまた一種のテロ行為ではないか・・・情報化社会の中で管理され、気づいたらがんじがらめ、自由も奪われていた・・・そんな世の中になりつつある、という警告を、ラドラムは図らずも、9.11テロが起こる前にこの作品で発していた。読んでいて、何度も、この『単独密偵』が書かれたのはあのテロの後なんじゃないか、という気にさせられた。それだけこの作家には先のことを見る目があったと言える、と思う。 陰謀、暴力、サスペンスをまき散らしたエンターテインメントでありながら、読後感にはなにか割り切れない深いものを残す。2作目にしてすでに大好きな作家になった。
旧暦10月23日。 まだ風邪治らず。日記書いたらすぐに布団に潜ります。 昨日は、会社の用事で1日お出かけ。部署で利用し始めた文書廃棄処理の会社を見学のため、埼玉へ。先方の営業さんと東京駅近くで朝待ち合わせして、用意して頂いたマイクロバスに、同じ部署のメンバー2人と共に乗り、他の会社から来た方々と一緒に案内してもらった。私はいつもデスクワークで、出張だとか客先訪問だとかいう外出の機会が滅多にないので、こういうのって、すごく嬉しくて、前日からもうわくわくしていた。課長からは「見学じゃなくって視察なんだからね、視察っていうより、査察のつもりで行きなさい。ちゃんと見てきなさい」と言われたのですが、どうも遠足気分(笑)
行きは関越道で渋滞に遭う。上り車線でトラックと軽乗用車が衝突して2台とも炎上し、2名が亡くなった事故現場を通り過ぎる際に、下り車線の車がみなスピードを落とすため(事故現場を見るため)、下り車線が事故現場を過ぎるまで渋滞。上りは通行止めになっているので、事故関係車両しかいない。軽乗用車がトラックの前にのめり込むように横向きになっており、2台とも車内は燃えた痕で、窓ガラスも無く、特に軽のほうは骨組みだけのようにがらんとなっていた。こういうのを見ると、ほんとうに怖い。2人の方がどんな風に亡くなったのか考えると、気の毒になる。自動車は、なければないで生きていけるなら、それが一番だと、しみじみ思った。
予定より少し遅れて、まずは顧客である企業から廃棄され、トラックで運び込まれた文書を、紙質によって分類、破砕し、再生紙の原料として製紙工場に出荷できる状態に作り替える工場へ案内してもらう。廃棄文書といえども、運搬から再生紙の原料に生まれ変わるまでは、1枚たりとも外部に流出してはならないものなので、どの行程においても、セキュリティは万全を期している。ヘルメットを被って、持ち物を預け、工場内を廻り、説明を受ける。と、こちらもいろいろ質問をする。 お昼はレストランで海鮮炊き込みご飯や天ぷらなどのお膳。てっきり移動のバスの中で幕の内弁当かなー、と、それはそれで楽しみにしてたのですが、それ以上の御馳走でびっくり嬉しかった。 午後はまた関越道で移動し、千葉県にある、同じ会社の、今度は文書を保管する倉庫へ。最近は文書を外部に委託して保存してもらう会社も増えたので、需要は結構あるらしい。こちらも当然、セキュリティは厳しく、建物も真新しい。完全に機械で制御された、最新式の文書倉庫。顧客がシステムの説明を受ける部屋はなんだかハリウッドの映画に出てくるような洒落た空間で、片側はガラス戸で仕切られた膨大な文書箱が縦横に連なる倉庫空間、片側は遊び心を活かして作られた斜度を持たせた天井の応接セット、真ん中に長細い会議テーブルで、説明員の方がリモコンをかざすと、ウイーン、と、天井からパネルが降りてきて、部屋が暗くなり、システムを説明するDVDが放映される。説明する方も、顧客を案内するのに慣れているようで、何もかもスムースで、さすがっ、と思いつづけていた。で、お客から預かった文書を如何に安全に運搬し、間違いなく保管し、要求があった際に間違いなく取り出して閲覧可能な状態にするか、等々、説明を聞き、こちらも質問。実は、午前中の工場でも、午後の倉庫でも、私の頭の中には、こういう場所を舞台にした、犯罪小説の粗筋がぼこぼこぼこぼこと湧き上がってきていて(爆)、えらくいっぱい、質問してしまった。「さすが、お客様の会社はセキュリティに厳しいお仕事だけあって、細かいところによくお気づきになります」と言われた・・・というか、内心呆れてらっしゃったかもしれないのですが(すいません)、実は、質問するこっちはもうわくわくしちゃって、面白くて、顧客会社のなりすまし社員が文書閲覧しようとしたら、とか、預かった文書箱に発火性のものが含まれていたら、とか、地震や停電の際は自家発電装置があるのかとか、そういった場合に外部からの侵入をどうしたら食い止めるのかとか、はたまた運搬途中のセキュリティとか、なんかいろいろ訊きまくってしまった。