散歩主義

2003年06月30日(月) 梅雨の晴れ間

今年は枇杷の「当たり年」でした。枝という枝に、たわわに実がついて、鳥やら蝶やら蜂やら、その他のいろんな虫たちと、ついでに人間も、その口を潤すことができました。
あまりに高く育ちすぎた木なので人間の収穫には限界があって、熟したまま腐ったり落ちていく実がたくさんあるのです。今朝はその実たちを整理。
朝だけの作業だからあんまり出来なかったけれど、玄関にかかる太めの枝を3本、処理できました。

毎朝、玄関先にぼたぼた実が落ちてるのもいい気がしないから。
まず、剪定用ののこぎりで、枝を根元から切り落とし、それを鋸と鋏で解体していきました。結果は葉と実と枝のぱんぱんに詰まったゴミ袋が合計3つ。
実は明日はゴミだしの日です。
雨が降るとできない作業だから、雨の降っていない時にはまたやろうと思います。その前に鳥たちが全部食べてくれると助かるんですけど。

その枇杷の木の下のプランターで作っているトマト。今日初収穫です。デルモンテ社のビタミントマトのほう。オレンジ色の中ダマです。とても甘かった。
明日は3つ朝食に取る予定です。ミニトマトの方も鈴なりになっていて、これも食卓をにぎわす日は近いはず。
きゅうりは最初の花についた実は枯れてしまって、後から咲いた花のほうからしっかりした実がつきつつあります。黄色い花がたくさん咲いてます。
初めてだったので、支柱の立て方とかとても勉強になりました。

なすはどうか?というリクエストがあるけれど、まだ間に合うかな。苗があればやりたいです。次にやる予定なのは大葉とバジル。これは両方とも外でやって失敗してます。去年、バジルをやっと成功させたのかな。恐ろしいぐらい虫がつくんですよ。本来はどちらも虫に強いはずなんだけど。「都会の庭」だから…。
キッチンガーデン風にしようと思っています。

少し寝不足気味です。山と積まれた江國さんの文庫本の1冊目から読み始めています。すぐに読めてしまいそう。読みやすいんですよ、リズムがあっているのかな。
話の登場人物達はみな、前を向いていますね。大人だな。
そこがいいです。

人間は悲しくて、辛くて、苦しくて、おかしくて、楽しくて
そんなこんなで生きていきます。

そうそう、ある方から自作の詩をまとめた小冊子を送ってもらいました。
ぼくもサイトを立ち上げる前はそうやって時々作っては、知り合いに渡していました。
大事に読ませてもらおうと思います。



2003年06月29日(日) Life gose on

今日は「エンピツ」についてるランダムジャンプでいろんな日記を読ませてもらいました。もう爆笑のサイトのもあったし、ほくのサイトとリンクしている人の絵を発見してしまったサイトもあった。ネツトは広いようで狭いね。

ビートルズのラバー・ソウルを久しぶりに聴いてる。in my lifeが聴きたくなったので。
きのう「マーベラス ブレンド」という作品をとにかく書いて、アップしたら、ぽかんとアタマと時間が空いてしまった。じっと音を聴いてます。

今朝、久しぶりに「朝日」を見ました。ずっと曇りか雨だったから。
雨で塵が落ちて空気が澄みきっていて、旧街道まで歩いたら、遠くまで見とおせた。

たぶん、平安時代からこの道はこのまんまなんだろうな、と思う。市内の西の方、街の碁盤の目から外れた所は、昔の道がそのまま舗装されて残っている。
昔は家なんかなかったんだろうな。もっと見通しがよくてね。そういう道はたいてい大きな寺院への参道になっている。仁和寺なんかは典型的。

犬といっしょに朝の欅林のなかで緑に染まっておりました。

I know I‘ll often stop and think about them
But in my life
I‘ll love you more
                        Jhon Lennon



2003年06月28日(土) 安全でも適切でもないところへ

It‘s not safe or suitable for swim.

江國香織さんの小説集のタイトルである。正式なタイトルは「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」。
保坂和志さんの文庫を全部「文庫本主義者」に奪われてしまい、かわりに勧められたのが江國さんの本だった。なぜかよくか勧められる。彼女が編んだ詩のアンソロジー「活発な暗闇」にしてもそうだ。

今回は指示が強い。「きっちり読むように」。あっという間に読んだのだけど、「あかん、もっとマジメに読め」と。んなこといったって、読めてしまうものはしかたあんめぇ。

「主義者」曰く、「ランディさんとも全然違う。わたしはこの人の文章の方が好きだ」と。
ぼくの感想は「まるで詩だ」ということ。それは「主義者」も認めた。
「こういういいのがあるから、散文形式の詩がいやなんや。中途半端やろ」とも。

ぼくが読んで思ったのは、文のリズム、長さ、スタイルが詩のようで、脈を打ってるような気がした事。ていねいな書きこみを全部取り外したら、散文詩になると思う。
このことでしばし話題が続いた。

「全体の構想はあるんだろうけれど、それがあるように感じさせない。淡々と日常が繰り返され、描写され、思い出したようにふっと『テーマ』が語られる。実はそれはけっこう重たいものなんだけど、それを感じさせない。すぐにまた、日常が語り出される。
たいていのミステリだとか小説だと、筋が追えて、次の展開が読めるんだけれど、読めない。読めないで終わる。だからつまらないと言うことはなくて、不思議な感触が残る」

だいたいこんな会話だったと思う。
「リアル」の一つの見せ方かもしれない。
「文庫本主義者」のもくろみはわかる。つまりは、こういうものを書けということなのだろう。ゴザンスで書いたものを、見せていないけれど、大筋ではぼくもそういうやリ方を目指している。

「詩」は、きっちりした形の「自由詩」。それ以外はもう少し長くしようと思う。
「散文」、のかたち。「掌編」と言うには短いから。「散文」のように散らなければ「掌編」。
原稿用紙で20から30枚ぐらいだろうか。

ぼくが今まで書いたものの中でいちばん長いので180枚ぐらい。とにかくなんでもいいから「三桁」つまり、1000枚の「物語」を完成させるというのも目標だ。
山上たつひこさんの「追憶の夜」が920枚。手にしたハードカバーが分厚い。1000枚はやはり、その長さだけでも一大事業だ。
これは大変だ。大変だけど、酒も呑まない、ゲームもしない、旅行もしない今なら、毎日数枚ずつ前進させてとにかく作り上げることができる。で、なんでもいいからとにかく1000枚の物語を完成するということは、ぼくを変える。ほとんど確信している。

昔書いたものをもう一度引っ張り出して書きなおそうか。今、真剣に考えている。
考える前にもう書き出してはいるけれど。

ところで江國さんの本。ぼくは結構気に入って読んでます。「文庫で読めよ」と遠くから声が…。



2003年06月27日(金) また曇りです。

朝は晴れていたけれど、また曇ってきました。
まだ梅雨は続いています。

テレビではマリナーズの長谷川が力投中。イチローは一安打でしたね。
松井はノーヒット。だけど当たりはものすごくよかった。好調です。

スマップのニューアルバムのタイトルは「MIJ」。made in japanの略。
ジャケットには海外で活躍する日本人の名前がずらりと並んで書かれているとか。

スポーツ、音楽、ファッション、文学、絵画、建築、ボランティア…そうだろうな。
コンセプトは「日本人、捨てたもんじゃない」だそうです。
一度読んでみようかな。

菊地雅章さんのCDも探しています。もう塩ビ盤は限界。テープも。耳が悪くなりそうだから。「ダンシング・ミスト」ですね。なんと言っても。
「ススト」はCDでてているから安心だけど、菊地さんがニューヨークに行く前の録音は、今どうなっているんだろう。

