散歩主義

2003年07月31日(木) 詩のこととか、書くこととか。

まだ届いたばかりで、パラパラとしか読んでいない「現代詩手帖」月号、特集が「いま、詩はどう変わったか」。そのテーマでの座談会に井坂洋子さんが出席しておられていて、うむむと緊張しました。これはじっくり読みたいです。

井坂さんが選をなさっている「婦人公論」のフォーラム「詩」への投稿をずっと続けています。今月はもう、間に合わないかも。締切の明記されていない不定期の公募です。だから、自分で線を引かないといけません。「この日までにはだすこと」といった具合で。月に必ず一つは出すこと、というのが基本ですが、どうしても出せないときもあります。

「どうしても出せない」というのは、しかし、やはりおかしいと思うので明日出します。今、「夕顔の町」という作品を書く事を最優先にしているので、割を食ってるのはあるかもしれませんが。

現代詩手帖に話を戻すと、この討議に参加した四人、すなわち北川透+稲川方人+井坂洋子+城戸朱理 が、1985年から2002年までの詩のアンソロジーを四者四通り作っているのです。これが面白くて、共通して入っているのが藤井貞和さんと荒川洋治さん。で、選んだ理由がみんな違う。それがおもしろい。

昔はこのような討議からなにか「行くべき指針」が見出せるかどうか、と言うようなよみかたをしたけれど、今は全然しません。「状況」がどうであるのか、そしてぼくの知らない詩人の業がどこかで輝いているのだろうか、そういう興味です。

そして現在の「現代詩」の最前線にいる詩人たちによるアンケートがさらに面白かった。
設問は「85年以降、もっとも刺激を受けた詩集とは」
やっぱり、というか荒川洋治さんは、昔から一貫して井坂さんの熱烈な支持者でありますが、『井坂氏にすべてを期待する。他の人にはあまり期待しない。いまのところ力を持つのはこの人だけだ』と。

ぼくにとっても井坂さんの詩集「地上がまんべんなく明るんで」(1994)は素晴らしい詩集です。

ぼくは自分が誰かのような詩を書きたいと言ったことはありませんが、作詞ではなく現代詩として尊敬しているのは、北村太郎さんです。
ただただ凄いと思っているのが高橋睦郎さん。だけど「生活」と「創造」のアンビバレンツな極を昇華している人として、多くの女性詩人こそが優れていると思っています。

それと今、ときどき書こうとしいる(書いている)掌編小説。これも現代詩のスタイルの一つとしてすでに定着しています。
これは散文というよりも「掌編小説」ですが、これが私の詩である、という詩人がいます。
それはたぶん小説家から見れば「超掌編小説」。たとえばゴザンスの800字が1200字程度になったもの。
ぼくはこれからこういうスタイルが増えていくと思うんです。

詩というよりもテキストという考え方。…ですね。

荒川さんはこう書く。
「詩人不在、編集者不在、詩集存在。これからはそうなるだろう」「詩人を失いつづけた。それがこの18年間である」

尊敬する詩人・佐々木幹朗さんはこう書く。
「詩なんて読まない新しい世代が、詩を書き始めることの面白さ。そういう世代の活躍がもっと進んでからはじめて、この期間に失われていったものが価値を持ち出すだろう」

「詩」であるまえに「テキスト」であること。
これが一つの律として、無意識にもぐりこんでいることに、もっと意識的になろうと思います。



2003年07月30日(水) ホセ・カレーラスをききながら

  あなたの燃える手で

確か日本語の歌詞はそんな風に始まると記憶しています。「愛の讃歌」。
越路吹雪さんのもあるけれど、きょうはホセ・カレーラスを聴いてます。
圧倒的なテノール。硬いところが好きです。

今日手渡された文庫本。
内田百�痢屮離蕕筺廖�
もう抜群の文章に、舌を巻いてます。ほんとうにうまい。

いま「ちくま文庫」から内田百�僚言�シリーズとして続々と文庫が出ています。

カレーラスが「恋のプレリュード」を絶唱してます。
夜に似合う声。

書く方は少し前進、「夕顔の町」が少し前に進みました。
あとはゴザンスのメールマガジンにテーマに関してのエッセイがピックアップされました。

毎日、なにか書いています。
明日は詩に集中。

一時期、ホセ・カレーラスを毎朝3時か4時に聞いていました。
心の思いを研ぎ上げた、激情のような声です。
この日記でもこのスペイン人が日本語で「川の流れのように」を歌っていることを書いたこともありました。

今、ちょうどかかっているんですけど、やはり鳥肌が立ちます。

さあて寝る前に、もう一度「愛の讃歌」を聞きます。
こんどは女性のヴォーカル。さて、誰にしましょうか。

ではでは。



2003年07月29日(火) 夕顔の町

ホームページとは別の場所で、「小説」を書き始めています。「小説」じゃないかもしれないけれど、ぼくにとっては「小説」です。散文と呼ぶには、もう引き帰せない書きこみになりました。

使っているのはBLOGのシステム。時系列別にもカテゴリー別にも編集し、集積できます。画像も貼れるし、リンクもすぐにできます。

毎回、最後に「つづく」と書きます。これも初めてのことです。
今は2章目の「夕顔の町」というところを書いています。

「夕顔」
植物として、源氏物語として、町として、さまざまに話が進んでいくと思います。
きょう、舞台となる町のモデルを自転車で訪ねました。
夕顔が立派に咲いているところも。

取材なんてできるものか、と思っていたのですが、…できました。
詳しくは本文で展開していきます。
そう、あと数回続けることができたら、そろそろ「連載小説」という冠を入れてもいいかな、と思っています。

「つづく」と書くことが、癖になってきてます。
いいことだ、と自分では思っていますが。



2003年07月28日(月) ツール・ド・フランス フィナーレ

今年のツールはちょうど100周年にあたります。
昔々は1日300kmとか、とんでもないエタップもあったとか。今の機材とは比べようのない昔の自転車でアルプスやピレネーを駆けたのだから、凄いです。

今年はアームストロングの5連覇という偉業の達成で幕を下ろしました。
そして表彰式。そしてパレードです。
このパレードが大好きなんです。完走したすべての選手がチームごとにシャンゼリゼ通りを横一列に広がってゆっくりゆっくり、大観衆に手を振りながら進むのです。

そのすべての顔が誇らしく、約3000kmを走りきった達成感に満ちて輝いているのです。披露は困憊。体脂肪率はほとんどの選手が一桁になっています。頬はこけ、脚は見事にシェイプされ美しく輝いています。
例えば表彰台のプレゼンターのモデルの女性と遜色ないほど。美しく、細い脚なんです。もちろん大腿の筋肉は発達していますが、脛の筋肉は本当に細い。これはビンディングペダルを使ってのペダリングでは膝から下はほとんど使わない、ということからもきているのですが、それにしてもほんとうに美しい彫刻のような脚なんです。

そんな彼らが行進します。これがあるから、どんなに苦しくてもパリを目指す、と語る選手も少なくありません。連日の厳しいレースによる落車や、内臓疾患でリタイアを余儀なくされていく選手たち。もちろんタイムオーバーによる失格もあります。それらを乗り越えての凱旋なのです。

イタリアのファッサ・ボルトロというチームはメンバーが3人にまで減っていました。(1チーム、9人なんです。)

最後の最後、雨中のタイムトライアルでハイスピードのギャンブルに出て、アームストロングを55秒差まで追い詰めたウルリッヒ。真っ黒のビアンキともども石畳に叩きつけられました。それでも1分5秒差の2位。5度目の2位です。一度はチャンピオンになったドイツの英雄が見事にカムバックしました。

ビアンキにまたがりパレードするウルリッヒ。眼がおそろしく澄んでいました。
いや彼に限らず選手全員、目が澄んでいて、まるで修行僧のような風貌でした。

やがてそれも終わり。

夕方のパリのの映像を見ながら、ぼくにとっても、大事な年中行事が終わりました。

来月末にはスペイン一周のブエルタ・エスパーニャが始まります。
宮崎駿さんのスタジオギブリの最新作「茄子 アンダルシアの夏」はこのブエルタが舞台です。
架空のチーム名は「PEOPEO BEER」、「パオパオビール」です。
「ぱおぱお」、象さんの声ですね。監督も声の出演の俳優たちも、着ているジャージには象が描かれています。

