思考過多の記録
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2005年11月13日(日) 「妄想」の中の彼女

 今週末、立て続けに「恋愛」をあつかった舞台を2本見た。一つは恋愛における自分を縛る「妄想」をあつかっており(それが主要なテーマではないと思うが)、もうひとつは、「愛」と「嫉妬」「憎悪」に関するファンタジー色の濃いものだった。
 その舞台を見ながら、そういえば最近、誰かに恋したり、誰かを愛したりということがなかったなと漠然と考えていた。そしてすぐに、いや、そんなことはなかった、と思い直した。そしてまた、僕は今でも彼女に恋したり、愛したりしているのだろうかと考えた。



 先々週、僕が芝居を打った画廊に、彼女は客として現れた。会場で僕に声をかけた彼女は、とても静謐な空気を纏っていた。普段賑やかだと思われ、また先日自分の劇団のPRのために出演していた地域のケーブルテレビの番組では、実際に弾けた司会ぶりを発揮していた彼女とは、まるで別人のようだった。そしてそれは、夏前の僕の公演が終わった直後、新宿で二人であったときと同じ静謐さであった。
 たった一つ違うのは、季節が巡って、僕と彼女が共有した時間と場所から、二人がさらに遠ざかっていたことだろうか。僕と彼女をつないでいたのは、ごくたまに交わされる、それぞれの関わっている芝居に関する情報交換とお誘いの、短いメールだけだった。



 その日の公演が終わり、出演者・スタッフを交えて彼女と飲み屋に行ったときも、彼女とごく親しい出演者と漫才のようなやりとりを交わしながらも、彼女は奇妙な静けさを身に纏ったままだった。飲み屋の喧噪の中で、まるで鏡のように波一つ立たない水面のように、彼女の存在の奥底は静けさをたたえていた。それは何故なのか、僕には少しも分からなかった。
 みんなより先に帰ろうと、他の一人と一緒に店を出るとき、彼女は立ち上がろ、手を振って僕達を見送った。今度はいつ彼女に会うのだろう。その時、僕達はあの時間からどれだけ遠ざかっているのだろうと、半分酔った頭で僕は考えていた。



 ある演劇仲間から、もう随分前に「あなたは、自分の一番奥にある部分は、決して立ち入らせないようにしている人だ」という趣旨のことを言われた。同様に、僕は相手の一番奥には、意識的にも無意識的にも、踏み込まないようにしている。
 僕の愛が誰にも届かず、また僕を愛した人が誰もいないのは、(外見的なこと等の要因を考えないことにすると)おそらくそれが原因だろうと思っている。心の奥底同士で結びつくという、最も不安定で危険なコミュニケーションを取ることを、僕は避けてきたのだ。僕は、その重みに耐えられないのだと思う。
 そんな僕の一番奥にある扉の鍵を、いとも簡単に開けたのが彼女だった。僕はあのときそう思った。



 けれども、それはひょっとすると僕のただの「幻想」であり、「妄想」だったのかも知れない。
 あるいはまた、多くの人にとって彼女はそういう存在で、彼女はいろいろな人の奥底の扉の鍵を持っているのかも知れない。
 いずれにしても、僕は僕の「妄想」に苦しんでいたのかも知れない。これまでの僕の恋愛と同じように、相手は僕の妄想の中でだけ生き続けていたのかも知れない。僕がその妄想を抱えたまま生身の相手に向き合ったとき、相手は僕から離れていった。今回も、そういうことだったのかも知れない。



 けれども、それでもなお、彼女が僕の一番奥の扉の鍵を持っていたこと、その扉の鍵をいとも簡単に開けたこと、それは本当のことだと僕には思える。そして、彼女が僕にとって特別な存在になったことも、きっと本当だと思う。
 たとえそれが、僕の「妄想」に過ぎないとしても、僕の「妄想」の中でそれは事実なのだ。



 僕が彼女に感じる静けさは。裏を返せば、彼女を見つめる僕の心の平安を意味しているのかも知れない。彼女がそこに存在すること、そのことが一切のわだかまりを鎮める。
 僕は彼女を守れはしないだろうし、彼女は僕を必要としないだろう。
 そして、僕が彼女の奥の扉を開ける日が来るのかどうか、誰にも分からない。
 だから僕は、無邪気に彼女への愛なんか叫べないし、彼女を愛する時間を謳歌することもできない。僕と彼女の間を隔てる時間と空間の壁は、日に日に厚く、そして高くなるばかりだ。
 彼女への思いが果たして愛と呼ぶべきなのかどうかすら、今の僕にはもはや分からない。



 けれど、ただひとつ確かなことは、僕の一番奥の扉を開ける鍵は、依然として彼女が持っているということだ。僕自身ですら覗いたことのないその扉の向こう側を、おそらく彼女だけが知っている。
 それまでもが僕の「妄想」なのだろうか。けれど、この「妄想」は、これまでのものと違って必ずしも僕を苦しめない。彼女の静謐さの謎を解く鍵は、おそらくその辺にあるのだと思う。



 けれど、彼女はここにはいない。
 それは、紛れもない事実、いや、「現実」なのである。その「現実」だけが、唯一僕を苦しめる。


hajime |MAILHomePage

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