| 2006年08月31日(木) |
夜に激しい雨が降っている。明日の朝は涼しいのかな。 |
明日のメルマガ配送予約とメルマガ対応ブログの公開予約を済ます。 今週は病院に行く用事がやたらと増えて、あっというまに過ぎていく気がする。明日はもう金曜日だ。 (ぼくが患者ではありませんから)
「新潮」9月号。多和田葉子さんの小説「レシート」を読み出す。 慌てないで読む。スロー・リーディング。
スロー・リーディング、スロー・ライティング、スロー・リスニング…。 十代の頃は小遣いを貯めて、情報を集めて、絞りに絞ってレコード一枚を買って、 次の月まで徹底的にそればかり聴いていた。曲名も参加ミュージシャンも全部覚えてしまい、 英文のライナーを辞書片手に訳してた。もちろんメロディも口笛で吹けるぐらいになったりね。 早い話がそんなふうにするということ。
ゆっくりと、だけど止めない。
大勢の鴉が低空を一日中飛んでいた。まるで街を徘徊するように。 夕方の散歩で気づいて、しばらく鴉の様子に見入ってしまった。
今日は、ここに三日と同じく不安定な天気。 基本は曇りなのだけれど、激しい俄雨がある。そして時々晴れ。気温が高いから蒸してしょうがない。
屋久島万年筆の調子が悪いので、ハワイのコナ・ボールペンを使った。 コナ材の硬くて重い質感が気持ちよかった。 するとボールペンのインクがなくなる。カートリッヂがどこのものかわからないので、本体持参でステイショナリーへ。パーカーのものとわかる。
しばらく書き続けるけれど、やはり万年筆の方がいいので万年筆を引っ張り出し、ペン先の調子を何度も確かめたり、洗ったりすることに時間を費やす。
「婦人公論」の定期購読をやめ、「新潮」の定期購読に切り替える。 「婦人公論」は詩の号だけ書店で買い求めることにした。
明日ぐらいに「新潮」9月号が遅ればせながら届くと思う。 多和田葉子さんの小説が楽しみだ。
10月号か11月号から平野啓一郎さんの長編小説の連載が開始される。 平野さんの「スロー・リーディングの実践」をもう一度読み直している。
| 2006年08月28日(月) |
トゥーツのハーモニカ |
トゥーツ・シールマンスのハーモニカを、一日のうち何度も聴きながら過ごした。
少しゆっくりとしたペースでいろんなことをした。 朝、猫たちが歩き回っている白い「物干しデッキ」をぴかぴかに磨いた。 金曜日発行のメルマガの原稿を書いた。 新しい短編小説を書き始めた。 レイモンド・カーヴァーの短編を二つ読んだ。
ゆっくりと、だけど止まらず。
| 2006年08月27日(日) |
少し曇り空、夕方豪雨 |
川上弘美さんの短編「海石」(ku:nel 2006.9.1号)を読む。 文章のリズムが好きだからぐいぐい引き込まれる。 そして「またしても」突拍子もない物語。「椰子椰子」で免疫がついているとはいえ、ははあ、そうきますか、とおいしく味わって、楽しんでいる。 この人の発想はほんとにとんでもない。 おもしろいなあ。
そういえばku:nelに掲載されたものと未発表の作品をあわせた、短編小説集が発売されている。読んでみようと思う。
最近、本がよく読める。 それがとても嬉しい。
| 2006年08月26日(土) |
「気晴らしの発見」山村修 を読んで。 |
「エッセイ(物語)」は、「私」が不眠症になってしまうところから始まる。 それがどれほど苦しいかは、読んでいるうちにたぶん誰もが渋面になり、辛くなってくるであろうと思われるほどである。
「私」は様々な手を打ち、原因を探り、打開を図る。原因はストレスではないかとほぼ確信しつつ「私」は心療内科で診察を受ける。するとやはりストレスが原因である、と。 そして同時にストレスによりコレステロールが増大していることを知る。それが高脂血症を招いていることも。
ここからが「私」らしいのだが、「心因性」というものに対して根源的な不信感をもっているとしか思えない「私」は、「コレステロール」という「とっかかり」を得て、次のような戦略をとる。
…いっそのことその因果のつながりを逆転してみたらどうだろうか。コレステロールの量を低減すれば、ストレスの状態をゆるめることになる、と。 ストレスのような「心」のことがらに「心」をもって決着をつけようとしても、それは至難の技である。暖簾を腕で押すよりもなお、つかみどころがない。そう思えばこそ、これまで私はストレスに対して手をこまねいているばかりであったのだ。「心」のことがらは、いっそ「物」で対処してみてはどうか。コレステロールという「物」を逆手にとってみてはどうか。…(第二章より)