ところで今日は大阪の大西さんの歌を聴きました。大阪のおばさん。
昭和歌謡をR&Bのアレンジで歌うひと。かっこよかった。

で、モノカキのほうは今、メモ段階。仕込み中です。
集中、集中。

と、「ほんやですぅーー」と声がします。ちょっと失礼…。

「淳之介養生訓」がとどきました。中公文庫です。
とにかく生涯、病気と付合いつづけられた吉行さんの、そのことをめぐるエッセイ集。中公の新刊なんですよ、これ。アンソロジーですが。もちろんね。
同時に出た新刊がなんと内田百�里痢岼貮詑�災」。中公文庫ってこういうところが面白い。

ところで、「元」漫画家の山上たつひこさんの「追憶の夜」を読んでます。昔風に言えば「エンターテイナー」とでも呼ばれそうだけど、一段落まるごと「詩」だよ、といいたくなりそうな部分もあって、読み応えあります。

ゴザンスに書評のような形で感想を書けたらと思っています。
ではでは。



2003年06月26日(木) It‘s easy to remember

少し蒼が覗いたと思ったら
いちめんの薄墨

ありとあらゆるスイッチをオフにして
簾ごしの薄い光の中にいた
昼過ぎなのに車のオレンジのウインカーが空気に滲んでいる

一つだけスイッチを入れてコルトレーンのバラードを聴く
しばらく
七曲目で 雨が降り出した

It‘s easy to rememer

雨は大粒
枇杷の木陰でいつも休んでいる母さん猫が
屋根の下へ音もなく跳んだ

子猫が母親からひとりだちしつつあって
2匹でいつも走り回って
いつも好きなところへいって
雷がなったり激しく雨が降ると 箱の中の母さんに飛び込んでいく
大慌てで

簡単に思い出せるのは  思い出したいこと
思い出したくないことに 人は簡単に封をする
封もできない思い出は  思い出とも言いたくはない

どうしても切りたくない封と
記憶することさえ無意識に拒否したこと

雨が上がって
塵が叩き落とされた通りは澄みきっていて
遠い日の手の記憶を
じっとみつめている

思い出せるか 思い出せるか



2003年06月25日(水) 小さいが故に…

用事で大きなショッピングセンターの近くまでいったので、ついでにそこの大きなCDショップをぶらりと回った。ストーンズの旧盤がほとんど全部リマスターで出ていて、「これ全部ください」とはいわなかったけど、ディセンバーズ・チルドレンとかブライアンが生きていたころの懐かしいのがあった。一番ほしかったのはタトゥー・ユーのリマスター。「80年代を代表する盤」ってミックが言ったらしいけど、ぼくもそう思う。塩ビ盤でいうとA面のほうが有名な曲があるけれど、裏ですよ裏。曲で言うと「ヘヴン」とキースのソロ、邦題「友を待つ」 waitin‘ on my friend よりも邦題のほうがしっくりくる不思議な例。
それをみてからジャズのコーナーへ、今、ハービー・ハンコックを集めているんだけど、古いのが2つほどあったのでしめしめ、と。
で、なんか店内がへんだなと思ったら、万引きのチェックが凄いんだ。うわー、今こんなんなの。たまんないね、って感じ。
本屋さんと同じ広ー―いオープンフロアなのに、出入り口を一つにして、CDをくすねて出るやつにはそこでピーッと音が出るしかけ。で、なんだか店員がうろうろしてるんだよね。客の一人一人にはりつく感じ。もー、いっぺんで興ざめ。さっさと帰りました。
店の対策としてはわかるし、仕方ない部分もあるだろうけれど、まぁ、そんなめに合わないでも買える店があるから、悪いけれどそっちで買います。量販店ならではの光景かな。小さな何かに特化した店、たとえばブルースとか、ハワイアンとか。そういう店だと考えられない風景だよね。

今、本屋さんも売れない売れないって、いってるけれど、小さいなりに何かに特化するというのも一つのアイデア。ぼくの知ってる本屋さんは商店街のなんでもない本屋だったんだけど、どでかい量販店に押されてヤバクなったんだ。それで思いきってやったのが「料理本」に特化すること。近所に店が結構あるというのに目をつけたわけだ。
うまい具合にあたって、板前、コックさん、主婦が遠くからもくるようになったし、レストランやホテルの厨房なんかからも配達の注文がくるようになった。配達したついでに「こんなんでましたよ」とプロ御用達というか、プロしか読まないようなレシピ集なんかの営業もできるとか。
「商店街の本屋」から「料理のことならあの本屋に行けばなんでもある」という本屋に変身したんですね。

ごくごく小さな規模ならこういうことも可能だなと思ったのでありました。音楽も。もちろん文学もね。



2003年06月24日(火) 待っている本

今日は朝から雨が激しく降っていて、犬も猫もごろんごろん。
「文庫本主義者」と少し本のことを話した。
本屋に本がそろっていないことを、ひとしきり嘆いたら意外な言葉が。
「ないのは認めるけど、本屋には読まれるべき本はそれでも眠っているんだよ。
読んでいないだけ」
ぼくの場合、極端だから、と。
詩に特化しすぎかな。ぼくもそれはあんまりいいとは思っていない。

「文庫本主義者」の読むペースはまったく衰えず、ぼくの持っていた保坂和志さんの文庫に手を伸ばし、中公から出ている文庫を全部注文してしまった。婦人公論に始まった小池真理子さんの連載にも手を伸ばしている。とにかく読むべき本がないと精神的に落ち着きがなくなる人なのだ。

ぼくも中公文庫を相乗りして注文。「吉行淳之介養生訓」……。
そんな電話注文をしながらも、「文庫本主義者」は「書店の棚めぐりこそが王道である」と主張して止まない。で、話は冒頭に戻るわけだけど。

そろそろ本屋へ出撃するだろうな。買ってくる冊数が半端じゃないんですよ。
モノをいちばん書くのはぼくだけど、いちばんモノを書く人が、なにに眼が行くかというと音楽だからしょうがないね。
昨日のオージェイズがあまりによかったんで、また古いソウルを聴きそう。

静かな雨の日です。




2003年06月23日(月) O‘JAYS

夜にダイアリーを書くのは何日ぶりかです。
耳の中ではO‘JAYSが鳴っています。「おぉじぇいず」です。
しつこい趣味でありますところのソウル・ミュージック!!彼らは70年代のフィリ―ソウルを代表するグループです。

日本でも「裏切り者のテーマ」なんか結構ヒットしたんじゃないかな。「暁光の船出」とか。フィラデルフィア・ソウルですからソリッドでタイト。ストリングスつきのおしゃれなサウンドです。たまたまCDを整理してたらテリーさんのジャケットカヴァーのが出てきたんで、久しぶりに聴いてみました。

いやぁ、いいんですよ。「懐かしの音」じゃないんですよね。とても新鮮。
彼らの持ち味のクールさと抜群のアレンジのバック。
こんなおしゃれな都会の音は最近、聴かないな。

ジャンプナンバーもいいし、昔聞いて気がつかなかったよさも発見。ファンクっぽいんですよね、ところどころで。
もちろんバラードは抜群。

Let me make love to you
Darlin‘ Darlin‘ Baby

ジャンプ・ナンバーだと
「ラヴ・トレイン」とか「愛のユニティ」なんて、おもわず踊りだしたくなる。
気分いいです。


テンプテーショーンズ、ミラクルズ、チャイライツ、マンハッタンズ、… 
このあたりにフェバリットがあります。
もちろんこのころのボビィ・ウォマックも抜群でしたけど。

いやぁ、ひさしぶりに「はにーはぁにー」を聴きました。
イェア!!!




