編集グループプSUREに発注していた本が届いた。 セミナーシリーズ<鶴見駿輔と囲んで>の第四巻と第五巻である。
第四巻は山田稔さんをゲストに迎えて「何も起こらない小説」。 第五巻は加藤典洋さんがゲストで「創作は進歩するのか」。
二冊とも読み終えた。 座談形式であるので読みやすい。 刺激に満ちていた。掬い上げたこと、読み取ったことはこれからの創作の伏流水となると思う。
しかし読後でいちばん強いのは、山田稔という散文作家、加藤典洋という批評家の本をもっと読みたいと求める気持ちである。
封筒の下はその時読んでいた新撰現代日本文学全集の幸田文から「ちぎれ雲」。
暖かな日だった。 昼頃から雨が降り始めたけれど、まるで春雨。 大阪の堺から来た友人は、バスの中で汗をかいたという。 外国人観光客のなかにはTシャツの人もいたらしい。
我が家の梅が咲いた。 蕾が膨らみ続けていたからそれほどの驚きはないけれど、やはり嬉しい。 驚いたのはコンテナで栽培している野いちごの花がほころんでいたこと。 こんなに早く咲いて大丈夫だろうか。 雨の後、寒波がやってくるはずだ。
夜半に雨は激しくなっている。
見上げると梅の蕾が色づいていた。 もうすぐだ。
京都駅ビル7Fの美術館「えき」KYOTOへいってきた。 犬と猫の状況を考えるとよく家を出ることができたと思う。 たまたまみんなの具合がよかったのだ。
この展覧会は今回が第一回。五人の選考委員によって選ばれた、主に京都を活動の舞台としている25歳から45歳までの俊英たちの作品がずらりと並んでいた。
拙著「光函」の表紙絵を描いてくださった竹林柚宇子さんも選ばれていて、彼女の画と、こんど竹林さんと大丸心斎橋店と大丸東京店で二人展をされる岩崎絵里さんの作品を目指していったのだ。
入場無料で今日まで。 何とかいけたら、と思っていたのだけれども、いけて本当によかった。とてもいい刺激をもらうことができた。
犬と猫と家族に感謝したい。もちろん腕利きの画師たちにも。
ルルの状態はあまり変わらず。 おろおろする人間を尻目にルルはのんびりしたものだ。
夜、ヴォイスをみる。沖縄料理屋がいいかんじ。
薔薇栽培の重要な作業、鉢の土替えを少しずつはじめる。今年から土に木酢液を混ぜる予定。牛糞と腐葉土はしっかりあるので、あとは小さい赤玉と混ぜる。
とにかく虫が付きやすい薔薇だけれど、最近いろんなロザリアンが無農薬栽培に取り組んでいる。これまで木酢液は噴霧していたけれど、冬の土替えに混ぜるのは新しいテクニックだ。
冬の作業が花の数も勢いも決めてしまうから、こつこつ毎日少しずつでも作業は進める。
集中して読んでいる作家の一人、山田稔さんを、これからさらに読み込んでいこうと決める。今まで以上に本を集めていく。
■本を三冊「も」買ってしまった。 内訳は「左岸」江國香織、「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子、「芝生の復讐」リチャード・ブローディガン。前二冊はハードカバーである。読む本は基本的に文庫、と決めていて、これは、と思う本だけハードカバーで買うのだけれど、江國、小川両氏の本が並んでおいてあるともうダメだった。
■しかも編集グループSUREからでてている「鶴見駿輔を囲んで」の第四巻、第五巻も明日注文する。だからまたお金がかかる。 これらの本は書店では手に入らないし、アマゾンやE−Bookのようなネット販売でも買えない。代金と送料を郵便振り込みをすると、直接編集グループから本が送られてくるのである。
最初は手製本からスタートしているのだけれど、(みんなで手分けして「糸かがり製本」をしたという。300部!!) 最近は業者さんに任せているようだ。それにしても徹底した手作業というか自分たちの出来る範囲に対しての「こだわり」がうかがえて、ぼくは好感を持っている。 つい最近、京都新聞でも特集されていた。
