普段あまり担当にならないナース(初心者マークではないが、初心者マークに近い。)に、
独身ですか?
って、聞かれた。
点滴には、41歳○ヶ月って書いてある。
毎週木曜には妻も来ている。
当然、ナースたちはみんな知ってると思いきや、そうでもないらしい。
年齢の割に若く見られることはままあった。
だけど、今はハゲだぜ。
抗がん剤の副作用でマダラハゲ。
顔もやつれてしまい、鏡を見ると、老人とも思えるんだけどな。
それにしても、
若いですよね〜
ではなく、
独身ですか?
には、正直ビビル。
確かに、同級生男子、独身多いよ。
田舎は多いよね、独身。
ぁ。そういうことか!
田舎もんということか。
合点したよ、今。
もう一つ。
お見舞い客、多いってナースの間で話題なんですよ〜
って言われた。
この部屋から外出できないから、他の人のお見舞い客がどんななのかは分からない。
分からないから比べようもない。
でも、本日までで81名方からお出でいただいた。
これは実数だから、延べ人数にすると、もっと多い。
平日はほとんど誰も来ないことを考えると、確かに多いのかもね。
ちなみに、仕事関係の人の実績は只今ゼロ(笑)
普段、いかに趣味に生きてきた人間かがよく分かる結果だ!
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この日記を前から読んでる人は知ってると思うけど、長女を育てるのは、俺にとって『戦い』そのものだった。
きっと、妻にとっても、他の家族にとっても、更に当の本人にとっても、それは同じだったと思う。
娘の成長に合わせ親も成長…なんて甘っちょろいもんじゃなかった。
今は落ち着いたけど。
治療計画では、HLAドナーがいなくて、臍帯血移植を行う予定になっているんだけど、
ドクターの意向もあり、長女のHLA検査もすることになった。
可能性は低いんだけど。
で、今日、長女は忙しい中、最寄りの激混み病院に行って、HLA検査をしてきてくれた。
結果は、来週くらいに直接こっちの病院に送られてくるらしい。
思えば、長女が大人になったから、HLA検査ができるわけで、これも、また運命だったんだなぁと実感している。
HLAが合う合わないに関係なく、長女がそんな歳に成長したことを素直に喜びたい。
麻里、ありがとう!
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ウチの車庫には、愛車の97年型ゴルフ�轡錺乾鵑�眠っているはずだ。
10年前、『20年乗ってやる!』と、自分にとって結構高価だったのを無理して新車を買った。
それから10年。
細かい擦り傷があったり、電気系消耗品を交換したり、年頃のヘタリ感はある。
でも、まだまだ現役。
当然、『20年』を目指す。
俺が休んでいる間、コイツも休む。
俺が動き始めたら、コイツにもまた頑張ってもらう。
一緒に20年目を目指したいと思う。
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高校時代、トレーニングによって体重が最高78kgまで増えた。
その後、社会人になってからは、筋肉も落ち、68kgでほぼ変わらなく過ごしてきた。
今の身長は180cm。
入院して一週間で、63kgまで落ちた。
抗がん剤治療が始まり、現在の体重はとうとう59kgまで落ちた。
通常時から約10kg、高校時代からは約20kgの減量である。
脚も腕も筋肉は細くなり、みっともない。
顔はやつれ、脱毛とあいまって、すっかり病人らしくなった。
でも、この減量は、実は悪いことばかりじゃない。
それは、臍帯血移植で成功する可能性が高まるからだ。
痩せていれば痩せているほど、いいのだという。
体重に対する筋肉量が比較的多い私の場合、まだまだ痩せるようになるらしい。
ドクターは、もっと痩せることに期待しているようだ。
移植日程に向けて、自然にガリガリくんになりますわ。
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7月25日(水)15:00、病室内にて、参議院議員通常選挙不在者投票を行った。
巷でやっている『期日前投票(昔はこれも不在者投票と言った。)』ではなく『不在者投票』である。
もちろん、初体験。
当たり前なことだけど、これまでありとあらゆる選挙で棄権したことない。
選挙権が先人たちの血によって獲得できた権利であり、社会に対する意思表示手段であることを考えるとき、もったいなくて棄権なんて到底できない。
にも関わらず、特に国政選挙の低投票率は、選挙のたびに問題となる。
いっそのこと、選挙なんかやめて裁判員制度のように抽選にしたほうが、よほど世の中まともになるんじゃないかと妄想することもある。
人材資源の分配を考えれば、抽選制度の方がパレート最適だし。…公務員試験も同じなんだけど。
ということで、皆さん、期日前投票はお済みかい?