訊きながらも、私の頭の中では、犯罪組織のメンバー達が、輸送トラックをジャックしたり、深夜倉庫に忍び込んである企業をゆするだけの価値がある文書を盗み出したりといったストーリーの断片がぽこぽこ浮かんできて、面白くて仕方がない。ちょうど、朝から『単独密偵』(ロバート・ラドラム/新潮文庫)の上巻を読み始めたので、しかもそれもスパイ小説なので、ひじょうに単純な作りの脳味噌を持っている私は、完全にそっちの世界の住人になっているわけで。まったく、しょうもない。 とにかく、面白かったです。 帰りは、千葉のとある駅で解散し、同じ部署の人と3人、とぼとぼと電車を乗り継いで都内まで帰ってきて、私は自宅直帰。実は、風邪が治らないまま、バスで遠出し、工場や倉庫など寒いところを回っていたので、頭がガンガン。20時には布団に潜り込みました。 が、布団の中で我慢しきれず、ラドラムの続きを読んでまたわくわくしていた単純者。 しかし、あれだけよそ様の会社のセキュリティについて、しつこく質問攻めにした割には、会社の自分の机上は、無法地帯であるからして、今日、これはやばい、さすがに、まずい、と、ひどく反省した。机上のみならず、自分の関係している書類の整理、真剣にやらねば。白状すると、昨夜、職場で自分の文書保管について、遠回しに非難されてヒヤリとなって、慌てて書類整理する夢を見た。見学会の後にそういう夢だったから、顕在意識のみならず、潜在意識までも、私は追いつめられているのだと、今朝起きてはっきり認識した次第であります。 風邪が治って体調が戻ったら、本気で文書整理します。
| 2006年12月11日(月) |
『お針道具』。お手玉。記憶装置。 |
旧暦10月21日。 『お針道具』(宮尾登美子/新潮文庫)を読む。 この人の、若き日の苦労、暮らしを大切にする姿勢、物書きとしての気構え、すべて、頭が下がる思いで読んだ。読んでいて、自分独りの気ままな日々の生活さえいい加減で疎かなことばかりの我が身が恥ずかしい。年長けた人の、昔と今を較べてあれこれ言うのを、私はいつもうんざりした気持ちで聞いたり読んだりするのだけれど、宮尾登美子という人が書くのならば、もう、無条件で納得するしかないような気がする。この人は、自分自身に対して、裏表無く生きてきた人なのだから。 今の私の境遇が、どんなに恵まれたものか。また私がそんな幸せにも気づかずに、どれほど日々だらしなく過ごしていることか。ほんとうに、背筋がしゃんとしてしまう、この人の文章を読むと。 懐かしい、お手玉について書かれた章があった。世代は違えども、私にも同じような記憶がある。もう亡くなった祖母が、私の幼い頃、毎年のようにお手玉を作って送ってくれた。年の瀬に、佐渡に住む祖母から届く荷物。佐渡の米や餅や野菜と共に、孫の喜ぶのを知って、縫い物の得意な祖母が作ってくれたお手玉がいくつか入っていた。縮緬や木綿の端布を彩りよく縫い合わせ、中身はいつも小豆だった。この小豆は、多分、祖母が畑で自分で育てたもの。夏に父の実家に泊まりがけで遊びに行くと、祖母が自宅からしばらく歩いた場所にある、小高い丘の中腹の小さな小豆畑に行くのに、たまについて行った。小さな小さな畑だった。時々自分の畑で採れた野菜を朝市に売りに行き、慎ましく暮らしていた祖母だったが、その畑で採れた小豆を、私がいつもねだって作ってもらったお手玉の中に入れてくれたのだ。お手玉の中に小豆を入れるというのは贅沢なことだと母が言っていた。だから大事にしなさい、と。「お手玉の音は、やはり小豆がいちばんさわやかで、サクサク、サクサク、と鳴る音を聞きながら」と、宮尾氏の文章にもあった。小豆が手に入らないときは、ハトムギの実や砂や米だったそうだ。当たり前のように私は手にしていたけれど、いつも小豆を入れてくれた祖母の気持ちを今になってしみじみ想う。 その畑に行く途中に、いかにも村の神社、といった感じの神社があって、境内の杉木立の中に、能舞台まであり、時々雅楽の音色が聴こえてきた。佐渡では、人々の暮らしの中に、能が、自然に融け込んでいる。世阿弥が流された佐渡は、のちに佐渡奉行大久保長安によって能の島となった。 私にとって、お手玉は祖母の思い出と結びつき、丘の中腹の小さな小豆畑と、木立の中の能舞台に繋がっていく、なんとも不思議な記憶装置である。