2003年06月22日(日) 素敵なモザイク

朝からどんよりとしていたけれど、とうとう雨になりました。
今日は日曜日。新聞の日曜版はくどいようだけど「京都遊行」がとてもおもしろい。もう一つ楽しみにしているのが「ベニシアの大原日記」。これは京都・大原在住のベニシア・スタンレー・スミスさんが京都でであったさまざまな「人物」を紹介するカラー写真つきのコラムなんです。みんな自分のやりたいことをしっかりやっていて、いつも感心してばかりなんだけれど、今日紹介された造形作家の外村まゆみさんもとても素敵だった。
愛犬のテリア種、名前がおもち君。彼もかっこいい。潰されて駐車場になるはずだった上賀茂の築70年の家を改造して住居兼工房にしているのだけれど、それがもう一つの作品ですね。コツコツ手をいれていったんだろうな、と写真からも伺えます。外村さんの専門はモザイク。北イタリアのラベンナでテクニックを学んでおられます。
その家は風呂やトイレ、台所も石やタイルで彼女が作ったそうです。拾ってきた古瓦や石ころや古家具も使うとか。
こういうの大好きなんです。今、裏庭の「ラベンダー坪庭」に煉瓦を敷いたりテラコッタの敷石パネルを埋めようとか、考えていて。とても刺激を受けました。あるものを活かして新たな感覚のものにする。やりたいなぁ。
こういう空間を見ているととても落ち着くんですよね。おもしろくて、きれいで。
ぼくもつくろう。

朝のうちに犬たちの食料の買出しに行ってきました。歩道にずっと植えられたクチナシが満開で、あの香が通りいっぱいに流れていました。、歩道の植えこみのなかに枯れたクチナシがあって、しばらくして行くと緑が復活してたんです。よーく見たらそれは白いアジサイでした。やってはいけないのかもしれないけれど、歩道に面した食堂のおばちゃんが植えたんです。とてもきれいでした。

みんな工夫して楽しくやってますね。ぼくも楽しまなくては。



2003年06月21日(土) skylark

歌というのは、ひとたび作者と歌い手の手を離れると、あとは聞き手しだいになる。きのう美空ひばりを聞きながらそんな事を思った。反応しなかった曲に昨日になって反応したりするものだから。

いや、      そうしないと生きていけないからだ。

人間

言葉を置いておく    馬鹿


美空ひばりを指して「人間じゃない」という趣旨の発言をして排斥した、サトウハチローという詩人の事を考えてみた。ヒューマニティ溢れた作品の事とか。
だけどみんな似たり寄ったりだ。
みんな王様だ。

もっと静かに自らを観じなければ。

「絶望」って言葉自体が無化しているのかもしれない。
「無化したゼツボー」にグッドバイだ。
あるがままを見ろ。
王国からいちばん遠いところへ
すべての王様からいちばんかけ離れた場所へ

美空ひばりをききながらそんな事を思った。



2003年06月20日(金) 雲の色

台風が日本海の大陸よりへいったために、朝からとても暑かったです。反時計回りで南風が吹きこんだからです。
すっきりと晴れないものの、雨は降っていません。いろんなグレイの色見本のように雲が各種。時々空を見上げて観察してます。

藍がかった雲、というのが深みがあるな。
昨日、ゴザンス編集部から新しい原稿のテーマやお題が出たとたん、ライター諸氏からの記事のアップが始まっていて、いやいやこれは絶対に前向きに、サーフィンする気分で乗ってかなきゃ、と思ってます。

「ことばあそび」「テーマ」「三題の言葉指定つきの800字」。それと自らの作品。今回は「800字」から書き始めたんですが、4倍ぐらいの長さになってしまったのでもう一度書き直しです。

「詩」の方は婦人公論で佳作をまたひとつ積み上げる事ができました。今月書いたものは、すでに送りました。これは来月までの楽しみです。
「超掌編」のものを書きたいですね。
こないだ書いた「スミス、空なの?」という作品ぐらいの長さで。
実はこんどの800字のつもりで書きはじめたのも、どんどん長くなってしまったんです。これはこれで出そうかな。
もう少し練ってみますが。

自分でテーマを見つけるのももちろんですが、指定された「枠」を考えているうちにポロリと出てくるものもあるんです。
実はそのほうにより「自分らしさ」が出てたりして。
そんなことを思ってました。
雲の色を見ながら。



2003年06月19日(木) 自分を「器」と語りだすまで

詩人はときとして「この詩は私が書いたのではなくて、私という『器』をとおして『なにもの』かが書いたんだ」という事があります。
これは、たぶん詩人をめざすすべての人は知っていると思います。
あまりに多くの詩人が同じニュアンスのことを述べていますから。

さて、ぼくはどうでしょう。
「詩的衝動」という言葉があります。それは「歌いたい」という衝動に似て、みずからの感情の流れのままにそれを言葉に乗せて表現したいという衝動です。
それは初期において美しく、そして必ず消えていきます。なぜなら「衝動」だから。自然発生的な詩的衝動というものは、自然発生であるが故に気まぐれです。

一見、何も書いていないようで指定された言葉、あるいは選んだテーマ、あるいは気になる文章、単語、そのようなものをアタマの中で転がしつづけているのも、また、詩を書いているということです。そしてそれを毎日、自分に課すとしたら。それは詩を書いている事になるでしょうか。ぼくはなると思います。

ある意味、ぼくの詩が質的に変わりだしたのは、ネットで偶然、そういう位置に自分をはめ込んでからでした。嵌めこまなければわからない事、嵌ってみなければわからない事、それは確かにあって、しかも嵌っているところからいつでも出れるという状態である事。あるいは嵌っている自分を見つめる自分がいること。そういう条件がそろってから動き出したんです。言葉が。

詩を書くことを、とにかく毎日何かの形で続ける事。なにも字を出さなくてもいいから考えつづける事。そのことが基本で、ほとんどそれしかありません。
自分が「器」に過ぎない、と思うのはずっと後になってからでしょう。むしろ考え抜いたあとに言葉が現れます。
自分を消すんです。とにかく「いない自分」が書くのです。

だからぼくは「絵を描くように」という言葉を使います。動き出す絵をどれだけ美しく描けるか。「詩より詩的なもの」というひとつのピースをいかに提供できるか。
ぼくのやっている事はそういう事なのかもしれません。



2003年06月18日(水) 相合傘

今日も雨です。
猫も退屈そう。最近、キキとルルの雄の2匹がつるんで走り回る事が多くなって、雌のピピがとても人なつっこくなっています。少し変わりました。今日は三匹ともよーく寝てます。

犬たちも雨の日はそんなに歩けないことを知ってるから、のんびりしたもの。ハナはじっと窓の外を眺め、ジャンはひたすら寝てます。

植物たち。
バラはモナコが二番花をもう三つ咲かせています。それと、よみがえった黄色いバラ、ランドラが二つ、蕾をつけました。これは嬉しいですね。折れたときはもうだめかと思いましたから。
きゅうりやトマト、それに鉢のバラに肥料をやらなければ。
そうそう、昨日は枇杷をたくさん収穫しました。町内におすそわけ。まだまだ実は唸っていますが、鳥のためにも残しておきます。実を食べにいろいろな鳥が来ていて、裏のおうちの方も二階から楽しみに見ているとか。

台風に刺激されてる梅雨模様。当分、雨の日が続きそうです。
鬱陶しがっていても仕方がないので、雨を楽しむようにtune inします。
雨の楽しい歌を聴いたりね。
この前書きましたっけ。ケータイの着メロ。
「悲しき雨音」なんですが、こんな日にかかると、結構なごみます。
梅雨が明けたらハワイアンにしようとおもってますが。