日本の将来、地球の将来を決めるかもしれない大事な選挙なんだ。
分からないとか、知らないとか、関心がないとか、誰がやっても同じとか、
ノンポリシィーを気取る前に、成人の責任を果たそう。
未来のために。
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悔しくて悔しくて涙がとまらない。
悲しいとか、怒りとか、そんな感情も多少あったはずなのだが、今の気持ちを一言で表すと、
悔しい。
なんで、こんなにバカになったのか。
それとも元々バカなのを見抜けなかったのか。
いったい、何が大事で何が大事じゃないのか、そこさえ押さえれば良いのに、どうして分からないんだろう。
今までの人生、すべてを後悔しそうだ。
チクショー!
涙がとまらない。
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昨日の朝、またいとこに当たる女の子がHLAの検査をして俺と適合するかどうか調べたいと言ってきている…と妻から連絡があった。
有難いことだ。
有難いことなんだけど、
適合することはまず有り得ない。
そんなんだったら普通に骨髄バンクに登録してよ!
つまらない身内意識、同族意識が、日本人の思想を決定付けてしまっている。
だから、いつまで経っても、骨髄バンクが発展しないんだ。
…ということを電話口の妻に一気にまくしあげた。
申し訳ないが、俺は当事者なんだ。
だから、他人の善意をコントロールしようなんて、これっぽっちも思っていないし、できるわけもない。
今回のようなことを俺に相談してくること自体、的外れ。
ウチの家族は、未だ理解不足なんだということが、俺の不安感をアップさせた。
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昨日の日記がブラックなのはごめんなさい。
さて、弟が前に進もうとしている。
当事者の俺にできることってなんだろう?…と外出の許されない個室内で考えた。
で、結論として、
知人に骨髄バンク推進を呼び掛け、俺みたいに適合しない人がゼロになるような強化をしてもらおう。30万人という目標値に届かないのなら、その差くらい俺を起点にして埋めてやる!
って思った。
そんな思い付きに付き合わされた人は、昨日はびっくりしたことだろう。
メールやら電話やら、昨日はベッドの上でフルコミュニケーションだった。
ナースが医療行為中も話をしていたり、メールを書いたり、あるいは直接病室で話したり。
その甲斐あって、依頼した全ての友人から快く引き受けていただいた。
人選は成功だ。
スキーだけじゃなく、本当に各方面で影響力のある人達なので、骨髄バンク登録者を増やす力になると信じている。
良く動いたので、自己満足。
達成感で一杯だ!
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ウチの隣家に、小さい頃から兄のように慕ってきた人がいる。
それは、あっちゃん。
6歳年上のあっちゃんは、いつも俺のヒーローだった。
真新しいニシザワのスキーを担いで裏山にやってくる。
竹を雪面に刺すと、あっちゃんは、持ってきた食塩の袋からパラパラと撒いた。
滑っていいぞ。
生まれて初めてのポールコースは、あっちゃんがつくった。
大人になってから、
ある日の午後、電話がかかってきた。
庭先で飲んでるから来いよ。
もちろん、行った。
あっちゃんは、既に上機嫌で饒舌だった。
やがて、自分の仕事の話をし始めた。
そのうち、ウチの娘が行っている高校批判が始まった。
さらにエスカレートし、大学卒はみな悪いなんてことを言い出した。
これくらいまでは、フツーの酔っぱらい。
だけど、
その非難の矛先に俺がなっていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
そして、
今まで全ての尊敬をかけてた人から、最大の裏切りの言葉を掛けられた。
死ね!
