元・白血病患者の日記
 

2004年10月31日(日) 04年工学院祭り

 午前中で雨も上がり、例年のごとく蒲田の工学院へ。

 ここ数年、遊んでくれた姉ちゃんの姿がなかったり、子供が楽しみにしていた設計科のウッドクラフトはなかったものの、(紐で)ストラップを自分で作ったり(←リハビリテーション科)、プラ板のプレートをもらったり、スタンプラリーやってお菓子をもらったり、(ペーパークラフトの)ポケモンもらったり、雷の実験を見たり、似顔絵もらったり(上野のソレとは違い、無料)、かなり楽しませてもらえた。色々と屋台も出ていたが、食事は高いので繁華街に出て吉野家で済ませる。…賢いなぁ。

 アテレコにチャレンジというのもあったが、学生プロレスをやるというので(何で毎年、見逃してたんだろ?)家族で生・プロレス観戦をする。時間前から並んでいたので最前列である。

やはり子供的には、面白いのがプロレスらしい。マスクマンに心踊らせていた。明るく楽しくでツカミはOKという感じだが、脚立の上からのダイブなど学生プロレスの域ではないのでは?と思う強者もいた。凄ぇ!

 とにかくリング真下という最前列で音の凄さを再確認した。1・2・3ダーッもやったし、ハッスルもやったし、気分満喫である。

 気分よく部屋に戻ってくると、風呂場に野菜を置いたり、子供のうわばきを意味なく逆さにしたり、(留守電に)無言電話をしたり、存在感を示しまくっていたバアさんの気配が。雨が上がったので来てみれば、誰もいないので悔しかったのだろうか? そんなこといっても仕方ないでしょうに。





『去年の俺』は、保育園に子供を連れて行っている。そうか、もうスッカリ慣れてしまったが、去年までは保育園だったのね。



2004年10月30日(土) さらば鹿島の渡り鳥

 金・土・日曜日と蒲田の工学院でお祭りなのだが、本日は雨なので工学院祭は明日にすることに。どのみち、鹿島の試合があるので2時までに帰宅なんか出来ないのであった。

 嫁さんの初オークション落札品が届く。気にいった様子なので、よかった、よかった。

 昨日の一件があったから(鹿島ファンでありながら)鈴木とは決別したので、彼のユニフォームを早くも売りに出すことにする。なんか奴の代表ユニフォーム、見てるだけでイライラする。どんな値段でもいいから始末したいワ。

 とはいえ、アントラーズに戻ってくるまでの経緯、そしてW杯ベルギー戦などがあって『30』番を購入したのだが…。一期一会とはよくいったものである。



『去年の俺』は、体調悪いといいながらもスポーツジムには行っている。今年の俺は、それさえも出来ていない。情けない。

嫁さんの腹痛というのが気になる。今でもよく「お腹痛い」という人なので、なんか心配。慢性病なのかしら。



2004年10月29日(金) 続・クラブハウスにて(サッカー場に天使がいた!)

 朝の天気は最高。しかし、週末からは崩れるらしいという。11時半まで薬の影響でウトウトしていたが、月曜の天気(雨)を思い出してそのまま衝動的に茨城に出発。なかなかA型でここまで計画性もなく行動は出来ないでしょ。(←この間の二次面接がいい感じなので、こんなこと出来るのもこれが最後という思いがあったのであった)

 クラブハウスにて。昨日と同じ座席に座っていたら、前の席に昨日いた親子連れを見かける。地元の人はいいなぁ、毎日来られて…と思いながら、それとなく話し掛けてみると、なんと二人は札幌から来てる俺よりも遠征組という。(昨日からの泊り込みで、この後試合観戦をして日曜に帰るのだとか)夏の中田選手の握手会では鹿児島から来ているという親子連れに声をかけているし、妙なところに嗅覚はいいのであった。

 木曜は練習試合を見学。そんで本日は基本的な練習の見学ができた。各ポジションごとの練習になるのだが、やはり人気はFW陣。観客もポジション別の練習がはじまった途端に練習場の反対側へとゾロゾロと移動していった。向かって左側の端にいる今、目の前ではGKが守備の練習をしている。これはこれで面白いんだけどねぇ。

 しばらくして、目の前を兄妹が走る。何じゃらほいと思ったら、練習終了したファビオ達にサインをもらうためだった。あら? サインって着替え後が普通なのでは…と思いつつ行動を観察していると選手がサインに応じている。この際、便乗させてもらいましょ、ということで子供と一緒に声を張り上げ、選手にお願いをする。さすが小さい子が一緒にいると反応も違う。たくさんの選手にサインを頂戴してしまった。ありがたや。兄ちゃんの方はモジモジしているが、妹さんがしっかりと頑張って声を張り上げていた。もちろん、おじさんも声の限りに頑張った。

 そんな中、鈴木の対応は…冷たかった。「チッ」と舌打ちしながらも(さすがに)女の子と兄ちゃんにはサインをしたが、いざ俺の番(と後ろに居並ぶ女性陣の便乗組)になると「フン」と一言のこして背中を向けられた。目の前にいるのなら、少しくらいいいじゃん。某HPに「氏ね氏ね隆行」というのがあるが、正直、そんな気分。「フン」はないでしょ。別に何か悪さしてるんじゃないんだから。同じサインもらえないのなら、最初から小笠原のような態度で接して欲しかった(深井と二人で戻ってきたのだが、深井だけがサインしてくれた)。


 『去年の俺』は、外来日。右手で採血できないでビックリしていた。恐るべし、抗がん剤って感じ。あと、貧血に参っている。最近はこの症状、治まってきているが大分前から悩んでいたのねぇ。
 RAMの増設なんてのも行っている。インストールをし直したり、色々とパソコンのケアをやっていたんだなぁ、昨年は。



2004年10月28日(木) やはりクラブハウスはパラダイス

 悩んでいたが、突然、茨城行きを決意。「何事にしても興味のあることで動けるなら、動いてみること」という先生の言葉に従う。

 その前に、まず新橋にてブライトキャリア。期待はしていなかったが、案の定、何もなかった。それでも、これまでみたいなファイル検索ではなく、コンピュータを使わせてくれた。ん? これって前の事務所で女性が(職員の指導付きで)やってた奴では。…なんか待遇、人によってサービス内容違うんでないかい? ちなみにコンピュータ検索、さすがに新聞広告を打ち込んだだけのファイル検索とは違う様子だが、作業現場が福岡とか、岡山とか、神戸とか、秋田とか…独自の求人情報って、こんなのばかりなのかしら? ここは東京なのよ。職安の方、(いくら支援事業と称して支払ってるか知らないけど)ブライトキャリアは意味がありませんよ〜。やはり今後もこの事業を継続するならリクルート社にしないさい、と日記には書いておこう。

 そして茨城へ。新しくなったユニフォームを物色するのだが、いきなり『12』番が無いということで8分くらい店内で途方に暮れる。ここ、オフィシャルショップでしょうに…なぜに肝心のサポーターズNoがないの? かなり長考して『11』番に決める。(後に人気商品という『30』番の誘惑に引っかからないでよかったと思う)

 練習の見学は非常に楽しかったのだが、非常に寒い思いをする。もっと厚着をしてくるんだった。

 練習の最後まで居残り、夕方過ぎで真っ暗な中を駐車場入り口付近で待機する。前は数名いたのだが、本日は自分一人。ポツポツと後方に人影はいるものの、真っ暗だから何も見えていないんじゃなだろうか。

 暗がりで誰だかわからないが、確認できた外国人に声をかけ、新井場選手に声をかけ、名良橋選手に声をかけたが、みんな暗いから気がつかないのかサインはもらえなかった。時間も遅いし、一人で誰か通るたびに「サインお願いします」と大声を出しても後ろにいる女性連中から「あのオッサン、何しとんねん」という声も聞こえてくるので退散する。長い間、明かりもない暗がりの駐車場で何をしてたんだろ、俺。

 最後にまだ声のするグラウンドを見て終わろうと、練習場に引き返してみる。ユースの選手の練習をやっているのだが、そこでコアなサポーターに出会う。なんでも駐車場前ではなく、控え室から出てくるコチラ側にいるのが正解?なのだそうな。…今まだ、何やってたんだろ、俺。

中には群馬から車を3時間運転して来るという強者(♀)もいた。凄ぇ根性。あっちにいる時と違い、さすがに共通の意識のある人ということで選手待ちをしてる間、楽しい会話ができた。ほとんどの選手が出て行ってしまったが、まだ深井選手と本山選手が出てきていないという。

 やがて深井選手が登場。声をかけたらサインに応じてくれた。ありがたや。夕方、購入をした彼のユニフォームはもちろんの事(家宝じゃ)、子供のユニフォームにもサインをしてもらう。名前を告げたら子供の名前も入れてくれた。深井、いい男である。あとは本山選手を待つばかりなのだが、場が妙に盛り上がり、そこにいた一人から深井のサイン入りカードを「お子さんに」ともらう。鹿島サポーターは、いい人である。

