橋本裕の日記
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2001年03月19日(月) ある教育談義

Aさん:中学校の学習指導要領が改訂されて、教科の時間が3割も削減されると言うじゃないか。もはや学力崩壊は必死だね。現状でもたいへんだというのに。分数計算ができない大学生がこのさきどれだけ増えるか心配だよ。

Bさん:3割削減どころか、5割削減が適当だね。詰まらない知識ばかり詰め込んでも何の役にもたたないよ。三角関数や微分・積分なんか知らないでも生きていけるだろう。英語も学校で教える必要があるのかね。学校で教えなくてはならないのは、簡単な計算が出来ることと、国語だろうね。あとは選択科目にして、好きな者だけとらせればばよい。原則学校は午前中だけで十分だね。

Aさん:それは暴論だね。学校教育はよき市民のとなるために必要な教養を身につけさせるためにあるんだから。歴史や倫理社会、自然科学の知識も必要だし、それにこれから国際化の時代を迎える。外国語も必修にしないとね。

Bさん:必要は発明の母というだろう。僕は「必要は学習の母」と言いたいね。語学なんて必要なときに個人で学習すればいいんだ。NHKのプログラムを覗いてご覧。無料で学習できるすばらしい番組がたくさんあるよ。学校で能力のない教師から間違った英語を強制的にならうより、よほど能率がいい。そうした自主的な勉強の機会を、いまの学校教育は奪っているんだ。生徒を学校から解放すべきだね。

Cさん:僕は心情的にはBさんに賛成なんだけど、しかし、学校から解放して、自主的に勉強するのは全体の何割くらいだろう。理想論として賛成できても、実際論として、やはりとてもついていけないね。

Bさん:僕の論は理想論じゃないさ。大切なのは言語教育だと言っているんだ。これがしっかりすれば、あとは自分で勉強できるんだよ。知識という出来上がったものをこまごまと覚えさせるのが教育だとは思わないね。自分の頭で考え、必要な知識を収拾し、それを検証する能力を鍛えること、これがこれからの日本に必要な教育なんだよ。

(Aさん、Bさん、Cさんの教育談義、まだまだ続きそうです)


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