ゆっくりと桂川の専用道路でも流して走りたい気分ですね。



2003年07月27日(日) とにかく前に進む

最近、「考える」ということがとても大事だと再認識しているんですが、「考えすぎ」もまたダメなんです。
考えながら、じつは動き出してもいて、とくにモノカキをしている時はそうです。
いつまでたっても字を書かない、というのは結局だめ。とにかく書いてみる。
発表するかどうかは別として。
今、blogで書いている「連載小説WalkXWalk」でそのことを再確認せざるをえなくなりました。
「最終稿じゃないんだから」と言い聞かせつつ、こんな風に話が運ばれたらどうなるの、と書いてる本人がまったく前が見えなくなるんです。

自分にとって、「とにかく前に進める」「枚数を費やして、一つの話を創り出す」
というテーマで書いているのだから、当然のことなんだけれど、気になってしまう。だけどよく考えてみたら、「何故」そして「なにが」不安なんだろう。
で、頭の中で幾度も書いたり消したりしていて、なんとか動き出す道の影がちらりと見えたので、また歩き出し(書き出し)ました。

「WalkxWalk」にはそんな意味も込めてつけたつもりなんです。
まったくの手探りだけど、一つ回を重ねるごとに「ほっ」としてます。
最初の章だった「夕立みっか」は書く前にだいたいの「線」が見えていたから、ほんとに「三日」で書けたけれど、「夕顔の町」はイメージだけで書き始めたから、ほんとに「停まりつつ進みつつ戻りつつ」しながら書いています。

でも、ツール・ド・フランスも終わったし(そら見たことか!)影も見えたので、できるだけ丁寧に影から「話」を立ち上げていきたいと思います。

無謀なのは百も承知。とにかくいけるとこまで行きます。



2003年07月26日(土) 梅雨明け

『今日、近畿地方は梅雨明けしました』
テレビのアナウンサーが告げていました。
それにしては、とても涼しい。聞くところによると東京や関東、東北は低温らしい。こちらは涼しいといっても30℃近い気温にはなるから、東と西とで劇的な温度差があるわけですね。

東北では深夜と朝に、地震がおきました。しかも雨が今、あのあたりに集中していて、まるで「狙われている」かのようです。被害がこれ以上広がらなければ良いのですが。

占星術では、約7万6千年ぶりの火星の大接近が来週から始まることで、話題がもちきり。火星、つまりMars。軍神です。なにせ占星術が過去に経験したことのない大接近なので、さまざまな仮説が飛び交っています。多くは軍神による激しい戦いが巻き起こるのでは、というもの。
 さて…。

お昼過ぎから夏らしい青空がひろがって来ました。
暑いのは大変だけど、やっぱり暑くないと。
ツール・ド・フランス、あと2つのステージを残すのみとなりました。毎年のことですが名残惜しいです。



2003年07月25日(金) どろどろの日記

本年度の芥川賞受賞者、吉村萬壱さんのみじかなエッセイが京都新聞上に掲載されていました。

吉村さんは1961年生まれ、京都教育大卒で大阪在住。
彼は自宅から歩いてすぐの喫茶店に20年以上続けて通っているといいます。決まった席に腰をおろし、数十分の読書の後、『我慢し切れなくなって』大学ノートを開くのです。表紙には学生時代からの日記の通し番号74が…。毎日、日記を書かないと落ち着かないのだそうです。

使うのは万年筆。ゆっくりと一文字ずつ丁寧に書きます。省略のない文字で。彼の形容を借りれば次のようになります。

『半ページほど進むと、水に浸したティッシュのように精神がフラットになってくる。同時に世界が映画「マトリックス」のように、この世界が文字によって成り立っている気になる。いらだちがおさまり、世界と和解する』

なんともこれは、ほとんど書道ですね。と思ったら本人も

『文字を書くのが眼目であって、内容はどうでもよいのだ』と。書くことが思い浮かばなかったら本から抜書きしたり、窓から見える看板を書き写すといいます。
文字だけでなく時には絵も描きます。その絵もまったく意味をなさないもの。
だから日記は脈絡がなく、論理もなく、秩序のないどろどろ状態だとか。
で、そのどろどろの中に小説のタネが隠れているのだ、と。

この話は詩人の荒川洋治さんの「日記のススメ」を思い起こさせます。荒川さんもとにかくなんでもいいから書いてごらんよ、とすすめておられました。
カオスであり、無意識と意識とのはざかいのような、言葉以前のもの。あるかたが「夢ウツツ」と表現されたような境地ではありませんでしょうか。

吉村さんは「どろどろ」を蝶の変態になぞらえています。
さなぎの中は変態のために、いったん液状化するのです。芋虫が蝶になるのだから、さもありなん、と。
それが吉村さんの場合、今回の作品「ハリガネムシ」になったのでしょう。

さてさて、ネツトで毎日、カチャカチャ「書いている」ぼく「ら」はそうなりうるかな。きれい過ぎないかな、などと思っていたら、朝日新聞の集金のおばちゃんが来ました。朝日はぼくは読まなくて、イエノモノが日刊スポーツを購読しているから来るんだけど、集金の時にくれる小冊子「暮らしの風」には、これまた芥川賞作家の玄侑宗久さんの「べラボ―な生活」というコラムが連載されています。
「プロとアマチュア」というタイトルで、両者は実は反対語ではないことを書かれていました。
もともとプロとはギリシャ時代の聖職者、医者、弁護士のこと。つまり、神と職業仲間の宣誓する(プロフェス)ことで認められた職業人であるのです。
一方、アマとはオリンピックで貴族が入賞するために、職業的に体を鍛えている人(人力車夫や郵便配達人など)を排除する目的で考え出された「概念」。
なんだか、ゆがんでますな。

と、いうことは皆、なにかのプロなわけでしょう。と、ぼくは思うのでした。玄侑さんはだから、『プロとアマチュアの両立が可能だ』と。
つまり彼がめざすのはプロの技術を持ち、アマチュアの一生懸命さでことにあたる、ということでした。

『心をこめれば技術が向上するとは言いきれないが、技術を持ちながら心をこめることは、心しだいで可能なことだ』
やがて心が技術を導くと信じるものの
『技術がある程度身についた時の初心という心』が問題なのだと。

うむむ。「初心」か。それはやはり「どろどろ日記」に帰っていくのかな、と思っていたら、珈琲を呑みながら何気なく開いた「週刊現代」の編集者あとがき(なによんでんだろう)にとどめのような言葉が。

「慣れなきゃダメだけど、慣れてもいけない」
一時の不調を脱した時のヤンキース、松井秀喜の言葉でした。

うーん、これはやっぱりシンクロですよね。
ぼくはこういう言葉たちを捜していたんでしょうね。たぶん。







2003年07月24日(木) 夜です。

夜の11時に書くなんて、久しぶりです。
まぁ、日記としては当然といえば当然ですが。

1日、なにかとバタバタとしていて、昼間にゴザンスにテーマに関しての雑感を送りました。「テーマ」、表向きは「怖い話」ですが、ライターズニュースでのみ、「12歳」というテーマが追加されていたのです。
もちろん今回の長崎の事件を視野に入れてのことです。
一応まとめましたが、書いていないことで、一つだけ書いておくと、これを「世代」なんかでは捉えてはいけない、ということです。

神戸の連続児童殺傷事件の犯人と九州のバスジャックの犯人が同じ年で、バスジャックのほうが「先をこされた」というようなことを述べていたように思います。
だから、この世代に「人を殺す世代的特徴がある」かのごとき言説やポーズを感じるときがあります。

そんなバカなことはありません。そんなことは断じて、ない。

一方に特殊化しようとする動きがあり、一方に一般化し「利用」しようという空気すらある。
起きたことを真正面から見据えることが必要でしょう。
なぜ、「ごく普通の」子供に、これほど残忍なことができるのか。冷静な闇の腑分けのような作業が要請されると思います。

この事件については、ぼくとしては考え続けることが多いです。当分、考えつづけることになるでしょう。
似たような影が昔にも見たことがあるから…。



2003年07月23日(水) Wheel of Life

とうとう買ってしまいました。うん、これは素晴らしいアルバムです。
リチャード・ボナへの興味から少し離れていた渡辺貞夫さんのアルバムを手にすることになったのですが、もちろんボナのベースは素晴らしいんだけれど、渡辺さんの楽曲の素晴らしさが際立っています。このアルバムでは全曲新曲です。
もちろんアルトとソプラノのサックス、フルートも抜群の味を出しています。
いいですよー。