■四匹いる猫のうち、ルルの様子がどうもおかしいので一昨日獣医さんに連れて行った。けれども、たいしたことはないとのこと。それで一応薬をもらって帰ってきたのだけれど、やっぱりおかしい。トイレに入っても何も出なくて、砂ばかりをあたりにまき散らす。 猫の雄は尿路結石になりやすく、尿が出なくなるとそんな暴れ方をするのだけれど、どうもそうではないようだ。まったく出ないのかと思うと少し出ているようだし、そもそも24時間監視も出来ないし四匹のうち誰がしたかわからない時もあって症状を特定できない。先生によると尿毒症になると食欲もなくなり動きも緩慢になるというのだけが、そんな気配もまるでない。 ひょっとしたらとても神経質なタチで、ちょっとしたことが気になるともうダメなのかもしれないという気がしてきた。 クスリをどんなふうにして飲ませても嘔吐してしまう。しかも動きが軽快ときてるから、人間だけが参ってしまっている。 明日、もう一度連れて行く予定。
■本屋さんでは直木賞の山本兼一さんの本は平積みされていたけれど芥川賞の津村さんの本はまだ出ていない。以前に「群像」で発表されただけなのだ。その津村さんの関連の記事を読んでいると、同じ日に桜庭一樹さんの「創作の流儀」が掲載されていて、二人の背景の一部に共通の作家の名前が浮上してきた。ジョン・アーヴィンである。
そのことよりも驚いたのは桜庭さんが色紙にサインを頼まれたら必ず書くという言葉「一日一冊」。彼女は毎日一冊本を読むのだ。「読まないと書けない」とも。一日に一冊。どないしたら読めますのや。
連載の予約投稿を済ませた後、休息の意味も込めてFishmansの映像を観ることが多い。 最近、YouTubeでは、特に音楽関係でまったく再生が出来なくなる動画が増えていて、折衷的なものとして音は出るけれど動画が動かないものも増えてきた。
あまりいじられないのが、亡くなっている、とても古いBlues Menの動画なんだけれど、昨日ミシシッピ・ジョン・ハートのものが一つ再生できなくなっていて驚いた。
Fishmansは今のところほとんど観ることが出来る。ライヴの画像が多いせいかな。それとも、もし佐藤君が亡くなっているから、そしてバンドが停まってしまったから、という理由だとしたら…そう思うと、切なくてなる。
だけど、ぼくのようなOn Timeで彼らのライヴを観ることが出来なかった人には、ほんとに貴重な動画だ。
よく観るのは「新しい人」「すばらしくnice choice」「Night Crusing」「In the Flight」など。
今回は「いかれたBaby」を貼っておきます。
| 2009年01月21日(水) |
雨降りの日はおとなしくしていたほうがいいようです。 |
■リアルタイムでオバマ氏の就任演説を聴いたためにく、寝不足気味の人が多い。風邪に注意しないといけません。 ■結局グズグズした天気。さらに寒くなっていくそうだ。大寒の頃は本当に寒い。
■朝のNHK「私の一冊 日本の百冊」は早坂暁さんが紹介する正岡子規の「仰臥慢録」だった。 早坂さんも病を得てから、生涯の終焉を見据えての仕事をされているという。淡々としてられたけれど「覚悟」を感じた。 東京の台東区には子規終焉の家がきれいに再現されている。ヘチマも植えられている。ケイトウもあるんだろうな。
正岡子規については司馬遼太郎「坂の上の雲」を読んで、とても活き活きとした人となりを感じることが出来た。そういえば来年公開予定のNHK「坂の上の雲」のメイキングを見たんだけれど、秋山兄が阿部寛、秋山弟が本木雅弘、子規が香川照之、律が菅野美穂で、とてもいい雰囲気だった。全員「はまり役」といえるほど。公開が楽しみだ。
■連載の原稿の手入れをする。これまでと少しニュアンスが違うかもしれない。
■Pat MethenyのWater Coloursを聴く。
| 2009年01月20日(火) |
「日本語」に関する二冊の本 |