酒も飲まずに酔っぱらいに付き合うことは嫌いじゃないし、良くやっていることだ。
だけど、幼い頃から尊敬していた人に、それも病気で酒飲めないのに付き合ってきた俺にかける言葉として、50近い男が発する言葉じゃなかった。
その場で絞めてやろうかと思ったけど、酔っぱらいなんで、そのままにして家に帰った。
翌日、すぐに謝りにくると思った。現場には、奥さんもいたから。
でも、来なかった。
一週間後、来なかった。
一ヶ月後、来なかった。
もう三年以上経つけど、顔もあわさないし、謝りにも来ない。
最低の男。
尊敬していたのに…
いま、入院して、いろいろ励ましをもらうけど、もちろん、この男からは一言もない。
もしもの場合は、あの世で、伯母さんと懲らしめる相談をしようと、密かに企んでいる(毒)
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この部屋の窓の正面には、日本海に浮かぶ粟島が見える。
不思議なもので、快晴の日には全く見えないのに、今日のようにドンヨリの曇りや雨粒が窓に当たるようなときは、くっきり見えたりする。
調子良さそうな日は見えず、具合悪い日は良く見えてくる…
人生に似てるかな(く、くせぇ〜)
昨夜、遅くに弟がメールくれた。
メールのやりとりをするような親密な仲じゃないっすから、ホントは。
そんな弟がメールくれた。
内容は、シンプルに、この日記を読んでるということ、骨髄バンクに登録することにしたこと、そして、骨髄バンクを育てる会に入り活動することにしたこと、が書かれていた。
ホント、シンプルなメール。
味もそっけもないメール。
弟は、俺の一歳半下である。
学年は二学年違う。
小さいときは、常に日々の遊びをともにし、共通の友人たちと過ごした。
ちょっとデカクなってからは、野球、卓球、剣道、そしてスキー、同じスタートラインから始めることが多かった。
身体の発達の違いはあったが、ほとんど同じように弟はこなしてた。
大抵、大人たちは、小さく身軽な弟にセンスを見い出していた。
事実、そうだったのだろうけど、そういう話を聞くのがとても嫌で、兄弟を比べてくる大人が大嫌いだった。
大人になって、
俺は、建設省を辞め地元湯之谷村役場に入りなおした。一応、長男だし、家を継がなくてはならないと思ったからである。
ところが、採用が決まった直後、弟が仕事を辞め東京から帰ってくることになったと、母が嬉しそうに電話してきた。
俺は、退職を引き留めようとする人事といろいろやってた頃で、正直、ヒトの苦労の分からない勝手なヤツだと思った。
その後、議員選挙に立候補し、上位当選すると、ますます鼻につく存在になった。
特に、『大人たち』は、面白がって、二人を比べた。
国家公務員を辞めてきた役場職員というのは田舎ではエリート臭く見える。それに対し、高卒専門学校中退で議員になった弟を比べて持ち上げる大人の多かったことといったら…
まぁ、弟には弟の苦労もあっただろうけど。
俺は、弟には二期は議員をしないでくれと、選挙直後に申し出た。
弟は、分かった…といったくせに、二期目も三期目も議員になった。まぁ、これは、土着政治家の旨味を吸ってしまえば辞められるもんじゃないから。だけど、裏切った事実は残った。
二期目の立候補の時なんて、約束を守らない弟を責めた俺の方が悪いみたいなことを、選挙好きな父母から言われたし。
まぁ、そんな20代、30代を経て、お互い40を超えた。
弟は、市町村合併を機会に、在任特例市議会議員で議員を引退した。
いまは、薪ストーブ設置販売を生業とし、議員時代に培った人脈を生かし、NPOやボランティアに積極的に参加している。
いま、俺が病に倒れ、年老いた両親のことを考えるとき、
こんな葛藤の対象だった弟が地元にいることが、どんなに心強いか!