雨の歌。
ぼくはドラマティックスの「イン・ザ・レイン」という歌がいちばん好きですね。
あとは「はつぴいえんど」の「氷無月のスケッチ」。この二つにとどめをさします。
心がささくれだったときは、ディランか友部氏の「雨」という言葉の入った歌。
ニール・ヤングの「I‘m waiting for you」も雨の中に立ち尽くしている歌です。ぼくの中では。
ジョニ・ミツチェルのデヴューアルバムのジャケットは、雨の中どでかいトランクを持ち、傘をさしての立ち姿でした。カナダからアメリカへ出てきた彼女の姿ですね。

雨という言葉と「立ち尽くす」、「駆けぬける」という言葉はよくあっているように思えます。
名詞でいちばんいいのは「相合傘」かな。

雨の道行きとなると、凄絶な美しさになりますが。
小学生の相合傘なんか、かわいいですよね。



2003年06月17日(火) 梅雨の止み間(少し訂正と追加)

梅雨の止み間です。晴れてはいません。それにしてもよく降ります。
朝が早いと昼過ぎぐらいに猛烈な睡魔に襲われるんですが、たいていちょっと横になれば大丈夫です。今、ウィントン・ケリーを聴きながら打ってます。

きのう立ち読みした週刊誌に俳優の竹脇無我さんのインタヴューが載っていて、それによると彼は8年間もうつ病とそれに続く躁鬱病に苦しんでいたのですね。
うつ病の罹り始めは本人も気がつかないほどだそうです。とにかくだるくてなにもする気が起きない。気分の問題だけでなく、ものがもてなくなったり、突然歩けなくなったりするといいます。だから、たいていの人は最初、肝臓病など内臓疾患か自律神経の失調だと思うようです。だけどいくら検査をしても悪いところは現れず、本人はますます苦しむわけです。行く所がなくなり精神科に行くと、一発で「うつ病」とわかるわけです。
そうなるまでに時間がかかる。ほんとにその前に自殺してしまう人も少なくないんですね。
アンダープレッシャーの社会、ストレスの塊のような仕事と人間関係。「うつ病」か「仮面うつ病」、「うつ病予備軍」の人はものすごい数になるんじゃないでしょうか。

「うつ」というのはアルコールでは解決されません。呑んで酔っ払ってる間だけ忘れるのが関の山。薬と休息と患者の治そうという意志がなければ治らないといいます。
「生きる」ということに真正面からぶつかるわけです。弱いとか、だめだとかそんなことは関係ありません。それを「生きることを止める」理由にしてはいけないということ。弱くていいんです。だめでいいんです。それをまず認めて。そして生きていけるのですから。
ぼくがであった人の中には、この点容赦がない人が多かったですね。「死ね」「止めろ」「馬鹿じゃないか」。そういうふうにして人を『殺して』平気な人もいた。

生きるために、どんなにつたなくても表現される事。
それはやはり、とても大事な事なんじゃないでしょうか。


生きていれば治るけれど、死んだら治すこともできない。
それは「うつ病」にかぎらず、あらゆる苦しみにおいて、そうであるのだと。



2003年06月16日(月) 雨に散り散りに…

雨が降っています。
塞ぎがちというわけではないけれど、少し気持ちを楽にしようとしています。

京都には嵐電という私鉄が走っています。京都の中を走る電車。まんなかの四条大宮から嵐山までと、途中の帷子ノ辻から北野白梅町までの線。嵐山に近づくにしたがって、駅名が有名な寺社の名前ばかりになります。
正式には京福電鉄嵐山線と北野線。名前が示すように京都と福井を繋ごうとした鉄道なのです。西から北へ上がろうとした線は嵐山でストップ。東から北を目指した線は鞍馬でストップ。福井県に行けば京福電鉄のバスなどもあるはずですが。

京都から外へ出れなかった私鉄ですが、それぞれ西の「嵐電」(らんでん)。東の「叡電」(えいでん)として親しまれてきました。「叡電」の「叡」は比叡山からとっています。経営の合理化から「叡電」の方は京阪電鉄の出資による「叡山電鉄」として分離されました。だけど京都観光には絶対オススメの電車です。

「嵐電」の場合、ワンマンで全線200円均一。西のほうの移動は道がややこしいから電車で移動した方が確実。早いし。

昨日はこの「嵐電」に乗っていたのです。で、この「嵐電」は「江ノ電」とタイアップしているんですね。その広告が車内にいつも貼ってあります。「江ノ電」は鎌倉、江ノ島の方を走っている電車です。
広告では京都と鎌倉が並べられ、「乗れば乗るほど、日本がわかる」みたいなキャッチコピーがついています。

鎌倉と京都。似ているところもあるでしょうね。京都には海がないれど。
面白いのは、ぼくのしってる範囲内では京都人は鎌倉がいいなといい、鎌倉の人は京都っていいなと言う人が多いこと。不思議とね。

NHKの次の次の大河ドラマは「義経記」に決まりました。「平家物語」です。脚本の底本には宮尾本を使うそうです。宮尾登美子さんの『平家物語』ですね。
京都、福原、屋島、壇ノ浦、そして鎌倉。
どんなふうに描かれるのでしょうか。

そういえば、だいぶ昔、銀閣寺の近くに下宿していた時、ある日本画家と親しくなりました。彼に言わせると日本の美というのは天平時代に完成されて、もう終わっている、と。それをしのぐ作品は二度とでないだろうというようなことでした。
ぼくは笑っていましたが。
ある意味そうだろうし、同時に、そういいきることはまったくの無意味に思えて。
そんな彼は「武者絵」ばかり書いていました。
どうしているかな。

昨日、いくつもの日本画を見て、表現するものの苦心や意欲を垣間見た思いがします。図録の中にはどうみても作品の制作の途中で、ぼきっと心が折れたのでは、と思わせるような作品もあって…。

「鯉」をモチーフに描いていた人が「鳥」にかわっていたり。
金箔のだまし絵…、美しい山の空気の絵、目をみはる植物の絵など。手もとの図録を眺めながら画家の目線を考えています。

ひるがえって詩はどうなのか。
どうなのか
どうなのか
どうなのか。



2003年06月15日(日) 第6回 NEXT展に行く

今日は四条河原町の高島屋までNEXT展を見にいってきました。
今年で6回目になります。展覧会のタイトルが「日本画・京都からの表現」。
グループ「NEXT」とは、ゆるやかな日本画家の集まりで、京都日本画の活性化の願って結成されたものです。
メンバーは特に固定されてはいないものの、1940年から1950年代に生まれたものたちが主要なメンバーになっています。少し前だと「新鋭」と呼ばれた彼らも今では「中堅」もしくはシーンの中心にいる存在となってきました。

日本画とは不思議な縁で若いころから、いろいろと触れることが多かったですし、知人にも画家がいます。彼も今回出品していました。彼のほかにも、昔から好きだった畠中光亨さんの絵も展示されていて、相変わらずの作風。相変わらずのインド、仏教でありました。彼がそこを深く掘り進んでいるのだな、と。

他にもひかれた作品はたくさんありましたし、あるレベル以上の力作が揃っています。
いちばん面白かったのは竹林柚宇子さんの作品。少し前の京都市博物館での展覧会では子供の路上のお絵かきが題材でしたが、今回はケータイを持ったり、だべったりしながら歩いている女子高校生5人の絵。この人の絵の人間に対する眼の置き所が好きなんですが、今回もいい感じ。で、なにより面白かったのは、作品の前の両端にホンモノの格子と硝子の引き戸がつけてあるんです。これ、古い建具屋で見つけてきたんだろうな。
つまり、ぼくたち鑑賞者も作者とまったく同じ目線どころか、同じ場所に置かれるという設定。ちょうど扉をあけたら女高生生が歩いていて、そのうちの一人と目があったというかたちになっているのです。作品のタイトルは「まなざし」です。

いろいろち評価はあるだろうけれど、新しいアプローチとしてぼくは歓迎したい。絵の下手さを誤魔化す仕掛けではなくて、絵をフレームからさらに前に出す作業として新鮮だから。
ちなみに、彼女一人だけが1970年代の生まれでいちばん若く、唯一の『招待作家』です。京都画壇のそうそうたるメンバーに招待されているのだから、彼女に対する評価と期待も高いのだと思います。竹林さん頑張れ!!

