妻失格 - 2002年10月31日(木) 前にも、この日記で書いたのだが、 うちの旦那はカラオケキングである。 付き合う前、同じ会社の後輩だった旦那のことを当時一緒に住んでいた妹にも、 「新人だから、仕事ができるかどうかは分かんないけど、 カラオケだけは以上に旨い!」と言っていたほど。 もともとは学生時代、バイト先の先輩に「おまえ、カラオケヘタだな〜」 と何気なく言われたのが、熱いカラオケキングへの道を突き進むきっかけであった。 それ以後、彼の人生には「鼻歌」というものがなくなったに違いない。 常に真剣に歌うのだから。 歌う為に口を開く・・その一瞬一瞬が真剣勝負だ。 彼の鍛錬は止むことはなかった。 明けても暮れても車の中で声を張り上げて練習したそう。 きっと、喉も痛くなったに違いない。 血はでなかったにしても、まさにあの腹話術のいっこく堂ばり。 口を大きく開け、一生懸命に歌うがあまり、その様子を見ていた隣りの車の ドライバーの失笑を買ったことも一度や2度ではないらしい。 実際、私と一緒に勤めていた会社の社用車のカーステレオの中に、 自分で編集した「カラオケベスト」を突っ込んだまま車を車庫に返してしまい、 次に乗った営業が、それを見つけて仰天したという事実まである。 その営業とは私と組んで仕事してた課長。で、同乗していたのは、、わ・た・し。 そして、「あいつはどーいうつもりなんだ〜〜仕事中に〜???」と 小言を言われたのも当時付き合って間もなかった、、わ・た・し。 とにかく、彼のカラオケキングという称号の裏には、 絶え間なく行われ続ける努力があったことを私達は 理解しなければならないだろう。 (なんの為に・・・?) そして、彼の新たなカラオケターゲット曲が、また我が家にやって来た。 それは、平井堅のCD、「大きな古時計」。 そう、少し前にこの日記に書いたように、旦那がギターで悦に入りながら 奏でていた、あの大ヒットソングである。 やはりな・・私はたぶんこうなるな、とは、もうその時から読んでいたのだった。 「大きな〜」を大事そうに抱えながら帰ってきた彼。 晩ご飯を食べ、風呂から上がるや否や、 ボーダー柄のブリーフ一丁の姿で早速試聴。 ヘッドホンを着けて首を横にはんなりと傾け、目を静かに閉じる彼の姿は、 しつこいようだが、ブリーフ一丁!! 通しで曲をひとしきり聞き、全体像を掴んだあとには、ボーカルタイム。 歌詞を見ながら自分の声の音と曲の音程を丁寧に合わせてゆくのである。 満足するまで喉を鳴らしたあとは次にギターを抱え、音を一つ一つ拾ってゆく。 そして、最終的には弾き語りできるようにするのだ。 さすが、キング。妥協を許さない仕事ぶりである。 もしかして、最近のこの寒さの中、ブリーフ一丁、ほとんど裸一環で 頑張るそのスタイルは滝に打たれて修行なんかする”行者気分”なのか・・? ハテ?キングの妻といえば、クイ〜〜ン。 本来なら、私はカラオケクイーンとして名を馳せなければいけないはず。 が、しかしこの私にクイーンを名乗る資格があるだろうか? カラオケで歌う曲といえば古いのばかり。 中森明菜、竹内まりやと、矢井田瞳やら、あゆちゃんなんか歌う 今時の若人が聞いたら吹き出しもんの曲ばかり。 その上、肝心の歌の方は渡辺真智子の 「かもめが飛んだ日」でついこの前も旦那から ダメ出しをくらってしまったという有様である。 何故その曲を歌ったかというと、 それは日曜日、テレビで今は懐かしい渡辺真智子の人生模様を 見て非常に感動し、番組終了と同時に真智子ばりに 歌ってみたくなったからであった。 「ハァ〜ア〜バァ〜ア〜ライトが朝日にぃ〜かわぁあああ〜るぅうう〜」 お腹に手を当てながら、力いっぱい台所で歌う私。 するとリビングから聞こえる激しいツッコミ。 「ダメだ!そんな音じゃ!もっと高く!ほら腹に力入れて〜〜!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できないじゃん・・・。 妻、失格であった。 おしまい。 ... 公共性。 - 2002年10月30日(水) 着いた電車に乗り、窓の外からホームを眺めていると、 私と入れ違いに、その電車から降りたと思われる女子校生が、 ポーンと勢い良く白いものを投げ捨てた。 良く見ると、それはこぶし大よりやや大きめに丸め、固められたティッシュ。 ゴミ箱に向かってではない。ホームに叩きつけるように捨てたのだ。 なんか、ソフトボールの練習か? それともイヤなことでもあったのか? だって、ピュンと落ちるそのスピードは、明らかに彼女が手首の スナップを利かせたと思わせるものがあったので。 「なんだぁ〜」と呆気にとられている間にドアがプシュ〜〜〜ン。 走り出した電車と平行にホームを歩く素知らぬ顔の女子高生。 物を故意に不法投棄しておいて、堂々と行くその態度も可愛くなかったが、 実際、彼女は外見も可愛くないのであった。 私はその態度には本当にムカついた。 だから言わせてもらうが、 細く整えられた眉は昆布の佃煮といった感じだし、 アイラインとマスカラでバッチリ縁取られた目は小さく、 顔面の上をチョロチョロ泳ぐメダカのようだ。 おまけに彼女は太っていた。まるで、餅つきの臼。 こうなると、女子高生のチャームポイントであるルーズソックスも 臼に巻いた手ぬぐいぽい。 そうか、堂々として見えたのは、その体格でずしんずしんと 歩いていたからなのか。 「女は外見じゃないわ!内面が大切よね」 良識ある人々はみんなそう言う。 そう、女は決して外見がすべてじゃない。 そして、内面が美しければそれでいいとも・・。 私は基本的にはこの考えに賛成だ。 けれども、女を取り巻くこの社会、この言葉は自分の容姿に イライラする人に対しての沈静剤では?と、思う時があるのも事実。 こうなると、外見がイケてない場合「自分はこれだけ美しい心の持ち主でっす!」 みたいな事を行動でアピールする必要があるものと考えられる。 なのに、彼女はゴミをホームにポイ捨てした。 これは、彼女にとっては大きなマイナスだろう。彼女は油断し過ぎていた。 きっと、あの時、見ていた人すべてがガックリしたに違いない。 「あ〜あ、行為もマズイが顔もマズイ」なんて。 駅を一つ二つと過ぎ、目的地に着くまでの間、 では、これが深田恭子だったらどうだろう?と考えた。 私は深キョンが大好きである。 彼女の、のんべんだらりとした演技も噛みそうなセリフの言い回しも 許す!可愛いからおばさんは許す!と常日頃から私は彼女に対しては 寛大だ。 しかし、彼女があの”臼校生”と同じ行動をとったなら・・・。 やはりこのおばさんは許せない。 いくら、彼女が可愛くても、それはそれなりに 「可愛いからって、公共の秩序を破ってんじゃね〜〜よ」ぐらいに 思ってしまうだろう。 それを目撃した人々の心に ”可愛らしさを鼻にかける憎たらしい女”という レッテルが貼られることは間違いない。 電車に乗ってる間中、そんなことばかりを考え、出した結論が 「公共の場ではブスでも美人でも、それなりにルールを守る姿が、 本人の美しさ、株を上げることになるんだなぁ。」であった。 おしまい。 ... 納豆を詰めて。 - 2002年10月29日(火) 先週、イ○ーヨーカ○ーに行ったら、食料品売り場に 「納豆の油揚げ包み」というレシピがペラリンとレジに置いてあった。 これは、いい。私の技術でも充分対応できるメニューと見た! なんたって、油揚げを半分に切って納豆をネバネバと中に 突っ込めば良いんだからさ。 で、ワクワクしながらそのレシピを持って帰り、昨日作ってみた。 まず、納豆にネギを細かく切ったものを入れ、醤油で味付け。 ネチョネチョと混ぜたものを油揚げに詰め、口を楊枝で止める。 あとは、油をひかず、フライパンで両面をカリッと焦げ目が付くまで焼くだけ。 ほれ、ぜんぜん簡単だ。 明日の夕食の一品にどうでしょう!? 糸ひき食材だから栄養満点!低予算!そして簡単!と 良いことが三拍子そろったこの料理。 が、感想をひとことで言うとこうなる。 