昨年は、「日本文学」を読むものと書くものに対して、少なからず熱い反応と波を起こした評論が二冊発刊された。 一つは水村美苗さんの「日本語の亡びるとき」。これは主に小説と国語教育に対して書かれたもので、この場でも何度か書いた。現代日本文学に対しての厳しい批判も書かれていた。
もう一冊は吉本隆明さんの「日本語のゆくえ」である。 この本の最終章が特に波紋をよんだのだ。ここでの若い詩人に対する批判は強烈である。ほとんど全否定のように読める。
いわく、芸術や社会に対して関心がない。芸術的表現になっていない。自然に対する感受性がない。何によりそのことに対する危機感がない…。 強烈だ。
ところで今、吉本さんの「詩の力」が文庫本として発売されている。 こちらは評価される詩人がずらりと並んでいる。田村隆一、谷川雁、吉岡実、吉増剛造、さらに松任谷由美、宇多田ヒカルなどなど。
この二冊を併せ読んでいると、吉本さんの「現代詩」に対しての姿勢がおぼろげながら見えてくる。新たな言葉の地平のために、ダイナミックな力を要請しているようにおもえてならない。 「詩の力」が要請されているのだ。いや「力」がなければたぶん詩ではない。それぐらいの迫力で若い人を励ましているのではないだろうか。
その「力」とは何か。結局は自分を含めた世界を読み、本を読み、自分で書く以外にわからないように思う。
このような水村さんと吉本さんの二人の本だから、当然批判もある。 同じような反応として「アナクロだ」というものをみた。 だけど「アナクロ」だからどうだというのだろう。そこまで踏み込んで書かれたものは読んだことがない。 「古くさい」のか?だから?
この二冊はとても強烈なので、ぼくのアタマと体では、うまく反応できていないかもしれない。だけど何度も読み返していこうと思う。
そういえば今日のNHK「私の一冊」はC.W.ニコルさんだった。 彼の大切な一冊は、開高健の「輝ける闇」だった。ニコルさんは来日前にこの英訳本を読んで衝撃を受けたのだという。 「いい文学は翻訳されても良さは消えない」そのことを強調する姿が印象的だった。
さて金曜日には連載をお届けするわけだけれど、こんなふうなので一度書いたものをバラバラにしています。 なんとか間に合わせます。
| 2009年01月17日(土) |
ワイエス/古書/作家への熱 |
■アンドリュー・ワイエスが亡くなった。 アメリカの画家の中で、というよりも現在の、海外の画家の中ではいちばん好きな画家だった。 高齢であることはしっていたし、小説家のサリンジャーのように「生きる伝説の人」となっていたから、生きているうちから「雲の上」へ行ってしまっていたような印象があった。 もう新作を見ることは出来ない。 ちょうど今、愛知県立美術館でワイエス展を開催していて、友人にカタログを買いに行ってほしいとお願いしていた矢先だった。
■吉行淳之介さんの古書。古書店から在庫切れのメールが届いた。 残念。
■ここのところ書いていた特定の作家への「熱」は吉行さんに対してのものだけではない。 昨日「闇の中の祝祭」を再読して吉行熱が平熱になったことでもあるので、弁解かましく他の熱をあげた作家を列記しておく。基準は本を10冊以上買った作家。
ローレンス・ブロック、江國香織、川上弘美、庄野潤三、村上春樹。
全集があるのが 太宰治、夏目漱石。
このなかで吉行さん以上に熱をあげたのは江國香織さんである。
| 2009年01月16日(金) |
直木賞/気仙沼の古書店 |
芥川賞、直木賞の発表があった。 京都新聞が一面トップで紹介。綿矢りささんの時以来だ。 それもそのはずで、直木賞受賞の山本兼一さんは京都市北区在住なのだ。 また以前に京都新聞で山岡鉄舟を主人公にした小説を連載されていたからなおのこと。 候補になって三回目での受賞である。
「京都市北区」はなんだか賞と縁がある。これで直木賞、芥川賞。現代詩の「H氏賞」まで揃った。 このうち現在北区に住んでいるのは山本兼一さんだけだけれど。