旧暦10月20日。 今日も1日布団の中で過ごす。溝口健二監督の映画『残菊物語』を京橋のフィルムセンターに観に行くのを前々から予定していたのに、泣く泣く断念。いったんは出掛けようかと迷ったものの、自分は風邪を引いてちょっと油断すると、回復まで人の二倍時間が掛かるのだということを胆に銘じて、我慢して寝ていた。 布団の中で『書物漫遊記』(種村季弘/ちくま文庫)を読む。先日読んだ同氏の『贋物漫遊記』同様、最近復刊された本。外出を諦め布団の中でふてくされてながら読み始めたものの、いつのまにやら種村ワールドの住人になってしまい、容易に抜け出ることが出来ない。古今東西の書物に絡め、氏の懐からパッパッと手品師の如く次々と取り出してみせる、本当か嘘か分からない逸話や怪談奇談の数々。『贋物漫遊記』で免疫が出来たのか、『贋物・・・』よりもスムースに愉しめた。布団の中で私は、新宿の怪しげなアパートの住人になり、ドイツの田舎の村に行き、乱歩のパノラマ島に夢馳せ、吉田健一の短編小説の一場面に入り込む。 そういえば、最近やはりちくま文庫で2冊読んでとりこになった書き手に久世光彦氏がいるが、種村氏と久世氏はお生まれが2年しか違わない。1933年と1935年である。おふたりの随筆を読んでいると、戦争の足音がまだ聞こえてこない時代の、人々の心や街の往来に、余裕とか夢とか浪漫といったものが残っていた豊かなひとときに幼い時分を過ごしたのだなあ、という思いがする。戦後に生まれた作家と、戦前に生まれた作家では、明らかに異なる何かがある。それは戦争体験に基づくものではなくて、戦争前の日本を知っているか知らないか、に基づくもののような気がする。 種村氏も久世氏も、もうこの世の人ではない。種村氏は2004年に、久世氏は今年、お亡くなりになっている。生まれたのも亡くなったのも、2年違いというのは、なんとなく、何気なく、不思議な感じがする。
| 2006年12月09日(土) |
『わたしたちが孤児だったころ』 |
旧暦10月19日。 1日中寝ていた。頭痛と喉の痛み、だるさ。食欲だけはあります。 布団の中で『わたしたちが孤児だったころ』(カズオ・イシグロ/入江真佐子訳/ハヤカワepi文庫)を読み終えた。帯に書いてある「ブッカー賞作家による至高の冒険譚」というのは、ちょっと違うんじゃないか、と思った。もちろんアクションなど無い、冒険でもない、ロマンスでも、謎解きでもない、もっと違うもの・・・。たぶん、わたしたちはみんな、孤児だったんだ、いや今でも孤児なんだ、と思う。懐かしくて大切な、幼いあの頃をもういちどこの手に掴もうとすればするほど、失われるものは大きく、自分が孤独であることを今更ながらに知り、深く傷ついていく。 今夜も早く寝ます。明日は外出無理みたいで、がっかり。
| 2006年12月08日(金) |
しまった風邪引いた! |
旧暦10月18日。 先日仮病使って会社休んだ罰なんだと思う。ほんものの風邪引きました。 昨日から、会社にいても寒いなーなんて思っていたら、今日頭と頭が痛くなって、だるだるソース。定時で帰ってきて、夜は自宅で鍋。野菜沢山食べました。 そういうわけで、今日はもう寝ます。明日の日中も布団の中でぬくぬくごろごろ我慢していようと思います。明後日こそは元気に出掛けたいので。 会社でも風邪流行っているようで。お気をつけくだされ。
旧暦10月17日。 昨夜は職場の人達と急遽呑み会。今日は仕事帰りに神保町に寄る。三省堂で『わたしたちが孤児だったころ』(カズオ・イシグロ/入江真佐子訳/ハヤカワepi文庫)を買う。幸運にも、筑摩書房のPR誌『ちくま』を貰うことが出来た。 書店を出て、23時までやっているカフェというか、チェーンのコーヒーショップで、22時半まで、本を読む。ほんとうは書きかけの文章の続きを、と思ってノートを持ち歩いているのだけど、『わたしたちが・・・』が気になり、読み始める。 一昨日、寝る前に『犬狼都市(キュノポリス)』(澁澤龍彦/福武文庫)を読んだのだけれど、さすがにその夜は寝つきが悪かった。「犬狼都市」「陽物神譚」「マドンナの真珠」という3作の短編。人間の娘と狼とのまぐわい。奴隷の男根を切り取る残忍な皇帝。屍となった男達の操る船に捉えられたまま共に旅をする3人の女と少年。 本を読んでいて、物語を読んでいて、そこに描かれている世界へ想像の旅に出掛ける時、ふつうは、自分が今存在している空間から上へ横へとごく自然に移動しているような気がするのに、澁澤龍彦を読むときは、あの有名な氏の書斎、あるいは博覧強記の人の地下の書庫にある秘密の扉から、複雑に歪みきった空間を通って、簡単には戻って来れないような世界へ放り込まれてしまうような感じがする。本に描かれた世界を、薄暗い書斎や書庫の扉からのぞき見ていたら、いつの間にか足を踏み出してしまっているような。だから、その、書庫の向こうの世界へ気軽に行ってひょいっと簡単に戻ってこれるような精神状態の時は、澁澤龍彦を読む気になれるけれど、そうじゃない時は寄りつきたくない、そういう作家だ。どうも私にとっては、お酒で言えばテキーラとかウオッカとか、ごくたまーにしか飲まない、しかも飲む前にちょっとした気構えが必要な種類のものみたいだ。かといって嫌いじゃない、嫌いじゃないから飲めるのだけど、普段飲み、は、しないなあ、という感じの。で、飲むと実際、ぐるぐる回っちゃう。澁澤龍彦は評価の高い作家だし、今でもひじょうに注目されているけれど、私はそんな感じで、怖がっています。