「納豆を大量に食い過ぎたな。」 そう、半分に切った油揚げは意外と奥行きが深くて、納豆がどんどん入った。 調子にのって、詰めては楊枝でとめ、また詰めて・・を繰り返し、 ふと気が着くと、納豆を4パックも開けていた。 パンパンにできた袋詰めは7個。 世帯主の旦那は偉いから4個、私は働いていないので一個少ない3個。 我が家は普段、納豆を食べる時は大抵ご飯に掛けて食べる。 その時は口に入る分量はご飯の方が多いので、 納豆の癖もあまり気にしてはいなかったのだが、 この油揚げ包みでは、表の油揚げの皮は薄く、 中には納豆のみがぎっしりなもんだから、 ひたすらそれだけを食べ進めているような感覚に襲われる。 それは、そう・・納豆のおにぎりを次から次ぎへと食うような・・・。 一つ目でネチャ〜〜となった口の中が2つ目にはそのネチャ度が倍。 3つ目になると3倍。私より一個多かった旦那に至っては4倍。 さぞ、辛かっただろう。 個数に差をつけ、さりげなく奥ゆかしい妻を演じたつもりだったが、 大失敗だ。 食べ終わる時には、2人ともこの料理の意外な落とし穴に気が付き、 すっかり愕然とさせられる有様で、旦那からは 「今度は納豆だけじゃなく、他の物も一緒に詰めろよ〜」なんて 有り難いアドバイスまで賜った。 他のものって何だ?挽肉とかか?それ、どんな料理だ? 何をいったい一緒に詰めるのか・・?その答は今日になっても 見つからない。 私に分かったのは、大手スーパーで紹介されてるからといって、 その情報を鵜呑みにしてはいけないということであった。 おしまい。 ... あの日あの時。 - 2002年10月28日(月) 25才のある日曜日、 バサバサの髪を後ろで一つに結び、顔はもちろんすっぴんという嫁入り前 の娘とは思えない大胆不敵な恰好で、 近所のモスバーガーにお昼を食べに行った時のこと。 見かけなんかこの際どうでも良い!一刻も早く食べ物を口にしたい! と気が競っていた。 注文を終え、席に着き、どーしようもない空腹感をタバコでプッカー と紛らわせていると、隣りの席からあの〜〜と誰かが私を呼ぶ。 見ると、そこには背広に蝶ネクタイをした白髪の品がよさげな、 だけど詐欺師とも思われるようなじいさんがいて、 何故か私に向かってニッコリと微笑んでいる。 「ハイなんでしょう・・?」と答える私にじいさんが、 いきなりお歳はいくつですか?と聞いてきた。 25才ですが・・・と憮然として答えると、おじいさんは急に同情的な顔をして、 ひとこと私にこう言うのであった。 「お若いのにご苦労なさってるんですね・・・。」 「・・・・・・・・・・??????」 じいさん、、、何を言う、、。 突然の”同情”に声も出ない。 そりゃあ〜、順風満帆の人生じゃぁなかったさ。 けれど、たった今、会ったお前に言われる筋合いはない。 そんなに私は貧乏臭いか! 頭にきたので「いいえ!苦労してません!」 ふふん!ハッキリ言い放ってやった。 じいさん、なめてもらっちゃ困るぜと、ピシッと言ってやったことに自分で大満足 しながら、食事を終え家に帰る。 部屋に戻って、”じいさんこの若い私のどこを見てあんなこと言ったんだか・・” と鏡をみると・・・じいさん、大当たり! ・・・かなり所帯臭い。 じいさんが思うのも無理はない。 原因の一つは、まず私の白髪の多さにあった。 私の髪には20才過ぎからチラリホラリと白髪が出始め、その 当時には、脇の生え際の方にかなり白髪が目立つようになっていたのである。 しかも、キチンと束ねられていない髪からは、一本、2本、3本・・とダラーリと 毛が垂れ、なんとも貧乏臭い。 おまけに凹凸のない顔は、すっぴんということで、かなりの地味感が 醸し出されている始末。 鏡の向こうの自分は、まさに年齢不詳、いや、すっかり”うめ”とか”お民”とか の名前がピッタリというふうな、とんでもないバアサン加減だったのである。 そしてあれから月日は流れ・・・・今日。 25才のあの日あの時ように、すっぴん顔に髪の毛を一つ結びという出で立ちで、 近所のスーパーに買い物に行った。 しかも、あの時よりさらなるパワーアップを図るノーブラ姿。 どうせ、ここは23区内の辺境地さ。誰に遠慮がいるものかい! そう思っての恰好だったが、 レジに並んで、手前の鏡張りの柱に移った自分を見てびっくり。 なんと「”うめ”アゲイン!」だったからだ。 8月から染めてない髪は、白髪でいっぱいで、”うめ”という生やさしいもの ではなく、ちょっとしたやまんば。 25才だったあの時より、歳を取ったせいか、さらに顔の地味さ加減に 磨きがかかり、”800万ほどサラ金からトイチで借りて、 返済の為に生活苦です”みたいな雰囲気ではないか。 あまりの貧乏臭さに、隣りで一緒に並んでた旦那に 「今日の私ってあんまりだよね〜〜?」と控えめに聞いてみたところ、 「うん!あんまりだ、そりゃないよな〜って感じ!」とキッパリ。 だったら、家を出る前に注意しろ! 妻の過ちは、いち早く教えていただかないと。 頼り無い人生のパートナーである。 そういう面では、あの詐欺師臭いじいさんの方がよっぽどいい。 現在午前2時50分。 「あの日、あの時、もっとじいさんの言うことを聞いておくんだった」と、 髪をカラーリングしながら、こうして日記を書く私であった。 おしまい。 ... 大根で。 - 2002年10月26日(土) 50円の大根を一本買ってきた。 野菜室に入れるべくひょいと持って、 スーパーの袋から取り出したそのついでに、なんだかその大根で ダンベル体操をしたくなった。 大根をしっかりと握り締め、股を広げ、背筋をピンとやって、 腕を上に向かって伸ばし、そして引くとこれがすこぶる調子いい。 いち、に、いち、に・・。 軽すぎず、重すぎないその丁度良さが、肩の動きをスムーズにし、 体操が無理なくできる。 やるじゃん!大根。 実は過去、私はダンベル体操をやっていたことがある。 「初めは効果が見えないけど、3ヶ月続けると体の血流が良くなって ぐっと痩せるよ〜」という、私の専属トレーナーである旦那の言葉に うっかりのせられたのである。 我が家にあるダンベルは重さ2キロ。 「お前にはこのくらいが良いよ。それでも軽いぐらいだ。」 というので、その重さのヤツを買ったのだが、 持っただけで、ズッシリ感が腕から肩の方へと広がる。 そりゃあ、太い骨を持つごっついゴジラのような旦那にしてみれば、 2キロなんて自分の鼻くそぐらいの感覚で楽々モンだろうが、 なんたって私は気は強めだが、体はか弱い大和撫子。 腕をう〜〜んしょう〜〜んしょと 伸ばして引いて伸ばして引いてするものの、 その度に肩がゴキゴキいって、もう脱臼しそうである。 それでも、痩せたい一心で続けること3ヶ月。 重みに耐えながら、こんなことで良いのだろうか? これでは痩せるのが先か、脱臼が先かの世界になってしまうのではないのか? ・・と恐怖すら感じる私。 結局、変わることない体重計の針にウンザリして、3ヶ月半ほどで アッサリやめてしまった。 その後、我が家のダンベルは、ただのゴロゴロした路傍の石。 又は、床に置かれた文鎮。 あれから、2年ちょっと。 ようやく無理なく運動をサポートしてくれる物が見つかった。 大根はダンベルの代役としては優れもの。 50円という安い値段で凄くお得な気分の私。 こんなことなら、右と左用で2本買っとけば良かった。 おしまい。 ... 適職。 - 2002年10月25日(金) 私が17才、高校3年の時に半年ほど付き合った男は ”将来、外交官に必ずなってみせる!という意気込みを持ったエリート 意識の強い男であった。 私はその「外交官」という志にもグラッとし、 彼のルックスにもグラっときてしまったのであった。 身長は181cmのすらりとした体型。顔はちょっと古いが吉田栄作を もう少し甘くしたような感じ。服のセンスもUCLAの学生気取りといった 爽やかなもので、当時、横浜銀蝿調の男どもとしか交友のなかった私には、 かなり新鮮であった。 