2002年10月30日(水) |
オヤジのボヤキ日記。 |
色々ありすぎて写真も読書も出来ない今日この頃、皆さまにおかれましてはいかがお過ごしでしょうか。年老いた体には朝晩の冷え込みがほんと体にこたえますね。 弟が車を買いまして、一昨日納車されてきました。 アルテッツァなんですが。嫌みかそれは?あん? 過去の亡霊にいつまでもドキッとさせられるなんて、ほんとアホなオヤジですな。 ま、それはさておき。
我が家のブロードバンドはいっこうに早くなる気配を見せておりません。 え?一体いつになったらブロードバンドになるんでしょう。 ISDNより少し早いくらいではとても哀しいというかなんというか。 ま、どっちでもいいすけど。
寄る年波には勝てず、ここへアップする方法も時々忘れそうになるくらい脳味噌が老朽化してますが、あまりに写真を撮ってないので写真の取り方も忘れそうです。絞りって何でしたっけ? 年内は紅葉とクリスマスイルミネーションの撮影くらいはしたいですね。 どうも私の一番好きな11月は仕事がてんこ盛りらしく、休日はゼロのようです。 ま、仕事があるにこしたことはないわけで。
「寒くなったら生ガキでシャブリだよねえ」と友人夫妻にお誘いをされて、ついついお高い目のシャブリをストックしてしまいました。 いやはや、寒くなってくると「なんじゃこりゃぁぁぁ」(優作風)と叫びたくなるくらいの旨いものの話にはこと欠かないですね。 普段は特売のうどんをすすっているオヤジの言うこっちゃないですが。 ま、たまには贅沢もということで。
カキは焼くかナマかで揉めてんじゃねえ>友人夫妻 両方用意するから好きにしてくれ。 ま、私はなんでもナマが好きですが。
おあとがよろしいようで。
2002年10月25日(金) |
我が家もやっとぶろーどばんど。 |
やんごとなき、ではなくよんどころない事情で写真も読書もさぼりたおしているオヤジです。ええ、今夜モデム?が来ましたよ。すげえ奇麗なお姉さんの宅急便で。
「あしんめとりっくでじたるさぶすくらいばーらいん。ぶろおどばんど・・・・・」男はぼそりとつぶやいた。 そっと「巨大画像」のページをクリックしてみる。 データスルーの表示を見て男は愕然とした。 4k/s・・・4M/sではない。 てめーこのやろ〜、アナログモデムより遅いやんけ。 説明書には「最初の48時間は電源入れとけ、そのうち最高のカッ飛び回線にしてやるからな」とある。 ふと思いたって1.4Mほどのファイルをアップロードしてみる。 10秒もかからず終わってしまった。 けっ、上りは150K/S以上出てやがる。
しかしこの12MのADSL、要するに上りも下りもデータ垂れ流しなのね。 これは実にセキュリティーが怖いシステムですな。 パソコンの電源入れている間は繋がってるなんて、恐ろしい話だ。 非対称とはよく言ったもので、今までは「個人ーインターネット」が個人優位の非対称だったのに対し、こんな簡単に自分が「ローカルディスク化」してしまうと、実に「個人」が矮小化してしまうような気がする。 「世界と繋がっている」と言えば聞こえはいいが、回線のオンオフを自分で選べないなんて、ちょっと安っぽい。 ふと「鉱石ラジオ」を思い出したのは私だけか。 ああ、集合住宅のばか〜。 光ファイバーが欲しかった・・・。
とにもかくにも。 最近ネットに参入したオヤジ仲間から送られてくるメガ単位の御子息御令嬢の写真を見るのもこれで楽になったわけで。 ああ・・・そんなことのためにブロードバンド化したのかいっ。 デジカメを買ったことを見せびらかしたいオヤジが(ひ、人のことは言えないが・・・)エシェロンに負荷をかけているかと思うと、少しだけ溜飲が下がるオヤジだった。 あなたのデータも狙われているかもしれない。 なんちゃって。
2002年10月10日(木) |