ボナはカメルーン出身。彼が少年時代のころ、アフリカの音楽にインスパイアされていた渡辺さんはアフリカに滞在してさまざまな録音を残していました。それをボナはラジオから聴いていたんですね。
だから、今やパット・メセニー・グループの一員としてジャズ・ベーシストの頂点に上り詰めつつある彼にとって、ナベサダ氏と演奏することはとても親しみが持てて、彼曰く「心が解放される」のだそうです。

ボナはパット・メセニーのグループでもヴォイスを披露していますが、このアルバムでもフューチャーされています。カメルーンという国はディープ・フォレストによって全世界に紹介されたように、地球上の民族の中でまさに、歌に特化された民族というか、あたりまえのように驚異のヴォーカルが存在する国です。ボナのヴォーカルも美しく伸びやかで、このアルバムにより一層の深みを与えています。

全11曲中、渡辺さんが9曲。ボナが2曲。
特に聴いてもらいたいのは10曲目のwheel of Lifeと11曲目のSpring・all beautiful days。
そのなかでも11曲目は、かなり…きてしまいました。とても静謐な曲。

ボナの曲はふたつともとても美しい声が聴けて、やわらかでリズムが跳ねるよう。どちらかというと8曲目のIsabellaが好きです。

といっても全曲とてもリラックスした素敵な演奏が続いて、すべてに「手触り」を感じながら聴きこめます。
渡辺貞夫という人はやはり素晴らしいジャズマンですね。自由でやわらかでリズミックでリリカルで力強い。
今、人に勧めるのならこの音楽です。あ、ジャケットとインナーの写真もとてもいいですよ。
ナベサダ氏が手に持っている花は、さてなんでしょう?

「Wheel of Life」渡辺貞夫



2003年07月22日(火) 「あー、やっぱり」と夢から醒める。

ツール・ド・フランスです。
ウルリッヒが、ヴィノクロフがといった期待が木っ端みじんに打ち砕かれました。

昨日も書いたように、とんでもないピレネーの山岳コース。
相変わらず調子がイマイチに見える総合トップのランス・アームストロングを中心に最後の超級の上りを10人ぐらいの集団でいっていたのです。
半ば過ぎに地元バスクの強者マヨがアタック。ヴィノクロフはジリジリ遅れ、ウルリッヒとアームストロングは反応。そしてアームストロングが前に出た直後、観衆の振りまわした黄色いサコッシュ(布の鞄)にアームストロングが絡まって落車!うしろのマヨも落車。すぐに起きあがってリスタートしたものの、少し距離が開いたのですよ。ところがところがウルリッヒたちはアームストロングとマヨを待ったんです!!人がいいというか、スポーツマンシップというべきか。立場が逆なら思いっきりアタックしたであろうアームストロングは、集団に復帰するやいなや、強烈なアタックを決め、集団に40秒の差をつけて逃げきってしまいました。
その早さたるや、去年までの「鬼」の足が完全に復活。本人もレース後のインタヴューで「落車でスイッチが入った」と。いやいやとんでもない強さでした。2位にはウルリッヒとバスクの二人とフランスのモローが固まってゴール。ボーナスタイムもあって、アームストロングとウルリッヒの間には1分の差。歯を食いしばってゴールしたヴィノクロフと2分差。
うーーーーん、アームストロングの5連覇が濃厚になってきました。

今日は休養日。そしてピレネーの最終日、個人タイムトライアル、大西洋岸の平地のステージ、ゴールのパリのシャンゼリゼへとあと6ステージ。もうこんなに厳しいコースはないので、差が詰まるとしたら個人タイムトライアルだけど、どうかな。
ピレネーの急斜面を1分間に100回転を越える驚異のペダリングで登るアームストロングの姿に、「あー、やっぱり強いわ」と溜息まじりにつぶやいてしまいました。
まぁ、ツールに冷静になれたからいいようなものですけどねっ。あーあ…。

ということで、この日記からもツール関係のことはあんまりでなくなると思います。

話題を変えましょう。
音楽の話。
「夏の音楽」というか心の状態をなめらかに動かしてくれるというか、考えたり感じたりすることに、繊細で、自由で、穏やかになれる音楽。ぼくの場合、コンテンポラリー・ハワイアンともうひとつボサノヴァがあります。
今日は中村善郎さんのルミノーソを朝からかけてます。中村さんの低音の声、乾いたギター、パネさんのピアノ。そしてリチャード・ボナのベースがとてもいいです。(サイトのミュージックレヴューで紹介していますのでご参考までに。)

ボナという人はジャズ・ベースの中でも独特の個性が大注目されています。中村さんとのセッションの方が早いんですが、今ではパット・メセニー・グループの一員でもあります。そんなボナが渡辺貞夫さんのアルバムに参加し、プロデュースもしているのです。ナベサダさんの名前が出てくるとは思わなかったけれど、日本で南米とアフリカのエッセンスを持ったジャズとくれば彼が第一人者だから不思議ではありません。

しかもタイトルが「ホイール・オブ・ライフ」。渡辺氏によればエリザベス・キューブラー・ロスの自伝「人生は回る輪のように」からのタイトルだそうなんです。それはぼくの愛読書でもあるのです。たちまち聴きたくなりました。買ったとしたらもうほんとに久しぶりのナベサダさんのCDになります。発売されたかな?

彼はなんだか、とてもいいぐあいに年をとってるな、という気がします。老いてますます充実してはりますね。



2003年07月21日(月) 晴れている空

九州で集中豪雨が発生した。梅雨の末期の大雨だ。
それにしても度を越している。

普通、九州で雨が降るとそのまま東へと雲が流れて、中国、四国、近畿と大雨の区域がひろがるのだけれど、今回確かに山口ぐらいまではいくけれど、雨雲は南下しているようだ。梅雨前線自体が九州北部と北陸を結んではいるものの、その間は海の上のようなのだ。たしかに、こちらでも雨が降った。夜中の3時ごろには叩きつけるような激しい雨だった。紀伊半島の尾鷲あたりではとてつもない量を観測している。だけど紀伊半島の南東斜面は日本でも随一の雨の降るところだから、いつもと変わらないと思う。こちらの雨がそんなに長続きしないのである。
とうとう今日は晴れ間が現れて強い光が射して来る始末。
なんだかいつもと違う。


「WalkxWalk」の「夕顔の町」という章の連載2回目をアップした。だんだんと場所ができつつある。静かに続けて行こう。

ところでツール。3位のヴィノクロフがアタックに成功。あわやアジア人はじめてのマイヨかと思われたが、惜しくも届かなかった。金髪で青い眼だけど彼はカザフスタンの人間である。
その結果ますますマイヨ争いは混沌。
アームストロングから15秒遅れでウルリッヒ、18秒遅れでヴィノクロフとなった。タイヘンである。
今日、ピレネーは超級を2つ越して頂上ゴールという、またしてもとんでもないコース。毎日目が離せない。
嬉しいけれど…とても困っている。時間が…。





2003年07月20日(日) ふたたびウルリッヒ

昨日に続いてのツール・ド・フランスのお話から。
ピレネーステージの初日。最後の方に超級に匹敵する登りとそれをくだったあと1級の山岳へ登りきってゴールというコース。

ツールの山岳はカテゴリーわけされていて、強くなるにしたがって4,3,2,1級。さらに標高2000mを越えるような最難関を超級としています。それぞれトップから10位ぐらいまででゴールすればポイントとボーナスタイムがもらえます。山岳のスペシャリストの出番なわけですが、ここ20年ぐらいは平地も山もどちらも強い人がマイヨジヨーヌ(黄色いジャージ=総合タイム1位)を獲得してきました。それで一つのステージ(フランスではエタップといいます)が約200kmという、とんでもない毎日なのです。

むろん体重が軽く筋力の強い、山岳のスペシャリストはいます。それがアルプスやピレネーで大活躍するのですが、彼らは平坦な所がだめだし、タイムトライアルにも弱く総合ではトップには立てません。
ここ4年間はアメリカのUSポスタルチームのランス・アームストロングが4連覇。とにかくめちゃめちゃ強かったのです。

きのう書いた復活した我等がウルリッヒ。今日はアームストロングと直接バトルを展開。なんと振り切ってしまいました。
ステージ1位はスペインの山岳の実力者、サストレ。ウロリッヒは2位でゴール。7秒後ろから必死の形相のアームストロングが入りました。

その結果総合成績のベスト3のタイム差に変更が。
1位アームストロングと2位のウルリッヒとの差がわずか15秒。3位につけていたビノクロフが少し遅れて約1分差です。

いやいやテレビの前での狂喜乱舞たるやすごいもので、「いけーっ、いくんやー」の連続。やはり何年もの長すぎる不調を過ごしてきたからか、ウルリッヒはアタックに慎重過ぎるほど慎重。自分を信用できないようでした。
だけど最初にアタックをしかけたバスクの選手に引っ張られる形でするすると抜けだすと、まるで取り戻した自分の力を確かめるように加速。あっという間に集団を引き離しゴールしたのでした。

強い!