どうして、そんな別世界の男性と付き合うハメになったのかというと、 ハッキリ言ってナンパされたので。 受験の為、新潟から東京へ夏期講習にやって来て、 拠点としていた旅館で同じくそこに滞在していた彼に声を掛けられたのだ。 まったく親が泣く。何してんだか。 彼の出身は偶然にも同じ新潟であった。 中学卒業と同時に八王子の高校に進学して、当時は寮生活の身だった。 駿台の夏期講習に通うには、寮からでは遠いので旅館に こうして滞在しているのだと、白い歯をきらっと見せて微笑んでたっけ。 彼は一つ下の高校2年。上智大学の英文を目指していた。 さすがだ。私のように受験を半年後に控えてあたふた準備するヤツとは わけが違う。エリートだから。 彼に声を掛けられた時のことを私は今でもハッキリ覚えている。 旅館内の学習室で私が思いついたように勉強をしていると、予告もなしに 急に横から2つに折り畳んだ一枚のメモが流れてきた。 なんだこれ?と思いつつ取り敢えずメモを開く。 するとそこには「What is your name?」の文字。 まわりくどい。 あまりのくどさに名前を聞きたいのだな、と分かるまでに かなりの時間を要してしまったではないか。 何故、名前なんて〜の?とストレートに聞けないのか? しかし、私は若かった。 今なら笑っちゃうようなこの手になんだかドキドキしてしまい、 顔も見ずに「My name is 〜〜〜」と、自分の名前をやはり英語で 書き、ツ〜〜っと横にスライドさせて返してしまうという マヌケな対応をとったのであった。 半年しかもたなかったのは、夏期講習を終えて私が新潟に戻り、 遠距離になってしまったのと、付き合って見て気がついた 彼のオレ様ぶりに私が辟易したからだ。 彼はエリート意識が強い分、かなりの自慢こき。 英語がかなりできたらしく、外人に道を聞かれてペラペラ答えただとか、 中学時代、県内統一模試では一番だったとか、いかに自分が語学面で 人より優秀かを延々と語ったりする。 離れていたから、手紙のやりとりもあったのだが、 日本語で書けばいいような文言まで英語だ。 「好きだよ」の「I Love You」はいいとして、 「ところで〜」の「By The Way」はいかがなものか? 「おまえの英語の勉強の為だよ!」と言っていたが、大きなお世話。 辞書をいちいち引いて大変だったぞ。 彼の”オレ様”ぶりはそれだけではない。 ジャズ通だと豪語し、 私が興味のないジャズ専門のレコード店に、2時間も付き合わせたり、 美味しい物を食べさせると言うから期待して着いていけば、 そこは、料理より彼の大好きなジャズの生演奏がウリな店。 私の誕生日には、ありがた迷惑なことに、 自分が好きなジャズの曲を「Best Song for you」 のタイトル通り、自ら編集して私にプレゼント。 他の物が欲しかった。 新潟にたまに帰ってきたりするので、会いたいと言っても、 ”久しぶりに家に帰ったから母親の側にいたい”とか言う。 私だって久しぶりなんじゃないのか!? そのくせ、アポなしで東京からやってきて、言ったセリフが 「会いたかっただろ?」 まったく振り回されてばかりであった。 風の噂によると、彼は外交官にはならなかったらしい。 今はどこで、何をしているのやら・・・。 今、外務省の姿勢、特に拉致の問題での被害者家族の気持ちを無視した 対応が問われている。 エリートだから、一般民衆の気持ちが分からないんだな、きっと。 ”国民をなおざりにしたオレ様的外交。” あっ、なんか、この感じ誰かに似てる。 ”彼女という私をなおざりにしたオレ様的交際。” あの年下の彼だ。 そう考えると、外交官は適職だったのかもしれないのに・・。 残念! おしまい。 ... 今、モーレツに。 - 2002年10月24日(木) 現在、午前4時。 私は今、モーレツに腹が減っている。 どの程度かというと、ラーメンライスに餃子気分。 で、周りを見渡してみるが、 この部屋の中で取り急ぎ食べられそうなものは、 テーブルの上にあるもなかだけ。 しかも、ぎゅうひ入り。 あんこだけでも胃にもたれそうなのに、 もっちりしたぎゅうひまで腹に入れた日にゃぁ〜〜、 胃が口から出そうになる程、ゲ〜〜〜プになるに違いない。 かと言って、このまま寝てしまっても、 2時間後に起きることは目に見えている。 私は空腹のまま寝ても、途中で必ず目が覚めてしまうのだ。 途中で起き、夜中にせんべいをバリバリやり、 その音で旦那を起こしたことさえある。 それはまずいだろ〜〜。 いくら、5才年下といえども、旦那ももう30過ぎ。 体力がぐぐっと落ちてくるお年頃だ。 睡眠は大切。 地震や火事ならまだしも、せんべいで起こしてはいけない。 あっ!そういえば台所に岩塚製菓の「ばかうけ(青のり醤油味)」があった。 台所でこっそり食べれば平気かな? そう、口の中である程度ふやかして食べれば、音は出ないハズ。 というわけで、ばかうけ、青のり醤油味、私食います。 いっただきまぁ〜〜す。 夜中の実況中継おしまい。 ... 世の流れ - 2002年10月23日(水) 風呂を掃除した。 先週水曜日のクリーン作戦では、時間切れ&体力切れで 到達できなかった箇所を頑張ったってわけさ。 大変な重労働だったが、お陰様でピッカピカ。 今日は気持ち良く、ざっぶ〜〜〜んと湯につかれそうだ。 で、苦労ついでにもう一つ。 溜まっていた新聞もかたづけることにした。 新聞屋からもらった袋にパンパンとつめられた物が4つ。 溜めに溜めた新聞が3ヶ月半分である。 さっさと資源ゴミに出してしまえば良かったのだが、新聞代もバカにならない。 月3720円というお金がかかっている。読まないのに捨ててしまっては、 もったいない上、リサイクル運動に参加したいが為に、 新聞を取っていることになってしまう。 何よりも、”新聞は目を通さないうちは捨てない!”というのが私のポリシー。 きょうびの主婦は専業といえども、社会情勢はもとより、 経済、政治等の流れにも敏感であるべき。 社会の全体像を逐一把握しておけば、旦那の会社が倒産しようが、 旦那がリストラにあおうが、ショックを最小限に抑え鮮やかに気持ちの切り替えが できるハズ。 (わからんが・・) そんな心構えのもと、袋4つをリビングに運び込み、全部読み切ってやるぅ〜の 勢いで、おらおらぁ〜と片っ端から見ていく。 袋の方を見ちゃダメよ、決心が揺らいでしまうわ、と心に言い聞かせるものの、 10分もしないうちに、早くも飽き初め、 20分を経過した当たりから、 「昼間っからこんなのんきなことしてていいのか?」と自問自答。 一時間を超えると、かなりどうでも良くなって、 介護保険の問題については、「年とってから考えよう」 株価が下がったという記事では「別に買ってないし」 住基ネットから端を発した個人情報の問題では「漏れたら漏れただよ」 そして、教育問題は「子供いないしね」 2時間目に突入したころには、すっかり目も手も止めて テレビをボ〜〜っと見る私。 結局、アッサリと撃沈したのであった。 読み切れなかった新聞が2ヶ月分。 それを眺めながら、世の中の流れについていけない自分を嘆くばかりである。 くぅ〜〜、、、情けない・・・。 おしまい。 ... 赤ベコさん - 2002年10月22日(火) 土曜日のこと。とある団体が催した講習会に行った。 招かれた講師が、ある仕事について自分の体験を語るというもの。 私はこういう手の催し物になると、必ず、いや、間違いなく 途中で居眠りをこく女だが、 3000円という料金を払ってまでの出席、寝てしまう訳には いかないのであった。 講師の話がなかなか興味深いもので、私は”眠りの森の美女”に ならずに済んだのだが、 それ以上に私の目を覚まさせたのが、話を聞く他人の様子であった。 特に斜め前に座っていた女性2人には注目せざるおえなかった。 講師の話を聞きながらの頷く回数に凄いものがあったからだ。 普通”頷く行為”とは、話されたことに対して 「そうね〜〜な〜〜〜るほど!」と、 納得や理解した場合の意思表示である。 