いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2002年08月30日(金) あ〜あ またまた月末です

 はやいもので、もう月末だ。特に、今月は、30日の金曜日なので、1日支払いが早くなり、損をした気分である。昨年までは、経営者として月末に金策に駈けずりまわっていたのが、うそのような、平穏な月末だ。しかし、小規模ながら、事業としての支払いがあり、3時まで(銀行が閉まる時間)までは、気がぬけない。3時からは、区役所で区議としての仕事。6時からは、経営者としての仕事。棚卸などを終わって、家に着いたのは、日が変わって、夜中の2時だった。8時間労働、45分の休憩、30分の休息時間とは、まったく無縁の世界が、中小企業の世界で、そのことが、わが国経済を底支えしている。そう思わなかったら、やってられない。
先日、兼業議員は中途半端との書き込みを頂いたが、どうだろう。昔から”急ぎの仕事は、忙しいヤツに頼め”との言葉がある。時間は、作り出すものである、と私は信じている。元経済企画庁長官の田中秀征氏が新聞に”地方議会の改革は、もっと兼業議員を増やすことだ。終生、議員というのだはいけない”と述べられていて、意を強くした。今日の、この瞬間も、不渡り回避(翌日の朝一番までは、なんとかなる)のため駆け回っている経営者が多くいることだろう。がんばれ!



2002年08月29日(木) お〜お ついに召集令状がきた

 平成14年度召集訓練通知なる書類が、航空自衛隊防空指揮群から届いた。私は、全国800名いる、航空自衛隊予備自衛官である。年5日間の訓練出頭義務があり、防衛召集命令(わが国に重大な危機ある場合)発令に際しては、正当な理由なく出頭しない場合は、懲役3年以下との罰則がある。15歳で、自衛隊生徒として入学して、19歳まで、4年間、衣食住、授業料、給与(ボーナス付き)まで頂いていた身としては、その後の事情はあったにせよ、恩返しをせねば、と、昭和63年、航空自衛隊に予備自衛官制度ができて、すぐ志願した。現在は、予備2等空曹(旧軍の軍曹)の階級で、大昔勉強したBADGE(バッジ 半自動航空警戒管制組織)の整備という職種に所属している。年5日間は、2回に分割することが出来、東京府中にある所属部隊に出頭する。通常の月は、確か4500円の手当てが支給され、訓練召集中は、8500円の日当と、3食、そして、この期間だけは、自衛官診療証という、全額国費で払われる健康保険証が支給される。訓練初日には、医官による健康診断もあり、制度としては完備されている。ところが、そもそも陸上自衛隊の制度をそっくり、航空自衛隊に導入してしまったため、問題も多い。まず、陸自は、頭数が必要だ。いくら近代戦であっても、最後は、人。15万の現職自衛官では、到底不足する。そこで、予備自衛官、即応予備自衛官、(以上OB)、予備自衛官補(民間人)で補っているのだ。ところが、航空自衛隊や、海上自衛隊は、頭数いても、飛行機や艦艇は動かない。日進月歩の技術に、OBがついていけるはずもない。一部、予備自衛官を主に編成する基地防空隊というのが航空基地にあるが、建前は”在職時の職種”である。
私が勉強したBADGEには真空管が入っていたので、今の最新の機種のことは、まったくチンプンカンプン。有事には、基地警備、給食、輸送などの後方支援しかないだろう、と思っているが、一度出来た制度は、なかなか変えないのが、この国の役人の掟だ。そういえば、米国製日本国憲法も一度改正されていないなぁ。本国(?)じゃ、何百回と改正されているのに…



2002年08月28日(水) 教育は強制?矯正?それとも共生?

 中学一年になる長女が、おもしろい英語塾に通っている。元商社マンだった自称”ボス”が、主宰するもので、徹底して叱り、徹底して褒める。できない子供は、バカよばわり、その子が変身すると、ベタ褒め。親がいようが、いまいが、ひっぱたく。声は、徹底して大きくないと、大きな声が出るまでやらせる。
目は、”ボス”が話しているいる時は、ボスの目を見させ、板書している時は、黒板を見させる。目がそれていると、すぐ指揮棒で指される。生徒は、約2時間の授業中、一切よそをみずに集中している。世の中、ゆとり教育が叫ばれているが、これでいいのではないか。結局のところ、まず強制して、基本を作ったうえでの、矯正であり、共生だろう。親も、教員も、エセ民主主義の”自由”と、”人権”を教え込まれた結果、子供に媚びることが、”人権”だと勘違いしているのではないだろうか。学校で、教員にひっぱたかれた位で、ガタガタ学校に文句をつける親が多いらしいが、そんな親だから、子供がヒッパタかれるんだ、ということが、これまた、わからない。(前述の、酔っ払った教員がひっぱたいた例は論外)



