| 2011年04月30日(土) |
いわき市の自治会長さんより礼状来る! |
3月18日に「頑張ろう日本全国行動委員会(会長:田母神俊雄元航空幕僚長)」の一員として福島県いわき市に支援物資を届けた事は日記に書いた。私の地元の町会の皆さんが短時間で、車一杯の物資を集めてくれた。
当日いわき市に搬入した物資は、町会のものとあわせて4トントラック2台、2トントラック1台合計10トンにものぼる。予定していた高齢者施設に荷卸しをしていると初老の老人が声をかけてきた。地域の自治会長さんだった。「余ったら私たちにも物資を頂けないか」との申し出だった。
結局、義援金で購入した水130ケース(24本入り)をはじめ多くの物資を自治会館に降ろした。その自治会長さんから、ご丁寧な礼状が先日区役所の控え室宛てに届いた。

このたびの東日本大震災に際し、皆様方が当自治会に来て下さいまして、思いがけないこころ温まる多くの救援物資を提供して下さいまして、誠にありがとうございました。
当自治会住民の約35%が65歳以上の高齢者で、地震よりも福島第一原発の水素爆発による、放射能被爆の風評で若者が中心に住民の70%を超す人が県外に避難してしまい避難出来ない高齢者が残されていた状態でした。その様な状況の時の援助物資でしたので、正に”地獄に仏に会う”の心境でした。
この援助物資をきっかけに、当自治会集会所を避難所として災害対策本部に認定してもらい、翌20日から援助物資の配布と高齢者を対象とした昼と夕食の支給を開始することが出来ました。
それは、3月11日から断水、そして商店も開いていなく、ガソリンも底をつき身動きの出来ない8日後の援助物資でした。
自治会役員も4名しか残って無く、班長の7割も避難してしまい、連絡も出来ない様な有様でしたが、役員でもない5〜6名の若い人達が自主的に協力してくれて、水道の水が出るまで頑張ろうと31日まで食事の支給をすることができました。
お蔭様で、70歳80歳代の高齢者から、自治会に命を助けられたとの声に疲れも癒されました。
しかし、戻りつつあった生活も4月11・12日のいわき市南部を震源とした震度6弱の直下型余震で、停電、断水となり、家屋の被害も本震よりも余震の方が甚大になった所もありましたが、生活は正常に戻りつつあります。早くお礼をと思っておりましたが、この様な状態が続き遅くなって申し訳ありません。しかし、今でも震度3〜4クラスの下から突き上げる余震が頻繁にあり、原発の放射能に不安な日々を過ごしています。
私どもの生活が落ち着きましたら、上京して直接お礼にお伺いしたいと思っております。まずは略儀ながら心よりお礼申し上げます。
平成23年4月25日 福島県いわき市 ○○自治会 会長 ○○ ○○
追伸 大田区東六郷の援助物資を集めてくれました、子供達に宜しくお伝えくdさい。是非、お会いしてお礼の挨拶をしたいと思っております。

↑自治会館の黒板に貼られた、大田区の子供達のメッセージ
嬉しくて、役所の控え室で泣いてしまった。頑張って!!会長さん
| 2011年04月29日(金) |
菅内閣打倒!民主党政権打倒!大演説会@渋谷 |
選挙戦も終わり、久しぶりの休日を思いきや、頑張れ日本全国行動委員会 (会長 田母神俊雄元航空幕僚長)主催の「打倒菅首相・民主党」大演説会が渋谷であるから来いとのお誘いを受けた。
いまこそ、亡国民主党政権を倒すいいチャンスである。「たちあがれ日本」と大書された宣伝カーに乗り込みハチ公前に乗りつけた。渋谷駅に近づくと、やけに警察官が多い。機動隊の車両まで待機している。
われわれ、頑張れ日本全国行動委員会は、保守系ではあるが、草の根運動であって、戦闘的な一部の右翼とは違うと公安関係者には認識されているはずだ。なぜ??
さて、ハチ公前に到着すると、そこは日の丸、日の丸、日の丸だらけである。素晴らしい!!人によっては、これほどの日章旗をかかげているのだから「右翼」と言う。そもそも、そこが「日教組教育の成果」なのだ。

国旗を愛し、掲揚すると「右翼」だとすれば、北朝鮮や中国をはじめ。盛会のほとんどの国は右翼になってしまう。国歌を歌わない公務員の教員がいる国は、たぶん世界中で日本だけだ。北朝鮮であれば、即刻収容所送りの重罪でもあろう。
すでに街頭宣伝車の壇上には、お馴染みの保守の論客が演説を始めていた。演説会が始まってしばらくすると、道路の反対側がやけに騒がしい。パトカーの赤色灯も目立つ。その後ろには、いささか奇異な集団が続く。
着ぐるみを着たり、はでな着衣や、仮装大会のパレードのようだが、どうやら「反原発」のデモ行進らしい。これを見て、大量の警察官と機動隊車両に納得をした。
しかし、チンドン屋のように騒いでいる連中は何を考えているのだろうか。世田谷区では「反原発」を訴えた社民党出身の区長が誕生してしまった。多分、彼らにとって「反○○」は、なんでもいいのだろう。きっと、ついこの間までは「反自衛隊・反米軍」を叫んでいたに違いない。
ところが、いまや国民的賞賛を受けている自衛隊や米軍を標的にはできない。そこでタイムリーに原発に違いない。電力各社にお願いである。どうか、本日デモ参加の諸君の自宅の送電を「原発相当分」計画停電をしていただきたい。
彼らは「ふざけるな」と抗議をするに違いない。自衛隊や米軍に反対しておきながら、自らの安全確保のために海上自衛隊の護衛を依頼した「ピースボート」の例に見られるように、彼らの主張は自分勝手である。
いますべきは、いかに「想定外」の事故を防ぎ安全な原発を確保するか。そのうえで、次世代のエレルギー確保を議論すべきであろう。安直な「反○○」にマスコミも便乗してはならない。
| 2011年04月28日(木) |
必死に学ぶ手話講習会 |
「選挙向けのパフオーマンス」と思われるのが嫌だったので選挙が終わるまで書かなかったが、実は4月から毎週木曜日の夜6時半から2時間、大田区主催の「初級手話講習会」に参加している。
これは、河川敷で毎朝「手話」で楽しげに話している聴覚障害者の皆さんに出会ったことから端を発している。この方々に誘われて講演会に出かけたのだが、講師が聴覚障害の方で、講演がすべて「手話」で行われたのには困った。まったくわからない。英語の講演のほうが、まだ理解できただろう。そこで「絶対手話を覚える」と決意して、手話講習会に申し込んだ。
選挙中の4月21日にも講習会があった。選挙で「音」を出せるのは、朝8時から夜8時まで。その間の6時半から手話の講習会に参加することには、いささか迷いがあった。が、息子に教えられた言葉により、参加の決心をした。
彼は、陸上自衛隊での厳しい訓練を通じて「頑張らない。いつもどおりやる。」ということを学んだという。ハイチに派遣される時に「がんばれ」と見送る私たち家族に、「いつもどおりやるだけだ」そういい残してガレキの国へ飛び立っていった。その後、アフリカのジプチ、そして今は福島県へと派遣されているが、この言葉で我が家族は、息子に見送りの言葉さえかけずに坦々と普段どおりにしていた。
選挙であろうが、いつもしていることは「いつもどおり」しよう、と決め手になった長男の「教え」だった。毎週火曜日早朝の経営者モーニングセミナー、朝5時からの早起き会、そして手話講習会。いずれも選挙中であっても「いつもどおり」参加した。
さて、この手話講習会だが、講師の先生は聴覚障害者の女性で、その手話を手話通訳の方が言葉で説明しながら講義がすすむ。最初のころは、どうしても講師を見ないで、手話通訳者の声が聞こえるほうを向いていたが、「こちらを見ないで講師の手話を見なさい」と指導され、必死で講師の手話を追う。
2時間の間、兎に角講師から「目が離せない」のだ。時間はあっという間に過ぎ去り、目と頭に「心地よい疲労感」が残る。また、表情が豊かでユーモラスな講師の先生にも魅了され、一番前の席は私の指定席。こんなにマジメに勉強したのは初めてかもしれない。
1年間で40回の講義で初級が終わる。次は中級が1年。上級がさらに1年続く。また今年からは手話通訳養成コースも出来たそうだ。なんとか、手話の講演会で「尻尾をまいて逃げない」よう学びをすすめていきたい。
まさか、ボーリングクラブにまで私を追っかけて入ってきたY区議さん、手話講習会には来ないだろうな。これこそ、追っかけてきて勉強して欲しいのだが‥
| 2011年04月27日(水) |
当選証書授与式@区役所 |
今日は、区議会議員選挙の当選証書授与式である。今回当選した50名の議員が一同に初めて会する日でもある。以下のような仰々しい当選証書を選挙管理委員会委員長から手渡される。

