■ 日々の歩み。 ■
徒然の考察・煩悩・その他いろいろ発信中。

2004年04月10日(土) しづこころなく

 いやはや、すっかり春の鬱期突入で、心はささくれ
他愛もないことで苛々してみたりと、日記の更新も
滞っておりましたが、なんとか元気で生きてます。

 さて今日は、京都へ桜を観にいってまいりました。
なんとも豪華で風情漂うような気がしますが、

なにせ日帰り強行軍ですから。

朝7時半東京発の新幹線だよ。
趣深いというより、すでに執念です。

 北山や仁和寺の裏手の方に、原谷苑 という
この時期だけ公開される桜の名所がありまして。

お寺や庭園ではなくて、植木屋さんの 商売道具育成保管場所 
みたいな場所なんですけど、さすが老舗。
立派な桜が山を埋め尽くさんばかりの勢いで咲き誇り、
濃色薄色さまざまな紅色に、視界一面が染まるのですよ。

一度にあんなたくさんの桜の花を、初めて観た。すごい迫力。
ただ、人の喧騒も騒がしかったが、押し合いへし合いこれでもかと
咲き競っている桜の樹々も、なんだかザワザワと落ち着かない風情に
感じられてしまったり。

思わず、「世の中に絶えて桜の〜」とか「ひさかたの〜」なんて
口ずさんで、さもありなん、と独り納得していました。
春は、人の心だけでなく、桜ですら浮かれてしまうらしい。


 その後、平安神宮に行く予定だったのですが、
人酔いしたので、私はちょっとパスして、一人で「無鄰庵」へ。
http://kyoto.cool.ne.jp/kyotocity/niwa/murinan.htm

 南禅寺の門前近く、明治の政治家・山県有朋の別宅跡の庭園。
こぢんまりとしているのと、場所が多少判りにくいし、人も
それほどいないだろうと思ったのに、さすがシーズン中の京都。
ちょっと縁側でボーッとする、という雰囲気ではなかったです。

ちなみに京都の日本庭園といえば、桜は定番な気がするのですが、
無鄰庵 は、見た限りでは、桜が見当たらない。

一歩外に出れば、東山界隈の見事な桜が、それこそ
飽きるほどあるから、わざわざ家の庭にまで植える
必要性を感じないんだろうなあ。これぞ、最高の贅沢。


 予想より早く無鄰庵を後にして、次に向かうのは、
「青蓮院」http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/shorein.htm

 ここも、あんまり桜がない。
種類はいくつかあるけど、全部で5本かな。

ソメイヨシノは散ってましたが、庭によく手入れされた、
いい枝振りの八重桜が1本、枝先に少々新緑が芽吹いて、
それが却って清々しい印象で、咲いていました。

他の桜も、全体的に盛りは過ぎていましたが、周囲の楓や
竹の瑞々しい蒼さが、白い花の美しさを引き立てていて
なんとも爽やかな風情があって、とても気に入りました。

 桜だけだと、どうしても煩くなりがちなので、
このくらいが、のんびり眺めるには丁度いいと思うわ。

 
 ところで、ここは仮御所として使われたこともあり
天皇家縁のお寺のため、宸殿前には右近の橘と左近の桜が
植えられています。

 左近の桜は、小さくてどちらかというと貧弱な枝垂桜ですが
暗い建物の中、更に御簾越しに桜を眺めてみると、
花が雪のように、真っ白に光り輝いて見えて、ひなたで直接
見るのとはまったく違った、幽玄な美しさがありました。

 
 至近距離で、盛りの美しさをつぶさに見るのもいいですが、
花を愛でる心栄えの豊かさというのは、少し距離をおいて
目に見えるもの以外の美しさを、心の目で補完しながら
感じることなのかもしれません。


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まめ。 [HOMEPAGE]