橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2001年04月28日(土) テミストクレスの英知

 昔アテネに、テミストクレスという政治家がいた。前483年、ラウリオン銀山で大鉱脈が発見されたとき、彼は余剰金を市民に配ることに反対し、これで100隻の軍船を建造することを提案した。しぶる市民を説得して、彼はこれを実現させたが、それによって後にペルシャの大艦隊を破り、国難を避けることが出来た。

 歴史家はもしこのとき、アテネ市民がテミストクレスの言葉に耳を傾けず、慣例に従って富の分配を受けていたら、ペルシャ戦争の勝利はなかっただろうと説いている。ポリスの自由と平等は失われ、パルテノン神殿やプラトンの哲学をはじめ、数々の芸術作品、つまり今日我々が目にするギリシャ古典文化は残らなかった。つまりは、今日の世界の様子は全く別のものになっていたに違いないというのだ。

  さて、時代も場所も変わって、現代の日本である。新しく首相に選ばれた小泉さんの持論は「構造改革」だという。不良債権を早期に処分し、規制緩和を進めながら、小さな政府をめざす。一口に言えば、自由競争という市場原理を貫徹させ、政治経済のグローバル化を押し進めるということだろう。これはアメリカが日本に長年要求していたことであり、そうした意味でアメリカの政界も小泉氏に期待を抱いているようだ。

 これまで、歴代の内閣はこのことを怠ってきた。それは長期的に見れば構造改革は経済を蘇生させるが、短期的には経済を縮小し、失業を産み、成長率をマイナスにしかねないからだ。デフレの危機が叫ばれている今日、思い切った構造改革をすれば、どんなことになるか。そのリスクを考えると、どうしても二の足を踏まざるを得ない。とくに政治家は目先の選挙が目にちらついて、無難な現状維持の方に傾く。

 しかし、世界が大きく変わろうとしている中で、日本のシステムは次第に時代遅れとなり、このままでは近い将来に破綻することは目に見えている。世界で二番目の経済大国である日本が破綻すれば、世界の経済もまたその悪影響をまぬがれない。場合によったら、日本発の世界大恐慌が生じる恐れさえある。それだけに、世界の目が日本の改革の行方を見守っているのだ。

 アテネの場合のように、遠い昔の遠い国の出来事が、実は現在の私たちの在り方に決定的な影響を与えていることがある。ここで小泉さんにテミストクレスの英知を期待したい。ひょっとして、彼が日本を変えれば、世界が代わるかも知れない。日本の政治家は今や、世界の歴史に責任を負っている。そうしたグローバルな視点と責任感をもって、日本の改革を進めてもらいたい。

 最後になったが、一番重要なことを書いておこう。「構造改革」で大切なのは、それが「誰のための改革か」ということである。これまで日本を支配してきた大企業や既得権益集団を打破することなく、社会的弱者に犠牲を強いるだけの改革にならないように、私たちはその行方と実態を見極める必要がある。構造改革とは、つまり内部の敵との戦いである。敵が何であるか、しっかり見定める必要がある。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加