 結局、長い間、待っていたのだがマスコミの人の「誰を待ってるんですか? もう残ってませんよ」という言葉で解散する。(膝の具合が悪いので、一番に帰宅をしたそうな)人との交流、選手にも会えたし、いい気分である。





 『去年の俺』は、選挙の演説にうんざりしている。ちなみに前哨戦となった埼玉での投票率は3割! 何を考えてるのか埼玉県民! 投票に行かない奴は、政治に文句を言う資格はないのだよ。



2004年10月27日(水) 鈴木の『11』番に喜んでいたころ

 朝からヤフー対策に追われる。結構、面倒。東京電話の方が対応はスムーズだったような気がする。

 なんか突然に寒くなった気がする一日だった。(結局、11月の半ばまでは暖かい日が続くのだが)

 オークションで手にした鈴木の日本代表ユニフォームが到着する。届いてしばらくは喜んでいたのだが、よ〜く見るとMADE IN JAPANではなかった。なんか首の後ろの結びとか弱いし。まぁ、パチモンにもランクがあるみたいで(マークのないものもある)、一応は海外生産なれどアディダス製品であることは間違いないので、(落札価格と比較して)これでいいのかな、と。まぁ騙されて?知ることはあるものである。




 『去年の俺』は、やや立ち直りつつある様子。なんか入院中を思い出し、悩んでる様子。



2004年10月26日(火) はじめての二次面接

 予想されていた通りに雨。

 そんな小雨の中、メリーチョコレート工場近くまで梅屋敷からテクテク歩いて面接に。嫁さんが地図で調べてくれた通り、東邦医大を抜けるとすぐの場所であり、案外、近い場所にあったので驚く。子供の頃、よく遊びに来ていたころは、大森町から自転車だったので時間がかかると思っていたのだろう。

 あまりに早く到着したので、雨の中、近くの自動販売機横で缶コーヒーを飲みながら時間を潰す。その風貌は張り込みの刑事か? 何せ遅れてはいけないと妙に気合が入っている。はじめての二次面接だし、なんか職安での面接時に好感のもてる感じの人が対応してくれたから、結構、期待をしていたのである。

 時間を見計らい、15分前なら失礼にならないだろうと(どんな時間前に到着したんだ?)会社へと向かう。受付と記された二階に上がり、応接室でしばし待つ。展示されている会社製品は、なんか馴染みの深いものばかり。やっていけそうかな。

 場所を変え、会議室らしきところに通される。正面に社長らしき人、右にこの間の人事のカマチさん、左に作業服を着てるから工場長という布陣。

 質問は、矢のように次々と繰り出された。このダイヤテックという会社は、日本の工場が山梨にあり入社してすぐは研修目的でしばらく山梨に出張をしなければならないとのこと。すでに家族持ちということで心配をしたということなのだが、前職は取材記者で出張もしていたので平気と応じる。

 中国にも工場があり、そちらにも行く機会があるというが、同じことなので平気だと答えたのだが、工場長の顔が曇る。「いや、白血病ってことなので心配してるんだよね」食事とかも不衛生だし、体調的に大丈夫かということ。社長と工場長のどちらが難色を示しているか分からないが、現在の体調、目の前にいる人間の健康状態で判断してくれと説明。出された質問には、全て流暢に受け答えが出来、「取材記者やってただけあって、営業向きではありますな」と言われる。また、会社にはパソコンを扱える人材も少ないらしいので、会話は今まで経験をしたことがないくらいに弾んだ。

 工場長からは、何度も白血病の話が出たが、最後には納得をさせられたと思う。営業なので車の運転もしなければならないというが、それはしばらく時間があれば教習場で勘を取り戻しますと言ったら、社長から「ぜひ頑張ってください」とも言われた。

 「あとは給料の話だけですが、総務の者とも相談をして、来週には返事をします」ということで二次面接は終わった。会社から出ると、雨の中、一人ガッツポーズをしていた。給料はいいし、仕事は楽しそうだし、10月は落ち込むことも多かったが、後半は好事の連続である。雨の空も晴天に見えるじゃありませんか。



 『去年の俺』は、子供と嫁さんがいない間にバアさんが部屋に来て、顔を会わせている。しかし、孫の姿がないと知るやバアさんは、(具合の悪い息子に興味を示さず)速攻で帰宅してしまった。少しは心配してね…って、今とちっとも変わってないね。




2004年10月25日(月) 好事「が」多し(開放感ある川崎フロンターレは好印象)

 喘息で朝の5時に目が覚める。天気を見に外に出ると、下の自転車バアさんが散歩?の帰りで(本当か?)、駐車場の影には怪しげな親父がジャージ姿でストレッチをしていた。夜中に動き回る人間がいれば、こういう早朝族もいる。時間帯がバラバラの人間達がいっぱいいる地域だこと。

 ミニ面接をして気持ちが上向きになってきたのか、遠出をする気になる。今日は天気もいいみたいなので、クラブハウスに行くことに。鹿島にするか、川崎にするか迷ったが、本日は一軍選手のみの練習があるという川崎に出かけることにした。(嫁さんにお願いしてプリントした)地図を片手に麻生グラウンドまで。

 なんで「川崎」フロンターレの練習場なのに新宿経由なのか、多摩川近くに住んでいる人間には理解できない部分もあったが、とにかく見切り発車。

 ほぼ予定した時間に栗平という駅に到着したものの、地元の人でも「複雑で分からない」という場所にグラウンドはある、らしい(なんだ「らしい」って)。駅近くに交番はあるのだが、朝だからか無人なんだか人影ないし…。

 地図と地元の人の「あまり自信ないけど」という指示に従い、狭い道をダンプがガンガン通る道をひたすらアテもなく歩く。鹿島の道と同じく、歩きの人間は珍しいのか、車中の人は不思議な目でこちらを見ている。田舎は車社会。

 死体を埋めてありそうな林を過ぎ、やっとグラウンドにたどり着く。確かにクラブハウスみたいな建物があるのだが、どこで練習をやっているのか分からない。何せ人の気配がないのだ。何も知らないことをいいことに、クラブハウス玄関へ行き、声をかけるが誰もいない。…無用心な。

 ズカズカとグラウンド近くまで行くと、やっと選手の姿があった。声をかけて見学はOKかと聞くと、中に入らないで、あまり近づかないのであればOKだとか。おぉ、気さくだ。

 たった一人で練習を眺めていると、ランニングをする選手も「何者だ?」と気になる様子である。…なんか居場所がないなぁ、と思っていると親子連れがやってくる。お父さんが熱狂的なフロンターレ・サポで、その勅命を受けてやってきたのだとか。(後で聞いたがきっかけは選手会による子供の無料招待。家族で観戦し、それ以来ハマっているのだという)

 日陰にいると寒いのだが、日向に出ると汗ばんでくる。そんな陽気。なかなか長閑で気持ちも落ち着く。こちらは相馬を追っかけてるだけの、にわかサポーターなので色々と話を聞きたかったのだが、お母さんは選手のことを知らなかった。(監督がいつもしているメガネを外してるだけで『監督』と気がつかなかったほど)子供は、カメラ持参でバシャバシャと写真を撮影している。アルバムも持参していたので見せてもらったが、イヤーブックの切抜きまでして、本格的だ。で、教えてもらおうとしたのだが、我那覇選手以外は詳しくないという。見れば背番号『9』にGANAHAの文字が入ったユニフォームを持参している。ちなみにお母さんは、三歳児くらいはありそうな大きなフロン太のヌイグルミを持ってきている。

 練習後の選手は全て、別の道を通るわけでもなく目の前を通り過ぎていく。なんか凄ぇ状況に意味なくうろたえるが、順次サインをもらう。親子連れも、そういうものなのかとサインをもらう。そして我那覇が来るのだが、子供はユニフォームではなくアルバムにサインをもらっていた。…なぜ?