ところで、去年の暮れ、「音函」と「街函」を買ってくださった方から、「こんどはもう少しサイズの小さい本に応募してください」とお願いされた。 比較されている「サイズの大きい本」は婦人公論のことである。
サイズの小さい本?…どうやら文芸誌に投稿してほしいということのようだった。 それを今年の目標にした。
さめやらぬ「吉行熱」。 吉行本をようやく探し当てた。場所はなんと宮城県気仙沼。 探していて気がついたんだけれど、いつのまにか全国の古書店ネットがかなり整備されている。 これから書店経営をする人たちは、これまで以上に若い頃からパソコンやネットに慣れているはずだから、もっともっときめ細かくなっていくだろうと思う。そうなってくれるとありがたい。
探していたのは昭和50年発行の潮出出版「吉行淳之介自選作品」の�気鉢供�(�靴�ら�垢呂討發箸砲△蠅泙后� これは吉行さん自身も編集に参加されている。 そのせいか中編、長編、短編、エッセイが一巻ごとにバランスよくパッケージされていてとても読みやすいのだ。 字も「全集」のように小さくない。
そして村上春樹氏が「若い人のための短編小説案内」で取り上げた吉行作品「水の畔り」(短編)が収められている。 村上さん自身、たぶん書店で手に入らないから図書館で読んでください、と断り書きを入れていた作品なのである。
何度か書いているけれど、犬の介護のために家に出来る限りいなければならないので、図書館で本が読めない。借りればいいんだけど吉行淳之介全集のある中央図書館になかなか足が向けられない。 いろんなことを家にいて済まさなければならなくて、ついついネットに頼ってしまうのだ。 介護老人の世話をなさっている方などもそうなのかな、と想像してしまう。
ともあれ気仙沼の古書店に早速発注。メールを待っています。
ぼくの小説を書くきっかけは「いいな」と感じた作品のように書きたい、と考えたことが始まりだった。
「世界を描きたい」「人を描きたい」そのために詩を選んでいたけれど、詩ではなく小説を、と考えたのは「詩より詩的なもの」が小説の中に散らばっていると感じたからだし、どれほど公募で評価されても、周りの人にはちんぷんかんぷんで「読み流されている」のが自分の詩だから、というのも感情の側面にあった。「読んで頂きたい」という欲望が付加されたわけである。
詩の一行が「立ち上がる」ように、小説のディテールが浮かび上がり、作品全体からうねるような感情が自分の内側に湧き起こる。 読んで頂けるような「それ」を作り上げようと決めたのだった。
日本の小説でそれまで感じたことのない質感や読後感を持ったのが吉行淳之介さんの「驟雨」である。具体的にどう、とは正確に書けないのだけれど、以来ぼくは、後半の「割り箸が折れるストップモーション」の鮮やかさを目指して書き続けているようなものだ。
亡くなって年月も経つのだけれど、吉行さんの「新刊」は相変わらず出版されているし、古書店にいってもあまり「発掘」できない。
友人にいわせると「それはつまりまだ『現役』ということ」らしい。 その友人が文庫の新刊が出たから、といってプレゼントしてくれたのがエッセイ集「なんのせいか」である。
小説よりもエッセイの方が作品数は多いのかもしれないし、実はぼくの周りの吉行ファンのほとんどが、エッセイのファンなのである。 むろんぼくもエッセイは読んでいる。それでもいまだに未読が多い。
エッセイは柔らかく、うまい。それに尽きる。「大人」なのである。 「なんのせいか」ももちろんそんなエッセイがいっぱいにつまっている。 おもしろく読み終えた。 しかしこの手のアンソロジーが出るたびに悔しく思うのだ。何故、全集を買わなかったのか、と。
いろんな編者によるアンソロジーがでているけれど、どれもこれも新潮社から出た「吉行淳之介全集」が底本になっている。やはり高価でも買うべきだった。
小林秀雄が唱え、車谷長吉さんも同様に主張し実践されたように、一人の作家を読む、と決めたら全集で読まねばならなかったのだ。 ……。