ところが、2人は講師が全部言い終わるか終わらないかの、 意味も曖昧な段階で、コクリコクコクと激しく頷き、 講師が「エ〜〜、、、ア〜〜、、」と話の合間にいれる音にも コクコクコクコックン。 一秒につき、一回の割合であった。 まか不思議。 いったい、何が分かったというのか? 何を納得したというのか? そして、一時も止む事のないその早い振りはいったい・・? 頭の貧乏揺すりかと思った。 それか、首の骨がないとか? あれだけ、首を柔軟にしとけば、肩こりもないに違いないが、 それにしても、あんなに頭を上げたり下げたりして、 目眩とかは起こらないのか!? コクコクコクコクコクリコクコクコクコクコク〜〜〜〜〜。 コクコクコクコクコクリコクコクコクコクコクコクコク〜〜〜〜〜。 結局、彼女達は2時間の間、頷きっぱなしであった。 さぞ疲れただろう。ごくろうさま。 私は一ヶ月前にも似たような光景を見たことがある。 それは、区の癌検診に行き、乳ガンについて保健婦さんから 説明を受けている時だった。 検査の前に30人ぐらいずつまとめて話を聞くのだが、 近くの席に座っていた同い年ぐらいの女性がいちいちコクコクとやっていのだ。 凄い頷き加減! そう、彼女は何にでも頭を上下させるのであった。 保健婦さんが乳ガンのできやすい位置を説明をするために、 おっぱいの模型を持っただけでも、コクリコクリ。 「じゃぁ〜〜みなさ〜〜ん」と言いかけただけでも、 「え〜え〜、分かりましたとも」というような感じでコクリコクリ。 そして、いつ何時でもコクリコクリ。 例え保健婦さんがゲップをしたとしても、彼女は頷くのであろう。 さて、こういうことが良いのか悪いのかは、 どうでもいいっちゃ〜どーでもいい話。 だが、あんまり、頻繁なのはど〜〜だろ〜か?とも思う。 話し手に熱心さが伝わると言うよりは、落ち着きがないみたいだし、 理解してるというよりは、ちゃんと聞いて無いようにも見える。 ”頷き”が本来持つ意味も薄れてしまうことにはならないか!? そのように、絶え間なく頷いている人々を 私は”赤ベコさん”と、心の中でひっそり呼んでいる。 せわしない首振りが、福島の民芸品である赤ベコにそっくりだから。 人と人の繋がりが薄れて来てる時代。 メールで用が足りる時代。 そして、コミュニケーションの下手な人が多いと言われるこの時代。 会った時には、少しでも相手を理解していると見せたくて、 ああして首を多く振ってしまうのか!? 赤ベコさんはこれからもどんどん増えるに違いない。 そのうち一億総赤ベコ状態になってしまうかも。 おしまい。 ... 検討の結果 - 2002年10月20日(日) 私は洗濯も、嫌い。 新婚の時こそ、毎日毎日小マメにしていたものの、結婚生活ももう8年目、 しかも夫婦2人の生活、 新鮮味も汚れ物の量も少ないのに、そんなに頑張ってどうする。 で、ここ最近にいたっては、溜めて溜めて溜め込んで「これはもうダメだ」と なった時、ぐわぁ〜〜んと一気に洗濯機を回す有様である。 ”もうダメだ時”それを教えてくれるのは、もちろん旦那。 風呂に入る直前、タンスから下着を取り出しながら 「明日のパンツがありません。靴下ももうヤバイです。」と私に申告が来る。 私の反応がイマイチ鈍い時には、ダメ押しのように 「いいよ、パンツを裏返してはくから・・・」との寂しげなセリフが さらに加わったりする。 そうまで言われては、洗濯をしない訳にはいかない。 だいたいパンツを裏返しにはかれて翌朝スーツを着られては、 シークレット部分の汚れがそこに付いてしまい、 スーツのクリーニング代も余計にかかってしまう。 なんて不経済!ここは一つ頑張らなければ。 私はようやく奮起するのである。 洗濯をするとなると、2回や3回は洗濯機を回さなくてはいけない。 干すのも大変だが、取り込んで畳むのも、もう大変。 すっかり乾いているのが分かっていても、ついつい見て見ぬふりをして 2日ぐらい過ごし、下着や靴下が欲しい時にはべランダという ”青空ダンス”又は時間帯によっては”夜空ダンス”から 必要な物を取ることもしばしば。 まあ、場所は問題ではない。どこにあろうと、要するに”替え”があるということ が重要だ。 そんな事を繰り返していた先日、 旦那が帰ってきたと思ったら、私に向かって、 「おい!今朝、ベランダから靴下を取ってはいたら、左右違う柄だったゾ!」 とめずらしくムッとしながら言う。 そして、そのマヌケな足元が人にバレないか心配だった、どうしてくれる! と鼻息が荒い。 ・・バカな。 ズボンの裾からチラチラとだけしか見えない靴下を気にするヤツなんていない。 それとも、人の足元にばかり注目できるほど、会社のみんなは暇なのか!? 私は彼に諭すように言い聞かせた。 どうして、ちゃんと確認しなかったのか?と。 だってそうだろう。 洗濯という使命をまっとうし、清潔なものが身に着けられる という環境を整えた私。 それにも関わらず、朝の忙しさに紛れての確認ミスをやらかした旦那。 どちらに落ち度があるかは、火を見るより明らかだ。 ひとしきりの検討の結果、我が家では旦那が悪いということになりました。 おしまい。 ... 穴。 - 2002年10月19日(土) 「Aさんが仕事に穴をあけたらしいよ〜。」 「Bのスケジュールは穴だらけさ。」 「おまえの営業プランは穴だらけだ!」等々・・・。 一般に、人が人を語る時、そこに”穴をあける”という言葉が入ると、 どうしてもその人がマヌケで無能な印象になってしてしまいがちだ。 だが、私は今日、”穴が塞がる”ということもまた、人にとってはマヌケな印象を与えて しまうのだと痛感した。 それは、昼下がりの午後2時半、電車に乗っていた時の事であった。 本を読んでいた私がふと、顔を上げると、 誰も座っていなかった向かいのシートに、いつの間にかオヤジが一人。 年の頃は50才ぐらい、グレーのスーツでパリっと決め、 「お茶は女子社員が入れるモノだ!」というポリシーを持っていそうな、 見るからに厳つい頑固そうな中年日本男児である。 オヤジは新聞を読んでいた。 スポーツ新聞ではない。 朝日である。 朝刊か。 その風貌にして、その読み物。 さぞや切れ者に違いない!と思ったのもつかの間、 次の瞬間私の目はオヤジの鼻に釘付けになった。 それは、白い脱脂綿がオヤジの右鼻の穴にすっぽりと収まっていたからであった。 一見したところ、鼻血が急に出た為に慌てて、というのではなく、 丁寧に丸めて収めたようでもある。 そう、まるで仕度の流れでそうしましたと言わんばかり。 Yシャツを着、ネクタイを締め、靴下を掃き、スーツを着て・・ で、鼻に詰めるみたいな・・、。 如何にも仕事ができそうな切れ者のオヤジの鼻に詰め物。 穴が空いているか、ふさがれているかの差だけなのに、それだけで かなりのイメージダウン。 電車は目的地に向かってオヤジと私をガタゴト運ぶ。 オヤジは相変わらず、眉間にシワをよせながら、活字を追っている。 例え、その新聞が朝日ではなくて英字新聞だろうと、 穴が塞がってしまっている以上、 もう私の心を「切れ者!」という当初の印象には戻せない。 もしかして、外側は朝日で覆っておいて、実はこっそりスポーツ新聞 のエッチ欄を見ているのでは?と疑わずにはいられないのだ。 現在日付が変わって深夜の3時半。 ふっ・・鼻の穴が塞がっているだけで・・・と秋の夜、 オヤジの姿を思いだしては、「穴」の持つ底なしの奥深さを考える私であった。 おしまい。 ... スープでう〜ぷ。 - 2002年10月18日(金) 夜の9時、新宿にて。 用事を済ませた後、とってもお腹が空いていたので、 何か食って帰るかぁ〜と思い、お下げ髪にそばかす顔 のキャラクターでお馴染な某ファーストフードへ入る。 ちょいと軽くのつもりが、いざ、カウンターの前に立ち、 事務的でありながらも愛想のいい店員のトークに 「○○バーガーのスープセット。あっ、アイスコーヒーも付けてください。」 とうっかり。 トレーの上にはハンバーガー、ポテト、そのポテトにつける為の チーズソース、アイスコーヒ、そしてスープ。 