 その後、グラウンドには監督と選手が一人残り、延々と説教されていた。…1時間近くも。親子連れは帰るのかな、と思ったが「ここまで来たら監督のサインも欲しいですよね」ということで残ってる。かなりの持久戦の末、監督にサインをもらう。残されてた選手は子供の要求に快く?サインをしていたが、俺もお願いしようとしたら肩を落としながら歩いていたので、呼び止めるのも悪いかな、と思ったから遠慮した。まぁ、あんな状態でありながら、ニコニコしながら子供にサインをする姿は、プロである。どこかの茨城のサッカー選手に見習ってもらいたいものだ。(ちなみに相馬は怪我のリハビリで室内練習をしているという。監督が「駐車場で待ち伏せしてればサインもらえるよ」とアドバイスしてくれたが、親子連れが特急の止まる駅まで送ってくれるというので、打ち切りにした)

 2時近く、新宿に出て遅い昼飯。退院したの頃、いつも外来で通っていた中華屋がなくなり、楽しみにしていた予定が狂う。こんな時間にどこで飯を食えば?と思いながらウロウロしていると前に雑誌で見たことのあるロシア料理の店があった。4時までランチタイムらしい。喜び中に入るのだが、あまりの料理のマズさに気持ち悪くなる。自慢というパイ包みはクリームがしつこい、ピロシキは油臭いだけ、パスタは魚臭くて塩からいだけ、スープは酸っぱいだけ、デザートの果実は放置されたままなので乾燥してる、ジュースは偽者…。目ぼしい料理のほとんどがジャガイモと油、クリームで味付けをしたものばかり。材料はそういうものなんだろうけど、こんなにマズイのはロシア料理だから? それとも単に店の料理人のせいなのか?(神保町のロシア料理店にはいつも列が出来ているから…)

 この間、面接をした会社から二次面接の話があった。いきなり明日だという。鹿島のクラブハウスに行く予定だったが、雨らしいのでお願いをする。二次面接? はじめての経験である。(実際には何度も同じ会社で面接したことあるが、今回のようにステップアップした面接ではなかった。昨年の「みやげ物新聞」や「アダルト」な新聞の編集がそうだった…)

 ネットオークションで、鈴木の代表ユニフォームを落札。なんだ、今日はずいぶんと良いことが重なるではないか。アンラッキーな人生を歩んできた身分としては、好事魔多しということにもなりかねないので注意が必要かも。(←卑屈だね)



 『去年の俺』は、貧血に悩みつつ、頭痛でも困っている。交互に使用してるアイスノンは今も同じだが、3つにしなければ駄目だろうかと書いてある。…今は、アイスノン3つを交互に使っている。




2004年10月24日(日) いつもの雨の日曜日

 例のごとく朝はダウン。

 10時には出かけるというので、必死に起きるが夕方まで頭はボケたままだった。寝不足とドグマと睡眠薬が残ってる状態は厳しいなぁ。
嫁さんは会社の事務用品を買うついでがあるみたいなので川崎に出かける。相変わらずで芸のないこと。

 昼は子供のリクエストで天丼を食う。前は油もの厳しくなっていたが、すんなりと食えた。頭がボーッとしてるのはともかく、ここン所、精神的には調子いいみたいなので体調もそれなりに、なのである。

嫁さんの買い物終了を待つ間、玩具フロアでオセロやらポカポンゲーム、どんけつゲームをする。テレビゲームにはない楽しさなのだが、待ちくたびれる。



『去年の俺』は、水道橋でヤガちゃんと会っていた。おかげで少しはイライラも解消しているみたいである。



2004年10月23日(土) 新潟で大地震発生!!!

 朝、起きるなり手紙の続きを書くと子供が言う(『ケロロ軍曹』を報酬としたバイト)。なんかノリノリで、裏に絵まで描いている。この調子だと、終わるのいつになるのだろうか。途中から趣旨が変わりはじめているような気もするのだが、本人が楽しいならいいでしょう。手紙の送り先は、鹿島アントラーズの選手なのである。さて…。

 不吉な兆候の前触れなのか、ただ単に踏んだだけなのか、嫁さんのメガネが割れてしまう。そりゃ見事にヒビが入っていた。何か起こらなければいいが。

 手紙を作成している子供は10時頃になると、さぁ時間とばかりに児童館に一人で出かけて行った。すっかり自身はつけているようであるが、そんなに楽しい所なのだろうか。土曜日は、午前中に児童館、午後からはプールという具合にスケジュールが決まっているようだ。

 そんで昼になって迎えに行く。そうでもしないと夢中になって帰ってこないのだ。顔見知りの先生に図書室まで案内され、先週、寄贈した本がうやうやしく飾られているので驚く。そ、そこまでしてもらわなくても…。

 目の色を変えたレッズ・サポが乗り込んできた一戦。NHKで中継があったので、子供をプール連れて行くの嫁さんにまかせてテレビに噛り付く。下位チームへの取りこぼしは多いが、ジュビロ相手に見せたように、なんかスイッチが入れば結果を残してくれるので期待をしたのだが、試合は…(主審のせいにするつもりはないが)2−3で負け。まぁ、敵ながら今のレッズは強い。相手3トップから守りきるのが精一杯という感じだった。

 とはいえ、試合後にはサポーターの乱入もあり、本当に後味の悪い試合だった。(後でネットで調べたら、選手挨拶時にサポーターから空き缶が投げ込まれ、それを本田が客席に投げ返したので乱闘になったのだとか。そういうフーリガンみたいなことは、今日の相手チームがすることでしょ…。なんで試合会場で缶ビール飲んでんだよ)なんか心中穏やかでないから、クラブハウス行きを決意。

 新潟で大地震が18時前に発生。

 その影響で以降の番組は全て特別番組に。先週は台風、そして今回は地震特報で子供が楽しみにしていたガンダムは中止になる。でもね、地震は本当に怖いのだぞ坊主(東京も震度4で大きく揺れていたくらいだもの)。特にこんなボロアパートに住んでいるとね。火を使うの怖いので、料理もしないで家族でテレビを見ながら体を寄せ合う。

 それから子供が寝るまで、懐中電灯を手に持ちながら不安な時間を過ごす。…こういう時に限ってメガネのない嫁さんというのは不安なのだろうなぁ。

 不安な気持ちで風呂に入っていると、外からデカイ会話、デカイ着メロの高校生が騒いでいる。東京は、こんな馬鹿ばかりでいざパニックになったらどうなるんだろうか。神戸のような助け合いは望めない。震災よりも、後にくる人災の方が東京は怖い。

 その後、東京でも何回もこまかい揺れがあった。それだけでも心配になるのだから、現地の方の心労たるや…。一日も早い復旧を願うばかり。



 『去年の俺』は、アントラーズ選手会からのイライラを引きずったまま、不眠etcで悩んでた。やれやれ、去年も今もアントラーズで悩んでいる。早くあの頃のチームに戻ってくれないだろうか。まぁ、(そんなことはないだろうけど)浦和みたいにJ2行っても応援するから。
 あ、関係ないけどハリーポッターの5巻のタイトルを『フェニックス勲章』と書いている。噂の段階では、こんなタイトルだったんだなぁ(勿論、実際の作品は『フェニックスの騎士団』)。



2004年10月22日(金) 背広はオブジェではなかった

 最近の傾向としては寝付きが悪く、早朝に目が覚めるという症状が続く。一度でも起きてしまうと、なんか再びは眠れないという状態。今日も零時までウダウダして、浅い眠りのうちに4時に目が覚めたまま。早くも年寄りの仲間入りか?

 行きそびれていた心療内科に行く。着慣れない背広なので「面接か?」と聞かれた。そう、職安でのミニ面接の当日なのであった。どれ位ぶりになるの?というので考えてみると、ハッキリとはしないが一年ぶりくらいにはなるのだろうか。子供の学童さんの手続きがあったので、去年の今ごろはアダルトな仕事だろうが何だろうが面接しまくってた気がする。玉砕続きだったが、必死にはやっていた(今は、その反動なのだろうか)。で、夏場も冬服は部屋に飾られ続け、久しぶりに袖を通したのだ。「ま、上手くいくといいけどな」決して頑張れとは口にしない院長はさすがである。

 職安で面接。応募してくる人数が少ないからお誘いがあったのだろうけど、それでも久しぶりの面接に変わりない。寝不足なので、鏡を見ると目が真っ赤ですごい顔をしている。こんなので大丈夫か、と思ったが、面接のリハビリみたいなものである。本当、書類だけで不採用ってのばかりだもんなぁ。(無理ないんだけど)

 時間前に到着して控え室で待っているのだが、他に誰もいない。電話口で「応募者は今のところ他にいませんので〜」と言っていたが、本当だったのね。で、面接をしてもらうのだが、さすがに時間を気にしないで話をすると、色々と明るい展望が見えてくる。成否はともかく、なかなかリハビリとしては上出来だった。

 気分がいいし、金曜なので?パチンコへ。…大勝。これで鹿島のユニフォーム代が出来たわ。おほほ。それにしても、夜に背広でウロつくなど、いつ以来であろうか?

 『ケロロ軍曹』をエサに、子供にバイトを頼む。子供の字で手紙を書き、ちょっとした計略を考えているのだが、さて上手くいきますか。最初は『ケロロ軍曹』欲しさだけで飛びついてきた子供だが、なんか快く承諾をしてくれた。

 夜中に自動車の警報が鳴る。せっかく寝ていたのに、叩き起こされた。駐車場になった真横から大きな音が鳴り響く。なんか変な色をした族車?で、イタズラ防止なんだか盗避けなんだか知らぬが、いつになったら切れるんだ? これを切っ掛けに眠れなくなる。どこの阿呆だ! 



 『去年の俺』は、かなり落ち込んでいる。レベル5だって。子供の学童の書類のタイムリミットがあるので、焦っていたのね。



2004年10月21日(木) 鹿島アントラーズ選手会チャリティーは世の人の為、そして俺の為?