その後は、区議会事務局職員の紹介やら破綻する議員年金の説明などが続く。何か質問は?の問いかけに、4期生の共産党議員から質問が。
「新人議員には、議員手帳は配らないのか?」

えええええええええええええええええええええええええええ?????
あんなもの欲しいいんだ。それじゃ「健全野党」とは言えませんぞ。議員手帳のくだらなさについては以前も書いたが、写真でわかるように「議員手帳 大田区議会」と金文字で印刷された表紙だけが「オリジナル」で、中身は普通の手帳である。大田区に関することは一言も書いてない。
この手帳が最も効力を発するのは「女性のいる飲み屋」だろう。呑んでいる席で、おもむろに「議員手帳」を出して、スケジュールの確認をするふりをする。すると、傍らでお酌をしている女性従業員さんが「えっ!議員さんなんですか!!ステキ〜」などと奇声を発する。センセイはご満悦そうに「うん、まあね」などとのたまう。ああ、いやだ、いやだ!
この手帳には一冊あたり2500円もかかっているのだ。一昨年までは50名全員に配られていいたが、私が「くだらない」と言い続け、昨年からは「希望者」だけになった。
手帳ぐらい自費で買えよ。それも、こんな無意味な「表紙だけ」の手帳が欲しいのかい。主張には相違があるが、勉強しない某党と某党の区議より余程ましだと思っていたのに、そんな質問しちゃダメじゃん!
事務局からの「答弁」は、「今年の分はありません」だった。来年からは全廃せいよ。
新しい議員バッチも配布され、どこの政党の新人だが忘れたが、嬉しそうに背広につけていたので、先輩風をふかせてご注意申し上げた。「まだ議員じゃないから、つけちゃダメだよ」と。新人の任期は5月1日からであるし、まだ選挙の異議申し出期間が終わっていないからである。
今期も私の議員バッチ着用基準は以下のとおりである。
1.区議会の本会議、委員会などに出席の場合 2.公の式典、行事に出席する場合 3.街頭演説などの場合 4.他の自治体への出張、学会出席などの場合
上記以外は、今までどおり議員バッチを着用しないこととしたい。また、区役所内では「センセイと呼ばないで議員連盟」のメンバーとして、これからも「いぬぶしセンセイ」と呼ばれることをご遠慮申し上げる。「いぬぶしさん」または「いぬぶし議員」と呼んでいただきたい。
そのことが、「議員」を特権的と思わせない第一歩であると思っているし、自らへの戒めでもある。
若い新人区議が、街頭で訴えていたことを数ヶ月後には忘れ、議員バッチを着けて飲み屋に出かけ「センセイ」と呼ばれ嬉々とし、区民の税金でヨーロッパ旅行に出かける姿を、今期こそ見ないですむよう、頼みますよ!新人のみなさん。そろそろ、マトモな大田区議会にしよう!
| 2011年04月26日(火) |
当選後初めての駅頭演説@蒲田駅南口 |
毎週火曜日は、朝6時半から蒲田にある結婚式場「アペア」で行われている経営者モーニングセミナーに参加するのが平成7年以来続いている習慣である。当初は、ある都議会議員(いまでは国会議員)に「票田だ」と紹介されて通い始めたのだが、いまではすっかりのめりこんでしまい、その会の副会長を仰せつかっている。
そして、このセミナーが終わると、近くのJR蒲田駅駅頭で「いぬぶし秀一の余計なお世話レポート」を配布する、というのも恒常化している。今日も同じように駅前に出向くと、民主党の落選した新人がスピーカーを使って演説をしている。
駅前での街頭演説は「先着順」が不文律なので、止む無く私は「肉声」で始めたのだが、当選した議員の後ろで「落選の弁」を述べるのは辛い試練だろうと彼のしゃべっていることを聞いてみた。
「○○○○、残念ながらご期待に応えることはできませんでしたが、4年たても32歳。政治家としてはまだ若い。次に挑戦します。」という趣旨で話していた。
私の感覚ではこの演説は「アウト」である。その理由は以下だ。
1.有権者は期待していないから落選したので、「自分の希望に応えられなかった」だけである。相手の立場から話さないと自己満足になる。
2.「政治家」だ?そこから変えなければだめだ。区議会、市議会など基礎的自治体の議員が「政治家」などと驕った感覚ではだめだ。区民の代弁者であり、政治家ではない。ただ、政治屋は多いが‥
4年間本気で頑張れば区議には当選されると思う。当選が「目的」ならそれでいいだろう。4年間、区議とはなんぞやを自問されながら、初志貫徹をされるよう、落選経験者としては願ってやまない。
| 2011年04月25日(月) |
開票日!6363票、区内3位、六郷地区トップ |
今日は開票日。大田区は3回前から即日開票をやめ翌日開票にした。深夜残業による職員の残業手当が高額なため、その費用対効果を考えてのことだ。候補者の立場からすれば、当日に結果が知りたいが、有権者や納税者の立場からすれば「それほど急ぐこともない」だろう。
さて、開票は朝8時半スタート。最初の発表は9時40分ごろらしい。選挙事務所には、妻が8時前に出かけ私は9時すぎに到着した。開票所には選対の方が4名出向いて開票作業を見守って下さっている。ドキドキする時間である。
午前9時50分頃、インターネットの開票速報を見ていた妻が叫ぶ。
「いぬぶし2000、山崎1000、いさじ1000、田村1000」いずれも同じ六郷地区から立候補している議員である。事務所の外には各候補の得票速報値が記載できるボードが用意されている。
さっそく、この数字を書いた。区議の当落ラインは毎回2700票ぐらいなので、3000票あればバンザイなのだが、2000では心配だ。前回はここから伸び悩み、当選決定まで辛い時間を過ごした。
事務所で待つのも手持無沙汰なので駐車場に行き、1週間お世話になった宣伝カーの「いぬぶし」という看板を剥がし始めた。公職選挙法で選挙期間中以外は、公職にある者又は候補者名が類推出来る文書図画の掲示、配布が禁じられているからだ。
そんなことをして時間を潰していると妻から携帯が鳴った。
「6000票出たよ!」嬉しくて半ベソでの電話だ。急いで事務所に戻ると、大騒ぎになっていた。同じ地区の候補者は、みな2000票である。6000票を超えているのは3名のみだ。
どうしちゃったの??いったい何がこれほど評価されたのだろうか。しかし、とにかく当選は確実となった瞬間だった。
開票がほぼ終わると、6363票で確定。50名の当選者中3位、六郷地区ではトップでの当選だった。そして驚きは、以前は一度も取材を受けたことがなかったが、地元のケーブルテレビが取材に来て、国政選挙ではお馴染みの「バンザイ」の瞬間を撮影し夕方放映された。
同じ六郷地区から立候補した現職1名(民主)、新人(自民1、公明1)も無事当選された。
当選者の内訳は、自民16名(現職1名落選)、公明12名(全員当選)、民主6名(現職2名、新人7名落選)、共産9名(全員当選)、生活者ネットワーク2名(全員当選)、緑の党、たちあがれ日本、無所属(いずれも現職各1名当選)、みんなの党(民主党元職1名新人1名)。
残念なのは民主党で「マジメに議会に対応していた議員」2名が落選し、どちらかというと議会改革とは縁遠い方々が残ったことだ。新人3名がはたして、議会改革に取り組めるのか、または先輩を見習って「フツーの議員」になるのか、見ものである。
また、自民党から二人のドンが消えてしまい誰が「サル山のボス」になるのかが注目だが、誰がなっても残念ながら14万人の区民の信託を受けた松原忠義区長の「親衛隊」になってしまうのだろう。
そして、自民、公明で28名、議会の過半数を占めた大田区議会は、またまた4年間「すべての議案に賛成」の、区長やお役人と「仲良し」議会となることが決定的になってしまった。
変わろうぜ!大田区議会!大田区役所!新人議員の皆さん、先輩に騙されないで、政党の論理ではなく、区民のために「バッチ」を活かそうよ!
なお、公職選挙法の不粋な規定により「当選いたしました。ありがとうございます。」やら「ご支援に感謝します。」などの文言は禁止されているので、ご理解いただきたい。
| 2011年04月23日(土) |
ありがとう、名も知らぬ多くの支援者のみなさん! |
今日で選挙戦は最終日である。午後8時をもって拡声器を使う選挙活動は修了となり、その後は電話かけや、個人演説会のみが本日の深夜0時まで可能である。
我が陣営は、16時半から事務所前で「打ち上げ」を行った。近隣のみなさん、自衛隊の同期生など多くの方が最後のお訴えを聞いてくださった。そして、終了後地元を街宣した後、蒲田駅東口へ向かった。
今回の区長選挙では、私は現職区長以外の方がいいと思っている。そのなかでも、ベストの選択ではないが、ベターな選択として、前の議長である永井敬臣さんを応援していた。彼が最後のお訴えを蒲田駅東口で行うというので、その前に駅前でロングラン演説をやることにしたのだ。
蒲田駅到着が午後6時40分。これから7時半まで約50分、一人舞台である。宣伝カーの屋根上に水とのど飴を用意して始めた。蒲田駅前の演説は、いつ、どの選挙でも大好きな場所だ。必死に訴えていると聴衆が1人ふえ二人ふえ、そしてその方々の視線が「とりあえず聞く」から「真剣に聞く」に変わっていくのが実感できるからだ。
今日の最後のお訴えで話したことは、
1.地方議会とお役所、首長の馴れ合い政治、言い換えれば八百長を是正するために力を貸して欲しい。
2.皆さんからお預かりした議員バッチ、議員報酬は誰のためのものなのか?政党のために議員をやっているのか?区長のために議員をやっているのか?自分自身のためか?そうではない!議員バッチを皆様から4年間お預かりする意味は、区民の皆さんにかわって区政を監視すること。そのためのバッチであり、報酬であることを忘れてはいけない。
3.私は昭和47年、15歳で少年自衛官に任官されたときの「服務の宣誓」文をいまでも有効だと思っている。それは次のようなものだ。
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。(演説では中略)
そして、最後に、これからも、航空自衛隊予備自衛官であることを誇りに思い、「身をもって責務の完遂に勤める 」ことをお誓い申し上げた。
永井氏の演説が始まったすぐ後、見計らったようにライバルである若い候補者が宣伝カーで絶叫しながら蒲田駅東口に入ってきた。駅前は、双方のスピーカーの音で騒然としていた。永井氏が先にマイクをおいた。
信号待ちをしながらも、がなっている若い候補に私がマイクで諭した。
「○○候補!若いから何をやってもいいといいうことはないぞ!礼儀をわきまえろ!」彼のスピーカーから音は消え、聴衆からは「そうだ!」という声と拍手がわいた。
せっかく若さを売り物にしているのに、残念である。若さ=社会性の欠落=経験不足というい風に取られる一幕だった。
午後8時、いずれにしても、戦いは終わった。区長選挙、区議選挙、明日の有権者の審判を待つことになる。
しかし、本当にいい選挙をやらせて頂いた。準備段階から、あまりの多くの善意と励ましに支えられた。また、ここれほどまでに「自衛隊」が評価された社会環境の中での選挙も初めてだった。
支援者の方が事務所に手作りの標語を貼ってくださった。曰く
「火事は最初の3分間。選挙は最後の3分間」というものだ。
最後まで手を抜くな、ということだろう。しかし、これほどまでに素晴らしい戦いをさせて頂いて「落選」したら、私は当選する方法がわからない。それほど、素晴らしい心に残る選対の方々だったし、多くの見も知らぬ応援者に出会った。
当選後は、公職選挙法の規定で「ありがとう」と言えないので、今日のうち。ご声援ありがとう!!!!
***公職選挙法に則り、本日記は4月30日にアップした***
| 2011年04月22日(金) |
選挙戦で見つけた珍風景 |
選挙戦も残すところ2日である。今日は、この選挙戦で見つけた区内の珍風景をご披露しよう。
一件目は、大田区の東糀谷にある防災公園の男子トイレである。この公園は以前は住宅展示場で、その後様々な変遷を経て、一時は鮫洲の運転免許本部が移転する予定で東京都の所有になった。
ところが、交通渋滞などを懸念する大田区の地元と、移転により売り上げが激減する鮫洲の商店街や代書屋さんらの反対で、運転免許本部計画は中止となり大田区が購入したものだ。
だだっ広い公園だが、災害時の避難所や防災倉庫として設計されており、工場や大規模団地が集積するこの地区には必要な空間であると思う。
さて、この公園のトイレを我が遊説隊が借用したのだが、使ってビックリだった。男子の小便器に向かうと、外から丸見えなのだ。おしゃれな目隠しはついているが、その設置場所が「役立たず」の場所なのだ。

