2003年10月02日(木) |
『視線 2』(オガヒカ小ネタ。ヒカル19歳) |
緒方は3目半差で芹澤を下した。 検討の後、さぁ食事だ!と倉田棋聖が騒ぎ出し、芹澤以外のメンバー、緒方、白川が連れられ、ヒカルは運転免許を所持する未成年として、運転手にかりだされた。 運転手(ヒカル)がいるから、と安心きった大人たちが、倉田の行きつけだという焼肉屋で大いに飲んだのは言うまでもない。
…そしてヒカルは、まだ初心者マークのついた愛車の白いスターレットで、配達よろしく大人げ無い大人たちをそれぞれの家の前に転がしていったのである。(家の中まで運んで…なんて、そこまで世話を焼く気はさらさらなかった)
「…やれやれ……やっと着いた………」 緒方のマンションの駐車場に車を入れ、ヒカルはやれやれと息をつく。 いつもは緒方のRX−7が駐まっている場所だが、今日は棋院に置いてきてある。緒方が、ヒカルのスターレットもこの場所に駐める車として登録してあるので、管理人からとがめられることもない。
「緒方さん、緒方さん、おーがーたーさん!」
緒方は助手席で眠りこけていた。ヒカルはそれをゆさゆさと揺り起こす。とてもじゃないが、ヒカルでは緒方をかついで部屋に運ぶなんてことはできない。
「……ん、ぁあ?」
寝ぼけた様子で眉をしかめ、自分を起した本人を睨み付ける様子は、どこの極道だとツッコミを入れたくなるほどの風情だったが、ヒカルにとっては、ただの無防備な状態としか見えていない。ヒカルはくすくすと笑った。
「まったく……かわいーなぁもう」
――蓼喰う虫は此処にいる。
ヒカルは、緒方の頬をぺちぺち、と叩いた。
「着いたよー。早く起きて部屋に帰ろう?」 「…………………」
とりあえずまだ意識は朦朧としながらも緒方はヒカルの言う言葉にしたがって、車から降りた。 そんなに多く飲んだ訳でもないので、足元は思ったよりもしっかりしている。呆っとしているのは、どうやら眠いだけらしい。
自発的に歩いてくれさえすれば、緒方を部屋につれて帰るのは比較的簡単だった。 部屋に入ると玄関のドアはオートロックがかかるので、緒方は入るなりバスルームへ直行した。シャワーでも浴びる気だろう。 ヒカルはオートロックのかかったとびらに、さらにもう一つの鍵をしめてチェーンをかけ、ミルクティーでも煎れようとキッチンへ向かった。
牛乳を温めようと冷蔵庫をのぞいたが、ちょうど切らしていた。 コーヒーフレッシュがあったので、これでもいいか、と紅茶の缶を開けたところで、緒方がシャワーから出てきた。腰にバスタオルを巻いたまま、タオルでがしがしと髪の水分を乱暴に拭き取っている。 「何を入れてるんだ?」 「紅茶〜」 「俺にはブランデー入れてくれ」 「ん」
とりあえず注文通りに紅茶を自分たち専用のマグカップに入れてリビングに行くと、黒のディアドラのジャージに黒のシルクシャツという、完全に「くつろぎモード」の緒方がソファに座っていた。 手渡しして落とすのが怖い(前科アリ)ので、ヒカルはソファの前のテーブルに自分たちのマグカップを置く。 そしてヒカルは緒方の足元の横に、愛用のクッションを敷いて座り込んだ。 すると緒方は不満そうに、眉をひそめる。 「オマエの場所はこっちだ」 と言うがはやいか、ヒカルを引寄せ、同じ足元でも、緒方の膝の間にひっぱりこまれた。それで一応満足したのか、緒方は自分用の紅茶に手を伸ばす。 ヒカルも、両手でマグカップを持ち、手をあたためながらこくり、とミルクティーを一口飲んだ。
緒方もブランデー入りの紅茶の香りを楽しみながら、しかしカップを持っていない手は、ヒカルの耳元から首筋に遊ばせている。 「くすぐったいよ」 ヒカルはくすくすと笑いながら、また一口、ミルクティーを飲む。
「おい」 「なに」
緒方は紅茶を口にする。
「今日の対局中………どうした?」 「え?」
ヒカルは首をかしげた。ついでに、頬に触れていた大好きな手になついてみる。
「オマエ、盤面を見てなかっただろう」 「……あ、ばれた?」
ヒカルはぺろり、と舌を出す。
「なんとなく……気配がな。特に、あの一手から後ずっと」
そう、まさしく勝負の分かれ目となった、あの一手から。 自分は対局に集中していたのだが、何故か感じた、「自分」への……視線。
「……うん。見てたよ。緒方さんを」
「何故」
緒方はヒカルの金色の前髪をいじる。
「あの時、緒方さんが……すごい、真剣でさ」 「そりゃそうだろ」
対局中なんだから。
「ものすごい気迫で……怖くてさ」
今にも、獲物に食らいつきそうな。
緒方は、ヒカルの髪をくしゃり、とかきまわした。 「…怖がらせたか」 「ううん」
ヒカルは、くい、と上を見上げ、緒方の顔をそこに認めて、にっこりと微笑んだ。 ――あの、対局室で見せたものと同じ表情で。
「……すっごく、綺麗だったから、見とれてた」
緒方は軽く目を見開いた。 それは、ヒカルの言葉のせいか。 …それとも、この、ヒカルの微笑みに緒方の方こそ見とれたせいか。
ヒカルは、真上の緒方を見上げたまま、そっと手を伸ばして、彼の頬に触れた。 …まるで、その存在を、確認するかのように。
自らの頬に添えられたヒカルの手の感触に、緒方はにやりと笑う。
「…惚れ直したか?」 「ん………二週間前、俺には負けたけどね」 「うるせぇな」
緒方は、自分のカップを置くとヒカルの手からもマグカップを奪い取り、まだ半分以上も中身のあるそれをテーブルに置いた。 …それと同時に、ヒカルの唇も奪う。
口づけたまま恋人の躯をずりあげ、トレーナーをたくし上げたら、素肌の感触をたっぷりと味わう。 「……ん………んぅ………」 そのままソファに押し倒したら、ヒカルの腕は背中にまわってきた。 緒方はその感触に満足しながら、緒方は口づけをほどき、ヒカルの頬に、鼻に、瞼にキスをしかける。
「ヒカル……」
呼びかけに、うっすらと開かれる瞳。 グリーングレーの、森の色。 緒方はその色をじっと見下ろした。
「緒方、さん……」
ヒカルは、恋人の、はだけたままの黒いシルクシャツの隙間に、手を滑らせる。
どう、してほしいのか。 それは。
シセンガ、スベテヲカタッテル―――。
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