2002年08月27日(火) 陳情おじさん 地元中学へあらわる

 土日に行われた、お祭りのパトロール用品を学校に返しに行ったら、大声で叫ぶ、聞き覚えのある声が聞こえた。議会では有名は、陳情おじさんT氏だった。どうやら、教員のマイカーが校内に多数駐車されているので、写真に撮影して、抗議しているとのことだ。なんじゃい、いぬぶし応援団かい。しかし、そこまで厳格にする必要が、あるかな、というのが私の意見だ。夏休み中の学校では、部活が花盛りだ。部活の顧問教員が、部活用品を運搬したり、車を利用することもあるだろう。
ようは、バランス感覚である。どうも、公務員は、極端で、バランス感覚に欠ける。過日、教員の自動車通勤を発見したら、詐欺罪(通勤手当の不正受給)での告発、駐車場代金の支払い請求(公有地の不正使用)をするぞ、との改善要望を教育委員会に提出したところ、PTAに、クルマでの来校を自粛するよう要請した、”頭の固い校長”がいた。PTA行事で、クルマを使用すべきことまで、NOとしてしまうのだ。まいちゃうな〜。ところで、この陳情おじさんT氏、本業は、テキ屋さん。あさりを羽田で取っては、駅前で売る。お祭りがあれば、風船やお面を売る、実に働き者なのだ。そして、また、実に鼻が利く。区の丸秘資料など、ゴミの山から見つけてくる。議員や、職員の不正についても、誠に鋭く、正論でつっこむ。2日に一回は、議会事務局に来て、持論を展開していくのだが、皆、忙しいものだから、適当にあしらっている。しかし、私は、この、おやじが憎めないし、好きだ。これからも、バシバシ陳情しておくれ!



2002年08月26日(月) 使えない役人の見分け方 パート5くらいかな

 今日も、ある会合に出席した。だいたい、何かの会合、式典などになると、区役所の役人だの、都議、区議の挨拶が、きまりごとのようだ。ときによると、挨拶1時間、パーテイー1時間などという、アホらしいものまである。このような場の挨拶でも、使えない役人、区民のことよりも、出世を考えている役人の本音を見ることができる。まず、挨拶が長いヤツ、これは、ほとんど、仕事が出来ない、段取りが悪い。また、TPOに会わない、つまり、その会合とは関係ない、特に、自分の所管している部課の事業やら、組織について語るヤツ、これも駄目。バランス感覚を疑う。ところが、この手のヤツが、結構、管理職になっている。なんで、こんなヤツ管理職なの?と疑う連中のリストを、区議会議員で作成したら、似たりよったりの人物の名前があがるだろう。そして、この人種の特徴は、部外の会合で、身内である役所の上司に対し、敬語を使うことだ。例えば”本日は、区長がごあいさつすべきところ、別の会合で”お”忙しく…””では、次に、○○部長”様”より、”ご”挨拶を…”など、あきれる。これは、自衛隊の会合などでも、よく提灯もちの下士官がやっていて民間の失笑をかっているが、まあ、部外に対しての言葉使いは、トンチンカンでも、上司の受けがよければ、昇進GET!まあ、民間の大企業でも、同じようなことがあるから、一緒か。そういえば、業界最大手の旅行会社のJ社の元役員は、常務が辛いものが大好きなので、いつも七味をポッケに忍ばして”常務、七味でございます”といって、部長になった、と自慢していたっけ。



2002年08月22日(木) あ〜あ 恥ずかしい 痔の治療

 いささか”臭い”話しで恐縮だが、ついにオヤジの病、”イボ痔”になってしまった。心臓に毛がボウボウにはえていることを自負している私だが、これは困った。人様に、尻を見せるなんぞは、死ぬ方がましなくらい恥ずかしい。思えば、自衛隊生徒の入学試験の時、医官に棒を突っ込まれて以来だ。地元の”痔主”さんに、大森の専門医院を紹介してもらい、新しいパンツをはいて出かけた。この病院は、皮膚科、内科、肛門科があり、それぞれ、1,2,3と部屋に番号が書いてある。つまり、3番へどうぞ、と言われた人は、”痔”だ。えっ、あのキレイなお姉さんも、3番へ!と、変な観察をしながら、待つこと1時間。運命の時は来た。ベットには、”いかにして尻を出して、医者に見せるか”の図がはってある。とても、この真昼間に、すべき姿態とは思えないものだ。まして、白衣の天使もいるじゃないか、などと考える余裕もなく、先生の手が尻へ。直後”座薬、失礼しま〜す”の挨拶とともに、看護婦さんが、座薬を尻に。恥ずかしがる間を与えない、神業だった。処方箋をもって、地元の馴染みの母娘でやっている薬局へ。娘の薬剤師から”あらあら、大変な病気になって”とニヤニヤされたので、”座薬の使い方がわからないので、教えて”と、切りかえした。と、思ったら、老先生から、待合室中の人に”やだよ、痔の座薬入れろって。さあ、パンツここでぬぎな”と、暴露されてしまった。個人情報保護法ができたら、覚えてろよ!(いい、おばあちゃん先生です)薬代1240円、治療代1240円 3割負担だから、国保からの負担は、5780円。今月分の国民健康保険料は、49999円だから、全然、元とれないな。



2002年08月21日(水) またまた、地方裁判所の被告席へ!