トイレの入り口を中心に真ん中にたっている。ところが、小便器は入り口から右側に向かって設置されている。したがって、入り口に向かって右側は 目隠しが必要ないのだ。必要なのは、尻側が丸見えの左側である。
設計屋の「芸術的自己満足」で作り、利用者の目線を知らない区の監理者のコラボレーションの賜物だろうが、心臓に毛の生えている私でも恥ずかしくなる配置である。さて、すぐ出来るかな?それとも「いい訳」を考えるのだろうか?区長候補のそれぞれにお考えを聞きたいものだ。
二件目は、不思議な商店街の光景である。

大田区の大森駅に近い商店街で教えられた珍風景だ。男性商店主が指差している縁石の外側、つまり道路側は品川区、そしてお店がある民有地側は大田区なんだそうだ。当然、道路をはさんで反対側の商店はすべて品川区の住所だ。
このお店では、毎日大田区にある自宅兼店舗から品川区側に入って商品をお客様に届けている。選挙の宣伝カーは所轄の警察から「設備外積載許可証」の交付を受け、通行範囲「大田区内」として大田区地図を添付した許可証を携行している。
とすれば、この商店街を通行して「大田区側」の商店に選挙広報することは許可範囲外通行として「違法」なのだろうか?不思議な光景であった。
| 2011年04月21日(木) |
不思議な書状が到着From大田区役所 |
自宅に戻ると不思議な書状が届いていた。挨拶状や結婚式の招待状に使う封筒である。発信人を見ると「大田区役所」とあり、通常あるべき「発信部局名」がない。なんじゃこれは、と不審に思いつつ開封すると、さらにおかしな書面が入っていた。
以下、全文である。
謹啓 陽春の候、貴台におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。私こと去る3月31日をもしまして、大田区副区長の職を退任いたしました。在職中は公私にわたり格別のご指導とご厚情を賜りおかげをもちまして大過なく職責を果たすことができました。今後とも一層のご厚誼を賜りますようお願い申し上げますとともに、皆様のご健勝とご多幸を祈念いたします。まずは略儀ながら書中をもってご挨拶を申し上げます。 敬具
平成23年4月 秋山 光明

はあああ????どういうことだ。 彼は、以前書いたように、松原区長と「取り巻き」による粛清人事により、任期を残して辞職を強要された方だ。
そして、区議会が同意をしての副区長就任だったにもかかわらず、本日に至るまで、区長部局から区議会議員には「正式に」辞職の報告も通知もない。課長あたりの義理の母親がなくなっても訃報が来るのにである。こんな舐められた議会に怒らない区議会議長も情けない。
その言い訳としてこの書面を出したとしたら、笑い話であるし、公費の出費としての問題もはらんでいる。発信人が「大田区長」で、副区長の在任中の支援への謝辞を述べるのなら、公費でもいいだろう。
ところが、文面を見ても完全は「私文書」の様式を取っているのだ。3月31日に辞任して公務員の身分を有しない者の「私的なあいさつ文」を、大田区役所名で、大田区の費用負担で出すことが「適法」だとうか?疑問である。
なお、ある信頼すべき情報筋によれば、秋山前副区長ご本人は、送付先のリストは見せられたが、文面は「知らない」そうである。
嗚呼、北朝鮮的大田区役所!!!!!!
それを止められない区長と「仲良し」自民・公明・民主の情けなさよ!!!
変えなきゃ区役所!変えなきゃ議会!
選挙も中盤戦である。今朝は、朝5時から宣伝カーを自分で運転して早起き会の会場へ。毎日朝5時から開かれているが、月何度かの「お誘いデー」が今日なのだ。普段は毎日5時は厳しいので、動員すべき日は出るようにしている。が、この会は頑なに政治活動禁止。選挙中でも同様で、政治の話はご法度である。
せっかく早起きしたので、激戦の蒲田駅東口にむかった。区議会議員選挙には73名が立候補しており、乗降客の多いJR蒲田駅、大森駅前は毎回早朝から場所取り合戦が繰り広げられるのだ。
しかし、さすがに午前6時に来る陣営は皆無で、7時すぎまで蒲田駅前「独占状態」が続いた。そして、8時に運転手、ウグイスさんと合流。区内の遊説にむかった。
新蒲田で遊説をしていると、品のいい女性から声をかけられた。
以前チラシを見て、この人に投票しようと思っていただけれど、お名前を忘れてしまい、チラシも捨ててしまたけれど、宣伝カーを見て思い出したのよ。頑張って!
こんなこともあるから、宣伝カーも捨てたものではない。特に、今回は震災後の「自粛」で、選挙カーを使わない候補や使っても小さな車の候補者が多いなか、私は「普段どおり」に宣伝カーを走らせる。
また、池上本門寺の参道近くでは「自衛隊生徒の32期生です。先輩が先輩頑張ってください。」と声をかけられた。私は18期なので、勿論知らない方だが、ありがたい。
区内を回っていると、本当に様々な方々が応援してくださっていることを痛感する。ありがたい。
夕刻、蒲田駅の東口で演説をはじめた。今回の選挙では多分私だけが、ステージカーを使っていた。宣伝カーの屋根に上れるものだ。この屋根を上の舞台で持論を話しはじめて乗りはじめた時だ。なんと、隣に区長に立候補された永井敬臣前議長がいるではないか。後で聞いたら、下にいるスタッフも気づかないうちにあがってきたらしい。
しかたがないので、自分の演説を中断して、彼に話すよう促した。そして、やっと自分の車になった、と安堵していると、今度は同じく区長に立候補している湯本良太郎氏が下にいるではないか。
なんじゃい、ここは?私の宣伝カーは「貸し舞台」かよ!止む無く公平の原則で彼にも、昇ってくるよう促し、屋根の上で演説をして貰った。いよいよ選挙も残すところ3日、蒲田駅前の演説にも熱がこもる。