そして、HLAドナーとして不一致だったにも関わらず、更に一歩も二歩も前に進もうとしている弟が頼もしい。
そんな弟からの突然のメールはとても嬉しかった。
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| 2007年07月21日(土) |
『応援する』という言葉の重み
|
たくさんのいろいろな方からお見舞いをいただき、また、メールなどで励ましの言葉をいただいている。
元々ハガちんはバンク登録者だったようだし、ヒラヤマさんやタケカワさんやチハルなど、実行に移してくれた方からのメッセージは、とても心強い。
移植日程を考えれば、今の段階のドナー登録者しか対象にできないし、現時点では彼らとは一致していないのだが、いつか必ず同じような病気で苦しむ人の支えになってくれるのは間違いないわけで、そんな人からのメッセージは本当に胸の奥まで届く。
以前、ある事件のことを『星瑞枝ファン』ブログに書いたことがあった。
その時、一番訴えたかったことは、応援する、サポートするという言葉の重みだった。決して、事件当事者の個人攻撃をしようという意図ではない。
あの事件では、応援するとかサポートするとか言っていた人達から、何の応援もサポートも見えなかった。
まさに、言葉だけが一人歩きしていた例だった。
俺は、本当に幸せだ。
行動を起こして励ましてくれる友人がいるから。
その行動自体が明日を夢見る勇気を与えてくれる。
骨髄バンクの登録者目標は、30万人だという。
地方の中小都市の人口程度の数字だか、残念ながら達成されていないらしい。
数を集めれば、自分が助かるのか保証はない。
だけど、数が集まれば、同じような病気で苦しんでいる人が救われる確率は格段に上がるのだ。
俺にメッセージをくれる友に言いたい。
行動あるのみ。
みんなを助けてくれ。
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ここ数日、39℃台の高熱が続いている。ドクターの話では、まだまだ、あと10日間くらいは続くらしい。
ベッドの上で、じっと耐えるだけの毎日だ。
でも、俺は、動かないで、じっと耐えることくらい、はっきり言って平気だ。苦しいけど、こんな苦しみには耐えられる。
だから、ドクターにも、10日間くらい、頑張ってみせますよ!って言ってある。
弟、妹のHLAが適合せず(見事なくらい3人がシャッフル!)、さらに、骨髄バンクもダメだった。
骨髄バンクがダメっぽいのは、予感があった。
ドクターが子供のHLA検査をしたがっていたからだ。通常、親子間で一致するのは、一般人の2倍の確率くらいしかないのに、急に言い出したから。
で、先日、骨髄バンクはダメ宣言を受けたわけだ。
これを聞いた夜は、さすがに眠れなかった。
想像していた将来がどんどん細く小さくなった。
化学療法の毎日を生きることくらい、へっちゃらだ。
だけど、移植が前提の治療に暗雲が立ち込めているのは事実。
人生は今を生きること。それが連続していくだけ。
理解はできるが、あまりの心細さに眠れぬ夜は続く。
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今日から赤血球輸血も開始。
blood type O (+)が、
赤×2パック 板×2パック
身体に吸い込まれていった。
献血してくれたみなさん、ありがとうございます。
血小板を輸血している時、湿疹が発生して、抑えるクスリが追加された。
やはり、他人の血だもんね。
身体は、正直だ。
夕方、高校スキー部同級生のミドリさんとその娘のチカちゃんがお見舞いに来てくれた。
リハビリにスタジアムまで通っているそうで、さらに、ここの整形に入院していたんだとか。
テレビの分解方法がわかったのは大きな収穫だった。
いや〜、助かった。
ありがとう!
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地震だ!
点滴が大きく揺れ、寝ていたベッドが横揺れを始めた。
揺れは、段々と力強さを増した。
中越地震の時のことが頭の中をよぎった。
家族に連絡を取ろうにも、病院の中から出来るのは、この携帯電話を使うことのみ。
繋がらない。
なんべんやっても繋がらない。
いいえない恐怖に包まれる。
そうだ!
東京にいる長女に連絡を取ろう。
そう思い電話をしても繋がらない。
メールもダメ。
いざというとき、家族と離れていることがこんなに辛いとは。
とにかく心配だった。
テレビをつけると、詳しい情報が入ってきた。
柏崎が大変らしい。
家屋の倒壊もある。
亡くなった人もいるらしい。
柏崎ではテレビを見ること、できるんだろうか?