 今日も、予定山盛り、花盛りである。午前中は、羽田空港対策特別委員会に出席。最近の羽田空港の問題、陳情の審査を行う。今の論点は、大きく分けて3つ。
�_�合い再拡張の工法の選択��朝5便のみ認められている左旋回離陸の騒音問題��
沖合い移転の跡地77ヘクタールの利用計画 である。ただ、残念ながら、いずれも国土交通省がイニシアチブを持っていて、区議会の委員会に出席している、大田区の職員では、答弁がしにくい。非常に重要な問題であるが、どうも”欲求不満”の感が残る委員会である。また、国土交通省こそ”国家”と思っているような役所相手だから、もったく手が焼ける。(そういえば、大臣は昔いや、ついこの間まで、わが党所属だったな)
 午後は、東京地方裁判所民事部で、裁判の被告席に。これは、23年間経営していた旅行会社が看板を借りていた業界最大手J○○社とのものだ。J社は、昨年11月に、突如、わが社の信用不安(テロで、日本中の旅行社は信用不安だった)を理由に、6000万円の保証金を要求してきたのだ。そんな金ある訳ないので、弁護士を介し交渉を続けたが、大手の論理で、契約解除。年商12億円の会社は、またたく間に、廃業を余儀なくされたのだ。結果、金融機関、J社、リース会社などに多額の債務が残り、社長として連帯保証していた私個人が、”支払え”との裁判の被告になったのだ。しかし、J社に対しては、その一方的な契約打ち切りには、なんともガマンできず、9600万円の損害賠償請求をもって対抗している。
今までは、弁護士のみの出頭だったが、裁判長から本人も、との要請で、出頭した。裁判所というから、法廷かと思えば、会議室のような所で、裁判長、司法修習生、双方の弁護士が机につくというものだった。途中から、”ここ使うので、隣へ移れ”という、拍子抜けした”裁判”であった。結論はまだだが、双方契約解除については、今さらぐちゃぐちゃいわず、前向きに和解しよう、ということなので、ホっとした。まあ、これも、すべて、経験。人生すべて必然。これでよい。
 夕方からは、全国教育問題協議会教育研究全国大会に出席。”教育基本法をどう改正するか”との、各党国会議員のシンポジウムを興味深く拝聴した。身内びいきかもしれないが、自由党、保守党の意見、主張がわかりやすく、拍手を送った。
ただ、最後に会場から質問にたった、鎌倉の市議さんの”問題の本質は、法ではなく、現場の教員である”との檄には、立ち上がって拍手を送った。



2002年08月17日(土) 返事をしないと怒られる、議員へのお手紙

 区議会議員になって、我が家や、控え室のポスト、HPの掲示板は、お手紙、要請文、”脅し”、セールス、資料、招待状の”あらし”だ。なるべく多くの方にご返事をさしあげるべく努力しているが、到底、支持者ではなく、どちらかと言えば、”悪意”に満ちたお手紙も来る。返事を躊躇していると、”返事よこせ”の督促。一方的に送られてくる、パーテイ、会合などの招待状にも、その手のものがある。会合の集客ノルマを達成するため、議員に出しときゃ、票が欲しいからくるだろう、てなもんで、まったく知らない団体から送られてくる。これも、返事を出さないと、”ご返事いただけず困惑しております”なんていうお手紙がくる。おい、おい、困惑してるのは、こっちだよ。議員は、組織政党を除き、多かれ少なかれ、落選恐怖症候群にかかっている。そこをついてくるから困る。ところが、今回、とてもマトモな対応にあった。議会控え室の机のうえに、その要請文はおかれていた。さきの、都市整備委員会に出された陳情になぜ反対したのか、理由を書いて返送せよ、とのものだった。いつものとおり、その状況、背景、私の思いを書いて、その日のうちに、ご返事した。この手の要請に返事を書いても、自分たちの意見に添わない議員だとわかると、お礼状や、返事など戻ってこないのが常だ。ところが、今回は違った。返事を出して、しばらくすると、机の上に、ご丁寧な返送に対する礼状と、今後の取り組みを書いた書面が届けられていた。あ〜、真剣にご返事してよかった。これからも、マジメに愚直に、”区政に激辛!”頑張ります。



2002年08月16日(金) 事前ポスターが街にチラホラ

 選挙が近づくと、事前ポスターと呼ばれる、候補者(正確には、候補者となろうとする者)の顔写真が大きくのったポスターが張り出される。どこかの陣営が張ると、他が争うように張り出す。とこらが、なかなか晴らせていただける家が少ないから、誰かが張った後を、追っかけることになる。すると、1軒の塀に、何人もの写真がならぶ。このポスターは、公職選挙法の禁ずる”売名行為”をクリアーするため、小さく”演説会”の日程がはいっている。つまり、演説会の弁士の写真を、たまたま大きくのせてりる、というエキュスキューズだ。ところが、これも、任期満了の6ケ月前までしか認められない。区議会議員の任期は、来年4月末日なので、これらのポスターが貼れるのは10月末までである。ところが、この抜け道もある。政党ポスターといわれるものだ。各党の党首や、国会議員と、2名以上の名前、写真がのっているものは、告示日(選挙のはじまる日)まで貼れる。いや、貼れる、とは法律には書いていないのだが、ある選挙で、さる政党が、試しに、候補者を含む、3名の写真をのせた”3連ポスター”を貼り出したところ、”おとがめ”がなかったので、よいことになったらしい。そして、前回の衆議院選挙で、小泉首相と、候補者の握手のポスター(2連ポスター)が出回り、これも”おとがめ”がなかったので、定着した。結局、”捕まるまで大丈夫”なのが、この業界なのか… 9月からは、最大与党の区議さんも貼り出しをはじめ、街に、むさくるしい(ゴメンなさい、私のことです)ポスターが増える。政治は、”顔”じゃないんだけどな〜