ハハハ、、、これじゃあ、帰ってからカップラーメンを 改めて食う計画を変更せざる終えないかも・・と、頭に不安がよぎる。 私はだいたいが、こうして外で食事をして帰っても、 つい家でカップラーメンを食ってしまう。 そう、大食い。 さてさて、味にはぜんぜん期待していなかった私だが、 食ってみると、これがなかなか。 得にスープは意外とおいしい。トマト仕立てのクラムチャウダーだ。 ズッキーニなんかも入っていて、なかなか本格的ではないか。 スープセットで本当に良かったと、一人むしゃむしゃずーずー食い進め、 スープが残り1/4になった時、私は大切なスープが入った容器を なんと、コトリと倒してしまった。 スッゴイショック。残り少ないとはいえ、もったいない。 美味しかったからなおさらである。 しかも、容器に入ってた時には、気にならなかったニンニクの臭いと アサリの生臭さが、こぼした途端トレーの上でかなり強烈に臭う。 場所が容器の中からトレーの上へ、それは、今まで愛しいと思っていたものが、 急にウザイ物に変わる時。 ”所変われば〜品変わる”とは、こういうことを言うのか。 隣りにいた若いカップルも 「おばさん、一人で寂しく食事してると思ったら、こぼしてんじゃねーぞ」 みたいな感じでそれぞれの視線を私のトレーに向けている。 しょうがないので、カウンターにいた学生アルバイト風の女の店員に声を掛け、 トレーを新しい物に変えてもらうことにした。 「すみませ〜ん、こぼしちゃったので、変えてください」 そう私が言うとその女の子は 「あっお客様お品ものは大丈夫でしたか?」と親切だ。 気に入った!バイトといえども、それでこそプロ! ぐっちゃぐちゃになったトレーに嫌な顔一つせず、 こぼしたスープのことまで心配してくれる。 「あっ大丈夫です。結構です。」 私が恐縮しながら、差し出された新しいトレーを持って立ち去ろうと すると、店員はお待ちくださいと言って、またスープをよそい、 変えてもらったトレーの上にドーーーン。 タダでお代わり。 が、飲めない・・・・・。 スープの容器は直径8�僉�高さ10�冂�の丸い容器に入ったかなりのボリューム。 しかも、いくら途中でこぼしたとは言え、私は1/4は飲んでいたのである。 ちょうどハンバーガーやポテトも腹にすっかり収まり、 一緒に流し込んだアイスコーヒーで、膨らんでしまっている頃合だ。 迷惑までの親切さにお礼を取り敢えず言うと、店員は感じ良く一言 「今度はお気をつけて〜!」 テーブルに戻って、何度残してしまおうかと思ったか知れない。 だが、耳に残るのは「今度はお気をつけて〜!」の親切で爽やかなセリフ。 絶対残せないじゃん・・・・。 涙をこらえつつ、結局最後まで飲み干した。 そして、「カップラーメン食べられないな・・・」と、 ちゃっぷんちゃっぷんになった腹と供に、店を後にしたのであった。 不安的中! おしまい。 ... あ〜〜あ疲れた。 - 2002年10月17日(木) ゲ〜〜フォッフォッフォッとはたきをかけ、 グイ〜〜〜〜〜〜〜ンと床の上で掃除機をすべらす。 そう、今日は掃除の日なのであった。 最後に部屋を掃除したのは、忘れもしない9月の29日。 秋葉原でボーナス一括で掃除機を買い、 うれしくて夜、試しがけしてみた時依頼。 固い決意のもと、クリーン作戦に顔も洗わず歯も磨かず取り組む私。 自分を綺麗にする方が先か。 掃除機をかけながら、熱で寝込んだ時にかいた汗を たっぷり吸った布団をベランダに干し、洗濯機もフル回転。 自慢じゃないが、シーツ5枚とバスタオル6枚、その他タオル、 下着等で計3回も回してしまった。 洗面所も掃除した。 台所、リビング、洗面所等々、廊下も全部水拭きした。 昼の12時から取り掛かり、終わったのが夕方6時。 すでに外は真っ暗。 巷の人々は仕事を終え、私は家事の一大イベントである掃除を終えた。 あ〜あ、燃え尽きた。 そして、ご飯を作って食べて片付け、旦那が帰ってきてまた作って食べさせて、 気がつくともうこんな時間である。 慣れないことしてスッゴク疲れた。 掃除は継続してナンボのもん。 延々と終わりなく続くもの。 私が生きている以上、主婦を職業とする以上一生しなければいけない。 その時、いくら綺麗にしても、ゴミはここに人が住んでる限り出続けるのだ。 私が昔描いてた油絵の作品のように、完成させたらハイおしまい! てなわけにはいかない。 そう考えると、今日のクリーン作戦に費やした時間と労力がもったいなく 思えてくるではないか。 毎日、少しずつ汚れに気を配ってればいいのだが、そういう まどろっこしいのは苦手である。 私は思いっきり集中型の人間。 でも、本当に疲れた。また倒れそうだ。 だから、今度は3週間後ぐらいでいいかなぁ〜。 おしまい。 ... とんでもママ! - 2002年10月16日(水) とんでもない母親に遭遇してしまった。 ちょっと古い話だが、3週間ほど前のことである。 それは、腹減ったなぁ〜と、昼飯時もとっくに過ぎた 昼下がりの午後3時、コンビニに行った時であった。 店はうちのマンションのすぐ隣り。 そこの前は、車道ではなく、広々とした歩道なので、 ママさんが自分の幼子を遊ばせるのには安全でもってこいの場所。 で、その時も3才ぐらいと思われる女の子が一人で 無邪気に遊んでいた。 女のこがトコトコと歩くたび、頭の両脇で縛った2つのちょんまげの束が ふさふさ揺れてなんとも可愛い。 だが、私は見てしまったのだ。 「いやぁ〜オバサンは心が安らいじゃうよ〜〜ん」と目を細め、 何気なく横にやった視線の先のとんでもない光景を。 心臓止まるかと思った。 それはそうだろう。 女の子の母親は、ウンチ座りで煙草をふかしていたのだから。 派手めの化粧の彼女は歳の頃なら20才ぐらい。 ピタっとしたロゴ入りTシャツにジーンズ、髪は茶色と言うには生ぬるい、 脱色混じりのみそ汁色をした典型的なヤンママであった。 派手めの化粧&茶髪&うんこ座り&タバコをプッカ〜〜。 そのお約束的な光景は 一昔・・いや、二昔前の横浜銀蝿の世界、ヤンキーの代名詞とも言える絵だ。 私もまだまだ若輩者。今時こんな風にしてタバコを吸うヤツがいたとはな。 ”ウンチ座してタバコ”は誰もが高校卒業と同時に オサラバするものだと思っていた。 子供を持ってなお、そのスタイルを守っているとはかたくな過ぎる。 しかも、彼女の横には、彼女のソックリの母親、つまりその女の子 のバアチャンと思われるような女性までがウンチ座りでタバコをプッカ〜。 親子2代に渡って、レディース出身か? それとも、一族の掟で「タバコを吸う時はウンチ座りでね!」とでも 決まっているのか? すると、継承していかなければならないので、 目の前で遊んでいる女の子も、そのうちウンチ座りで タバコを吸うことになるのか? ハハハ、、疑問だらけ。 私は人に自分の行動をとやかく言われこそすれ、 決して他人をあ〜だこ〜だと言えるような立場の人間ではない。 午後1時に起きるのを日常とする家事のきらいなグ〜タラした ヤツである。 だがさすがに、その光景には呆れた。 やめた方がいい。情緒教育上良くない。 物心もまだつかず、無邪気に遊んでいるように 見えても、そんな母親とバアチャンの姿は、知らず知らずのうちに 女の子の脳裏に焼き付いてしまうような気がするからだ。 道ばたで堂々とウンチ座りをする保護者のもとで、最低限のマナーや 女らしさが幼い心に芽生えるとは思えない。 タバコはちゃんと椅子かなんかに座り、落ち着いて吸った方が美味しいし、 ウンチ座りはウンチをする時にしてこそ、活きる座り方だ。 おしまい。 ... 遠藤さん。 - 2002年10月15日(火) 私が小学校5年生の時、クラスメートに遠藤さんという 女の子がいた。 ある日のホームルームの時間、校庭で草むしりをしていた 時のことであった。 草むしりをしながら、ペチャクチャとみんなでお喋りをしていると、 話がなんとなく「このクラスで誰が一番可愛いと思うか?」 という話になった。 私○○ちゃん! 