オヤジたちの熱い水泳部。ーーXマスパーティ編・ほらー?・ーー |
まさに宴たけなわ、喰うだけ喰って飲むだけ飲むと、次から次へとイベントが開催されます。人生ゲームみたいな時間のかかるものもありましたけど、ごく簡単なゲームで予め用意してあった商品を争奪するんですね。 そうした商品は前々からメンバーに意見を聞いて買っておきます。
そんなゲームも落ち着いた、時刻も午前と呼ばれる頃にさしかかると、えー、メインイベントが開催されるわけです。 いやむしろ、皆さんそのために集まっているというか、そのために皆さん無い知恵を絞り、親戚に聞き込み、本屋で立ち読みなんぞして年末のその夜に備えてたわけです。
頃合いだなぁと私が判断して、おもむろに立ち上がり、前々から用意してあった桐の箱の中から、私が厳選したロウソクを皆に配ります。 「さ、いくぞ〜、みんな所定の位置に座れ〜」 そう、百物語をおっぱじめちゃうんです。
私が一番最初に火をつけ、その火を順に回します。 全員で丸い大きなテーブルを囲んで座り、目の前に火のついたロウソクを立てます。 ついで一人ずつ「怖い話」をしていくんですね。 話を終えた人は目の前のロウソクを吹き消します。 そして、最後のロウソクを吹き消した後・・・。
最高に盛り上がったのは中二の時。 最後のロウソクを私が吹き消した後、皆で手をつないでテーブルターニングを始めました。(当時はもう何でもごちゃまぜでしたから) (中略、ということで) 真っ暗な中でじっと耳を澄ませます。 結局その夜も何も起きませんでした。 「おっけー、電気つけよう」と私が言い、皆にホッとした雰囲気が流れた瞬間、何かが破裂したような音とともに、何かが壁にぶつかる大きな音がしました。 気の弱い奴の叫び声が上がる中、私は近くの電気をつけました。 最初は誰もその音の正体がわからなかったんですが、よく見ると・・・長辺1mくらいの大きなアグネス・チャンのパネルが壁にもたれかかるように下に落ちていく所でした。ずずっと壁に沿って落ちる瞬間を、その音に気がついた皆で見ていました。 それは別の壁から1mほど離れた位置の天井に、ガムテープや釣り糸でつり下げてあったものだったんです。どうやらそれが壁まで飛んで音をたてたようです。しかも、つり下げてあった角度とは90度回転してその壁に飛んでいったようです。 「どうして?どうやって?」と話し合っている最中、今つけたばかりの壁の電気が音もなくふっと消え、また真っ暗になりました。 この時はさすがに私も慌てましたね。 勉強机のライトをつけ、天井のライトもつけました。 今消えた壁のライトのカバーをそっとはずしてみると、電球が奇麗に真っ二つに割れていました。 まだ熱いその電球を、そっと手で持ち上げると、すっぱり切れた?電球の上半分が持ち上がった感触を、今でもはっきりと覚えています。
その夜の出来事はそれで最後でした。 でも・・・。
私が高校生になった時、親が新しい家を建てて引っ越したんですが、無理を言ってその家に一人で居残ったんです。 私が受け継いだ時に、車道側にあった玄関を封鎖してしまい、くみ取りトイレはコンクリートで埋め、新設した水洗トイレの横のドアから出入りする、カギなどかからない家でした。 元々あばら家と呼んでもさしつかえない小屋のようなものでしたし、何年かすると家全体が傾いて、木枠の窓はすき間が出来てしまい、冬には部屋の中で息が白くなるような家でしたけど、何より大変なのは。 普段から当たり前のように誰もいない部屋で足音がしたり、ピアノがぽーんと音を立てたり、怪談をしていると部屋全体がいきなり揺れだし、カーテンが部屋の中に向かってはためくというお化け屋敷になってしまったことです。 そこに13年間一人で住んでました。
私も遊びに来る友人達も、色んな経験をしました・・・。 今でも眼を覚ました瞬間などに、あの部屋の光景を探してしまうことがあります。