入場無料です。



2003年06月14日(土) 自分の字が読めない

ぼくはパソコンを持ち歩かないし、ケータイのメールも使いません。だからほとんどノートとペンを持ち歩くというスタイルが続いています。
いつでもどこでも、というのと書くスピードと、まだノートの方が早いし便利なんです。

たげどそれで困ることもあります。それは自分の字が読めなくなること。普通はそんなことはないけど、夜中に思いを凝らしていて、一行のセンテンスが突然でてきたり、散歩していて突然フレーズを思いついたりしたときは、ノートにペンでさらさらと書くのです。
で、朝になったり、家に帰ったりしてノートを開くとわからない字が必ずあるんです。

あるいは詩がまとまりかけて、リズムを打ち出すと、とにかく消える前に書かねば、と猛スピードで書くんです。すると読めない字がててくる。

あるいは作品を書こう、と決めてアタマの縛りを解くだけ解いてリラックスする「儀式」みたいなのがあるんです。そういう時にポンと言葉が出て来ることが多いのでやるんですけど。一種のトランスに近いのかもしれません。
すると、いっしょに字も緩みすぎて、自分のメモが読めない。

今、これは「散歩主義」に書こうとして、前日のベッドの中で書いているんですが、果たしてどうかな。(打ち込んでいる「今」、ですが、大丈夫です)

で、ノートには、こんな解毒いや解読できないセンテンスがごろごろしています。
何故こんなことになるかというと、とにかく急ぐからですね。ゆっくり書いてたら消えるのではないかという脅迫観念があるのです。
いきおい字はほとんど崩し文字。行書、草書ならまだしも、我流だからわからなくなるんですね。

どうしますかね。
口述という手もあります。ウォークマンを持ち歩くんです。おお、まるでミュージシャンみたいですね。
それかやはりケータイかなぁ。自分のサイトの掲示板にメールを送るという。家にいる時はどんな夜中でもパソコンに打ち込む、と。

それぐらいしか手はないかな。

実はメモ用の個人専用の掲示板は持っているのです。だけど完全に「下書き用」になってます。いや、それでいいのか。この掲示板からすでに作品はふたつできていますし。

自分の字が読めないくらいなら、PCをもっと使ったほうがいいかもしれませんね。




2003年06月13日(金) ピアノ

今、我が家ではウォン・ウィンツァンさんがよくかかるようになっています。
朝、一番先に起きるはぼくで、猫のご飯のしたくと珈琲を入れながら、たいていウォンさんのCDをかけます。それからみんな起きてきて、ご飯の支度やら仕事の支度やら、犬の散歩などと動き始めるのだけれど、ずっとウォンさんがかかっています。

ぼくが持っているCDで、いちばんに、というか唯一認められているのが、ウォンさんのピアノです。「マイルス」でも「はっぴいえんど」でもなく…。メロディーがとても綺麗なことも理由になるけれど、やはりピアノだから、という理由もあるという気がしてきました。

ウォンさんがかからない時は、たいていショパンかモーツァルトがかかっています。それもピアノ曲。
つまりはピアノが好きなんです。じゃ何故好きなのか、というと「あの音」だからとしかいいようがないみたいなんですが。

こないだ手に入れたパット・メセニ―のソロギターアルバム。たしかに素晴らしいんだけれど、ピアノほど音がしみてこないんですよ。ギターとピアノの違いかも。
音の沈み方、響き方。ぼくもピアノのほうが好きなのかもしれません。

今日は、梅雨らしい天気で、ずっと雨が降っています。
静かです。

今日は午前中に書いていたんですが、時間を気にしながら、他のことをしながらでは、やはり文章がおかしくなりますね。このセンテンスは昼に書いているんですが、前の部分、相当直しました。とほほ。

ピアノ。今はウォンさんと真砂秀明さんのデュオ「グレート・ジヤーニー」を聴いています。そのうちロックが聴きたくなってくるかな。

ではでは。







2003年06月12日(木) 真如堂へ

真如堂へ行ってきました。
京都の左京区。吉田山の東南にあります。吉田山というのは市内にある山というか小さな「岡」。ちょうど大文字の「大」の字が左側の目の前に見えます。山のほとんどは節分で有名な吉田神社、これが西斜面を占めています。その頂上には宗忠神社。裏返ると吉田山荘という有名な料理旅館。そして真如堂。南側には通称「黒谷さん」と言われる「金戒光明寺」の大伽藍と墓地があります。

北側の東側は神楽岡という町名のつく、閑静な住宅街。もう少し歩けば銀閣寺です。そして吉田山の真北のあたり。ここは奇妙な空間です。
ぼくのゴザンスに書いた「800字」の『北参道』という作品の舞台です。ほぼ雰囲気はそこに書いたとおりです。

で、真如堂というのは秋の紅葉がとびきり美しくて有名なお寺なのです。もちろん春は桜が綺麗。さらにこのお寺は本堂の前の広場に向かって右手に菩提樹。左手に沙羅の樹があるのです。
とくに菩提樹は大きいです。相当な樹齢だと思います。菩提樹と沙羅と、両方とも咲いたと言う話をききつけ、トレックで山を登りました。

大きな境内には同じ目的の人たちがぱらぱら。みんなデジカメやら超高級カメラやらケータイでぱちぱち撮ってます。ぼくが一番素敵だなと思ったおばあちゃんをあとでサイトの方にアップしておこうと思います。
このおばあさんは姿勢が素晴らしくよくて、黙って、集中して、スケッチ帖に鉛筆を走らせていたのです。
あまりに立ち姿が綺麗なので、遠巻きにしてそわそわ。結局そのまま、でしたが。

梅雨空は鉛のように重く、風もなく、葉の緑は黄色をすこし帯びて沈んで見えました。仏陀がその下で悟りを開いた樹とその下で涅槃にはいった樹。
すばらしかったのは菩提樹の花の香り。どう表現したらいいのだろう、甘く爽やかな、風がないのに風があるような。
しばし陶然としました。

で、先ほどのおばあさんのスケッチですが、菩提樹と沙羅の葉を描きこんでいました。特に菩提樹の葉は独特の形をして面白いです。尻尾がある、というのかな。

で、時間が押していたので失礼することにしたら、お寺にやってくる「犬連れ散歩者」に対しての可愛い看板が。これは犬が好きじゃないと描けないよ、というイラスト入り。犬が嫌いなお寺は「犬の散歩禁止」というたて看板だけだからね。

それぞれサイトのトップページと「真如堂でみつけた『ワンコ』」というページにアップしました。ご覧になりたい方は、サイトのほうまでおこしください。

ではでは。



2003年06月11日(水) 東風が吹く

東風が吹いている。梅雨が始まった。誰かが宣言したから始まるのではない。
地球の気候の決まりごとだ。たぶん、多くの人は決まりごとというのは
変えられると思うようになってしまっている。「すべては人が決めたこと」というとんでもない錯覚が、ゆっくりと日本人のアタマにいきわたりつつある気がする。