そこから単純に「癒し」という言葉・概念に走らないこと。そしてそれをを追求しないところがぼくは好きだ。そうではなくて「気晴らし」の演習が始まるのだった。気を晴らすのだ 。
子細はここには書かないけれど、頭脳にはイッセー尾形の笑いを浴びせ、その他、基本的には身体から解そうとする戦略である。そのメソッドが綿々とつづられていく。 そんな中から「私」は「私」なりの青空を発見する。自分が青空を「みる」ことでほぐれていく実感を手ににしたのだ。この「みる」は「観る」と表記したい。つまりイメージするのだ。 「私」にとって好もしい「青空」のシチュエイションが延々と箇条書きで列挙される。立派な観想以外のなにものでもない。この箇条書きは圧巻である。
そうして演習の最終局面で「私」はイッセー尾形と一人芝居をともに作り上げてきた、演出家森田雄三さんのワークショップに参加「してしまう」。これが強力な「もみ玉」となる。 この章はドキュメントとしておもしろいし、ぼく自身、大変参考になるる内容が詰まっていた。さまざまなメソッドを消化しながら最後は参加者全員が小説を書くのだ。 「私」はワークショップでさんざん揺さぶりをかけられる。そして次の言葉に行き着く。
…これまで私は、何をやっても、いわば自分に向かって、ただ独り言を口ごもっていたに過ぎないのだ。(中略) ワークショップに出ることは、自分の外に出ることだった。その体験が、めぐりめぐって私の病んだ部分に効いているのだ。(中略) 言葉こそ、心のもみ玉。大切なのは言葉だ。(中略) 言葉は人の頭の中にあるのではない。体の外へ出て、人が耳で聴いて、目で見て、それではじめて言葉になるのだ。そして言葉がめぐりめぐって身体をほぐすのだ…
…気晴らしは笑いだ。うらうらとしたうれしい心のさざ波だ。そのさざ波は、おそらく「言葉」 が起こす。…
一種のカタストロフィーが起きている。筆者は一言も書いていないけれど「鬱病」からの生還にとてもよく似ている。 (W・スタイロン「見える暗闇」・新潮社のなかで述べられている不眠とそれに続く意識しなければ一歩も動けない状況、そしてブラームスの「アルト狂詩曲」によって突然、心がよみがえったという記述の周辺はこの「気晴らし〜」を読んでいる間ずっとオーバーラップしてきた)
ストレスを抱え込むタイプの人は、いる。無縁の人も、いるようだ。 抱え込むタイプの人は「私」のように、粘り強く意識し続けねばならない宿命がある。 何をなすべきかの一挙手一投足まで、気を晴らさねば動けないのだ。
ストレスに麻痺して身動きがとれない。午前一時に目が醒めたらもう眠れない。そんな人に一読を勧めたい。 この本にある明晰さへの意志。おあつらえの価値観や方法論への無自覚なよりかかりを排除する意志。自前の「青空」を見つけようとする意志。じっと自分自身を見つめる眼。 それらはきっと参考になるだろうし、生きていくヒントをはらんでいるように思えるからだ。
そして当然のことながらストレスに意識的である人でなければ「痛み」は理解できないという感想を持ったことも付け加えておきたい。
●「気晴らしの発見」・山村修著・新潮文庫
久しぶりに母と長い時間、話をした。 親子のことを書き連ねたところで、恥ずかしいだけなのだが、おかげで今日という日はちいさく輝いている。
父のこと、医療体制のこと、母の友人のこと…。 放っておいたら、いつまででもしゃべっていただろう。 二人で時々窓から青空を見ていた。
| 2006年08月23日(水) |
スロー・リーディング |
山村修氏の本に先立って平野啓一郎氏の「本の読み方…スロー・リーディングの実践」を本屋さんで見つけ、読み始めた。
「速読」がすごい才能のように世間では喧伝されているけれど、その逆の「遅読」のすすめである。 これは山村さんの本のタイトルでもあるし、大江健三郎さんがずっと主張されていることでもある。 平野さんはそのお二人についても言及されていた。 なにかの「一致」がありそうだ。