中越地震のときは、情報がまったく入ってこなかった。
柏崎も合併して山間地域があるから、そういうところでは、ラジオさえ入らないことがある。
やっと、妻と連絡が取れた。
家族の無事を確認できた。
まだまだ余震が続くらしい。
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今日は、たくさんの方がお見舞いに来てくださった。
みなさん、本当にありがとうございます。
それぞれ『縁』があってお付きあいさせていただいているのだが、
本日の最終面会者には、某SNSでの友人であり、高校スキー部の同級生がお見舞いに来てくれた。なんと、20数年振りの再会である。
実家に三連休で帰省していて、家族サービスをヨソにわざわざお見舞いに来てくれた。
高校時代の俺は、ホントに『弱っカス』で、陸上トレーニングでは、いつもビリだった。
結構、彼は優しいところがあって(笑)、そんな虚弱な俺を叱咤してくれてた。
俺は、身近な目標として彼を意識していた。
四半世紀の時を経て、お互いいいオヤジになったわけだが、あの頃、その後、…の話にとても楽しまさせてもらった。
高校時代の部活の苦しくも楽しかった経験は何物にも代えがたい。
懐かしいを通り超して、砂埃と汗と、真夏の日射しが蘇ってくる。
今、あの頃に戻ったら、同じ選択をしていたかどうか自信ないけど、
あの時、思いきって飛込んで良かったって、振り返って思う。
ショーゴ、今日はありがとう。
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生まれて初めて、他人様の血液が身体に入ってきた。
抗がん剤が効いて、赤血球、血小板とも下がり始め、
まずは、血小板が輸血された。
血液疾患になる以前、血小板成分献血をすると、通常献血の四倍のスタンプを押してもらえたので、このスタイルの献血をよくしていた。
まさか、その頃は、自分が輸血してもらう立場となるとは思いもしなかった。
献血の景品目当ての不純な動機だけで、献血カードは何冊にもなった。
免許証に挟んでおくと、事故ったときに役に立つとかなんとかで、今も挟みっぱなし。
初めての輸血は、あっという間に、俺の血管に入っていき、いま、この身体を巡っている。
献血をしてくれた多くの見知らぬ人々に感謝し、今夜の眠りにつこう。
ありがとうございます。
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この携帯に付いているスクリーンセイバー機能の指定ピクチャーを妻と長男、次女の三人の写真にした。
日曜日に、この部屋で撮ったものだ。
ここにさらに長女の顔が入ればもっと嬉しいんだけど。
約一分放置しておくと、家族の写真が現れるという素晴らしい設定に我ながら感心する。
結婚して今年で二十年目。
きっと、妻が思い描いていた結婚生活とはほど遠いもので、それが原因で、子どもたちにも要らぬプレッシャーが掛ってきたと思う。
でも、それらすべてが家族の生活であり、俺自身は、勝手な言い分だけど、楽しんできたつもりだ。
いつの日か、わかってもらえるとおもうんだけど…
抽象的だな。
ま、みんなの笑顔がある限り、俺は、大丈夫です。
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急激な血圧低下でトイレで具合悪くなった。
ナースコールで助けてもらった。
入院後初。
10年前、血液疾患と診断され、死を意識した。
近いうちに治療が必要な事態となると思い、家族、弟妹に話をしたことがあったが、あまり理解されなかった。
それぞれが自分のことで精一杯だったから。
俺は、ありのまま、現実をわかってほしかっただけなんだが、言葉は伝わりにくいもの。
いま、現実として、死を意識すると、
自分の人生は、つくづく幸せに包まれていたと思う。
もちろん、ワガママがとおらず我慢を重ねたことも多かったが、それいじょうに、自分のやりたいように生きてこれた。
努力が足りずに涙を飲んだこともあったが、成果を評価されるようなこともできた。
ここまでは、そこそこいい人生だった。
まだまだ見届けたいこと、たくさんある。
それがワガママなのか、我慢をしなければならないことなのか、
それとも、
叶う願いなのか…
ゲームは続く。
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骨髄バンクからの連絡を待つ患者の家族の一体何割がドナー登録しているのだろう?
きっと、自分の肉親のためには、自らドナーになるだろう。
でも、赤の他人に対して自分の生活時間を切り詰めてまでドナーになるという考え方は残念ながら浸透していない。
それゆえ、骨髄バンク成り立つのが難しいのだ。
ただ待つだけの自分にとって、強制することはできないけど、自分の家族には理解をしてもらいたい。
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今日から抗がん剤の投与開始。
24時間×7日間、点滴が続く。
異変は夕食時くらいからだった。
食欲がないのだ。
食事が終わり、個室へ戻ると、だるさが一気にやってきた。
体温は、37.2℃。それ以上にだるい気がする。
ナースにアイスノンをもってきてもらった。
ドクターは、治療開始前の状況でも、まともな白血球が少なかったからこれくらいの熱はいつでも出ておかしくない状態だったのだと言う。
さらに日が進んで抗がん剤が作用し始めると、もっと高い熱が出るのだそうだ。
これくらいでへばっちゃいけませんな。
気を確かに持とう!