旧暦10月14日。 ・・・朝自宅で『暗殺者』の下巻に取りかかったら、本を閉じることが出来なくなってしまい、もうちょっと、もうちょっとだけ・・・と読み進めているうちに、出勤時間が過ぎてしまった。・・・ここで本を閉じてしまったら結末まで読めるのがどう考えても早くて夜だ・・・、日中は続きを読みたいのをこらえて仕事せねばならない、と思ったら耐えられなくなってしまい、ついに、会社へ電話を入れて、さぼってしまった。。。す、すいません。社会人としてとうてい許されないことです。言い訳ですが、月末業務も一息ついて、また忙しなくなる月のルーティンワークの、ほんの手前の1日です。明日から人が変わったように働きますから、許してください。って、誰に許しを乞うているんでせう。 後ろめたさを感じながらも、『暗殺者』下巻を昼に読み終え、心地よい疲労感に、どっと畳の上にぶったおれておりました。ラドラムの評価は、どうやら人によってはっきり分かれるらしい。『暗殺者』が比類無き彼の最高傑作だというのは一致しているけれど、他の作品となると、「駄作だ」「『暗殺者』ほどではない」という声もよく聞かれる。となると、その最高傑作しか読んだことのない私は幸か不幸か。だけど評論家とか、評論家肌の人とか、評論好きな人の言うことをそのまま受け入れておくのも不幸であるからして、要は、自分の感覚に合うか合わないか、だけが、個人対1冊の本の関係の全てだ、と思う。したがって、まだまだちょぼちょぼと、ラドラムを読んでいこう、と考えております。 アパートの部屋の壁が薄いので、隣のおじさんが観ているテレビ番組の音が聞こえる。うるさいというほどでもないので気にならない。気にならないのにはもうひとつ理由があって、おじさんの観る番組がだいたい決まっているようで、NHKの火曜夜の演歌番組(私も昔観てた)とか、日曜夜の大河ドラマとか、あとは野球とか社会派ドラマとかドキュメンタリー系。幸いなことに、バラエティ番組や若者向けドラマは好きじゃないらしいので、キャアキャアいう音は隣のテレビからは聞こえてこない。私が上京したての学生時代、やはり隣の部屋のお姉さんのテレビ音が筒抜けで、その頃テレビがあってもほとんどつけなかった私はさすがに耐えられなくなって、ある日、もうちょっとテレビの音量を下げて欲しいとお願いに行った。今の部屋はそういうことがないので幸せだ。そのお姉さんの音量が異様に大きかったのもあるけど、つけている番組の傾向で、耳障りかそうでないかが決まるので(私って勝手かな)。 ・・・隣のおじさんからしてみれば、テレビの音は聞こえないのに、時々落語と笑い声が聞こえてくる我が家は、それはそれで不気味かもしれない。
| 2006年12月04日(月) |
今更ラドラム、されど。 |
旧暦10月14日。 昨夜布団の中でラドラムの『暗殺者』上巻の続きをちょっと読んだら、やっぱりまた面白い部分にさしかかって、眠れなくなりそうだったので、ぐっとこらえて、明かりを消して寝た。で、今朝、6時ちょっと過ぎに目覚ましの前に目が覚めて、「あ、くるな」と思ったら案の定ぐらっと弱い地震。何故か寝ているときにだけ、地震を予知(?)してしまう野性の女であった。これは昔から。可笑しいですね。それで完全に目が覚めたのだけど、寒くて布団から出ることが出来ない。手を伸ばして、また『暗殺者』を読み始める・・・これがいけなかった。7時前には布団から這い出して、コーヒー淹れて机の前に座ったけど、もういい加減に支度しないと会社に遅刻しちまうっていうギリギリの時間まで、『暗殺者』を手放せず、いや、ほんとは読みながら、(今日会社行きたくないーっ)と、もの凄い葛藤が頭の中で渦巻いていました。あまりにも面白くて、本を閉じることが出来ない。朝ご飯食べる時間も惜しくて惜しくて(食べながら読んでた)。このまま会社休んで今日はずっと読んでいたいよー。 朝起きて時間のある時はたいてい何かしら読むのですが、いつもは、(続きは電車で)(次は昼休み)と、出勤の支度する時間になったら区切りをつけることができるのに、こういう、スパイものとかミステリーとか、「で、次はどうなるの次はっ!」と夢中になって展開が気になって気になって仕方がない、っていうような本は、朝読むべきじゃないですね。さすがに今日は月曜日だってことが恨めしかった。あーあ、土日にたっぷり時間取って読むべきだった。といっても、日曜もその前もそれなりにやることがあったのでしゃあないのですが(つか、夜呑んでる場合じゃなかったな)。 というわけで、言い訳みたいですが、ジョギングしながら会社に行く時間も惜しくて、電車に乗ってラドラムの続きを読みながら出勤。で、この日記書いたらまた続きを読みます。昔読んだのも、あまりにもむかーしのことなので、嬉しいことにほとんどストーリー忘れてる。ただ、ラドラムって面白い!ってことが頭にインプットされてるので、今更ながらに、ラドラムを集め始めてます。『暗殺者』の他はまだ読んだことないのですが(笑) 今更ラドラム、されどラドラム、なのだ。
