麻綴り
DiaryINDEX|past|will
さっき、なにげなくMy Refererを見てみたら、「鎖肛」の検索でいらした方がいたようで驚きました(ここは、なんの参考にもならないようなサイトですみません……)。
表示された検索画面を見て、鎖肛に関するサイトをいろいろ巡ってみました。 ウェブで鎖肛について調べるのは、初めてのことです。 生まれた息子が低位鎖肛とわかった当初は、調べものなどする余裕はありませんでしたから。
あちこち見て回っての感想は、大変な中で頑張ってる親子がたくさんいるんだなぁ、ということ。特に高位鎖肛は、術後のリハビリ(排便トレーニング)が大変なようです。 低位鎖肛については、案外情報が少なくて、よくわかりませんでした。一般的には、順調に行くことが多いらしいですが。
いろいろな情報を見て、かえって不安になりかけましたが、まあ、先のことを思い煩ってもはじまりません。これまで通り、楽観的に行きたいと思います。
***
息子は、毎朝、ブジー(肛門に金属でできた棒状の器具を差し込む処置)と浣腸をしています。手術で新設した肛門が狭窄しないように確保しつつ、自力できちんと排便できるようにトレーニングしていくことが必要なのです。この一連の処置は、すでに習慣になっているので、さほど苦にはなりません。 息子もはじめのうちは嫌がって泣くことが多かったのですが、最近はほとんど泣きません。ブジーの棒は次第に太いものに換えていくのですが、今使っている13号と14号が、現在はもう、余裕で入るようになってしまっているからだと思います。次回の外来で号数が上がれば、またしばらくは不快感があって泣くようになるのかもしれませんが。
息子の排便のことで、普通と違うのかな……と思うのは、その回数の多さです。とにかく、ひっきりなしにウンチが出ています。おむつを換えるたびに、必ずウンチがついています。毎日、たぶん15回くらいは換えていると思いますが、換えてはまたすぐ出て、それを換えるとまた出る、という感じ。 おっぱいを飲みながら出すこともあるし、飲み終わるとまたひとしきりうなって、ウンチタイム。さらには、寝ながらうなっていることも。(あんなにうなるのは、単に飲みすぎ、という説もあるが……)
これだけ排便が多いと、おしりも赤くなりがちなので、おむつを換えるたびに、ほとんど毎回、水道でおしりを洗ってやっています。 外出時と夜間以外は布おむつにしているので、洗濯もまあ手間ですが、これは慣れればさほど負担ではありません。
いずれはウンチをまとめて出せるようになるのか……それが少々心配ではあります。主治医の先生(優しい女性です)は「大丈夫ですよ♪」とニッコリ笑っておっしゃってましたが。まあ、大丈夫なのでしょう、きっと。
***
今日は、なんだか企画ものみたいな文章になってしまって、まったく日記ではありませんね。
簡単に日記を書いておきます。
***
今日は日曜日で、教会に行きました。息子と一緒に行くのはこれで3回目。やっぱりひんぱんにおっぱいを飲むので、いつ飲ませるかというやりくりがちょっと難しいです。 私は聖歌隊で歌うので、そのときにはグズらずにいてくれるように、前後に授乳します。 でも、午後の聖歌隊練習の時間は、結局おっぱいタイムとぶつかってしまって……。ベビースリングで目隠ししつつ、飲ませながら歌っていました。ははは。
***
ぜんぜん「スポーツ」の日記じゃなくなっている今日この頃ですが、いちおうF1は見ています。7月からは仕事にも復帰します。でも、産後、目をいたわる必要があったことから、どうもニュースに疎くなってしまって。こんなので、ちゃんと復帰できるのか、やや心配です。