2002年08月15日(木) 大忙しの終戦記念日

 今日は、57回目の終戦記念日だ。必ず参拝すると、公約して総理大臣になったオヤジは、中国、韓国に遠慮して今年も参拝しなかった。そればかりか、靖国にかわる、国立慰霊施設を検討しているというから、どこまであきれた男なのだろう。戦時中、多くの若人が、”靖国で会おう”と、その生命を賭して、この国の為(結果として、為になったかどうかは別にして)に殉じていった。彼らは、国立慰霊施設で会おう、とは思っていなかった。それは、国に為に命を落としても、永代にわたり、国が、靖国に祭ってくれる、そう信じ、いや、時の政府も、そう約束したはずである。カタイこと言えば、つまり、民法上の契約が締結された。当時の、大日本帝国の”業務”を継承した、現日本国政府には、この契約を履行する義務がある。
ましてや、ODAを毟り取られている、他国から干渉されるべき問題ではない。まったく、くだらない議論を、突如、三木武夫のおっさんが始めちまったから困る。それまでは、当たり前に、首相は参拝してたのに。
 さて、区議会議員いぬぶしも、毎年この日に参拝をしているが、今日は、区議会都市整備委員会が10時から開催される。議会と、慰霊、どちらを優先か悩んだ結果、いずれも行うことに。午前8時30分靖国神社参拝。9時出発、9時30分大田区役所着。すると、大田区役所庁舎の国旗が、半旗になっていないではないか。総務課長に確認人すると、構造上、半旗にならない、とのこと。確かに、庁舎壁から直角にでているから、難しい。それでは、黒の喪章帯をつけて欲しい旨、要望したところ、快諾された。素早い対応に感謝!
 10時からは、下水道処理施設の屋上に営巣している、”コアジサシ”さんを視察した。恥ずかしながら、”コアジサシ”は、一体何なのか、今日まで知らなかった。小さなあじの刺身、そんな訳ないな、と出かけたら、鳥さんでした。屋上のコンクリートの上に産卵しはじめた為、なんと、東京都が、かなりのお金(多分、1000万以上)をかけて、土をいれ、卵がコロコロしないようにした、との説明があった。う〜ん、ここじゃなくても、産むところあるんじゃないかな。ましてや、その金額。最近は、近所の猫さんが、ヒナを襲うので、この対策も必要だと。猫さんと、コアジサシさんの関係に、行政は関与しないほうがいいんじゃないか、と、区役所へ戻った。さあ、午後からは、対人地雷廃絶支援”平和コンサート”(区議会議員全員主催)の”作業員”だ。区民ホール”アプリコ”で、入場者へのプログラム配り。芸術には、とんと縁のない、いぬぶし、せめて役務提供でご奉仕。夜は、大田区主催、平和祈念、花火大会。今日まで、すべての戦いで殉じられた、多くの人々に、この平和を感謝しつつ、1日を終わる。この平和をとこしえに…



2002年08月14日(水) いぬぶしに賄賂?

 自宅にもどると、どこぞのデパートの小さな封筒状の”物”が届けられた。あけてみると、なっなんと、”全国デパート商品券”ではないか。送り主は、ある大田区民。そういえば、先日、役所の手続きにつきお教えして、結果、うまくいった、との連絡を頂いた。おいおい、あれは、別に”口きき”でもないし、通常の手続きの仕方をお教えしただけだ。もちろん、役人と、いぬぶしの間にも、なんら疑義もない。私は、区議会議員になって以来、”煎餅一枚もらわない”(煎餅は食べたかもしれません)ことを旨として活動してきた。そして、自由党は、そういう議員の集まりだ、と信じて活動してきた。数年前だが、区内の公益団体に、ある国の補助金がなかなかでない。原因は、どうやら、担当省庁担当者の法令解釈の誤りらしい。そこで、自由党の国会議員とともに、この省庁に出かけ、正すと、1ケ月後にOKになった。この団体の役員さん達が、お礼をしたい、と言われ、国会議員に伝えると、”そういう政党じゃないだろう、自由党は”と言われ、感激した。補助金の額は、半端ではなかった。その後も、各種相談にのると、ビール券やら、送ってくださる方がいた。それらは、すべてお返ししている。もちろん、経済状況どん底の私としては、ビール券だろうが、現金だろうが、そりゃ欲しい。しかし、そこだけは、信条として守り通したい。今回の方にも、いつものお便りを添えて、お返しした。”本日は、結構な品をお届けいただき、恐縮しております。お気持ちだけ拝受し、ここにお返しすることをお許しください。あなた様とは、今後も親しくお付き合いをさせていただきたく思い、このような失礼をさせていただきます。”
まあ、どうせ票のため、だと批判する連中もいるだろうがね…



