橋本裕の日記
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2007年12月04日(火) ぶらんこを科学する

 子どものころ、ブランコが好きだった。家の近くの公園に、幼なじみの少女とよくブランコをしに行った。私が腰を下ろし、少女が立ってこぐ。ブランコがゆれ、風でひるがえった彼女のスカートが、私の頬をやさしくなでた。子供心にもなんとなくエロチックで、至福なひとときであった。

 恥ずかしい話だが、小学生になっても、私はブランコをこぐのが苦手だった。それで少女に漕いでもらったのである。しかし、あるときこっそり一人で練習した。そしてそのうちコツがわかり、ひとりでブランコ遊びができるようになった。

そのコツというのは、最下点に近づくと立ち上がり、最上点近くで膝をまげてしゃがみこむことだ。ブランコのフリにあわせて、これを繰り返す。この呼吸がわかれば簡単だった。しかし、膝を曲げたり伸ばしたりするだけで、どうしてフランコが振れるのだろう。小学生の私にはこれはまったくの謎だった。

その謎がわかりかけたのは、高校の物理の時間に仕事の原理を習ったときだった。最下点近くで立ち上がったとき、私たちはブランコの張力(遠心力と重力の一部とつりあっている)に抗して仕事をする。この仕事がそのままブランの運動エネルギーに加算される。

 これでわかりにくければ、振り子を空中で回転させてみればよい。回転体に遠心力がはたらく。これと糸の張力がつりあっているので、振り子は回転を続けるわけだ。このとき私たちが糸をひく力は仕事をしていない。なぜなら振り子はこの張力に垂直に回転しているからだ。

そこで糸をたぐりよせて回転半径を短くしたらどうなるだろうか。こんど糸を引く力の方向に錘が引き寄せられる。そして錘はは回転速度をはやめる。これは私たちが遠心力にさからって仕事をしたため、この仕事量が錘の運動エネルギーに変換されたのである。

ブランコの台の上で体を伸ばすということは、つまり重心を高くするということである。これは回転半径を短くするということであり、回転体の糸を引き寄せることと同じである。このとき私たちはたしかに仕事をしている。これがブランコの運動エネルギーを増大させる。

いっぽう、振り子の最上部では錘の速度が0になっていて、遠心力も0である。この状態で体を縮めて、回転半径を長くしても、私たちはブランコに対して何か特別有効な仕事をするわけではない。そして、ここで体を縮めたことにより、ふたたび最下点で体を伸ばすという仕草が可能になる。これを機械的に繰り返すことで、ブランコはエネルギーを獲得し、振幅を増大させる。

振り子であれば、運動エネルギーと力学的エネルギーは相互に変換されるだけで、その振幅が増大するということはない。ところがブランコの場合は振幅が増大する。このエネルギーの増加はどこから来たのか。その理由はブランコに乗った人間のこのたくみな屈伸運動である。

つまるところ、ブランコのエネルギーの増大は、人間の筋肉運動がもたらしたものだ。こうしてブランコを漕ぎ続けるということは、重力と遠心力に対抗して、くり返し仕事をするということである。だから、長い間ブランコをこいでいると、私たちの肉体はエネルギーを消費して、腹が減ってくる。

さて、ブランコがこげるようになったあとも、私はこれを内緒にした。何も私が慎み深かったからではない。幼なじみの少女とこれまでどうり一緒にブランコにのり、彼女にこいでもらいたかった。そうして、彼女のスカートが私の頬を撫でる至福のひとときを楽しみたかった。

(今日の一首)

 ひさかたに雨降る朝は妻さそい
 近所の茶屋でコーヒーを飲む

 昨日は、一ヶ月ぶりくらいのまとまった雨だった。おかげで畑の土が潤ったと、妻は大喜びだった。木曽川までの散歩は断念し、妻を誘って近所の喫茶店へ行った。


橋本裕 |MAILHomePage

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