2003年04月09日(水) |
『花と…鬼と人と 4』(オガヒカ小ネタ) |
目的地に着いた時には、辺りは暗闇に包まれていた。
都会から離れたこの土地には、遅くまで灯る明かりはない。 暗闇の中、見上げれば東京では決して見られないであろう星空がひろがっている。一目で、春の有名な星座が見つけられるくらいだ。 起きていれば、声を上げて喜んだかもしれない人物は、RX-7のナビシートで、すやすやと眠っていた。
「…やっぱり起きねーじゃねーか………」 一応、声をかけたり揺さぶったりはしたのだが、起きそうにないヒカルの様子に、緒方はひとりごちた。
…まぁ、これは予想していた範囲の事だ。緒方はカード等が入った財布とキーケースのみをスーツのポケットに入れると、コートをはおり、ヒカルにもダウンジャケットを着せた。4月とはいえ、山間のこの地方の夜は冷える。 そして一旦車から下りてナビシート側に回った緒方は、ヒカルを正面から抱きしめるように抱え上げた。 力の入らないヒカルの頭は、くたりと緒方の肩にもたれかかる。一定のリズムで微かに聞こえる寝息に、緒方はなんとなくほっとした。
やはり、最近よく眠れていないようだ。 ヒカルは、4月に入ると決まって体調を崩す。 …まるで、何かのカウントダウンのように。 そして、梅雨が明けるまでそれは続くのだ。 それは、あの2年前の連続不戦敗の頃と符号している。 しかしその原因については、本人は頑として口を閉ざす。 誰も、何も触れるなという風に、心まで閉ざしかかる。
…しかし、ひとりでいる事も怖がるのだ。 ……あの時、初めて緒方の肌を求めてきた春の夜のように。 あれは、緒方を求めていたのではない。あの時は、自らの怯えをまぎらわせるため、誰でも良いからぬくもりを求めていた、それだけだったが。
――今は、それだけで肌を合わせているのではないと、知っている。言葉でも、心でも、ヒカルの思いは確かに知っている。 しかし、この時期のヒカルは思い出させるのだ。 …あの頃のヒカルを。
夜、抱き合って眠った筈のヒカルは緒方の腕を抜け出し、降り注ぐ冷たい月の光のもとで、ただ、空を見つめていた。 …自分はひとりだと。 おいていかれた仔猫のような目で、宙を見上げる。
……緒方がそばにいてもこうなのだ。下手をすると、ひとりでいれば、ろくに寝てもいないかもしれない。…もしくは、恐ろしく眠りが浅いか。
「お前を、そんなにしてしまう存在は誰なのだ」 ……と、ヒカルを追いつめてまでも聞き出したい自分もいるが。 そうまでしてヒカルを問いつめ、ますます怯えさせるような真似をする奴等と同列になるのはごめんだとも思っている。(実際に純粋な心配からとはいえヒカルを追いつめた馬鹿者がいた) 少なくとも、ヒカルは自分の腕の中でなら、ひとときとはいえ安らいで眠るし、他人には見せない本音を見せるのだ。
それは、ヒカルが言葉にしない「特別」。 我ながら甘いと思いながらも、すっかり囚われている自分に苦笑する。
…だからこそ、此処に連れてきたのか。 祖母が亡くなった12の春以来、ひとりで眺め続けた、あの場所に。
器用に足でドアを閉め、リモコンでロックをかける。荷物は、明日の朝にでも取りにくれば良い。 緒方は、一度ヒカルをゆすりあげて抱き直すと、旅館へと歩き始めた。
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