 雨戸を締め切って朝日が入らないでいたが、頑張って朝起きをする嫁さん。子供の遠足予定日なのである。ふつうなら台風だし…と思うのだが、遠足が中止でも給食がないので弁当の用意だけはしなければいけないのであった。しかも、中途半端な天気なので遠足に行くのか駄目なのかハッキリしない。だもんで、他のお母さんと携帯で連絡のとりあいをしながらの朝の用意を忙しくしているのでピリピリしていた。

 キクチから開けないファイルが届く。どうもウィルスまで添付されてるようであり、何をやっても開けない。いらんことばっかしやがって! 少しは役立つところを見せてみろブライトキャリア!!!!!!!!

 職安に昨日の手紙の返事をする。で、明日、面接をすることになる。時間は好きな時間でいいということで、現在の参加希望者は?と聞くと、今のところ誰もいないから、どこでも大丈夫ですとのこと。そんなに希望者の少ない会社なの?

 ヤフーの事務手続きの変更をしてみる。大分前から嫁さんにHPの更新ができないではないかと苦情が出ていたのであった。何かメンテナンスだか拡張だかで変更設定をしなければいけないらしい。…こういう面倒なの嫌だなぁ。

 とはいえ、せっかくだからアドレスを「TAIGAGON」にしようとしたのだが、既に登録済みであった。誰だ? 仕方なしに「TAIGAGONN(Nが多い!)」になった。ちなみにTAIGAGONでどんなHPか見てみたら、何も作成してないでやがんの。迷惑だこと。

 (オークションで)市販されてるユニフォームに30000円の高値をつけてる輩がいた。(普通に買っても1万円。別にサインや希少価値などの付加価値あるわけでもないのに…。何を勘違いしてるんだろ)ユニフォームで思い出したことがあるので、クラブハウスに電話する。ついでだから、気になっている選手会によるチャリティーは今年いつやるのか聞いたところ、この間やっという応え。あれって茨城県民祭りでは? 主力選手が新潟に出張していた時期なのでは?…終わったこととはいえ昨年のことがあるので(19日参照)、凹む。つくづく選手会チャリティーとは縁がないなぁ、と。トホホ。

 今日も寒い中、(隣の部屋の)自分の机で『ケロロ軍曹』の絵を描いてる子供。最近のハマリっぷりは、尋常ではない? 何が彼をそうさせるのか。マニアだ!



 『去年の俺』は、海技免許の更新をしていた。その内容ってのは適当そのもの。8000円の必要はないでしょ、って内容のオンパレード。また、まだ日曜(選手会チャリティー)のストレスを引きずって苦しんでいた。…合掌。



2004年10月20日(水) 他に生徒の褒めるところは無いのか?


 九州に上陸をした台風23号。なんでもやや規模が小さくなって『超』大型から大型台風になったらしいが、それでも大きいことに変わりはないらしい。関東への上陸は、零時頃だとか。その前後3時間がもの凄い暴風雨になるという。また雨戸でガードして、雨漏りの心配をしなければ…。バリバリ昭和の生活していますなぁ。

 そういえば毎週、台風で水曜が雨になるので古新聞を出せないで困る。回収回数の多い可燃ゴミに紛らわすのは勿体ないので、紙は全部収集袋に入れているのだが、余計な印刷物というのは溜まるものである。勿体無い。(この重みだけで部屋が沈んでる気がするのは、気のせい?)

 子供の授業参観日だそうである。部屋で待機してるのも居たたまれないので川崎へ逃げる(情けないねぇ)。何も見る映画がないので、「ヴァンヘルシング」を見る。受付で台風の影響で上映が出来なくなる可能性がある、ということを知る。素人が考えるよりも映写機というのは電気を食うらしい。で、自然災害があると何かのショックでブレーカーが落ちるのだとか。そうなんだ?

 水曜なのでオバさんが多い。レディースデーという余計な企画である。シルバーパスと同じで、映画においては勘弁してもらいたい企画である。案の定、携帯を鳴らすオバさん、(2時間我慢できないで)喋りはじめるオバさん…。なんでオバさんが「ヴァンヘルシング」をチョイスしたのかは謎である。いや、映画は面白かったのだが、相変わらず、マナーを知らない人のおかげで途中の記憶が飛んでしまった。

 嫁さんの報告によると授業参観は、ジッとしてるだけで褒められる子供がいるというではないか!(ま、親を前にしているから、日ごろストレスのたまってる先生の嫌味なのかも知れないけど)今のこの国は、中・高校生ではなく、小学校から荒廃しているぞ。

 日本シリーズが中止になる。(台風の影響による)ファンの安全のためというのが理由だそうだが、本当の理由は西武が中途半端なドーム球場を作ったからこういうことになったのだ、ということを誰も口にしない。(ドーム球場賛成派ではないのだが、何事も中途半端はダメよ)別に見る気もないから関係ないんだけど。

 雨といえば、天井がいつものようにメロディーを奏でた。今回は音のする部分が随分と広範囲である。台風の関東への被害は0時頃だというが、こんだけ色々な場所で雨漏りをしていると電化製品が心配である。どうしようか。

 子供の最近のマイブームは『ケロロ軍曹』であったりする。夜に一生懸命に机に向かい、何をしているのかと思ったら必死に模写をしていた。将来は漫画家か?



 『去年の俺』は、心療内科をサボるくらいにヘトヘトになっていた。強いストレスを感じて悪寒、だるさ、腕が痺れているという。これが今年は更に進行して、この間は蕁麻疹になったわけかな。さっさと仕事探さないと来年はもっとヒドイことになるのか?



2004年10月19日(火) また台風かよ!

 この間の22号は『最強』台風。んで、今回の23号は『最大』台風なのだとか。何せ衛星画像を見ると、本州がスッポリと台風の中に入ってしまうのだから…とにかくデカイ。冗談じゃないぞ!

 職安から突然に手紙が届く。ミニ就職面接があるけど、やってみるか?というお誘い。なんか自分は相手の条件に合致してない気もするのだが、会社との間に職安が入っているから面接してくれるんだよね。何がどう転ぶか分からないので、お願いすることに。

 就職活動ついでに?新橋(ブライトキャリア)に出向くのだが、(一応)仕事をしている職安に比べて、このいい加減な支援会社は…と思うだけで挫折。スポーツクラブと一緒で、入り口までは行くのだが、イライラしてんだか気が乗らないんだか、とにかく中に入れない。なんだこの目に見えないバリアーは。

 この雨の中、何をしに新橋まで来てんだか。



 『去年の俺』は、全てが負の方向に行っていた。あんだけ楽しみにしていた鹿島アントラーズ選手会のオークションを不意にするくらいに腹をたて続けている。もう午前6時からヤケ酒! こういう気持ち、病気になってない人間には分からないんだろうなぁ。

 しかし、何にしてもタイミングの悪い…。同じ怒らせるなら、数日前か後にしてくれればいいのに。前日にブチ切れてしまい、全てがパア。相馬が鹿島アントラーズとして最後の奉公をしていたというのに。(誰が悪いかは…思い出したくもないけど)これはもう、一生悔やむしかない。もちろん、今も後悔している。ハァー。



2004年10月18日(月) 効きすぎる薬と、効かなくなってきた薬

 目が覚めてみると、頭の上に見慣れない青いユニフォームがあるので驚く。川崎フロンターレのユニフォームである。なんか部屋にはアントラーズのばかり飾っているので違和感がある。やはり昨日のは衝動買いだったのか? いや、そんなことはない…はずだ。

 ドグマの効き目が相変わらず絶好調。毎日(同じような時間に服用しているので)、同じ時間にキチンとくたばり、(効き目の切れる?)同じような時間に目が覚める。で、目が覚めて意識がハッキリしてくると、近所の親父がセメントを練る箱にへばりついたコンクリートをガンガンと剥がす作業をしていた。頭がハッキリしてくると、横の駐車場でもやっているみたいだと気づく。部屋を挟んで、ステレオでうるさいのだが…薬が効いてる時って、こんな状況下でも眠れるんだ。色々な意味で凄ぇ。

 天気予報では本日までが晴れだとか。台風のアホめ! せっかく人が(クラブハウス行きという)計画をたてているというのに!! 今度のは、列島を包み隠すほどの大型台風だとか。なんか一週間前までは、最強の台風22号とかいっていたような気がするのだけど…。こう毎週ごとの台風だと、このボロアパートは持たないんじゃないかと心配になる。吹き飛ぶ日も近い?

 子供は先週、大型台風で行きそびれた振替のプール。同じことをしてる人は多いみたいで、月曜だというのに人が多い。それにしても、携帯ゲームをしていない子供はいないという感じのゲーム率だった。うちの子供は画面を見よとして、アッチへ行ったりコッチへ行ったり。可愛そうに思うけど、ゲームは早い!