***本日誌は、公選法に則り、投票終了後にアップした***
| 2011年04月19日(火) |
選挙中なのに都立高校長の詭弁と戦う |
選挙が始まって3日目。ところが、今日はそれどころではない事態が発生したのだ。都立高校のあまりにも地元をなめた「お役人的発想」と戦うはめになったのだ。事実関係は以下のとおり。
今から7、8年前。地元第一パンの跡地に「工業系の都立単位制高校」を作る話が地元にもたらされた。ところが地元では、生徒の自転車通学による影響、工業高校の生徒の風紀の乱れへの懸念。地域での俳諧などを念頭に反対した。
そこで、東京都教育庁の担当課長だったIさん(現都部長)が、毎日のように町会などに足げく通い、最後は衆人の面前で涙を流し「なんとか高校を作らせてください」と頭を下げた。この熱意に打たれ、地元では「地域行事に協力すること」「地域とのコミュニケーションを図ること」「町会の防災倉庫に土地を提供すること」などを提示し、都側も了承して学校設置が決まった。
平成16年に開校した当時の学校長は開校前から準備室長として地元対策を担当していたので開校の後も、地元とはうまくやっていた。そして、開校後、地元の小学校PTAから、レベルの高い演奏会を「冷房の完備している」高校の生徒食堂で行いたい、との要望にも快諾をされたのだった。演奏会は大変好評で地域には「あの高校の食堂はいい」との評判がひろがった。
ところが、校長がかわり、地元の青少年対策委員会がこの食堂を借用しようとすると「ノー」との返事があったらしい。そして、今回、地元の区立小学校の創立50周年記念行事の一環として、またナントカフィルハーモニーの演奏会を、高校で行いたいとPTA役員が交渉に行ったところ、またしても「ノー」。そこで選挙中の私に相談があった。
選挙中でも「いつもどおり」がモットーなので、昨日都立高校の校長に電話をするも居留守だか副校長にかわる。事情を説明して、なんとか再考を依頼した。その回答は以下のとおり。
都立高校副校長よりの返答
以下の理由で断る。
1.個人からの利用申し込みなので 2.土曜日は都立高校は休みなので 3.食堂なのでノロウイルス感染が懸念されるので
まさに、お役人の「断るための理由付け」である。校長判断かと尋ねると「学校長と総合的に判断した結果だ」という。 そこで、この高校が毎年、地域の町会の協力で行っている「ねぶた」の巡行について、今年の協力する条件と以下にすると、半分冗談で言ったところ、副校長は「お待ちください」とメモを取り出す始末だ。
高校の「ねぶた」巡行協力の条件
1.たかだか学校長の依頼では受けられない。東京都知事から依頼をすべき 2.土日は、町会員は「休息日」なので受けられない。さらに以前のように夜間だと事故がおきる可能性があるので、昼間しか受けない 3.ノロウイルスの感染が心配なので、高校生のねぶたが巡行した道路は、消毒し、しかるべき検査機関によりノロウイルスが存在しない旨の証明を取ってほしい
それでも頑なに拒否する学校側に町会役員が激怒して、学校長を訪問。直談判することになった。高校の事務室のいっかくで腕を組みながら「上から目線」で、できない、できないを連発する姿に、到底教育者の姿を見ることはできなかった。
その場から、当時泣きながら高校建設を訴えてきた東京都のI部長(当時課長)に電話をすると、彼女は泣いて懇願したこと、地域と連携を約束したことは認めたが、「今は所管外なので教育長の担当に言っておく」と逃げる。
当の校長は「覚書もないし」「引継ぎもない」と、過去のことは関係ないような口ぶりには、お役人社会の恐ろしさを痛感する。その場しのぎで、うまくいけば後は「しらばっくれる」というお役人の基本姿勢だ。
お役人と何か決めたら、必ず私文書でもいいから文書を取っておかなければだめだ。以前「ウソつきはお役人のはじまり」と書いたが、この原則はいまでも健在だ。
この都立高校では生徒たちに「いかにして、世の中で言い訳をして生きていくか」をきっと教えているのだろう。
都議会議員、都課長そして、いざとなったら「たちあがれ日本」応援団長の石原東京都知事にお出まし願ってでも、このような理不尽な「いい訳」は排除しなければならない。
校長の言葉には笑った。「この施設は東京都の所有ですから‥」おいおい、違うだろう。そこで私が怒った。
この施設は、都民共有の、都民の貴重な財産だ。あなたたちに都民が管理を委託しているのであって、あなたたちのものではないし、都庁の役人のものではない。勘違いするな!
しかし、たかだか、高校の食堂を2時間、地元の区立小学校のために貸すだけのことで、なんでこんな大変なんだろうか。
嗚呼、お役所仕事!!!
なお、この文章の責任、発言はすべて私個人にあるので、この日記を不快として「貸さない」という判断をされないよう当該校の校長には伏してお願いしたい。
また、夜に当該高校の職員と名乗る匿名の電話があった。
「本日は大変でしたね。私たち職員は、1階の食堂を使ってもらって問題ないと思っていますが、校長が一人で反対しているんです。すみません。」
まともな感覚の職員さんがいることにホッとした。ありがとう!
| 2011年04月18日(月) |
あちゃ〜1分差で駅前を取られた!! |
選挙戦初めての平日である。月曜日は今までも地元の京浜急行雑色駅の駅頭で街頭演説をしていた。選挙期間中も普段の順番で区内の各駅を回ることにしているので、今朝は雑色駅である。
朝6時に準備をして宣伝カーに乗り込む。他の陣営はスタートからウグイスや運転手が乗車しているが、我がほうは違う。朝6時から運転手さんやウグイスを集合することに意味を見出せないので、私一人である。候補者が宣伝カーを運転して朝立ちの現場にむかい、現場についたらタスキをして、音の出せる午前8時まで一人で頑張るのだ。
そして、8時になったらウグイスさん、運転手さんが合流して、区内へと移動というパターンだ。選挙戦という位だから、これは戦争である。7日間、無駄を排除して、戦いやすい体制を築くには、この方法が効率的である。
さて、雑色駅着午前6時25分、一番乗りである。ということは、午前8時からは、私が一番初めにマイクを持てるのだ。誰が決めた訳ではないが、選挙の朝の駅前は、到着順にマイクを握るというのが不文律である。
やった!!と、自宅にいる妻に電話連絡。と、交差点で電話をしている私の前を自民党の新人君が全力疾走の自転車で駅前に突進するではないか。やられた!!ほんの一瞬の差で、彼に「一番乗り」を取られてしまった。
選挙の1週間は、こんな争奪戦が区内のあらゆる駅前で行われているのだ。明日からは負けないぞ!
***この日記は公職選挙法の規定により4月25日にアップした***
| 2011年04月17日(日) |
いよいよ大田区議会議員選挙告示 |
今日から大田区議会議員選挙が告示をされ7日間の選挙戦が繰り広げられる。今日は、午前8時半までに区役所で立候補の届出をしたものから、届出順位の抽選を行う。
私は午前8時に自宅を出て区役所に向かった。最初の受付順は「50」である。かろうじて大田区議会議員の定数「50」以内である。次に、この順番で「くじを引く順番」のクジを引く。こんどは47番だった。そして、いよいよ「受付順」を引くクジを47番目にひいいた。
えい!あちゃ〜51番だ。定数50名の区議選挙で51番とは縁起が悪い。それ以上に、区内600箇所近い公設ポスター掲示場の近くで待機している大勢のボランテイアの皆様に申し訳がない。
一般的には、この「51番」が受付番号となり、ポスター掲示場の「51」の場所に貼ればいいのだが、上位順位の候補者に書類不備などがあると、順番が繰り上がってしまい、すでに貼ったポスターを貼りなおすことになる。
したがって、最終的に「受け番号51」と書かれた紙をもらうまでは、この番号を通知できないのだ。51番目の受付だと、受けつッケ番号受領まで概ね40分はかかるだろう。この間、区内各地で待機している方々に「今か、今か」と気をもませることになってしまうので、申し訳ないのだ。
午前8時半の受付から、手続き終了まで1時間20分を要し、午前9時50分、選挙七つ道具を持って、次は蒲田警察署へ。宣伝カーの「設備外積載許可証」を受領して、初めて街頭宣伝が出来るのだ。
警察署では事前に審査が済んでいるので、手続きはあっといいうまに終わった。さあ!いざ出発である。地元を一巡して選挙事務所に戻った。私は、選挙の宣伝カーの騒々しい連呼には否定的である。反対の立場になれば、「いぬぶしをお願いします」と言われても、知らなければ「うるさ〜い」と怒鳴りたくなるだけだろう。
ただ、連呼でまわっていると、久しぶりにお会いする支持者や、知人にばったり会うことがある。これが効果と言えば、効果だろう。宣伝カーは「移動手段」だと思う。演説をする場所へ移動する間、もったいないから「連呼」をする、そんな感じだ。東京都選挙管理委員会が以前行った調査によれば、宣伝カーの連呼により投票行動を起こした有権者は1%に満たない。知人のある別の区の区議は、初当選以来、一度も宣伝カーを使わずにトップ当選を続けている。
さて、事務所に戻るとあわただしく「出陣式」の準備だ。震災の影響で、選挙前に通常行う事務所開きを行っていないので、神官による神事と出陣式がセットで実施することになり慌しい。
出陣式には、中山恭子参議院議員が駆けつけてくださり、あの品のいい語り口で「いぬぶしがんばれ」と応援の弁をいただいた。その後、蒲田駅前に移動して、中山恭子議員とともに、街頭演説を。
なお、蒲田駅前では、大田区聴覚障害者参政権保障委員会の手話通訳の方により手話でも聞けるようにした。駅前の一角には熱い目線で手話を通じて中山議員の、そして私の演説を聞いて下さる聴覚障害の方々が印象的だった。本当に政治の働きが求められる方々の声に応えねばならない、といささか涙腺が緩んでしまった。
これから1週間の戦いが始まる。がんばるぞ〜