旧暦10月13日。 2007年用の「ほぼ日手帳」、ページは今年の12月1日分から始まっているので(12月分は1月以降の半分のスペースしかないけど)、嬉々として、来年を待ちきれずに使い始めている。12月1日の欄からびっしりと書いている。はてさていつまで続くやら。 私の場合、仕事で打ち合わせや訪問があるわけじゃなし、毎月ほぼ同じ日にちに締め切りが繰り返されるので、特に仕事の予定を手帳に書き留める必要はない。そもそも、仕事で手帳が必要になればそれ用の手帳を別に用意したいほど「ほぼ日手帳」は好きなことで埋めたい手帳であるからして、ほんとに好きなことだけ書き綴る。読んだ本、観た聴いた落語、観た映画、聴いた音楽、買った本、まわった書店、訪れた神社仏閣、散歩の記録。どれだけ歩いたどれだけ走った。思いがけず美味しかった買い食いのお菓子。いただき物のお菓子。美味なる酒の銘柄。美術館に博物館。景色のいいところ。気に入った銭湯。それらのデータを、ちょこちょこと記録する。または独り言よろしく書き連ねる。今年もそんな感じでいたのだけれど、一生懸命書いたのは最初の3ヶ月くらいまでで、後は白紙のページが目立った。時々思い出して書くのだけど、その都度手帳を開いて書かないと、後でやろうなんて思った時点でもうアウトだ、こういうのって。 だから来年こそは、いや、この12月からこそは、もっとマメに手帳を開く人間になろう、と決めた。別にいちいち記さなくてもいいことなんだろうけど、やっぱり記録しておくのは役に立つ。今年だって、時々前に書いたページを開いて、読んだ本や観た映画のデータや感想を拾い読みしたり再確認して、自分なりに得ることは多かったので。 もっとメモ魔になろう。 と、今日から、手帳に、1日1句、したためることにした。 何をって、俳句です。 『俳句とあそぶ法』(江國滋/朝日文庫)を読んだ。内田百�寮萓検壁期寮萓検△箸覆譴覆譴靴�呼ばれるのはお嫌いだとは知らなんだ)を読んでいて、先生が俳句を作る話が出てきたからというのもあるし、山頭火が好きだというのもある。自慢ではないけれど、私の句歴は長い。初めての作句は小学4年の時である。ただ、インターバルも長い。25年くらいある。四半世紀の間、ほとんど俳句を作らなかったんである。正岡子規より長生きしているのに。時々、俳句っぽいものが頭に浮かんだりしてはいたのだけど、書き留めなければすぐにどこかへ飛んでいってしまう。よって、上達もへったくれもあったものではない。 江國滋氏は、もうお亡くなりになっているけれど、なんとも早過ぎる死だったかなと思うけど、面白い本を残してくれたんだな、と、今になってようやく知る。落語に関する随筆しかり、俳句についてもしかり。俳句については、入船亭扇橋、永六輔、小沢昭一、桂米朝、永井哲夫、柳家小三治、矢野誠一と言った楽しそうな面々と、「東京やなぎ句会」という句会を長い間催していたそうで、その「東京やなぎ句会」の模様がこの本にも綴られている、それが滅法面白い。この本を、「読んでおもしろいものにしたい」とは著者の解説でもあるから、そうなんだけど、メンバーそれぞれのカラーが句にもにじみ出てしまう、そのおかしさ。しかし、大まじめで真剣で殺気立ちもする句会の様子を、想像するに、それはそれで充実して楽しい会だったのだなあと。 この本は、俳句初心者に向けて江國氏が書き下ろしたもので、難しいことはあんまり書いてない。昨日、とりあえずなにか俳句の入門書なる文庫本を、と思ってジュンク堂をうろついて、岩波文庫の『俳句はかく解しかく味わう』(高浜虚子)とどちらにしようか迷ったのだけど、まずは読んで楽しそうな江國氏の本を選んだ。 初心者向けに難しいことは避けて、とにかく作句の意欲をかき立てるように書かれているのだけど、言葉の感覚に鋭い氏のことだから、やはり一家言、こだわりはぼんぼん出てくる。読んでいて、素直に氏の考えや指導に従える部分と、自分はそうは思わないなあ、という部分がはっきり出てくるので、それはそれでまあ割り切る。そういう考え方もあるのだ、と思う。句にも好き嫌いはある、当然。私はやっぱり、山頭火の句も大好きだ。定型から外れてばかりだし、自分から何もかも捨てて放浪の人生など、ある意味無責任な生き方だけれど。生き方がそのまんま、句になっている。 ともかく、私も俳句を作ってみよう、という気持ちにさせてくれる本。ただしとてもとても、人様にお見せできるような句ではないからして、手帳に、季節の移り変わりの中で感じ取ったことを、五七五の世界に切り取って記してみようと思う。幸い、何年も前に買った季寄せもある。言葉に対して、もっと鋭敏な感覚を持ちたい。そんな気持ちもあります。
