思考過多の記録
DiaryINDEX|past|will
毎年8月15日が近付くと、原爆忌も合わせて所謂「戦争もの」の特集がメディアに溢れる。まるで年中行事のようである。今年もその時期がやってきて、そして過ぎていった。 僕はある時期まで熱心にこうした情報を追い、それなりにいろいろ考えていたのだが、毎年繰り返されると何でも食傷気味になる。というわけで、数年前からは、正直な話あまりこうしたことに深い関心を払わなくなっていた。けれど、少し前に長崎を訪れて被爆者のお話を聞いたり、平和運動に携わる人達と出会ったりしてから、あの戦争というものがそれまでとは全く違った「近さ」を持って感じ取れるようになった。
確かに年中行事と化しているこの時期の日本の「戦争」回顧だが、最近僕はこの年中行事も必要なのだと思うようになった。1年に1度必ずあの「記憶」を呼び覚まし、それを社会全体で共有することは、この国が同じ過ちを繰り返さないための有効な方策となりうる。ましてや学校では殆ど近現代史などは教えない現状では、8月6日・9日・15日が何の日なのか皆目分からないという人達も多い。そしてその状況は、年々上の世代にまで広がっていくだろう。それが続けば、この社会からあの「記憶」が永遠に失われることになりかねない。そのことは、僕達が再び破滅へ向かっての一歩を歩み出すことを意味する。
「戦争は二度と起こしてはならない」。決まり文句のように語られる言葉を、僕達は頭で「理解」している。けれど、テレビの中や活字で語られる、戦争体験者が同じ言葉を語るとき、僕達とは全く違った重みがある。僕はそのことがここ数年でようやく実感するようになった。あの人達は、僕達が頭で「理解」したつもりになっているあの戦争を、まさに生身で「体感」していたのだ。その体験のあまりの重さに、戦後60年に近付く今でもなおその体験を語れない人さえいる。そこには有無をいわせぬリアリティがある。彼等は、実感に基づいて、心の底からあの言葉を言っているのだ。小林よしのりがいくら戦争にはいいところもあると説いても、それは頭の中で考えた「戦争」に過ぎない。もし小林が実際に戦場で生死を彷徨う体験をしたならば、今と同じ言葉を書けるだろうか。そもそも小林にはその体験を引き受ける覚悟があるだろうか。
けれど、悲しいかな戦争を「体感」した世代は今後も減り続けるだろう。僕達はその体験を直説聞く機会をついには失ってしまうかも知れない。もしその時にこの社会であの「記憶」の継承・共有に失敗していたら、人々は小林の言葉の方にリアリティを感じるかも知れない(そういう傾向は、既に若い世代を中心に出始めている)。では、戦争を頭で「理解」するしかなかった僕達は、一体どうすればいいのか。 僕が思うに、僕達が破滅に向かわない唯一の方法は、頭で「理解」している「戦争」を心で「感じる」ようにすることである。それは、メディアを通してでも直接でもいいが、とにかく実際に体験した人達の実態を知り、彼等に「共感」することによってなし得る。また、戦争を扱った芸術作品に触れるのもいいだろう。イデオロギーではなく、僕達自身の「実感」として戦争の真の姿を受け止めることである。 その上で、再び戦争に対しての「理解」を深めることも重要だ。よく言われることだが、感情論には限界がある。「実感」に裏打ちされた「理論」と「実践」、すなわち「頭」と「心」のバランスをとりながら、あの戦争について、今行われている戦争について、そしてこれから起きるかも知れない戦争について考え、向き合っていくことが大切なのだと思う。
年中行事のように繰り返されるあの戦争についての回顧の動きも、こうして考えると決して無意味な繰り返しなどではないことが分かる。そう、まさにこの営みは繰り返されなければならない。空襲警報の鳴らない毎日、食べるものに困らない生活、誰もが無意味に人に殺され、殺す必要のない日常。明日命があるかを心配するのではなく、松井のホームランの数を論議できる日々。それがいかに貴重なものであるかを、せめて年に1度くらいは思い起こしてもいい。そして、あの戦争で奪われた多くの命や言えることのない心の傷を負ってしまった人達、またこうしている瞬間にも、縦断に傷付き、命を落としていく人達がいることに思いを馳せるのもいいだろう。
今を生きる僕達はあの戦争を知らない。けれど、あの戦争は確実に存在した。その戦争を生き、そして死んでいった人達に対して、僕達ができるせめてもの供養はそんなことくらいだろうか。けれど、僕達がそれを精一杯やったとしても、おそらくあの戦争の体験の重みには全く釣り合わないに違いない。
|