東京の人たちは自らの出している産業廃棄物が闇の中どこにいっているのか知らない。大阪も京都もたぶん同じだ。ぼくも知らない。
ただ東京の場合「量」がけた違いだから、問題のありかがあぶり出しにされる。
おそらく東北と東京の対立が遠くない将来、浮上するだろう。もう東北では首都圏のゴミによる環境破壊に耐えられなくなりつつある。燃えるものならまだいい、そうではない産廃によるものだ。そして、それを山積みしたトラックにおそらく高い「税」をかけるはずだ。すでに構想はできている。田舎の腰の重い行政のレベルでさえそうなのだ。待ったなしの状況なのだろう。

日本という国は人が死に、奇病が蔓延してから大騒ぎする。その前に命をかけて警鐘をならす人物は必ずいるのだが、村八分に合うか「消えて」しまう。
そして田舎に住めなくなり、収穫物に毒が混ざる。
情報は見事に隠蔽されてきたけれど、とうとう明るみにでだしたようだ。

ごみのことだけではない。一見何事もないかのような社会だけど、破綻に向かっているという危惧はぬぐえない。予算も年金も保険も預金も農業も漁業も工業も教育も、すべて危ない。

身の丈を知るべきだ。

個人としては、生き方の価値観をしっかり持つしかないと思う。身の回りでてきることから。ほんとうにそうしないと、とんでもないことになる。
一番大きな原則。命をどう考えるのか、ということ。殺す側か尊重する側か。

「決まりごと」は自然のなかにある。それを認めるかどうか。
どんないいカッコをしていても、そうでないものに興味を持たない。そういうものには「お金」を遣わない。一番簡単にできることはそのことからだと思っている。
もう10年以上昔になるけれど、比叡山のあじゃりさんの言葉をいまだに覚えている。叡山きっての知性で知られた方だった。叡山の僧の方は滅多に将来を予言するようなことを言わないのだが、当時来るべき21世紀の人間にもとめられるものはなにかという問いに、『我慢』と。
『我慢ができない人はつらいでしょう』と。

ぼくは今になってこの言葉を次のように解釈している。

我慢というのは「耐え忍ぶ」というイメージだけど、考え方を変えればなにを幸福と捉えるかだろう、と。
「決まりごと」に従わざるをえないとおもえば辛い。自然の中で生きているのだと思えば工夫もできる。
大金持ちになろうとすれば辛い。今ある自分で幸福だと感じ、感じるように生活すれば生きていける。

幸せだといえる日々を毎日積み重ねることができれば。
人々の誰もがそう願っているとは思うのだが。

「考え方」というのは とても大事だ。



2003年06月10日(火) ラベンダーとローズマリーの坪庭。

椿騒動の余韻のさめやらぬ中、まだ鉢もないのにラベンダーの苗が6個あります。
結局、裏口の右側はラベンダー、左側はローズマリーを大量に植えることになりました。それと売れ残りのジャスミンが2鉢。ランタナ2鉢。ブルーのとても綺麗な花を咲かせる名前のわからない鉢がふたつ。これはプランターに入れてそろっと。

全体はグリーンとホワイト、イエロー。ポイントでブルーと紫。煉瓦を大量に使うことにしました。狭いのでごちゃごちゃ置くと見苦しいから、数を絞ってシャープかつナチュラルがコンセプトです。もう一つの方針はそんなに手を取らない丈夫なものを植えること。だけど、植えたらしょっちゅう見に行くだろうけど。
鉢の隙間はテラコッタの敷石をトビトビで敷いて、細かな砂利で埋めようと思います。

妙なところから家全体がガーデニングに燃えあがってしまって…。まぁ、結果的に綺麗な裏庭ができそうなので、クレームをつけてくれた方にも感謝しなきゃ。
そう、それがなきゃたぶんもっともっと展開はゆっくりで、なかなか動かなかったと思うから。

手持ちの庭造りいろんな本を見てます。家の北側などにある狭いスペースでのガーデニングのことも書いてある本が特に参考になりますね。そりゃあスペースが山盛りあればいいけれど、そんなわけにはいかないから。見せ方の工夫とかを研究してます。

品種を絞って綺麗な坪庭を造るのが基本です。ラベンダーはとりあえず手持ちのフレンチ・ラベンダーとシングリッシュ・ラベンダーをミックスして植えます。

風が吹いたらローズマリーとラベンダー、春にはジャスミンも参加して香りが露地に漂うとおもいます。みなさん和んでくれたら良いんですけど。

雨が本降りになりました。
たぶん今日が梅雨入りでしょうね。



2003年06月09日(月) うーむ。椿、元に戻る。

裏口の両サイドに植えた椿、さっそくご近所のばあさんやらおばさんが、うるさいうるさい。裏は京都によくある露地なのです。最初は笑い話で済んでいたんだけど、とうとう「木を植えて大きくなったら困るがな」と。一番のうるさがたがぶつぶつ。

まだ高さ50cmだよ。まあ、この人が生きてるあいだに迷惑かかるはずないんだけど…。うちの敷地内なんだけどな。剪定だってするしね。
だけどあんまりうるさいので、目の前でさっさと引きぬいてもとの鉢に戻しました。まさかやるとは思わなかったのか、お婆さんは黙ってしまった。

まぁね、あんなこと言われてまで植えたら椿が可哀相だから。たぶん、折られるしね。
ということで椿二本がふたたび鉢に入り、玄関側に回ってきました。大事にしてやろう。

おさまらないのはうちの「文庫本主義者」で、さっさと敷地のヘリにワイヤーでできた垣根をはってしまいましたよ。「少しでも動かしたら弁償させてやる」と。
まあまあまあ、ね。そう熱くならずに…。
だけど裏を常に花ざかりのてんこもりにしようということで、意見が一致。プランーだ、煉瓦だと議論が白熱。

ぼくとしてはラベンダーをメインにして前は全部、花にしようか、と。
いまならフクシアやインパチェンス、ガザニアなんかが咲きだしてます。しばらくは園芸店に入り浸りになりそうです。

椿のことはゴザンス本にもいろいろ書きましたが、絶対、凶の木じゃないですからね。古代から吉兆の木として重宝されてきました。
「花が首が落ちるみたい」というのも、「見方」の一つであるだけ。そうやって庶民に栽培させなかったんじゃないのかと思っています。江戸時代は庶民にかぎり、椿の栽培は禁止されていたんです。江戸の「守り木」は椿ですよ。

そういえばゴザンス本に書きこんでいないことがありました。椿の語源です。
これは知っている人も多いいと思うけど
「『つ』ねに『は』をめでる『き』」がかっこいいなと思います。出典は白洲正子さんです。

枇杷の実が熟れてきました。そろそろとり入れです。

昨晩、詩が行き詰まったので、さらさらと俳句をひねってました。
メモしたチラシの裏を読んだ「文庫本主義者」、なんて言ったと思います。
「ほぉー、誰のを写したんや」
もうね、万事がこの調子なんです。
でも、そんなこと言うんだから、いい出来なのかな?……。

ではでは。



2003年06月08日(日) セラミックの「はさみ」

MDはあまり作っていないんですが、そのうちの自分で「SONGS」と名前をつけてるMDを聴いてます。
もうけっこう古いものになりますね。最初はゴンチチのインストで「オルゴール」から始まり、伊藤君子「ソスグ・フォー・ユー」、J・ブラックフット「タクシー」、ローリン・ヒルの「けあふぉみぃけあふぉみぃ」、プリンスの「ドリーム・アバウト・U」。フジワラヒロシの「ナッシン・マッチ・ベター・トゥ・ドゥ」などなど…。

何度も出てくるのはローリン・ヒル。もうだいぶ昔になりますね。彼女のソロアルバム。マイナーブルースが多いけど力強くてぼくは好きです。
あとプリンスも。プリンスはたくさん聴いてます。彼のミディアムテンポのバラードが数曲。

