橋本裕の日記
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2001年03月29日(木) 議会を市民の手に

 先日放送されたNHKの番組「クローズアップ現代」の中で、田中長野県知事の「脱ダム宣言」について、県議会の代表者が「何の説明も無い!これでは何のための議会だ!」と言っていた。

「意見が反映されていない」、「民主主義の崩壊だ」ということで、県議会は42年ぶりに議会が条例を提出するという。いずれにしても活発な議論がなされることが望ましいが、これまで何十年もの間、県民に何の説明もせずに、一部の人間だけで県政を牛耳ってきた張本人たちの言葉だけに、いささか滑稽な田舎芝居のような印象がないでもない。

 それはともかく、首長と議会はともに選挙で選ばれる。もし民主主義が理想的に機能していれば、この両者が深刻な対立状態におかれることはないはずである。しかし、現に長野県ではこの対立が起こっているし、これまでもこれに類したことがなかったわけではなかった。

 直接選挙で選ばれる首長は、議会に対して独立した権限を持つ。3権分立の立場からすれば、これは正しい姿である。日本の政治に緊張がないのは、行政と立法府がなれあっているからだ。だから首長選になると多くの政党が相乗りをして、かれらの代表をかつぐ。担がれた首長はそれぞれの政党や利益団体に目配りをして、大胆な改革などする勇気はない。そこにみられるのは政官業の癒着であり、既得権の保守でしかない。

 こうした現状に良識のある市民はいらだちを募らせている。政党政治の限界を感じ、新しい民主主義のありかたを模索している。そのなかで、「政党本位から市民本位の政治へ」の流れができつつわけだが、私はこれは正しい流れだと思う。政党はあくまで民主主義を実現するための一つの手段であって、これを絶対化するべきではない。民主主義の基本はあくまで市民参加の直接民主主義である。

 そこで、私は議会の改革を提案したい。議員を選挙で選ぶのをやめて、抽選制にするのである。政党政治ではなく、市民による直接民主主義がこれで実現される。抽選制にすれば汚職や政官の癒着もなくなるだろう。また、だれしもが議員になる可能性があるのだから、いやがうえにも政治への参加意識が盛り上がり、政治が透明で身近な存在になる。

 議員の抽選制はいきなり国政レベルから始めるのではなく、まずは地方の議会から始めればよいと思う。さしあたり、長野県議会の議員を県民から抽選で選んでみてはどうだろう。田中知事のおしすすめる改革がずいぶんやりやすくなることだけは確かである。

(国政議員の抽選制については、未来学者のトフラーも名著「第三の波」のなかで言及している。アメリカの有名な政治学者が提唱しており、かならずしも私のひとりよがりでなことを付言しておく)


橋本裕 |MAILHomePage

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