2002年10月09日(水) |
オヤジたちの熱い水泳部。ーーーXマスパーティ編・序章・ーーー |
さ。 やっとクリスマスパーティ編を書く心の準備が出来ました。 ああ、やっぱり秋っていいですね。 飯はうまいしねえちゃんは奇麗だ〜♪
ということで。 中学校の三年間は、毎年暮れになると楽しみにしていたのが「クリスマスパーティ」です。 とはいえ今風のしゃれたものじゃなくて、男7人だけの単なる大騒ぎ。 確か終業式がクリスマスイブだったと記憶してるんですが、メンバーは一度家に帰ってから、我が家に集合なわけです。 会費は一人7000円。当時のお金としてもかなり高かったんですが、夏前から毎月1000円を積み立てる方式で集めてましたね。なんてガキだったんでしょう。 ケーキ屋の息子がいたので、受注生産だという2万円(ラーメンが一杯300円の時代!)の二段重ねケーキをそこに発注。今はそういうのって全然見なくなりましたけど、直径で80センチ以上はあったんじゃないですかね。かなーりでかいものでした。 魚屋の息子には卸値でお造りを発注してました。 うちの親には悪いなぁと思ってたんですが、うちの親のおごりで、毎年お寿司20人前が提供されてました。山盛りのサラダもありましたね。 トリの丸焼きが1人1羽。えと、モモが1人1本ではなく、1人丸ごと1羽です。 段ボール数箱分のお菓子、確か数ダース分のコーラやジュース。1本1リットルの頃ですね。シャンメリーが正確に14本。 食べ物はお菓子を除いて全てが1時間とかからず完食されてました。 ケーキは「よーい、どん」で箱を開けてくらいつくんですが、まさに秒殺、ちょっと横を向いていようものなら何も無くなる世界でした。 夜食にはインスタントラーメンやらおにぎりやら・・・。(多謝>母上) 宴会は朝まで続きますので・・・。
私とトリ(Yのことですね)が幹事でしたので、お金は全て私が管理してました。色んな意味で大量の食料を集めなくてはいけませんが、当日に買い出しに行くのはまず無理なわけで、当然予約業務が必要となるわけです。 市場やら駄菓子屋に「12/24に取りにきます」ということで用意してもらうんですが、どうも中学生が「あのお菓子30袋とこれ30袋」とかいう話を信用してもらえなかったようで、当日取りにいっても用意されてなくて7人総出でそこらじゅうのお菓子屋さんを巡ったり(コンビニが無い時代!!)、中華屋のオヤジは「もも7本」だと勘違いしてて、当日料理してもらったり。 しかしあの時は7羽あってよかった・・・。大きさが違うというだけで殴り合う若者(バカ者?)たちですから、1羽でも足りないとなったら怪我人が出るのは必至です。(はじめ人間ギャートルズかよ・・・) ジュース類の中にウイスキーが3本ほど混じっていたのは時効です。 当時体格的に最小だったKが一気飲みをして、ゲロるわ痙攣するわの時には、マジで救急車を呼ぶかどうか迷いましたが。ええ、今も生きてます。 ・・・もう一杯飲ませておきゃ良かった。
こうして宴は盛り上がり続け、朝を迎えるまでノンストップなバカ騒ぎが続くわけですが、そうしたガキ共の宴会にはあまりふさわしくない、毛色の変わったイベントも執り行われておりました。 クリスマスだからというより、そのイベントをするために集まっていたという、メインイベントです。 それは叉後日のお話ということで。 今宵はこれまでにしとうございます。
2002年10月06日(日) |
「戦争を演じた神々たち」大原まり子著 2000年早川書房 |
ありとあらゆる撮影が全てキャンセルになってしまい、すこーし脱力中です。いやー、長い間生きていると色んなことがありますね。 ちょっと神がかり的な白紙状態です。 what's going on ?