追いすがったアームストロングもさすがだったけれど、もう去年までのような力はありません。いよいよ雌伏していたプリンスがマイヨを着るか。興味はその一点です。フランスはおろかヨーロッパ中のスポーツメディアが興奮の坩堝のようです。

それにしても最後の5kmの登りは最大斜度10%を越えるところがあって、しかも200km走ってきて、それを越えていくという。人間業じゃないです。
斜度10%の坂というと、ふつうの人は自転車で登るのは不可能です。正面に立ったら「壁」に見えるでしょうね。

今日はピレネーの2日目。2級を3つと1級を2つ、上って降りてを繰り返す、またしてもヘビーというかクレイジーなコース。
がんばれウルリッヒ!!

えっと、(小さな声)カキモノのほうなんですが、ゴザンスの800字を書きました。「ほおずき」というタイトルです。今回は出された3つの題にとても素直に書けた気がします。
ツールとカキモノと。時間が足りないです。



2003年07月19日(土) ウルリッヒの勝った日

ツール・ド・フランスは12エタップ。
今日からのピレネーステージを前にしての個人タイムトライアルです。
ついに、ウルリッヒが勝ちました。ここまで長かったです。

前の日のダイアリーに簡単に書きましたが、東ドイツがつくりあげたスポーツエリートの最後のスターとして、東西ドイツ併合後、アマチュアのトラック競技での輝かしい戦歴を携えてプロのロードレーサーとしてデビュー。
たちまち頭角を現し、あっというまにドイツ・テレコムのエースに。すぐにツールで総合優勝という離れ業をやってのけました。これで誰もがウルリッヒ時代の到来と思いましたが、コンデイショニングの度重なる失敗、膝の怪我とまったくいいところがなく今までを過ごしてきたのです。癌を克服してツールに復帰したアームストロングが4連覇という偉業を成し遂げ偉大なチャンピオンへの道を歩み続けたのと好対照でした。
ドイツ・テレコムからも契約を破棄されましたが、彼の才能を信じたイタリアのメーカー、ビアンキが彼のためのチームを結成。彼の腐っていた才能も一気に復活したようです。

戦前から、ダークホースぐらいにしか見られていなかったウルリッヒをチャンピオンのアームストロングだけが警戒すると広言していたのは、ここまでのレースを見て、これまでと違うと判断していたんでしょうね。さすが、です。

ビアンキというメーカーはチェレスタ・グリーンという色がシンボルカラーなのですが、このビアンキチームは黒のレーサーに、その淡い緑でBianchiと入っているだけのとてもシンプルなもの。いま、ロードレーサーのプロのジャージは「走る人間広告」と化していて、とても派手だけれど、すっきりとシンプルです。また、ウルリッヒ以外のメンバーも力はあるけれどチームが解散したり、年棒の圧縮のために解雇された連中ばかり。ツワモノぞろいです。チームタイムトライアルでまさかの3位に入ったのがその力を証明しています。これからは彼らがウルリッヒをアシストとして画面にもよく登場するようになるでしょう。

ぼくがウルリッヒに魅せられたのは、その美しさ。
ペダリングがほんとにきれいなんです。
上体もぶれない。それで重いギアをぐんぐんと回していく力強さ。フォームがほんとにきれいです。ただ、そのぶん切れた時がとても重く見えるんですけれど。

若き天才レーサーも30歳です。美少年の顔にも皺が刻まれました。だけど澄んだ眼ときれいな笑顔は昔のままです。
ピレネーでどうなるかわかりませんが、今年はウルリッヒの勝利が見れただけでもツールの価値がありました。
今総合で2位。トップのアームストロングとの差は1分を切っています。

と、そんな自転車レースに励まされながら、モノカキは連載小説のような形をとっての作品づくりです。詩も書かなければ。
書評も。CD評も。とにかく書くことが続きます。



2003年07月18日(金) ううむ。

今日はサイトに二つある掲示板のうち一つのほうがメンテナンスのためにアクセスできなくなっていた。ところが、予定されていた時間をはるかにオーバーしても、一向に繋がらない。サーバーの方にアクセスして見たら、問い合わせの書きこみがどっさりあった。全部同じサーバー。

特にこの調子の悪いサーバーは、「文滴堂待合い」があるから気が気じゃない。過去のログも吹っ飛んでしまのだろうか。書きこみに来てくれている人たちのことを思うと、ほんとに申し訳無い。
気になるな。

また夕方に書きに来ます。

なんとか午後には回復しました。過去ログも残っていてよかった。
ほっ。

今日はゴザンスの新しい「テーマ」・怖い話を書きました。文滴堂にアップしてます。
怖い話を書くのはあんまり好きじゃないんです。書いてる本人がいちばん怖くなるから。だけどこういうのって不思議と筆が運ぶんですよね。

ブログのほうは少しづつ書いています。草稿段階。なんだか詩を書いていないような気がします。
隠れテーマの「12歳」。これも何か書ければ、と思っています。

800字はもっと素直な800字がかければいいかな、と。
一気に書いたので、ちょっと眼がしんどいですね。

ではでは。




2003年07月17日(木) 山鉾巡行

祇園祭のクライマックス、山鉾巡行が行なわれた。
我が家に稚児さんセットをプレゼントしてくれた親子も堂々の参加。
鉾を引く京大、同志社、立命館、などの大学生、留学生。大工方といって鉾の屋根に乗っている人に加わった外人さんも張り切って乗っていた。
去年のようなトラブルも無く、天気にも恵まれて、今年はよかったんじゃないかな。

去年のトラブルというのは、くじ引きに参加しなくても、常に先頭をきることになっている長刀鉾の先導役のおじいちゃんにプロプレム発生だったのだ。先導役は鉾の前面に綱1本を掴んで仁王立ち。前かがみになり、もう一本の手には
扇を持って「そーれーや」と合図を送る祭りの花形。で、おじいちゃんは具合が悪くなったんですね。救急車まで来た。ところがおじいちゃんは鉾から絶対降りひん、と言って頑張った。鉾町の世話役がなだめすかしてやっと降りたんだけど、行列が15分間止まったのです。それが去年。

事故はよくあって、四つ角の辻まわしの時に竹を並べていく人が腕を曳かれたり、鉾の上に腰掛けているお囃子が下に転落したり。
今年は無事故だったようです。

あー、夏だな。だけど今年の梅雨明けは遅れそう。8月にずれ込むんじゃないかな。

市内に行きたいところがあるんだけど、なかなか動けない。蓮の花を見に行きたいのです。それと源氏ゆかりの場所と。
うーん、なんとか行きたいんだけどな。



2003年07月16日(水) 今夜は宵山

今晩は祇園祭の宵山。結局忙しくて四条にもいけなかった。
京都は昨日も今日も、からりとした快晴。こんな宵山は久しぶり。毎年、蒸し暑くて大雨が降るから。きっと凄い人だろうな。

ツールはアルプスを降りてマルセイユまでのエタップ。今日は休養日。連夜に渡って夜中スカパーにかじりついてる人たちもお休み。連日深夜二時じゃ倒れてしまうよね。ぼくはビデオでとばしながら見るからなんとかいけてるけど。
昨日の大落車のベロキは大腿骨と肘を骨折。復帰まで長い時間がかかるけれど、頭に障害が残らなくてほんとによかった。ぼくは今までサイクルキャップばかりだったけれどレースに出る時と同じくヘルメット被ります。

ぼくの持っているのはイタリアのMET社のとBRIKO社の。デザインはMETのほうが気に入っているんだけどこれ、MTB仕様なんですよね。だけど今やロードレーサーもマウンテンも関係無くなってきてるみたい。ツールでもMTBのヘルメットかぶっている人がいたし。