ヨーロッパGP。 うーむ。やっぱり抜けないコースってよくないですね。ぶつからずに抜きつ抜かれつがあったらいいのに。 ミヒャとモンチの接触に関しては……まあ、レーシングアクシデントですかね。 妙なペナルティが出なくてよかったです。 しかし、接触直後にはモンチに対して、「あんたねぇ。生きてドイツから出られると思ってんの?」と呟いてしまいました(笑) ドイツ人のミヒャファンたちにつかまったら怖そうだもん。 結果的には、ミヒャもリタイアにならずによかったです。押してもらってコース復帰なんていうのがありだとは知りませんでしたよ。危険なところに止まっていた場合はいいんですね。 しかし、ウィリアムズのスピードには驚きました。これは、この先、ますます混戦になりそうかな。
ハープクラブのミニ発表会でした。
息子が入院したりした後、クラブの方には「しばらく休会します、ミニ発表会も無理だと思います」と申し出ていました。でも、思いのほか退院が早かったことで、発表会にはできれば出たいなぁ、と考えはじめたのでした。 抱っこしないと寝てくれない息子に悩まされつつ、最近は隙を見て、ちまちまと練習はしていたのですが……。(授乳しながら片手だけ練習するなどという荒技も……笑) 結局、昨日になってようやく、参加しようと決心がつきました。練習不足なのは確かだけれど、まあ、参加することに意義があるかな……と思って。
息子と娘をつれてクラブに行くと、皆さんは暖かく迎えてくださいました。 発表会では、飛び入りのような形で、ダニー・ボーイのアンサンブルに仲間入りさせてもらい、ソロでカロランのプランクシティ・バークを弾かせてもらいました。 ダニー・ボーイは、皆さんに迷惑をかけないように、右手だけ。これは、とりあえず無難に弾けました。 ソロは……練習ではちゃんと弾けていても、やっぱり本番は緊張してダメですね。ボロボロでした。
でも、やっぱり参加してよかったです。 みなさんの演奏を聴くのも、自分で弾いてみるのも、すごく刺激になって……。家でひとりで練習しているだけでは得られないものが得られますね。
子連れでの参加は、大変なことは大変ですけど、これからもできる範囲で、積極的にやっていきたいと改めて思った一日でした。
| 2003年06月26日(木) |
はじめてのお買い物。 |
なかなか日記を更新できませんが、元気でやっております。
***
初めて、息子を連れて買い物に行きました。 これまで、彼を連れて外出したのは、母乳のマッサージに行ったのと、病院の外来診察と、1カ月健診と、あとは教会の礼拝に2週続けて出たのとで、計5回。 買い物は今回が初めてでした。
授乳の間隔が1時間、もっても2時間程度なので、息子を家においていくとゆっくり外出できません。 昨日、おばあちゃんに見ていてもらって、図書館に行って来たのですが、1時間半で帰宅してみると、すでに大泣きになっていました。1時間たったところで、もう、口をパクパクしておっぱいを欲しがりだしたそうな……。
というわけで、今日はいろいろ買いたいものがあったので、仕事に行くおじいちゃんの車に同乗させてもらい、子連れで某ショッピングモールに買い物に行きました。
10時前から11時頃まで、あれこれ買い物をしているあいだ、息子はベビースリング(布でできた、ハンモック状の抱っこ紐のようなものです)の中でスヤスヤ寝ていました。11時頃、目がさめかけてきたところで、ベビー用品店の授乳室でおっぱい休憩。その後、もうしばらく売場を見て回ってから、おじいちゃんのお迎えが来るまで、もう一度おっぱいを飲ませました。
