「ところで…」と彼が話題を切り出した。 「お前にもなんか彼女ができたらしいって話聞いたぞ?ん?」 今度は彼がニヤニヤしている。こいつ。仕返しか。 僕は正直に、彼女はいない。と答えた。 しかし彼は、 「嘘つけ。同棲状態だって人づてに聞いたぞ。どんな人なんだ?白状せい。」 まったく、どこづてに聞いた話なのやら。 しかも妙に正確な情報だったので 一体どこの情報網だ?と一瞬、本気で考えてしまった。 彼は僕の弁明など聞く耳持たずで、次々に質問を浴びせ掛けてくる。
僕はあっと言う間に身動きがとれなくなっていた。
この質問。 この問いかけこそ。 もっともされたくない質問であり、 ある意味、長い間待ち望んでいた質問でもあった。 僕と彼女との関係の 核心をつく。 言わば、ふわふわ浮かんで散らばった雲の 名前を聞き出すような質問だった。
「出身はどこの人なんだ?」
「なんの仕事してるんだ?」
「いくつ?」
「名前はなんて言うんだ?」
彼は無邪気に尋ねる。
この質問に、答えられたなら どれだけ幸せだろうと思った。 僕には大切な女性がいる。 彼女はこんなにも素晴らしい人なんだと この親友に教えてあげられたらどんなにか幸せだろうと思った。
でも。でも僕は。 彼女の出身……。
仕事…。
歳も。
名前さえ……僕は知らない。
知らないんだよ……。
………………知らないんだ…………。
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