冒頭からぐんぐん説得されている。まさにこの本をスロー・リードしてみようと思う。 書くことへのフィードバックもきっとある。 蛍光ペンを持って本かを読むのは久しぶりだ。 これから欠かせないアイテムになると思う。
1冊の本を徹底的に読むことは、10冊、20冊を読み飛ばす以上の価値がある、と。 先へ先へ、ではなく奥へ奥へ、という読書法。 そういうふうに意識しよう。
メルマガの記事を書く。 あとは画像の整理だ。 明日は大阪へ行く。ひさしぶりだ。
昼過ぎ、近所に雷が落ちた。それを合図に激しい雨が一時間ほど降った。 植物たちには恵みの雨である。 いやいや命あるモノすべてに恵みの雨だったろう。
その時、虚血性の発作が起きた。原因はわかっている。寝不足からくる脱水状態である。 首の後ろが詰まったような感覚になるのが合図で、左半身からゆっくりと感覚が消えていく。 薬を飲んでいるから強烈な発作にはならない、と自分に言い聞かせる。それから鈍くなっていく体を運んで、水をコップ一杯のみ、横になる。
目を閉じていると、痺れのピークがくる。 顔左半分の皮膚がひりひりするのが「しるし」。 手足の指を動かしながら安静にしていると、10分ぐらいで嘘のように症状は消えていくのだ。
雷が鳴って、雨が窓を打つ。 静かな気持ちになる。 この「発作」の繰り返しの何回めかに命を落とすと思う。 死ぬ寸前に、強烈な発作がきたら指も体も口も、脳もなんの発信もできないだろう。
しゃべることも書くこともできなくなる。 けれど、誰か隣にいてくれて、アイコンタクトや手を握ったり放したり、頷いたり首を横に振ったりして意志を伝えることができれば、 「言葉を失う」という意味で考えると、まだ「言葉」は生きている。
そもそも「言葉」なしで生きていける人間はいない。 人間にとって言葉は「生命」だ。
発作のたびに言葉の大切さを思う。 仮に自分の生命が危機に瀕したとき誰もいなくて、自分で自分自身を励ますしかない場合でも、浮かびあがってくるのは想いの中の「言葉」だ。 あるいは言葉によって想起されたイメージだ。
そんなことを考えていた。
| 2006年08月21日(月) |
something in the way she moves |
婦人公論の9/7号が届いた。 「詩」のフォーラムでは、投稿仲間のRさんが佳作に選ばれていた。 「ぼくら」のどちらかが何かの選に入るということが、粘り強く続いていると思う。 今回、ぼくは選外。がんばらねば。 ただ、Rさんの詩もそうなのだけれど、いつ投稿した詩が採用されるかわからないのが このコーナー。締め切りがないのだ。
海に向かって小石を投げ込むような、あるいは逆に海の水を 貝殻で掬いだしているような感覚になるときがある。 それでもまだ投稿は続ける。
「狐」というペンネームで書評を書かれていた山村修さんをご存じだろうか。 彼の本を読んでみることにした。
今日も暑い。 母の今後のことでいろいろと考え込んでいる。
ここ数日の間に、京都市内のほとんどの町内で地蔵盆が行われた。 路地の奥や、町内のどこかにお地蔵さんの祠があり、(たいてい子育地蔵尊)その前に特別の供物をし、お坊さんに読経していただく。それがメインイベントで、周りにはテントが立てられ、床机が置かれ、道路にはゴザが敷かれ、子供のための様々な催し物が開かれる。
床机ではおばあさんたちが団扇片手にゆらゆらとくつろぎ、お母さんやお父さんたちは設営、運営、そして老人と子らの世話に忙しい。 もちろん子供たちには特別のプレゼントがあり、お菓子も振る舞われる。 この日ばかりは子供天国なのだ。
うちの町内にも地蔵さんがあって、毎日掃除をし、仏花をお供えしているけれど、数年前から子供がいなくなった。
だから、うちの町内の地蔵盆はあっという間に終わる。 午前9時に供物や仏具を調え、午前中にお坊さんに読経をしていただき、お布施を渡す。 そしてお昼にはもう撤収している。 お供えを町内に分けて配り、あとは元の路地に戻るのだ。
西隣の町内は子供がとても多く、そこは朝から夕方までやっている。 さらに子供の多いところは二日かけて行われる。盛大だ。
うちの町内では、団塊の世代の人たちが新たな家で新たな所帯を構えるために郊外へ出て行った。子供がいなくなった。そして残された老人が一人、また一人と亡くなっていく。 そんな理由で地蔵盆はほとんど形だけになった。
