橋本裕の日記
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2007年10月25日(木) 女を尾行する男

車谷長吉さんの「赤目四十八滝心中未遂」の主人公が、ある理不尽な事件にまきこまれていくきっかけは、若い女との出会いである。その若い女は同じアパートの一階に住んでいる。

<見るのが怖いような美人である。眼がきらきらと輝き、光が猛禽のようである。私は目を逸らす。併しその目を逸らすふりのうちに、この若い女の全身を見て取る。すると女は目敏くそれと察知して、右手で軽く胸をかばうような仕草をし、また私を見遣って目を伏せる。その目を伏せるときだけ、この女の中に隠されているらしい暗いものが顔に現れる>

 若い女が目を伏せるときにだけ現れる「暗いもの」は何か。その得体の知れない不気味なものに、主人公の青年は引かれていくが、小説を読んでいる読者にも同じ誘惑となってそれは襲いかかってくる。主人公はある日、その少女を街中で見かける。そして彼女を尾行する。

<アヤちゃんはアパートへ帰るのとは逆の方向へ曲がって、そこから阪神尼崎駅のほうに続く、淋しい裏通りを歩いていった。私はその後姿を見ていた。するうち私も傘を開きアヤちゃんの背中を見ながら、歩き出していた。しばらく行くと、不意に胸がどきどきしはじめた。あとをつけて歩いている、という意識のせり上がりが、そうさせるのだろう。アヤちゃんの雨傘は華やかな赤の花模様で、肩に垂れる黒髪が見えた>

 私も金沢の学生時代、若い女を尾行したことがある。女はそれに気づき、ある商店に飛び込んだ。店の中から男が飛び出してきた。その男ににらまれて、私は正気に返った。

この頃、私は学生運動に挫折し、留年をくり返していた。親から勘当されて、朝刊と夕刊を配りながら生計を立てていた。心のなかに空洞をかかえ、精神的に変調をきたしていた。女を尾行していた私は、犯罪者になりかねない状況だった。車谷長吉さんの小説を読みながら、そんなあふなげな場所に立っていた自分の青春時代を思い出した。
 
(今日の一首)

子どもらの姿かくして秋の日の
河原のススキ風にそよげり


橋本裕 |MAILHomePage

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