| 2006年12月02日(土) |
雑司ヶ谷界隈なんとなく江戸散歩。 |
旧暦10月12日。 隣の区の図書館へ落語のCDを返却に行き、また借りてくる。落語は桂米朝を中心に、10枚。うち2枚は民謡と鼓童(太鼓)。 散歩と運動も兼ねて自宅から歩いていったので、自由自在に道を曲がってあちこち立ち寄る。というか、いつものことだけど結果的にそうなってしまふ。 図書館を出て、護国寺へ行った。ほんとうはその前を素通りして目白方面へ行くつもりだったのだけど、そういえば自転車通勤時はいつも前を通るだけだもんなあ、と、たまには境内覗いてみようと思いまして。     ・・・携帯電話で撮った写真、また縮小サイズ間違えてしまいました、すいません。。 境内は参拝客が両手で数えられる程度で、静か。けれども、京都の朱雀大路を模した(知らなかったなあ)とされる前の音羽通りはじめ周囲から車の行き来する音がゴオゴオと遠鳴りに響いてきて、やっぱり都会のお寺だわ、という感じがした。 しかし、元禄期に造営された本堂に入ると、そこには数多の仏像が鎮座し、徳川の代から今に至るまで江戸東京の移り変わりを静かに護ってきた厳かな空間がある。 本堂の中は拝観料無しで入ることが出来る。1人2人と靴を脱いで上がっていくので、私も真似する。しーんとしたお堂の中、護摩壇や聖天壇の裏側に回って、安置されている沢山の仏像を見ることが出来る。不動明王、四天王、圧巻なのは、「観世音菩薩の化身でそれぞれに桂昌院の御髪が納めてある三十三身像」(護国寺HPより)です。薄暗い中にずらりと並んでいる。こ、こんな都会の片隅に、こんなに揃っておられましたか、という感じ。何十にも上る仏像の中を静かに行ったり来たりしているうちに、次第に、日頃のせわしなさとか、焦りとか、いらついた気持ちなどがすーっと融けて消えて、柔らかくて温かい落ち着いた心持ちになっていくのが分かる。なにか忘れ物してるぞー、と、どこからか声が聞こえてくるような気もした。 帰ってから護国寺のHP調べてみて、ご本尊の如意輪観世音菩薩が美しいのにびっくり。こちらもいつか拝見する機会を楽しみに。 本堂を出て外を眺める。お寺の前の音羽通りが朱雀大路をイメージして造られたとは知らなんだ、と、しみじみ思う。毎日チャリンコで汗かきながら護国寺を素通りして朱雀大路を駆け抜けていた我が無知を嗤う。 境内にはどうやらお年を召した雌らしい猫が、同じ場所でずっと昼寝をしている。外は十分寒いのだけど、植え込みの下がお気に入りらしい。本堂に入る前と出てきた後にちょっとかまって、頭を撫でたりしたら、「なあに〜?」という感じでこちらに反応を返してくれて、気持ちよさそうに撫でられるままになっていたのに、私と入れ違いに境内に入ってきた高校生の男の子達に脅されて、飛び上がって植え込みの奥に退いていった。あーあ、君たちなんてことすんだよ!と振り返って見ていたら、「猫いじめんじゃねえよーっ」と、仲間の高校生にたしなめられていた。 のんびりした晩秋の夕暮れ。 そういえばこの辺り、夏目漱石、泉鏡花、永井荷風のお墓がある。コンドルさんもいる。ジョン万次郎も眠る。今度行かなきゃ、と思う。せっかく散歩に来れる距離に棲んでいるんだし。 今日はお墓参りはよして、護国寺を出て不忍通りをすたすたと目白方面へ歩く。と、歩き続けて、不忍通りと目白通りが出逢う地点で、大通りから脇道へ入ったところにある眺めに目を奪われる。 早稲田新宿四谷方面をぐぐーっと見下ろす2本の細い坂は、富士見坂と日無坂。なるほど昔ならここから遠く富士山を眺めることが出来ただろう。今でも見えるかも知れない。日無坂とはまたどうしてそういう名前なんだろう。それだけ薄暗い坂だったのかな。帰宅後ネットで調べたら、民家を挟んで写真右側の富士見坂が豊島区、左側の日無坂が文京区だそうです。ついで、嘉永期の切絵図(『江戸切絵図集』ちくま学芸文庫)で探してみると、どうやら江戸時代には写真左側の日無坂のみだったらしい。当時はこの坂の両側はそれぞれ、大岡主膳正と松平大炊頭の下屋敷のようである。