いっそのこと隣の町内と合同でやってもいいんだけれど、それでは町内のお地蔵さんがかわいそうだから、と半ば意地で続けている。
今年も天竜寺から若いお坊さんがきてくださった。 暑くて燃えあがるようなアスファルトの上を、木魚の「ぽくぽく」と読経の声が流れていた。
涼しく感じるから不思議だ。
銀閣寺に「豆かん」を買いに行った。 「豆かん」といっても、ほとんどの商品は具が幾種類も入った「みつ豆」のようになっている。 本当の「豆かん」は寒天と豆だけで、そこに黒蜜をかけて食べるものだ。
たぶん古いスタイル。だけど本来のオリジナル。そんな「豆かん」を売っている店がとても少なくて、ようやく数年前に銀閣寺でお店を見つけたのだった。
この店が繁盛しだしてから、結構オリジナルスタイルの「豆かん」を売る店が増えたんですよ、と女将さんがいう。
銀閣寺に行ったついでに哲学の道界隈を少し歩いたけれど、夏草が繁ってずいぶん荒れていた。 昔いったことのある喫茶店「ZIGZAG」はお好み焼きやになっているし、「MacCalls」はどうなったんだろう。
このあたりがミステリアスな雰囲気だったのは遠い昔のことだなあ、と歩いていると「銀閣寺アパート」が昔のままで残っていて ここに住んでいた京大法学部のKのことを思い出した。彼は今、大阪で弁護士をしている。
家に帰って「豆かん」を冷蔵庫でもう一度冷やし直して、三時のお茶の時に食べた。 あっさりしていていいね。
台風の余波であろう強い風が昨日から吹き続けている。 気温は高く、空気は乾燥している。 昨晩の五山の送り火は無事、終了したようだ。
ぼくは洛星高校の4階テラスから大文字と左大文字を見た。 周りは近所の人たちばかりかと思ったら、ぼくの横には群馬からの大学生が三人いたし、 後ろには大阪からきたという人もいた。
この高校がテラスを開放していると、よくわかったものだなあ。 地元以外にはなんの告知もしていないんだけれど。 たぶんクチコミ、もしくは。
「送り火」。 年々、ヴュー・ポイントが少なくなっているようだ。 鴨川の川面に映る大文字、というのはもうできないんだろうな。
今日は明日のメルマガ配信準備をした。 明朝、5時の配信である。
ホームページのアクセスが三万千件を超えたぐらい。 日記へのアクセスが五万二千件を超えている。 年数をかけてのことだ。一日のヴューの数はそれほど多くはない。 無料メルマガの読者数はスタートから数が違う。 それと毎週確実に読者の方にメールとして残るから、「数」の意味も違う。
緊張感がずっと続いている。 来週はどうしようか。 それを考えるときが怖くもあり、楽しくもある。
またしても体温近い気温。 お盆ということもあって街は静か。
読書は文庫のレイモンド・カーヴァー傑作選を読む。 村上春樹・選のもので、村上さんは「カーヴァーズ・ダズン」という本のタイトルを付けている。
「DOZEN」だから1ダースの短編と詩が集められているけれど、実は13篇集められている。 (何故、13なのかは巻末に書かれている。)
詩と短編だけを書き続けたレイ。50歳で肺癌のためになくなりました。 (村上春樹さんは短編のすべてを訳しています。) その限られた作品の中から特に訳者が好む作品が並んでいます。 どれも胸にしみてきます。
ヘミングウェイ以降のアメリカの作家というとプローディガンが好きだし、タイベックも好きだけれど、レイモンド・カーヴァーはぼくの中では特別な存在になっています。
| 2006年08月14日(月) |
「みざる」 「きかざる」 「いわざる」を見る |
四条の大丸京都店へ「新世代の日本画展」を見に行った。
新世代。 プロフィールを見るとほとんどが70年代生まれの方だ。(おひとり`68年生まれのかたがいた)
日本画といっても題材や画面は至って自由であり、洋画との違いは画材や絵の具、手法が違うぐらいだ。 ただ絵を見れば、やはりそれは「日本画」なのだけれど。
もちろん竹林柚宇子さんの絵を目指していった。 それが「みざる」 「きかざる」 「いわざる」の連作。 「尖展」の作品と繋がっているような人物の造形。というかそのまえの喫茶店の壁を巡っていたた作品でもそうだったけれど
身につけているものがどんどか削がれていって 顔と指の表情以外は、なにも属性がない人物である。 透明になるぎりぎり手前という気がする。 ほとんど透きとおっているといえるかも。