2002年08月13日(火) 縦割りお役所の掟

 今年5月に、ある大規模中学校の先生に、部活動のための校庭が狭くて困る、面積、施設も小規模校に比較して何ら配慮がない。と、お話があった。具体的に、どこのクラブが大変かうかがうと、テニス部らしい。90名以上いる部員に、コートは2面。到底、ボールを打たせることなど出来ないらしい。とは言っても、周辺に土地はないし、あったとしても、いぬぶしには、そこを大田区に買わせる力などない。
さあ、どうしよう。何もないところから、なにかを見つけたり、作るのは楽しい。
あるじゃないの。区内にある、区営テニスコート、あいていれば中学校の部活に使ってもらおう。早速、5月に公園を所管する係長さんに提案した。曰く”あいている時なら問題ないので、教育委員会から依頼状を出して”と、なんだ簡単じゃん。ところが、喜び勇んで、教育委員会の担当者が、この係長さんのところの出向くと、話しが違う。”やはり、区営テニスコートは、一般区民のものなので、学校に無償はまずい。ましてや、部活は学校主催行事ではない”と、例の、お役人得意の、”出来ない理由”のオンパレードだ。おう、そうきたかい。使用細則に、区の行事はタダと書いてあるじゃないの、部活の最終責任者は、誰でしょね。部活でケガしたり、事故があったら、保護者が訴訟する相手は、大田区長でしょうに。つまり、部活は、最終的には、大田区長が”主催”していると、解すべきだ。と、まあ、いささか無理はあるが、兎に角、使っていない区有施設を、学校に使わせて何が悪い、と意気込んだ。すると、今度は”各地域行政センターの長の意見を聞いて”ときた。わかったから、早くやってくれエ。それから、3ケ月。どうなりました。と、所管の課長に電話すると、”ようやく各センター長の合意がとれまして、今、教育委員会からの依頼状を待っているところです”と。お〜お、やっと、5月のスタートの所まできたか。かくして、同じ庁舎内にある、大田区の部局同士が、依頼状を出し、その依頼状に基づき、同じ大田区長が管理する、公立中学校が、区立運動場を使用することにつき”前向き”の検討が始まった。試しちゃいないけど、区長が、同じことを5月に言ったら、多分5月末からは実施されたろうな。首長は偉い!



2002年08月12日(月) パーテイ券売りは、大変さ

 8月15日に、大田区議会主催の”地雷撤去支援 コンサート”が、区民ホールアプリコで行われる。このチケットは、各議員に販売”ノルマ”がある。大きな政党の皆さんは、各種団体に”お願い”が出来るが、自由党にはそんな先がない。一人で売り歩かなければならない。昔から、宿題など、提出日にならないとやらなかった性格が、今でもなおらない。あと3日しかない、今日になって販売開始。事務局からは、早く金もってこい、の催促。いやはや、自分のパーテイだって開いたことないのに、なんでやねん!ここで買ってもらえる、と期待していった会社では、社長さんに、”あ〜これね、業界団体で一括買ったから、いきたければタダでもらえるんだ”と。おいおい、そりゃないぜ。よし、もう1件。ありゃ、お盆休みだよ。えい、やけくそだ。”タダでいいから、いって” それでもはけない。
校長、教頭先生も、なぜか皆さん、お買い上げになっているようだし、どこで売るんだ。議員になって、一番嫌いなこと、党や、都連のパーテイ券販売と、会合の動員。本当に大変だし、相手に時間と金を”強要”しなければならない。まあ、いぬぶしに、人間的魅力がないから、集まらないのだろうと、いささか自虐的になっていると、友人が”2枚買うよ、いかれないかもしれないが、人助けだよ。”と。ありがとう!



2002年08月11日(日) おそろしいIT社会 携帯メールの巻

 携帯電話を数分、車に置いて降りたら、画面が消えてしまった。やむなく修理に出し、代替機を借りた。なにげなくメールの記録をみれば、まったく記憶ないメールが山ほど残っている。読んでいくと、恋愛小説のような話で、いささかドキドキしてしまった。私と同じように、代替機を借りたこの女性が、不倫相手の彼に送信した文章がすべて残っていたのだ。もちろん、彼女と、彼の携帯電話番号も残っていた。どうしようか躊躇したが、このメールを残しておきたいかもしれない、と思い、彼女にメールをした。突然、知らない男からメールが来たらおどろくだろうと、男女不明の言葉にして、事情を説明し、不要なら、すべて削除します、と伝えた。彼女からは、”お願いします”との短いメールが届いた。即刻、すべてのメールを消し、携帯番号も消去したので、もう安心。しかし、携帯電話会社もヒドイもんだ。代替機が戻ってきたら、データーは削除するぐらい当然だろう。さっそく文句をいっておこう。しかし、情報化の世の中、自らの情報は、自ら守らなければいけないようだ。お〜怖い、怖い



2002年08月10日(土) 民業圧迫、区立”クアハウス”