ベビースリングって、本当に便利です。子どもを中に入れたまま、まわりに気づかれずにこっそり授乳したりできるのです。 「そろそろお迎えが来るかな」と思って、授乳室を出ようとしたところで、息子にグズられてしまったので、ひそかにおっぱいをくわえさせたまま、待ち合わせのベンチまで行ってしまいました。それでも、全然、人目が気にならないんだから、本当に助かります。 結局、お迎えが来るまでずっと、息子は半分寝たまま「ちゅぱちゅぱ」とおっぱいを吸い続けていました……。
スリングは本当に役に立ちます。今日も、スリングでだっこしたまま洗濯物を干したし、実は今も、息子をスリングに入れたままひざに乗せて、これを書いているのでした。おかげで両手でタイプできています。
***
ところで、ベビールームで久しぶりに体重をはかってみたのですが、服こみで4180g! びっくりしました。あとで服とおむつをはかったら、約80g。ということは、約4100g……? はぁぁ……なんだか重くなったとは思ってたけど、4kg超えたのかぁ。 計算してみると、やっぱり1日当たり50gちょっと増えているようです。 うーむ。やっぱり、あれだけ飲んでれば、肥るよなぁ。
久しぶりに、学生時代の友人、Tちゃんに会いました。3月末のマザリングフェスタ以来です。 そもそも、5月6日にわが家に遊びに来てもらう予定だったのですが、妊娠中毒症騒ぎで、私がドタキャン(結局、その日に出産になってしまった……)。 というわけで、今回、改めて遊びに来てもらいました。 Tちゃんは妊娠9カ月の妊婦さんなので、はるばる来てもらうのは心苦しかったのですが……。
妊娠、出産についていろいろお話ししたり、赤ん坊のいる暮らしというものを見てもらったり。 息子は例によって、頻繁におっぱいを飲んでいましたが、その合間には案外いい子で寝ていました。 「可愛い泣き声じゃない……」と言われたりして。結局、大泣きのときの声のでかさは披露せずじまいでした。
***
今日からカナダGPだということをすっかり忘れていて、深夜に帰宅した夫に教えられました。ヨーロッパラウンドだったら、とっくにセッションが終わっちゃってる時間でした。カナダだからよかったようなものの……。
***
深夜、久しぶりにハープを弾きました。 息子が珍しく、しばらく床で寝てくれたので。
時間が遅かったため小さな音でしたが、息子が起きるまでの束の間のひととき、久々に練習できました。 弾き方なんか、まったく忘れてるんじゃないかと思っていましたが、弾いてみたら案外すんなり弾けたので、ちょっと感動。
産後、ハープに触るのは2回目でした。 いっぺん、息子をだっこしたまま弾いてみようとしたのですが、それはやはり無理があったようで……。あまりにもへろへろの演奏だったため、すぐ諦めました。 首がすわってくれば、おんぶしながら弾けるかもしれないけど……。 目指せ、子連れハーパー。
息子の退院から約2週間がたち、今日は初めて、外来で診察を受けてきました。
10時の予約でしたが、1時間近く待ちました。その間、息子はずっと寝ていたのですが、診察の番が来たところで目を覚まし、予想通りおっぱいを欲しがって大泣き。診察の間じゅう泣き続けて、お医者さまたちに元気さを思い切りアピールしていました。
診ていただいた結果、すべて順調で、次の外来は1カ月後でいいとのことでした。体重の増え方がいいのも褒められました。今日の計測では、3285g。やっぱり、1日につき50g以上増えているんだなぁ……!
診察終了後、授乳室でしっかり授乳してから帰途についたのに、家につく前にもう口をパクパクさせて泣き出しました。まったく、なんでそんなに飲むんだ?
