橋本裕の日記
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「ギリシャの政治と文化におけるアテネの地位を、ポリスという、かの国の政体の特色と価値を述べることで省察せよ。また、アテネのように、そしてわれらが国(イタリア)のように、市民の「法」がその国の文化や政治の伝統に深く結びついたものであるならば、それらは、例えばヨーロッパ連合のように従来の国境を越えたところに成り立つ組織においても、通用しうるものであるかどうかを論ぜよ」
上の文章は、ネットサーフィンをしていて見つけたイタリアの大学入試問題である。イタリアには日本の大学入試センター試験に相当するものとして、「成熟試験(エザメ・ディ・マトゥリタ)」がある。文科系の入学試験の場合、筆記試験は、国語の論文と、ラテン語の翻訳で、あと、国語、歴史、哲学、ギリシャ語、物理、数学などの面接試験があるという。(英語は実用外国語と見なされ、学校の外で学ぶものとされる)
国語の筆記試験は、最重要課目とされ、試験時間は6時間に及ぶ。国語の試験だから、内容のみ問われるわけではない。文章構成力、表現力、使用言語の適切さも問われる。分量に制限はないが、400字詰め原稿用紙で20〜30枚くらいが普通だという。
さて、上のような問題を出されて、日本の受験生は答案が書けるだろうか。日本の大学入試センター試験はマークシートの選択式だが、こちらは完全に記述式である。しかも、6時間もかけて、じっくり考えさせ、書かせる。これが国語の問題だと言うことに、私たちは驚く。しかし、考えてみると、国語の試験は本来こうでなければならないのだろう。
ところで、生徒は問題を四つ与えられ、その中から一つ選んで論述する形式となっている。上の問題はその中の一つである。そこで、上の問題に歯が立たなかった人は、別の3つの問題の中から選択してもよい。そこで、残りの問題も紹介しておこう。
「人間世界においての連帯と平和裡での共存には、文明の賜物であるところの個人間並びに民族間の違いを認め、尊重し合うことが必要である。ならば、国別民族別にしばしば生れる深い嫌悪や拒絶意識の源泉は、どこにあると思うか。それについて述べよ」
「(イタリアの国民作家マンゾーニの、方言の多いイタリアでの標準語確立には500年の歴史があるとした一文を引用した後で)マンゾーニにおける標準語確立の重要性と、書き言葉と話し言葉の両方において、マンゾーニはイタリア語をどう評価していたかを論じなさい」
「第一次世界大戦は、強大ないくつかの帝国の崩壊で終わった。だが、それによる地政学上の急激な変化は、強大国間の新たな抗争の種にならざるをえず、それが第二次世界大戦につながり、現在でもなおヨーロッパの政治に深く影を落としている。この問題について、分析し解釈するだけでなく、自身の考察も加えて論ぜよ」
日本の受験生ばかりではない。私も含めて、こうした問題に答えることは容易ではない。日頃から問題意識を持って注意深く現象を観察し、しかもそれを的確に表現する技術を磨いておく必要がある。物事を立体的に眺め、論理的に構成する力、豊かな感受性と簡潔な表現力があわせて要求される。
しかしこれらのいずれをとっても、人生を豊かに生きていく上で本質的に大切なものではないだろうか。これらの入試問題を読みながら、私はむしろイタリアの受験生の方が、日本の受験生よりはるかに幸福なのではないかと思った。(最初の問題について、私なりの答案を書いてみようと思う。春休みの課題にしたい)
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