 嫁さんの会社社長が、しばらくご贔屓にしている寿司屋に顔を出してないとか何とかで、我が家がゴチになる。あぁ、突然の幸せ。ありがたや、ありがたや。

 なんだか微妙に暑く、子供は何度も布団を蹴飛ばす。これも台風の影響なのだろうか。こちらは眠れないで起きだす。薬が効かなくなってきたか? やはり半分だけの服用だからかな。とにかく、睡眠薬なしには生きられない人間になってしまったのが悔しい。深夜に見るでもなくテレビのチャンネルを回していると、どこの局もアニメを放送していた。日本の深夜番組は、バラエティーとアニメしかやってないのであった。ボーッと見てても何が楽しいかわからない。もう着いていけない年なのね。どれも同じに見えるわ。なんかキャラクターと声が合ってない、っていう声優が下手っぴ。オーディションしてんだろうか?それとも最近は、声優さんの雑誌があるくらいだからビジュアル重視で選んでいるのか? 映画の吹き替えの声優さんは偉大である。


『去年の俺』は、鹿島アントラーズの逆転劇を堪能していたが、その後、嫁さんの態度に腹を立ててキレていた。翌日はチャリティー・オークションだというのに…。なんてタイミングの悪い。ず〜っと前から天気の心配したり、鬱でありながら唯一の光明みたいに考えていた行事だったんだけどなぁ。



2004年10月17日(日) 衝動買いなのか、それとも意味のあることなのか

 前日の夜まで鹿島行き(茨城のお祭りにアントラーズの選手が参加する…らしいから)を算段していたが結局、断念。いやあ、深夜近くまで悩みましたヨ。だが、これで終わりではない! まだ来週は24日、きっとその日がファン感謝デーなのだろう。いくら何でも新潟で試合のある日に、選手会主催でオークションやるわけないし。(←甘かった)

 朝はグダグダ10時過ぎまでグッタリしていたが、子供を連れて川崎に行くことになる。

 フロンターレの昇格報告会のあったスポーツ用品店で、冷やかし半分にグッズを見る。レプリカユニがあったので購入を決意していたのだが、ちょっと思いとどまる。だって、この店、「これからも川崎フロンターレを熱烈に応援していきます」と社長が言った割りに店員が「12番」がサポーター番号ということを知らなかったり、何かイマイチ信用できないないのであった。

 ヨドバシの上にあるスポーツ用品店に顔を出し、子供とユニフォームを眺めていると店内放送がかかる。「川崎フロンターレのJ1昇格祝いといたしまして、本日、これよりユニフォームを購入された方にはチケットを先着でプレゼントいたします」だと。(どうせ買うつもりだったので)衝動的にレジに駆け出す。レジで店員に色々と聞いてみると、(あまりの早い購入に驚いたのか?)三枚付けると言ってくれた。同じ品を買うのなら、どう考えてもオオモリ・スポーツよりお得である。
 
 しかし、こうして親子分のチケットが手に入ってはみたものの、子供は(ルールわからないから)「行ってもすぐに帰りたくなるだけだから行かない」と。…寂しいこというなよぉ。

 街頭でやっていた東京電力の「テプコ光」に興味を引かれつつ、駅前のヤフーに引っかかり説明を聞く。あら? 料金同じなら乗り換える方がお得だわ。

 しばらく書類の作成やら説明を受けたりしていると、子供は退屈至極。さっき散々、本屋で人を待たせていたくせに…。

 鹿島が決定的な負け試合を演じる。完全な白旗である。残されているのは、もう上位イジメだけか? いっそこのまま、フロンターレに乗り換えるか?(洒落になってないゾ)

 昨夜も地震で揺れがあったので、防災グッズをオークションで見る。自分が考えているようなものは、なかなか無いものである。結局、安いダイナモライトは落札できなかった。なんか悔しい。


 『去年の俺』は、(記載してないが)やりきれない気分で一升ビンの焼酎を半分あけているにも関わらず、眠れないでいる。かなり参ってるね。それでも二日後の鹿島アントラーズ選手会によるチャリティー・オークションに、プラスの意識を馳せていた。かなり楽しみにしていたのである(まさか、あんな結果になるとはね…)。



2004年10月16日(土) 孫の心、ジジイは知らず

 随分前に購入したが、使っていなかった電気ストーブを実家に届ける。ぼちぼち寒くなってきたので、ジイさんがいつもいるフローリングの実家はさぞ寒いだろう、と。何せ元・全身麻痺のジイさんに冬は大変でしょ。とはいえ、配送業者ではなく自分で運ぶとなると、箱も含めて結構デカイ代物なのだ。

 一応、考えとしては自転車に取り付けてある子供のイスに乗せて運ぼうかと思っていたが、一人だと大変そうなので子供にも手伝ってもらう。落ちないように後ろで支えてもらうのだが、歩いて実家まで行くのは初めてのこと。途中の坂になった橋さえ越えれば後は簡単な道のりだと思っていたのだが、歩きだけだとなかなかにツライ。途中、梅屋敷あたりで子供にジイさんが寒くないように届けるんだからしっかりな、と告げると「ジイちゃんのためにも頑張る」と力を込めた。「寒いと可愛そうだもんね、そうだよね」息子の頑張りと優しさに関心。結局、大森町まで文句のひとつも出さないで手伝ってくれた。

 その肝心のジイさんは、会社まで留守番に出かけてて実家にはいなかった。…全身麻痺の人間を留守番に使うのだから、なかなか人の気持ちのわかる会社である(その会社のおかげで、ここまで復活出来たのは確かなのだが)。とはいえ、部屋にいてもテレビを見ることしかしないであろうジイさんは、喜んで出かけていった様子。

 で、バアさんは途中、会社に昼飯のおにぎりを届けに行く。その間、子供と一緒にテレビを見てたのだが、それが『ケロロ軍曹』だった。(この後、親子でかなりハマリまくる)お宝になるかと思われた実家に眠るレコードは、売れないものばかりだということが判明。…残念。

 実家の玄関を出ると、遠くの部屋から高校生(♂)が出てきた。ここのマンションの住人は、小さな子供もそうだが(見知らぬ人に)よく挨拶をしてくる。こちらも大きく挨拶。なんか気持ちいい。昨日みたいな高校生ばかりじゃないんだな。ニコニコ顔でゲームセンターまで行くと、中学生にギャレンをもらう。笑い顔をしてると福が転がりこんできた。

 まだ冬物の入れ替えが終わってないので、子供には児童館に行ってもらう。せっかくなので、金色のくじらとプロジェクトXのコミックを寄贈。小学生にも白血病に興味をもってもらえるかしら。

 子供のプールは、最後の時間に突き落とされたり(水中眼鏡をしていなかったので大泣き)、友達に金玉を蹴飛ばされたりしてと散々な目にも。山あり谷あり。

 結局、アルビレックス戦の前日だというのに、どこを検索しても出場選手は分からず終いということになった。明日、どうしよう。本当に家族で行けるのか?鹿島スタジアム。



 『去年の俺』は、船舶免許の更新料金に腹を立てていた、っていうかムカついていた。
 日本船舶職員養成協会(受講料3160円、身体検査料730円)+申請手数料(印紙代1500円)+申請代行手数料(海事代理士手数料2310円)=7700円。なんか必要のない料金、異常に高い料金が多々ある。

 さすが土建屋とヤクザと役人天国ニッポン!





2004年10月15日(金) ラオウよ、天に帰る日が来たのだ

 久しぶりに晴れ間を見る。

 いつものように鹿島のHPを眺めていると、明後日、『鹿嶋まつりと選手参加のサイン会とトークショーのお知らせ』があった。なんだって?

 当日(日曜)は、試合のある日(VS新潟)なので、前日の召集選手の発表によって参加選手は決まるという。これって選手会主催のサイン会か? あまりにも突然の発表に、ただただ驚くばかり。…なんせ昨年は、残念な結果になったので一年間、待ちに待っていたのだから。よし、今年こそ家族で行くぞ!