***公職選挙法の規定により、この日記は4月25日にアップした***
| 2011年04月16日(土) |
大田区長・大田区議会議員選挙 |
いよいよ明日から大田区議会議員選挙と区長選挙が行われる。国政選挙は大々的報道されるが、もっとも基礎的な自治体である区市町村選挙に対しては報道も有権者もいまひとつ関心が低い。
しかし、今回の震災でもわかるように、地元の自治体の判断のミスが住民の命すら奪ってしまうのだ。その意味から、自治体選挙はきわめて重要である。
あしたからは、統一地方選挙の後段戦が始まる。ご自身の感性で、正しい自治体議員を選択して欲しい。立候補者は以下の通り。
自民党:17名(現職14名、新人3名) 公明党:12名(現職7名、新人5名) 民主党:15名(現職5名、新人10名) 共産党:9名(現職7名、新人2名) みんなの党:5名(元職1名、新人4名) 生活者ネット:2名(現職1名、新人1名) 社民党:1名(新人1名) 緑の党:1名(現職1名) 日本創新党:1名(新人1名) 区民党:3名(新人3) 無所属:6名(現職1名、新人5名)
たちあがれ日本:1名(現職1名)
合計73名(当選50名)
ちなみに私は、明日11時より地元事務所(大田区東六郷2-13-5 雑色駅から徒歩3分)において出陣式を行う。来賓には中山恭子議員もお越しになる。どうか、事務所にお越しいただきたい。
なお、その後11時30分ごろから中山議員とともに、蒲田駅西口でも駅頭演説を行う。手話通訳も手配済みなので聴覚障害をお持ちの方も是非ご覧いただきたい。
また、公職選挙法がネット時代に対応していないため、個人のブログの更新が「違反文書図画の配布」に問われる可能性があるため、明日から4月24日(日)までの日記の更新は4月25日(月曜日)以降に、まとめて行うので、しばしお待ち願いたい。
投票用紙は、なぜかまだ届いていないが、月曜日から期日前投票が出来る。投票用紙の到着は4月20日頃らしいが、投票用紙なしでも投票できるので、投票日まで待てない方、時間が取れない方などは、月曜日以降最寄の特別出張所、本庁舎へどうぞ。
泣き言の日記になるのか、爽やかな日記になるのか、神のみぞ知る。
| 2011年04月15日(金) |
今更ですが航空自衛隊予備自衛官災害派遣決定! |
防衛省ホ−ムペ−ジより
海上自衛隊及び航空自衛隊の予備自衛官の災害招集について 平成23年4月15日 防衛省
先月16日(水)に防衛大臣は、陸上自衛隊の予備自衛官、即応予備自衛官に対する災害招集命令を発出しましたが、自衛隊として引き続き総力をあげて災害救援活動を行うため、本日、防衛大臣は、海上自衛隊及び航空自衛隊の予備自衛官を招集する災害招集実施命令を発出しました。
海上自衛隊の予備自衛官は八戸航空基地の復旧活動等や横須賀基地の給食業務を、航空自衛隊の予備自衛官は被災された方々への生活支援(給食・給水)活動を、それぞれ実施する予定です。
だ、そうだ。おいおい、ちょっと遅いんじゃないの!航空自衛隊には、たかだか800名の予備自衛官しかいない。その多くの仲間たちが震災直後から「早く招集せよ!」と高い志で「その日」を心待ちにしていた。
それは、たとえ民間人として「娑婆」にいても、自衛官として培った使命感が失せていない証拠でもある。たかだか年間5日間の招集訓練しか受けていないが、一般人よりは少しは使えるのではないだろうか。
それよりも何よりも「何のために」予備自衛官を訓練しているのか、という本質的命題を航空幕僚監部や防衛省内局は精査しなければならないだろう。なんとなく制度があるから「例年通り」の代わり映えしない「招集訓練」を今後も続けていくのだとしたら、また、今回のような国難に対し、海・空の予備自衛官の招集に.1ケ月以上もかかる制度だとしたら、もはや予備自衛官制度は陸上自衛隊に任せて、海・空はこの制度から「撤退」すべきである。
上記は多くの航空自衛隊予備自衛官の仲間の共通認識である。
家に帰ると家族がいる、電気がつく、水道が出る、温かいご飯が用意されている。そんな何気ない風景が、ありがたいことだと思わせてくれた東日本大震災、と書いたら石原慎太郎都知事のようにバッシングにあうだろうか。
しかし、本当にそう思う。いままで私たちが「当たり前」だと思っていたこと、それは実は、とてもありがたいことだったのだ、と痛感させられた震災でもあった。