人の介護や犬や猫の世話があるから、自転車に乗る時間はなかなか作れなくて、しかも植栽も毎日、見なければいけないし。と、なると京都を離れることは100%不可能。「今ここ」にこだわることしかできません。
だから辛いかというとそんなことは無くて、人生は前進を続けています。

新しい光を探して、かたちにしていきたいと思います。






2003年07月15日(火) It‘s Danger

野球は日米ともにオール・スター。今日は日本のほう。見ていて感じたのは内野守備。全然違うね。公式戦でこんなバックだったら、しまったいい試合になるだろうな。ことごとくヒットをとっちゃうから。アメリカはアメリカンリーグの三人衆、イチロー、シギー、ヒデキの三人が公式練習でほんとに晴れ晴れとしたすてきな笑顔を見せて談笑していた。こんな笑顔、日本で見た事がない。
ここが世界一の舞台だから、だろうな。

ところでツール・ド・フランス。今日はアルプスの最終日。とうとう事故が起きた。ぎりぎりのところで走ってはいるけれど、ダウンヒルの時速80キロはでていたかな。総合一位のアームストロングと二位のペロキが二人で下っていたんだ。ベロキのバイクの前輪が一瞬ロックしたかと思うと後輪がドリフトし、瞬間にホイールは飴の様に曲がり自転車のチューブも折れ、ベロキはアスファルトに叩きつけられていた。ぎりぎりまで軽量化をしているけれど強度と低い重心で走行安定性を確保している、台湾が世界に誇るGIANTのスペシャル・バイクが粉々になった。その時、後ろのアームストロングはベロキを避けてそのまま山の斜面の草地をまっすぐ走行。まるでマウンインバイクのようだった。そしてつづらおりの道だから、バイパスのように走った形に。草ばかりのアルプスだから彼は助かった。

ベロキの所属はスペインのオンセ。あらゆる意味で大本命の帝王アームストロング擁するUSポスタルのライバル。ベロキはそのエースだった。血まみれになりながらも肩に担がれ救急車に乗った。あの落車のパターンで今までだったら人が死んでいた。今はプロでさえヘルメットがあたりまえになっている。だから助かった。

「あ、生きていた」それが本音。ほっとした。もちろんリタイア。怪我の状況は明日の実況で伝えられるだろう。プロのレースはシビアだ。普通ではないその能力のギリギリで走っている。タイムオーバーや疲労や落車によるリタイアを尻目に、明日もあさってもツールは延々と続いていく。次は中央山地、そしてピレネーだ。

みんなが和んで走っている時は、ほんとに自転車は素晴らしいとにこにこして見てられるんだけどな…。



2003年07月14日(月) A Day In The Life

最近読んだ本のこと。江國さんのシリーズは延々と続いています。そのあいまに読んでとても面白かった作品があります。こないだも書いた小川洋子さんの「博士の愛した数式」。なんとか感想文をまとめようと、再読中です。

「新潮」の7月号の冒頭に掲載された380枚の傑作。あんまり書くと感想文が書けなくなるので、それはそれで別に書こうと思います。
どういうのかな、「静か」なのです。豊かな美しい「なにか」に支えられた「静けさ」があるのです。そんな作品です。

最近聴いている音楽のこと。ジャズとハワイアンとソウルとシャンソン。
日本のアーティストは別枠で聴いてます。

ところで文庫本主義者が小池真理子さんとの趣味の一致に驚いています。
なんといってもカトリーヌ・アルレーに衝撃に近い感銘を受けたところが同じという事に喜んでいます。それとエッセイの内容もうなづく事が多いと。

その影響もあって「石榴の木の下で」はぼくが買おうかなと思っています。たしかミメイさんが書評を書いていました。

で、小池さんの趣味の歌手・ピエール・バルーはあるのか、と問われ、待ってましたとばかりに彼の若かりしころの傑作「サウダージ」を聴いてもらいました。
有名な「おいしい水」の入っている盤です。小池さんがいちばん好きなのは違う盤だそうなのでこんどそれを探そうと思ってます。たぶん「男と女」のはいったものだと思うのですが。

これぐらい世界に名の知れたアーティストであるにもかかわらず、アンチ・メジャーの姿勢をいまだに貫きとおしていますね。やりたいことをやるために自らの創った「サラヴァ」レーベルでしか仕事をしていません。にもかかわらず世界に音楽は流れているのです。メジャーに乗っていけばお金はいくらでも儲かるだろうに、それを潔しとしない態度のままなのです。自分のやりたいことをやる。よりいいものを創るために。かっこいいです。

今、聴いているのはウエス・モンゴメリーの「A Day In The Life」。目の前に「新潮」が開いたまま置いてあり、左でジャンが右奥でハナが寝ている常態。お腹は少し空いていて、ツールは第9エタップを走っています。
結局、ビランクは力を出し切った代償をはらい脚が動かず、第8エタップで彼からマイヨ・ジョーヌを奪ったのはランス・アームストロングでした。だけどランスは去年までのような恐るべき力を見せていません。これからどうなるか楽しみ。まだ、ピレネーがありますからね。

ではでは。



2003年07月13日(日) VIVA! TOUR

ツール・ド・フランスは第7エタップが終わったところ。ちょうど今、アルプス・ステージのハイライト、ガリビエ峠とラルプデュエズの第8エタップが進行中。

それにして第7エタップは凄かった。34歳のかつての「汚れた英雄」リシャール・ビランクが見事に単独のエスケープに成功。このステージを見事に制したのです。結果、総合でもマイヨ・ジョーヌを獲得。
このコルシカ出身の男前、ビランクの活躍にフランス中が大騒ぎになっています。

フランスのツールでありながらフランス人の総合はおろかステージ優勝の数も少なく、いかにワールドワイドな企業スポンサーのチーム対抗とはいえ、その背後にはどの国の選手なのかという事もフランス国民の重大な関心事なのです。

なぜ「汚れた英雄」かというと、彼こそツール初の「ドーピングによる追放処分」を受けたフェスティナ・チームのエースにして、当時、数年に渡る山岳チャンピオンだったから。当時はぼくもロードレースの世界にどっぷり浸かっていて、アマチュアのレースにも出ていたぐらいだったから、強い衝撃を受けました。これじゃサーカスじゃないか…、と。彼にではなくドクターに責任はあったとは思うけれど。

フランスレース界から追放され、雇ってくれるチームがなくなりました。それでも練習とコンディショニングを放棄せずに続け、イタリアチームに拾ってもらいました。他の選手から嫌われるほど我が強く、自らをアピールし、いわれなく他を非難する。実はいやな奴だと思っていたんです。なんだか裏切られた、という気もずっとあったのでね。

それからもほとんどのチームとは一年契約。
だけど、しぶといのです。去年は魔の山「ル・バンドゥ」で単独アタックを決め勝ったし、若いころの連続して山岳を制する強さはなくなったものの、ここいちばんと決めたときの集中力と強さはさすがです。

背か低く、瘠せていて、きらきらひかる瞳の大きい、まるで少年のままのようなビランク。エゴの塊。登りもだけどダウンヒルの速さは命知らずともいわれる男。口を開き、口の回りに塩を吹き、瘠せた体を振ってぐいぐい登る姿に、こいつがプロだ、と思いました。
昨日はほんとに強かった。

ツールは20ステージ。まだ8番目。だけどたぶん今日、ある程度の差はできてしまうでしょう。ガリビエは標高2600メートルを超え、ラルプ・デュエズは数十のきついヘアピンを登ります。
優勝候補のアームストロング、ペロキ、ウルリッヒたちは元気です。
ぼくの贔屓はどうしても痩せる事ができずドイツ・テレコムをクビになったウルリッヒ。(素人が見たらどこが太っているんだと思うでしょうね。なにせ体脂肪率6〜4%という極限の世界だから)

東ドイツのスポーツエリートからドイツのエースとなり、若くしてツールの王者となりました。あのころのウルリッヒは無敵だったな…。まだ20代。いきなりスーパープロゆえの天文学的なマネーに溺れたと批判を受け、ドイツを追われ…。

ウルリッヒは今年、彼の才能に投資を決断したイタリアのスーパー自転車メーカー「ビアンキ」が作った、「チーム・ビアンキ」で走っています。久しぶりに画面で見たウルリッヒは見事にシェイプされ、集中しきった精悍な顔を見せてくれました。