 ↑ということを口実に行った『北斗の拳』で資金調達に成功。神の存在を感じる。へっへっへ。(ココにお座り下さいといわんばかりに「ラオウ」ステージで席を立った人がいたのである。いく何でもちょっと用足しでも?と思ったのだが、本当に席は空いていた。座ると横の人がジロジロと見た。…きっと、自分が移動しようかどうしようか悩んでいたのだろう。ふふふ、俺の勝ちじゃ)

 多少のハマリもあったが、ラオウの昇天にも成功。スイカが出まくったので「もしかして?」と思ったのだが、9時過ぎに設定『6』の札がかかる。本当か? ドル箱を積み重ねてるから札を刺しただけじゃないのかと思ったが、札が下がっているのに全然、出てない台もあった。座ってる女性は、ムキになっていたが出ないんだから仕方がない。

 最高設定をゲットしたことで結局、最後まで粘ってみた。ふふふ、これで大手を振って家族で茨城に行けるぜ。換金の列に並んでいると、上の階(1階・ドンキホーテ、2階・パチンコ屋、3階・ゲームセンター、4階・映画館)から11時だというのにガラの悪い高校生がエスカレータで降りてくる。やばいな、大金を所持してるのにグループでオヤジ狩りなどされたらどうしましょ。ってことで、連中を避けるように上の階に一時避難する(自転車の盗難とか、窃盗が多い建物なのだとか。映画館を含めて24時間営業をしてるアミューズメントなので仕方ない…のか?)。

 こんな時間だというのに、ゲームセンターには髪を染めた親子連れでいっぱい。まだ小学校にも行ってないようなガキの髪の毛を金髪にしてしまう、そんな馬鹿な親って子供の成長を何だと思ってるんでしょかい。(時間の感覚を子に押し付けてはいけないよね)
 


 『去年の俺』は、小型船舶の更新に必要なので住民票をもらいに役所に行っている。そこには高校生のカップルがいて(学校はどうしたんだ?)、家族ではなく友達と一緒に海外旅行に行くための証明書を申請に来ているのだとか。…むう、親の顔が見たいものである。きっと、この日ゲームセンターにいたような、適当に子育てしてる親なのだろう。間違いない、と思う。



2004年10月14日(木) 台風23号がジワジワと

 晴れ間らしきものが見えそで見えない曇り空。やっと一段落したと思ったら、南には発達した台風23号が虎視眈々と日本上陸を目指しているみたい。(←コイツが悪い台風なわけだ)

 嫁さんとドグマ論議をする。この薬を飲んで朝にグダグダと使い物にならない旦那を見ても、我慢できるのは同じ薬を飲んだことがあり、症状を体験してる人なのだからなのだなぁ、と。



 『去年の俺』は、保育園の相談会の質問内容を考えていた。
 また、(今もそうだが)CD―Rというものがよく理解できず、っていうか操作できず、子供の成長記録がパアになってしまったと嘆いている。結局、PCに詳しいヤガちゃんが復旧してくれたんだけど。元気にしてるか? 



2004年10月13日(水) きっかけは嫁さんと、ナビスコ杯、K−1、W杯予選

 東京は、6日連続の雨だという。しかも、今月に入って雨でない日は3日だけだとか。植物が育たないし、洗濯物が乾かないし、うつ病患者の気持ちは憂鬱なままだし…。

 夕方、嫁さんとネットを楽しむ。退院してすぐの頃は、一日中、パソコンをやっていても興味が尽きない、時間が足りないという感じだったが、最近は自分のHPの掲示板の更新さえ行けない始末。とにかく、これまで好きだったもの、興味のあったものに触手が動かないというか、頭が働かないのである。しかし、横に嫁さんがいて、何か会話しながらでいると、あんなこと、こんなこと、色々とやる事がある。今はしんどい状況だが、きっかけはちょっとした事なんだな、と痛感。いいリハビリになった。

 昨日は(睡眠薬を飲んだのに)なんか眠れなかった。その分、今日は何もしなくとも眠たくて眠たくて仕方がないのだが、深夜にサッカーがある。W杯一次予選を決めるオマーン戦だぁ。日本代表は、引き分けでも一時予選突破という展開なのだが、不安要素が多々あるので耳にするのは悪い噂ばかり。なんでも万が一のこと(予選敗退)を考慮して、(サポーター対策として)ジーコと川渕には帰国の際にガードマンが用意されているのだとか。(そんな時点では、もうサポーターではなくフーリガンになってることでしょう)

 嫁さんは「はじまる前に一眠りしとけば」というが、A型はそうそう気楽に眠れないのである。K−1ミドル級もあることだし。

 一方、日本代表戦の裏では、東京ローカルTVがナビスコの準決勝も放送している。準決勝にも残れなかった鹿島ファンには既に関係なさそうな試合だが、そうでもなかったりする。決勝にはいち早く(鹿島に勝った)グランパスを4−1でやっつけた浦和が決定している(ケッ)。その相手はどこになるのか? 反対のブロックで残っているのは、ヴェルデイとFC東京で、この『東京』ダービーの勝者がレッズと戦うのであった。試合は前半で3−0とFC東京がリード(ゴールポスト前からの間接フリーキックという、世にも奇妙なものまで見させてもらった。草サッカーか?)。更に相手に退場者もあって、FC東京の楽勝かと思ったら後半同点になってやがんの。自分としてはレッズの天敵(の瓦斯)を応援するしかないので、しばらくW杯はお預けにしてFC東京の応援に専念する。…結局、延長ゴールで決着したものの、こんな調子でレッズに勝てるのだろうか?

 で、慌ててオマーン戦に戻ってみれば、鈴木のゴールで勝利!(マスコミは中村の狙い済ましたパスと表現しているが、鈴木の駆け上がりを見る限りド外れである。鈴木の飛び出しによる勝利なのであった。…この調子でアントラーズでも活躍をしてくれれば)
 

 『去年の俺』は、この時期だというのに暑くてビックリしていた。最高気温はなんと29℃。今年は台風の当たり年だし、去年はこの始末。なんでしょね。

 祝日というので家族でアントラーズのクラブハウスに行く予定をたてていたみたいだが(おぉ、一年前もサッカーネタである)、断念している。今年も家族で行くの中止にしたばかりだし、何かが嫁さんがクラブハウスに行くのを拒んでいるのだろうか?



2004年10月12日(火) 闇の売人、孫悟空?

 雨という予報。(確かに降っていたのだが、昼前に眩しいほど晴れる)

 朝食後、めずらしく日本茶を飲んだので、嫁さんに薬を飲む時間を遅らせろと言われる。なんか日本茶と一緒に薬を飲むと、効能が変化するのだとか。ってことで時間をいつもよりズラしてドクマとリーゼを飲む。すると、ヘロヘロになる時間がいつもよりキチンとズレていた。やはり朝のヘロヘロは、どう考えても薬の効き目なのである。

 あまりにも薬がアレなのでPCで検索してみると、やばそうなサイトにたどり着き、薬の売買をしてる掲示板にたどり着く。そんな中でドクマも(いい値段)で表記されていた。…売れるんだ(←おい!)。

 しかも驚いたことに、自分のハンドルネームと同じ奴が(地域は神奈川ですぐ近く、歳は同じ、性別も同じ…)『エス、罰、草、あります』と業界用語?で商売を持ちかけていた。…売れるんだ(←おい!)

 で、肝心の効能ではたいしたことが表記してなく、副作用については、眠い、ダルイ、食欲モリモリ、とにかく太る…という症状が顕著に出るらしい。

 (自分が白血病で倒れた時、ストレスで嫁さんも頭痛がしたりしたのでドグマの世話になったらしく)妙にドグマについて語って盛り上がる。やはり、薬は基本的に毒なのであった。

 昨日、見終えた『24』を嫁さんはもう一度、見るという。HDの残量が、もう7時間になっているというのに、である…。まさかまた24時間も同じドラマを見るのかよ、と思っていたら本当に見てた。消さないでよかった。(確実に怒られていたことだろう。下手したら「ビデオ屋で借りてこい!」くらいは言われたかも知れない)




 『去年の俺』は、入学準備ということで小学校の用意を買い揃えていた。
 期待半分、心配半分という気持ちだった。仕事を探さねばという焦りもあったしね。
 父親は、どこまでも沈んでいくが、子供は立派なものである。いや、どこをもってイイ子供というのではないが、他の子供と対比してみるとよくわかる。植物もペットも子供も…同列にするのはモノの例えだけど…真っ直ぐに育てれば、真っ直ぐに育ってくれるのである。



2004年10月11日(月) やはり体育の日は、10月10日じゃないと

 朝の薬が効いてきて、布団でグダグダしてるうちに嫁さんと子供はお出かけ。本日は体育の日ということで、区の各種施設で色々なイベントをしているのである。

 大田区体育館は、最近、弓道くらいしか目玉がないのだが(手抜きだ、手抜き)、その弓道をやりに出かけたのである。

 戻ってきてデジカメの画像を見たが、楽しげに弓矢やスポーツ吹き矢をやっていた。一緒に来ればよかったのに、と嫁さんが言うけれど…午前中は薬で動けないんだから仕方ないでしょ。

 やっとこ『24 �供戮鮓�終わる。が、そんな予感はしていたけど、本当に次回(�轡掘璽坤鵝砲紡海�というラストだった。あぁ、気になる。でもビデオ借りるのも何なので、来春の放送?まで待つことに。

 夫婦で『24』を見てる間、邪魔をしないように一人で遊んでもらっていた子供と夕方に散歩。マルエツには生意気そうな同い年がいっぱいいたが、うちの子は違うなぁと実感。ムシキング(一回100円)なんて他の子供は無制限にやってる様子なのだが、「なんであんなに出来るのかな? 一回、100円なのに」と見てるだけ。

 本屋に行っても一人で静かに読んでいる。立ち寄った玩具屋でも、前に嫁さんとの買い物の帰りに駄々をこねたというからカードゲームをやってもいいよと100円玉を渡したのだが、「我慢して貯金するね」と。なかなか、しっかりした長男である。