私は△△子ちゃん! エ〜〜!私は□□ちゃんだと思うな〜〜!等と、それぞれが 自分を覗いた他人の名前を挙げていく中で、突然、遠藤さんが、 「私は自分が一番このクラスで可愛いと思う!」と、 目をきらりんと輝かせながら、キッパリと言い切った。 ・・・・・・・・。 その凛とした態度に、一瞬そこにいた誰もが言葉を失ったのであった。 で、5秒ぐらいして、その中の勇気のある一人が遠藤さんに 「どうして、そんなふうに思えるの?」とやっと一言。 すると、遠藤さんは「皆のもの控えおろ〜〜〜」ぐらいの勢いで、 花壇のブロックにピョンと飛び乗り、一段高い位置から 私達下々の者を見下ろし、手に腰を当てながら堂々とした態度で、 「女の子はね、いつもそう思ってなきゃいけないの!自分が可愛いってね。 じゃないと、ブスになっちゃう。」 と女の心得を小学生にして一席ぶつのだった。 遠藤さんは確かにほっぺが丸くて、目がくりんとしていて可愛い。 今なら、そんなこまっしゃくれたガキと遭遇した日にゃ〜 チョンと、どついてやりたくもなるが、当時の私は「なるほど〜、女というのは そのぐらいの心意気で生きねばならないのだな。」と子供心に 深く感心させられた。 それからの私は遠藤さんの教え通り、 「可愛いのだ!私は可愛いのだ!」と自分自身に 思い言い聞かせることを常とした。 そして、思春期に向かうとともに次第に男性の目も気になり始めると、 いっそう「私は可愛い!」と巫女さんのように念じるのであった。 ところが、何年たってもちっとも成果が出ない。 可愛くもきれいにもならない。 持って生まれた親から与えられた造形が、 ただ大人に向かって老けて行くだけである。 挙げ句の果てには 「おまえは顔は大したことがないのだから、せめて勉強で頑張りなさい」 と親にノックアウトまで食らわせられる始末。 こうして可愛くなることを、待ちに待って早30も半ばを過ぎ、 私の今までの人生は「美しい」「綺麗」又はその種の言葉とは 無縁な人生なのであった。 遠藤さんが今どうしてるかは知らない。 小学校の同窓会なんてないし。 だが、万が一、今二十数年ぶりに会うことができたら、 私はきっと彼女に教えてあげるだろう。 「人間、思いこみだけではクリアーできないハードルがあります。」と。 おしまい。 ... 大きなのっぽの古時計的 午後 - 2002年10月14日(月) 午後一時過ぎに雁首揃えて起きた私と旦那であった。 で、ご飯を食べた後、私がトイレに入ってしっかり力んで帰ってくると、 旦那が台所の椅子に座り、ボロ〜ンボロ〜ンとご機嫌な感じで ギターを奏でている。 何を弾いているのかと訪ねると、 「”平井堅”の大きなのっぽの古時計」だという。 ”平井堅の”と言われても本人が歌っている、もしくはギターを弾いている のでなければ、私にしてみれば旋律は一緒で、 幼い頃からお馴染みの”ただの童謡”。 う〜ん、大変だ。平井堅が歌って、大ヒットしちゃったもんだから、 これから先、「大きなのっぽの古時計」を語る時には、 全国民がいちいち曲名の前に”平井堅の”とか”ただの童謡の”と、 お断りを入れなければいけなくなったではないか。 そんなことを憂慮しながら、 「平井堅もさ〜、なんでその歌だったんだろうね〜、他の童謡でもいいじゃん」 と私がしたり顔で言うと、旦那が感慨深そうに、 「この曲にはドラマがあるのさ・・。」となにやらしんみり一言。 彼は平井堅がこの歌に幼い頃から思い入れがあったこと、 歌の中に出てくる古時計を求めて旅をしたこと、 そしてモデルとなった時計と出会って感激したこと等を蕩々と語って くれるのであった。 なるほど、そんなドラマが隠されていたとは。 NHK「みんなの歌」から火がついたある意味「だんご3兄弟」と 同一ライン的な歌かと思っていた。 うちの旦那は顔こそモアイだが、これがなかなかのカラオケキングであり、 歌声も結構甘い。 平井堅の「楽園」なんか歌った日には、その声で女の一人ぐらい騙せそうである。 なので、試しに平井堅に成りきってもらい別の童謡「大きな栗の木の下で」 を歌ってもらうことにする。 平井堅も今までただの童謡であった「大きなのっぽの古時計」を こんなに日本人に愛される癒し系にまで地位を引き上げたんだもの、 その実力を不動のものにすべく、続く第二弾を狙ってるハズだ。 曲調もなにげに似ているではないか。これは良いかも。 ボロ〜ン・・ボロロ〜〜ン 「大きな栗のぉ〜木のしたでぇ〜〜〜〜あ〜なぁたぁ〜とわ〜た〜し〜 なぁ〜かぁ〜よ〜く遊びましょぉ〜〜大きな栗のぉ〜木の下でぇ〜」 ・・・短いのであった。拍子抜けであった。ぜんぜんジ〜〜ンとはこない。 しょうがない。ここはひとつ「大きなのっぽの古時計」の別バージョンを 堅の為に考えることにする。 ”おじいさん”という歌詞を”ばあさん”にするのである。 ボロ〜ン・・ボロロ〜〜ン。 「おお〜きな のっぽの 古時計 おばあさんのぉ〜時計〜100年いつもぉ〜 〜○×△〜〜〜おばあぁ〜さんの生まれた朝にやぁて〜きたとぉ〜けいさぁ〜」 なんかダメだ。 歌詞は100年という間、いつもおじいさんの傍らに時計があったという内容。 それをおばあさんに変えてみると、ど〜も金さん銀さん、 もしくはこの前の敬老の日に、取材を受けていたにも関わらず途中で 寝てしまった沖縄の長寿バアチャンが脳裏に浮かんでしょうがない。 やっぱり、平井堅のあの声にして、あの曲、あの歌詞だったから 良かったのだなと、思いつつ、 最後は旦那のギターに合わせて私が「大きなのっぽの古時計」を歌うという 夢の”夫婦コラボレーション”で締めてみたのであった。 ボロ〜〜ン ボロロロ〜〜ン 「おお〜〜きなのっぽのぉ〜〜古時計〜〜おじいさんの時計〜〜」 おしまい。 ... 小さい秋 - 2002年10月13日(日) 三連休である。 私には関係ないけど、取り敢えず「三連休だい!わーい!」 とか、人並みに口に出してみる。 各地から紅葉便りもチラチホラ耳に届くようになったし、 まったく呆れるほどの良い季節だ。 紅葉といえば、 私は自慢じゃないが、春は桜を、秋は紅葉を見る事だけは 毎年欠かしたことがないという、実は大和撫子の心を持った女であった。 しかし、その信念がここ3年程すっかり衰えがちである。 何故か? それは、ズバリ、車がないから。 というか、私の日本を愛でる心は、 車使用の”楽々移動!”の条件があってこそなのである。 そんなわけで、もちろん絶好の行楽日和であるこの3連休も 遠出ナシの紅葉ナシで、我が家は秋のお楽しみとは無関係!と思っていたら、 今日、観葉植物のベンジャミンが紅葉している事に気がついて、 なんか、”小さい秋み〜つけた気分”の私・・。 が、ベンジャミンって紅葉したっけ? 観葉植物って紅葉したっけ? もともと、うちのベンジャミンはパッと見、いかにも虚弱体質 で、鶏ガラのように貧弱である。 他の観葉植物と比べてもやせっぽちである。 葉っぱの数も花屋の店頭で「私を買ってくださいナ」 とばかりに意気揚々と並べられているベンジャミンよりグ〜〜と少ない。 まるで、会社で居場所のなくなったオヤジといったところ。 そうそう置いてる場所もリビングの”窓際”だし・・なんちって。 分かった!きっとベンジャミンは要らない葉っぱをガンガン落として 来る厳しい冬の到来に向けエネルギーを少しでも蓄えようと しているのだな。 マジで? すっかり黄色くなり、落ちるまであと一歩という葉っぱ達を見て、 植物の世界にもリストラの波かぁ〜等と勝手に思う私であった。 で、これでいいのか? ・・いいえ・・・すみません・・・。 おしまい。 ... 振り向けば、闘病・・この非常時に!の巻 - 2002年10月12日(土) 我が家のテレビのチャンネル数が、 突然少なくなってしまった。 そう、あれは10月1日。 戦後最大の勢力!がキャッチコピーの台風が来た日だったのだが、 私はそれを絶対受信機の故障のせいだと思っていた。 で、いつ復帰するのか、今日か明日かとリモコン片手に 「あ〜ん、まだ復帰しなぁ〜い」と、一喜一憂。 