***
というわけで、今も、おっぱいを飲み終えて眠りこんだ息子を片手で抱いたまま、これを書いています。 眠ったと思って下におろすと、すぐ起きちゃうんだよなぁ。 ひとりで寝てくれないので、1日中ほとんど抱っこしています。夜も、なかなか布団で寝てくれないので、私のお腹の上にのせて、ラッコ状態で寝たりしています。ほとんど“抱き石拷問”状態。これじゃ、お腹が重くて、妊娠中の腰痛がぶり返しそう……。
とかいいつつ、こんな生活でも、すごく楽しんでますのでご心配なく。
1カ月検診に行ってきました。 病院から退院するときに、どこで受けてもいいと言われたので、助産院で受けました。病院の方は、行くだけでも大変で、ドッと疲れちゃうんですもん。助産院は、行くだけで癒されます。
さて、息子は体重が3170g。退院から11日で635gも増えていました。1日当たり、57.7gの増加。 これって、かなりすごいことかも。普通、1カ月検診では、1カ月で1kg増えていればOKっていうんじゃなかったっけ……? そういえば、このところ目に見えて肉付きがよくなってきたもんなぁ。ほっぺたが丸く膨らんできたし、手足の関節部にもくびれができてきたし……。 退院以来、いつでも飲み放題!の生活なので……肥るのも当然といえば当然。 本当によく飲むんですよ。(今も、片手に抱いて授乳しながら書いてます。)昼となく夜となく頻繁に飲みたがり、病院にいたときの3時間おきなんていう習慣はどこへやら。これって、たぶん飲みすぎだと思うんだけど……。
というわけで、私も息子も、健診では特に問題なし。とりあえずこれで、徐々に外出などもできるようになります。めでたしめでたし。
***
午後は、娘の学校の保護者会に行ってきました。 連日の寝不足で、「講話」の最中に眠くなって困った困った……。
私が出かけている間、息子はおばあちゃんにみていてもらいました。 退院前日に搾った冷凍母乳が残っていたのを解凍して、飲ませられるようにして行きました。 息子は90ccしっかり飲んだそうですが、その1時間後にはもう、帰宅した私におっぱいをせがんできました。やれやれ。出かけていた時間は、ほんの2時間半ほどだったのに……。なんでそんなに間隔が短いんだ……?
久しぶりに外に出たら、紫陽花がきれいでした。もう6月なんだなぁ……今さらですが。
***
この間の更新の後、大勢の方からメールやメッセージをいただきまして、本当にありがとうございました。 1カ月ほど更新を休んで、消息不明になっていた間も、気にかけていてくださった方々がこんなにいたんだ……と、感激してしまいました。
常にひっついている息子がいるもので、メールの返事もままなりませんが(片手で文章を打つのは、なかなか大変で……)、みなさま本当にありがとうございました!
ご無沙汰しております。
出産以来、本当にいろんなことがありました。 とてもWeb日記を書ける状態ではなく、こんなに間があいてしまいました。
とりあえず、現在までの出来事をかいつまんで記しておきます。
***
5月6日――男児を出産。
断続的に始まった陣痛が、この日の未明頃から規則的に。「妊娠中毒症から回復したという診断を受ける前に陣痛が来たら(助産院ではなく)病院で出産すること」という約束になっていたため、ギリギリまで様子をみるが、午前10時には観念して病院に電話。午前11時前に病院着。 この段階で、すでに陣痛は3〜5分間隔。驚いたことに、知らないうちに破水していた。子宮口は6�儚�大。 陣痛室で「まだそんなに痛くないなぁ」と余裕で陣痛を逃していたら、突然「赤ちゃんの状態が思ったよりよくないので、すぐに分娩室に移ってください」と言われる。 それからはあれよあれよという間にいろいろなことが起こって……。 胎児の心音が下がったために、まだ全開していない子宮口を医師が手で広げ、ろくにいきみもしないうちに「吸引分娩します!」ということになり、すぐに会陰切開。お腹を押されたところで、吸引される寸前に、いきみながら「出ておいで!」と呼ぶと、子どもは自力でするっと生まれてきた。午後0時52分。病院に到着して、2時間しかたっていなかった。
