NY州在住 <旧『東京在住』・旧旧『NY在住』>
kiyo



 地方再考

【今日はつまらない内容です。読まないで下さい。】
【あるところに書いた文章を転載】

 20兆円を越える地方交付金。公共事業がなければ崩壊する経済。富の公平な配分など毛頭頭にない談合で全てを決定する世界。「公僕」としての意識など一部たりとも持ち合わせておらず、ひたすら税をいかに無駄に使うかと、怠けることにのみ全精力を傾ける地方公務員。

 数年前、群馬県のある都市の市長選を手伝っていたときに、確信を持って、さっさと、地方など崩壊してしまえばいい、全員職を失い、技術を忘れ、田畑を捨ててしまえばいい。用事があるのは人材だけで、さっさとまともな奴だけ東京に連れてくればいい、と思ったものでした。しかし、先日岩手県を訪れて、少しは納得するものも感じたのです。

 昔はどうだったか知りませんが、とても豊かで静かな街でした。幅広く手入れの行き届いた道路、豊富な推量を誇る川、豊穣な土地、豊かな海の幸。こうした気候・風土の中で(冬は相当寒いけど)人々は、穏やかな県民性をはぐくみ、とても平和に、穏やかに暮らしているのです。
 

 本当は、この目の前にある目もくらむばかりの繁栄は、前述の通り、費用対効果をあきれるほど無視した中央からの援助によるものに他なりませんが、そこに住む人々は本当に幸せに暮らしている。中央で起きているニュースのトピック、例えば、格差だとか、日本近隣のならず者国家たちの問題だとか、ポスト小泉だとか、全て無縁に、目の前にある幸せだけを十分にかみしめながら生きている。

 すこし、他人のプライバシーに興味津々な隣人たちと、上手くさえすればそこにあるのは、心穏やかな毎日だと思うと少しは、地方での暮らしということにも心動かされるものがあります。地方が豊かなのは、その国が豊かな証拠ですよね。アジアの国で、まともな地方を維持できている国なんて無いんじゃないんですか。なぜなら、途上国における地方というのは、その国経済の変化に最も脆弱だからです。こうした敏感性・脆弱性を補ってあまりある、繁栄を続けさせるだけの資源・コストを中央が負担できる国は少ないからです。

 しかしながら、こうして実際に豊かな地域を目の前にすると、ただ単に「お荷物」とだけ考えるのも間違いなのかもしれない、と思うようになりました。継続的に優秀な人材を供給し、困難を得たとしてもデモ一つおこさず従順さを貫く態度を採る地方は、難問にあって、日本経済の底力の秘密なのかもしれません。「失われた十年」といわれる景気後退に対する無策期間に、破産や暴力的な破滅を招くことなく、経営を支え続けたのはこの豊かさの有り余る「貯金」の存在抜きには分析できないのではないかと思うのです。

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2006年05月10日(水)
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