橋本裕の日記
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2001年03月10日(土) 長女の大学受験記

 昨日は、長女の第一志望の大学の合格発表の日。すでに神奈川県にある県立短大には合格していたが、できることなら国立の三重大学に進学したいという長女。しかし、普通科の進学校ではなく、看護科の職業高校に進学した長女には、いくらなんでも無理ではないかと思っていた。

 もともと長女はあまり勉強が得意な方でも熱心な方でもなかった。中学時代はテニス部の部活にまじめに参加していたが、学校から帰ってくると疲れたと言って寝てばかりいた。「看護婦になりたい」と言って、普通科ではなく看護科の高校に入学したときにも違和感はなかった。成績面から言って国公立の大学はむつかしいだろうし、我が家の経済状態では私立大学の進学はむりである。大学に進学しないで、早く一人前の社会人になってくれれば、ありがたいことに違いない。

 長女は中学時代には受験勉強らしいこともしないで、推薦で看護科の県立高校に入った。高校では合唱部に入り、結構楽しくやっていた。2年生になったからも合唱部のボランティアで施設に慰問に出かけたり、近所の歯医者でアルバイトをしたり、そのお金でいち早く携帯電話を買うなど、のびのびと高校生活を楽しんでいた。だから、「大学へ行きたい」と言い出したときには、「世に中、そんなにあまくはないよ」と私は本気にとりあわなかった。

 私の目から見て、長女の生活はおよそ受験生のそれとはかけはなれていた。3年生になっても部活に顔を出し、学校の正規の授業で何ヶ月も病院に実習に通ったりもしていた。もちろん塾には一切通わない。そして部屋は漫画の本の山。受験勉強とは無縁の生活を気ままにエンジョイしながら、ちゃっかり大学に受かりたいなどというのは虫が良すぎる。それに漫画が愛読書だという長女の頭の出来が、人一倍上等だとは考えられない。

 実際、センター入試の成績もそれほど出来たわけでもなかった。長女と一緒の大学に受験した7人のうち、M子さんは早いうちからこの大学に的をしぼって一人で河合塾に通い、模試なども受けて、センターの得点も長女よりはるかに高かったという。二次試験は小論文と面接だったが、これで逆転するのは難しいのではないか。とても勝ち目がないと思っていたが、ふたを開けてみたら、一番優秀なM子さんが落ちて、長女のほかあと二名が合格していた。

 医学部看護学科ということで、最近の医療事件の反省もあって、ペーパーテストの成績よりも人間的な適性を重視したのだろうか。たしかに性格的に長女は医学関係に適性が高いのだろう。歯医者でバイトをしていたときも、応対が的確で、笑顔がいいと評判はよかった。小論文の題は「医療ミス」についてだったが、わりとすらすら文章が浮かんできたという。

「まぐれだね」と私が冷やかすと、「そうでもないのよ。努力したんだから」と長女は心外そうに言う。聞けば高校の先生が日曜日も熱心に無料奉仕のボランティアで補習をしてくださった。私は遊び半分の部活かと思っていたが、学校で学科の勉強や、面接、小論文の指導をしっかり受けていたのだという。新聞の切り抜き帳も作って、小論文に備えていたようだ。私の目の届かないところで、長女なりに精一杯取り組んでいたと言うことらしい。

 それにしても、どうして「大学を受験しない」などと考えるようになったのか。それは病院実習に2ヶ月間通って、看護婦の仕事の大変さがわかったことが大きいという。もっと専門的な知識をつけて、できれば保健婦の資格もとりたいと切実に考えるようになったらしい。バイト先の歯医者さんでの体験も大きかったようだ。そこで知り合った同じアルバイトの助手の人が名大の女子学生で、同じ仕事をしていても、人間的なレベルの高さを見せつけられたという。

 しかし長女にとって一番幸運だったのは、たまたま合唱部に勉強のよくできる一年上の先輩がいて、何かとアドバイスや刺激を与えてくれたことだろう。そしてその先輩が進学した三重大学を、長女は第一志望に選んで受験した。受験前日もその先輩のアパートの部屋に泊めてもらって、面接の仕方を教えて貰ったという。「いい先生、いい友達、素敵な先輩にめぐまれたのがよかった」と、長女は言う。まったくその通りで、人間は出会いによって大きく変わるものだと実感した。

 残念ながら、長女の受験に関して、私の出番はほとんどなかった。一度小論文を書いたので見てくれと言って持ってきたが、面倒くさがり屋の私はななめ読みして、「なかなかいいじゃないか」と言った。安心して学校の先生に見せたら、全然駄目だと書き直しを命じられたという。そんなことがあって、父親をあてにしたらとんでもないことになりそうだと思ったようだ。

 結果的には、現職の教員でありながらあまり教育熱心ではなく、ずぼらであてにもならない父親よりも、有益で有能な隣人たちから積極的に多くを学んだ長女の、作戦勝ちというところだろうか。最後になったが、長女を支えて下さった多くの人たちに、心からの感謝を捧げたいと思う。そしてこうした人たちの好意に報いるためにも、長女には初心を忘れることなく、大学でしっかり学んでほしいと思う。


橋本裕 |MAILHomePage

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