 水泳と、お風呂好きの友人らと、某区(大田区ではない)の、”健康福祉間館”なる施設に”視察”に出かけた。閑散とした湾岸地区に、いや〜、りっぱな施設があった。区内在住、在勤は500円、区外は1000円とのこと、自由党本部は、この区だな。しかし、在勤といえるか、証明はどうする… などと、生来のケチがつい出てしまったが、結局は1000円を払った。海パンは、スーパーで、最安値のものを購入してきたが、帽子を忘れた。窓口で、750円也。レンタルすればいいのに。ちなみに、民間は、だいたいタダで貸してくれる。さあ、プールだ、風呂だ!いやはや、これ区立かいな。本当に。プール、打たせ湯、ジャグジー、ジェットバス、採暖室(サウナ)、マサージ室、マシーン室。受付には、自動券売機があるのに、女子職員が2名いて、券売機の券を確認している。(人件費、もったいないな)さて、内部は、プールに初老の男性2人が、歩行中。泳いだら申し訳ないかんじだ。ジェットバスにやはり初老の男性1人。採暖室に女性2人。それに監視員とおぼしき
男性一人。民間だったら、絶対”経営破たん”だ。監視員さんは、報告書らしき用紙に、各施設を利用するたびに、字を書き込む。多分、利用者の報告書をつくるのだろう。役所は、どこでも、報告書と、調査が大好きだ。どこぞの役所で、すべての報告書と調査を全廃してみたらいい。多分、なんの影響もでないのではないかと思う。いや、調査業者や、コンサル会社から、ブーイングだろうが
こんなもんを、絶対に大田区に作ってはいけない。意義深い”視察”だった。



2002年08月09日(金) また、知人の会社が倒産、日本は大丈夫か?

 20年来の知人の建設会社が倒産した、との報を聞き、駆けつけた。玄関には、弁護士の許可がなければ入ってはいけない旨の掲示。ただごとではない雰囲気だ。なかに入ると、創業者の会長と、息子さんの社長が、事務所の引越し作業をしていた。社長さんが妙に明るいので、少し事情を伺った。4年ほど前に、父親から社長を引き継いだが、実質的には、相変わらず、父親が代表者、金の苦労だけ担当していた。倒産により、手形決済を気にしなくていいだけ、心は楽になった。と、嬉しそうに説明してくれた。親父さんの、長い努力と人柄で、下職さんたちは、なんとか続けてくれと懇願する。業者も応援してくれているが、社長たる自分が、やる気がなくなった、と。そこで、余計なお世話だと思ったが、私個人の昨年末の廃業(まあ、倒産と同じ)その後の心の安泰さ、再建などについて実体験を話し、”つらいかもしれないが、続けるべき”と、再建をすすめた。負債は、所有不動産の売却でほぼ処理ができるそうだ。とすれば、”ゼロ”から出発できる。ぜひとも、父親の気づいてきた歴史を引き継いで欲しいと思い、事務所を後にした。
それにしても、こんな時こそ、行政の支援が必要なのではないだろうか。中小企業支援というと、すぐ金融になるが、経営支援のほうが根治療法になる。都、区の積極的な取り組みを提案していきたい。



2002年08月08日(木) まいったな〜息子の学校の教頭逮捕!

 新聞報道によれば、愚息の通っている、神奈川県の私立高校の教頭が傷害容疑で逮捕された。JRの駅で、自動改札が開かないことに腹をたて、駅員を殴打したというのだ。この学校は、キリスト教の精神のもと設立され”人となれ”を教育方針としている。つまり、人の為に生きれてこそ、人である、と教えている。その管理職が傷害で逮捕、はいただけない。生徒の精神的打撃は深いだろう、と息子に聞いてみれば”まあ、そんな先生だよ。もう復帰しないよな”と、そっけない。そんなもんか。気にして損した。しかし、教員の不祥事は多い。(いや、ひょっとしたら、”教員”という肩書きが記事になりやすいのかもしれないが…)
報道されないものも、随分とある。教育委員会に行って、”文書発議簿”(起案簿という区もある)を開示請求すれば、その不祥事の報告書を見つけることができ、実際、あきれる。民間企業なら、左遷か、”お引取り願う”行為も、”長期病欠”か、重くても”戒告”ですむ。そのうえ、たまげたのは、警察に逮捕された事案を犯した教員が、翌年管理職試験を受ける、という始末。労働者としての権利の主張も結構だけれど、一般社会通念にしたがっていただきたいものだ。そうでないと、多くの”マトモな先生”も、同一視されてしまう。

息子よ、教頭逮捕なんか、どうでもいいから、勉強せい!今年、受験だろに



2002年08月07日(水) 住民基本台帳ネットワーク延期を区長に要請

 先週、”住基ネット”の導入について、延期するよう大田区長に申し入れを行った。これは、生活者ネット、社民党、日本共産党、緑の党と、協調して実施したものだ。IT時代なので、遅かれ早かれ、”国民総背番号”は、必要になるだろうと思う。米国などは、とうの昔に、”総背番号”としての、社会保険番号(ソーシャルセキュリテイ)を導入しており、銀行口座開設、学校入学、給与受け取り、クレジットカード申し込みなど、あらゆるシーンで、この番号を要求される。私も、米国貧乏遊学時代、この番号がなく苦労し、やっと、手にいれたときの嬉しさを昨日のことのように覚えている。
 さて、今回のネット導入の問題点は、”全国で住民票がとれます”という、まったく納得できない理由、そして、情報保護の点にある。全国で住民票を取りたい人は、いったい何人いるだろう。一番便利になるのは、多重債務者を追いかける、サラ金業者ではないだろうか。情報の漏洩についても、法律が制定されなかった。
そして、このネット以前に、もっと問題にしなければいけないのは、区役所など、行政側の”委任状”に対する対応だ。戸籍謄本、身分証明書などは、本人および、法により取得権限のある職業の者以外は、取得できない。第3者が取得するには、委任状が必要だ。ところが、この委任状のチェックが、まったくされていない。
窓口でのチェックは、委任状の文言と、住所、印鑑などの形式に限定されており、本人への電話確認すら行われていない。これでは、三文判さえあれば、誰でも、戸籍関係の書類が取得できてしまう。ネットが導入されれば、全国レベルで、このような問題がおきてしまう。
すでに、5日より導入されてしまったが、厳格な本人確認が望まれる。



2002年08月06日(火) お願いだから 先生 普通に教えて!

