2003年04月18日(金) |
『花と…鬼と人と 7』(オガヒカ小ネタ) |
ヒカルが、桜の大樹にひきよせられるように、また、一歩踏み出した時。 東の空が茜色に染まり、そして、白く強烈な光がそこから生まれた。
それに呼応して、周囲の色が一気に染め替えられる。 薄暗く、くすんだそれらが、鮮やかな色を帯び、その存在を主張し始める。 空は灰色から朱、そして水の色へ。 雲はより白く、太陽のいろに染まった部分はうっすらとオレンジに染まりながら。 大地は、春の陽射しを感じて、若葉が深呼吸するように、鮮やかなうす緑へと変化して。 周囲の木々も、まだ黄緑色の新芽が、誇らしげにぴん!と頭をもたげていた。
そして。 目の前の、夜明け前ですら白い光を放って咲いていた桜は。
「………あ……………」
ヒカルは呆然として立ち尽くした。 きれいだと、思っていた。目が放せないくらい。――しかし。
――しかし……今の……この、桜は。
「…あ……ああ…………」
夜明けを迎え、全てが鮮やかな色をとりもどしてゆくその光景の中で。 その花は、ゆっくりと、白い輝きを失っていったのだ。 白く光るようだった花は、朝日に照らされ、色を失ってゆく。 ほんのりと、沈むようなその花びらの色。 夜が明けてしまったことを惜しむような……鈍い、くすみ我が身にとどめて。
桜は、ゆっくりと、薄墨色に染まっていった。
ヒカルは、何も言えず、何もできず、そこに立ちつくした。 ……あの時、佐為の時が動き始めた時も、そうだったように。 …あのとき、佐為が……消えた…その時も……………。 なにも、できずに。 なにも、せずに。
桜が薄墨色に染まるように。 彼の時を止める術もなく……。
花の下には、もう、なにもいない。 花の下には……取り残された、修羅がひとり。 たたかい、抗うことでしか道を見出せぬ、鬼が、ひとり。
つめたい風が、頬を撫でて。 薄墨色に染まった桜は、音もなくヒカルに散りかかった。
――まるで、涙のように。 ――まるで、止まらぬ時を言祝ぐように。
さくり、と草を踏む音がして。 ヒカルはふと後ろを振り返った。
そこに立つのは――人。 人という名の修羅。
はらはらと降りかかる薄墨色の花の雨を。 彼もまた、見つめることしかできず。 ひとりたたずむ――男が、ひとり。
「――泣いているのか」 「ううん」 涙など……流れるものか。こんな美しいものを目の前にして。
「緒方さんは…泣いていたの」 「いいや」 緒方の視線は、目の前の、薄墨桜に注がれたまま。
「俺は…見送るだけだ。いつもな」 「いつも?」 「ああ」 「毎年?」 「ああ」
その目には、何の感情も映さずに。 何を、見送っていたというのか。 こんな、綺麗すぎて、恐ろしい風景を。 見つめることしかできない事をきっと、知っていながら。
それでも。
ヒカルは、完全に桜から目をそらすと、緒方に歩み寄り、 そっと、抱きつきなかがら、緒方の胸に頬をこすりつけて、ひっそりと息をついた。 緒方はそんなヒカルを支えるように腰に手をまわしながら、 風にち散ってゆく桜を、見つめつづけた。
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