…。
今朝は、椿の植え替え。鉢から地面に移しました。地面は裏口の残されたところ。
斑入りの葉がおもしろいのと、花が赤に白の絞りが入るのと。信楽で買った鉢にいれていたんですが、どうも窮屈なようで。椿のかたわらには紫陽花があります。
裏口の方は全然できてなくて、これからいろいろと葉っぱものを入れたりして、グリーン(狭い)ガーデンにしようと想ってます。和風の庭は「石」ですよね。いろいろ思案中です。

トマトはいよいよ繁り、きゅうりも他の苗で花が咲き出しました。毎日プランターのチェックをするのが楽しみです。

福岡県ではオープン・ガーデンというしくみがあって、登録さけた参加者が、同じく登録されたご家庭の庭を訪問出きるという、なかなか素敵な制度なのです。
それをこないだテレビで拝見したんですが、いやー、皆さん凝ってますね。面白かったです。一面、花園にしておられる家庭では植えられているほとんどが、ホームセンターなどの「見きり品」。それを再生させるのが楽しいと。
10をこえる種類のコニファーでコニファー・ガーデンを造っておられた外科医の先生。そんなに広くない敷地に見事に細くカットしたコニファーが並んでいました。その外科医の先生が使っておられたのが、セラミックの鋏。

ああっ!!と思わず声が出ました。センセイ曰く「金属で切るとそこから枯れるので」。うんうんたしかに金属の剪定バサミで切ったところは赤く錆びたようになることがありますね。で、セラミックの鋏でコニファーの新芽の半分ぐらいを切っているのですが、どう見てもあれは「文具」の鋏。

園芸用のセラミックの鋏ってないんでしょうか。これは気がつきませんでした。そうだ、セラミックといえばもともとは「土」ですよね。

MDはローラ・ニーロになりました。そしてチャック・ロブ。
…。

明日はバジルを植えつけます。種から発芽用の土でずいぶん大きくなってきました。たのしみだな。サラダの野菜が全部自家製だったら、いいですねー。
もうすぐ実現します。



2003年06月07日(土) 祇園祭へ

祇園祭の準備が始まりました。宵山は毎年7月16日と決まってますから、あと一月と少しですね。今日はお稚児さんとその補佐役の「かむろ」の3人が決まりました。小学校の同級生3人組。サッカーが大好きなんだそうです。新聞の写真で3人そろって「ゲッツ!!」をやってた。かわいいものですね。
これからおよそ一カ月、最後の最後までいろんな行事で引っ張りまわされるから大変。頑張ってほしいです。最後の鉾の巡行の時、先頭の長刀鉾(先頭だけはずっと決まっています)の上に乗り、出発の合図の「しめ縄きり」をします。クライマックスですね。ほんとに声援を送りたくなります。
祇園祭は若いころは、まったく関心がなくて、桟敷の椅子出しのバイトをしたぐらい。その鉾や山の美しさに興味を持ち出したのは、わりと今に近いです。
やっぱり京都の町衆の粋と意気ですね。祭りはいいもんです。

去年もわずかのあいだ、蟷螂山(とうろうやま。かまきりです)の画像をサイトのトップに貼りつけました。今年は早めに去年の画像を貼ろうと思います。
やっぱり京都最大の祭りですからね。



2003年06月06日(金) One Quiet Night

先月の末にリリースされたパット・メセニーの”One Quiet Noght”を聴いています。ある意味、画期的なアルバム。パット初めての全曲ギターソロのアルバムだから。使われているのはバリトン・ギターというアコースティック・ギター。

パット名義の作品は、グループでもソロでもとにかく仕掛けが凄くて、ダイナミックな一大パノラマを見せてくれるのだけれど、これほどシンプルなのは今までなかった。近い感覚だと「ミズーリの空、高く」ですが、これはベースのチャーリー・ヘイデンとのコラボレーションでした。

2001年11月24日、パットはギターだけを抱えてマイク1本の前でギターを弾きました。後の処理は一切なし。オーバーダブももちろんなし。
「ある静かな夜」の記録です。

昨晩、これを聴きながらゴザンスの800字を打っていました。
今日、昼過ぎにまた聴いてみると、音楽の「顔」が全然違うことに気づきます。
もちろん意識が今日は音楽に集中しているから、違って当然でしょう。「書く」ということに没頭している時の音楽は一種、メトロノームのような、ペースメーカーの役割を担っているのかもしれません。

音楽の表情をスケッチしたり、感覚をぼくのなかに流しこんだりしています。
もともとパットのアコースティック・ギターは好きで、ライヴでも、時々アコースティック・ギターのソロをやるんだけどギター・シンセなんかよりずっといいと思ってます。

今回は名もないB級バンドのナンバーから、有名な「ラスト・トレイン・ホーム」まで、さまざまなテンポで揺れる光のように曲が続いていきます。

昨日はなんの邪魔もなく「なっている」と感じていたんだけれど、静かな逞しさと「翳」をとても感じます。やさしい闇のような。



2003年06月05日(木) 植栽はこんなです。

キュウリの黄色い花が咲きました。長さ1cmぐらいのちびきゅうりができていました。これから大きくなっていきます。トマトはデルモンテのビタミントマト苗のほうが成長が早く、緑の玉がいくつもできて成長を続けています。

ぼくの植栽の中心はバラなんですけれど、キュウリを植えているプランターのある北側のスペースの緑が気に入ってます。
大きくなりすぎた枇杷の樹があって、大分の立ち飲み屋でビッグブラザーがもらってきた梅の木。もともと鬼門に植えてた南天、きゅうりボックス。それからスパテイフィラム、デンドロヴィウム、と本来は室内にあるもの。(これは貰い物です)
自生したヤマブキ。その間に菊科の名前を忘れた小さな花たちが少し。
それぞれの緑があって綺麗です。日当たりの悪いスペースだったんですが、いい感じに光も入っているのに気がつきました。

バラのある方がちょっと手を入れないと。日当たりがよすぎて影がないんですよね。バラの後ろにヘデラが繁ってます。そのうえのスダレをバックにバラの花が咲くと、妙に和風。そのあいまにミニバラとハーブたち。ミント、オレガノ、ローズマリー、月桂樹。少し離れてトマトのプランターと楡の若木。楡の木は捨てられていた5cmほどの苗だったんです。育てているうちにニレだと判明。高さ1メートルぐらいまでになりました。その横にレモンの木。いつまでたっても花の咲かないレモン。これは食べてたレモンの種からです。もう、高さが2メートルぐらいです。そのあいまあいまにハンギングでパンジーが少々。トピアリーは熊さんの出来合いのもの。(バースデイプレゼントの鉢についてたもの)熊さんはヘデラとパンジーの寄せ植えのところにいます。

うちは敷地が狭くて、「庭」なんてとても呼べるものではないんですが、玄関先の鉢と窓の下にバラが何種類か。そんな感じです。バラは今二番花の蕾が膨らんできました。咲くとまたなごみます。その間はミニバラにがんばってもらいます。
ミニバラはいいですね―。再認識しました。そんなにたいしたことないと思っていたんですが、花期は長いし、病気に強いし、年中咲くし。
捨てられそうになってるホームセンターのミニバラがあれば、積極的に救災してやろうと思います。

うちの一年草のほとんどは捨てられそうになってたものを復活させたものばかり。
値段も100円ぐらいのがおおいです。
これからは毎日、庭仕事が忙しくなります。

画像でも紹介しなけりゃ。



2003年06月04日(水) ネットは僕の原稿用紙

台風が紀伊半島沖を通過していて、その影響なのか雲がずいぶん
厚くなってきたような気がします。今週一杯は雨は大丈夫だと思ったんですが
少しぐらい降るかもしれません。