大本命、5連覇のかかるアメリカのランス・アームストロングも今のところノー・プロブレム。彼は癌からの奇蹟の生還者だけれど、癌が治るまでいつまでもエースの席を空けて君を待っているといった、フランスの名門チーム「コフィディス」に見事に裏切られ、入るべきチームがなくなったことがあります。自らの経験と強さだけを武器にメンバーを口説き落としてチームを作り上げていったのです。そのUSポスタルチームは鉄面騎士団のよう。あまりのエースへの貢献の要求に耐えられなくなったメンバーはそこから離れるほど。

ぼくの好きな選手はみんな一度、地に叩きつけられています。それでもやめない彼らを見るために、今年もツールを見るのです。
そういう強者たちにこてんこてんにやられる、たぶん「今まで無敵」の若い連中の燃えあがるような眼も。

勝負はこれからです。




2003年07月12日(土) Quiet Storm

一日の終わり、きちんとしようと思ってかきだしました。
めずらしくヘッドフォンをつけながらです。電磁波の関係からもヘッドフォンはあまりよくないらしいのですが…。
少し大きめのヴォリュームが欲しくて。夜のこの時間だとスピーカーからはちょっと出せませんから。

きいているのはSadeの”Lovers Live”。
このなかの”Paradise”という曲はスタジオ盤と全然違っていて、激しくてラウドネス。イントロがヘリコプターの音ですから。この後の「no ordinary love”もきつめのディストーションのギターがうねっています。

ライヴなので思いきりタイトでコンパクトに、バンドが一丸となって音を打ちつけてくる感じです。こんな「嵐」のような感覚を時として欲しくなるんです。

昔であればスージー&バンシーズを必ず聴いてましたが、最近はこのライヴを聴くことが多いです。
アルバムではその嵐の後の日溜りのような”By your side”になります。これもRAWな音でいいかんじ。

このアルバムでは他にも落雷の音がイントロに使われている(かなり強烈)”Sweetest taboo”も入っています。

 There‘s Quiet Storm
 And It‘s never felt like this before
 There‘s Quiet Storm
 That is you

なんとも美しい歌詞です。
この嵐を感じさせる局の繋がりはとてもセクシャル。そのエネルギーの強さが音にはっきりと打ち出されています。
ある意味では、ライブというのは愛の交感そのものかもしれません。
それを感じる事のできるオーディエンス、そしてプレイヤ。
愛する人とどう結ばれるのか。音楽には意識しようとしまいと、そのひとのすべてが隠されている。あるいは露わになっているのかもしれません。

ここ三日間で「夕立みっか」という作品を書いてみました。
BLOGのほうに画像とともにアップしています。



2003年07月11日(金) 雨…音

つじあやのさんの「雨…音」を聴いてます。
「はつぴいえんど」のトリビュートでいちばんよく聴いたのは彼女とスピッツでした。ウクレレの乾いたトーンとおじようなタッチの声でさらっと歌ってます。

その「暗闇坂むささび変化」以来、彼女のマキシシングルを追っかけて聴いてきましたが、そろそろアルバムも買おうかなと思ってます。

今日も夕立がありました。WalkxWalkに書いている「夕立みっか」。そのとおり三日続いています。そしてそれを今、書いています。今日アップしようと思っていましたが、少しずれそうです。

その次は書評を書きます。書評というより感想文です。
それから詩を。

とにかく書くことが続いていきます。書くための勉強と。

祇園祭は鉾の立てこみが始まりました。写真が撮れればいいのですが…。
街は祭り。夏はすぐそこまできています。



2003年07月10日(木) BLOGに作品

BLOGに作品を書きため始めた。
「WalkXWalk」というタイトル。この散歩主義の中の「散歩」をさらに特化して、フィクショナルにしたもの。
サイトとBLOGの違いは何かというと、BLOGはゴザンスのライティングスペースにとてもよく似ているということだ。自身のHPスペースがなくても記事のアップロード可能であること。違うのは個人で編集、カスタマイズができる点。BLOGではできる。ゴザンスのようなメルマガ機能はついていない。

「WalkXWalk」の場合、New Handlerという「場」をお借りしているけれど、サービス展開も始まってまだ時間も浅く、管理人さんと使用者との対話のなかで機能がビルドアップされていくところが、なんだかいい感じ。

ぼくはHTMLとかそCCSに関しての知識はまったくないに等しいから、毎日勉強。借り物だから当然、制約もあるけれど、それでも基本的な機能は十分あると思う。

肝心の中味ですが。

「歩く」という事がぼくの中でずっと大きなこととしてあって、自分の内と外と両方の「世界」を見つけるのに、歩きつづけてきたし、さまよってもいたんじゃないか、と。それで、もっとそのことに意識を集中して、もっとふかく分け入っていきたいと思って書き始めています。
 だから今までの詩や短文からのエッセンスの援用もあるし、一篇の詩が長い話へと折り目を開くように展開をはじめていくかもしれません。

WalkXWalk。「同行二人」。犬と猫と人と…

時間や空間を押し広げながらどこまで歩けるか、書く時はいつも「もうひとり」がいます。

歩いた画像も、折々提供していきます。

さて、このBLOGで書いた作品をゴザンスのメルマガを読んでくれている方たちにはどう送ったものか。今、悩んでいるのはその点。コピーすれば簡単にアップできるんですが。うーーん。



2003年07月09日(水) 時間

ツール・ド・フランスは今日、第4ステージでチームタイムトライアル。
チームごとのタイムレースだから、ただ早いだけじゃだめ。一丸とならないと。
だいたいここで初めて数分の差がついてしまいます。この差を挽回しようと思ったら、アルプス、ピレネーの山岳ステージまで待たなければなりません。
いまのところアームストロングもウルリッヒもベロキも好調そうです。

ところで、このビデオを見るのが大変。昼間、眠くてたまらなくるのです。サッカーファンなら同じような経験があるだろうけど、これが20日間続きます。

昼に30分でいいから横になると後がとても楽なのでそれを実行してます。
それと「モノカキ」の時間をぴかぴかにしておきたいので、時間の使い方をいろいろと工夫したり考えています。そんなに詰めて考えることなく今まで来たけれど、レベルを上げないとなにもできなくなりそうなので。

「あとで」というのをなくすこと。それと集中しきれるようにすること。その二つでだいぶ改善されてはいると思います。

書くことについては、とにかく24時間ずっと意識の隅にはあるのだけれど、その事だけを考え抜く時間をもっと大切にしたいなと思います。
わりとフィジカルな事が大きな役割を持っていそうな気もするんですけれど。体重多いかなぁ、とか。
ぼくは身長が高いから太っては全然見られないんですけど、ロードレーサーで走りまわっていたころに比べたら太ってる。

運動量が少なくて、しかも年齢による代謝の低下も考えると、食事なんですよね。
そんなに食べていないんだけどな。
まぁ、間食を止めればすぐに落ちると思っていますが。

BLOGという新しい「場」を確保したので、そこに一つの作品を軸にした世界を創ろうと思っています。そのためにも時間の使い方にもっと神経を使いたいと思ってます。





2003年07月08日(火) 3 ピーシーズ

今日から作品の制作に入ります。少し無口になるかも。
ひさしぶりにモチーフが「現れた」ので、最後まで つきあいます。
どう書くかはまったくの白紙。たぶん3つの話を繋ぐものになると思います。

サイトのほうの記事として、それと連動して取材にいきたいところがあるのですが
ちょっと身動きが取れません。なんとか動けないかな。

それにしても雨がよく降ります。梅雨だから当然といえば当然ですが。
ちょうど今、ほんとに久しぶりに青空が出ています。
今だけなんだろうけども。

今朝、ズームイン朝で、尊敬するのはマイルス・デイヴィスだという新潟県六日町の小学5年生がでてました。彼らの修学旅行が取材対象。子供達だけの班単位でまるまる1日、東京で行動するんです。けっこうやるもんだよね。
事前の調査がネットだから、細かい所までチェックしてました。だから個人の自由時間に「新星堂」に彼が走ったのには、おぉ、と思ってしまいました。

家では少ない小遣いで少しづつCDを集めていて、なんとチャーリーパ―カーの珍しいCDとバド・パウエルのベスト盤を持ってた。聴き始めたきっかけはジャズ喫茶で聴いたことだそうで、田舎にはこういうジャズ喫茶の凄いのがごろごろしているのです。「所有しているレコードと音と雰囲気が日本一」と折り紙がつけられているのは岩手県にあるし。
きっとお父さんかお母さんに連れられて、昼間に覗いたのかな。