上記のような、蒲田駅前の花壇に咲き誇っている花々に対してでさえ、ありがたいなあと想ってしまう。被災地の方々は、きっと春の花々に対してそんな想いを抱くことはできまい。
一体、神はこの震災で我々人間に対していかなる警鐘を与えようとしたのだろうか。我々人間は、万物の霊長として、あまりにも自然や、それを司る偉大なる力(Something Great)に対して不敬ではなかったか。
石原慎太郎都知事は、若干被災地への配慮を欠く発言だったが、ことの真相は彼の発言どおりではないだろうか。「今度の地震は日本人に対する“天の警告”だと思う」
自分だけよければいいという我欲のかたまりのような昨今。学校では売国民主党を支持する日教組教員による「あなたらしければいい」という我がまま教育の結果「人を思いやる」という日本人が少なくなってしまった。
そのような意味では、我が国の国民に対して「大きな宿題」を与えた大震災であった。我々は多くの尊い犠牲のもと、あらためて人間とは、自然との共生とは、と考えなければなるまい。
そのような小さな存在の人間が、自分自身の小さな我欲のため、汲々としている昨今は見苦しいぞ!はんせい!!
選挙が近づくと所謂「怪文書」なるものが街に出回ることが多い。わたしなど「敵が多い」ので以前は随分と怪文書が出回ったが、今回は1件だけだ。
自宅あてに届いた1通のファックス。
先生の個人情報がインターネットに流出しています。なお、この事実は日本新聞協会加盟全社に通報済みです。
とあった。そこにかかれたURLにアクセスすると、風俗店のメルマガを購読している議員や候補者名が数名並んでいた。そのなかに私の名前があったのだ。なんじゃい?
こんなもんかい、とあきれてしまった。そもそも、メルアドを公開しているので、一日に何十件という風俗系、投資系、怪しげ系、中国系など様々なメールやメルマガが送られてくる。そんなもんまでかまってられるか!
ご丁寧に、日本新聞協会加盟各社にまで通報していただいてありがとう。
さて、その次の「怪文書」は凄い。「怪」にしては出来すぎているのだ。実在の弁護士2名が自民党の大田区議会議員を被告にして、損害賠償請求を起こした訴状と各種証拠のコピーである。
なぜ私のところに来たのかは不明だが、訴状を読むにつれビックリしたのだ。あまりにも三文小説のようだからだ。訴状の要旨は以下だ。
蒲田の飲食店でバイトをしていた原告の女性Sさんに、この区議が再三にわたり「食事に行こう」「出かけよう」と電話攻勢をかけた。この区議は妻帯者なので無視していると「妻とは離婚する」と懇願。
結局この言葉を信じSさんは、彼と同棲を始めた。が、妻と離婚をしない。そこで、別けれた。しばらくして別の男性と再婚。ところが、この区議が再婚先まで押しかけてきた。
そこで再度離婚せざるをえなくなった。どうしてくれるのか、と区議に詰め寄ると「妻と離婚した戸籍抄本」を持ってきたので再度、同棲。(実際には離婚していなかったらしい)今度は、この生活のなかでDVを始めたためSさんは区議に再度別れ話を提案。
ところが、区議は「君と老後暮らすマンションを買おう」と逆に言い出し、Sさん名義でローンを組ませマンションを購入させた。しばらくは毎月15万円の返済資金を区議が払ってくれたが、いつのまにかこのマンションにも来なくなった。
現在、区議は蒲田の風俗店に勤める中国人女性と同棲をしている。
ついては、婚約不履行。マンションの返済代金未払い、DVなどあわせて1100万円の慰謝料を払え。
という訴状である。
いやはや、彼(被告区議)は議会でも教育行政に熱心なだけに、事実だとしたら同僚として大変残念である。すでに東京地方裁判所にて係争中なので、この行方を見守りたい。
以上は、正式な訴状からの抜粋だが、この後、街には本物の「怪文書」が流れている。それには、以下のような、もっと三流週刊誌的ネタが書かれている。にわかには信じられない内容である。
現職区長は、衆議院選挙で与党候補だった公明党遠藤乙彦氏を応援しないで、対立候補だった森田健作氏の選対幹部だったのに、自分の選挙では、公明党の推薦をもらっているのは情けない。
被告区議がSさんとの交際費用を捻出するために、区長や区幹部に懇願して、大田体育館隣接地の不要なマンションを区に買わせたのではないか。 (本件は、松原区長らを被告として5億円余を区に返せ、との住民訴訟が提訴された。ただし、期限後の訴えのため棄却。)
別の自民党の区議が、被告区議の愛人が勤める風俗店から、女性を「お持ち帰り」した。
民主党の「政治と金」問題で国民は小沢氏の説明責任に言及した。この区議たちも、事実無根であれば、区民に対して「説明責任」を果たすことが望まれよう。
また問題は、松原忠義区長(自民党)の「お役人手のひら区政」を批判して、自民党を離党しようとした「マトモ」な区議、永井前議長に対し「除名」というイジメをやっておきながら、倫理観欠落の被告区議、売春防止法違反の可能性のある区議に対しては「お咎めなし」という自民党大田総支部の「良識」とはなんぞや???うかがいたいものだ。
民主党が大エラーと四球を投げ続けている今、まさに政権奪取のチャンスだろうに。こんな色恋沙汰で訴訟や怪文書が出るのは、いささか「脇が甘い」ですな、自民党さん。お気をつけあそばせ!
怖い世界だ‥
今回の震災では様々な形で被災地支援のボランテイア活動に関わらせていただいた。その中から地域の底力の素晴らしさを知り、多くの匿名の人々の善意にも触れた。
反面「自分はいいことをしている」という「自己満足型」のボランテイアの存在も目にした。無論「無関心」の方々より余程ましなのだが、日本中が「自己満足型」になると、これまた別の問題が起きてしまう。
被災地の避難所では、倉庫を埋め尽くす「古着」と「振毛布」を見ることができる。この処理(処分)費用は、受け入れた自治体の負担である。また、ひとつの箱には「同一の品」という阪神淡路大震災で学んだ「救援物資送付の基本」を無視した支援物資の山には、これを仕分けする大量のマンパワーが必要だった。