このダイアリーでも少し書いていたかと思うのですが、インターネット出版局
ゴザンスからの「紙」の本、「ゴザンスvol.2」が6月3日より発売されました。
そこで記事と詩とを書かせてもらっています。
詩は「夜の光」というタイトル。記事は「ぼくの町」というテーマに即して、「鈴木さんの椿」という記事です。
「ぼくの町」ですから当然、京都のことですが、町内から話を起こしてみました。
足許から、という観点です。

ネットのみの販売ではあるとはいえ、自分の書いたものが活字となるのは嬉しい反面、自分に対しての叱咤にもなっています。もちろん激励にも。
少しづつ感想も頂き始めました。どうもありがとうございます。

これまでもゴザンス編集部から出されるテーマに即した記事や800字の創作を提出してきましたが、さらに「京都モノ」や「書評」もゴザンスへアップしていこうと思っています。
「いいもの」を書く。その一点です。ゴザンスという場所はそれこそ百花繚乱の場所ですから、そこに力をこめた記事を送ることで場を盛り上げる、少しでも力になればと。

ゴザンスvol.2 はゴザンスのホームページから注文できます。立ち読みもできます。
このダイアリーからだと「home」をクリックしてぼくのサイトに飛んでもらい、「contents」をクリック。contents本文のゴザンスのバナーをクリックすればページに辿りつきます。

バナーに今回の大きなテーマが書かれてます。
『ネットは僕の原稿用紙』…です。
いちどご覧ください。



2003年06月03日(火) 音楽に…。

音楽に助けられました。
精神的なものなのですが、少し消耗していたのかな。
疲れもあったと思います。
若いころならどうしていただろう。

ぼくは酒も煙草もばくちもやらないし、ほとんど家から出ないという
「つまらない」人間なので、気分転換をどうするのかとよく疑われます。

散歩かな。
薔薇は終わったし…。
犬と猫と。

だけど外猫の連中はアテにしてますからね。落ちこんでる暇がないんです。
猫のごはんつくり、トイレの掃除などなど。なんせ6匹ですから。

そんなことやってたら、たいていのことは忘れてしまうんだけど
それでもまだ、わだかまりが残ることもあって。
そういう時はひとりで何か書くか、音楽を聴くかかな。
そういう理由で音楽を聴くというのもいやなんですけどね。

だけど、今回は助けられました。
気分が晴れました。

さあ動くか。



2003年06月02日(月) ワカンタンカ

ウォン・ウィンツァンさんと真砂秀明さんのコラボレーション・アルバム、「Great Mystery」を聴いてます。今日はウォンさんがよくかかります。たまたま朝、家のものがターンテーブルに置いたままのCDを聞いたのがきっかけ。
それは「Asian Dall」だったんだけど、大好評。今まで聞かなかったわけではないんだけど、なにか突然「とてもいい!!」と感じたようです。今までは音量が小さかったからだと、責められてしまった。

で、急遽、てもとにあるウォンさんのCDをずらりと出して、その中から「Great Mystery」が選ばれたわけです。

真砂さんのIndean・フルートとウォンさんのピアノ。いいです。
基調となっているのは「藍色」。音楽なんだけど基調は色です。空であり海であり、絵日記のクレヨンであり。
インナーに書いてある真砂さんの詩にはそういうものが登場します。

「ワカンタンカ」とはネイティヴ・アメリカンの言葉で「偉大な不可思議」を意味します。つまり「Great Mystery」。
「偉大な不可思議」。それはこうやって地球と命を動かしているチカラのことのように思えます。

作品はメロディとブレスで音楽なりの「生命」を表現しています。とても優しく、藍が濃いというイメージ。シンプルで美しい。

実は少し、詩のことでいろいろと考えていたんですが、気づかぬままに元の位置に戻されたような気がします。ここでいい、という感覚がしています。
なんのなんの差配か、ぼくは自分で納得しています。グレイト・ミステリ。
言葉にはしにくいけれど、方向性の調整はできました。

ところで京都では「みずいろ」は3種類あります。
次の詩のテーマはこれです。出来上がったらサイトに載せます。
しばし、お待ちを。



2003年06月01日(日) 2列目の京都人

京都新聞の日曜版は梅原さんの「京都遊行」や読書の特集があって、読みふけるほどおもしろい。

今回は毎月1日にでる『1日版』のトップに懐かしい名前を発見。うわぁー久しぶりだな、と思わず声に出た。
木村英輝氏、団塊の世代でロックにはまっていた京都の人ならその名前は知ってると思う。京大西部講堂で「Mojo West」を仕掛けた方です。
どちらかというと、「村八分」を一時期プロデュースした人として知っていたんだ。まぁ、こっちはハイティーンから20代前半のロックファン。裏でいろいろとあったんだろうけれど、そんなことは知らないほうがいいよね。

略歴はさておき、美術の人だったのが意外だった。
木村さんは京都の人だと思っていたけれど、大阪・泉州の出身。でも高校から京都だからとっくに京都での暮らしが人生の半分以上になってる。それでもいまだに「泉州魂は健在だ」とおっしゃる。で、京都のいやなところを書くんですよね。おもわずぼくもそうだそうだ、と。
だけど、ロックのオルガナイザーや京都のイベントのプロデュースとして駆けぬけてきた35年の間に、京都の魅力にどっぷり浸かり、京都人になっていた自分を再発見する。いつごろからか甲子園でも大阪代表ではなく京都代表を応援するようになっていた、と。(ぼくもそうです。京都が負けたら大阪を応援します)

いやだけど魅力もわかる。そんな京都に「泉州人」の精神性で対峙しつづけるんや、と。うわぁー、元気やなぁ。
ところで「泉州人」とはどんな人か。典型的なのは巨人の清原です。

ところで、美術界ではあるけれど木村氏の言葉で興味深かったのは「細かいテクニックは捨てること、大雑把に捉えた方が本質が見えてくることもある。理屈はいらん。技量をそのままぶつけるだけや」と。
木村さん、やんちゃだね。かっこいいオーバー60歳ですな。
いやいや、ぼくも30年ぶりに心が燃えましたぜ。

そして、本ですが池内紀さんの「二列目の人生 隠れた異才たち」がおもしろい。これは京都新聞の読書欄でも紹介されてます。ドイツ文学の訳書や著書の多い池内さんですが、この本はそういう本ではなく、自分の住まう所にこだわり、「中央」に背を向けて自らの信ずるところに従った16人の人生が紹介されています。
中央のアカデミズムがなんだ!!名声がなんだ!!という気にさせてくれるから楽しい。それぞれの人の業績は「そういう人達」と肩を並べるぐらい素晴らしいのです。ただ、一般にはまったく知られていない。(その地方ではとても知られてはいますが)
池内さんいわく「みな精神的な自由人」だと。

うむうむと思って、たしか桂にお住まいの池内さんのプロフィールを見ると、姫路のご出身でした。この本のきっかけも故郷の近在に住み、生物学、植物学に膨大な研究を残された大上宇一というひとに関心を持ったところからはじまっていたのです。

つまり、木村さんも池内さんも、京都人から見れば「二列目の京都人」なわけです。播州と泉州…(怖いな)。でも、そういう人たちが多いので、この街の活性は失われないのでしょう。なんせ4年に一度は大量に若者が流入する街ですから。

ぼくはどうかな。幼稚園は東京で小学校は北海道で卒業して中学と高校は大阪で18から京都だから。だけど人生の半分はとうとう京都になってしまった。
「群衆にまぎれていく意志のある京都人」にでもなりますか。


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