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昨日の日記に関してレスがあった。
「財布の紐を握っている云々」のくだり。 そういう含意は全く無かったんだけど、 誤解を与える表現かもしれないので訂正。 推敲もせず少し安易に論じてしまった。 お詫びします。
言い訳がましくなってしまうけど、差別問題を論じるのは非常に 難しく、究極的には個々人の差異を論ずるだけで「差別」という ことになってしまう。例えば昨日の日記でも、そもそも最初から 男女を分けて考えている時点で僕の思考も「差別的」であると 言えなくもない。日記で安易に論じることのできる問題では ないけれど、身近に起きた問題として取り上げたかった。
J.P.サルトルは『ユダヤ人』の中でユダヤ人差別は 「社会が多元性を持った時の現象」であると指摘し、 「メンバーの全てが同じ事業につき、従って、 全て協同しているような社会には反ユダヤ主義の入り込む 隙が無い」と社会主義革命の必要性を説いている。
家事労働も資本主義に由来するシステムであるとの主張もある。 男女差別、人種差別廃絶のためには資本主義システムの 変革が必要なの「かもしれない」。
ただ、一介の学生に過ぎないこの僕が、身の周りで漸進的に状況 を改善してゆくことの方が、現実的だと思うし、とりあえずは 所与の状況下で思考し、できることをやっていきたいと思う。
******************************************************* 昨晩、連休の谷間で空いている電車の中で酔っ払いのおじさんに 「兄ちゃん、この電車■■へ行くか?」 と声をかけられた。 どうやら飲み会帰りの会社員らしい。
参ったなあと思いつつ 「はい」 と答えると、
「どこ住んでるんだ?」 「ええと○○です」 と会話が始まった。
「サラリーマンか?」 「いえ学生です」 「なんでスーツなんだ?」 「就職活動の内定先の会社に呼ばれて・・」 「そうか、就職か」 「はあ」 「兄ちゃんな、俺をただの変な酔っ払いだと思っているだろう」 「(内心同意)いえそんな・・・」 「いや顔に出てるよ」 「(なら話し掛けないで)・・・」 「まあな、その変な酔っ払いから1つ言わせてもらえば、 兄ちゃんもこれから社会に出ると、自分の意に沿わない思いを きっとすることもあるだろう。でもな、そんなとき絶対に あきらめちゃダメだ。辛い時でも頑張るしかないんだよ。 頑張ればそれは自分の糧となる。頑張らなければ、ただの時間の 無駄になってしまう…」
そこに来て、電車は僕の降りる駅に到着し、最後は握手を求められた。 「兄ちゃん、まあ、お互い頑張ろうや」
あと一駅、最寄駅を伸ばしても良かったかもしれない。
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