なんでこんな苦しいんだろう。 寂しさよりも苦しさのほうが大きいのだ。 胃が締め付けられるようなこの感覚。
なぜか今は一人きりでこの苦しみを反芻して過ごしているほうがらくな気がする。 だれかいるとこの反芻ができないのである。 苦しい反芻なのに、やらなくてはいられないのだ。
そしてそれは絶えずあるといわけではなく、突如として襲い掛かるものである。 そのたびに、新仏の前に行って、ひたすら母に謝る。 ふがいない娘を詫びる。そして甘える。 母はきっと許しているに決まっている。 何も怒ってはいないに決まっている。 だからこそ、自分に腹が立って仕方がない。 なんでも許してくれる母が悲しいのである。
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