僕は彼女になにも聞かなかった。 なぜ僕について家にまで来たか。とか 初対面の男の家に入るのは怖くなかったのか。とか 泣いていた理由も聞かなかったのだから 名前も聞かなかったし、なにも聞かなかった。 半分は、どうせもう会うことはないだろう。と思っていたのと もう半分は、そういう個人的な事を聞くのは ルール違反であるような気がしたからだ。
なぜなら あの奇妙な関係は、お互いがまったく面識のない事で成り立っていた。 自己紹介し合ってしまったら その「奇妙さ」が損なわれてしまうと思ったのだ。 あの時の僕にとって重要なのは 彼女の名前やなんかではなくて、 あの「奇妙さ」を楽しむことだった。
だから、もう会うことはないだろうと思っていた彼女が 3日後、再び僕の家を訪れても、 僕は、なぜまた来たか?などとは聞かなかった。 なにも聞かなかった。 そしてまた彼女も、なにも言わなかった。
それが僕と彼女の出会いであり、原点となった。 二人の。距離に。
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