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| 2007年07月08日(日) |
病気に立ち向かう気持ち
|
入院している病院は、高度医療特定機能病院。
俺の病気の治療ができるのは、新潟県内ではここを含めて三カ所。
当然、生命に関わる治療を受ける患者が多数を占める。
食堂脇の七夕飾りには、病気の治癒を願う短ざくが無数にぶら下がっている。
治療は、複数のドクターからなるチームでカンファレンスを行った上で進められる。
現代医学の最先端の医療が行われている場所だ。
俺は、ドクターを信じているし、結果も信じている。
だけど、それは、助かりたいという気持ちとは若干違う。
どんな怪我や病気でも、手術や投薬によって快方向かう可能性がある。
だけど、最終的には、身体の中の細胞が病に立ち向かうのだ。
ドクターは、そのヘルプをしてくれるけど、最後は自分自身。
『助かりたい』ではなく、『自分で治す』という強い気持ちを持って、明日からの戦いに挑む。
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12Fの図書館に行くと、10分100円(高っ!)でパソコンでブラウジングできる。
普段は携帯電話でサイトを見ているんだけど、PC専用サイトは、Googleモバイル経由でもあまり見ることができない。
なので、PC専用サイトを中心にサーフィンしてきた。
20分もブラブラしたので、200円!分、テレビカードの点数が減っていった…
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高速バスに乗って、妻が来てくれた。
普段は一人ぼっちで食べる食事たが、今日の昼食は二人で一つのテーブルを囲んだ。
もちろん、食べるものは違うんだけど、…
とにかく、嬉しかった。
やっぱり、俺のわがままを聞いてくれる人って、世の中この人だけなんだな。
まぁ、運命だと思って諦めて一緒に生きてくれているし、本当に感謝している。
午後から桾ちゃん(兄)がお見舞いに来てくれた。彼は俺にとって永遠の直属の先輩。
仕事が忙しい中、時間をさいてきてくれた。
ありがとうございます。
実は、同じフロアに、いとこが入院しているのが判明した。
やはり、結構重い病気で二週間前から入っているらしい。
お互い頑張らなくてはね。
夕食の際、食堂で走り回っている双子の子どもがいた。
お父さんが入院しているのかな。
(ここは病院だよ。走ったら危ないよ。他の患者さんに迷惑だよ!)
って、叱れない俺。
あ゛ー自己嫌悪。
だけど、母親も父親も子どもをまともに注意しない。
ったく、イマドキの親は…って、目付き悪く睨んでしまった。。。
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10Fのクリーンルーム(無菌室)に移動してきた。ナースステーションのすぐ近く。窓からは古町方面、新潟港、日本海が見える。
アゴのデキモノが大きくなったので、皮膚科受診。皮膚科のドクターはかわいかったよ。また来週会える。
午後からは、本日のメインイベントである中心静脈カテーテル挿入。
麻酔針が骨にカツンと当たり痛かったが、なんとか乗り越えた(涙)
こうやって一歩一歩、本郷猛や一文字ハヤトのような改造人間になるのだ!
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病名:骨髄異形成症候群から移行した急性骨髄性白血病
10年前、初診時は低リスクと思われたが、最近、急速に急性骨髄性白血病に移行した。
治療計画
数種類の抗がん剤を組み合わせる多剤併用化学療法を行う。
寛解導入療法→地固め療法(3〜4回)の後、造血幹細胞移植(骨髄移植)を行う。
化学療法の1サイクルが約1ヶ月。これを4〜5回繰り返すことになるので、約半年以上の入院が必要。
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期末試験が終わると、夏休みがやってくる。
部活やったり、バイトやったり、遊んだり、人生で一番輝いている時間かもしれない。
俺も高一の夏休みはいろいろ充実してた。
まず、白馬にスキー合宿。雪渓を登っては滑る練習があった。
苦しかったけど、本当に良い思い出なんだ。俺のスキーヤーとしての出発点かもしれない。
それから夏期講習。新潟ゼミナールっていう予備校(もう凄い昔になくなっちゃったけど)に泊まりで20日間、行かさせてもらった。
テレビない平屋の寮で、毎日凄い勉強した。おかげで夏休み明けの数学のテスト、学年で一位。問題数がとても多いテストでスピード競争だったんだけど、あの時だけは(笑)、冴えていた。
後は陸上トレーニング。20キロ山岳マラソンはキツカッタ。ヨソの家の玄関の水道で口を濡らしながら、やっと走りきった。もちろん、スキー部の中ではビリ。でも走りきった後の充実感っていったら最高だった!
そんな最高の夏休みだった。
思い出すだけで楽しい。
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【Referer】
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