さて、生まれた息子は2080gしかなかったため、顔も見ないうちに連れ去られ、即保育器入り。すぐに授乳したいとの願いもかなわず。仕方なく、その晩から3時間おきの授乳に通い、滲むほどしか出ない母乳をしぼって、哺乳びんで保育器ごしに授乳。
7日(生後1日)――息子に肛門の異常があることを知らされる。「低位鎖肛」との診断。即日で隣市の小児医療センターに転院することに。救急車で搬送されていく我が子を見送って、一人取り残される。 病院の保育器から救急隊の保育器に移されるときに、初めて、ほんの一瞬だけ抱っこさせてもらった。小さくて軽かった。
「低位鎖肛」というのは、あるべきところに肛門の穴があいていないという病気。息子の場合は、違うところに小さな穴があいていて、便は出ていた。 「低位」というのは、「鎖肛」のうちでも比較的軽いもので、直腸や肛門の括約筋などは形成されており、手術で肛門の穴をあけてやればいい、というものだ。
8日(生後2日)――午前中、息子が手術を受ける。夫と実家の母が付き添ってくれた。息子の退院まで、1カ月半ほどかかるという。私は、この日の夕方、産後2日目にして早々に退院。
9日(生後3日)――この日から、毎日、息子を見舞う生活が始まった。
ICUに入っている間は面会時間の制限もあり、家族の都合のつく時間に車で送ってもらうしかなかったので、往復1時間かけて行っても、ほんのわずかしか病室に滞在できず、ストレスのたまる日々。 保育器の中の息子は、全身に点滴やら、モニターやら、電極やら、あれこれをつけられ、それを取らないように手足は縛り付けられ、見るも痛々しい姿だった。点滴のせいか、顔はむくんで目が開かない。
助産院で、おっぱいの開通マッサージを受け、搾乳を始める。3時間おきに搾るのが基本だが、夜中など寝過ごして間があくと、猛烈に張って痛いこと、痛いこと。おかげで全身がこってしまうほど。搾った母乳は冷凍して、毎日、病院に届ける。
12日(生後6日)――ICUから一般病棟に移る。
13日(生後7日)――ようやくむくみがひいてきて、目が開くようになった。
15日(生後9日)――保育器から解放され、ずっと裸だったのが、初めて服を着せてもらう。 これでやっと、人並みに抱っこしてやることができる。ほ乳瓶で母乳を飲ませる。 そして、生後初めての沐浴。娘が赤ちゃんだったとき以来のことで、手順などすっかり忘れていたが、看護婦さんに教わりながら私が入れた。嬉しかった。
16日(生後10日)――この日から、朝は夫に病院へ送っていってもらい、昼過ぎにおじいちゃんに迎えに来てもらう、という生活パターンが定着。 朝は、8時から9時頃に病室へ。帰りは、2時から4時、ときによっては5時頃、病室を出る。 息子は、その日によって、起きていることもあれば、一日中ほとんど寝ていることもあった。よく寝ているときは、私も椅子に腰掛けたまま、一緒に昼寝をしたり、寝顔をまじまじと眺めたり。 毎日わずかしか面会できなかったころに較べれば、一緒にいられる時間が長くなった分だけ、精神的にはゆとりができた。 ただ、ずっと寝ていたのに、帰る時間になって泣かれたりすると、ちょっと辛い。
病室にいる間は搾乳できないので、胸がパンパンに張る。授乳時間は、3時間おきに定められているので、その間、息子が口をパクパクさせておっぱいを欲しがっても、授乳できない。これはけっこう辛い……。 母乳育児の成功の秘訣として、生後すぐに、母親の乳首をくわえさせること、というのがある。最初に与えられるのが人工の乳首だと、それが“インプリンティング(刷り込み)”されてしまい、あとで本物の乳首を吸わせても、それを嫌ったり、うまく吸えなかったりすることがあるという。 それを知っていたのに、ずっと直接授乳できていない、という事実が心に重くのしかかっていた。 病院から帰宅後は、ひたすら搾乳にいそしむ。かなり時間もかかり、指は腱鞘炎気味に。搾っていないときは、食事をしているか、寝ているか。本当にいっぱいいっぱいの生活だった。
