petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年09月19日(金) 『森の競技場』(シュート小ネタ。ル神)

目の前一面の、グリーン。
ナイターに照らされた、誰もいないフィールド。

「……う…わ………」

シーズンが始まって間もないそれは、まだどこも痛んだ跡はなく、やわらかな緑のじゅうたんに覆われている。
「スタンドから見ルのと、また違ウだろウ?」
主力選手の特権をいいように使って、ルディは神谷を自分のチームのホームスタジアムに招いた。
森に囲まれた、緑豊かな美しいスタジアム。ヴァルトシュタディオンに。

「すっげーvv」
よく手入れされた芝の緑に感激し、目を輝かせて神谷は駆け出した。
「うわ、何か感触が違う」
「ソレハそうだろウ。スタジアムごとニ、違って当然ダ。ましてやイタリアとドイツなんだカラ……って、聞いてないナ……」

その通り。神谷はすっかりはしゃいで、ゴール前まで走ってみたり、ヘディングよろしくジャンプしてみせたりしている。そしてまたセンターサークルに戻ってきてみたり……すっかりご満悦だ。

「いいなー♪この芝vv気持ちいーー♪」
次はフィールドにダイビング。そのままうつぶせ、芝の匂いをくん、と嗅いだ。
ルディは、そのそばに腰を下ろす。
「気に入っタか?アツシ」
「おう♪」
神谷はごろん、とあお向けに転がる。Tシャツがめくれて腹がチラリと見えているが、ルディはとりあえず知らぬ顔をした。

「……ここに立ってたんだよな……オマエ」
「…ン?」
「初めて…俺らがお前の試合を生で見た時さ」
「ああ」
「俺たちは…あの辺で見てたんだ」
神谷は、スタンドの片隅を指さした。

広大なフィールドに、その中心に立っていたルディ。
それを大衆にうもれて、呆然と見ていた自分。

「スタジアムの全てが、お前の名前を呼んで、うなってた」
それを見ているしかできなかった。
ルディはくすりと笑いながら、神谷の黒い髪に触れた。サラサラと、それは指に心地よい。

「お前ガその気になれバ、いつでもこのフィールドに立つことができル」
――その力も、技もすべて持っているから。
「ああ…そうだな」
それは、自分でも分かってる。――しかし今はそうしない。
求めるものがある。先にチャンスをくれたのは、セリエAだった。

「叫ばせてみせるさ」
神谷は、寝転がったままでニヤリと笑った。
その瞳に宿る妖しげな光に、誰もが魅せられ、捕らわれる。
「やってミロ」
ルディは、その手で神谷の喉を撫でた。
その一見無邪気な微笑みに、誰もが騙され、捕らわれる。


「ブンデスリーガ…すべてのチームに、いいや、すべての独逸人に、叫ばせてみせる」

――オマエ(神谷)が欲しい――!――と。



くつくつと笑う神谷に、ルディもニヤリと笑った。
――いくらでも叫ぶがいい。
その時には、高らかに宣言してやるから。

――「神谷 篤史」は、俺のものだ――!――と。
世界中に。


「…何考えてるか顔に出てんぞ、スケベ」
「フガッ」
神谷はルディの鼻をつまみながら、それを支えにひょい、と立ち上がった。
「ナニヲスル!」
「頭ん中でナニをしてたのはてめーだろうが」
結構な力で捻じられた鼻は見事に赤くなり、神谷はざまぁみやがれ、と舌を出す。

そのまま二、三歩走りかけて、神谷はルディに呼び止められた。
「アツシ」
「…んだよ」

神谷に向けられる、蒼い視線。

「いつか、この中央ニ2人で立ちたイ」

ルディを見つめる、黒い視線。


「……いいぜ、その時には、最高のラストパスをくれてやるよ、ルディ」

最高に幸せそうな微笑みで。

「……アア、その時にハ、最高のゴールヲお前に捧げヨウ、篤史」

最高に嬉しそうな笑顔で。



「…あ、今の名前の発音、結構日本語っぽかったかも」
「ホントか?!アツシ!!」
「今のはペケ」


くすくすと、じゃれあいながらフィールドを後にする。
遅くまで残って照明を点けてくれたスタッフにチップをはずんで…それから、行き付けのガストシュテッテで、とびきおいしいジャガイモのスープとシュヴァイネブラーテンを食べよう。

…何となく、高まる熱を自覚しながら。
それすらも、無邪気に楽しんで。

――どうせ、そのうちそれどころじゃなくなるから。




ヴァルトシュタディオンのフィールドは、駆けて行く2人の影を、そっと写して、やがて、消えた。


遠くない将来、彼らが、このフィールドの中央に帰ってくるのを、待つかのように。


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平 知嗣 [HOMEPAGE]

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