そして、仕分けの結果、残念ながら多くの物資が「不要物」として、これまた「費用をかけて」廃棄処分されることになった。
震災から1ケ月が経過して誰でも被災地に入れるようになった。志高いボランテイアの方々が多く現地で活動を始めた。大田区からも14日にボランテイアの第一陣が東松島市に出発する。
その募集パンフレットには、ボランテイアの心構えとして次のような言葉がのっていた。
「自分が何をしたいか」ではなく「何が必要とされているか」と考えて欲しい。と。
今、被災地で何が必要だろうか。家、仕事。日本中の応援と善意で日本を復活させよう!
| 2011年04月11日(月) |
東松島市へ行ける大田区民募集!(在勤、在学も可) |
以下のように、大田区においてボランテイアを募集している。ただし、くれぐれも「善意の押し売り」や「自己満足のため」にならないようご配慮願いたい。
1.体力に自信のない方はやめよう 2.精神力に自信のない方はやめよう(何もない場所での余震は恐怖) 3.写真を撮りに行くような気持ちの方はやめよう
以上は、大田区の見解ではなく「いぬぶし」の私見である。以下は大田区から。
宮城県東松島市の現地支援ボランティアを募集しています 大田区では、4月1日・2日に医師会・区の合同支援チームを東松島市へ派遣しましたが、現地災害ボランティアセンターから「津波に襲われた家屋の汚泥清掃」について、早急な活動要請がありました。 これに応えるため、区民と区の協働で、緊急かつ継続的な現地支援ボランティア活動に取り組むこととなりました。つきましては、下記のとおりボランティアを希望する方を募集します。
活動内容 被災地(東松島市)での家屋内外の汚泥処理及び家屋内整理等(雨天の場合は、作業内容の変更もあります)
活動日程
平成23年4月14日(木曜日)から4月15日(金曜日)まで 平成23年4月21日(木曜日)から4月22日(金曜日)まで 平成23年4月26日(火曜日)から4月27日(水曜日)まで
それぞれ、1日目の夜に出発し(出発場所は区役所前を予定)、2日目は一日作業を行い、撤収後帰路へ(帰着は午後10時頃を予定しています)
募集人員 各回とも、約25名 (条件)区内在住・在勤・在学で注意事項を守り、活動可能な方
保険 ボランティア活動保険(天災特約、感染症特約付)未加入の方には、加入手続きを行います。(既加入者を優先させていただく場合があります)
装備 (個人で用意していただきます) •作業着等(または汚れてもよい服で長袖、長ズボン)、ヘルメットまたは帽子、ゴーグル、ゴム長靴、ゴム手袋(厚手で長めなもの)、軍手、マスク、タオル、ヤッケなど •帰りの着替え、飲料水、食料(朝・昼・夜)、汚れた衣服を詰める袋など
注意事項 •家屋に散乱しているものは被災者の方が大事にしてきたものです。ごみ処理ではなく、大切なものですので、気持ちを込めて整理する心構えを持ってください。(周りに迷惑をかける人がたくさんいます) •仕事は選ばず、汚物の処理など自分で進んでできるくらいの覚悟が必要です。 •自分の健康面や体力も十分に考慮に入れ、申し込みと活動をお願いいたします。 •「自分が何をやりたいかではなく、何が必要とされているか」が大切です
申し込み方法 ボランティア登録シートに必要事項を記入の上、大田区被災地支援ボランティア調整センターに持参またはFAXでお送りください。
大田区被災地支援ボランティア調整センター 区民活動支援施設蒲田 「micsおおた」2階多目的スペース(消費者生活センター2階) 〒144-0052 大田区蒲田五丁目13番26号101 電話:03-3735-3840 FAX:03-3735-3856
| 2011年04月10日(日) |
今日は選挙に行こうぜ! |
今日は統一地方選挙前半戦の投票日である。都道府県知事、道府県議員、政令市の市長、市議選挙などが行われる。しかしながら、毎度の事ながら、国政選挙にくれべて、地方選挙の投票率は低いのが現状である。
地方分権論が高まり、中央集権からの脱皮が声だかに議論されているわりには、有権者の関心は低い。特に日頃、県政、市政と関わりのない勤労層の投票率が低いのではないだろうか。若年層の投票率低下も問題だ。
選挙に勝たなければタダの人になる候補者たちは「票田」に群がる。結果として、各種団体、町会、商店会、老人会などに候補者が集まり、若年層や勤労世帯とは、ますます政治が離れ、投票率もこの層では低くなるというスパイラルが止まらない。
投票率の低さ、政治的成熟度の低さを嘆いても始まらない。このスパイラルを止める唯一の方法は「有権者の一揆」である。いままで「やったふりの議会」を開き、首長と「八百長政治」を行ってきた日本中の地方議会や議員に「ノー」の行動を起こすことだ。
よく候補者の話を聞いて欲しい。ブログがあれば、それも読んで欲しい。議会の議事録が公開されていれば、ぜひ何を発言して来たのか見て欲しい。様々な資料に接すれば、おのずから結論が出るだろう。「間違って当選させてしまった候補」と「当選させるべき候補」が。
代表質問や一般質問で「本件について執行部のお考えをうかがう」等と質問している輩がいたら絶対に投票してはだめだ。自らの政策提案もしないで、役人の考えを聞く。こいつは「役人の手先」以外の何者でもない。そして、このような使いやすい議員に役人は「センセイご指摘の件につきましては、今後の検討課題とさせて頂きたい」などと、やる気もないクセに煽てる。やったふり議員の定型的質問類型である。
一番良くないのは「誰がやっても変わらない」という有権者である。日本国憲法は、普通選挙権を定めている。したがって、投票しないという行為は、憲法違反である。「誰に投票していいかわからない」ということも、認められない。選ばなければならないのだ。
我々は、一昨年「政権交代」という大きな失敗を有権者として行ってしまった。「誰がやっても変わらない」と思っていた国政を、バカが司ると「これほどにも変わる」ことを実体験したし、現在もそのことを多くの国民が痛感し反省していることだろう。
今日は、その憲法違反者が続出する投票日である。どうか、兎に角投票所に出かけて欲しい。そして、投票して欲しい。わからなかったら「白票」でも止むを得ない。棄権よりよほどましだ。
棄権は危険。この国を変える貴重な1票を無駄にしないで!お願いだから!
| 2011年04月09日(土) |
洗濯機・冷蔵庫下さい!被災地からのオーダーです |
先日はランドセルのご寄付に多大なるご協力をありがとうございました。このプロジェクトを立ち上げたランドセルメーカーの�蟠�和さんには全国から2万を超えるランドセルが届き、工場は大変な状態だそうです。ランドセルの受付は現在中止されています。どうか、善意の押し売りにならによう、しばらくお待ちください。
昨日、被災地から届いたメールを転載します。ご協力いただける方は、ご連絡をください。(mail@inubushi.cc)
宮城の復興にご協力頂いている皆様へ
こんにちは、日々、ご支援頂きありがとうございます。
以下、物資を探しております。ご支援頂けませんでしょうか。
<必要物資> ・洗濯機(中古で構いません):当面10台 ・冷蔵庫(中古で構いません):当面10台 →自宅が流され仮設住宅を待たずにアパートに引っ越しされる方の 依頼が多くきます。 →中古でも構いませんが、贅沢を言えば5年未満のものだと助かり ます。火災などのことも考え年数が新しいものだと助かります。 ・自転車(中古で構いません):当面10台 ・アイボン(目を洗う市販のもの):大量にあれば助かります。
以上、ご支援頂けるところはございませんでしょうか?
上記は現地NPOからのものです。
上記を受けて、以下の団体が有償で中古洗濯機を求めています。時間的余裕がありませんので、ご提供いただけるリサイクルショップの関係者の方は直接コンタクトをお願いします。
緊急です中古洗濯機最低1台10,000円で提供ください 9日15:00までに 〒338−0824 埼玉県さいたま市桜区上大久保519番地1 埼玉県浦和・大久保合同庁舎1号館 に納入いただければ仙台に届けれます。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 市民キャビネット災害支援部会 松尾道夫 〒338-0824埼玉県さいたま市桜区上大久保519番地1 埼玉県浦和・大久保合同庁舎1号館 TEL048-714-0500・FAX048-714-0509
***いぬぶしからのお願い***
この情報は4月9日午前10時現在のものです。現地の要望、不足している物資は刻一刻変化しています。ご支援いただく前に、直近の情報をご確認ください。
| 2011年04月08日(金) |
情けない!菅総理外国人から献金。返せばいいのか! |
我が国の売国的新聞社である朝日新聞もたまにはいいことをするもんだ。以下、asahi.comからの転載である。
菅直人首相の資金管理団体が在日韓国人系金融機関の元理事から献金を受けていた問題で、菅首相側が、この元理事が韓国籍であることを確認し、献金計104万円を返していたことが分かった。首相側代理人が7日、朝日新聞の取材に回答した。 この問題は先月、朝日新聞が報じて明らかになった。菅首相の資金管理団体「草志会」は、旧横浜商銀信用組合(現中央商銀信用組合)元理事の男性から、2006年9月に100万円、09年に計4万円の献金を受け取っていた。政治資金規正法は、日本の政治や選挙への外国の関与や影響を防ぐため、政治団体が外国人から献金を受けることを禁じている。
代理人の弁護士が回答した文書によると、元理事側への返金は先月14日。元理事が韓国籍であることを公的な書面で確認したため、としている。また、「返却の事実は政治資金収支報告書に反映させる予定」としている。
首相は問題発覚後の参院決算委員会で、元理事とは数年前に知り合い、釣りや会食に行く関係とし、「外国籍の方とはまったく承知していなかった」と答弁していた。
外国人からの献金をめぐっては先月4日、前原誠司前外相の政治団体が京都市内の在日韓国人女性から献金を受けていたことが判明。その後、前原氏は辞任した。
さてさて、もはやどうにもならない民主党と菅総理だが「悪いことしても、あやまればいいんだよ」という日教組教育と、「無責任な」市民運動家の限界だろう。早く日本のために退場してくれ!!!
まあ、ほとんどの議員が日朝、日韓、日中友好議員連盟に加入している大田区議会の認識も似たようなもんだが…
| 2011年04月07日(木) |
ハイと言えない教員たち@区立学校入学式 |
昨日は「礼儀」の教育について書いた。まさに、その問題を露呈する立ち振る舞いに昨日、今日と出くわしたのだ。昨日は区立小学校、本日は区立中学校の入学式が区内各地で催された。
私も地元の学校の入学式に参列した。区議というのは不思議な存在で、特に招待状は届かないが、式に出かけると「来賓」として処遇されるのだ。
本日の中学校の入学式。在校生歓迎の言葉を述べた女子生徒は素晴らしかった。手許には原稿を持っており、めくってはいるが、まったく見ようともせず、新入生のほうを向いて10分近い「歓迎の言葉」を述べた。必死に原稿を棒読みするどこかの役人や区長、議員とは大きな違いである。
態度も立派だったが、内容も中学生とは思えない堂々としたものだ。
大切なことは「挨拶」です。今日、これから初めての友達に挨拶をしてみましょう。先生や地域の方々、誰にもで挨拶をすることでコミュニケーションが広がります。中学校では何かやりたいものを見つけてください。勉強でも部活でもいいです。何かに取り組むことが大切です。(要旨を記憶から)
新入生の「決意発表」も女子生徒である。いやはや、世の中は正に「女の時代」だ。頑張れよ日本男子!
さて、生徒が挨拶が大切と述べた後、教職員の紹介に移った。体育館の壇上に並んだ教職員。学校長から名前を呼ばれると「無言」のままペコリとお辞儀をする。登壇、降壇の際学校長や来賓が行っている「国旗」や「場」への礼は誰一人行わずにだ。
随分前に、地元の私立幼稚園の卒園式で区立小学校長が「返事の大切さ」を説いたことがあった。この幼稚園の園児たちはこの校長に言われるまでもなく「大きな声」で返事はするし、国歌「君が代」を会場がわれんばかりの大声で歌うことで有名なのだ。
はたして、この学校長。来賓紹介で自分の名前を呼ばれて返事をしないで会釈をした。あまりの「感動的な光景」に、「返事をしない大人たち」という題で日本武道館の出している「月刊武道」にエッセイを書いた。教員がこの体たらくでは子どもたちが挨拶や返事をする訳がない。
この「大きな返事」と「大きな声で国歌斉唱」を私学で学んだ幼稚園児たちは、哀れかな6年間の「公教育」の成果で、中学校の入学式では名前を呼ばれても「返事もせず」、国歌斉唱は「忘れてしまった」という状態だ。
「あなたらしければいい」、そんな我侭教育を改めなければ日本の再興はないだろう。
「ハイ」と大きな声で返事をしろ!「挨拶」を自ら先手でしろ!国旗に礼を尽くせ!教員たちよ!

| 2011年04月06日(水) |
礼を失した東電お詫び訪問 |
3月22日に東京電力鼓副社長ら幹部が、福島県田村市の避難所を訪問して、福島原発周辺から避難した人々に謝罪したことが報道された。その写真を見て唖然としたのは私だけではないだろう。
 (朝日新聞)
被災者の方々は床に座っているのに、東電社員らはたったままのお詫びである。これでは「形だけ来た」と思われても仕方あるまい。我が国の伝統である礼儀作法を学校でも教えなくなって久しい。(いや教えるべき教員が礼儀をわきまえていないのだ。)エリートの東電幹部らは、勉強は出来たが、礼儀は教えられなかったのだろうか。
さて、反面、3月30日に足立区の東京武道館を訪問された天皇・皇后両陛下は、それぞれの被災者の方々の前で跪かれお言葉をかけられていた。実に美しいお姿が対照的であった。(両陛下のお写真を私の日記に転載することは差し控える)
さらに、一時マスコミのバッシングにあわれた皇太子殿下・皇太子妃殿下も本日東京都調布市にある味の素スタジアムを訪問された。やはり、跪いて被災者に労いのお言葉をかけられていた。
 (朝日新聞)
あまりにも対照的な慰問と謝罪の姿には、我が国の学校教育、家庭教育、社会教育のあり方が問われよう。公立学校にぜひ出かけて欲しい。廊下ですれ違う教員から「先に挨拶」をされることは、めったにない。それよりも、こちらから挨拶をしても「蚊の鳴くような」返事が返ってくるか無視である。(裏の声:お前だからだ!)
もう一度、道徳教育、精神教育など、GHQが恐れていた日本人の精神文化を高める教育をしなければ日本は、益々三等国に成り下がってしまうだろう。 昭和20年のGHQによる「日本弱体化作戦」にいまだに加担している日教組の教員諸君!そろそろ目を醒ませ。もういいからネ。

