petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年12月04日(木) 『bigining 2』(スキビ小ネタ)

 キョーコは、うつむいたまま、動こうとはしなかった。
 ぱさり…と、彼女の手から、台本が滑り落ちる。蓮は、その台本を拾い上げた。

「『紅の剣士』…」
 その台本の表紙に書かれたタイトルを呟くと、キョーコはふ…と顔をあげた。
 まだ、涙に濡れた、瞳のままで。

「ええ。一人の女剣士の話なんです」
 蓮は、ぱらぱらと台本をめくっていった。まるで、彼女の話を聞いていないかのように。
「その主人公は…幼い頃に母親を亡くして」
 キョーコも、彼に話しかけるでもなく、淡々と口をひらく。
「父親と弟は、その前に生き別れになってしまっていて。…貰われていった先でも、厄介者扱いされて」

 悲惨な生い立ち。…どうしても、重なって見えてしまう。

「飢饉が続いていた村は、若い娘を神に捧げて、神に助けを求めようとしました。…そして、その生け贄には……身寄りのない、彼女が選ばれたんです」

 そこに在ることすら、許されなかった、彼女。
 許されはしても、…決して、認めてもらえることはなかった、自分。

「彼女は逆らう術もなく…飾り立てられ、祭壇に登りました。彼女はそこで、村人が神と呼ぶものに出会うのです。それは契約を求めました。魂をよこす代わりに、願いを述べよ…と。彼女は震えながら、村を救ってほしい、と頼むけれど、それは首を振りました「それはお前の本当の願いではない」と。
 その言葉に村人は怒り……石を投げ、棒を投げました。何という恩知らずかと。今まで面倒をみてきたこの村を、お前は滅ぼす気なのかと。
 彼女は投げられる石の痛みには耐えられても、村人の言葉は痛いほど心に突き刺さって…しかし、神と名乗るものは、本当の願い以外は聞き入れられないと突き放されて……彼女は、とうとう、口にするんです。彼女の、ほんとうの願いを」

 蓮は、ちょうどその場面の台本を開いていた。

「『何もいらない。…ただ、誰か、そばにいて私を見ていてほしいだけ』?」

「はい……。願いは、彼女が災いをもたらしている108の宝玉を取り戻してくることを条件に、叶えられました。その契約の証として、神から、深紅の刀を贈られて。これをもってしなければ、宝玉は壊すことはできないから、と。……でも」
「でも?」
「その役目を全うする間、彼女は、その剣をくれた者と、一緒にいられるんです。彼女の願いは、叶ったんです」
「そうなるね」
 蓮の言葉に、キョーコは微笑んだ。いつもの彼女とは違う、痛々しい顔で。

「……ここまで読んでいたら…何か、この主人公が、うらやましくなってしまって」
「羨ましい?何故」
「…だって……後の話読めば分かりますけど、この契約した「神様」って、ものすっごく、性格悪いんですよ!人は騙すし、自分に災厄がふりかかなければどうでもいいって感じだし、ものすごく楽しそうに、イヤガラセするし……!」
 力説するキョーコに、蓮はたじろいだ。…そんなことが、羨ましいのだろうか。
「でも、彼は主人公のこと、ちゃんと見ているんです。ちゃんと、彼女のそばにいるんです」

……それが、心底、羨ましい。

 自分が、望んで側にいた人は、私のことなんて、決して見ようとはしなかったから……それどころか、いいように利用されて、捨てられた。
 自分と似ている主人公。
 しかし、彼女の願いはかなえられた。

 しかし、自分の願いは………






 キョーコは、苦く笑いながら、コツン、と自分の頭を叩いた。
「…ホント、馬鹿ですよねぇ……これはお芝居なのに、こんなことで泣くなんて……」
 こんなことは、所詮「つくりもの」だからこそ、ある話なのだから………

――現実では、こんなに都合が良いはずがないのだ。自分がいちばん良く知っているはず。…だから、それが「悲しい」なんて思うのは、間違いなのだ………


「いいや」
 蓮は、台本を閉じるた。
「君が…この台本を読んで泣いたことは、馬鹿なことじゃない」
「え……」
「この本を読んで、泣いたということは、それだけ、この主人公に共感した、ということだろう?」
「あ…はい……」
「その感性は、役者としては大事にするべきものだ。何も感じない、感動のない人間が、他の誰かを演じることなんてできない。できたとしても、薄っぺらいものにしかならないだろう。芝居は…ドラマでも、舞台でも、つくりものであって、つくりものじゃないんだよ」
 蓮は、正面から、キョーコを見据えた。
 彼女は、呆然としたまま、連を見つめている。そんなこと、考えも、しなかった―――

「…まぁ、あまり役に入れ込みすぎることも良くないけれどね。それに………」

………君が気づいていないだけで…、と言いかけて、連は自らの口を押さえた。こんなこと、言うつもりはなかった筈なのに。
…いいや。
(――俺はその後、何を言うつもりだったんだ――?)

 静かに動揺する蓮の様子に、キョーコはひょい、と蓮をのぞき込んだ。
「敦賀さん?どうしました?」
(…なんでこういう所は鋭いんだろうな……)
 内心、ため息をつきながら、蓮は台本をキョーコに差し出す。思わずキョーコは両手を出して受け取った。そしてそれを機に蓮は立ち上がる。


「そういえば……そろそろミーティングの時間じゃないのかな?『きまぐれロック』の」
「えっ……ぁぁぁあああああっっっっ!!!」
「早く行った方がいいよ。遅刻は感心しないな。『坊』」
「すいませんありがとうございましたしつれいしますーーーーーー!!!」

 キョーコは一気にそれだけ言ってしまうと、ダッシュで屋上を後にした。……ただでさえプロデューサーに良く思われていないのだ。遅刻までして、これ以上彼の不興を買いたくない。

「しかし敦賀さん、よく私が出る番組知って……ん?!」

 彼は言った。『きまぐれロック』と。
 そして、慌てていたからあまり聞き取れなかったのだが、自分に向かって、『坊』と言ってなかっただろうか?!にっこりと、あのウソつき笑顔とともに。

 ……もしかして……

(バレてる〜〜〜〜??!!)

 …それは、キョーコの顔が、走りながらも「生けるムンク」となった瞬間でもあった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!(号泣)」




――そして、彼女はまだ、知らない。

「あの様子じゃ、今日のゲストが誰か、知らないだろうなぁ」
 くつくつと、蓮が楽しそうに笑うのを。
 連は上機嫌のまま、屋上を後にした。










 キョーコがスタッフから本日のゲストを知らされて、絶叫するまで、あと、1分25秒。


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平 知嗣 [HOMEPAGE]

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