9月31日までの我が家のテレビは、NHK、民放の他、 衛星放送の音楽、映画、スポーツ等の専門チャンネルが ご当地のケーブル局経由で映っていた。 チャンネル数はざっと37個。 それが、1日以来NHK、民放と放送大学、 ショッピング専門チャンネル等、 ケーブル局独自の番組を合わせても11チャンネルという お粗末な事態になってしまった。 そして、先週の水曜日、私は熱を出した。 横になっていることを強いられるので、テレビをボ〜っと見るぐらい しかやることがない。 これは、出演者の鼻の穴、鼻毛の一本も見逃すな! ぐらいテレビに集中できるチャンス! なのに、映らない。今まで愛してやまなかったチャンネルの数々が・・。 寝込んでるくせに、見応えのないチャンネル数が、 もうつまんなくなくてしょ〜がない。 いつまでも、ウジウジと考えているのもイヤなので、 思い切って経由してるケーブル局に電話をしてみた。 いくら具合が悪くても、私はやる時はやる!女である。 重い体でフラフラしながら、 「すみませ〜ん、今までそちらを経由して見れていたチャンネルが 映らないんですよ〜。」と言ってみると、やけに愛想の良い対応の女性が 待ってました!お客様!とばかりに一気に説明してくれた。 「本来ケーブルと言うのは、1から12チャンネルの範囲で 映るものでして、ところが、最近のチューナー内蔵のビデオですと、 高性能な為、無料以外の有料のチャンネルまで拾ってしまうんですね。 そういう事に今まで対応しきれていなかったのですが、 この度設備が整いまして、10月1日からこちらの方でスクランブルを かけさせていただいたんです。」 スクランブルって何?よくわかんないけど、もう映んないってこと? 要するに”金も払わず甘い汁を吸ってたヤツらを一掃しました”って ことだ。 ・・・ヘっ?・・・・自由自在に衛星放送が映るのは、 この区のサービスじゃなかったんだ・・・。 うちのビデオが高性能だっただけとは・・。 マジで驚いた。 だってここはドトールもない23区のチベットみたいな場所。だから 「住民の皆さん、せめてこれでも見て楽しんでくださいナ」的な 区のサービスの一環かと思っていたのだ。 エ〜〜〜〜〜、、、イヤダ、イヤダ〜〜〜〜と、心で叫んでみるものの、 なんたって今まで金も払わずタダ見してた訳である。 普段の私なら言っちゃう強い事、 例えば、「スクランブルかける前に知らせろよ!」 とか「急に映らなくするとは失礼だろ!」とは喉まで出かかっても言えない。 すると電話の向こうの女性はそんな私を見透かしたように 「まあ〜、お知らせはしませんでしたがご了承ください!」とキッパリ。 そのトーンがスゴク爽やかなだけに・・う〜〜ん、憎たらしい・・・。 37対11・・・この落差・・悲しい・・・ こんなにせつない気持ちは久しぶりだ。 まるで、好きな男と別れた時のように心にポッカリと 穴が空いてしまったような感じである。 だいたいこの非常時になんだい!こういう時に 人を楽しませてこそテレビじゃん! も〜〜〜、、絶対、引っ越してやる! リモコンで1〜12のチャンネルの間を行ったり来たりしながら、 布団の上でじたんだを踏む私であった。 おしまい。 ... 満腹パラダイス - 2002年10月11日(金) 月曜日の夜10時、旦那が3泊4日の出張からやっと帰ってきた。 久しぶりに会ったので、改めて「モアイ像にソックリだ」と、 迎える笑顔の下でこっそりと再発見してみたりする。 で、4日ぶりに帰って来た旦那が荷物を置くのもそこそこに、 体温計を脇の下のちょこんと入れて、熱を測り始めた。 顔色も悪く、咳も出る。 熱はなんとなんと39度であった。 普通に考えれば、休みもなく九州に飛んだのだから、 ”体がお疲れで風邪引いたのね”ということだ。 だが、私は気がついていた。 この熱が実は「満腹熱」だということを。 「満腹熱」というのは、 食いしん坊な野郎が、大量に見境なく食事を することによって出る熱のこと。 もしくは、めったに口にしない高級な物を たらふく食べた場合に出る熱。 前者は、 消化時に胃が活動するも、入ってる量が多過ぎて、 オーバーヒートをした為に出てしまい、 そして後者は高級な食い物に対する免疫不足で、 異物大量に入りました〜、やっつけまぁ〜す!”と 体が戦う過程で出るのである。 ホントかよ。 そもそも、私が彼のその”満腹パラダイス”加減を知ったのは、 出張3日目の夜、彼が携帯で博多の街からかけてきた一本の 電話によってであった。 彼は佐賀に叔母さんが、博多には友人がいる。 聞けば、一日目の夜は友人のおごりで 蟹三昧(蟹雑炊付き)のコース。 2日目の夜は叔母さんのおごりで佐賀の海の幸を たらふく食らい、3日目の昼はこれまた叔母さん持ちで鰻丼の特上、 そして特筆すべきは、私にそうやって電話を入れる直前まで、 友人のおごりで、寿司を食い放題していたということ。 回転寿司ではない、白い板前帽をかぶった職人さんが にぎにぎしてくれる店だ。 上質なトロやウニが彼の思うまま。 どういう事なのか!? これでは、出張という名の 「九州の秋を食らう!魅惑の佐賀、福岡グルメツアー!」 ではないのか!? 博多の街をかっ歩しながら、私に延々と語られる満腹話。 それを延々と聞かされる微熱持ちの私。 その上、途中でラーメンの店を見つけた彼は 「おっ!博多ラーメンの店だ!ホラ、店のテーマソング、聞こえる〜? 俺、最後にこれ食って帰るわ〜、じゃあね〜〜」 と電話をプツリ。 確かに受話器の向こうでは、 ”博多オ〜ジャンオ〜ジャンジャン!!””博多オ〜ジャンオ〜ジャンジャ ン!!” と、ただオ〜ジャンジャンというフレーズを 繰り返すだけの曲が流れていた。 その不思議な音色に心惹かれるのも分からんわけではない。 だが、 まだ食うか。 私と電話している最中もヤツは 「もっと食いたい・・もっと食いたい・・」と、 視角と臭覚を研ぎ澄ましていたに違いない。 布団の中で辛そうにしている彼。 それは食の桃源郷を楽しみ過ぎた男の悲しい結末であった。 恐ろしや、「満腹パラダイス」 おしまい。 ... 東京の空の下 - 2002年10月07日(月) 土曜日の夜、妹とその旦那がバイクにまたがり 颯爽と風に吹かれてやって来た。 私を心配してお見舞いがてら食事を作り に来てくれたのだった。 熱を出したのが、水曜日、救急行って点滴したのが木曜日、 そして、そんな時に限って旦那は金曜日から3日間の出張という 運が悪いとしか言いようのないシチュエーション。 置いてきぼりかよ!とも思ったが、 私は「仕事と私のどっちが大事なんだぁ〜?」とは聞かない。 だって、生活かかってる。そりゃぁ〜仕事だろう、私でもそうする。 で、自分の居ない間40度を超えちゃったらどーしようと、 気が気でない旦那が「後のことを頼む」と、まさに妹夫婦に私の事を ”よろしく”したのだった。 こんな事で、こんなにも早く私の”よろしく願望”が叶うとは、 人生わからない。 妹もその旦那も平日は仕事で忙しいので、 いざ、よろしくされる事が決まると申し訳ない気持ちでいっぱいであった。 疲れているハズなのに、玄関のドアを開けた私に妹とその旦那は 夕食の材料と必要な荷物を抱えながら ”よろしく隊参上!”とでも言いたげに不敵な笑いさえ 浮かべていたのであった。 彼女が作ってくれたのは、きのこたっぷり入りのうどん、 枝豆と海苔のおにぎり、即席の胡瓜とキャベツの浅漬け、 それから芋の煮っ転がしだった。 とても、実の妹とは思えない。 びっくりするほど旨かった。 その瞬間までまったく食欲のなかった私だが、危うくお代わり等して、 本当に病の床に伏していたのか疑われてしまうところであった。 私達姉妹は小さい時には本当にケンカばかりしてた。 あっ、もとい、私が意地悪な姉だったんだ。 例えば、母に2人で頼まれたお手伝いを全て彼女にやらせては、 自分一人の手柄にしてしまったり、 「子鹿物語」を見て泣かなかった彼女を冷たい女だと言ってからかい、 泣いたら泣いたで「やぁ〜い、鬼の目にも涙!!」