小山美和子さんの犬の絵。 犬好きとしては、ついつい見入ってしまう。 潮由起子さんの植物。 淡い画面に淡い色。とても優しい。 田島周吾さんの不思議な静物。 小物がとても存在感がある。 森竹晴美さんの花。 この絵も淡い。風にまぎれてしまいそうな花。 兼若和也さんの「タイルのような布」という感覚の絵。 マツダジュンイチさんの特徴的な薄墨で描かれた四角い造形のパターン。
全体にとても淡い感じがする画廊だった。
それから今日は空いた時間に船岡山に上った。 五山の送り火がすべて見えるポイントの一つとしてネットで紹介されていたのだけれど、たぶんそれは見えないはずなので確認にいったのだ。
やはり無理だった。 「舟形」と「左大文字」は目の前だから見えるけれど「妙法」と肝心の「大文字」が見えない。「鳥居形」はそもそも見ることが困難。 たしか権威ある新聞のページだったけれど、いいのかな…。
山の上をあちこち歩けば、それぞれ火の手があがっているのが確認できるのかも知れないけれど、船岡山の頂上付近は東側の木が大きくなっているから大文字は見えなかった。 それとマンションやビルが増えたから、見るポイントもずいぶん減ったと思う。
今年はメルマガ読者の皆さんのために某高校の屋上に行ってきます。 うまく画像が撮れるといいんですが。 たぶん五山のうち二つの「大」が見えるはずです。
今日も午後三時頃から雲行きが怪しくなり、少しだけ雨が降った。 小川洋子「妊娠カレンダー」再読。 この文庫版用の「あとがき」を思い出して読もうと思ったのだけれど、本文も読んだ。最後の一行が何度読んでも(当たり前だけれど)強烈。
「あとがき」を読み、幻想小説の「なりたち」を考えた。
そのあいだ夕立はしっかり降りだしていた。
昨日も、そして今日も夕方に遠雷が鳴った。 昨日は何も起こらず、今日は夕立が降った。
その頃、ぼくはとりとめもなく鉛筆でノートに何事か書き付けるのを止めて、レイモンド・カーヴァーの「ぼくが電話をかけている場所」(村上春樹・訳)を再読していた。
アルコール中毒についての短編小説である。最初に読んだのはいつだろう。 忘れるほど昔のことだ。
アメリカの小説にはアルコール中毒を真正面から取り上げた小説がある。ぼくが感銘を受けたもののひとつが上記のレイモンド・カーヴァー。もうひとつがローレンス・ブロックの「八百万の死にざま」という長編小説だ。 こういう小説が日本にあるだろうか。 アルコールに寛容な国だから、たぶんないだろう。
あるいは中毒を克服して小説を書いた人がいないのかもしれない。 書こうとしながら溺れてしまい、ぼんやりした頭のずっと奥で、外へ出ようとしていた「声」があったかもしれない。 遠雷のように。
しかし予感だけで消えていく雷が、いつか本当に土砂降りの夕立を運んでくる時がある。 そうすれば少なくとも渇きは癒され、すっきりとした夕暮れが、静かに立ちあがってくる。
「雨よ降れ」 願いは切実だったろう。
早朝、メルマガの配信を確認する。 次号原稿の下書きを始める。来週も画像が中心になりそうだ。
小林秀雄「Xへの手紙」を読み進める。 行きつ戻りつしながら読む。このエッセイとも告白とも読める文章は、一種異様な熱に包まれている。
「俺は」と語りかけてくる文章全体を塊としてとらえると、浮かび上がってくるのは「傷」であるように思える。 すべてを吐き出したい衝動があり、明晰への意志があり、故に彼は孤独である。
…社会は殻に閉じこもった厭人家や人間廃業者等を少しも責めない、 その癖いつも生ま身を他人に曝しているような溌剌(はつらつ) とした個性には、無理にも孤独人の衣を着せたがる。 … (小林秀雄・Xへの手紙 より)
ジャズが聴きたくなった。 ジェシ・ヴァン・ルーラーのTrioを聴く。 ジェリー・マリガンのNight Lightsを聴く。
書くかどうか迷っていた、短い散文を書き始めてみた。 「人」が登場してきたので話は前進し始めた。
灼熱の一日だった。 明日のメルマガの配信予約をすませる。
吉田修一さんの「破片」読了。長崎弁がおもしろい。 「男の」青春は愚かしく、直情で、さわやかで、ずるくて、鮮やかだ。 夏、海、坂の街、汗、女、酒、父と母、兄弟…。 いろいろな「しぐさ」や「動作」が重なって意味を持つように感じるけれど、そうでなくとも単純に一筋には読めない。