 今日は、土屋、三輪裁判を支援する会にでかけた。この事件の概要は、以下のとおりである。

足立区立16中学校の社会科のM教諭が、平成9年6月に、紙上討論という授業において、きわめて反米的な内容のプリントを配布した。
授業を受けた生徒のなかに、米国人を父に持つ女生徒がおり、この母親が、教育委員会に抗議したところ、この教員は、この母親について”アサハカな思い上がり”としたプリントうを、クラスで配布した。この女生徒は、登校拒否になり、M教諭は、2回の減給、都教育研修所入所(教員の再教育機関)の処分を受けた。
このことを聞いた、土屋都議(民主党)、田代都議(自民党)、古賀都議(自民党)が、都議会でも追及をした。
平成11年7月1日、土屋都議らが、JR北千住駅前広場において、”M教諭を懲戒免職に”との街頭演説をおこない、その演説に、”犯罪者””過激派”の文言が、ノボリに魔女の絵があることが”名誉毀損”にあたり、35万円の慰謝料をM教諭に払え、との判決が、東京地方裁判所においてあった。

実際に、私も、その街頭演説の場所におり、演説もした。区立16中にも出かけ、学校長、教頭に面談し、女生徒の母にもあった。そのうえでの感想は、”いやはや大変な先生”だ。現在4件の訴訟をかかえているそうだ。
私は、教員が、個人的にいかなる思想をもとうとも、どこの政党を支持しようが勝手である、と思っている。しかし、地方公務員として勤務している時間は、公平無私でいていただきたい。まだ、判断基準を持たない子供達に、自らの思想信条こそ正しい、と教えることは、例は極端だが、児童への強制わいせつと同等なくらい犯罪行為である。
そして、体制への反発こそが、民主主義である、との教育を受けた一部のエセ民主裁判官の存在も困ったものである。



2002年08月05日(月) 先生とお母さんは、深〜いメル友

 私は、いつも言っているとおり、区立学校の教員に個人的ウラミがある訳ではない。むしろ、多くのマトモな先生方には、深い敬意を抱いている。自宅研修が全廃されたこの夏休み、いかにして、昨年までと同様の”自宅研修”相当の”おやすみ”を確保しようか悩んでいる教員を尻目に、酷暑をなんともせず、クラブ活動の指導に、土日を問わず出勤してくださる先生。PTAのパトロールに、手当てもつかないのに、深夜まで付き合ってくださる先生。組合にいわせれば、労働強化の美化、奨励とでも文句をつける、すばらしい先生がたくさんいらっしゃる。しかし、残念ながら、とんでもない先生は目立ってしまう。そして、管理職が2名しかいない学校現場は、とかく”なあ、なあ”の状況が生まれる。(管理者によるが)
 さて、今日は、ある学校の40代の男子教員が、自分の隣のクラスの小奇麗な(セクハラ、差別発言ですか?)20代の母親とメル友になった、とのお話。
まあ、IT時代だから、メールで先生と連絡を取り合うことはあるだろう。しかし、それが、隣のクラス。そのうえ、そのやりとりの、”恋文”が保護者や、子供たちに出回ってしまったのだ。この先生、毎日善後策に悩んでいるそうだが、先生は独身。母は、バツイチ。どうも、問題をおこす先生は、耐性がないな。
そんなことで悩むんなら、やらなきゃいいし、もっと毅然としていてほしいな、先生は!
男は男らしく、女は女らしく、といっちゃいけないらしいが、なに言ってんだ。
性差と、男女平等ごっちゃに論議しないでね。同じように、やっぱり、先生は、いつでも、どこでも先生らしく… お願いしますよ



2002年08月04日(日) 少年たちの涙に、こちらも涙

 今日は、少年野球大会の決勝戦。かんかん照りの多摩川河川敷で、子供達の戦いが始まった。小学校と、中学校いずれも、今住んでいる町会が出場。隣あわせのグランドで、参加者のお母さんたちは、応援合戦に余念がない。そして、テントの中では、町会役員さんたちが、優勝祝賀会をどうするか談笑中。
中学の部は、相手チームは、全員、私がPTA委員長を務めている中学の野球部。相方は、住んでいる町会チーム。いや困った。
さすが、決勝戦になるとレベルが高い。結果、中学は1-0で負け、小学校も、3-2で負けた。終了後、ネットをバックに記念写真を撮るのだが、中学生は、あっけらかん。ところが、小学生は、何度も逆転のチャンスがあったのに、悔しさからか、泣きじゃくって、写真にならない。その姿に、こちらまでもらい泣きしてしまった。
この子たちは、きっと、すばらしい大人になるぞ。頑張れ!
この悔し涙を流させない、おかしな平等教育が、堂々と行われている。通信簿の絶対評価、運動会の順位廃止など、笑っちゃうね!