等とはやしたて、 いっそう泣かす始末であった。 プロレスごっこと称して、オンドリャァ〜〜と彼女の腕の骨を 外してしまったことも2度ほどあった。 私は幼い頃から非常に感受性が強く、短気であったので、 そんなヤツの妹として彼女は何かと大変だったに違いない。 いや〜〜間違いない! 時が経ち、それぞれが大人になった今、 私達は非常に仲良の良い”おしどり姉妹”となった。 振り向けば、穏やかで優しい彼女に、 私はどんな時も助けられてばかりである。 食欲の無かった私が3日ぶりに口にしたのは、 ホワホワと湯気の立つうどんときゅっと握った小ぶりのおにぎり、 ホックリ煮付けられた里芋・・。 新潟から出てきて、この東京の空の下で2人。 お互い姓が変わり、別々に暮らすようになっても、 私が彼女の姉であり、そして私の妹であることに変わりはない。 ふふ・・。 おしまい。 ... 風子 闘病日記 - 2002年10月04日(金) 眠れど 眠れど 我が熱 今だ平熱にならず じっと腹見る。 (一句 石川啄木風) 〜〜〜解説〜〜〜〜〜〜 おとといからまともに食事ができないので、 「しめしめ・・こりゃぁ〜相当痩せたな〜」 と思いつつ病院に行くために、今朝ジーンズをはいたら、 ウエストが異常にきつい事に気づき、 自分の腹の肉をマジマジと見てしまった。という意味。 〜〜〜詠み人談〜〜〜 こんなに食欲ないのに・・とんでもない、太っていた。 前にもまして、胴回りがぷにゅぷにゅしている。 で、ジーンズをはいてソファーに座り改めて腹の肉をみたら ウェストできつく絞られた肉が盛り上がって、 そのさまは、鏡モチのようだ。 何故だ・・?何故なのだ!? 昨日夜、救急へ行って点滴した栄養がもう、肉に変わったのか・・? 腹の肉は回復するまで見ないことにしよう。 熱上がりそうだし。 おしまい。 ... 熱が出た・・。 - 2002年10月03日(木) 昨日の夕方から38度の熱が出て、今だ下がらず。 突然だよ、突然。 喉も痛くないし、鼻水も出ない。 これは、風邪なのか! 知恵熱じゃないのか! というわけで、一人、苦しく寝ています。 では! おしまい。 ... 鼻毛! - 2002年10月02日(水) ちょっと前、タコスソースを近くのスーパーに買いに行った時の ことであった。 一通り店の中を見回して首をかしげる。 「ハテ?前にこの店でタコスソースを見かけたような気がするが・・・?」 私は歩くことが嫌い。 これ以上ぐるぐる店の中を歩き回るのもイヤなので 商品棚に品物を追加していたひょろりとした男性店員に声をかけてみた。 かがみながら黙々と商品を棚に並べていくその手際の良さに感心 しつつ、後ろから声をかける。 「すいませ〜〜ん、タコスソースってどこにありますぅ〜?」 すると「ハァ〜イ?」と手を止め、 私の方へと体をゆっくりと起こす彼。 その途端、私は絶句した。 彼のその顔には、想像を絶する物が生えていたのだ。 すごい鼻毛・・。 そんじょそこらの鼻毛ではない。 形も本数も度肝を抜くものであった。 一本や2本なら、まあ、うっかり伸びちゃったのねとも 言えるが、その量がすさまじい。 しかも左だけ。 鼻の穴をスタート地点として、黒々といっせいに出ている 様は、まるで罰ゲームの落書き。 または、かとちゃんペッ。 しかも、ジェルやクリームを使って指で なで付けたかのように、唇の方へ行くに従い、 細く整えられている。 その形はまったく魔法使いのほうきなのであった。 いくらお洒落な男でも、鼻毛にジェルやクリームを塗るヤツはいない。 すると、その代わりに毛をまとめられるものと言ったら、鼻水か・・・。 そいえば、テカテカしている。 疑問は膨らむばかりで、もうタコスソースなど、どうだっていい ぐらいな気持ちだ。 食料を扱うべき店の店員に大量のテカテカ鼻毛。 大変なマイナス要因である。 そんな鼻毛マンがいる店の食材を使った料理を、 みんな食卓に並べたいか? ある意味、野菜等の産地を表示したりすることより 重要な問題かもしんない。 私はいいが、他の客のためにも切った方がいい。 誰も注意しないのか? 「鼻毛が見えてて良いのは、世の中ではバカボンのパパぐらいだ」と 常日頃、私は思っている。 彼にとってそれは欠かせないもので、無かったらぜんぜんキャラとして 成立しない。 だから、バカボンのパパは許すが、生身の人間はど〜だろ? しかも、客商売。客をこんなにも驚かせるだなんてど〜だろう? 「こちらでございます・・」と案内に従って、彼の後をトコトコ 付いて歩く私。 後ろにいる私が彼の鼻毛について、 あーだこーだと思いを巡らしているなんて 気づきもしなかったに違いない。 で、「これですよね?」と紹介されたのは、 タイ料理に使うなんちゃらかんちゃらという辛いソースの瓶。 これはタイ。 タコスはメキシコ。 ただの辛さ繋がり。 「あ〜、これ違うんですけど・・」 「あっ、違うんですかぁ〜」と彼 「いや、メキシコの・・・。」と私 会話をすると言うことは、彼の顔を見ながら話しをしなければ いけないということを意味する。 鼻毛は相変わらず、である。 これ以上、タコスソースがどんなものなのか彼に説明をしていては、 失礼にも吹きだして笑ってしまいそうだ。 ここらへんには、そのスーパーしか食料を買う店はない。 競合店が無く、値段もそんなに安くないので、ついつい隣り 駅まで行ってしまっていた私だが、 こんな珍しい人が見れるなら、これからはちょくちょく顔を 出してもいいな、と思いつつその店を後にしたのであった。 おしまい。 ... 1リットル - 2002年10月01日(火) 昨日、深夜一時、旦那とラーメンを食す。 ズルリと一口すすってみると・・・ ・・ゲッ、しょっぱい、味が濃い。 舌に粗塩を振りかけたみたい。 (私の舌は牛タンか。) 実はラーメンが「もしかして、しょっぱいのでは?」と いうことを、私は出来上がりの時点で予想してた。 さすが私、読みがいい。 片栗粉を入れたわけでも、ましてや「とろみがウリ!」の 商品でもないくせにスープが異様にトロ〜〜リと していたからである。 インスタントラーメン作りに関しては、プロを自認していた 私だが、昨日はいつもの一人分ではなく、旦那のも入れた2人分。 その人数変化が私のプロとしての感を狂わせたのに違いない。 原因はハッキリしている。 鍋に入れた水の分量が少なかったのだ。 私がラーメンを作る時、鍋に入れる水の量はいつも目分量。 私だから当たり前、である。 それが、2人分だったために目が正確に 機能しなかったってことなのだ。 で、薄める為のお湯を沸かしながら、 「食べるの止め〜〜!」と旦那に大号令。 しかし、その日に限って「今日は海苔ラーメンね〜!」 などと、大量に岩のりをトッピングしちゃってたもんだから、 お湯を沸かしてる最中も、そいつらがどんどん汁を吸っちゃって、 もう、どんぶりの中は海苔がたっぷり入った焼きそばみたいになっている。 旦那は旦那で、箸を右手に持ったまま、ポカンと口を開けたまま 待っていて、その姿はまるでツバメのひなのようであった。 ようやく待望の湯が沸き、適当に足してみる。 しょっぱさはなくなって、ちょうど良い濃さになったものの、 別に変な液体を足したわけでもないのに、どーしたことか味が イマイチ美味しくない。 初めから入れてあるのと、後から足すのでは 全然変わらないと思われるのだが、美味しくない。 へ〜、不思議なもんだぁ〜〜と妙に感心しつつ、 もったいないので全部食った。 ごちそう様をして、どんぶりを流しに置き、 捨てたラーメンの袋をゴミ箱から拾い、裏の”作り方”を見る。 すると「500mlの水を鍋に入れ〜〜」と書いてある。 一人分500ml。2人なら1リットルの計算だ。 1リットルの目分量はきつい。さすがに測らなければ・・。 ガチャガチャとどんぶりを洗いながら、 今度から飲んだ後のペットボトルは捨てないことにしよう・・ 特に1リットルのは・・と、ひたすら思う私であった。 おしまい ...
|
|