最近読んだ本の中では長嶋有さんの書く「女」、桐野夏生さんの書く「ケータイの二重生活」が残っている。 吉田さんの他の本も続けて読んでいくべく横に積んである。実は長嶋さんの「パラレル」もあるのだが、ハードカバーなので内緒なのだ。
来週は五山の送り火。大文字だ。 メルマガにどう書くか考え中。
| 2006年08月09日(水) |
ギャング・ストリート・キヤマチの「にゅわん」 |
木屋町のライヴハウスに行くなんて、ちょっと前なら考えられなかった。 ストリート・ギャングが跋扈する街の夜なんてね。
拙著「光函」のなかに「黄緑のシャツ」という作品があるんだけれど、恋人と歩いていてギャングに襲われた青年、というのは僕の身近であった実話。 職業などの設定は変えているけれど。
この街に来ると緊張する。 と、いっても元々不良だったハイティーンの頃はこのあたりを一晩中うろうろしたし、この街でバイトもしたこともある。
ぼくが巣くっていたのはジャズの店。そこにいないときはビートルズだけをかけている店にいた。 ジャズの店は30年以上続いていて、ビートルズ専門店は潰れた。
「ガロ」があった頃は村八分のおっかけがいた。「ママリンゴ」があった頃はジュリーのファンやデイヴ平尾、柳ジョージ、ルイズルイス加部のファンたちがいた。 火花のような短い「季節」だった。
ジャズを浴びながら、どんなに夜を凝視したって結局、何も起こらなかった。 と、思っていたけれど、夜が人間に刻印されていると知ったのはずっと後になってからだ。夜と、街と、ジャズが。
木屋町は京都のメインストリートのひとつ河原町の裏、高瀬川に沿った通りだ。 この三条から四条のあいだはダークサイド。発砲事件も殺人事件も放火もあった。 喧嘩は何度見たか知れない。
この繁華街にまったく足を向けなくなって何年になるだろう。 昼間は自転車での抜け道にちょうどいいからけっこう走っているんだけどね。
今日の用事は「にゅわん」のライヴ。 バンブー茂にいたタケコさんが東京から久々に京都に来るというので出かけた。
高瀬川を滑っていく風を受けながら、ネオンがぎらつく水面を見ていると 眼の横がひりひりする。 昔の思い出が一気に吹き出てくる。らりっていた男、泣いていた女、死んだ男、消えた女、ミュージシャンたち…。
あの頃と同じ匂いがする。 夜の匂い。水の匂いに似ている。 頭を振って正気を保ち、自転車を柳の木にくくりつける。 めでたい日なんだから、クールにいこうと思う。
ライヴハウスのあるピルはそんな木屋町のど真ん中だった。 早く着きすぎたから河原町へ出て六曜社で珈琲を飲む。 六曜社の珈琲こそおすすめ。ぼくは若い頃からずっとここの珈琲が好きだ。
お店は「アーバンギルド」という。こんなギャング・ストリートのど真ん中になんとも心優しい、クールなスペースがあったものだ。 店はコンクリートの打ちっ放しにアジアンテイスト。 シロップをたっぷり入れたチャイを飲みながらライヴを待った。
最初に登場したのが「ゆーきゃん」というドラムとギターの二人組。 とてもよかった。初めて聞いたんだけどとてもいい。 リッケンバッカーのギターと雲の上の風のような高い声。印象的な歌詞。 すっかり耳を奪われた。
ブレイクタイムに珈琲を注文。(お、ここの珈琲おいしいよ。)
続いて我らが「にゅわん」の登場である。 少し緊張気味だったけれど、二曲目ぐらいからじわじわとパワーが流れ出した。ピアノの音程が少し気になったけれど、ものともせずにタケコさんはゆくのだった。 全曲好きだけれど、個人的には三曲目の透明感が大好きだった。 彼女独特の「節」というか(「グルーヴ」なんていうとかっこつけてるかね)「うねり」があって、それが渦巻き出す瞬間があるんだよ。
で、「にゅわん」が終わると9時を大きく回っていた。 あー!!犬と猫が待ってる!!! 大急ぎで店を後にしなくてはならない時間。 おかげで桜井マミさんを見ることができなかった。残念。
木屋町へ出ると、道は若者たちで混雑していた。 ちょうどチャイと珈琲が効いてきて、カフェイン・ハイで滑るようにすっ飛ばして家に帰ったのだった。
で、今、これを打っているわけです。 ライヴはいいなあ。 音楽のヴァイヴレーション、声のニュアンスが直にくるからね。
素敵な夜でした。 「にゅわん」さんはじめミュージシャンに感謝!! お店のスタッフにも感謝!!
