橋本裕の日記
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2001年03月30日(金) |
アルファベットの発明 |
ギリシャ人が発明したものはたくさんある。哲学や数学がそうだし、民主主義という制度もギリシャで発明された。その他、芸術や文学など、私たち現代人にとっても、古代ギリシャはいまだに燦然と輝いている。
そうしたものに比べれば、いささか地味だが、その後世に与えた影響で抜きんでているものがある。それはいうまでもなくアルファベットの発明である。文字の発明はメソポタミアのくさび形文字やエジプトの象形文字が先行している。また、表音文字としてフェニキア文字があった。
アルファベットは前8世紀前半、シリア方面に進出していたギリシャ交易商人たちが、フェニキア文字に改良を加えて作り上げたものだと言われている。子音だけを表すフェニキア文字を基礎に、母音記号をあらたに設けて作られた。これは字画は簡単だし、わずか二十数字を覚えるだけで、どんな言葉も自在に表記できるという、画期的な発明だった。
こうして文字は王宮の書記や役人の独占物から、民衆の手に渡った。民衆が日常的に話す言葉がそのまま文章になり、彼らは文字を日常的に気軽に使うことが出来るようになった。(ギリシャにもミケーネ王朝時代には複雑な線文字が使われていたが、これで日常の会話を記録することは出来なかった)
天才詩人ホメロスが吟遊詩人として活躍していたのがちょうどこのころだった。そこでさっそく彼の華麗な吟唱詩がギリシャ語のテキストとして筆記された。そしたさらに多くの詩人たちによって磨きがかけられ、前6世紀頃に最終的なテキストとして確定したようである。
ホメロスの「イリアス」と「オデュッセイア」はギリシャ人に一つの共通の精神的紐帯を与えた。これを共有することで、彼らは一つの民族として、一つの文化的世界を共有し、人生観や価値観を共有することができた。このことがその後のギリシャの発展にあたえた影響は大きい。
哲学者で社会学者、歴史家でもあったハンナ・アレントは『過去と未来の間』の中で、次のように書いている。「今日における共通感覚の消失は、現在の危機の最も確実な徴候である。危機に直面するごとに、われわれすべてに共通のものである世界が少しずつ破壊される。共通感覚の衰退は、あたかも占い棒のように、陥没が生じた場所を指し示すのである」
ギリシャ人は多くのポリスに別れて、それぞれ経済的、政治的に自立した多様な世界を創造した。しかし、その根底にギリシャ語という優秀な言語と、アルファベットという優れた表記法をもち、しかもその母国語によって書かれたすぐれた作品を持っていた。彼らが人類の歴史においていかに多くのことをなしとげることができたか、その秘密は自ずと明らかであろう
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