2002年08月03日(土) 議員の夏は、つらいぜ!

 今日は、すさまじく忙しかった。
朝7時から、多摩川の土手で行われる、少年野球大会の準備に汗!(六郷地区青少年対策委員として)9時から各町会のチームの応援。今、すんでいる町会チーム、以前住んでいた町会、今、ある案件を進行中の町会。いやはや、各テントをまわり、応援をする。そのうえ、チョットでも議員のような行動(名刺を出すなど)が目につくと、厳しいチェックの目がとぶ。今日は、”いぬぶし秀一”と書いてあるポロシャツを着ていったら、さっそく、PTAのお母さんに注意されてしまった。
午後、自宅に戻り、お色直しをして、次は、別の町会の”納涼大会”のお手伝いに。ここも、自宅ではないが、経営している(いや、していた。詳細は5月頃を参照)会社の町会なので、身分(?)は、”町会会員”である。宣伝カーの運転手(プロですよ)、かい氷つくりを手伝い、次へ。次は、会社が会員である、商店街の”阿波踊り”の進行係り。進行といっても、踊りの連が横切る大きな通りの信号管理を警察官とやる係。連をつまらせないよう、車の渋滞をおこさせないよう、いやはや、恐ろしく大変だった。こいつも、立場は”商店街会員”である。
でも、みんな、区議会議員だと知っている。
議会活動や、政策よりも、このように、いかに”どぶ板”か、が問われるのが、選挙のようだ。
あっ、しまった。1件、盆踊りパスしちまった。



2002年08月02日(金) 農耕民族の掟 本音はいっちゃだめよ

 議員になる前からやっている、ある社会教育団体の役員をクビになった。忙しくて会合に出られないことが原因の1つではあるが、本当のところは別にありそうだ。
この団体は、組織維持のため、親戚やら知人の名前を借りて”会員”とし、その会費を誰かが”立て替える”ことが恒常化している。高齢化も著しく、排他的な雰囲気もある。そこで、過日、本部の偉いさんが”なんでも、思っていることをはなせ”と、ビールを飲みながら言うので、この組織の未来を思い、問題点の指摘と、今後の改善について、いささか熱ぽく語った。こいつがいけなかった。
わが国古来の伝統である、”村”社会では、本音を語ってはいけなかった。
結婚式の招待状に”平服で”と書いてあっても、誰もが礼服でいく、”ご祝儀はご遠慮”とのパーテイに、本当にロハでいくと恥をかく、この手の話だった。
適当に話して、オベンチャラを言っておけば、しゃんしゃん、だったのだろう。
結構、一生懸命やってたのにな〜
会合や、組織は、あまり深くかかわっていると、よくても悪くても、文句が出る。
適当に、”来賓”で、たまに出かけると、ありがたがられる。
どうも、農耕民族社会は、性に会わないぜ!



2002年08月01日(木) おやじの35回目の命日

 今日は、父、犬伏康秀の命日だ。昨年の5月から、ひょんなきっかけから、毎月月命日に墓参りをしているので、年中行事になってしまったが、普段は一人で行くところを、今日は、息子と娘を連れて墓参りに出かけた。
私は、3歳のときに、両親が離婚し、父と暮らし、10歳の8月にその父が病死。叔父の家から、産みの母の嫁ぎ先へ、と少年時代は転々としていた。世間一般でいう、片親→非行少年の、”エリートコース”を歩んでもおかしくない境遇を与えられていた。ところが、父は、片親である淋しさなど、まったく感じさせないすばらしい親だった。もちろん、出張、残業などで、一人の夜もあったが、二人でいるときの、愛情の深さが、その淋しさを超越していた。そして、怒られたことが、ほとんどなかったのも、よかったのかもしれない。”いい子だ、すばらしい”そんな、誉め言葉のオンパレードであったような思い出しかない。反面、13年ぶりに暮らし始めた実の母は、中学校教員、そのうえ、生活指導主任。家でも学校でも、怒ることしかしない。中学2年、3年の2年間だけ共に暮らしたが、腹が立って、中学卒業と同時に、航空自衛隊生徒に入学して、縁を切ってしまった。もっと早い段階で、この母と暮らしていたら、今ごろ、ヤクザになっていたかもしれない。
先日、久しぶりにこの母を訪ねたら、相変わらず”いかに、秀一(私)は、悪い子供だったか”を延々と話はじめ、最後は、亡き父の悪口まではじめた。父は、存命中、絶対に私の前で、別れた母の悪口を言ったことはなかった。いや、逆に、誉めていたと思う.
 ひたすら誉めつづけて逝った父、ひたすら怒りつづけて孫(私の子供達)の顔すら知らない母。どちらも、私の”生”の恩人だ。
しかし、親のあり方として、また、人のあり方として、父のような人間になりたい、と墓前で思った.

犬伏康秀 あなたの息子であることを、誇りに思います 合掌


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