面接の時はぼくも立ち会った。 一見すると、堅いサラリーマン風の男で、楽器をやるようには見えなかったが、履歴書を見ると、特技のところに「キーボード演奏」と書いてある。 『よかった』とぼくは思った。素人だったら、教え込むのに時間がかかってしまう。 「明日から来てくれ」ということになり、面接は終わった。
そのあと、ぼくはモリタ君を楽器の売場に連れて行き、打ち合わせをした。 「それにしても特技がキーボードというのは頼もしいね。バンドで演奏でもしよったんね?」とぼくが聞くと、間を置いてモリタ君は「いいえ」と言った。 「なら、ピアノかエレクトーンでも習っとったんね?」と聞くと、また少し間を置いて「いいえ」と答える。 ぼくは「?」状態になった。
角度を変えて聞いてみることにした。 わざわざ特技はキーボード演奏と書くのだから、ヤマハ,ローランド,コルグいずれかのシンセサイザーぐらいは持っているだろうと思い「機材は何を持っとるんね?」とぼくは聞いてみた。 モリタ君は、よくぞ聞いてくれたとばかりに目を輝かせ、今度は素早く「カシオトーン(当時39800円位のやつ)です」と答えた。 「カシオトーン?」 「そうです」ときっぱり言った。 『おいおい、カシオトーンが弾けるくらいで、特技なんかにするなよ。そのくらいのレベルなら趣味の欄に書けよ』とぼくは思った。 しかし贅沢は言ってられない。「まあ何とかなるだろう」と思い直し、その日はモリタ君を帰らせた。
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