ありがとう。
吉田修一「最後の息子」読了。 「見せ方」がうまいなあ、と感心。もちろんそれだけではない。 小林秀雄「モォツアルト」再読。 桐野夏生「リアルワールド」読了。
吉田さんと桐野さんの作品は「関係」を考える上でとても大切な作品に思えた。 二冊を読み切ってずんっときています。
| 2006年08月07日(月) |
「はんぶんわけてほしい」 |
京都の日本画家、大沼憲昭さんの絵を久しぶりに見た。 日本画としてではない。新聞の挿絵である。 フネに盛られたたこ焼きに楊枝を持った手が伸びている絵。 題は「はんぶんわけてほしい」。 おもわず、口がほころんで、ええやんかこれ、と思った。
もう15年程昔になるけれど、ぼくがまだお酒を飲んでいた頃、よく河原町三条を下がってちょっと東に入ったところにあったバァ「リラ亭」でよく一緒に飲んでいた。
しばらくして、大沼さんは鯉の絵で京都新聞大賞を受賞された。 それからしばらくしてぼくが完全にお酒を止めてから、あまりお会いできなくなった。 そのままぼくはお酒を一滴も飲まずに暮らしている。
不遜ながら、ぼくには大好きなアメリカの作家レイモンド・カーヴァーと同じ経験がある。 その経験について「酒を止めたことが人生で最大の出来事だった」とレイは語っている。 ぼくもまったく同感だ。
レイの再スタートは1977年6月2日である。 ぼくが一生忘れない日は1994年5月7日である。
飲まなければできないというつきあいを捨てて、ぼくは全くの一人になった。 飲まなくなってから、その時間が詩や文章を書く時間になった。
大沼さんは絵を描いている。だから飲もうが飲むまいが彼の流儀である。 ぼくは酒を飲んだら死ぬ。書くことができない。だから飲まずに書く。
ぼくと大沼さんのベクトルは同じである。
京都はとうとう38℃になった。 枚方(大阪の京都より)では38.5℃になったという。
特に正午から3時くらいまでは外に出てはいけない。 というかほとんど誰もでない。 近所の空気は白く感じられ、無人の街である。
繁華街はすごい人なのだろう。甲子園もすごい人だ。 信じられない。 夕方になってぼつぼつ人の姿が現れ、夕闇とともに犬やら猫もうろうろしだした。
そしてもちろん熱帯夜だ。
| 2006年08月05日(土) |
書く前にやってみようかと思っても… |
今日は二日分の日記を書く。 一つは朝のうちにアップしたので、これが今日の分。 昨日のものはノートには書いていたんだけれど、パソコンに写す時間がなかった。 昨夜は加川良の歌を遅くまで聴いていたものだから。
今日から来週のメルマガの記事を書き始めた。 書く前に内田百�里虜酩覆鯑匹鵑如△修離螢坤爐能颪い討い海Δ隼廚辰拭� たぶんうまくいってない。
だいたい内田百�里離爛奪�本に、山口瞳さんが同じことをやって駄目だったと書いておられるし、そもそも百�里修凌佑�、自分の原稿を書くときは他の本を読まない、読んではならないと書いている。 にもかかわらず、悪い誘惑が心に沸き立つのだ。
それぐらい内田百�里諒絃呂倭農欧蕕靴�思える。 こうとなったら書き写してリズムを内蔵してやろうかとも思う。 だいたい、さらに学ぶべきは作品に向かう発想とセンスであって、それはもう毎日でも読み耽る以外にないと、それはそれで確信している。
酷暑であるから外には出ない。 内にこもるなら図書館がよい。クーラーの電気代も節約できるし、本も読めるし勉強もできる。 恋の花咲くときもある。うげぇーっ。
だけどねえ、犬と猫を置いていけない。 仕方ない。
自分のリズムでいこう。
「デッドエンドの思い出」読了。 この短編集の最後に収められていた表題作に作者の思いが噴き出しているように 読めた。文章が少しくどいくらいに。 それだけこの作品は書かずにいられなかったのだろうなと思う。 自分を大切にすることが真正面から、作者自身に言い聞かせるようにきっちりかかれていた。
加川良の歌にあったな、と。あなた自身を大切に、私自身を大切にという歌。 そんなことを思い出していた。
続いて短編アンソロジーの「翳りゆく時間」を読み出す。先頭は江國香織さんの 「リンゴ追分け」。頭の中の風景、そこの空気の感触がさぁーっと「江國色」に染まる。 ああこれは江國さんだなとすぐに反応した。 なんとも鮮やかな物語の切り取り方。まさにSudden Fictionqだ。
文庫本主義者はぼくが以前読んだ車谷長吉さんの「赤目四十八滝〜」を読み終えたところだ。 一晩で読み終えた。 「併し」の多さにと惑ったけれど、文章はよみやすかったという。 どろどろしていると思ったけれど、実はとてもすっきりしている、と。