22日(生後16日)――この日突然、直接母乳を飲ませる許可が出る。研修生のKさんが、私の希望を話してくださったらしい。 ドキドキしながら、乳首を口にあてがってやると、なんと、しっかりと吸い付いてくれた! 強い力で吸いながら、ゴクゴク飲んでいる。途中で向きを変えようとしても、なかなか離れないくらい、強い力で吸っている。涙が出るほど嬉しかった。
26日(生後20日)――手術後10日目から始まっていた“ブジー”という処置を、私がする訓練が始まる。手術した肛門が狭窄しないように、肛門に金属の棒を差し込む。これを毎日、自宅でできるようにならないと、退院できない。
29日(生後23日)――この日のブジーが終わったとき、突然、「明日、退院してもいいでしょう」とお許しが出る。1カ月半かかると言われていたのに、まだ1カ月たっていない。飛び上がりたいほど嬉しい。搾乳のしすぎで、右手はもう限界がきていたし……。
30日(生後24日)――退院。この日の体重は2535g。よく飲んで、頑張って大きくなった……。
***
……という次第です。 現在、6月4日の夕方。片手で息子を抱っこして、授乳しながら、片手でこの文を書いています。
やっと、家族一緒の生活ができるようになって、本当に嬉しいです。息子が欲しがるときに、すぐ抱き上げて授乳できるという、そんな当たり前のことが幸せです。引き離されていた時間が長かった分だけ、今、息子がかわいくてたまりません。
娘も弟をとてもかわいがっています。あやしたり、だっこしたり、おむつ替えを手伝ったり……。 入院中は、病院の規則で、子どもは病棟の中に入れなかったため、寂しい思いもしたと思います。それでも娘は、弟の退院を心待ちにしていてくれました。 今はさすがに、弟にライバル意識を感じることもあるようですが、それでも、学校から帰ると、まず弟のところに飛んできます。
***
昨日(3日)、初めて息子を連れて、助産院にマッサージに行ってきました。S先生も、スタッフの皆さんも、とても喜んでくださいました。
家族に囲まれて自宅出産をと願っていたのに、思いもかけないような形の出産となり、その後も試練が続きました。 私がなぜ自宅出産を望んだかというと、子どもとも家族とも離れたくなかったから。家族に新しい一員が加わるとき、“医療”の介在なしに、ごく自然な形で、家庭の中に迎え入れたかったから。 家族が見守る中で出産し、子どもをすぐに胸に抱いて授乳し、この世界に出てきたばかりで不安を感じるであろう我が子に、静かで穏やかな時間を用意してやりたい……。片時も離れずに、そばにいてやりたい……。そんなふうに考えていたのです。
それがなぜか、まったく正反対の出産になってしまい、その後も、引き離される時間が長く続きました。 なぜそうなったのか……私の不摂生のせいなのか、それとも違う理由があったのか……それはわからないけれど。 今言えることは、私が避けようとしていた“医療”のおかげで、息子が無事に生まれてくることができ、そして現在、無事に生きているのだということ。
まずは、無事に生まれてきてくれた息子に感謝。 そして、出産から手術、退院に至るまでにお世話になった、すべての医療関係者の皆さんに感謝します。 さんざん心配をおかけした助産院のS先生と、スタッフの皆さんにも。 そして、このしんどい時期に支えてくれた家族にも。
そして、妊娠中から出産後にかけて、励ましやお祝いのメッセージをくださった皆さんにも感謝します。お礼のメールも出せず、ご報告もこんなに遅くなってすみませんでした。
***
というわけで、現在、遅ればせながら、息子と密着した楽しい日々を送っています。夜中の授乳も、搾乳していたときのことを思えば、苦になりません。昼間、一緒に昼寝もできるし……。 産後は無我夢中のうちに日が過ぎてしまい、自分の身体をいたわる余裕もありませんでしたが、これでようやくゆっくりできます。
***
今後は、以前ほどマメに日記は書けないと思いますが、時々は近況を報告していきたいと思います。
この長文を読んでくださった方、ありがとうございました。
|