昨日書いたような、自分が小遣い握り締めてレコードを買いに行ったころを思い出していました。
学校で決められた小遣いは5000円。そこから家族へのお土産を浅草で買い、残りで1枚のCDを。
「Miles in Belrin」。
渋いね。確かマイ・ファニィ・ヴァレンタインが入っていたと思うんだけど。

ジャズ喫茶の凄いのはあるけれど、CDを手に入れるのは大変だと思う。まして子供だから。
今日は彼に敬意を表してマイルスを聴きます。



2003年07月07日(月) イン・マイ・ライフをよく聴きます。

ごたぶんにもれず、ぼくも世代の影響下からか若いころ、ビートルズやストーンズの洗礼を受けたくち。といっても世代的には団塊の世代の終わったあとだから、うしろの「ツッパリ=ヤンキー」に挟まれた「しらけ世代」なんやけど。

ジミヘンもビートルズもドアーズもストーンズもラスカルズもいっしょくたに聴くハメになった世代やね。「ビートルズしかない世代」じゃなくて、「世代の中でビートルズを選んだ人がいる世代」のハシリやと思う。

それがだいたい中学2年ぐらいかな。兄貴や姉貴が団塊の世代の真中にいたりしたらビートルズも聞いている奴もいた。でもどうかな。ビートルズって「軟派」みたいなイメージがあって、なんだか男らしくない、みたいなとらえ方がされて、それで遠回りした人もけっこういるもん。ずっとあとになって聴いてみて、なんやめっチャええヤンか、と悔しがる声を何度も聴いたもの。

ストーンズはだいたいもっと聴く奴が少なかった。知ってるのは「テル・ミー」ぐらい。よりによってストーンズを中2で聴くのはそうとうひねてた。
音なんてクリームやヘンドリックスの方が断然カッコ良かったし。

で、ぼくはジミ・ヘンドリックスとマイルス・デイヴィスとディランを聴いてた。もちろん友人がいたから。彼の兄貴のコレクションを聴かせてもらってたんだ。
ヘッドフォーンをつけてジミヘンをはじめて聞いて、「ファイア」だったかな、音が右から左へ飛ぶのを聴いてそれこそぶっ跳んだクチ。
友人の兄貴はストーンズだけは持っていなくて、ビートルズを聴かせてくれた。だけど「イエロー・サブマリン」だったんだ。パンチあれへんね。なんて友人といって、すぐに聴くの止めた。あの時、リヴォルヴァーかラバー・ソウルでも聴かされていたら、たぶんぼくの人生はずいぶん変わったと思う。

ストーンズの「夜をぶっとぱせ」(Let‘s spend the night toghether)が大好きだったぼくは、クリームをはじめとするブリティッシュ・ロックのコレクションを始めた「ぼくの兄貴」に対抗してストーンズのレコードを買おうと心に誓った。で、生まれて初めてのバイトが本屋の配達。そして買ったのがストーンズのベスト盤「ディセンバーズ・チルドレン」。シングル・ヒットをまとめてはアルバムを出すというスタイルをぶち壊したのはビートルズで、ストーンズもその後を追っていたけど、アルバムが作品だ、と胸張れるんわ「べガ―ズバンケット」ぐらいからじゃないかな。だけど「ディセンバーズ・チルドレン」は名盤ですよ。

とにかくそれからはずっとストーンズ。ビートルズを徹底的にききだしたのは、京都の木屋町にあった「六本木」というビートルズ専門の店に行ってから。
すべて聴いた。歌詞を憶えるぐらい。「ラバーソウル」や「リヴォルヴァー」に完全にまいった。「SGPロンリーハ―ツクラブバンド」や「アビィロード」が優れた作品だというのは何度も聴いていたからわかっていたけれど、その前のビートルズがめっちゃよかったんですよね。
ストーンズもビートルズもそれからはまんべんなく聴いてます。

最近コンテンポラリー・ハワイアン、ケアリ・レイチェルの「イン・マイ・ライフ」をよく聴きます。今まで聴いた「歌われたビートルズナンバー」のなかでも最高のほうじやないかな。ハワイのチャントに導かれて始まるジョン・レノンのシンプルな歌詞。ケアリ・レイチェルの声も素晴らしく、毎朝かならず聴いてます。

オリジナルの「イン・マイ・ライフ」は「ラバー・ソウル」に入っています。もし14歳の時にこれを聴いていたら…。
やっぱり変わらへんかな。よさがわかるのがいつか、誰にもわからないことだから。

ほな、ね。




2003年07月06日(日) by myself

今日はゆったり。
昨日はクーラーのオーバーホールで蒸し暑い時間を過ごしていたのです。
今日からクーラーも快調。

「計画」は3冊目に入り、「つめたいよるに」を読んでいます。これは短篇集。
この稿が平成5年に書かれているということは、やはり「世界を肯定的に捉える」という脈は延々と引き継がれていたんですね。なんだか感慨があります。

これぐらいの長さで、吉行さんの言う「詩よりも詩的なもの」を書ければと思います。否定的=ネガディヴなものを書くと、書きながらにして思考停止のような状態になるんですよ。そこから一歩も踏み出せない、というか。

なにもアジテーションや大きな括りの話ではなくて、「生きていく」物語が書きたいですね。たとえ登場人物が死んだとしても。

そういう意味ではゴザンスのお題には感謝です。
それを考える事で出てくるものがあるから。ほんとに一種の訓練でもありますね。

アウトプットの癖のようなものができて(いるかな?)、ちいさな物語の積み重ねによる一つの物語の形成、というやり方を考えています。

今日聴いてる音楽はQuiet Moment Hawaiiです。
外はずっと曇り。

それでは
きゅるきゅるきゅる。



2003年07月05日(土) 意識の高速回転

毎朝、トマトの熟れたものを3つぐらい獲りいれて朝食で食べてます。
「通い」の猫たちも物干しでくつろいでいて、近所のボス猫、通称「トトログロ」がくると隠れてやり過ごしたりしています。家の中の猫たちもころんころんと遊んだり寝そべったり。犬たちも10歳を迎えてすっかりデンとかまえるようになりました。

毎日、空と緑と街と人を見て過ごし、「東京大学物語」(江川達也)みたいに、意識の高速回転から言葉がこぼれたり。いつまでも忘れられない風景(シーン)がアタマに焼きつけられたり。
あの漫画には「○○秒」という書き込みがあったけれど、ほんとうに言葉を意識して、浮かび上がるのはコンマ数秒の単位じゃないでしょうか。

そして高速回転して出てきた言葉は、とにかく書くなりして、さらに意識化する事が大事だと思うようになりました。「出してしまう」という事。作品として発表はしなくても、外在化してストックした方がいい。悲しいかな人は忘れてしまうから。あるいは変形させて腐らせる事もあるし。

で、高速回転というのは止めると、とたんに錆びついていくんじゃないかという恐怖感もあります。一方、意識をきゅるきゅるとまわし続けていると、小池真理子さんのようなこともあります。

あっというまに「恋」(小池真理子)を読破した文庫本主義者とそんな話をしました。
「恋」は天啓のように閃いた小説だと後書きにあったそうです。書きながら進めていくというのではなくて、最初から終わりまですとーーんと見渡せてしまったのだと。これこそ「意識の高速回転のプロ」の為せる技じゃないでしょうか。

あるいは日ごろからそれを繰り返していたからこそ、おきたものかも。
ぼくには書く前にそれがあるのと、書きながらそれがおきていくのと二通りがあるような気もするんですが。「それ」とは「意識の高速回転」です。

それはさておき、小池さんはそれで食べていけるのなら、短篇ばかりを書きたいそうです。じゃ、それを読みましょう、ということになりました。手元にないので奴は先にエッセイを読んでいます。保坂さんは「季節の記憶」から読み始めていくとのこと。(「猫に時間の流れる」は二人とも読み終えてます。)

で、ぼくの「江國読書計画」は「こうばしい日々」を読了。この文庫に収録されている「綿菓子」のようなやり方には、とても興味があります。掌編を繋いでできあがる短篇のような。
 素晴らしい詩を読んでいるような気になる、そんな数行がちりばめられている江國さんの小説、いいですね。