じゃあ、文庫の「金輪際」も読む?と聞いたら、首を横に振った。 彼女は一人の作家を読み出すと、いつも手にはいるだけの文庫を全部そろえて 一気に読んでいく。 珍しいねというと、「苦手じゃないけど、重いから」という。
一連の車谷作品にみられる「無一物の者」からの視点というのは、 昔のぼくの書いたものにあったという。 だけど案外ね、と彼女は続ける。 「あんたは「そうじゃないほう」が、あんたらしいんじゃないの」という。
そうかもしれないけれど、自分ではわからない。 どの視点で書くか、ということは考えているけれど。
吉田修一さんの文庫が届いたので 「最後の息子」から読み出す。
■やはりぼくは早く読むことはできなくて、ばななさんの本をじっくりと読み進めている。 「デッドエンドの思い出」のうち「おかあさーん」、「あったくなんかない」を読了。
自分の世界を肯定する作品には、柔らかな手触りのような感覚がしてそれがとても切なくて、いとおしい。 明日もまた前進する予定。
■金曜日発行の無料メルマガの配送予約をすます。同時に対応しているブログも公開の予約をすます。 金曜日にメルマガ、というのがリズムになってきた。
■しかしこの二ヶ月ぐらいの読書の振幅の大きさは我ながら唖然とするほど大きい。 冒険しているみたいだ。 で、結局帰ってくるところがあるような気がしてきた。
■見えてくる風景をもっと細部まで詰めているところ。
| 2006年08月02日(水) |
デッドエンドの思い出 |
文庫本主義者が文庫を持って現れた。 ぼくが吉田修一さんの文庫を三冊、ネットで注文したというと、ふんっといって馬鹿にする。
彼女には、本は書店で探し購入するものだという信念があるからだ。 ぼくが注文した三タイトルは全部書店にあったという。
あんたはほんとにアホだねえ、といいながら今日購入した文庫のうち、「翳りゆく時間」(江國さん、吉田さん、山田詠美さんなど7人の作家の短編が収められている)とよしもとばななさんの「デッドエンドの思い出」を置いていくという。 置いていくということは「読め」ということだ。
吉田さんの著作が二、三日で届くからそれまでに読もうと手にとった。 何故これを、と聞くと本の帯を指さす。
<これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。 これが書けたので小説家になってよかったと思いました。 −よしもとばなな− >
こう書かれたら読まないわけにはいかないでしょう、という。 うむ。確かにそうだ。
他にもいろいろと話をしていて、たぶん作家というのはもの凄く読むのが早いに違いないという、なんだかわからない結論に達して、なんだかわかないうちに納得していた。
彼女も読んでいる本によっては、あ、ここははしょっても、とばして読んでも平気だというのがわかることがあるらしい。 そういうのも含めての「早さ」である。
で、一人になってから「デッドエンドの思い出」を読み出す。 まず「幽霊の家」から。 なにがいいって、ていねいだ。すべてが丁寧。
「光」「祝福」「魂」という言葉が登場するんだけれど、言葉が信じられる。 しっかり頷いてしまう。 ぼくはそういうタイプの人間なんだな、とニンシキする。
いい本に出会った。 また彼女に自慢されるなあ。きっと威張るんだろうな。 私の目に間違いはないでしょ、て言うんだろうなあ。 あたってるからしょうがないね。
愛犬のハナが倒れた。 朝は普段とまったく変わりなかったのだけれど、散歩から帰ってきてしばらくすると立てなくなった。 後ろ脚に力が全然入っていない。流れてしまっている。
慌てて、横にさせ、しばらくずっと体を撫で続けた。 少し落ち着いたところでかかりつけの獣医さんに電話を入れ、時間外に診てもらうことに。
時間とともに回復し、病院に着いた頃にはだいぶ立てるようになっていたけれど、まだふらついていた。 レントゲン撮影の結果、股関節の大腿骨を受ける側がすり減っているのと、股関節が少しゆがんでいるのが判明。だがこれが原因ではない。 原因は老化だった。
症状があまりひどくなると、ステロイド剤の投与となる。 犬や猫にステロイド剤は劇的に効くけれど、副作用が凄まじい。 今の段階ではステロイド剤の投与の必要はなく、安静と無理は禁物ということになった。階段の昇降は厳禁。
二階へは抱いてあがることになった。 他に悪いところはないようなので、これからはのんびりと暮らかことが肝要になった。
夜になって、普通に歩けるように回復した。 やれやれ、と一息。 という一日だった。
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