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 グールド魚類画帖/リチャード・フラナガン

『グールド魚類画帖』/リチャード・フラナガン (著), 渡辺 佐智江 (翻訳)
単行本: 414 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 白水社 ; ISBN: 4560027234 ; (2005/06/25)
出版社からのコメント
時代は19世紀、本書の主人公「ウィリアム・ビューロウ・グールド」はイギリスの救貧院で育ち、アメリカに渡って画家オーデュボンから絵を学ぶ。しかし偽造などの罪で、英植民地タスマニアのサラ島に流刑となる。科学者として認められたい島の外科医ランプリエールは、グールドの画才に目をつけ、生物調査として、彼に魚類画を描かせる。ある日、外科医は無惨な死を遂げる。グールドは殺害の罪に問われ、海水が満ちてくる残虐な獄に繋がれる。絞首刑の日を待つグールド……その衝撃的な最期とは?

歴史、伝記、メタフィクション、マジックリアリズム、ポストコロニアルなどの趣向を凝らした、変幻自在の万華鏡。奇怪な夢想と、驚きに満ちた世界が展開される。「大傑作」(『タイムズ』)、「『白鯨』の魚版」(『ニューヨーク・タイムズ』)、と世界で絶賛され、今年度、「最高」の呼び声も高い、タスマニアの気鋭による力作長編。4色魚類画12点収録。



えーと、これはピカレスク小説なんだろうか?グールドは、一応刑務所に入っている悪漢なわけだし・・・。ともあれ一言で言えば、残念ながら私の好みじゃない。一時、この本を購入しようかとも思ったが、買わなくて良かったというのが正直なところ。値段も高いし。

とはいえ、この本が高いのには理由がある。グールドの魚の絵はカラーだし、その絵が生きるように、紙質も良い。インクの色にも凝っている。しかし、原書の文章部分は6色で刷ってあるらしいが、日本語版はたったの2色だ。

グールドがいろいろな色の文字を書くことにこだわっていたとあるから、できれば再現してほしかったなと思う。たしかフランチェスカ・リア・ブロックの 『「少女神」第9号』 だって何色ものインクが使われていたし、不可能なことではない。

たしかに、リチャード・フラナガンの文章はすごいと思ったのだが、描かれた世界が暗くて、ジメジメしていて、不衛生で・・・(海のそばの刑務所が舞台だから)というのが手に取るようにわかるというのは、描写が素晴らしいということなんだろうが、そういう世界は、あまり好んで浸りたくないなという感じなので、深く入り込めなかった。というか、なるべく関わり合いにはなりたくなく、できれば避けて通りたい感じ。

フラナガンの文章は、「○○は、○○である」あるいは「○○が、○○である」という、「○○である」の部分が予測不能な場合があって、え?と思うことがたびたび。そこが面白いのだが、この人、かなりひねくれているのじゃないかしら?とも思える。

本のカバーに掲載されているフラナガンの写真を見ると、なるほど変な人だと思う。サルバトール・ダリを思わせる、特異な風貌だ。この顔(本物ではないだろう)なら、この文章も納得できる。主人公のグールドの性格も、フラナガンに似たりよったりなんだろうと思う。

グールドは実在の人物だが、両親が出会ったその日に、父親が腹上死し、それで身ごもった母親は、グールドを生んだあと、救貧院にグールドを預けたきり。恐らく間もなく死亡したと思われる。ウィリアム・ビューロウ・グールドも、本人が勝手につけた、でまかせの名前だ。

とにかく、そうした不幸な生い立ちと環境が(誰の愛も知らないといった状況)、彼の人生を悪へと導いていくわけだが、魚の絵に対する彼の目だけは、非常に純粋だ。悪口雑言が並ぶ文章の中で、こと魚のことに関しては、真摯に語るグールド。それがそのまま絵の中に生き生きと現れているのは確かだ。


ちょっと補足。

この小説は、「章ごとに一匹の魚をあて、その魚が描かれた経緯を語り、絵の本当のモデルを明らかにするという手法で小説を書くというアイデア」であると訳者あとがきに書いてあり、まさにそのとおりなのだが、ここに書かれている史実などはほぼ正確であるということだから、虚実ないまぜの荒唐無稽な小説だ。

グールドは、悲惨な環境下で教育を受けていないにも関わらず、たびたび歴史や哲学に言及し、おや、これは哲学書か?とも思わせるようなところが、なんとも奇妙な感じ。だいたい、おれが魚だったら・・・などというのは、もう哲学の部類だろう。

しかし、読んでいてだいたい理解していると思っていたのだが、最後の最後に書いてあるグールドのプロフィールを読んで、全くわからなくなった。これって、どういうこと?

注)プロフィールを読むことは、ネタバレの可能性があるので、 内容を知りたい方はこちらへ 。知りたくない方は、素通りしてください。

これから読みたいという人がいたら申し訳ないので、詳しくは書かないが、このプロフィールで、全くの理解不能に陥った。もう一度読み直す時間もないし、暗さと湿気と悪臭に満ちた内容を、再度読み直すのはしんどい。

昨日も、これは私の好みではないと書いたように、すごい小説だとは思うものの、また読みたいと思えるほど気持ちのいい小説ではないから。だが昨日は、一応可もなく不可もなくといった感じで書いておこうと思ったのだが、それではやはりこの小説について書いた意味がないような気がしたので、補足した。

ちなみに、作者のリチャード・フラナガンについてだが、カバーに掲載されている写真(絵?)とは全くの別人で、本人は「スキンヘッドに近く、がっしりとした体格で、スーツより作業着、カクテルグラスよりビールのパイントグラスが似合う印象の男」だそうな。サルバトール・ダリみたいな写真(絵?)は誰よ?

2006年01月20日(金)
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