 ま、親としての心配は、いつまで「散歩だよ」と言ったら「はぁい」と返事をしてくれ、手をつないで歩いてくれるのかな、ということだろうか。なんか嬉しいので帰りは肩車をした。
 



 『去年の俺』は、サッカーとK−1を見ていた。ちなみに妹は風邪気味らしい。その体格から、見た目は丈夫そうだけど細かく風邪を引いてるんだよね。
 まぁ、白血病にこそならないものの、同じ両親から生まれているのでバリバリのアレルギー体質だし。生まれ変われるのなら、丈夫な体にしてください。…五体満足なので贅沢な願いだとは思いますが。




2004年10月10日(日) 台風過ぎても雨が降る

 嫁さんと子供はお出かけ。嫁さんと入れ替わりになった人の所へ、子供の衣装を届けるのだという。悲しいことだが、二人目をあまり希望しない方がいいというのであれば、衣類の処分もやむなしなのか。

 台風一過とはいえ、まだ前線が残っているので曇り空。

 子供は、小学一年生のふろく、携帯ゲーム機に貼り付けるシールで遊んでいる。ポケモンの名前を言ったり、「これはスイッチの所に張るシール」などと遠まわしにゲーム機をねだるが、我が家は携帯ゲーム禁止なのであった。…残念。

 神社でカラオケ大会。台風が過ぎているのに夕方過ぎに雨が降ってきたのは、やはり神社のカラオケのせいなのだ。毎年、ここの祭り時には雨が降る。(歌声が雨乞いになるという噂も)



 『去年の俺』は、小型船舶の免許更新で悩んでいた。そうなんだ、とにかく面倒なんだよ、なんでこんなに手間とるの?って感じ(どこの天下り先も同じだろうけど)。
 講習の親父、必要以上に偉そうだし。
 やってる講習(あれを講習というのかは謎だが)面白くないし。
 今後の人生、どう転んでも小型船舶の免許なんて必要なさそうだし。
 この免許証、売れるモノなら間違いなく売るだろう。



2004年10月09日(土) 最強台風22号

 関東に上陸したものとしては、最強勢力という台風22号が上陸。

 昨日、雨戸を締め切り朝日の入らない完全な闇にいたので皆が寝過ごす。といっても土曜なので、子供が楽しみにしている朝番組を見逃しただけなのだが。子供は、ウルトラマンを半分だけ見る。ウルトラマンが出て、怪獣も出たので満足はしたみたいである。

 夕方に関東に上陸するというので、さすがにプールはお休み(まぁ、鼻をグズグズさせていたというのもある)。

 雨が強くなると、天井がオーケストラのように音を奏でる。かなり広範囲で雨漏りがしている。…さすが最強の台風!

 夕方にはテレビが故障? どこを回しても画面が砂嵐。アンテナがいってしまったか。朝のウルトラマンとは違い、不可抗力で今度はガンダムを見逃す(18時スタート)。ガンダム見たい子供は、実家に電話までする。すると、実家の大森も番組が全滅してるらしい。どうやら、この地域を統括するアンテナがやられた様子である。

 で、諦めつつも15分ほど経過してテレビを見てみると復旧していた。お詫びのメッセージもないまま、またも後半だけ番組を見る。…今日は、こういう日なのね。事情を説明したら、駄々をこねないで納得をしてくれた。こういう所が他の子供と決定的に違うところなのだそうな。





 『去年の俺』は、夜中にサッカー三昧を決め込んでいた。鹿島―磐田と日本代表(鈴木、柳沢のツートップ!)の試合を見る。片方はナビスコ杯…去年は決勝まで行ってたのね。笑ってしまうほど不利な状況下、セレーゾ監督の5−2−3という博打としか思えないシステムでアントラーズは逆転勝ち。去年は、まだ鹿島にも王者としての意地があったのね。日本代表の試合は、どうでもいいや。



2004年10月08日(金) 台風注意報

 曇り空の中、朝の7時半にバアさんが参上する。米を抱えてやってきた。なんで平日の、しかもこんなに早くかというと、台風が接近しているので来たのだとか。そんなに米がないと思っているのだろうか。

 ニュースがこぞって「近年、まれに見る巨大な台風」とか「最強の台風」と連呼しているので、雨戸でガードする。そんな台風が来たら、このボロアパート大丈夫か?


 『去年の俺』は、不眠の連続に悩んでいた(今も睡眠薬ないと駄目だから一緒だね)。また、散々、引っ張り、振り回し、最終的にコケにしてくれた『全国観光と物産新聞』からの不採用通知が届いたのが、この日であった。
 …今でもハッキリ覚えてるけど、ひでぇ会社だった。子供の入学式に合わせて目の色を変えて仕事を探していた頃だけに、ここから受けたショックは…。もし自分に魔法が使えるのなら、ここの社長はケナガイタチにでもしてやりたい。



2004年10月07日(木) あの皮膚科の医者は、去年のままだった

 夜中に大きな地震があった。眠気を伴うアレルギー止め(蕁麻疹用)と、睡眠薬を飲んで無理矢理に眠っていたが、さすがに揺れで目が覚めた(相変わらずの犬寝。眠りが浅い)。しかし起きているんだけど、薬で頭がボーッとしているので、横に嫁さんがいない事実に気がつかない。しばらくして起き上がり、風呂に入っているのだとわかる。無事だったらしいが、(ド近眼が)メガネもなく夜中に風呂に入っていて、この揺れである。さぞ驚いたことだろう。

 湿疹は足に残るだけとなったが、嫁さんに言われ(「ひどくなったら困るし、何かの病気だったらどうするの」)念のために皮膚科へ。皮膚科は、昨年の11月以来ということだった。

 中に入ると見たことある先生だなぁ、と思ったら、昨年、背中のコブで見てもらった役立たずのヒゲだった。そうか、もう一年になるのね(その後、背中のコブは何もしていない。いいのか?)。目の前の先生は、相変わらず東邦医大の師匠と同じ派手なシャツを着てて、ドラマにおける悪い先生のイメージそのままである。少なくとも皮膚科のビジュアルではないよね。

 そんな役立たずのヒゲの汚名は返上できるのか? 診察をしてもらうと、今回のジンマシンについて出した診察結果は「なんか原因はわからない」だと。…やはり役立たずのヒゲである。ま、一般的なアレルギー止めの薬を出してもらったわけだし、カルテに表記したのでN橋Drも少しは安心してくれるか?

 自分的に、これの原因は単純にストレスだと思ってる。キクチからのメールがあった直後だしね。それしか考えられないもん。

 子供が学校から(図工で使う)水彩用具入れを持って帰る。最近のは、パレットに色を指定するシールが張ってある。パレットのどこに赤を出してもいいじゃないか。大きなお世話? こんな下らない装備?はいらないから、その分、価格を安くしろっての。




 『去年の俺』は、風邪引き後の子供と過ごしている。貧血に困っているみたいだが、そういえば自分も最近まで同じような症状が続いてたっけ。この頃は頭痛だけになってるんだけど、これって改善の表れなのでしょうか。しかし、秋だというのにアイスノンは外せない。



2004年10月06日(水) なんじゃこりゃ? のジンマシン

 朝の食事が終わると、なんか手首のあたりにジンマシンらしきものが出てるのに気づく。食事か?と思ったのだが、朝食はレトルトのカレー(とラッキョウ)、納豆(とキムチ、ニラ)、豆乳…いつも普通に口にしているものだし、賞味期限も平気なはずである。家族もみんな同じように食べてるのに、俺だけ症状が出ている。

 ダニではないのか、ということで晴れ間だし嫁さんの号令で急遽、掃除と物干しになったが、どうも湿疹の様子が虫ではなくアレルギーっぽい腫れ方をしている。多少、喘息気味だし、免疫力が落ちてるのかねぇ。

 都合のいいことに? 本日は白血病外来の日だったのでN橋Drに見せる。(内科の先生だから)原因はわからないけど、とにかく続くようなら皮膚科に行けと言われる。
「きっちりと行ってくださいね」
 相変わらず、心配性である。(←この時点では赤みが残ってる程度なので大事になるとは思ってない)

 夕方過ぎに足も腕もみるみるひどくなる。なんか蚊に刺されたものが全体的にあり、それがアメーバのように合体を繰り返し、不気味なことに…。しかし、熱もないし吐き気もない。ストレス性ってやつですかい。

 時間が経過すると、もう湿疹が重なり合って腫れてるようにしか見れない。拳など筋や血管が見えないくらいパンパンに腫れている。足も同じように霜焼けみたいになっている。なんじゃこりゃ? 大丈夫か、俺?

