|

|
 |
| 2004年04月21日(水) ■ |
 |
| 生きてるって実感 |
 |
ここ暫く、忙しかったんですが、一番恥ずべき行為。 通勤ラッシュの朝の阪急梅田駅の改札前、思わずしんどくて上を向いて「あー」と溜息をついていたら、 小柄で背の丸い祖母ちゃんに躓いた。
・・・・・・。 ・・・・・・。
ほんますいません!!ッ!! 何とか押し倒すのを耐えて、背中にぽすッと手を当てる程度で済んでよかったよ。 こかさないでよかった。叩かないでよかった。
…怖かった…。
「子供には無限の可能性がある」
と言いますが。 私は、「無限」と言う言葉はあまりにもいろんなものを含みすぎているので まあそれは軽々しくいえない気がしますが、それでも、子供の秘めてる可能性って凄いよな。 個性とか性格とか、そういうのは言葉による表現で枠に収めきれるものじゃない。 「活発な性格」とか、「内気な性格」とか、一言で言い表せるものじゃないしね。 こういうアプローチをしたらこういうレスが返ってくる。 ならば違うアプローチをしたら、また違うレスポンスな訳で。 だから、枠に嵌りかけてる大人が子供に出来ることは、子供を枠に嵌めることじゃなくて、 子供の枠を広げてやることかもしれないですね。子供を認めること。 ん?なんか言いたい事と違うかも。あ、でもこう、言葉で表せる事って限られてるしな。
水曜日は「光とともに」を見るために、頑張ってバイトから帰る。 どう足掻いても最初の5分は見られないので、しかし万歳野球中継延長!見れた。 山口達也がとりあえず自閉症を障害だと理解してることに吃驚。 だけど認めたくない現実に苦しみ続けてるコイツの気持ちがなんか一番感情移入できるな。 右半身麻痺した祖母ちゃんの右足を叩いたり捻ったりして、祖母ちゃんに嫌がられてるうちの父親のようでした。(脳梗塞での麻痺って動かないけど痛みはあるんだよね) そして、刺激に対する反射で動いている足の動きを見て、「回復してる!動くようになるぞ」と湧き立つ親戚のようでした。私はその様子を見るのが辛いですが。 基本的に、父親より母親の方が、息子より娘の方が、事実を受け入れ開き直る力があるんですよね。 それは結局、女性の方が対象に近い存在だからですが。 まあそれはともかく、光と、光の周囲の人間が、障害を認知して光の存在を認められますように。 上手く対応できなくても、存在を認められるって事が人間大事なんだな。 人は他人の中に自分の存在を感じて、初めて生きてるって実感を得るんだと、 今週の銀魂が言ってたけど。すげー感心したあの河童。
多事総論で筑紫哲也が面白いことを言っていた。
・危険を顧みず自己満足な行動をしてはいけない ・自己責任と言ってボランティア活動を全て否定してはいけない。
…いつからそんな極論同士の話になったんだろうか。フジ・日テレVS朝日・TBS。 私は、禁止としないで勧告としている、一応個人の自由を尊重しているこの国に於いて、 それでも個人の意志を尊重して自由な活動を出来るんだから、 つまり自由には責任がつきものだ(だから危険に対する予備対策くらいとれとか、 常識くらい身に付けろとか、目上の人間への態度くらい考えろ)って話してるんだと思うんだが… 違うの?
危険地域といえども活動してくれる人達のお陰で救われている人がいる。
|
|