なんだか超掌編あるいは散文を書くことがふえてます。
詩ももちろん書きます。
「意識の高速回転」を意識する事はもちろんですが。

日々新たなり、でありますな。





2003年07月04日(金) 文庫本主義者

クーラーがいかれてしまって水漏れがして、バケツで水を受けながらの生活です。
ジャンにとっては死活問題ですから至急明日修理です。オーバーホールしないとだめみたいです。
 最近よく登場する「文庫本主義者」のこと。
最近、あまりにたまった文庫本を整理したそうですが、400冊引き取ってもらって、500円の図書券1枚だったそうです。すぐにそれで文庫を購入したそうですが。それだけ整理しても奴の本棚にはびっしりと本が…。ぼくのCDの多さを責めるけれど、人のことは言えまい。これに関しては。
 ミステリから始まったという読書歴は小さいころの「エミールと楽しい仲間たち」が出発点だとか。40年以上昔ですが…。ぼくはさっぱりわかりませぶん。
 若かりしころ、これは凄いと思ったのはカトリーヌ・アルレーのシリーズだったとか。まぁ、あとは恐るべき読書量ゆえ、ぼくからは窺い知れませぶん。

 ぼくの小さいころの最大の愛読書は「アルセーヌ・ルパン全集」。いろんな人にかぶるからじっと黙ってました。日本文学はずっと後になってからです。
 文庫本主義者のような、世代がぼくより上の人たちは本をよく読んでる人が多いですね。だから、いわゆる起承転結やトリックの流れだとかは読んでるうちにわかってしまって、全然新鮮味がないようです。そうじゃないのが新鮮だ、ということで今、保坂和志さんを病院で。小池真理子さんは家で、それぞれ読んでいるそうです。お母さんが入院なさっているので。
 昨日きいたら、小池さんは「昔ながら」というところがまだある、と。短篇に期待するとのこと。(今「恋」を読んでいる所です)断然、新しいのは保坂さんだそうです。
江國さんも。で、ぼくは江國さんを読まされているわけです。今読んでいるのが「こうばしい日々」。
 そんなこんなの日々あります。
あ、今日、昨日ぐだぐだ書いた800字をアップしました。
サイトの「文滴堂」でご覧くださいませぶん。



2003年07月03日(木) 800字

ゴザンスのライティングスペースに作品を書きこんで発表させてもらっている。
最初はまったくの自分の感覚でルポというかエッセイのようなものをアップするつもりで始めた。

メルマガとしてのゴザンス編集部では、ライターそれぞれのテキスト以外に、「800字で、指定されたいつ・どこで・誰がの三題を折りこんだ作品」「その号のテーマに即した作品」「指定された言葉をアタマにつけて作ることばあそび」「時事関連で指定されたテーマ」などをライターから募集している。

ゴザンス・ライターと呼ばれるゴザンスの「場所」を借りて発表し、同時に自分名義のメルマガとしても読者に送っている人たちは1000人を超える登録があるという。

アップされている最新原稿一覧を見ていると、そのうちの何人かが毎回きっちり、これに反応してテキストをアップしている。そのうちの優秀なものはメルマガ・ゴザンス・マガジンに掲載されて「ネット」に流れていく。

最初は無理だと思っていたけど、ずっと書いてる。
まず書けたのは「テーマ」。次に「800字」それから「ことばあそび」。
あーでもないこうでもないと頭をひねっているのが、訓練になってはいると思いたい。せめてね。

「テーマ」はあまりに守備範囲内と違うとたじろぐけれども、「クローン」以外は何とか書いてきている。「800字」はストーリーを組みたてたり、長さのことを考えるのが癖になってしまった。
今回のお題もすでに出ていて、もう書き出している。

そんな話を今日、友人としていて「自分のスタンスをなくしてないか」と指摘された。別になくしてない。媚びてもいないと思う。ただ自分の作品かといわれると、わからない。「ゴザンスの作品」だと思う。言葉が指定されているのだから。
指定された言葉をとって書きなおせば自分のモノかもしれないけれど。

あわせて書くのはいいけれど、自分らしさをなくすなよ、と釘をさされた。
いいやつだよね。

ぼくは「自分らしさ」というのがどんなものなのかさっぱりわからないし、たぶんわからなくていいと思ってる。
読んだ人が「あいつらしいや」と言うものだと思ってるから。

彼がいうのも理由があって、いつのまにかゴザンスのテーマ以外に書かなくなっているように見えるからだろうな。
公募した作品は選を通らなければ、世界にはでていかないから。

気がついてみればメルマガに登録している人がありがたいことにゼロではなくておられるので、その人たちめがけての作品を書いていこうかなと考えてます。
オリジナルでね。

800字も続けていこうと思います。修行やね。



2003年07月02日(水) さても見事に晴れました

今日だけの快晴だそうです。明日からまた梅雨。
それにしてもまぶしい。夏、です。陽射しも日陰も風も。
またトマトをとりこまないと、割れるのがでてきそう。

ところで最近はホームセンターなどに行っても緑のモノばかり見てます。観葉で外でも栽培できるものとか、オーバーグラウンダ―のもの。
緑の葉のいろんな形が面白いんです。花は桔梗を植えました。


最近はとにかく本を読んでます。書いてます。
音楽はハワイアンとジャズと「踊る太陽」。
「踊る太陽」オリジナル・ラヴ/田島さんですね。「最近でいちばん甘酸っぱいアルバムになった」と京都新聞のインタヴューで答えておられた。
リーゼントもカッコイイです。作詞陣には松本隆さんはもちろん町田康さんも。

さてと書きかけのものはあったかな。うーーん、なんにもない。
こういう時は読書と下書きですね。
もちろん散歩も

小川洋子さんの「博士の愛した数式」の感想文を最初の課題にして今月は始めようと思います。詩の感想も書きたいな。

今月も書いていきます。



2003年07月01日(火) 時評を読みながら

京都新聞の文学関連のコラムはけっこうまじめに読んでます。新刊が膨大に出るし、いわゆる文藝雑誌はまったく買わないから、余計にそうなのかもしれない。
あ、こういう本が出ているのか、とか面白い指摘だな、とか。そういう程度ですが。
石川忠司さんと川本三郎さんの記事かな。あと、無署名の記者によるコラム「座標軸」。これは結構シビアな話がのります。

たとえば今年の直木賞の選考がいやな余韻を残した事とか。それはけっこう深刻で、この賞の意義すら低下させかねないほどだったといいます。
ゴシップに止まらない「事件」ではあったようですが。
実に『後向き』。

前向きな、創作に関する話の方が面白いのはまちがいないです。
先週だったかな、石川さんの面白い指摘があって、「文学」として「ひきこもり」と「全共闘」の、それぞれ世代を引き受け、時代を引きつけた論考の著作は出るけれど、それだけじゃないだろう、と。
「ひきこもり」「全共闘」のあいだに「つっぱり」ってのがあっただろう、と。これを書く人はいないのかね。という指摘でした。
大上段に振りかぶるよりも、「日常をもっと書いてもいいんじゃないか」ということ。そういや、ないですね。

音楽でいうと「はつぴいえんど」から「キャロル」への移行したころ。
この二つのバンドが、似た質を持ってるって書いたら、みんなたまげるかな。
「はつぴい」が解散しなくてバンドを続けていたら、一度はロックンロールへ振っていたとぼくは想像してました。「ラジカル」という文脈で。どんなにおしゃれになっても「大衆」から離れないスタンスがあったから。

それぐらい「キャロル」の登場は斬新でセンセーショナルだった。「誰もやらなかったところをやる」という点でも「はっぴい」と重なる…。

まぁ、それはそれぐらいにして。文学、ですね。
で、現代詩手帖をやっと読み出したぐらいなんだけど、文芸誌として「新潮」を読んで見ようと思ってます。
小川洋子さんの新作を読みたいと思ったので。タイトルが「博士の愛した数式」。
三島由紀夫賞を受賞した舞城王太郎さんの話題もよくでますね。「阿修羅ガール」。未読ですが「荒削りの文体が特徴」とか。ふーーーーーむ。

何を読んでいるかというと江國さんの本です。まだまだ続きます。
その次は小池真理子さんの「短篇」が待っているという…。
そういえば小池さんの直木賞は満票だったのでした。「恋」という作品。

短篇の次かな。
あ!詩を書かねばいけませんね。
ではでは。



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