 深夜に診察に行こうかどうか、かなり迷うが…寝る。嫁さんは、家庭の医学とか出して心配してくれたが、ま、なんとかなるでしょ。

 先月の下旬から落ち込んでばっかで色々とガタガタだったもんねぇ。体は正直だわ。



 『去年の俺』は雨の中、風邪をひいた子供を病院に連れて行っていた(今日と同じ病院だ。あら偶然)。そっか、去年は保育園だったんだよな。…よく病院に連れて行ってたよねぇ。そんな息子も小学生ですかい。下降ばかりしてる親と違い、体も強くなってきてるのかしら。



2004年10月05日(火) 病院行く時ゃ雨が降る

 大雨。ここしばらく、雨は続くらしい。

しかも飽きもしないで台風がまたもや接近しているという。今年、上陸する台風、多過ぎ。温暖化によって、海水の温度が上昇しているので、ちょっとしたことですぐに台風が発生する、ということをそろそろ気象庁も認めればいいのに。「今年は、本当に多いですよねぇ。当たり年なのでしょうか」と言うけど、きっと来年以降も多いんでしょうね。

 診療内科の後、帰り道で台風のような雨に見舞われる。そりゃもう台風直撃って感じのものだった。勿論、傘を持って出ているので濡れることはない…はすなのだが、何故か傘をさしてても頭に水滴が落ちてくる(安い傘なもんで)。診察室で待ってる間に読んでいたハリーポッター(下巻)は、カバンの中に入れておいたのだが、あまりの降りのためカバンを通してきた雨で濡らしてしまった。読んでる間にズレて読みにくいからカバーは外してあったのだが(不幸中の幸い?)、本が濡れて下部分が破れてしまった。…うぅ、悲しい。まだ子供が読んでないし、きっと6巻が出たら、また読み直しさせられるのだろうから。

 キクチからのメールが届く。恩着せがましく偉そうなことを書いているが、結局は新聞広告を見ただけのものだった(相変わらずだこと)。しかも用件として、ただ単にメールしてきただけで興味があるなら自分で電話して、と。

 せっかくなので連絡をしたら、半年ごとの!契約社員!ということなのでお断り。(期待などというものはしていないが)せっかく送ってくれるなら、少しでいいから吟味してね。最近は、それさえもやっていない。一応、転職・再就職を支援するのを生業にしている会社の偉い人なんですから。

 …かなり苛立ってるなぁ。



 『去年の俺』も、理由もなくイライラしていた(一応、今年の俺は理由があってイライラしている)。自他ともに認めるO型の性格丸出しの嫁さんの、素っ頓狂さ加減は今も昔も相変わらずだが、とにかく必要以上にカリカリしている。
 環境的に今も同じような状態で、同じような状況が続いているけど、それほど興奮していないのは、それなりに薬が効いているということなのだろうか。ドグマチール、恐るべし。(←決して「ありがたい」ではない。副作用が自分にはツライ)



2004年10月04日(月) 家に包丁がない、という金持ちとは違うもんで…

 今日も雨。

 別に天気のせいにするつもりはないが、憂鬱である。

 (小学生になったことで日課として義務づけされている)日記をサボった子供が、「休み中にやってないからでしょ」と嫁さんに叱られて半泣きに。癖をつけるなら今である。他の子供のように塾に通わせるような経済状態でないので、せめて細かく勉強をする、という癖だけはつけておいてもらいたい。別に出来ないことをさせてるわけじゃないんだから頑張ってね。

 そんな子供は、はじめて自分専用の包丁を使って料理をすることに。少し前までは卵割りが仕事だったが、野菜切りをまかされた。自分で調理をした料理(豚汁)は美味しいらしく、おかわりをしていた。勉強も大切であるが、お手伝いも大切なのである。

 (別に勉強ができる訳ではなかったが)大学生になってはじめて缶切を使えるようになった友人がいるが、それでは困るのよ。最近は炊き上がったご飯をひっくり返すことを知らなかったり、卵を割れない子供もいるという。それでは困るのよ。平成の時代は缶切いらないし、包丁なんかなくとも安全に野菜の皮むきできるかも知れないが、昭和的に叩き込んでやる。



 『去年の俺』は、晴天なので保育園最後の運動会を見ていた。また、リハビリ目的の日記を一週間更新してないので、かなり焦っている。ちなみに『今年の俺』は、一ヶ月くらい平気でほったらかしにしている有様…。いかんがな。



2004年10月03日(日) 秋の『24』週間スタート

 一日中、雨。

 フジテレビが半年振りに放送を試みてる外国ドラマ『24 �供戮鯱寝茲靴燭里派徂悗埜�る。最初に前作のダイジェストをやっていたのだが、あの展開をさらに凝縮すると、それだけでお腹がいっぱいになるくらいであった。

 で、セカンド・シーズン。相変わらず途中で止められない展開で一気に録画した分を見てしまう。こうなってくると心配事も出てくる。春にシーズン�気鬚笋辰浸�は、特番だか野球中継が延長したとかで録画の失敗があって見逃しがあったけど(30分、空白があるとストーリーがわからなくなる!)、今回は大丈夫なのだろうか、などと余計な心配をしながらであるが、とにかく一気。横の部屋でおとなしく一人で遊んでる子供の協力もあり?かなり楽しめた。

 家族中に風邪っぴきが多く、寝るときには『初』布団を使用することに。去年は9月に布団を使用しているので、やはり残暑である、ということなのだろうかしら。それにしても、布団を使用する季節になったのね。

 『去年の俺』は、パソコンの初期化をしていた。…かなりドキドキしながらやったものだ。そして一年経過した今、なんか同じようにパソコンの調子が悪い。しかし、もう一回やりたくとも、やり方を忘れているのが情けない。



2004年10月02日(土) プロレスなら小橋! サッカーなら相馬! 今日だけはフロンターレのファン

 気温高め。保育園は運動会。決して広くない園内は、OBやOGが大挙して集合したので大混雑だったそうである(例によってドグマチールで動けないので私は欠席)。あ、うちも身内がいないので関係ないといえば関係ないのかも。
 
 昼過ぎ。先週、一人で行くことに成功したので児童館はお手の物という感じで、スイスイと出かけて行った。自信というものは、人を大きくするなぁ。こうして日々、成長してくのね。

 プールには連れて行くものの、状態的にはかなり「ヤダヤダ状態」の一日だった。HPで川崎フロンターレの昇格発表を川崎BEでやるというのを知っていたが、なんか直前まで「どうでもいいや」という感じだったが、せっかく相馬が来るというので嫁さんに背中を押され、川崎に出発。

 開始は18時ということだったが、試合終了後に食事をしたり、渋滞にはまったりで1時間近く遅れて選手が登場。目の前の壇上にいる相馬に、フランスW杯の「SOMA」Tシャツを掲げると、こちらを見て頷いてくれた。なんか感激。5時半から並んでいた身としては、クーラー効いてたし、床に座ったままだしで風邪がぶり返すかと思ったが、ウキウキ気分の中、NK細胞が仕事してくれたみたいでいい感じ。

 当日の試合会場から直行したと思われるサポーターに囲まれているのだが、中にはフロンターレ・ユースの子供がいっぱいいた。ゲーム大会(ジャンケン)の時、勝ってもいないのに人数が少なくなると立ち上がる度胸は、さすがサッカーしてるだけにマリーシアという感じなのだが(←ユニフォーム姿の子供は全部、ズルしてた)、難点は肝心な最後のジャンケンでことごとく失敗してる点。他の人は連続で5〜6回勝ってやっと(人数少なくなって)立ち上がってるというのに、なんという体たらく。散々、ズルして立ち上がり続けた挙句、たかが一回のジャンケンに勝てないようでは…プレッシャーに弱いのね。大丈夫か? フロンターレ・ユースの(ズルしてた)子供たちよ。そう考えると、マリーシアというよりは、やはり単に小ズルいガキだったのだろうか。

 などと書いていると、フロンターレ・サポに怒られてしまうので、何か褒めるべき点はないかと思い浮かべると、さすがにスポーツやってるだけあって、彼らは待ちの時間にウロウロしたりしていたものの、携帯ゲーム機で遊んでる子供は皆無であった。これは評価できる。

 せめてサインくらいはもらえるのかと期待をしたのだが、思いのほか時間を食ってしまったので、握手のみになった。が、相馬と握手をできただけで気分はウキウキなのであった。

 一時期、読売に行ってた時は応援する気にならなかったが、青いユニフォームは馴染んでいると思う。これからも相馬の追っかけをしなければ。

 ってことで、2時間半のほとんどをスポーツショップに座っていただけであったが、帰り道はスキップで飛びたい気分になっていた。ほんの数時間前までの「やだやだ状態」はどこかに行っていた。…そろそろ、鹿島のクラブハウスに行ってみようかな。



 『去年の俺』は、去年の俺は、パソコンの復旧に四苦八苦していた。最近も調子悪いので、また初期化してリフレッシュしないといけないのだろうか?



2004年10月01日(金) 意味がわからない都民の日

 都民の日。

 学校はお休みだが、子供はフレンドリー主催の遠足に元気に出発していった。



 『去年の俺』は、ここ数日、まったく同じなのだが「土産物新聞」でかなりガタガタになっている。…ひでぇ親父だったよなぁ。今、目の前にいたら間違いなく殴る、と思う。


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