2003年04月10日(木) |
『花と…鬼と人と 5』(オガヒカ小ネタ) |
「……ひかる……ヒカル…」 誰かが、自分を呼んでいる。
「ヒカル……起きろ、ヒカル!」 洗いたてのシーツの匂い。柔らかな布団の手触り。ほこほことあたたかい。 …まだ、起きたくない。 自分の名前を呼んでくれるこの声は、とても気持ち良いけれど。 もう少しこのままでいせて…… その間名前を呼んでいて……
そう、あの、何も知らず幸せだった頃のように………
――この声は、誰?!
先程まで、いくら呼んでも揺らしても起きようとしなかったヒカルが、突然がばりと身を起し、緒方はいささかならず驚いた。 「……れ?緒方さん?」 キョロキョロと辺りを見廻し、緒方の顔を見て不思議そうに首を傾げているあたり、まだ目は覚めていないようだが。
「……そっか……さっきの、緒方さんだったんだ……」 ――あの、自分を呼ぶ声は。
ヒカルは、安堵とも落胆ともとれるような表情で、息を吐いた。 その言葉に、緒方の眼鏡が光る。 「…こら。俺の他に誰の声だと思ったんだお前は!ええ?!」 寝起きの、柔らかな曲線を見せるヒカルの首筋に、緒方は両手をはわせた。 「ひゃああぁぁぁっっ!!冷たいっっっっ!!!」 首筋襲い掛かった冷気に、ヒカルは叫びながらじたばたともがく。…おかげで、いっぺんに目が覚めた。
緒方はその様子にくつくつと笑うと、寝間着姿のヒカルを後ろから抱きしめる。 「早く顔洗って着替えてこい。今から出掛ける」 「今からぁ?!…何、まだ外暗いじゃん。こんな早くに起こさなくたって……」 「ん?……行かないなら、ずっと布団の中に居させてやってもイイんだぜ?」 俺はどちらでも良いぞ…と、緒方は耳元で囁きながら、先程暴れたせいで乱れた裾から手を差し入れ、ヒカルの脚を下から腰に向かって撫で上げる。 「きっ………!」 「……き?」 「着替える!着替えるからその手どけて!!」 こんな朝っぱらからスルなんて、冗談じゃない! しかも、悲しいかな朝の生理現象で、これ以上触られていたらヤバイ状態になりつつある。いくらヒカルが抵抗しても、緒方に「ソノ気」にさせられたら終わりなのだ。 しかも緒方が「ずっと布団の中で」って言ったら、それこそ「一日中」という事で。こういうコトについて、緒方は冗談は言わない。文字通り、「冗談ではない」のだ。
ヒカルは何とか緒方の腕の中から脱け出し、ぜえぜえと息をついた。 くつくつと、それはそれは楽しそうに緒方が笑う。ヒカルの反応も、状態も、すべて分かった上で。 「トイレと洗面所は廊下へ出て右だ」 聞くが早いか、ヒカルは部屋を飛び出した。
着替えた後、さらにダウンジャケットとマフラーと手袋をはめさせられて、ヒカルは緒方に続き、まだ夜も明けぬ外へと旅館を後にした。 朝早く出掛ける緒方たちに、女将は承知の上なのかにこやかに送り出してくれた。 「まだ寒いから」と、ヒカルにはカイロまでくれて。
「緒方さん……何処に行くの?」 「言っただろう。お前に見せるまでは秘密だ。…少し歩く。きついようならすぐに言え」 「大丈夫だよ〜。なんか昨日すっごい眠れたから!」 久々に見るすっきりしたような笑顔に、緒方も顔をほころばせた。
「行くぞ」 「うん」
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