| 2011年04月04日(月) |
やっぱり本当だったか?副区長辞職強要!!! |
私の2月25日の区議会第1回定例会の一般質問で、大田区の誇る「恐怖人事」「粛清人事」の総仕上げとして、松原忠義区長が、秋山副区長に「辞任を迫った」との事実があったか、と確認をした。以下、質問のその部分の抜粋である。
『1.粛清人事について
松原政権に代わって以来、社会福祉法人池上長寿園の理事長人事への介入、代表監査委員への辞任強要、前政権中枢幹部職員の他区や一部事務組合への不自然な転出など、リビアや北朝鮮もびっくりするような粛清人事、報復人事が行われてまいりました。私は再三これら粛清人事、報復人事について警鐘を鳴らし続けてまいりましたが、一部取り巻きの入れ知恵か、これら異常な人事は止まることを知りません。
そして、今回は二人いる副区長にまで、このような人事の魔の手が伸びたようでございます。この副区長には松原区長ご自身が、任期途中の3月31日付けで辞任するよう迫ったとの事実が漏れ聞こえてまいりました。はたしてどのような理由で任期中の副区長を、それも区長自身の任期を1ケ月残す時期更迭しなければいけないのでしょうか。この副区長の選任に同意した立場としては、どうしてもうかがっておかなければなりません。松原区長の真意をお尋ねいたします。』
答弁にたった野田副区長は「火のないところに煙がたつことを知った。私が、そう言われたら、その日まで粛々と公務をこなすだろう」と、逃げた。とにかく、松原政権になってからというもの「粛清人事」「ゴマすり人事」「フオーレスト(英語にしてみて!)人事」と思われるような人事異動が横行しているのは、大田区職員であれば誰でも知っている。
そのような執行部の横暴を監視すべき議会は、区長と仲良しの自民、公明、民主で過半数を占めており、まったく抑止力として機能していない。機能しない議会と、区長べったりの与党に嫌気がさして、永井前議長、湯本区議の2名が自民党を離党した。(正確には、永井氏は除名)
さて、本日発覚したのは、秋山副区長の「辞任強要」は、やっぱり本当だったのか、ということだ。総務担当部長から区役所各所属長宛の文書によれば、秋山副区長は3月31日付で退任(辞任)したそうだ。任期を残しての辞任には、いかがわしさが漂う。
よく「粛清人為」「恐怖人事」に彼らが使うのが「次」である。ここで「素直に従えば次がある」が、「逆らうなら次はないよ」、というものだ。いくら、現政権がおかしいと声高に叫んでも、家族もいるし、生活もある。JALの経営陣と戦った「沈まぬ太陽」のような人は、なかなかいない。
結局、人事権を持っているものが、役所では「なんでも思い通り」になるのだ。今回、定年になりながら総務担当部長(人事)として再任用された方こそ、好例だろう。
また、大問題なのは、就任には議会の同意が必要な「特別職人事」でありながら、その辞任の事実は未だに議員には知らされていない。隠しているのか、と勘繰りたくなる。たかだかの、顔も知らない課長の異動や訃報はすぐさままわってくるのにだ。
嗚呼、大田区役所!チャンスは4月24日。しかし、一般区民は知らないし、関心がないだろう。結局、また区長べったりの存在意義の薄い区議会が4年間続くのだろうか…
目覚めよ!大田区民!!大田区に早く真の民主主義を!!!

| 2011年04月02日(土) |
「台風の目」になるか?減税日本 区長・区議候補推薦発表@大田区 |
名古屋市長選挙、名古屋市議会議員選挙で圧倒的な支持を得て躍進した地域政党「減税日本」が、統一地方選挙においても推薦、公認候補の発表を始めた。わが大田区には無関係かと思いきや、どうして、どうして。なんと区長候補予定者にも推薦が内定したのだという。
以下、大田区議会議員選挙、大田区長選挙において「減税日本」の推薦候補予定者の方がたである。なお、区議会議員現職、新人の4名はいずれも民主党籍を持ち、民主党公認候補予定者である。泥舟「民主丸」からの緊急脱出なのだろうか。(敬称略)
区長候補予定者:1名 永井敬臣(区議8期、無所属、自民党除名2回、前議長)
区議候補予定者:4名 都野圭子現職2期 黒川仁現職1期 北島大新人 高井優一新人
区長には永井氏以外に以下の方々が出馬を表明されている。
松原忠義(区議2期、都議2期、自民党籍、自民党、公明党、民主党の一部、日本労働組合総連合会推薦) 湯本良太郎(区議2期、自民党離党、みんなの党、民主党の一部推薦) 馬場良彰(新人、大田区政を変える会事務局長、共産党推)
減税日本の河村たかし名古屋市長は永井氏推薦について以下のように述べている。
「大田区には、どえりゃー変えなきゃいかんことがぎょうさんあるでよ。永井さんは、口は悪いがどえりゃあ実行力のある男だがや。」
はたして、減税日本が「台風の目」になるか。戦いは4月17日からだ。
***議員や候補者の被災地訪問は止めよ!***
最近「いぬぶしに負けれるか」とばかり、高速道路開通もあって、遅ればせながら「支援物資集め」をして、形だけの被災地訪問が大田区の一部の都議、区議、新人の間で「はやって」いる。いまさら被災地では迷惑なので、これからは大田区内できることを行い、考えるべきである。
また、突如、区議のブログが増えてきたのは「まねっこ」と言えども、有権者にとっては実にいいことだと思う。願わくば、ここ1ケ月だけでなく「末永く」区政の情報発信を続けていただきたいものだ。

| 2011年04月01日(金) |
自衛官・消防官を客室に泊めろ!東電!! |
福島第一原子力発電所から20キロ離れた場所に、東電が管理する豪華な「Jヴィレッジ」という研修施設がある。90室収容人員264名の客室も備えている。ベットはキングサイズで客室はシテイホテルより広い。
ところが、決死の活動をしている自衛官、消防官たちは、この宿泊施設へ立ち入ることが出来ないのだ。なんと、東京電力が「汚くされるのは避けたい」との理由ですべての部屋に鍵をかけているのだという。

↑「汚れるから」と自衛官らに使わせない客室
東京電力と我が国政府は、震災直後に米軍からの「冷却剤を提供する」との申し出を断っている。それは、冷却剤を原子炉に入れることは「廃炉」を意味するから避けたかったのだろう。しかし、結果として今や「廃炉」は決定的になり、素早く「廃炉」の決断をしていればここまで被害は広がらなかったであろうし、その判断ミスによる補償額は「廃炉」どころの額ではない。
同様に「Jヴィレッジ」を「汚されたくない」との東電の感覚は、将来使えなくなることを危惧しているのだろうが「廃炉」となり、石棺となる運命の原発の隣接地に宿泊する「物好き」がいるとは思えない。それより、いま決死の覚悟で対処している自衛官、消防官、自治体職員、下請け会社社員などに、束の間の休憩を与えるために開放すべきが、東電の立場だろう。
さらに疑わしいのは、施錠されているはずの、この施設のスイートルームに関連会社の役員がノウノウと滞在しているところを複数の消防隊員が目撃していることだ。自衛官や消防官はレストランの床で仮眠しているのにである。

↑自衛官らが仮眠をとっているレストラン 国会議員から都議、区議まで東京電力出身の組織内候補は数多い。また、東電労組を中心とした連合の推薦する民主党候補者各位には、このような事態になっても、施設や原子炉の温存に恋々としている東電経営陣に「喝」を入れていただきたい。それこそが、唯一みなさんが逆風の中勝ち残る手立てだろう。
現場の自衛官、消防官には、せめて交代時に温かいベットで休ませてあげたい。東電さん!東電の議員さん!良心があるならお願い!!
なお、この施設の運営会社の社長は、な、なんと福島県知事である。
会社名 株式会社日本フットボールヴィレッジ 資本金 4億9,000万円 所在地 〒979-0513 福島県双葉郡楢葉町大字山田岡字美シ森8番 TEL/FAX 0240-26-0111 0240-26-0112 役員 代表取締役社長 佐藤 雄平 福島県知事 代表取締役副社長 高田 豊治 (常勤)←スイートルームでの宿泊が疑われている人 皷 紀男 東京電力株式会社 取締役副社長
***古いランドセル受付停止***
被災地にランドセルを贈る運動をしている�蟠�和さんには1万個のランドセルが集まり、工場フル操業でリフオームしています。ついては、大量に集めた方を除き、個人からのランドセル寄付は一時中止するとの連絡がありました。
被災地でランドセルが必要な方々、避難所責任者の方はご連絡をください。1、2年生には新品を、3年生以上には、リフオーム品をお届けします。

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