四つ年上の大原まり子さん・・・学生時代は心底憧れてました。 作品にではなく、御本人に。 いやはや・・・若いって恐ろしい。 そうそう、ゆうべは22才を中心とする若者10人のグループと、朝まで遊んでしまいました。男の子も女の子も、実に可愛らしいというか元気一杯というか。朝帰りなんてものすごく久しぶりなオヤジは、少し寝て仕事に行ったんですが、やはり目の下に隈が。 なんてこったい。
さて、作品ですが。 「破壊する創造者、堕落した王妃、不死の恐竜伯爵、男から女への進化、完全なる神話学的生態系、等々。生命をめぐるグロテスクで寓意に満ちたイメージが、幻視者、大原まり子のゴージャスかつシンプルな文体で、見えざる逆境と循環の物語として紡ぎ上げられた。現代SF史上もっとも美しくもっとも禍々しい創造と破壊の神話群。筆者自ら再編成しておくる、華麗で残酷な幻惑の輪舞」背表紙より。
んまぁ、この背表紙のお言葉が見事に作品を言い表していますね。 海外SFにしか見られないようなスケールの大きな思弁的フィクションとしては、遂にまり子先生ったらここまで来ちゃったか、という感じです。 戦争は人類が持つ最も基本的な機能であり、寝ることや食べることと変わらないという感覚は、その手の話を表立ってしちゃうと非難轟々なんでしょうけど、こうしたワイドスクリーン・バロック(<正直、私もよく意味がわからない言葉だったりしますが)といった表現形式で提示されると、それを美しいとさえ感じてしまうのは不思議です。 私が影響されやすいだけ?
「犬を連れた女」が11の物語のそこここに登場するんですが、これがまたかっこいい!!というかしびれちゃうというか。 なるほどこういう手法もあったのかい、と眼を離せないシーンです。 この作品を読む機会がありましたら、しっかり注目です。 テストに出ます。
小説は「言葉」で綴られます。 でもその「シーン」を映画のように目の前に「見る」ことが出来る小説はそれほど多くはありません。 基本的に海外SF等のエンターテイメント性に優れた作品には、こうした読み手の想像力をかきたててくれる作品が少なくありません。 日本の作品で残念なのは、そうしたことが「安っぽさ」として捉えられがちだということです。 つまり、行間を読めというやつですね。 この作品は、その両方を満足させてくれる希有なものだと私は思います。
精神世界好きなあなた、必読です。
2002年10月04日(金) |
「星ぼしの荒野から」ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著 1999年早川書房 |
かなーり長いブランクとなってしまいました。 ええ、色々ありまして・・・。 かなりめげてますが、とりあえず夏バテからは解放に向かっているようで、撮影にも日記にも復活していきたいなぁと考えております。
ティプトリーの第四段短編集だそうです。 やはり「愛はさだめ、さだめは死」が最高峰になるんですかね。 でも、さすがにキャリアを積んで後のこの作品集は、エンターテイメントとしてもそれなりに楽しめます。
何点か個別に。
『ラセンウジバエ解決法』 すこーしだけ手法的には古い気もしますが、ティプトリーの手にかかると実にソリッドなSFになってしまいますね。「冷たい方程式」を彷彿とさせてくれる科学的な冷徹さに、フェミの要素もちらりと垣間見せるそのストーリーテリングはお見事の一言。
『スロー・ミュージック』 ティプトリーの作品の中で、私が最も好きな作品。 んー、やはりロードムービーにはどうしても甘いのかもしれません。 いや、むしろ現実逃避なのかも。 ああ、この世界に住みたい!!(叉かよ・・・)
『たおやかな狂える手に』 映画シザーハンズの鑑賞後の気持ちと、この短編の読後感は同じです。 とてもとても哀しい物語。 そして、この物語を哀しいと感じることは、愚かしい「傲り」でしかないと感じる今日この頃です。 「日常」の中で暮らすあなた、一読あれ。
|