画像にはその全集が二冊だけある。これだけでも貴重なことがわかるのだけれど、短編などをすべて読破しようとするなら全集を揃えるしかないのだ。 もはや取り次ぎにはなく、巨大書店の在庫か古書店に期待するしかない。
一度読み出すととまらない。生まれて初めて原稿用紙に全文書き写したのも吉行作品だった。「驟雨」「暗室」「夕暮れまで」…。 学んだことは数え切れない。
友人の贈り物の文庫が、そんな「吉行熱」にまた火をつけた。 とりあえず村松友視さんの「淳之介流」を再読して落ち着こうとしている。
| 2009年01月10日(土) |
私人/ヨシフ・ブロツキイ |
ヨシフ・ブロツキイの「私人」を読んだ。 1987年のノーベル文学賞受賞講演である。 講演すなわちスピーチである。訳は沼野充義氏。
「ソ連出身のユダヤ系。アメリカ国籍の詩人」である。 ソ連という「専制政治体制」からドロップ・アウトし、詩を書く。「徒食者」として逮捕され強制労働を課される。やがてアメリカに亡命し、詩作を続ける。 と、さらさらと簡略に書いてしまうことにためらいを覚えるほど、その略歴の深さと重みは強烈である。詳細は沼野氏の解説を読んでほしい。
55歳の若さで亡くなった「詩人」である。 文学の、詩の素晴らしさをここまで宣言した現代詩人を、ぼくはほとんど知らない。
旧ソ連の集団主義。共産党による専制政治に抗して徹底的な個人主義を鍛え上げていった詩人である。
なんどもなんども詩に関して語りかける部分を読み返したい。 本文・訳注・解説をあわせてもわずか62ページの、掌に載るサイズの小さな本だけれど、書かれていることは二度と抜けない楔のように心に刺さってくる。
かつて「あなたが詩人を名乗るのはおかしい」とぼくが管理人の掲示板で議論になった。 「それで収入を得て暮らしを営んで初めて詩人といえるのではないか」という主張にたいし、ぼくは「収入の有無ではなく自分が社会的な位置としてそうあると考えれば詩人だと考えている」と応えたのだった。 無論、詩を書いている、ということが大前提だけれど。
ブロツキイはソ連の裁判で「いったいあなたの職業はなんです」と問われ「詩人です」と応えた。 裁判官は「いったい誰があなたを詩人の一人に加えたんです」と問う…。 ブロツキイは「誰も」と応え、続けて「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたんです」と問い返した。
有名な「文学裁判」の一部だけれどその顛末も沼野氏の解説に詳しい。
詩を書くことに対して、これほど覚醒と奮起を促してくれる講演はない。 同じく群像社からでている詩集「ローマ悲歌」も手に入れた。 ここのところ詩に関しておろそかにしていたところがあると思う。 姿勢を正したい。
北野天満宮へいった。 早咲きの梅はとうに咲いていて、梅林の蕾は膨ら見始めた様子。 我が家の梅のほうが蕾は大きいぐらいだった。
定期刊行物で唯一、本屋さんに配達してもらっている「新潮」二月号が届いた。
去年楽しみにしていた連載は池澤夏樹さんの小説「カデナ」だった。 今年の、現在真っ先に読む連載は多田富雄さんの「残夢整理」である。 小説ではなくエッセイである。 今月号でまだ二回目。
一回目は旧制中学で同級生だったN君の思い出。彼は大学には行かなかったけれどアテネ・フランセでフランス語を習得。大学生だった多田さん、東大生の江藤淳、安藤元雄という、今考えると信じられないようなメンバーが集まった同人誌で詩を発表していた。 多田さんは彼の影響でマラルメの詩をいまだにフランス語で暗誦できるという。
のちにN君は同人を離れ、酒に溺れ、放浪に疲れ、大阪西成で逮捕されるまで多田さんの視界から消える。 その後、病に倒れ、葉書一枚で再び視界から消える。いまだに生死は判らない。 そのような話だった。
今回の話は、癌で夭折した無名の「天才画家」永井俊作のこと。彼の葬儀直後、「おやま」での情景から始まる話は、エッセイというより小説のようにぼくは読んだ。 臨終に至る痛切な話だった。病室にて二人で詠んだ連歌、次第に狂っていく意識から生み出された詩、など。
