2004年12月17日(金) |
『ただ一人のためのギャルソン2』(オーナー登場) |
「…ね、あそこでコーヒー煎れてるヒト、格好イイよね」 「うん。シルバーフレームの眼鏡がちょっと知的なカンジ?」 「カフェ専門かなぁ…オーダー取りに来てくれれば良いのにvv」
テイクアウトの客は相変わらずひっきりなしだが、イートインの方はそれなりに落ち着いた。 すると、客も見慣れぬ店員が気になるのか、こそこそと視線と話題がカウンターに集中していた。
「すいません、これで向こうのカップ類全部下がりました」 「おう。…じゃあ次、モンブランとコーヒー」 「ええと……どのお客さまでしたっけ?」 「………(頭痛)。…黒のタートトルネック着たショートの茶髪」 「…ああ!はい。わかりました」 普通ならそのまま客にケーキとコーヒーを運ぶのに、千景はそのままじっと緒方を見つめた。 「…何だ」 「あ、あの…緒方さんが持って行かれませんか?洗い物は、私がしますから……」 「あ?」 「…あ、あの……お客様も、何だか緒方さんのことが気になっているようですし……」 緒方は下げられたカップをざっとだけ流しながら、苦笑した。 「嫌だね」 「あ……はぁ……」 「コーヒー冷めるぞ。とっとと行って来い」 「は、はいっ!」 ぎくしゃくと千景はフロアに戻り、客は供されたケーキに歓声を挙げていた。
(……それにしても遅いな………) 連絡してみるか、と携帯を取り出したところで、ポゥン♪とメールの着信音が鳴った。
【……ごめん。トラブル発生。家を出るの、18:00を過ぎそう☆ヒカル】
やれやれ、とため息をつきながら、緒方はふと、煙草が欲しくなった。…しかし場所が場所だけに、そうもいかない。
「緒方さん?どうしました?」 「…ああ、ちょっと外で煙草吸ってくる」
携帯と煙草とジッポを手にしたまま、緒方は視線がまつわりつくフロアをずかずかと横切り、店の外に出て行った。 途端に吹き付けるのは、12月の冷たい風。 「――っっ」 冬の夕方は、次第に辺りを影らせてゆく。 煙草に火を点けて一息ついてから、緒方はメールの返事を打った。
【何時になってもかまわないから、店まで来い。めったに見ないものを見せてやるから/緒方】
送信終了の画面に、何故かほっとする。
……そんな緒方の視界に、ド派手な赤のフェラーリが近づいてきて……停まった。 「――何でオマエがウチのエプロン付けて店の前にいるんだ?!」 中から出てきた怪しげな青年サンタに、緒方はふん、と一瞥をくれてやる。 「ようやくのおでましか。エセサンタ」 「な……なんだとぉっ!このクリスマスの幸せの象徴、ケーキを配達するサンタクロースに向かって似非とは何だ!似非とは!!」 緒方は煙草を吸うと、わざとその煙をサンタに向かって吐き出した。 「金儲けも結構だがなぁ、店で必死に客をさばく店員のために、臨時のバイトを雇ってやる甲斐性もないのか、しみったれオーナー」 「な…な…な……誰がしみったれだ!誰が!!」 携帯用の灰皿に吸いかけの煙草をねじ込んで消すと、パチン、と閉じる。 「…ほう?違うというのか?」 「おおよ!!今夜の俺はサービス精神あふれるサンタだぜ!」 気張るサンタを置き去りに、緒方は店に戻ってゆく。 「無視するなーー!!」 橘の声に、緒方はうっそりと微笑んだ。 「…客の入りすぎでパニック起こして崩壊寸前だったそっちのギャルソンを助けてやった恩人には、どんなお礼をしてくれるのか……サンタとやらのサービス精神に期待しておいてやろう」
「………………はい?」
ひとり路上に取り残されたサンタは、北風にひとり。
「おい!!ナニ突っ立ってんだよオヤジ!!二回目の配達のケーキ、もう出来てんだからな!さっさと積み込んで運ばないと配りきれねーだろ!!」
エージに怒鳴りつけられるまで、橘サンタは状況がつかめず立ちつくしていたのだった。
「ああ、緒方さん。休憩はもういいんですか?」 「ああ」 一段落ついた小野がカウンターの方に顔を出していたのに軽く挨拶を返した。 「小野さん、緒方さんの煎れるティーオーレ、とってもおいしいです〜vv」 「よかったねぇ、千景さん」
なんとなく、ほのぼの。
「…何か飲むか?」 「いえ、舌の感覚が刺激されるのはまずいから…仕事中はミネラルウォーターだけにしているんですよ」 にこにこと微笑む小野に、緒方はわずかに唇を笑いの形に歪めた。 「流石、プロだな」 「いえいえvv…あ、でも外で積み込みやっているエージくんに、薄めの緑茶、煎れてあげてもらえませんか?」 「分かった」 背もたれのない小さな丸椅子を持ち出し、緒方にも勧めながら自分も腰掛けた。何時間かぶりに座れて、ひと息つく。 「今日、進藤くんは?」 「遅れてくるらしい」 緒方はコンロにかけてあるやかんのお湯が沸騰しているのを見て、火を止めた。湯のみにお湯を入れてから、一度お湯を捨て、その湯呑みに、茶漉しにを置いて茶葉を入れお湯をひたるくらいまで注ぐと、そのまま放っておく。 「…じゃあそれまでは、バイトですか?」 「ま、コーヒーを煎れるくらいならできるからな」 「おかげで大助かりです〜〜」 千景がうんうん、と頷いた。
「すいません、ケーキ、予約していた荻谷ですが……」 会社帰りらしいサラリーマンが、ショーケースの前に立っていた。そろそろこういう客が増える時間帯だ。 「はい、いらっしゃいませ……」 ふわりと微笑んで小野が応対する。男相手だけにためらいはなかった。そのおっとりとした微笑みに、何故か客の方が頬を赤らめる。 (おや……カワイイかもしれない…) そんな不埒な事を考えつつ、パティシエはにこやかとケーキの箱を彼に渡していた。
「うえ〜〜〜っっ!外、冷えてきたぜぇ〜〜〜」 「お茶入れたぞ」 「お、サンキュ♪」 エージが喜んでお茶を一口飲み込むと、厨房の方から声がかかった。 「エージくん!ちっょと手伝って!」 「はいっ!」 師匠の声に、エージはすぐにとんでゆく。…これから、夜のピークのはじまりだ。
「千景、俺、二回目の配達行ってくっからな〜」 「はいっ。…あ、オーナー、これをどうぞ!」 「…あ?魔法瓶?」 「緒方さんが。中はコーヒーだそうです」 「え」 カウンターを振り返ると、緒方がネルドリップを洗っているのが見えた。 視線に気がついたのか、ふ、と顔を上げる。 「オイ、まともに飲めるモノなんだろうな?」 彼はニヤリと笑った。 「さあな」 …この友人のふてぶてしさは、相変わらずだ。
苦笑いしながら、サンタの衣装が似合わないサンタは、魔法瓶を持つ手をひょい、と持ち上げると。 ……何も言わずにカウベルを鳴らして、クリスマスイブの夜へと向かって行った。
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