なるほど、武家屋敷の間の細い坂道が明るいわけがない。塀に挟まれ木々が太陽を遮り、昼でも辻斬りに遭いそうな、ちょっと怖い場所だったのかな、と、勝手に想像してなんかわくわくしてきた。 再び歩き始め、やがてなんとなく昭和レトロな橋に出逢う。明治通りと都電荒川線が池袋と大塚方面からそれぞれやってきて出逢って並行する地点で、その上をまたぐ目白通りにかかっているのが千登世橋。 橋の上でまたはっとして立ち止まる。色づいた木々の間、下を走る都電の線路のずっと先に、新宿の摩天楼がそびえている。さきほどの日無坂と富士見坂の眺めといい、この千登世橋上からの眺めといい、歩いていると、時々景色の一部にぐいっと胸ぐらをつかまれるような、待ってましたとばかり手招きされるような瞬間ってないですか?ここは自分だけの秘密の眺めだ!って思えるような。・・・でも実際後で本やネットで調べたりすると、その場所についてちゃあんと誰かがすでに書いている。自分だけじゃなくて、他にもその場所にはっとさせられる人が、結構いるもんだと知るのですが。それだけその場所に意味があり、歴史があり引き寄せる力があるのかも、とも思う。と、そういう場所でなくて、ほんとうに自分だけしか気づいてないんじゃないかと思うような場所も、誰にでも、たぶん毎日の中でいくつかあるんだとは思いますが(そういう場所を大切にしていきたい)。 千登世橋には記念碑が建っていました。それによると、「昭和7年に橋長28.0m、有効幅員18.2mの一径間鋼ヒンジアーチ橋で架設され・・・明治通りと目白通りとの立体交差橋で都内でも土木史的価値の高い橋として『東京の著名橋』に指定」とある。なるほどー。そうなると、『東京の著名橋』っていうのにも興味が沸きますな。建築のことはちんぷんかんぷんですが、橋とか坂って好きだなー。これって私の勝手な思いこみかも知れないのですが、人っていうのは、境界にあるもの、に惹かれるような気がする。橋はこちら側とむこう岸を繋ぐもの、坂は上と下とで行き来するもの。日常の中に潜む、こちらとあちらの間にあるあわいに自分が立っている瞬間を、なんとなく、人は怖れながらも好いているような。極端な例が、墓地の入り口とか。 その後、目白通りをずーっと歩き、JR目白駅を超えて、目的地であるブックオフに辿り着く。いや、池袋をぐるっと経由して帰ろうと思ったんですけど、ついでに行ったことのない目白のブックオフに寄ってみるかあと思いまして。そこで、『マタレーズ暗殺集団(上・下)』(ロバート・ラドラム/角川文庫)、『久保田万太郎集』(新潮社日本文学全集)を各105円で購入。久保田万太郎の小説を読んでみたいと思っていたのですが、岩波文庫のは品切れで、講談社文芸文庫のを買おうかなと考えていた。でもブックオフで見つけたのは収録作品数も多いし、旧仮名遣いなので嬉しい。 すっかり暗くなった目白通りをちょっと来た道戻り、脇の住宅街から近道して、明治通りに出ると、目の前は古書往来座。ここでしばらく書棚を眺め、今日は何も買わずに出て、さらに池袋駅方向へ歩き、ジュンク堂に入る。『俳句とあそぶ法』(江國滋/朝日文庫)を買う。ちくまPR誌の『ちくま』が欲しいなあと探したのだけど、入手できず。ほんとに、最近手に入らない。いよいよ、定期購読すべか。 駅前からバスに乗り、銭湯、スーパーに寄り、帰宅。自宅で晩酌しながら、(社)落語協会のインターネット落語会を観る。柳家小里ん「棒鱈」、金原亭伯楽「お直し」、面白い。「棒鱈」に出てくる田舎侍の「赤べろべろの」には、いつも笑ってしまう。伯楽師匠のマクラ、ご自身の豊富な経験談でたんと笑わせてくれる。視聴は無料です、12月10日までで、その次また番組替わります。
旧暦10月11日。 月末はやっぱりじたばたするなあ。今の職場に派遣で来てもう7年?8年?毎月厭きもせず(?)同じようにパニ喰っている月末業務。もしかしてこういうのが案外性に合っているのかも、と、ふと思う。 前回の日記、なにをカリカリしながら書いてんだ、と、自分で呆れてしまった(汗)。 今年の2月だか3月だかに、ミニコミ誌というのかリトルマガジンというのか、ともかく仲間内で好き勝手な雑誌を作ろうという企画が持ち上がって、第1回目の編集会議(兼呑み会)を開いたまではいいけど、メンバーそれぞれが仕事で忙しく、原稿の締め切りがどんどん後倒しになって、いつの間にか雑誌の企画そのものが自然消滅したような雰囲気になった。 が、ここに来て、その企画仲間と雑談で盛り上がり、それは、「当人だけが普通だと思っているが実は普通ではない日常の習慣或いは家族のしきたり」という、前回の日記に書いたようなことを謂わば逆手に取って楽しんで考えようという(?)、発想でありますが、じゃあこれをミニコミ誌の特集のひとつにしよう、ということになった。あ、みんな雑誌作りやめたわけじゃなかったんだ、というようなことを言ったら「変酋長が忘れたのかと思った」と、言われてしまった。私が動かなかったのがいけなかったんである。ともかく、本格的な活動再開は来年の頭ということに。 それまでに、「当人だけが普通だと思っているが実は普通ではない」件を、各人が細々とリサーチ続けることにする。