つまりはそういう「残夢」である。それを丁寧にいつものすっきりとした文体で多田さんは書き留め「整理」していく。
以前から多田さんのエッセイのファンでもあり、免疫の意味論も読んでいた。脳梗塞で倒れられてからの闘病「報告」にも、そこから紡ぎ出された作品にも触れてきた。
多田さんは「にもかかわらず」端正な文章を書きつづけておられる。 このエッセイはずっと読み続けたい。あきらかに鎮魂の作業なのだ。 永井さんの話は次回も続いていくようである。
| 2009年01月05日(月) |
「書き換え」なのか「堆積」なのか |
年末から昨日(4日、日曜日)までの貴重な時間を振り返ってみた。 改めて整理整頓が大切だと言うことを痛感したのは、部屋の壁の一面を全部本棚に(と、いっても無印良品のパルプ製品を積み重ねただけだけど)したこと。(こんなことが出来るのも年末しかなかった。)
自分の本が俯瞰できて、自分の「傾向」がぼんやりと見えた気がするし、読んで忘れていたことを思いだしたりもした。CDに至っては数が多すぎて自分の「流れ」を忘れかけていたことを思いだした。
生活全般では、休んでいるうちに、実は本質的にテレビはどうでもよくてオーディオに指向性の強い人間だと再確認した。テレビを観ないわけではないけれども…。 音、絵画そして本。
お正月は年末に注文のあった「街函」を制作。今日メール便で送ることが出来た。新年早々、本当にありがたいこと。
そういうふうに過ごしながらいろいろ考えた。 「人生」を考えたとき残り時間は少なく、どこで倒れてしまうか判らないけれど、それでも過去からではなく、未来から物を考え続けたい。それを基本にしよう、とまず決めた。 水平だけではなく垂直にものをみること。これも決めた。
例えば「時間」のこと。よく河の流れにたとえられるけれど、ぼくは河口を過去だと考える。何故なら未来というのは常に生まれ続けるわけだから、たとえるなら水が湧き上がっているところが未来。下流はその「なれの果て」なんだ、と。
普通、そう捉えられていると思うんだけど(違うかな)、何故か時間は過去から未来に流れていると考える人が多い。 河のたとえになぞるなら、時間は「未来から過去に向かって流れている」。
だから汚れも経験も豊かさも全て持っているのは、当然過去になる。未来というのは汚れていないし、経験されていないし、豊かさ厚みもない。 ただ人間は未来を想像できる。汚れた未来も、過去と同じ経験の未来も、やたらと豊かそうな未来も。しかもその気になればそのとおりに出来る。 「未来からの時間のなかみ」をつくることが出来る。
どういう未来から自分は生かされているのか。どんな「いまわのきわ」の自分であるのか想像し、そして今の自分がその自分と地続きであることを観念してみる。 一秒一秒そこに近づいている自分の、今、口は何を語り、手は何を求め、何を愛し、何を憎んでいるのか。それはどんな未来からの「時間」なんだろう、と想像してみる。
そんなふうに未来を思った。
たぶん自分自身を日々「書き換えて」いるのだと思う。いやそういう様々な情報の堆積物が自分なのかも知れない。そうも思った。
ひたすら聴き続けていた音楽はパット・メセニーの「One Quiet Night」。 小説は読まなかった。
あけましておめでとうございます。 今年も静かな正月でした。 犬と猫たちとのんびり過ごしつつ、新年最初の小説のメモ書きをしています。
「いきものがかり」というグループがあるのですね。 ある人から「西原さんはまるで『生き物係』ですね」』といわれて知りました。 今度聞いてみます。
それはそれとして、新年早々おやつをほしがるハナを見て「犬は自分を写す鏡だなあ」とふかく感じています。
今年もよろしくお願いいたします。
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