職場の、ただただ呑んでわいわい盛り上がりたい人々の呑み会があったのだけど、気持ちだけエントリーして、身体はちょっと残業して帰ってきた。ほんとうはみんなと呑んで笑ってうだうだやってたいんですけどねぇ。しかし、今月は忘年会や歓送迎会があるし、年末年始の帰省費用(交通費+土産+お年玉資金)も準備しなくちゃいけないし、観たい映画もあるし、新年古書市で使うお金がなくなるのも哀しいので、ぐっとこらえて呑み会に背を向けて帰ってきた。職場ののんべい仲間と呑むと、恐ろしいことに気持ちが大きくなってしまって、「明日は休みだから朝まで呑んでいよーぜい」という流れになってしまう確率が、3割くらいある。そうなった場合、自分が言い出しっぺの確率は5割ほどである。そのくせ、私は朝まで起きていたためしがない。だいたい1時半から4時くらいの間、朝まで営業しているチェーンの居酒屋のソファーで爆睡してしまい、起きてからテーブルの仲間の食べ残しを見て、「う、私もそれ食べたい」とぼやく頃には閉店で追い出される羽目になる。「朝まで呑んでいよーぜい」と、言ったはいいけど、いいのは終電がなくなろうという瞬間にまだ呑み屋でコップに口をつけているというなんとも言えない幸福感だけで、その後1時間もしないうちに睡魔に負けてさっさと寝てしまっては、居残りした意味が全くないんであるが、呑んでる最中というのはそこまで頭が回らない。しかも同じように帰りたくない(家が遠い、帰っても誰もいない、鍵を開けてもらえない)仲間がいるから、相乗効果でなおさら居残りたくなるからやっかいだ。しかも、朝まで残ろうと、夜のうちに帰ろうと、どちらにせよ、二日酔いの可能性がひじょうに高い。 そういうわけで、呑み会に背を向けるのはとてもとても辛いのだけれど、しかもカバン持って職場を出ようとすると、「あれ?今夜行かないんですか」と、足首を捕まれてずるずると引き摺られるような台詞が聞こえてきて「ううう・・・」とよろめきそうになるのだけど、帰ってきた。気持ちだけ残して(まったく大袈裟な日記だな)。 で、自宅近所で呑んで蛙。 いつもの居酒屋で2時間ほど、餃子とまぐろぬたとお通しのおでん、中生と焼酎のお湯割り、とお茶漬け。読みかけの『贋物漫遊記』(種村季弘/ちくま文庫)を読み終えるまで、ちびちび呑む。 種村氏の本を読んだのは初めてだ。氏の編んだ随筆集は読んだことがあるけれど、氏の文章そのものをまるごと味わうのはこれが最初。「贋物」について書かれており、博覧強記の種村氏だから話があちこち飛ぶ。だから知識が薄い私にはどうも理解しにくい部分も多いので、何度もページを行ったり来たりする。けれども、面白い。マダム・タッソーの蝋人形、鼠小僧次郎吉、日本にあったキリストの墓、の話とか。この直前に著作を読んだ内田百�寮萓犬里海箸盻个討�る。と、同じ2006年復刊ちくま文庫のタイトルにもある古川緑波(ロッパ)の話も。『ロッパの悲食記』も、書店に並ぶうちに買おうと思う。 お茶漬けをレンゲですすりながら、『暗殺者』(ロバート・ラドラム/新潮文庫)の上巻を読む。まだ読んでなかったのか!と、そうですまだ読んでないんです。先日古書店から送られてきて、最初の数ページを読んで、これは夢中になりそうだから、通勤途中とか、読んでる最中に本を閉じなきゃならないシチュエーションは避けたい、と思いつつ、引き込まれそうだったので、慌てて読むのをやめてました。何時間でも座って読んでいられて、どっぷり浸れる日に読もう、と。実を言うと、『暗殺者』を愉しむために、呑み会我慢したのもある。案の定、お茶漬け食べ終わっても本を閉じることが出来なくなった。店内、23時近いにもかかわらず、新しいお客さんが2組入ってくる。賑やかになったのを潮時に、お勘定を済ませて外に出る。 すぐそばの銭湯で、熱い湯にじゅーっと浸る。空気がひんやりしているから、露天風呂の湯気がもわもわと白く上がっていくのが不思議なくらいよく見える。湯船の縁に腰を掛けて、足だけお湯に突っ込んで、湯煙が暗い夜に向けて立ち上っていくのをずーっと眺めていた。なんだか、霊魂が集団で地獄の釜から昇っていくみたいだ、と思った。
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